勉強会報告

2018年5月13日

報告:第264回(18-02)済生会新潟第二病院眼科勉強会   5)岩崎 深雪
 「ささえ、ささえられて」
 日時:平成30年02月14日(水)16:00 ~ 18:30
 場所:済生会新潟第二病院 眼科外来  

 2月の勉強会は、5名の方に講演して頂きました;小林 章(日本点字図書館:歩行訓練士)、大石華法(日本ケアメイク協会)、橋本伸子(白尾眼科:石川県、看護師)、上林洋子(盲導犬ユーザー;新潟市)、岩崎深雪(盲導犬ユーザー;新潟市)。順に講演要約をお送りしています。今回は、岩崎深雪さんです。 

 演 題:「私のささやかなボランティア …」
 講 師:岩崎 深雪(新潟市;盲導犬ユーザー)
【講演要約】    
 私は、生まれつきの弱視で完全に視力を失ったのが2000年ころでした。2003年11月から盲導犬と生活するようになり、 盲導犬と歩くようになってからは、イベントや講演会・学校の事業など、さまざまな社会参加をするようになり、生活は一転しました。たくさんの人たちに出会い、いろいろな体験や経験をしていくうちに、「あたりまえ」から「感謝」へと、私の気持ちも少しづつ変化していきました。 

 たくさんの講演を聞いているうちに、「今まではみなさんにお世話になるばかりだったけど、私にも何か一つくらいできるボランティアがあるのではないかしら?」と考えるようになり、目が見えなくても人の話を聞くことならできるのではないかと思い、傾聴ボランティアの講習を4回受けて修了証書をいただきましたが、条件に合わなかったので実りませんでした。 

 次に受けたのが、元気力アップサポーターの講習でした。これは新潟市が介護支援事業の一環として行っているもので、これをすることによりご自身がより元気になっていただくことを目的としていて、市内に住所を有する65歳以上の方が市内の老人施設や事業所など(登録しているところ)に自分のできることをお手伝いに行くというものです。講習終了後登録者に手帳と登録事業所の一覧が来ます。そこには、各事業所が何をやってほしいかとか連絡先などが記してあります。その中から自分にできるサボートの事業所を見つけてアプローチして決めていきます。 

 私は盲導犬ユーザーの友達に誘っていただき、ある老人介護施設に頼まれたときに二人と2頭の盲導犬で伺っています。そこで施設に来ている人たちに盲導犬と触れあってもらっています。ホールにはたくさんの人たちが集まってきて、中には「また来たか」と犬の名前を呼んでくれたり、普段はにこりともしない人が盲導犬がそばに行くとにこにこしながら撫でているのだそうです。そんな様子を見て職員さんたちもびっくりしています。帰るときにはみんなで「また来てね」と言ってくれます。 

 この制度が続く限り、また私が元気でいる間は、自信の健康保持のためにも必要とする施設で話し相手やタオルたたみ、カラオケ披露、犬との触れ合い…など自分にできることを続けていきたいと思っています。 

【自己紹介】 
 昭和37年3月~新潟県立新潟盲学校高等部別科卒業。長野県の温泉地に就職。
 昭和42年3月~結婚し、佐渡へ。
 昭和47年9月~新潟市西蒲区岩室温泉に移住~ 平成24年新潟市東区に転居。
 平成15年11月~財団法人アイメイト協会より盲導犬1頭目を貸与。
 平成23年1月~盲導犬引退。引き続き2月に2頭目の貸与
 平成27年2月~日本ケアメイク協会、大石華法先生の講演を聞く。
      5月より大石先生の講座を受けはじめ、12月にフルメイクを終了
 現在に至る 

【参加者の感想】
・盲導犬に出会ってから生活が大きく変わり、岩崎様は人に頼るばかりの生活から他人のためになるボランテア活動が出来る様になった。お話は視覚障害が判明してからはもがき苦しんでいるばかりの私にとってとても感銘深いものでした。視覚障害が判明してからはもがき苦しんでいるばかりの私にとってとても感銘深いものでした。上林さんの生き方を私の今後の心の糧とし生きて行きたいと思いました。
 (新潟県三条市 女性)
・傾聴ボランティアや元気力アップサポーターとして、人の為に何かできることをしたいと前向きに生きておられる姿勢に、私も小さなことからはじめてみたいと勇気をいただきました。
 (神奈川県 眼科医)
・健常者であるにもかかわらず、時に愚痴を言ってしまっている自分が恥ずかしくなりました。諦めない、チャレンジする、人生を楽しむ人生の先輩から多くのメッセージが受け取れました。
 (兵庫県 ボランティア) 

【これまでの岩崎深雪さんの講演歴】
報告:第126回(2006‐09月) 済生会新潟第二病院 眼科勉強会  岩崎深雪
    演題:『盲導犬と歩いて広がった友達の輪』  
    講師:岩崎深雪(新潟市岩室温泉)
     日時:平成18年9月13(水)16:30 ~ 18:00 
     場所:済生会新潟第二病院 眼科外来 
   http://andonoburo.net/on/6485 

報告:第240回(16-02)済生会新潟第二病院眼科勉強会 若槻/岩崎
  演題:「ブラインドメイク 実践と体験」
  講師:岩崎 深雪(新潟市;盲導犬ユーザー)
     若槻 裕子(新潟市:化粧訓練士)
   日時:平成28年02月17日(水)16:30~18:00
  場所:済生会新潟第二病院眼科外来
  http://andonoburo.net/on/4538 

【後 記】
 岩崎さんにお話して頂いたのは、今回で3回目です。最初は2006年9月でした。幼いころからの人生、幾多の困難を淡々と語り、とても印象に残るお話でした。次は2016年2月ブラインドメイクのお話、メイクすることで生まれ変わったご自身を楽しそうにお話してくれました。
 今回は、今まではお世話になることばかりだったが、何かお役に立ちたいとボランティアをやっているとのこと。飾ることなく静かに語る声に姿に、とても魅力を感じます。
 ますますこれからもお元気に活躍されることを祈念しております。
 

