シンポジウム2『網膜色素変性の病名告知』
座長 佐渡 一成 (さど眼科、仙台市)、張替 涼子 (新潟大学)
竹熊 有可 (旧姓;小野塚 JRPS初代会長、新潟市)
「こんな告知をしてほしい」
守本 典子 (眼科医:岡山大学)
「眼科医はどのような告知を目指し、心がけるべきか」
園 順一 (JRPS2代目副会長 京都市)
「家族からの告知~環境と時期~」
コメンテーター
小川 弓子 (小児科医;福岡市立肢体不自由児施設あゆみ学園 園長)
シンポジウム2『網膜色素変性の病名告知』は、当事者(竹熊・関)と医師(守本)が、それぞれの立場で講演。その後座長の進行で、会場の参加者とディスカッションを繰り広げました。シンポジウムの内容を座長報告として、そして参加者からの感想をお届けします。
シンポジウム2『網膜色素変性の病名告知』
佐渡 一成 (さど眼科、仙台市)
張替 涼子 (新潟大学)
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無責任な「告知」は患者さんに深刻な悪影響を与えます。にも関わらず、眼科医が網膜色素変性の患者さんに対して治療法がない、遺伝性である、進行性で失明する可能性があるの「3点セット」と揶揄されている安易な告知を行っている例が未だに散見されます。外来の3分診療の中、突然このような「告知」をされたら患者さんはたまりません。ショックと混乱で絶望してしまいかねないのです。
本症の告知に関しては、これまでにも1)「眼科医にとってロービジョン対策以前の課題である(安達恵美子)」、2)「提供するデータを研究するのみではなく、得られた医学情報の伝達方法についても検討し、医療技術の一部として教育や研鑽に努める必要がある(岩田文乃)」などの考察がありましたが、臨床の現場に浸透しているといえる状態ではなく、眼科医の人間性も重要ですがそれだけでは不十分な気がしていました。
シンポジウムの前には、障害児・障害を持つ親に寄り添いながら、よりよい告知のためのシステム作りに情熱を傾けていらっしゃる小川弓子先生の基調講演がありました。小川先生は、「医師は自分自身の人間性を振り返り日々研鑽が求められる」ともおっしゃられていました。
シンポジウムでは3人のシンポジストにご講演いただきました。
1.当事者である竹熊さんは、16歳のときに自分と母親が別々に告知を受けたこと。自分に対する告知は見えにくくなることを差し迫ったものと感じさせない配慮があったが、母親は「3点セット」の告知を受けたと思われ、その後の嘆きが深かったこと。親の気持ちを慮るあまり、視覚障害者として生きていく選択ができなかったこと。今では三療の仕事に大きなやりがいを感じているが、ここまでくるのに25年もかかったことを話されました。人生の早い時期に告知されたが、病気の進行の予測がつかないために人生設計が難しかった面もあり、可能なら「何年後に視力が0.1くらいになる」といった予測を伝えてもらえると役にたつと思うと話されました。
2.眼科医である守本先生は、希望に繋がるプラスの情報を多く示すことでショックを最小限に抑え、できるだけ平常心を保てる告知を目標とし、そのために心がけるポイントを話されました。治療法がない→治療に通わなくていい、進行性→事前に教わってゆっくり準備できる、遺伝性→誰のせいでもないなど、言い方を工夫する。光、栄養、規則正しい生活などで行動を制限しない(逆は過去の行為を後悔して苦しみかねない)。QOLの高い視覚障害者の生活を伝える。患者交流会なども知らせ、告知から生じがちな孤独感の軽減を図る。話しやすい主治医と思ってもらい、以後も質問に応じられることを伝えておく、などでした。
3.20歳を過ぎたころに同病の父親から告知を受けた経験を持つ園さんは、JRPS主催の医療相談会で、我が子や、孫に遺伝しているかを気にした質問が多いことから、無症状の子供に診断を受けさせることの是非について発言されました。親が同病であるがゆえに子供がどうであるかを知るために眼科を受診する例が多いこと。小児期に診断を受けることでその後の人生において結婚や障害年金申請などさまざまな局面で不利益をこうむる可能性があることを知っておくべきであること。親の納得のためだけに診断を求めてはならないこと。一方、医師は、無症状の子供の診断を求める患者に対して、事前にこうした問題があることを助言することも必要なのではないかとも話されました。
