勉強会報告

2017年12月30日

報告:【新潟ロービジョン研究会2017】  参加者からの感想 その1
  日時:2017年09月02日(土)
  会場:新潟大学医学部 有壬記念館 2階会議室

新潟県上越市 大島光芳 (研究会;コメンテーター)
冒頭に参加者の内訳が紹介されました。医者とか視能訓練士、看護師あるいは病院に務めている方は50人くらい。ご自身が目が不自由だとか家族だとかが50人くらい。あと40人くらいは盲学校に務めている方とか福祉関係の方とか特に興味のある方々が集まっています。私はこの参加者の多様性への寛大さ、それと当事者に対する対等な目線を強く感じました。それは講演にも引き継がれ「百の患者さんには百の人生がある。一生その患者さんと付き合う覚悟が大事だ。医師が変われば患者も変わる。」「もう1つの道、見えないけどできるという道がある。」「友達づくり、情報交換、ボランテアがやれる場」「患者さんの暮らしのためにやっている研究」「医療者からでもない福祉からでもないロービジョンケア」「途中の方が辛い。」「症状は連続的であって、連続的な人で構成されたピア」と嬉しい言葉が聞けました。お話された4人の先生はとにかく動き出すが特徴のように思えました。例えば「とにかくやるんだよ。法律とか規則を変えるまでやるんだよ。」「どんなに多職種が頑張っても、眼科医が突破口になり旗振っていかないと進まない。」「箱もの作って中を一生懸命に埋めるというのが大嫌いで、10年間中身を作っていよいよ外身を作る時期だと思ってお願いしたところです」「未来のあるべき姿から遡って今どうするかです」「守るだけでなく変えるものです」「社会が変わります。医療が変わります。人工知能で変わります」「アイデアを募集するには上下関係が邪魔になる」など気分を活性化する言葉を、どの先生からも聞けました。私は未診断疾患により見えなくなった67歳ですが、出来る限り勉強し、しっかり人生を歩みたいと、この研究会に参加して思いました。 

兵庫県 眼科医
この度は、9月2日の『新潟ロービジョン研究会2017』に参加させて頂きありがとうございました。日帰りのため、ご講演だけになってしましましたが、それでも、指定討論あり、全体でのフリー討論ありで、うまく計画された研究会でしたね。驚いたのは参加者が満席で、全国各地から顔見知りの方も参加されていたことです。私は、いつもMLで研究会や勉強会の案内と、その後の安藤先生の詳細な事後報告(講演抄録など)を見せてもらっているだけでした。しかし、今回はひょっとして安藤先生ご自身のご講演が最後になるかもしれないと考えて、新潟へ出かけた次第です。先ず安藤先生のお話しでは、ご自身の詳しい経歴を始めて聞かせてもらいましたが、LVケアへの思いは共感できました。次に、先生も尊敬され、私も同様に尊敬している山田幸男先生の控え目でいて実効性のあるLVケアの活動は素晴らしく、私としてはDM関連内科医にもこの活動を広めて戴きたいと思いました。清水朋子先生はよく透るお声で分かりやすい、説得性のあるお話しでした。視覚障害の父に育てられた先生の幼少時の考え方は本当に参考になりました。「クイックLVケア」はいい言葉で、私も使わしてもらおうと思っています。高橋政代先生も夢のあるしかし20年先には実現するだろう、多くの研究と社会改革を自信をもって話されました。「行き当たりバッチリ」の言葉も使おうと思っています。加藤聡日本ロービジョン学会理事長、仲泊聡(理研)先生、中村様その他の進行係の運営も素晴らしく、また、会場のお世話係りの方々も行き届いた対応で、素晴らしい会だったと思います。懇親会に参加できなかったのが心残りです。 

神奈川県 女性
今回は安藤先生の生い立ちからのお話が聞けたファン垂涎もの。また山田先生の語る、失明患者の自死から学び悩み切り開いた自立支援施設のお話は、決して始まりは明るくないが、今を、障害者たちを、絶望ではない未来へ導く、希望の光が射している。御講演者のお話はどれも温かく胸に沁み力強い励みになり、自立の大切さを強く感じた。懇親会では、障害者から障害者へ教わり伝えるリレー料理教室やブラインドメイクの経験者ともお会いし「ガスの火も使える。晴眼の頃に失敗した料理も、今の方が上手に作れる。」そう話す笑顔はとても綺麗で、清潔に感じる丁寧なメイクにも、見惚れる。そして患者自身や大きな施設だけでなく、クリニック勤務の医療者の方々やチェーン店の薬剤師さん。皆それぞれに手探りし工夫をしながら頑張っている。患者の身として有難く嬉しい。そして思う。「もし見えなくなっても、出来ることは、きっといっぱいある。」 

