報告『新潟ロービジョン研究会2012』 (1)「網膜変性疾患の治療の展望」

この記事は、2012年6月13日配信。

『新潟ロービジョン研究会2012』
 眼科治療にも関わらず視機能障害に陥った方々に対して、残っている視機能を最大限に活用して生活の質の向上をめざすケアを「ロービジョンケア」といいます。
 済生会新潟第二病院眼科では、眼科医や視能訓練士、看護師、医療および教育・福祉関係者、そして患者さんと家族を対象に、2000年1月から年に一度、だれでも参加できる「新潟ロービジョン研究会」を開催しています。
 2012年6月9日、済生会新潟第二病院で『新潟ロービジョン研究会2012』が開催されました(今回で12回目)。「ITによる支援」、「網膜変性症治療の展望」、「告知」のテーマで講演とシンポジウムが行なわれ、新潟県内外から120名(県内70、県外50;内訳~医療関係者60名・研究・教育関係者40名・当事者・家族20名)が参加しました。

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 『新潟ロービジョン研究会2012』   
  日時:2012年6月9日(土)
     開場12時45分 研究会13時15分~18時50分
  会場:済生会新潟第二病院 10階会議室

【プログラム】
 12時45分 開場 機器展示
 13時15分 機器展示 アピール
 13時30分 シンポジウム1『ITを利用したロービジョンケア』
     座長:守本 典子 (岡山大学)  野田 知子 (東京医大)
 1)基調講演 (50分)
   演題:「 ITの発展と視覚代行技術-利用者の夢、技術者の夢-」
   講師:渡辺 哲也 (新潟大学工学部福祉人間工学科)
 2)私のIT利用法 (50分)
   「ロービジョンケアにおけるiPadの活用」
      三宅 琢 (眼科医:名古屋市)
   「視覚障害者にとってのICT~今の私があるのはパソコンのおかげ~」
      園 順一  (京都福祉情報ネットワーク代表 京都市)
 3)総合討論 (10分)

 15時20分 特別講演 (50分)  
    座長:安藤 伸朗 (済生会新潟第二病院)
  演題:「網膜変性疾患の治療の展望」
  講師:小沢 洋子 (慶応大学眼科 網膜細胞生物学斑)

 16時20分 コーヒーブレーク & 機器展示 (15分)

 16時35分 基調講演 (50分)  
    座長:張替 涼子 (新潟大学)
  演題:「明日へつながる告知」
  講師:小川 弓子 (小児科医;福岡市立肢体不自由児施設あゆみ学園 園長)

 17時25分  シンポジウム2『網膜色素変性の病名告知』
  座長 佐渡 一成 (さど眼科、仙台市)、張替 涼子 (新潟大学)
   守本 典子 (眼科医:岡山大学)
    「眼科医はどのような告知を目指し、心がけるべきか」
   園 順一 (JRPS2代目副会長 京都市)
    「家族からの告知~環境と時期~」
   竹熊 有可 (旧姓;小野塚 JRPS初代会長、新潟市)
    「こんな告知をしてほしい」
  コメンテーター
   小川 弓子 (小児科医;福岡市立肢体不自由児施設あゆみ学園 園長)

 18時35分 終了 機器展示 歓談&参加者全員で片づけ 
 18時50分 解散


 機器展示
  東海光学株式会社、有限会社アットイーズ、アイネット(株)
  株式会社タイムズコーポレーション、㈱新潟眼鏡院

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 今回は、特別講演「網膜変性疾患の治療の展望」の講演要旨と、参加者から寄せられた感想をお届けします。

特別講演 「網膜変性疾患の治療の展望」
 慶應義塾大学医学部眼科学教室 網膜細胞生物学研究室
 小沢洋子

【講演要旨】
 網膜変性疾患に対する治療は、古くから課題とされているにもかかわらず、未だに広く普及した方法はないのが実情である。その一つの理由は、網膜は、脳とともに中枢神経系の一部であるためであろう。20世紀初頭にノーベル生理学・医学賞を取ったカハール博士は、“成体(大人の)哺乳類の中枢神経系は損傷を受けると二度と再生しない”と述べた。確かに、中枢神経系では組織の再構築は簡単には行われない。
 しかし、21世紀に入ると、この言葉が必ずしも真実ではないことが明らかになってきた。成体の脳や網膜内にも、刺激に反応して増殖する細胞があることが、報告されるようになってきた。とはいえ、疾患により広く障害された部分を補てんするほどの細胞が、次々と生まれるというわけではない。すぐに医療に応用することができるわけではなかった。しかしながら、このような生物学の発展は、もしかしたら、研究を重ねればこれまでありえないと思っていたような新しい方法を生み出せるかもしれないという、可能性を信じる心を、我々に持たせてくれることになっていると思う。