3人のご講演の後に、意見交換を行ったところ、多くの真剣な発言がありました。視点ごとに発言を整理してみました。
【告知のショック】
・3点セットの告知はやはりショックが大きかった。しかし告知自体は受けて良かった。告知があったことで情報を得ようと努力することができた。:当事者
・告知はショックだったが、大手術の直後にRPの告知をすることは心の負担を増やすことになると考えて避けてくれた初診医の配慮が有り難くその後ずっと自分の心を奮い立たせるバネになっている。:当事者
・昔、友人が眼疾患の告知後に自殺した。告知と同時に前向きな情報が知らされていれば友人は死ななくてすんだはずだと思う。患者が残りの才能で何ができるか、を考えた上での告知が必要なのではないか。:眼科医
【告知すべきかどうか】
・情報は患者のものである。:当事者・眼科医 双方から
・告知の職責が医師にはある。:眼科医
・告知をするかどうかでなく、どのように伝えるかが大事ではないか。:眼科医
【告知の時期】
・確定診断がついた時点での告知が長期的にみて医師・患者双方にとってベストである。:当事者(支援者)
・思春期の告知は難しい面がある。親の対応についても助言が必要。:当事者・眼科医 双方から
【遺伝の情報について】
・いろいろ考えたが、子供を産んでよかった。:当事者
・子供を産むかどうかの選択は正しい情報を持ったうえでおこなうべきで告知は必要。:当事者
・遺伝子異常は誰でもかならず持っているものであることは伝えたほうが良い。:眼科医
・遺伝の問題はデリケートであり、きちんとした相談のできるところに紹介したほうがよい。:眼科医
【どのように伝えるべきか】
・3点セットがダメなのははっきりしている。:眼科医
・あいまいにしていることで次の段階へのスタートが切れない人がいる。:当事者(支援者)
・マイナスのコメントがすごい生活制限に繋がってしまう。:眼科医
・眼科医として、将来の夢を一緒に考えてゆく姿勢が必要。:眼科医
・障害があったらどうしたらよいかという情報が今はたくさんある。見えなくなっても一生読み書きできる。こういった情報を一緒に伝えるべき。:眼科医
「少なくとも医師も告知について悩んでいるということを患者さんにわかって頂けたことは収穫であろう(眼科医)」というコメントもありました。今回のシンポジウムだけで結論の出るような問題ではありませんが、当事者、眼科医がそれぞれの意見をお互いに共有できた、非常に良い機会になりました。
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【参加者からの感想】到着順
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(当事者、新潟県内) 告知に対する、先生方の苦悩と患者側の要望が、交錯し激論を交わしておりました。パネリストの影響もあり、未就学児・就学児・中高年と将来のある患者へのアプローチが話題の中心となっておりましたので、発言しませんでしたが、「網膜色素変性症の告知」を60歳を過ぎた方、高齢者への告知も深刻な課題と思っております。JRPSの役員をしている関係で、告知を受けた患者よりのご相談を受けることが、あります。そこで、高齢者に「治療法がない・遺伝性疾患である・将来失明に至る」の三点セットの告知を受け、途方に暮れておられる方の相談が、年に数例あります。予後・余生(高齢者に失礼な言葉とはおもいますが)を希望を持たせる告知、または、心配をかけない告知についても、次回、議論して、頂きたいと思いました。
どの世代の人にとっても。病気の告知は、重要な課題となると思いますが、正解は、「一緒でないのではと・・・」とも、思いました。「網膜色素変性症」の治療法・予防法が、確立し、このような問題も、昔話に、できるようになる日が、1日も早く来ることを、切望いたしております。
(当事者、千葉県) 多くのしつぎがあり、眼科の先生がたは、神経をすりへらし、悩んで、失明という言葉がひとり歩きしないよう、最善の注意をはらいながら、告知にいたっているということを知りました。