第264回(18-02)済生会新潟第二病院眼科勉強会「ささえ、ささえられて」
講師と演題
1.小林 章(日本点字図書館:歩行訓練士)
 「空気を感じて歩く楽しさと  少しでも楽に歩ける視覚活用方法を伝えること」
  http://andonoburo.net/on/6438 
2.大石華法(日本ケアメイク協会)
 「『ブラインドメイク物語』視覚障害者もメイクの力で人生が変わる!」
  http://andonoburo.net/on/6455 
3.橋本伸子(白尾眼科:石川県、看護師)
 「これからのロービジョンケア、看護師だからできること」
    http://andonoburo.net/on/6464
4.上林洋子(盲導犬ユーザー;新潟市)
 「生きていてよかった!!」
  http://andonoburo.net/on/6478
5.岩崎深雪(盲導犬ユーザー;新潟市)
 「私のささやかなボランティア …」 

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『済生会新潟第二病院 眼科勉強会』
 1996年(平成8年)6月から毎月欠かさず265回続け、2018年(平成30年)3月で終了しました。
 この勉強会は誰でも参加出来ました。話題は眼科のことに限らず、何でもありでした。参加者は毎回約20から30名くらい。患者さん、市民の方、医者、看護師、病院スタッフ、学生、その他興味のある方が参加しました。眼科の外来で行いますから、せいぜい5m四方の狭い部屋で、寺子屋的な雰囲気を持った勉強会でした。ゲストの方に約一時間お話して頂き、その後30分の意見交換がありました。
  日時:毎月第2水曜日午後 
  場所:済生会新潟第二病院眼科外来  

*勉強会のこれまでの報告は、下記でご覧頂けます。
 1)ホームページ「すずらん」
  新潟市西蒲区の視覚に障がいのある人とボランティアで構成している音声パソコン教室ホームページ 
  http://occhie3.sakura.ne.jp/suzuran/ 
 2)安藤 伸朗 ホームページ
   http://andonoburo.net/ 

 

2018年4月28日

報告:第264回(18-02)済生会新潟第二病院眼科勉強会   4)上林 洋子
 「ささえ、ささえられて」
 日時:平成30年02月14日(水)16:00 ~ 18:30
 場所:済生会新潟第二病院 眼科外来 

 2月の勉強会は、5名の方に講演して頂きました;小林 章(日本点字図書館:歩行訓練士)、大石華法(日本ケアメイク協会)、橋本伸子(白尾眼科:石川県、看護師)、上林洋子(盲導犬ユーザー;新潟市)、岩崎深雪(盲導犬ユーザー;新潟市)。順に講演要約をお送りしています。今回は、上林洋子氏です。 

 演 題:「生きていてよかった!!」
 講 師:上林 洋子(新潟市;盲導犬ユーザー)
【講演要約】
 小・中学校時代の私は体育系は苦手で、思っていることがあっても自分から言い出せないという「消極的」な性格でした。中学卒業後「看護婦」になる夢を抱いて川崎市内の病院付属養成所に入学したのですが、緑内障の発病により新潟大学眼科で手術を受けました。担当医師から再発により失明の可能性が高いと言われ、親に説得され翌春に新潟盲学校高等部に入学しました。盲学校では、視野欠損があるものの文字の読み書きができるので何かと重宝がられ生徒会の役員を手伝わされました。ここで自分から思っていることを進んで発言できるようになった気がします。 

 出産、子育てのさ中に緑内障が再発し、手術を繰り返しながら39歳で両眼球摘出、全盲となりました。子育てや家事は工夫することによりできたのですが、一人で外を歩くことが怖くてできませんでした。そんな私を支えてくれたのは、喜怒哀楽を三十一文字の短歌に託すことでした。 

 子供たちが就職、大学にと家を離れた平成7年、先輩ユーザーの勧めにより盲導犬の訓練を受け、一緒に暮らすことになったのです。この盲導犬、意見を主張できない性格の私を見抜いてか、夫の発言がしっかりしていることを悟ったゆえか、歩行中でも、私より夫の指示に従うようになったのです。今思えば恥ずかしいのですが「消極的では世の中渡れない」と盲導犬から教えられたのでした。 

 それから我が家は早朝散歩のトレーニングで足・腰を鍛え平成9年、先輩ユーザーの提案により、盲導犬とともに富士山頂に立ちました。この時の達成感が忘れられず、視覚障害者とともに登る「山の会」に入会し、近在の里山をはじめ、立山、白馬、火打山、大峰山、五頭山、安達太良山…山頂を極めることができました。 

 また、25年ほど前に市の社会福祉協議会から小・中学校の福祉授業に関する協力依頼を受け、現在も続けています。

 消極的で人前で話すことが苦手だった私でしたが、失明により出会った人たちから生きるヒントをいただきました。また、歩行の一助となればと選んだ盲導犬歩行により、自分 の意思をはっきり相手に伝える生き方を身につけました。3代目の盲導犬も今年で定年退職(リタイヤ)です。4代目パートナーと暮らせるように、もうひと踏ん張り頑張りたいと思います。 

 ようやく私も人並みに「おばあちゃん」の境地に満足し、工夫を重ねることにより日々をエンジョイして「生きていてよかった!」と痛感しているこの頃です。そして、三十一文字に託してきた短歌の総まとめに取りかかっています。
 ・いつしらに色の記憶の薄れたり今朝は触れてみつチューリップの花
 ・ゆったりと浅き緑を踏む犬の歩みに合わせめぐる山裾
 ・風呂の栓抜きてしまい湯落とすとき渦巻きながら消えゆく一日
 ・盲導犬戸口に繋ぎ庭を掃く時折名を呼び吾の位置を知る
 ・人生のとどのつまりは皆ひとり一合に満たぬ明日の米研ぐ
 

【自己紹介】 上林 洋子(かんばやし ようこ)
 昭和36年 緑内障と診断される、視覚障害手帳(5級か6級?)
 昭和37年 新潟盲学校高等部入学
 昭和42年から短歌等の創作や編み物に挑戦
 昭和59年、両眼球摘出
 昭和60年ころ、漢点字、音声ワープロ等を取得
 平成5年から、社会福祉協議会の依頼を受け小、中学校などの福祉授業に協力
 平成7年、盲導犬ユーザーとなる
 平成9年、登山初体験(富士山) 