東京都 眼科医
山田幸男先生~地道な活動を長年継続していらっしゃいますことを、以前から尊敬申し上げております。生徒が次々に先生になって伝えていくリレー式の料理教室など、すばらしい方式だと思いました。先生はもうデジタルな時代だからとおっしゃいますが、アナログなアプローチこそ人間にしかできないことで、実はこれからAIが進めば進むほど大切になってくると思います。清水朋美先生~何と言っても、視覚障害のある方々の日常を家族の体感で知っていらっしゃることが強みだと思いました。すぐ使えるクイックロービジョンについても、どんどん具体的に発信して頂ければ幸いです。高橋政代先生~ワープする思考の快感、とでもいうべきものを久しぶりに感じさせて頂きました。境界領域を鳥の眼で見渡すと、随分と面白いものが沢山、案外手つかずのまま落ちているように思います。安藤伸郎先生~先生ご自身ももちろんなのですが、僭越ながら、先生の人と人とを結びつけて新しい化学反応を起こさせるというご才能が全く他の追随を許さず群を抜いていて、本当に素晴らしいことだと思います。これからもどうぞ、いろいろと興味深いものをみせて頂けるようお願い申し上げます。 

東京都 男性
思えば第1回の開催に際し、当時の私の勤務先に講師依頼をいただいたことがきっかけの初参加で、何と光栄なことかと感謝申し上げています。さて、デジタルビジョンケア華やかな現在、アナログ的ビジョンケアの重要性を、山田幸男先生の講演から改めて痛感しました。視覚支援機器は、ICTの発展に加え、AIが絡み、いずれメガネのように難しい操作もなく、誰でも読み書きに不自由がなくなることは、20年後を見据えた高橋政代先生の話から想像できます。しかし、歩行(移動、転倒防止)や人との関わり(コミュニケーションの喜び、自殺防止)は、ICT、IOT、AIの技術がいかに発展しても解決できないこともまた再認識させていただきました。ある看護師さんは、下の世話のできる我々こそ、高齢ロービジョン者へのケアの担い手と仰っています。人が人に関わるアナログ的ロービジョンケアがあってこそ、求める人にはデジタルビジョンケアを、という流れが理想のよに思えました。

埼玉県 眼科医
今回の演者は4名ともに視覚リハとの接点を持ち、長くこの領域に関わっている医師である。各々、メインでやっている仕事は異なるが、共通して言えるのは「半端ないロービジョンケアマインド」だと感じた。日本のロービジョンケアをもっと発展させるには、特に次世代の若手眼科医にロービジョンケアマインドをいかに根付かせていけるのかがキーになると思う。各地にきっといる「半端ないロービジョンケアマインド」を持つ医師が集結すれば不可能ではない気がしてきた。日本のロービジョンケアの先行きが楽しみになるような研究会だったと思う。長年、本研究会を主催してこられた安藤先生、本当にありがとうございました!そして、お疲れさまでした!本研究会は、The endではなく、きっとTo be continuedになることでしょう。 

千葉市 男性
安藤先生をはじめ、ご講演いただいた先生方からは、今回も多くの「気づき」をいただきました。また、親睦会では医療機関、福祉機関、教育機関、そして視覚障害当事者と、多岐にわたる方々と旧交を温めたり、新たなつながりができたりと、大変充実した時間を過ごさせていただきました。これも安藤先生の長年のご尽力のおかげと感謝は尽きません。新潟ロービジョン研究会は今回が一つの区切りを迎えるようですが、安藤先生を中心としたこのすばらしいネットワークは永久に不滅であると確信しております。今後ともよろしくお願いいたします。

新潟市 男性
安藤先生が「患者さんの治療後、退院後の生活」に心を向けてロービジョンに取り組まれ、現在の大きな成果につながっていることに改めて感銘を受けました。40年の多様な体験から出た「受容」と「共感」という言葉は特に響きました。山田先生の誠実で優しいお人柄と、地道ながら着実に重ねてこられた取組に頭が下がります。清水先生の当たり前に備わるべき「ケアマインド」のお話、高橋先生の最先端技術の根っこにある「人間性」と「創造性」というお話からは、日本の眼科医療をけん引する先生を少し身近に感じられ、近未来に明るい希望が見える気がしました。それにしてもすごい先生方の貴重なお話をお聞きすることができて、本当に勉強になりました。安藤先生ありがとうございました。 

神奈川県 男性
今回、初めて「新潟ロービジョン研究会」に参加させていただいたのですが、各演者さんの示唆に富んだお話を聞け、非常に刺激になりました。私は普段は訓練士としてリハビリ業務に従事しており、眼科医がメインの集まりには余り参加する機会はないのですが、知り合いの視能訓練士からは「ロービジョンケアはなかなか採算が取れないので、広がりという意味では難しい面がある」と聞いたりします。その中で、安藤先生をはじめ、山田先生などがロービジョンケアに尽力され、また、視覚障害の方のカウンセリングや訓練、レクの場を作っておられることにとても感銘を受けました。仲泊先生もおっしゃってましたが、「この患者は退院したらどうなるんだろう?」と普通は考えるが、安藤先生の場合「この患者をどういう風に退院させたらよいのだろう?」と考えれらる点が素晴らしいです。と同時に、眼科医個人の資質に余りにも頼りすぎている現状に危機感もあります。視覚リハは万能ではありませんが、それでも早期の段階で患者さんが視覚リハと結びつく仕組みを作らなければいけません。理学療法士や作業療法士のように、医療現場により近い場所で歩行訓練士が活動することが大切で、高橋先生や仲泊先生のいらっしゃる神戸アイセンターがそのモデルケースになってくれたらと思います。清水先生の提唱された「クイックロービジョンケア」も大変興味深いものでした。ちょっとしたことで、見えにくさの改善が図れたりしますので、全国の眼科医でこのような工夫が取り入れられるとよいと思います。 