(研究所職員、兵庫県) 告知について患者だけでなく医師も悩んでいることがよくわかった。医師だから何でも知っていて、告知のプロだと思っていたら大間違い。医師たちも生身の人間である。いろいろな思いを抱えながら悩み、患者のことを心の底から考えている。診察に追われ、時間に余裕がない中で、患者への対応を迫られるのは気の毒に思う反面、正しい知識や情報を持ち、障害者に対する無駄な偏見や憐れみをなくしてほしい。障害者は決してかわいそうな人ではなく、生活上の不便を解消するだけで生活を一変させることができる、その方法を知らないだけではないか。患者に何が必要か、情報は誰のものか問えば、答えは必然的に導かれる。全ては患者のため。これは当たり前だとわかっていても、忙しさの中でついつい忘れがちになってはいまいか。そして、医師だけでなく、患者とその家族がもっと楽になるように告知の一部分を遺伝カウンセラーや心理カウンセラーに任せるなど役割分担があってもいいのではないだろうか。患者も医師もwin-winといきたいものだ。
(眼科医;大学勤務、東北) 私は患者さんを含めたこのようなシンポジウムを聞くのは初めてでとてもいい経験になりました。告知のことは非常に難しい問題を含むものであることを改めて感じさせられました。簡単に結論のでるものでないことは会場の患者さんのお話しでもよくわかりましたし、非常に心を揺さぶられるお言葉ばかりでした。竹熊さんや園さんが患者さんの代表としてご参加されて討論されたことにこころから感謝致します。討論は最先端でご活躍されている眼科医にも患者さんにもためになる内容だったのではないかと感じています。もっと広く臨床医にも参加していただきたい会だと思います。
(機器展示業者) 病名告知においてはその難しさ、重さを感じながら、現状と向き合わなければならないというバランスをどうとるかなのではと思う部分であります。
(当事者、千葉県) 「告知」という難しいテーマについて、医者と患者が席を同じにして議論できたことは素晴らしいと思いました。簡単に結論を論じられるようなテーマではないと思いますが、「情報は患者のためにある」との言葉が大変に心に残りました。
(福祉介護ボランティア、東京) 「告知」というテーマは、私にとってかなり関心のあるテーマでした。私自身、10余年前にはいわゆるガン告知を受けました。私の場合は非常に転移の可能性の低いガンであるということは、その告知の段階で言われており、今もこうして変わりなく日常生活を送れています。その時の執刀医(主治医)は、私が満足する十分な説明とあらゆる可能性を話していただけたので、そのドクターとの間には信頼関係ができ、今でもメール交換などもしています。
私自身のことを除けば、身近な告知の例は「失明の告知」ですが、ガンの告知にしても余命の告知にしても、だんだん体の機能が衰えて行く難病の告知など、告知に関わる医療関係者側の軽重はないように思います。大きな重圧の中で、告知に向き合っていらっしゃると思います。ある意味他人の人生に対して、決定的なことを告げる訳ですから、誰に相談することもなく悩みに悩んで告知に臨んでいらっしゃることでしょう。一方告知される側にも、社会経験、家庭環境、その人の人生観・宗教観、様々な問題が一人一人皆違います。一人一人の患者側の状況が違えば、彼らに対する告知の仕方も一つ一つ違ってくるはずですが、「失明の告知」で言えば眼科におけるこんなにも大きなテーマなのにそれをしなければならない眼科医にとって、現状はその眼科医の持つパーソナリティや人生観だけを頼りとされているのではないでしょうか。
小沢洋子先生が、あらゆる臓器にその可能性のある再生医療は科を横断した再生学会というようなものが必要になる、というご発言がありましたが、告知という点でも同じような考え方が必要になるのでは、と思いました。告知ということを真剣に突き詰めれば、各科を横断するばかりでなく、教育者、宗教家、様々な社会科学者なども参加し議論し合える「告知学会」が必要になると思います。医師のパーソナリティや人生観だけに囚われることなく、あらゆる科のすべての医師が告知学会で学び患者への告知に繋げて行く、というような流れを理想として考えましたが如何でしょうか。