【参加者の感想】
・盲導犬に出会ってから生活が大きく変わり、やれば出来るを座右の銘とし編物・登山・短歌に力を注ぎ生きていて良かったとの心境となった。視覚障害が判明してからはもがき苦しんでいるばかりの私にとってとても感銘深いものでした。上林さんの生き方を私の今後の心の糧とし生きて行きたいと思いました。
 (新潟県三条市 女性)
・死にたいと思ったことが二度ありますとおっしゃる、そんな厳しい人生に真摯に向き合ってこられ、今は三代目の盲導犬とともに山登りなどアクティブな人生を送っていらっしゃるとのこと。前向きで明るい笑顔に感動しました。
 (神奈川県 眼科医)
・健常者であるにもかかわらず、時に愚痴を言ってしまっている自分が恥ずかしくなりました。諦めない、チャレンジする、人生を楽しむ人生の先輩から多くのメッセージが受け取れました。
 (兵庫県 ボランティア)
・力強く前向きな姿勢に胸打たれ、満足感を抱えて帰路につきました。
 (神奈川県 会社員) 

【後 記】
勉強会常連の上林さんにお話して頂きました。上林さんの優しい語り口調に吸い込まれ、心地良い感覚でお聞きしました。「生きていてよかった」ここに、上林さんの人生が集約されているのが、講演を拝聴してよく理解することが出来ました。幾多の苦難を乗り越えて、自らの精一杯の努力と、本気でぶつかり合いながらで築き上げた、多くの理解と愛情の中で、今を生き抜いている。。。。。今後は、上林さんの知識と経験、そして、エネルギーを多くの方々に伝え広めていただきたいと期待しています。益々の活躍を祈念しております。 

参考までに、これまで上林さんには勉強会で2回お話してもらいました。
第114回(05-09月)済生会新潟第二病院 眼科勉強会
「限りなく透明な世界」  
 上林洋子(視覚障害者福祉協会会員、盲導犬ユーザーの会会員;新潟市)
 日時:平成17年9月14日16:30 ~ 18:00 
 http://andonoburo.net/on/6471

 第220回(14‐06月)済生会新潟第二病院 眼科勉強会
 演題:「生きていてよかった!」
 講師:上林 洋子(社福:新潟県視覚障害者福祉協会副理事長 同女性部長)
  日時:平成26年6月11日(水)16:30 ~ 18:00 
 http://andonoburo.net/on/2848 

PS:先日、上林さんから、主人上林明様ご逝去の報が届きました。
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3月19日に夫上林明が旅立ってしまいました。覚悟をしていたとはいえ、心の整理がつかない日々です。
『酸素ボンベひたすら動く病室にあなたと分かつ限られし刻を』
『あなたもう苦しまなくともいいのです愛用のベレー棺に納む』
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謹んでご冥福をお祈りいたします。 

上林明様に、一度勉強会で講演して頂きました。とても心に残るお話でした。
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第239回(16-01)済生会新潟第二病院眼科勉強会    上林明
 演題:「パラドックス的人生」
 講師:上林明(新潟市)
  日時:平成28年1月13日(水)16:30~18:00
 http://andonoburo.net/on/4401  
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第264回(18-02)済生会新潟第二病院眼科勉強会「ささえ、ささえられて」
講師と演題
1.小林 章(日本点字図書館:歩行訓練士)
 「空気を感じて歩く楽しさと  少しでも楽に歩ける視覚活用方法を伝えること」
  http://andonoburo.net/on/6438
2.大石華法(日本ケアメイク協会)
 「『ブラインドメイク物語』視覚障害者もメイクの力で人生が変わる!」
  http://andonoburo.net/on/6455
3.橋本伸子(白尾眼科:石川県、看護師)
 「これからのロービジョンケア、看護師だからできること」
    http://andonoburo.net/on/6464
4.上林洋子(盲導犬ユーザー;新潟市)
 「生きていてよかった!!」
5.岩崎深雪(盲導犬ユーザー;新潟市)
 「私のささやかなボランティア …」

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『済生会新潟第二病院 眼科勉強会』
 1996年(平成8年)6月から毎月欠かさず265回続け、2018年(平成30年)3月で終了しました。
 この勉強会は誰でも参加出来ました。話題は眼科のことに限らず、何でもありでした。参加者は毎回約20から30名くらい。患者さん、市民の方、医者、看護師、病院スタッフ、学生、その他興味のある方が参加しました。眼科の外来で行いますから、せいぜい5m四方の狭い部屋で、寺子屋的な雰囲気を持った勉強会でした。ゲストの方に約一時間お話して頂き、その後30分の意見交換がありました。
  日時:毎月第2水曜日午後 
  場所:済生会新潟第二病院眼科外来 

*勉強会のこれまでの報告は、下記でご覧頂けます。
 1)ホームページ「すずらん」
  新潟市西蒲区の視覚に障がいのある人とボランティアで構成している音声パソコン教室ホームページ 
  http://occhie3.sakura.ne.jp/suzuran/
 2)済生会新潟第二病院 ホームページ
   http://www.ngt.saiseikai.or.jp/section/ophthalmology/study.html
 3)安藤 伸朗 ホームページ
   http://andonoburo.net/

 

2018年4月15日

報告:第264回(18-02)済生会新潟第二病院眼科勉強会
「ささえ、ささえられて」   3)橋本伸子
  日時:平成30年02月14日(水)16:00 ~ 18:30
  場所:済生会新潟第二病院 眼科外来 

 2月の勉強会は、5名の方に講演して頂きました;小林 章(日本点字図書館:歩行訓練士)、大石華法(日本ケアメイク協会)、橋本伸子(白尾眼科:石川県、看護師)、上林洋子(盲導犬ユーザー;新潟市)、岩崎深雪(盲導犬ユーザー;新潟市)。順に講演要約をお送りしています。今回は、橋本伸子氏です。 