名古屋市 眼科医
まず、参加者の数に驚かされました。それと、医師、医療関係者、患者関係者とそれぞれに多数の参加者があり、他に例を見ないユニークな勉強会であったと思います。講演内容に関しては、今回は総括のような意味もあり、それぞれの講演者の先生自身のロービジョンとの関わりから始まり、先生それぞれのロービジョンに対する考え方や立ち位置をお話しいただいたものと思いますが、どれも非常に興味深く拝聴しました。私はロービジョン初心者ですが、大いに共感し、勇気をいただいた気がします。討論もしっかり時間をとってあり、しゃべりっぱなしではなく、わからないところはとことん議論しようという姿勢はさすがと感じました。最近の学会ではあまりみられなくなった光景ですが、反省すべきかと思います。討論では、人により、また職種間により意見が割れる場面も多かったと思います。これも決して悪いことではなく、お互いの考え方を知る良い機会でしたし、今回のご講演と討論をお聞きして、私はやはり私たち一般の眼科医がもっとロービジョンケアに取り組み、その中で声を上げていくことが、このような溝をなくし、患者さんにもよりよいケアを提供できる道ではないかと考えるに至りました。微力ながら精進したいと思います。以上、本当に楽しく、勉強になりました。ありがとうございました。 

新潟県 男性
新潟ロービジョン研究会は医療関係者を対象にした研究会の印象が強く障害者にとっては敷居の高い講演会と思われましたが今年が最後になるとの事なので思い切って参加させて頂きました。安藤先生と山田先生にはそれぞれ主催されている「眼科勉強会」・「視覚障害者支援センタ」でお世話になっております。両先生が眼科医に従事されていた昔、患者さんが自らの命を絶つ・治療の甲斐なく失明した等の厳しい経験を経てロービジョンケアの重要性を周囲に説きLVCに尽力されている様子が講演を通じ良く理解出来ました。今後共両先生のご指導を頂き夫婦協力し歩んで行きたいとの気持ちを強く致しました。清水先生は御父上が全盲で有ったとの稀有な経験から又高橋先生は再生医療の経験を通し、両先生が高度のLVCの必要性を感じ取られ活動されている事が良く判りました。清水先生の「全ての眼科医がLVCを」高橋先生の「アイセンタ」の達成と成功をお祈り致しました。   

神奈川県 眼科医
昨年に続き、素晴らしい講演会、ありがとうございました。安藤先生:100人の患者さまには100の人生、受容と共感、患者を見捨てない、cureとcare(見えなくてもできる、サポーターとして一緒に岩を支えようとする)など先生の哲学に加え、病気の人を治す、ニーバーの祈り、等珠玉のお言葉の数々をいただき、心に刻みたいと思いました。山田先生:O君の自殺から学ばれて、内科医であられながらこれだけのお働きにつなげられたことに感銘を受けました。患者様にききフィードバックする姿勢、気付きそして学ぶこと、の大切さを、教えられました。清水先生:何度おききしても、涙がでます。失明を貴重な体験としてそれを生かした仕事をすれば、それがたとえ小さくても社会貢献につながれば生きがいになるのでは?という発想の転換、素晴らしいと思います。清水先生の原動力、モチベーションの真摯さを前に、自分のモチベーションを改めて問われる思いです。高橋先生:未来視力と仲泊先生が形容しておられたように、何十年先のビジョンから逆算しやるべきことを割り出されるとのこと。高みから俯瞰する力、次々に湧いてくるビジョンの豊かさには世界のトップリーダーとしての資質を垣間見させていただきました。到底真似できないけれど、せめて目の前のことに追われるばかりの毎日から抜け出しビジョンや夢に向かい必要なことに向き合う努力をせねば、と思いました。先生方からいただいたメッセージを大切にしていきたいです。安藤先生の素晴らしい会やお働きに深く感謝しつつ、これからもお続けいただけたらと心から願っております。 

新潟県 女性
安藤先生 過去 何回か研究会に参加させて、いただき とっても毎回感動と感謝を書き込みと御礼を、考えてと思いつつ 時間に流されてしまい、先生の勉強会研究会 学会 診療 本当に多忙な 活動には頭がさがります。私は まだ若く元気な 十代で 視神経炎と診断され、再発を繰り返すため神経内科の病気といわれ 早 半世紀になり、中途視覚障害となり オアシスと出会い このような、会を知り 多くの出会いと たくさんのかたの支えがあり、生かされていることに感謝しています。また健康でいたなら決してかかわれないであろう世界、清水先生のおばあ様の言葉 [人としてあまり経験できないことを できる事として生きる}やがて失明するかもしれない子供に諭されたように、ポジティブな生き方を諭され、そのような考え方もある事 こんなにもロービジョンについて研究してただく方々 私が 発病したころは全く このような所もなく ただ不安な気持ちをかかえていました。 近年の医学の発展はめまぐるしいものがあり、す応用できるかは、これからおおいに期待したいものです。私たち 当事者も、住みよい社会になにができるか解りませんが、声をだすがも必要といおもいます。 