 さて、もともと網膜にある細胞を、網膜の中で増殖させて網膜を再構築するのが細胞数の関係から難しいのであれば、移植手術をしてはどうか、と考えるのは順当であろう。これまでには、胎児網膜細胞、ES細胞、iPS細胞などを利用した研究が動物実験で行われてきた。元来、網膜は視細胞などの神経細胞と、神経由来であるが成体になってからは視細胞のサポート細胞としての性格を持つ網膜色素上皮細胞がある。視細胞に関する移植研究では、2006年のマウスの研究で、移植した胎児の視細胞がきれいに組織に入り込み生着したことを喜んだことは記憶に新しい。そのうえ、最近では、移植した神経細胞が、網膜内でシナプスネットワークを作り、ホスト網膜とつながりうることが確認されるようになった。ただし、まだ、機能回復を得るには至っておらず、疾患治療を目標にできるほどの大きな効果は得られていない。現時点ではこれを医療に持ってくるにはまだまだ距離があり、今後も長年にわたる研究が必要であろう。

 一方、網膜色素上皮細胞に関しては、ES細胞やiPS細胞等を用いた移植への道が、一歩一歩進められている。試みに、ごく少数のヒトへの移植が行われたという報告が見られるようになってきた。しかし、多くのヒトが、安全性と確実性を持って治療されるには、まだまだ越えなければいけないハードルが存在するであろうことは、想像に難くない。

 このような中で、iPS細胞の開発は、移植以外の治療の可能性も生み出したといえよう。それは、神経保護治療である。神経保護治療に関しては、すでに国内外でも網膜色素変性症に対して治験が行われている。UF-021(オキュセバ)といった薬剤や毛様体神経栄養因子(ciliary neurotrophic factor; CNTF)が、試験的に投与された。これらの薬剤が本格的に使われるようになるには、さらなる注意深い研究が必要である。また、この2剤だけですべてが解決できるとは限らないので、今後も研究の幅を広げる必要がある。

 iPS細胞は、この神経保護治療の研究に、大きな貢献をする可能性を持つと考えられる。特に遺伝子異常による疾患の場合、大きな威力を持つだろう。ヒト疾患の研究は、その臓器の検体を元に研究を進めたいところである。しかし、網膜を採取することはその部分が見えなくなることにつながることから、採取するわけにはいかない。また、がん細胞などと異なり、少量取り出したものをどんどん増殖させるというわけにもいかない。しかし、患者遺伝子異常を持つiPS細胞を患者皮膚細胞などから樹立(作成)し、それを網膜細胞に分化誘導させれば、患者遺伝子異常を持つ網膜細胞を、継続的に培養することができ、何回も研究することに使えるということになる。この方法により患者遺伝子異常を持つ網膜細胞を得ることは、疾患メカニズムを解析したり、候補薬剤のスクリーニングをしたり、といった研究を進める第一歩といえよう。我々の研究室でも、実際に網膜色素変性症患者の皮膚細胞(網膜細胞ではなく)を採取させていただき、これを用いた研究を開始した。研究成果が蓄積されることで、臨床現場に還元できるとよいと、心から願う。薬剤の候補が見つかったらすぐに臨床に応用できるわけではないが、一歩一歩、堅実に進みたいものだと思う。

 多くの研究結果が蓄積されることで多くの効果的な薬剤が生まれ、遺伝子診断の確実性も増し、法的整備も進められた暁には(これは何十年も先のことになるかもしれないが)、診断がついたらすぐにでも神経保護治療を開始し、生活に不都合のあるような視野異常を生じないような予防をしたいものである。遺伝子異常があっても網膜異常を生じない世の中が来ることが理想であり、その実現を切に願う。