演題:これからのロービジョンケア、看護師だからできること
講師:橋本伸子(しらお眼科;石川県 看護師)
【講演要約】
 私は眼科看護歴26年になるが、ロービジョンケアという言葉を知ったのはほんの6~7年前である。それまでは、眼科看護だと思っていた。今もケアと付くからには看護だと思っている。「見えなくなったらどうしよう…」この問いにどう答えたら良いのだろう。傾聴だけではそのひとの明日は変わらない。この思いが芯となり私を動かしてきた。では、何ができるだろう。 

 私達看護師は、身体に機能障害が残ってもリハビリをして地域で生活していける事をこれまでも経験している。あるいは身体の一部が失われるようなケースのケアについても経験している。いずれの場合も安全な環境調整から退院に向けての支援、また転倒予防、感染予防、再発予防などと予防的支援まで関わることができる。しかし、視覚障害に関しては、消極的だと言われる事が多くある。それは、これまでに視覚障害に対してのリハビリを臨床の中で目にする事がなかったためだと私は思っている。気持ちはあっても、視力検査や視野検査など保有視機能の評価だけでは動けない。私自身もそんな「足踏み期」は長かった。 

 それならば私達が学んではどうだろう。その先を歩く経験者に教われば良いのである。私はその答えにたどり着くまでに、失敗もしている。保有視機能だけをみて不便だと思い込み、活用できる社会制度や補助具の利用について来院するたびに積極的に紹介する事が役割だと思う「勘違いの思い込み期」もあった。これでは、結果、断られ敬遠される事になる。その後も、学会や研修でロービジョンケアを知るほど、少人数のクリニックで、ORT(視能訓練士)もいない環境ではロービジョンケアは難しいのではないかと感じる「ロービジョンケア委縮期」もあった。 

 しかし、今は患者さんから学べば良いと考えている。保有視機能をヒントにその方の生活環境、自宅での自立度、人生の経験値、見えにくい歴、病期(初期~末期)、進行性か固定か、そして発達段階の役割を考えた時に浮かぶ疑問があるはずである。いったいこの視力でどうやっているのだろうと思う事を尋ねるのである。それは、通院方法、病院の会計時のお金の区別、処方された薬の区別、自己血糖など目の前の事から、普段の生活の中にまで及ぶ。買い物、料理、体温計、学校や地域での役員、冠婚葬祭の付き合いなど。季節や気候に合わせて、さりげなく聞いていく。 

 これが、私が外来で実践している「できている事に目を向けるケア」であり患者さんから学ぶケアである。実践を続ける間に気が付いたことであるが、本当に多くのノウハウが隠れており、話す表情も明るいのである。できない事や不便だけを聞き出そうとした時の苦労とは真逆である。できている事に目を向けた時に、社会制度や補助具についての捉え方も変わってくる。自己肯定感にも繋がってくると感じている。補助具も見えなくなったから使うではなく、自分の事は自分でしたいから使うである。そして「お困りの事はないですか?」では得られなかった具体的なニーズが出てくるのである。 

 さらに、患者さんから学ぶケアを繰り返してきて見えてきたものは、地域での生活、家族との関係、協力者の有無、現状の捉え方などである。そして、必ず把握する必要があると感じていることが2つある。1つ目は、家族以外に繋がりがあるか、社会や地域との関わりの有無である。協力者が1人の場合、あるいは年齢背景によっては早めに介入しなければと危機感を覚える。通院できなくなってからでは遅いのである。2つ目は、転倒や怪我などの最近のヒヤッとした出来事や失敗談についての情報である。それによって予防的支援についても考えなくてはならない。その他にも日常生活用具給付、同行支援、福祉相談会、機器展など地域で利用できる社会資源の情報が届いているかである。知っていて利用しないのか、知らないから利用できないのかを確認することである。 

 そして、医院のトイレを使ったことがあるかもさりげなく確認している。当然のニーズである、待ち時間が長い時は特に排泄への配慮を忘れてはならない。病院に来る時は朝から飲まないようにしているとういう声も少なくないのである。外来には入院時のようなオリエンテーションがない。そのため、もし、使ったことがない場合は、説明する必要がある。 

 最後に、できている事に目を向けるケア、患者さんから学ぶケアはかなり面白い。目からウロコの連続である。しかし、同時に生活するということは、制度や補助具では解決できない問題が多い事を思い知る。私達はこのノウハウを学びながら、それをカスタマイズし還元していく力をつけなければならない。また、信頼関係を築くことで、通院の中断を予防し、適切な時期に社会資源と繋いでいくことも大きな役割だと感じている。さらに、これから各々の看護の臨床で細分化されたロービジョンケアが誕生してくることを期待している。 

 

【自己紹介】 橋本 伸子(しらお眼科;石川県 看護師)
 看護師 臨床デビューは、整形外科。その後、眼科に移動になり、毎日、整形外科に戻りたいと懇願しつつ、段々面白みにハマっていく。その後も移動で泌尿器科にも行き、退職後開業医の眼科へ。気が付けば、眼科看護歴26年となる。

  

【参加者の感想】
・視覚障害発症後のリハビリを目にしたことがなかったところからはじまったとはいえ、経験や知識に頼らず、無知を力に「私を育ててください」と患者様から教わる姿勢は橋本さんのお人柄と相まって素晴らしいアプローチだと思いました。経験者からノウハウを引き出し、新たな患者様に向けてカスタマイズしていく。「見えなくなったらどうしよう」に対しては、一番大きな不安要素を聞き出し、一緒に向き合うこと。など、大変勉強になりました。「見えなくなってからの人生の続きを描ける看護師」でありたいと語られたのが印象的でした。益々のご活躍を心からお祈り致します。
 (神奈川県、眼科医)

・眼科外来看護師としてなにができるか?見えなくなる患者に対して相手を受身にするのではなく、一緒に考えできることはなにか聞くことは素晴らしいと思いました。10人いたら10通りのやり方があり、できることも様々。まず聞くことでたくさんの情報を得るそして、次の方へカスタマイズすることはことに共感しました。当事者に寄り添う、共に考え、できることへと導きだせることが本物の指導者となれると感じます。それをクリアされ、さらなる飛躍をされておられる方の言葉は重みがありました。
 (兵庫県、ボランティア) 