新潟市 男性
職種を問わず、職務の実践とそれに関わる研修や研究は、携わる者にとって大切なことであると言われています。なかでも医療・福祉・教育などの従事者は、当事者の裁量に任せられている内容が多く、研修や研究は不可欠です。安藤先生が二十数年にわたり開催された勉強会や研究会を通して、私はその度ごとに、自らの課題に気付くことができました。また、眼科をはじめ、すばらしい講師先生方から、各分野の現状と課題などについてお話をうかがうことができました。日々の仕事を振り返り、明日への希望が湧く貴重な機会を頂戴しました。安藤先生の長年にわたる御尽力に感謝申し上げます。ありがとうございました。 

新潟市 視能訓練士
ロービジョンケアの知識がなかった頃、教えて下さる先生を探して関東の講習会に参加させていただいてました。あれから20数年が経過し、この会は新潟で毎回素晴らしい先生方のご講演を聞くことが出来る、贅沢で夢のような時間でした。高橋先生の20年後の壮大なビジョンのお話。山田先生の当時の院長先生にライフワークにしなさいと言われ、20年以上継続されていらしゃるお話。20年後を楽しみにしたいと思いました。 

新潟県 男性
第18回新潟ロービジョン研究会は、どの演題も成書にはない、ロービジョンケアの実践から生まれてくる言葉で語られて胸を打たれた。その中でもっともシンパシーを感じたのは高橋政代先生の「ロービジョンケアとの出会い」だった。高橋先生は視覚障害があることをカミングアウトできない人もいるということを指摘されたが、この一言が心からうれしかった。研究会後半の総合討論でも高橋先生に「なぜ、カミングアウトできないと思うか?」という質問があった。これに当事者として答えるなら、第一に視覚障害に対して自分自身が否定的な感情を持っているために、他人に知られることが恥ずかしいと思っているので隠したい。第二に仕事上、あるいは就職に不利になるなど、実質的な必要性があるために隠したい、といったところだろうか。視力0.08の軽度視覚障害者は、白い杖は持っていないが、メガネやコンタクトを使っても十分には見えるようにならないために、時に大変な困難を感じている。しかし、多くの市民、医療者にはこのことがあまり知られていない。そこにカミングアウトできないということが加わるから、やっかいである。障害が軽度である人の困難は、重度の人と比べて小さいと理解されていて、重度、軽度というのは単に目の見え方の程度を示すだけではなく、辛さの程度や困難さを表すものと理解されているが、本当にそれは正しいか、もう一度考えてみてほしい。Scienceの最前線にいる高橋先生が、もっともHumanな問題も考えて下さっていたことに感謝したい。 

長野県 女性
毎回演者の方々が第一線でご活躍の先生方ばかりでしたので、私にとってこの研究会はとても貴重な機会でした。今回で終わるのはとても残念で、淋しいです。でもパワフルな安藤先生のこと、これは単なる一区切り、新境地を開かれるものと確信しております。 今回の研究会は最後ということで、いつもと少し異なり、研究面より、個人的背景やロービジョンに関わったきっかけを詳しくお話し下さり、それぞれの先生の人間性が垣間見えて私にはとても興味深かったです。ロービジョンにお世話になっている者としては、先生方のロービジョンに対する熱い思いも伝わってきて、大変心強く感じました。 安藤先生に心からねぎらいの言葉と賛辞を捧げたいと思います。 

岐阜県 視能訓練士
まずもって新潟大学有壬記念館にご参集の皆様に心から拍手を贈らせて頂きます。発展的最終回に相応しい講師の先生方に感謝です。いつも思うのですが日本中から一流の素晴らしい先生をお招き下さる安藤先生の凄さに感銘しておりました。今回は超厳選されこれ以上無い皆様方でした。私はスライドに食い入り、お話ぶりに納得し体中で感動し言葉がありませんでした。当事者様、ご家族のために夫々の立ち位置で手を携え未来は捨てたものではないと実感しました。先生にはロービジョンリハへ背中を押して頂いたり、応援やご指導を賜り有難うございました。もう少しお役に立てるよう気張ります。 

宮城県 男性
新潟ロービジョン研究会では、貴重な経験をすることが出来ました。私自身が初めて参加した2014年頃から、この研究会では様々なエッセンスを頂きました。特に印象的だったものは、信楽園病院山田先生の「ケアのリレー」です。講演を聞いていく中で「ケアのリレー」は、視覚リハの人員が足りない地域でも、有効活用ができると確信しました。実際に私自身がお会いする方々、地域で同じような流れを作ることが出来ないかと考え、福島県のいわき市にある木村眼科クリニックの多大なる協力のおかげで「ケアのリレー」を参考にした「音声パソコンの使い方リレー」を実践しています。感謝と共に今後の継続的な研究会も希望しています。 