(当事者) 色変を告知されてから32年。私も3点セットで言われました。今まで、必要な情報を集めながら、一番有効ではないかと思われることをやってみました。二人の子どもに遺伝していた場合のことがいつも頭から離れず、経過観察を続け、何か良い方策はないものか、進行を遅らせたり、ストップすることはなものかと、出来る限りお医者さんのいうことを聞いてきました。
告知については大変難しいことだと感じました。医者と患者との間の信頼関係が大きく左右することと思います。私は、告知された時、身障者手帳をもらうように勧められましたが、気が進まず申請しませんでした。その後も、日常生活にたいした支障がなかったものですから、色変仲間から異端児扱いされたこともありましたので、本当に色変なのかと、病院を何回か変わり、その度に告知をされました。いやな告知の仕方は、どうせ治らないと投げやり口調で言われたり、気休めを言われるのはいやでした。32年前の先生は、すぐ失明するよ、と言われましたが、幸い、大丈夫です。心配しての宣告だったとおもいますが、決めつけて言ってほしくなかったです。
(眼科医;病院勤務、香川県) 告知に関する小川先生のご講演とシンポジウムについては、いろいろと考えさせられました。それぞれの立場によって、または個人によって思いは様々なんだなと改めて感じました。私の場合告知のタイミングについては、ある種の動物的感にたよっているところが多いかもしれません(笑)が、結局のところ「患者さんと一緒に考える」ということしかできないなと思いました。また、小川先生のお話しされた「前向き、希望的な告知」というのは、やはりキーワードになるかと思います。
(教育関係者;大学勤務、茨城県) 医療従事者だけでなく患者の立場からの意見もお聞きでき,大変興味深かったです。予後に対する専門的知識に加え,告知する側とされる側の信頼関係がとても大切であり,アフターフォローの重要さが良くわかりました。医学部では告知について,どのように教えられているのか知りたいです。
(生活支援専門職、京都府) 失明の告知に関して、岡山大学の守本先生がおっしゃっておられたと思うのですが、「ゆるゆるとお付き合いしていく」というお言葉にすごく共感できました。 失明告知の時点だけではなく、その後何10年も色変と付き合ってこられた人たちの中に、いよいよほとんど見えなくなった時に、告知におとらない大きなショックを受ける方が沢山おられます。そんな時に、ゆるゆると寄り添える専門職でありたいと思います。
(機器展示業者) とても興味深い内容で、当事者の立場、意見を尊重する意識を持つことが最も大切であると思いました。状況がそれぞれ異なるのでタイミングが難しいと思いますが、話の中で出たアフターケアも含め、まずは当事者のことを思いやる気持ちが大事であると感じました。
(薬品メーカー、新潟市) 患者さんの方から3点セットの告知というキーワードが飛び交っていましたが、医師側も患者側もお互い辛い立場にあるなかでいかに医師側がうまく伝えるのが難しいのかがよくわかりました。守本先生の柔らかい話し方、とても印象的でした。何でもプラスにとらえて医師側から患者側に伝えることがいかに重要かということはフロア全体での共通認識になったのではないかと勝手に思いました。
(当事者、長野県) 告知の問題では、先生方の苦悩が伝わってきました。基本的には当然知らせるべきなのでしょうが、それによって人生が大きく変わってしまうこともあるということは納得できます。私も一時落ち込みました。しかし今のうちにできることがあるということに気づき、またいろいろな機会に患者の方のお話をお聞きし別の考え方があることを知ることができました。告知のときに、あるいは少し時間をおいて同じ病気の人たちの団体があることを教えてくれるシステムがあればいいなと思いました。病院では治療が最優先にされて、そこまでは手が回らないのかも知れません。しかし患者にとってはそこがスタートなのです。そこで放り出されるようなことはあってはならないのではないでしょうか。私の場合だけかもしれませんが、そのような団体などは自分で探さなければなりません。探しても見つかるとは限りません。自分でネットワークを作るか探すかしかないのです。今は個人情報保護の観点からどこに聞いても名前も住所も、あるいはそういった人の存在すら教えてはもらえないのが実情です。団体があるとすればそういった情報を提供してもらえる体制があればありがたいと感じました。