【後 記】
橋本さんは、ストレートなヒトだと思います。「ロービジョンケア」はケアと付くから看護の領域だと思ったという勘違いからこの領域に足を踏み入れたようです。「見えなくなったらどうしよう…」この問いにどう答えたら良いのだろうとの想いが、芯となり彼女をつき動かしました。ロービジョンケアを担当する職種は多いのですが、多くの場合は眼科医と視能訓練士です。看護師が主体的に取り組んだ事例は多くはありません。橋本さんは、患者さんとの会話を通してニーズを探り、看護師ならではの視点で、時に視覚障害者の先輩からお聞きした方法も取り入れ、解決法を患者さんと共に考えるという「無知のアプローチ的手法」で、看護師ならではのロービジョンケアを実践してきました。 素晴らしいことだと思います。今後もますます活躍されることを祈念しております。 

 

第264回(18-02)済生会新潟第二病院眼科勉強会「ささえ、ささえられて」
講師と演題
1.小林 章(日本点字図書館:歩行訓練士)
 「空気を感じて歩く楽しさと  少しでも楽に歩ける視覚活用方法を伝えること」
  http://andonoburo.net/on/6438
2.大石華法(日本ケアメイク協会)
 「『ブラインドメイク物語』視覚障害者もメイクの力で人生が変わる!」
  http://andonoburo.net/on/6455
3.橋本伸子(白尾眼科:石川県、看護師)
 「これからのロービジョンケア、看護師だからできること」
4.上林洋子(盲導犬ユーザー;新潟市)
 「生きていてよかった!!」
5.岩崎深雪(盲導犬ユーザー;新潟市)
 「私のささやかなボランティア …」   

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『済生会新潟第二病院 眼科勉強会』
 1996年(平成8年)6月から毎月欠かさず265回続け、2018年(平成30年)3月で終了しました。
 この勉強会は誰でも参加出来ました。話題は眼科のことに限らず、何でもありでした。参加者は毎回約20から30名くらい。患者さん、市民の方、医者、看護師、病院スタッフ、学生、その他興味のある方が参加しました。眼科の外来で行いますから、せいぜい5m四方の狭い部屋で、寺子屋的な雰囲気を持った勉強会でした。ゲストの方に約一時間お話して頂き、その後30分の意見交換がありました。
  日時:毎月第2水曜日午後 
  場所:済生会新潟第二病院眼科外来   

*勉強会のこれまでの報告は、下記でご覧頂けます。
 1)ホームページ「すずらん」
  新潟市西蒲区の視覚に障がいのある人とボランティアで構成している音声パソコン教室ホームページ
  http://occhie3.sakura.ne.jp/suzuran/
 2)済生会新潟第二病院 ホームページ
   http://www.ngt.saiseikai.or.jp/section/ophthalmology/study.html
 3)安藤 伸朗 ホームページ
   http://andonoburo.net/

 

 

2018年4月12日

報告:第264回(18-02)済生会新潟第二病院眼科勉強会
「ささえ、ささえられて」   2)大石華法
  日時:平成30年02月14日(水)16:00 ~ 18:30
  場所:済生会新潟第二病院 眼科外来

 2月の勉強会は、5名の方に講演して頂きました;小林 章(日本点字図書館:歩行訓練士)、大石華法(日本ケアメイク協会)、橋本伸子(白尾眼科:石川県、看護師)、上林洋子(盲導犬ユーザー;新潟市)、岩崎深雪(盲導犬ユーザー;新潟市)。順に講演要約をお送りしています。今回は、大石華法氏です。 

演題:「『ブラインドメイク物語』視覚障害者もメイクの力で人生が変わる!」
講師:大石華法(日本ケアメイク協会)
【講演要約】
1.安藤伸朗先生との出会いと勉強会
 2012年7月、視覚障害リハビリテーション協会でブラインドメイクのポスター発表をした際に初めて安藤伸朗先生と出会いました。その運命の出会いから済生会新潟第二病院眼科勉強会に厚かましくも3回お話させていただきました。その勉強会も次回、第254回(平成30年3月14日)安藤伸朗先生自らのご講演、「これまでのこと、これからのこと」の演題を最後にして大きな節目が来ようとしています。
 264回の回数を安藤先生個人で継続開催することは私の想定を超えています。感銘以外の言葉が見つかりません。また1回1回の積み重ねで成り立つ264回という数字に計り知れない歴史と深い重み、そして安藤先生の情熱を感じます。その中で第228回、第240回、第253回に「ブラインドメイク」を中心とした題材でお話させていただけたことはとても光栄なことでした。
 この貴重な経験は、ブラインドメイクをとおして多くの視覚障害の方々と携わらせていただいたことで完成した「ブラインドメイク物語」と共に、私の人生の大切な宝物とさせていただきます。心よりお礼を申し上げます。 

2.“視覚障害の女性”ではなく “一人の女性”として
 視覚に障害のある女性から「人から化粧してもらうのではなくて、自分でしたい!」という言葉を耳にして、2010年に鏡を見なくても自分自身で化粧(フルメーキャップ)ができるブラインドメイクを考案しました。このプログラムは手指で化粧することができることから視覚障害者に受け入れられ、多くの視覚に障害のある方々が自分で化粧できるようになりました。
 受講者からは「お化粧すると心がウキウキします」「若返った気がします」「できないと思って諦めていた化粧ができると、楽しくて仕方がない」「顔を上げて歩けるようになりました」「お声掛けが多くなりました」「社会が優しくなったように感じます」「家族も喜んでくれています」「彼氏ができました」など耳にするたびに感動しました。
 この感動と共に大きな気付きがありました。それは、視覚に障害のある女性を“視覚障害の女性”という障害者の代名詞のような呼び方ではなく、また目の病気のために眼科へ通院する“一人の患者”ではなく、“一人の女性(レディー)”として接することの大切さでした。
 この気付きからさらに新しい気付きがありましした。それは、晴眼者であるの“私の声”ではなく、視覚障害者の“当事者の声”を社会へ届けなければならないことでした。そして、その当事者の声こそが社会を変え、世界の人たちの気持ちを変えることができる“力強い声”であることに気付くことができました。 