新潟市 女性
「ロービジョン研究会」となっていると、ロービジョンについて目のことや支援のしかたなどを学ぶ会という印象があります。今回は、少し視点が違うというか、いろいろな方々の「ロービジョン」(視覚障害)との出会いやかかわり方、これからのことを聞くことができました。このような話からは、支援や配慮、かかわりのポイントが自然に出てきていて、とても聞きやすい・分かりやすいと思いました。そして、いろいろなかかわり方があると思いました。そのいろいろが重なったり交わったりして、社会全体がロービジョンを知っていく、かかわっていくといいなぁと思っています。

理化学研究所 仲泊 聡 (研究会;司会)
安藤先生には、2003年に第9回神奈川ロービジョンネットワーク研修会でお会いしてから、すでに14年もご指導頂いております。前の職場に移るときに相談に乗ってくださったのも、そして、今の職場を得るチャンスを与えてくださったのも安藤先生です。この業界に足を踏み入れたのは私が数年早かったようですが、常に安藤先生に導かれてここまできたように思っています。本研究会では、毎度の無茶振りで、その都度大変勉強させていただきました。今回は、やっと終わりのご挨拶だけだとホッとしていたところ、結局壇上でのディスカッションに駆り出されました。奇しくも演者の半分は私と職場を共にした(している)清水先生と高橋先生で、お二人には大変大変お世話になっております。彼らは、日本のロービジョン業界を支える現場の二本柱です。今回のご講演では、そのお二人から「クイックロービジョンの勧め」「軽度ロービジョンへの注目」というふたつの新しいメッセージに触れることができました。どちらもとても重要なことです。何とかして全ての眼科医に、これらを普及させなければと身の引き締まる思いがしました。安藤先生と山田先生のお話はこれまでに何度もお聞きしてきておりますが、その度にその哲学が身に滲みます。お二人の患者中心の診療の姿勢には毎回頭の下がる思いです。最後に、安藤先生が、この研究会などを通して、日本のロービジョン業界を牽引してこられたことに敬意を表しまして、私の感想とさせて頂きます。

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【新潟ロービジョン研究会2017】
 日 時:2017年09月02日(土)14時~17時50分
  会 場:新潟大学医学部 有壬記念館 2階会議室
     住所:〒951-8510 新潟市旭町通1-757
 主 催:済生会新潟第二病院眼科
 テーマ:「私と視覚リハビリテーション」
 1)司会進行
   加藤 聡(東京大学眼科)、仲泊 聡(理化学研究所)、安藤伸朗(済生会新潟第二病院)
  特別コメンテーター
   中村 透(川崎市視覚障害者情報文化センター)、大島光芳(新潟県上越市)
2)プログラム
 14時00分~
   開会のあいさつ  安藤伸朗(済生会新潟第二病院眼科)
 14時05分~
  「新潟ロービジョン研究会を立ち上げて16年」
    安藤 伸朗
    (済生会新潟第二病院眼科)
  http://andonoburo.net/on/6256

 14時40分~
  「眼科医と生活訓練士を中心に多職種が集まった、なんでもありの私たちの視覚障害リハビリテーション」
    山田 幸男
  (新潟県視覚障害者のリハビリを推進する会、NPO障害者自立支援センター「オアシス」、信楽園病院内科) 
  http://andonoburo.net/on/6250  

休憩(10分)
 15時25分~
  「眼科医オールジャパンでできるロービジョンケアを考える」
    清水 朋美
    (国立障害者リハビリテーションセンター病院眼科)
  http://andonoburo.net/on/6229

  16時00分~
  「ロービジョンケアとの出会い」 
    高橋 政代
    (理化学研究所CDB 網膜再生医療研究開発プロジェクト)
  http://andonoburo.net/on/6221

 

休憩(10分)
 16時45分~全体討論
 17時40分~討論総括   仲泊聡(理化学研究所)
 17時45分~閉会の挨拶  加藤聡(東京大学眼科)
 17時50分 終了 

2017年12月29日

報告:【新潟ロービジョン研究会2017】   4)安藤伸朗
  日時:2017年09月02日(土)
   会場:新潟大学医学部 有壬記念館 2階会議室 

「新潟ロービジョン研究会2017」から、安藤伸朗の講演要約をアップします。
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 演題:「新潟ロービジョン研究会を立ち上げて16年」
 講師:安藤伸朗 済生会新潟第二病院眼科
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【講演要約】
 「眼科医の評価は目を治すこと」と信じ手術に明け暮れていた一眼科医が、視覚リハビリテーションに興味を持ち、ロービジョン研究会を立ち上げ16年間続けた。この度、最終回を迎え、ここまでの経緯を振り返ってみた。 

 私が医学部学生の昭和40年代後半から50年代にかけては、医学は急成長し癌に対する手術療法・放射線療法・抗がん剤治療などが華々しく進歩した時代であった。一方で、1957年に乳児死亡率が全国平均の2倍から、1962年に全国初の乳児死亡“ゼロ”を達成した岩手県沢内村((現西和賀町)の深沢晟雄村長や、農村特有の疾病の研究及び保健活動を積極的に行うことにより農村医学を発展させた佐久総合病院の若月俊一院長が注目を浴びていた。こうした時代に医学を学び、病を治すことのみでなく、予防やリハビリに興味を持った。医学部5年生の時に、新潟大学整形外科の田島達也教授(当時)に紹介状を書いて頂き、当時我が国で一番最先端のリハビリテーションを行っていた都立養育院(現在の東京都健康長寿医療センター)に見学に出掛けた。当時の記憶は定かでないが、治すことをしっかりできる医師になってからリハビリを極めたいと思ったことを記憶している。 