(薬品メーカー、新潟市) 告知については、伝える側、伝えられる側の永遠の課題となると思いました。告知の際の環境や話し方、話す内容次第では、患者様の受け止める感情や将来への不安などが少しでも和らぐのではないかと思います。ただ、患者様一人一人によって受け止め方が違うと思いますのでとても難しいことだと感じました。 私が告知を受ける側であることを想像してみると、将来への不安を真っ先に考えてしまうと思ったことから、守本先生の、告知の際はプラスの話をすることやアドバイスをして頂くことが私にとっては一番良い告知であると感じました。
(眼科医;開業、東京) 小川先生の告知のご講演の途中から聞くことができました。遅れていったので、後ろの席になり、全体の様子が良く見えました。何人もの方が涙を流しながらお聞きになっていました。もちろん私も。 そのあとの当事者のお話しとフロアーからの体験談をお聞きし、短い言葉では表現できない思いを持ちました。そんなわけで感想を人にわかるような形で的確にのべる事ができませんが、まだ私にもやらなければならないことがあると感じ、また毎日の信じる歩みをこらからも続けていきます。
(当事者、長野県) 告知については、先生方が大きな問題として捉え、苦悩されていることが伝わり、患者の一人として嬉しく思いました。竹熊さんが、告知を受けてからの家族の対応に苦慮しながらも、今はマッサージ師として情熱を持、更に前進しようとしている姿勢に感銘を受けました。ご活躍を祈っています。
(眼科医;病院勤務、山形県) 告知の問題は医師側も慎重に考え、おこなわないといけない問題だと思います。網膜色素変性症の告知についてある開業医の奥様が「開業医は医師が1人で時間がない、時間のかかることは時間のとれる病院でカウンセラーをまじえておこなうべき。開業医ではスタッフも患者さんの話をじっくり聞く時間のある人間はいない」と2週間前に言われました。私は「白内障手術をおこなっている施設で少なくとも合併症の話で、(開業医さんでも色素変性の白内障手術してますのでそれまで色素変性について)説明するため時間とれますよね」と解答したのですが納得されませんでした。医師としてどんな場所で診察するにしても「診断」し「病名」を告げる場合(色素変性症に限らず)考え発言できるようにならなければならないと再認識させていただきました。
(当事者;自営業、新潟県内) 3名の講演を通して医師は告知を考える時に”伝えたイコール伝わったではない”ということを意識して欲しいというメッセージが抜かれており、告知の前に考えるべきこととして、保護者の状態や心情を理解することは特に大切であるという指摘は、医師としてよりも当事者としての気持ちなのだろうと思いました。医師は科学者であり、第一に求められることは事実を客観的に正確に伝えることです。けれど、それだけでは足りない何かがあると思います。小川先生は最後に告知については、伝える側の価値観、人生観、人権意識も試される。自分自身の人間性を振り返り、日々研さんが求められると結ばれました。足りない何かとは、このことではないか、そう思います。
(当事者、兵庫県) 「いつ、どのように告知をすべきか・・」JRPSでもRPのお子さんを持ったお母さんから時々そういうご相談を受けます。私自身は大人になってから発症し、告知を受けた時もいわゆる3点セットではなく、「治療法はない、徐々に視野が狭くなる、でも、あなたの眼は見えなくならないよ」という優しい?言葉でした。最後の「あなたの眼は見えなくならない」という言葉に少し安心して、・・・でも、徐々に視機能は落ちていきました。告知を受けてから24年、今は「手動弁」です。「絶望」・・と言うより「あきらめ」と「開き直り」で現在の自分の見え方を受け止めています。