3.ブラインドメイク物語
 2017年8月に、その想いを1冊の書籍にして世に出すことができました。7名の視覚に障害のある女性たちがこれまでの自らの人生を振り返り、ブラインドメイクとの出会い、そしてそこから新しい自分を発見し、積極的な生き方をするという視覚障害者のストーリー(物語)、「ブラインドメイク物語」です。
 視覚に障害がある女性である前に“一人の女性(レディー)である”ことを伝えたかった。その想いが1冊の本になり、メディカ出版から発売が叶いました。また、本書の推薦者として、これまで実際にブラインドメイクをご覧になられて感動され、「視覚障害のQOL向上のためにブラインドメイクは必要!」とブラインドメイクを応援していただいている先生方に、「推薦の言葉」を執筆していただきました。
 安藤伸朗先生「ブラインドメイクは魔法なのか?」から始まり、松久充子先生「ブラインドメイクとの出会い」、久田まり子先生「化粧する手」、平野隆之先生「物語から当事者研究への発展を予感させます」、そして帯メッセージには田淵昭雄先生「女性として『生きる』、人として『活かす』 ブラインドメイク」です。真心執筆をしていただくことも叶うことができました。 

4.当事者の熱い想いは世界へ
 初版が1か月で完売されて増版となり、視覚障害者の読者がサピエで多く読んでいただいたことから上位に入りました。図書館や海外からも多くの取り寄せがあります。その中で、「ブラインドメイク物語」の第7編を執筆した全盲の女性が次のことを私に言ってきました。「視覚障害者は日本だけではありません。世界中にいます」「私と同じ思いをしている世界中の視覚障害者にブラインドメイクを知ってもらいたいのです」「ブラインドメイク物語を英語に翻訳させてもらっていいですか?」「英語に訳す時には視覚障害者でしか分からない微妙な英訳などがあるのです。私は当事者なのでよく理解できています。だから私に英語の翻訳をやらせてください!」この彼女の熱い想いに感動しました。
 今、「ブラインドメイク物語」の書籍は、日本語から英語へ、韓国語、中国語に翻訳されています。そして、ブラインドメイクDVDは、日本語、英語、韓国語、中国語、スペイン語に翻訳されて発売されています。今年はブラインドメイクができるようになった視覚障害者の女性たちによって「世界にブラインドメイクを広げよう!プロジェクト」が発足され、毎年1か国ずつ海外の視覚障害の女性たちとブラインドメイクをとおした国際交流会が開催されることがメディカ出版と企画されています。Made in Japanのブラインドメイクは、既に日本の国境を越えて、当事者の力によって世界に広がっています。  

【略 歴】
 1995年 中央大学 法学部法律学科 卒業
 2010年 大阪中央理容美容専門学校 卒業
 2010年 日本ケアメイク協会 代表
 2015年 日本福祉大学大学院 福祉社会開発研究科 博士課程
 2016年 一般社団法人日本ケアメイク協会 理事長
            日本福祉大学福祉社会開発研究所 研究員
 

【参加者の感想】
・ブラインドメイクも魔法なら、関西弁の軽妙なトークも魔法のようで思わず引き込まれてしまいました。早速「ブラインドメイク物語」を購入し読んでいます。患者様ひとりひとりの人生にブラインドメイクを通して向き合っておられて素晴らしいと思いました。さらに世界に発信していっていただきたいです。(神奈川県;眼科医)
・視覚障害者とブラインドメイクで関わってまだ1年半の私にとって、こちらの勉強会は新たな発見であり、出会いでもありました。メイク講師、化粧訓練士として健常者、高齢者、障害者へ社会への関わり方をサポートしていけるように、これからも精進していこうと強く思い、皆様から元気もいただきました。ありがとうございました。(兵庫県;ボランティア) 

【後 記】
 「自分でお化粧したい」という視覚障害者の声を聞いて、鏡を見なくても自分自身で化粧(フルメーキャップ)ができる化粧方法を開発。視覚障害者が生き生きと生まれ変わることを実感。7名の視覚に障害のある女性たちが、化粧と出会い、新しい自分を発見し、積極的な生き方をするという視覚障害者のストーリー(物語)、「ブラインドメイク物語」を出版した。「ブラインドメイク物語」は、初版が1か月で完売されて増版、英語・韓国語・中国語に翻訳されているという。まさに破竹の勢いだ。
 ロービジョンケアはハンディを乗り越えて人間らしく生きるというイメージがあるが、大石さんの視覚に障害のある人が鏡を見なくても自分自身でフルメーキャップできる化粧には、視覚障害者の方のみでなく家族及び支援者をも巻き込んだ活き活きとした笑顔に包まれた熱気を感じる。こうした明るいパワーで大いに視覚障害者の世界を変革して欲しい。 

 

第264回(18-02)済生会新潟第二病院眼科勉強会「ささえ、ささえられて」
講師と演題
1.小林 章(日本点字図書館:歩行訓練士)
 「空気を感じて歩く楽しさと  少しでも楽に歩ける視覚活用方法を伝えること」
  http://andonoburo.net/on/6438
2.大石華法(日本ケアメイク協会)
 「『ブラインドメイク物語』視覚障害者もメイクの力で人生が変わる!」
3.橋本伸子(白尾眼科:石川県、看護師)
 「これからのロービジョンケア、看護師だからできること」
4.上林洋子(盲導犬ユーザー;新潟市)
 「生きていてよかった!!」
5.岩崎深雪(盲導犬ユーザー;新潟市)
 「私のささやかなボランティア …」  

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『済生会新潟第二病院 眼科勉強会』
 1996年(平成8年)6月から毎月欠かさず265回続け、2018年(平成30年)3月で終了しました。
 この勉強会は誰でも参加出来ました。話題は眼科のことに限らず、何でもありでした。参加者は毎回約20から30名くらい。患者さん、市民の方、医者、看護師、病院スタッフ、学生、その他興味のある方が参加しました。眼科の外来で行いますから、せいぜい5m四方の狭い部屋で、寺子屋的な雰囲気を持った勉強会でした。ゲストの方に約一時間お話して頂き、その後30分の意見交換がありました。
  日時:毎月第2水曜日午後 
  場所:済生会新潟第二病院眼科外来  