【略歴】
 1992年   慶應義塾大学医学部卒業 眼科学教室入局
 1994年   佐野厚生総合病院 出向 
 1997年   慶應義塾大学医学部眼科学教室 助手
 1998年   東京都済生会中央病院 出向
 2000年   杏林大学医学部 臨床病理学教室 国内留学 
 2001年   慶應義塾大学医学部 生理学教室 国内留学 
 2004年 4月 川崎市立川崎病院 出向 医長
 2004年10月 慶應義塾大学医学部 生理学教室 助手
 2005年 4月 慶應義塾大学医学部眼科学教室 助手 
 2008年10月 慶應義塾大学医学部眼科学教室 専任講師 
 2009年 4月 網膜細胞生物学研究室 チーフ (兼任)


【参加者からの感想】到着順
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(眼科医;大学勤務、東京)
 これほどまでに感動的な講演は今まで聞いたことはなかった。内容はもとより、眼科医、ロービジョン者双方に満足させる講演は素晴らしかった。研究内容などは足元にも及ばないが、講演の方法など自分にとって勉強になることだった。

(当事者;新潟県)
 網膜色素変性症の治療法・予防法が確立し、このような問題も、昔話にできるようになる日が、1日も早く来ることを、切望いたしております。

(眼科医;大学勤務、東北)
 網膜色素変性は確立した治療法がありませんが、これまでの試み、今行われている(研究されている)治療法などを非常に分かりやすくお話しされたと思います。ウイルスを利用した遺伝子治療、アールテックウエノの緑内障薬による神経保護、細胞移植など小沢先生のことばでわかりやすくお話しされていたと思います。今こころみられていることがなぜ効果があるのかわからないと継続は難しいという言葉は印象的でした。また病初期から継続して使用できる治療が可能なものを考慮しているなど臨床研究者としてのお考えもわかりました。

(機器展示、愛知県)
 網膜変性疾患の治療については、医療の進化を感じ、希望あふれる内容であったのではなかと思います。その中でも、私自身は小沢先生の、今以上悪くしないための投薬治療の研究は、今まで移植など完全治療を目指す方向しか知らなかった自分にとって興味深い内容でした。

(当事者、千葉県)
 最先端の大変難しいお話を、医師だけではなく、一般の患者にも理解できる言葉でお話しいただいた小沢先生のご講演に感動しました。小沢先生の研究が、実際に臨床に生かされるまでには、まだ30年近い期間が必要とのことでしたが、この30年という期間を遠く感じるか、近く感じるかは人によっても違うと思います。私は小沢先生の研究が臨床に生かされる日を楽しみにしつつ、日々の生活を楽しみたいと思いました。

(眼科医;病院勤務、四国)
 小沢先生のご講演で一番印象的だったのは「20~30年後には、どんなタイプの網膜変性疾患に対しても治療薬はできているだろう」という力強いお言葉でした。遺伝性疾患の場合、子や孫への影響が心配されますが「そんな心配は要らないですよ。今を大切に生きましょう」と希望的に患者さんとお話しできることは、精神的強みになるからです。本日受診された網膜色素変性症の患者さんにそのようにお伝えしたら、涙しておられました。小沢先生、患者さんのためにもよろしくお願いいたします。

(教育関係者;大学勤務、関東)
 医学的知識が不足している私には,少し難しかったですが,研究の歴史的経緯など初めて聞く内容ばかりで大変興味深く拝聴しました。再生医療が最近マスコミでよく取り上げられますが,それ以前からの医療関係者の熱い情熱を感じました。

(薬品メーカー勤務、新潟)
 非常に判り易く講演頂きまして感謝しております。一昔では考えられない方法論(細胞から目の組織を作る)で色変の患者さんに夢と希望を持たせてくれる講演でした。また、大学院で自身が学んだ知識がこのようなところで役に立つとは想像もつきませんでした。また、自分の大学の先輩がiPS細胞について本を出版しており、判り易く記載してありますが、それを上回る講演であったことに感謝しております。治療薬の内容、すごく気になります。。。

(当事者、長野県)
 網膜色素変性症は治らないということに対し、再生医療という新しい分野が登場したことは大変心強いことと思います。ips細胞の話題はマスコミでしか知らなかったのですが、研究は着実に進んでいることがよくわかり大変心強く感じました。