子供への告知は症状が出てきて本人が自覚した時、というような意見も出ていた、と思いますが、小さなお子さんの場合、物心ついた時からその視角の中で生活しているので、自分が眼が悪いという自覚を持つ次期は随分大きくなってからではないでしょうか?フロアーから思春期は避けたほうがいい。というご意見がありました。では、思春期の前?後?そのあたりをお聞きしたかったのですが、時間切れ・・・(帰りの新幹線の時間が迫っていました。)ただ、その先生がおっしゃった「お母さんが受容できているか、周りが支える環境にあるかは重要」そして「医師は告知をしたその後もフォローをしなくてはいけない」なるほど、そんな環境で告知を受けられたら、ある意味幸せかもしれない、と思いました。でも、お忙しい先生方にそんな余裕はあるのでしょうか?少なくともあの会場にいらっしゃった先生方はそんな告知を考えてくださっておられる、と期待しています。私が今、元気に活動しているのは、私を支えてくれる家族や友人、そして、同じ病気の仲間の存在です。自分は一人ではない。それは病気を受け止め、障害を受け止める心の支えになると思います。是非、告知をした後に仲間の存在を伝えてください。
(工学研究者;大学勤務、新潟市) 障が い当事者2名と医師1名から発表があった。各シンポジストの体験に基づいた発言には重みがあり、深く考えさせられた。「告知」の問題は、ぜひ医学倫理教育の中に取り入れてもらいたいものだ。医師が「病気」だけではなく、「患者そのもの」にも感心をもたせる、いいきっかけになるように思う。
(眼科医;大学勤務、岡山県) 竹熊さんのご講演では、親の受け止め方や考え方が子供の人生に響いてしまうため、そこへ第三者がどう食い込めるか、という難しさを感じました(でも、もし親御さんが早くにたくさんのロービジョン者や同じ立場の親御さんたちと出会えていたら、とは思います)。今の竹熊さんが理療のお仕事に生甲斐を見い出しておられることを、我が事のように嬉しく思いました。
自分の講演では、当日は申しませんでしたが私は岡山で「目の不自由な方と家族の集い」と「網膜色素変性の子どもをもつ親の集い」という2つの交流会を継続開催しているので、そこで見聞きした経験(告知、思考、支え合い、立ち直りなど)を紹介できればよかったなと思いました。ロービジョン外来や交流会を通して、「人は心で生きている」と強く感じます。医者の知識が患者さんに正しく伝わり、その情報が患者さんの中で生かされてこそ告知の意味があります。医者の言葉は大切ですが、その何倍も、患者さんがその後に出会う人々からもらう言葉が大切です。告知医には是非、次の人に繋げて欲しいと思います。
園さんには助けていただくことの方が多いのですが、頼もしい生き方をされているロービジョン者の代表的な人だなあ、とますます思いました。そのような方々のお話をたくさん、患者さんにお伝えしたいと思います。ご講演で述べられた成人前の眼科受診の是非については、成人するまでその子の将来を考える上で網膜色素変性であるかどうかがわからない状態であってもよいと考える親であったり、逆に夜盲等の症状が出ている(発症を確信している)親であったりすれば、ご発言の通りなのだろうと思います。しかし、告知にはいろんな要素がありますから、障害年金や生命保険についての知識を親御さんたちに知らせてよく考えていただく、ということに尽きるように思いました。
告知の時期については、親の集いでもしばしば話題になり、個別性が大きいように思います。成人前では親の意向に沿うことになりますが、竹熊さんの例も園さんの例も、親御さんと一緒に考える上で大変参考になりました。次の集いで、悩める親御さんたちにもお話しさせていただきます。
(雑誌編集、東京) 私自身告知されたときのことを思い起こしました。私の場合、手術の事前説明のために手渡された外科や麻酔科からの書類や同意書の中に、病名と障害名が記載されていて、主治医から告知される前に、それを知ってしまった、というお粗末なものでした。けれど主治医や看護師は常に忙しくされている姿が印象的で、これも仕方ないのかなとも思えたのです。しかしそれは本当は悔しかった。告知する医師側は業務上何度となく告知の場を踏むのに対し、告知される側は一生に一回。その重みの違いが滲み出ている感じがした。ですから、今回の先生方のように、いつのタイミングでどう伝えるかなどに配慮をされ心を痛めておられる先生方もいらっしゃることに、救われた思いがしました。