*勉強会のこれまでの報告は、下記でご覧頂けます。
 1)ホームページ「すずらん」
  新潟市西蒲区の視覚に障がいのある人とボランティアで構成している音声パソコン教室ホームページ
  http://occhie3.sakura.ne.jp/suzuran/
 2)済生会新潟第二病院 ホームページ
   http://www.ngt.saiseikai.or.jp/section/ophthalmology/study.html
 3)安藤 伸朗 ホームページ
   http://andonoburo.net/

 

2018年4月8日

報告:第264回(18-02)済生会新潟第二病院眼科勉強会
「ささえ、ささえられて」   1)小林 章
  日時:平成30年02月14日(水)16:00 ~ 18:30
  場所:済生会新潟第二病院 眼科外来

 2月の勉強会は、5名の方に講演して頂きました;小林 章(日本点字図書館:歩行訓練士)、大石華法(日本ケアメイク協会)、橋本伸子(白尾眼科:石川県、看護師)、上林洋子(盲導犬ユーザー;新潟市)、岩崎深雪(盲導犬ユーザー;新潟市)。順に講演要約をお送りします。今回は、小林章先生です。

 演題:「空気を感じて歩く楽しさと 少しでも楽に歩ける視覚活用方法を伝えること」
 講師:小林 章(社会福祉法人日本点字図書館 自立支援室) 

 歩行訓練の理論は、世界で初めて書かれた歩行訓練の理論書が使用され、著者は米国の歩行訓練士なので、教科書の言語は英語だった。その教科書の冒頭に歩行訓練の究極の目標が3つ書かれている。使用する歩行技術は安全(safe)で効率的(efficient)で、上品・優雅(graceful)でなければならない! 

 安全はまったくごもっとも、効率性も理解できる。でも上品で優雅という言葉が、晴眼者である今の自分にも縁遠いように思われて、そんな風に歩くのは無理、無理!と感じていたと記憶している。そんな折、American Foundation for the Bindが制作したビデオを講義で見る機会があった。そのビデオに登場したのはスーツを着た大柄の男性で、歩道の中央を颯爽と歩く様子が映し出されていた。背筋が伸び、視線は遠方に向いていた。その姿はまさに優雅で上品で、とても強い感動を覚え、その時の映像がおそらくその後、今日にいたるまで私の歩行モデルになっている。その映像を見てもう一つ感じたことは、見えない状態で優雅に上品に歩くことは、社会に対しても大きなインパクトを与えるということだった。 

 そこで再び3つの目標を考えてみる。見えない状態で、どうしたら安全に歩けるのだろうか?幅が10mにも満たない道路の上にいても、すぐに「今どこにいる」のか、「今どっちを向いている」のか分からなくなる。そんな経験をしながら歩いていると、「何かに触れながら歩きたい!」と切実に思う。いわゆる「伝い歩き」、杖で壁や路肩を触りながら歩く方法である。しかしある日の演習で「歩道の上を直進しなさい」という指導教官の指示を受けた私は、歩道と段差のない車道に出てしまうことが怖くて、建物側の壁を伝いながら歩き始めたところ、厳しく叱責されたのである。「誰が伝って良いと言った!」という強い言葉のみで、伝ってはいけない理由の説明がなかったが、指導員の怖さと、車道に出る怖さをひたすら我慢して歩いた記憶がある。伝わなくても歩けることには多くのメリットがある。伝い歩きは白杖を通して余分な情報が入ってくるため、曲がり角や目的地の入り口を見つけるなど、特定の目的以外で用いるのは好ましくないのだが、それはその後ずっと時間が経ってから理解したことである。 

 歩いている最中に進路が曲ってしまうことをベアリング(veering)というが、その当時私はよくベアリングしたものだった。道の真ん中を歩いていたはずなのに、すぐに何かにぶつかる。立ち止まって考えている間に足を動かしてしまい、方向がますます分からなくなる。そんな私でも、時間をかけた鍛錬は私のオリエンテーション能力を向上させてくれた。途中で脇道に迷い込んでも、冷静に分析して元の道に戻ることができるようになった。その小さな成功体験は自信となり、歩くことが急に楽しくなった。その後、訓練士として訓練に携わるようになってからも、学院の教官になってからも自ら歩くことを時々行ってきた。それらの体験から、特定の情報に集中せずにリラックスして歩くことができるようになれば、自然に入ってくる環境情報に気付くことができ、それを自分の位置、進行方向を判断する情報として使うことができるという確信が持てるようになった。歩道のない住宅街の道路では、建物や壁との距離感を反射音定位で感じとることができる。道路は路肩が排水性を高めるために傾いているため、足の傾き(深部感覚)を感じながら歩けば道路の端を真直ぐ歩くことができる。交差点にさしかかると路肩の傾きは平らになり、同時に空間の広がりを聴覚的にも感じとることができる。交差点に面した場所が広い駐車場でもないかぎり、空間が延びていることを近くからの反射音がないこと、遠方からかすかに聞こえるほんの僅かな何らかの音によって知ることができる。 

 このような環境情報に気付けるためには、前述のとおりリラックスして歩ける必要がある。リラックスするためには移動中の安全が確保されている必要があり、安全を確保するためには障害物を確実に発見し、足を踏み入れても安全が担保される白杖技術と、ある程度蛇行せずにまっすぐに歩くことができる直進推進力が必要である。この白杖基本操作の練習だけでも「白杖を中央に構えて!」「手首だけで左右均等に!」「肩幅よりも少しだけ広く!」「石突の高さは2.5cm以内で!」「杖の振りと足の振り出しは交互に!」などなど、訓練士の指摘は続く。基本技術を維持することに頭がいっぱいの状態、かつ、5m歩くたびに路肩にぶつかるようでは環境情報には気付けないし、結果的に気づけても、行動に瞬時に結び付けることはとても難しい。したがって、白杖操作や直進推進力などの基本的運動技能は無意識下で行えるようになるまで訓練をする必要がある。しかし、その土台さへ身に付けば、その後のステップアップはスピードが増す。感覚障害がない人であれば、環境情報を活用する技能は次第に高まっていく。 