 1977年(昭和52年)3月に新潟大学医学部を卒業し、すぐに新潟大学眼科学教室に入局した。大学眼科時代の18年10か月は、必死に患者さんの治療に明け暮れた。特に網膜硝子体疾患の手術の修練に励んだ。当時は難治性の網膜剥離や増殖糖尿病網膜症の治療を行う硝子体手術が日本に導入された頃である。手術の術を獲得するために講習会に出掛け、全国の眼科医と討論を重ねた。国内外で学会活動をした。当時恩師の岩田和雄教授には「単なる手術屋になってはならない。疾患の病態生理を学びそこから治療法を見出すことが大事」と諭された。研究のテーマは、血液網膜柵機能と網膜硝子体疾患で、外来診療の傍ら硝子体螢光測定を行っていた。 

 1984年に糖尿病網膜症で高度の視力低下に陥っていた患者Oさんの硝子体手術を行った。手術は成功し長い間見えなかった目が見えるようになった。Oさんは奥様ともどもとても喜んでくれた。ところが2週間と経たないうちに続発性緑内障になり結局光を失ってしまった。そしてあろうことかその数日後に入院していた病院で飛び降り、自ら命を絶ってしまった。このことが、内科の主治医の山田幸男先生(当時、信楽園病院)と出会いとなった。その後山田先生は、視覚障害者の視覚リハビリテーションに取り組み、新潟に素晴らしい視覚リハビリテーションを築いた。 

 1991年7月米国Duke大学留学しMRIとガドリニウムを用いた血液網膜柵の研究を行った。Dukeには硝子体手術の父と言われたRobert Machemer教授が在職しており、時間がある時は手術の見学が許され硝子体手術をまじかに学ぶことができた。Machemer教授は、常に真のサージャンの心得をレジデントに語っていた。「本当の医者は、自分の手術の上達に満足するのではなく、手術を受けた患者がどのように生活を拡大するかに心を配らなければいけない。手術後の屈折矯正を基本とする視覚環境のケアに眼科医はもっと関心を持たなければいけない」。今日でいうロービジョンケアに通じる言葉だった。 

 1996年2月に現在の済生会新潟第二病院に赴任した当時は、多くの眼科手術(特に網膜硝子体手術)の経験があり、どんな病気もメスで治すことが出来ると自負していた。赴任して一年ほどして、両眼増殖糖尿病網膜症の69歳男性が入院した。入院時視力は両眼0.1。何度も手術を繰り返すも、両眼光覚弁となってしまった。退院させようにも、親戚もなく日常生活も出来ずという状況で、メディカル・ソー シャルワーカーや看護師・保健師等々と度々相談した。こうした経験からロービジョンケアを取り入れようと国立障害者リハビリテーションセンター病院(以後、国リハと略す)第三機能回復訓練部部長だった簗島謙次先生にお願いして、当院の視能訓練士一人を2カ月ほど毎週所沢まで通わせロービジョンケアの手ほどきをして頂いた。1998年には国リハで行っていた視覚障害者用補装具適合判定医師研修会に参加し、私自身がロービジョンケアを学んだ。 

 2000年4月、日本ロービジョン学会が創設された。済生会新潟第二病院眼科でも始めたばかりだったので積極的に参加した。全国の経験や活動、そして多くの職種の方との交わりは刺激だった。2001年4月、学びながら発展したいと念じて、「新潟ロービジョン研究会」を開始した。本研究会には、我が国の眼科医療と視覚リハビリテーションの分野で活躍している方々をお招きし、県内外から参加者が集う会に成長した。 講師の先生方に講演抄録や講演要約を執筆して頂き、研究会のご案内や報告をメールやメーリングリストで全国に発信した。2001年から開始して今回2017年でトータルで18回となった(2001年は2回開催)。 

 メーカーなどからの資金援助なしで、ゼロからスタートしここに至るまで全国の先輩や仲間に指導して頂いた。講演者は旅費のみで来て頂いた。研究会の開催に当たっては病院眼科スタッフや病院関係者、そして会場作りなどで多くの皆さまのご協力を賜った。感謝の一言に尽きる。 

 定年を迎える2018年3月以降、どのような人生が待っているか分からないが、何かに興味を持ち、何とか情報を発信するであろう自分に期待し、ワクワクしている。 

 

【略 歴】
 1977年3月 新潟大学医学部卒業
      5月 新潟大学眼科学教室入局
 1979年1月 浜松聖隷病院勤務(1年6ヶ月)
 1987年2月 新潟大学医学部講師
 1991年7月 米国Duke大学留学(1年間)
 1992年7月 新潟大学医学部講師(復職)
 1996年2月 済生会新潟第二病院眼科部長
 2014年4月 杏林大学非常勤講師
 2017年11月 東京女子医大東医療センター 客員教授 