(薬品メーカー勤務、新潟)
 難しい内容の話になると思っていましたが、とても分かりやすい講演でした。ES細胞やiPS細胞の研究がこんなにも進んでいるとは知りませんでした。また、イモリは網膜細胞が復活することや、すでにマウスでは網膜細胞の移植・生着に成功していることなど、驚かされてしまう内容の話ばかりでとても勉強になりました。開発に成功しても治験が長期になるため、まだまだ時間もかかると思いますが、網膜色素変性症の治療薬に明るい兆しがあるように感じました。

(眼科医;病院勤務、東北)
 研究があり、新しい治療法、薬剤がつくられていくのは漠然とは知っていましたが、実際の現場の生の声を聞く事ができ、勉強になりました。医学は臨床だけじゃないと今まで以上に知る事ができました。

(当事者;自営業、新潟県)
 小沢先生の考える将来の最終的な網膜色素変性症の治療の理想は、第一に出生時、学童期の遺伝子診断、第二に早期からの神経保護治療を行う、つまり、遺伝子に異常が見つかっても網膜異常がでない治療をおこなうことです。
しかし、ここに至るには治験の難しさなど、まだまだ多くの問題をクリアしなければならず、研究開発が完成するまでには10年単位の時間が必要だというお話でした。
 小沢先生のお話を聴いて、先端医学の現場では当初は大きな希望であった再生医療から、現在はもっと現実的な発症を押さえる薬の開発へと、治療に対する考え方もシフトしてきており、それは基礎研究の分野に臨床を経験した先生方の考え方が反映された結果であるということが分かりました。
同時に世界を相手にシノギを削る研究者の凄味も感じました。

(福祉人間工学専門;大学勤務、新潟)
 特別講演は、網膜変性疾患に対する再生医療の最前線を垣間みることができた。医学の最先端の講演はいつも魅力的だが、小沢先生の講演は特に分かりやすく、魅力的だった。難問は山積みだろうが、何年かかろうとも一歩一歩着実に進展させてもらいたいと思った。もし仮にうまく行かなかったとしても、その礎の上にいつかは大きな花が咲くと信じている。研究とはそういうものだ。

(当事者、新潟市)
 「神経は損傷すると再生しない」というが「イモリ」の網膜は再生されるという。近年ES細胞、ips細胞の活用が話題になり大きな期待もかかっている。保護薬の開発、遺伝子治療は是非にも必要。そのためには横断的学界組織のつなぐ組織をつくるなど考えてもよいのではないかとの具体的な提案も。専門的な難しい問題に先が見えるようなお話もあり期待されます。

(眼科医;大学勤務、中国地方)
 「思い込んだら信じて突き進む」という強い姿勢を感じました。ご研究に真摯に取り組まれる態度と聡明なご発言に尊敬の念を抱きました。「ここに研究者魂を見た」という感動がありました。

(当事者、新潟市)
 網膜変性疾患に対する治療法(特に網膜色素変性症)について期待される網膜再生の研究が現在どの段階まで進められてきているのか?問題点などあらゆる角度から研究がチームで行われている現状が慶応大の小澤先生(9日)や理化学研究所の高橋先生(10日)のご講演でとても分かりやすく聴講できました。そして、長年この目の病気で苦しんできた多くの患者(私も含めて)に一日も早く治療法を確立させたいという熱い情熱と感動と勇気を与えていただきました。日本にはこんな素晴らしい先生方が日々、壁にぶつかることが沢山あっても、あきらめることなく困難に立ち向かってチームで協力し合いながら「患者さんのために」という気持ちで取り組んでいらっしゃるということがとてもよく伝わってきました。

(眼科医;病院勤務、新潟市)
 「神経は損傷を受けると再生しない」というCajal(1928)の呪縛から抜け出しつつある現在の状況を教えてくださいました。本当は難しいお話を素人にも判りやすく語って頂き流石でした。遺伝子治療や薬物治療は、多施設での研究が必要。iPS細胞の研究、薬の開発に適している。神経保護治療は、長期観察を要する、根気が必要。拠り所が判っていることが後ろ盾となる、、、ナルホド・ナルホドと合点しながら拝聴しました。



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