 ここまでステップアップすることができたら、今歩いている場所に歩行者が多いか少ないか、近くに人がいるかいないかの判断は容易にできるようになる。公道を歩いている人の中には様々な年齢層の人がいる。年齢に関わりなく、予期せずに自分の前に振り出された白杖を避けることが難しいことがある。その白杖に躓いて転倒する事故が生じることがある。他の歩行者の存在を察知できるならば、白杖使用者は周囲の人の足をひっかけない配慮をする義務があると、私は考えている。その配慮はさほど難しくなく、白杖をなるべく垂直に立てて、ゆっくりと歩くことである。このように他者に配慮しつつ、人の流れを感じながら歩けることも楽しいと思えるし、この水準まで技術を獲得できる人には、周囲の人への心配りができるようになることを願っているし、またそのように訓練を行い、訓練士養成を行ってきた。 

 さてここまでは、視覚を活用しない想定の訓練の話であるが、歩くことに困っている視覚障害人口は実はロービジョンの人が圧倒的に多い。そして、多くのロービジョンの人のにとって、見えるが故に見えないことの象徴である白杖を持つことに強い抵抗感がある。白杖に対する抵抗感の有無に関わらず重要な事が二つある。一つは現在の視機能がどの程度使えるかを知ってもらうことであり、もう一つは、白杖は視機能の活用効率を高め、結果的に歩く安全性と効率性を高めることである。後者のことは、周辺視野障害のある人には顕著である。このふたつを体験的に伝えられることが、歩行訓練士の専門性だと考えている。そして究極は、歩行訓練を希望するすべての人に歩く楽しさと、白杖の便利さを伝えたいと考えている。
 

【自己紹介】
 国立の旧身体障害者更生施設34年間勤務のうち、理療教育課程受講者の進路指導係を2年、肢体不自由者のリハビリテーションを担うケースワーカーを7年務めた後、国立施設初の内部研修生として、国立障害者リハビリテーションセンター学院で歩行訓練士としての養成研修を受けました。正規の学生とは異なり、いわば内弟子のような形式での修行でした。その後、ケースワーカー兼歩行訓練士として塩原、神戸、所沢で通算8年勤務した後、国立障害者リハビリテーションセンター学院教官として19年間、歩行訓練士の養成に携わりました。平成29年3月で定年退職し、同年4月より現職として勤務しています。 


【参加者からの感想】
・「訓練は可能性を広げる」と仰っておられましたが、本来マルチタスクな歩く作業をオートマチック化し、視覚以外の聴覚(反射音定位)、触覚、深部感覚などを駆使し、安全に、効率的に、さらに上品で優雅に、白杖歩行をされる小林様のビデオに感銘を受けました。まさに、匠の技でした。これからも、視覚障害者の方の世界を広げていって欲しいと願います。(神奈川県;眼科医)

・歩行訓練士として、安全に、効率よく、そして、上品に優雅に歩く指導は、ブラインドメイクにも言えます。ブラインドメイク初期、アイマスクをして店内を歩く体験をしたときは、恐怖しかありませんでした。聴覚を意識する余裕など全くありませんでした。小林さんの、歩けることができると楽しい言葉は印象的でした。はたして、私の同行援護は楽しく歩いてもらえることができるているのだろうか?改めて反省をしました。(兵庫県;ボランティア) 

【後 記】
国立障害者リハビリテーションセンター学院教官として19年間、歩行訓練士の養成に携わったご経験から、白杖歩行の訓練について語って頂きました。白杖歩行は、安全・効率的は勿論、上品でなければならないとは意外でしたが納得でした。長年訓練を担当された方ではのコメントでした。小林先生の飾り気のないお人柄と、優しい語り口は聞く人の心を掴む魅力に溢れていました。
訓練の究極は、歩行訓練を希望するすべての人に歩く楽しさと、白杖の便利さを伝えたいと語って頂きました。先生は平成29年3月に定年退職し、4月から日本点字図書館に再就職し活躍中です。益々のご発展を祈念しております。 

 

第264回(18-02)済生会新潟第二病院眼科勉強会「ささえ、ささえられて」
講師と演題
1.小林 章(日本点字図書館:歩行訓練士)
 「空気を感じて歩く楽しさと  少しでも楽に歩ける視覚活用方法を伝えること」
2.大石華法(日本ケアメイク協会)
 「『ブラインドメイク物語』視覚障害者もメイクの力で人生が変わる!」
3.橋本伸子(白尾眼科:石川県、看護師)
 「これからのロービジョンケア、看護師だからできること」
4.上林洋子(盲導犬ユーザー;新潟市)
 「生きていてよかった!!」
5.岩崎深雪(盲導犬ユーザー;新潟市)
 「私のささやかなボランティア …」 

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『済生会新潟第二病院 眼科勉強会』
 1996年(平成8年)6月から毎月欠かさず265回続け、2018年(平成30年)3月で終了しました。
 この勉強会は誰でも参加出来ました。話題は眼科のことに限らず、何でもありでした。参加者は毎回約20から30名くらい。患者さん、市民の方、医者、看護師、病院スタッフ、学生、その他興味のある方が参加しました。眼科の外来で行いますから、せいぜい5m四方の狭い部屋で、寺子屋的な雰囲気を持った勉強会でした。ゲストの方に約一時間お話して頂き、その後30分の意見交換がありました。
  日時:毎月第2水曜日午後 
  場所:済生会新潟第二病院眼科外来 

*勉強会のこれまでの報告は、下記でご覧頂けます。
 1)ホームページ「すずらん」
  新潟市西蒲区の視覚に障がいのある人とボランティアで構成している音声パソコン教室ホームページ
  http://occhie3.sakura.ne.jp/suzuran/
 2)済生会新潟第二病院 ホームページ
   http://www.ngt.saiseikai.or.jp/section/ophthalmology/study.html
 3)安藤 伸朗 ホームページ
   http://andonoburo.net/