(学生、新潟市) 告知に関する意見を患者本人の立場、眼科医師としての立場でそれぞれの考えを傾聴していてとても難しい話をしていたなという印象を強く受け、眼科医としては患者とその家族に絶望感を与えないように告知するにはどうしたらよいのかとそのタイミングや説明の仕方に工夫を説明し、患者やその家族からは過去に自分が告知された時の経験を語りながらどの時期に告知されるのがよいのかどんなふうに説明してくれればよいのかを互いの視点で語っている姿を見て、自分たちが目指している社会福祉士としての立場ではどうなるのかを深く考えさせられました。告知によってその患者さんのこれからの人生が大きく変わってくることになり、大きなショックと戸惑いが起きるはずです。それを支えていくために眼科医だけでなく社会福祉士の仕事であるケースワーカーやその他の職種の関係者たちが協力し合って患者さんを支えていく必要があると考える事が出来ました。
(学生、新潟市) 告知については、講演に参加している現場の医師の方々も大変苦慮しており、網膜変性疾患と診断された人に対して、想定していた将来像の変更や不安の軽減のために説明時間を多くとって配慮をする必要があること、告知するタイミングはいつがいいか、その後の具体的な支援について説明していき、気持ちを受け入れられるようにすることが課題になっていると理解できました。私は網膜変性疾患の告知について、告知する時期については診断が確定した後、様子を見てできる限り早く心理的負担がかかりにくい時期を見越して告知すること。告知する前に互いに信頼できる関係を形成し、告知の際にも丁寧にかつプラス面を考慮しながら説明することが求められていると思った。告知を上手に行うことで、告知された人の気持ちが大きく変わって本人にとって不利益なことでも場合によっては利益になることがあると考えました。
(眼科医;病院勤務、新潟市) フロアーから、「告知をするかどうかでなく、どのように伝えるかが大事ではないか」、「医療者側には、遺伝カウンセリングの知識が必要」、「ピア・カウンセリングは効果あり」というコメントを頂きました。三宅先生のコメントも会場の心を揺さぶりました。このシンポジウムは結論のないものだと思いますが、私は少なくても医師も告知について悩んでいるということを患者さんにわかって頂けたことは収穫かなと考えます。また患者さんばかりでなく、ストレスの多い医師に対するケアも必要と感じました。
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『新潟ロービジョン研究会2012』 プログラム
日時:2012年6月9日(土)
開場12時45分 研究会13時15分~18時50分
会場:済生会新潟第二病院 10階会議室
12時45分 開場 機器展示
13時15分 機器展示 アピール
13時30分 シンポジウム1『ITを利用したロービジョンケア』
座長:守本 典子 (岡山大学) 野田 知子 (東京医大)
1)基調講演 (50分)
演題:「 ITの発展と視覚代行技術-利用者の夢、技術者の夢-」
講師:渡辺 哲也 (新潟大学工学部福祉人間工学科)
2)私のIT利用法 (50分)
「ロービジョンケアにおけるiPadの活用」
三宅 琢 (眼科医:名古屋市)
「視覚障害者にとってのICT~今の私があるのはパソコンのおかげ~」
園 順一 (京都福祉情報ネットワーク代表 京都市)
3)総合討論 (10分)
15時20分 特別講演 (50分)
座長:安藤 伸朗 (済生会新潟第二病院)
演題:「網膜変性疾患の治療の展望」
講師:小沢 洋子 (慶応大学眼科 網膜細胞生物学斑)
16時20分 コーヒーブレーク & 機器展示 (15分)
16時35分 基調講演 (50分)
座長:張替 涼子 (新潟大学)
演題:「明日へつながる告知」
講師:小川 弓子 (小児科医;福岡市立肢体不自由児施設あゆみ学園 園長)
17時25分 シンポジウム2『網膜色素変性の病名告知』
座長 佐渡 一成 (さど眼科、仙台市)、張替 涼子 (新潟大学)
守本 典子 (眼科医:岡山大学)
「眼科医はどのような告知を目指し、心がけるべきか」
園 順一 (JRPS2代目副会長 京都市)
「家族からの告知~環境と時期~」
竹熊 有可 (旧姓;小野塚 JRPS初代会長、新潟市)
「こんな告知をしてほしい
」 コメンテーター:小川 弓子 (小児科医;福岡市立肢体不自由児施設あゆみ学園 園長)
18時35分 終了 機器展示 歓談&参加者全員で片づけ
18時50分 解散
【機器展示】 東海光学株式会社、有限会社アットイーズ、アイネット(株)、株式会社タイムズコーポレーション、㈱新潟眼鏡院