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【新潟ロービジョン研究会2017】
 日 時:2017年09月02日(土)14時~17時50分
  会 場:新潟大学医学部 有壬記念館 2階会議室
     住所:〒951-8510 新潟市旭町通1-757
 主 催:済生会新潟第二病院眼科
 テーマ:「私と視覚リハビリテーション」
 1)司会進行
   加藤 聡(東京大学眼科)
   仲泊 聡(理化学研究所)
   安藤伸朗(済生会新潟第二病院)
  特別コメンテーター
   中村 透(川崎市視覚障害者情報文化センター)
   大島光芳(新潟県上越市)
2)プログラム
 14時00分~
   開会のあいさつ  安藤伸朗(済生会新潟第二病院眼科)
 14時05分~
  「新潟ロービジョン研究会を立ち上げて16年」
    安藤 伸朗
    (済生会新潟第二病院眼科)
 14時40分~
  「眼科医と生活訓練士を中心に多職種が集まった、なんでもありの私たちの視覚障害リハビリテーション」
    山田 幸男
    (新潟県視覚障害者のリハビリを推進する会、NPO障害者自立支援センター「オアシス」、信楽園病院内科)
  http://andonoburo.net/on/6250
休憩(10分)
 15時25分~
  「眼科医オールジャパンでできるロービジョンケアを考える」
    清水 朋美
    (国立障害者リハビリテーションセンター病院眼科)
  http://andonoburo.net/on/6229
 16時00分~
  「ロービジョンケアとの出会い」 
    高橋 政代
    (理化学研究所CDB 網膜再生医療研究開発プロジェクト)
  http://andonoburo.net/on/6221
休憩(10分)
 16時45分~全体討論
 17時40分~討論総括   仲泊聡(理化学研究所)
 17時45分~閉会の挨拶  加藤聡(東京大学眼科)
 17時50分 終了

 

2017年12月28日

報告【新潟ロービジョン研究会2017】 3)山田幸男先生
  日時:2017年09月02日(土)
   会場:新潟大学医学部 有壬記念館 2階会議室 

「新潟ロービジョン研究会2017」から、山田幸男先生の講演要約をアップします。
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演題:眼科医と生活訓練士を中心に多職種が集まった、なんでもありの私たちの視覚障害リハビリテーション
講師:山田 幸男(新潟県視覚障害者のリハビリを推進する会、NPO障害者自立支援センター「オアシス」、信楽園病院内科)
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【講演要約】
1.眼科医赴任を待つリハビリ外来開設までの10年間
 私たちの視覚障害リハビリのきっかけは、1984年の糖尿病網膜症で失明した35歳男性(O君)の自殺でした。O君のような患者が周囲にたくさんいたため、次の自殺者を防ぐために、O君の自殺原因を検討する必要がありました。
 O君の生前の入院生活を振り返ると、トイレやナースステーションに行くときはもちろんのこと、食事をするときも常に奥さんの介助が必要でした。そのため奥さんは働くこともできず、経済的に困り、「俺さえいなければ」と死の道を選んだのではないかと考えました。もしO君が、自分で歩き、自力で食事ができたら、奥さんは働くことができ、自殺は防げていたのかもしれません。 
 当時、眼の不自由な人のリハビリが行われていることは私は知りませんでした。周囲の眼科医を含む医療関係者も知らない、聞いたことがないとの返事です。「視覚障害リハビリはまだないのかも?」頭の中がもやもやした日々が続きました。それを解消したのが、糖尿病学会での清水先生の講演でした。リハビリはすでに行われていたのです。すぐに先生のベーチェット協会江南施設を訪ねました。次いで全国にある主な施設も見学させてもらいました。
 そのリハビリですが、新潟県外の施設に行ってリハビリをやったことのある人が極めて少ないことと、病院内でリハビリを行ってほしいと答えた人が7割を占めたことから、リハビリは信楽園病院内で行うことを考えました。
 ところで、我々医療者が眼の不自由な人のリハビリの存在を知らなかったのは、医療(眼科診療)と福祉(リハビリ)の連携が不足していたためではないかと考えました。そのため、リハビリは眼科医と生活訓練士を中心に行うことが必要と考えました。ところが当院には常勤の眼科医が当時おりません。院長にお願いして大学からの赴任を待ちました。そして、1994年、待ちに待った眼科医、大石正夫先生が赴任してくださったのです。 

2.リハビリ外来の開設
 リハビリは、眼科医と関東のリハビリ施設の生活訓練士の先生を中心に、視能訓練士、糖尿病医、事務職員が担当しました。その後、看護師、栄養士、理学療法士、ケースワーカー、検査技師、ボランティアも加わり、月2日のリハビリ外来と、日常生活訓練を週4日行って、受診者の困ることに積極的に対応しています。 

3.心のケア
 眼が不自由になると、6割近くの人が一度は自殺を考えることや、半数の人がうつ病・うつ状態、すいみん障害、燃え尽きを経験したこと、家族などの介助者も同様の精神的なダメージが大きいことをアンケート調査で知り、家族を含めた心のケアの重要性を認識しました。その対応として、リハビリ外来、パソコン教室、グループセラピーや、我々の行う行事の中では心のケアを意識して運営を行っています。 

4.なんでもありのパソコン教室
 心のケアでもっとも大きな力になっているのがパソコン教室です。教室開設当時の20数年前は、パソコンは障害者にとっても革命的な手段でした。文字の読み書き、メール、インターネットなどができるからです。そこで眼の不自由な人の集まる場を「パソコン教室」と命名しました。もちろんパソコンも教えますが、パソコンをやらない人もお茶のみや情報交換の場としても利用できます。歩行や調理、化粧の指導などなんでもありの教室です。このパソコン教室が、実は眼の不自由な人の心のケアに大きな役割を果たしてきました。時には利き手が使えない脳卒中患者に、眼の不自由な人がワードの使い方を習得して、脳卒中患者に教えたことは、視覚障害者の大きな自信となりました。
 その効果の大きさから、県内10数か所にパソコン教室を開設しています。 

5.転倒予防・体力増進教室を含めた歩行講習会
 もっと外に出たいとの声が多いため誘導歩行教室を、白杖を使っている人の6割が一度も白杖の使い方を教わったことがないことを知り白杖教室、さらに体力の低下が著しいことから転倒予防・体力増進教室を含めた歩行講習会を毎月行っています。最近の調査で、眼の不自由な人も誘導や白杖の技術を身に着けるべきだと考えている人が多いことを知り、その指導方法を検討しているところです。 

 以上、眼科医と施設の生活訓練士を中心にした、多職種のスタッフが集まり、障害者の要望に応える私たちの視覚障害リハビリについて紹介いたしました。
 

【略 歴】  山田幸男(やまだ ゆきお)
 1967年(昭和42年)3月 新潟大学医学部卒業
  同年       4月 新潟大学医学部附属病院にてインターン
 1968年(昭和43年)4月 新潟大学医学部第一内科に入局。内分泌代謝斑に所属
 1979年(昭和54年)5月 社会福祉法人新潟市社会事業協会信楽園病院
 2005年(平成17年)4月 公益財団法人 新潟県保健衛生センター 

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【新潟ロービジョン研究会2017】
 日 時:2017年09月02日(土)14時~17時50分
  会 場:新潟大学医学部 有壬記念館 2階会議室
     住所:〒951-8510 新潟市旭町通1-757
 主 催:済生会新潟第二病院眼科
 テーマ:「私と視覚リハビリテーション」
 1)司会進行
   加藤 聡(東京大学眼科)
   仲泊 聡(理化学研究所)
   安藤伸朗(済生会新潟第二病院)
  特別コメンテーター
   中村 透(川崎市視覚障害者情報文化センター)
   大島光芳(新潟県上越市)
2)プログラム
 14時00分~
   開会のあいさつ  安藤伸朗(済生会新潟第二病院眼科)
 14時05分~
  「眼科医40年 患者さんに学んだケアマインド」
     安藤 伸朗
     (済生会新潟第二病院眼科)
 14時40分~
  「眼科医と生活訓練士を中心に多職種が集まった、なんでもありの私たちの視覚障害リハビリテーション
     山田 幸男
     (新潟県視覚障害者のリハビリを推進する会、NPO障害者自立支援センター「オアシス」、信楽園病院内科
休憩(10分)
 15時25分~
  「眼科医オールジャパンでできるロービジョンケアを考える」
     清水 朋美
     (国立障害者リハビリテーションセンター病院眼科)
  http://andonoburo.net/on/6229
 16時00分~
  「ロービジョンケアとの出会い」 
     高橋 政代
     (理化学研究所CDB 網膜再生医療研究開発プロジェクト)
  http://andonoburo.net/on/6221
休憩(10分)
 16時45分~全体討論
 17時40分~討論総括   仲泊聡(理化学研究所)
 17時45分~閉会の挨拶  加藤聡(東京大学眼科)
 17時50分 終了

2017年11月26日

報告【新潟ロービジョン研究会2017】 2)清水朋美先生
  日時:2017年09月02日(土)
   会場:新潟大学医学部 有壬記念館 2階会議室 

 「新潟ロービジョン研究会2017」から、清水朋美先生の講演要約をアップします。 

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演題:眼科医オールジャパンでできるロービジョンケアを考える
講師:清水朋美(国立障害者リハビリテーションセンター病院 第二診療部長)
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【講演要約】
  眼科医の仕事は今も昔も眼の病気を治すことである。私の眼科医像はこの点だけは一貫して変わらない。しかし、私のこれまでの半生を「プレ眼科医期」、「眼科医前半期」、「眼科医後半期」に分けて考えてみると、「見えにくい人の最大理解者!目の専門家!」→「見えにくい人のこと、わかっている???」→「見えにくい人のこと、わかってない眼科医が多すぎ!!!」と各期とともに私の眼科医像は変遷してきた。変遷してきた最大の理由は父にある。 

  私の父は、ベーチェット病が原因で30歳の時に失明した。私が生まれる前にすでに父は失明していたので、父は私を見たことはない。「プレ眼科医期」の私は、父が見えていないことを自然と理解することができた。就学前の幼少時に、どうして見えないのだろう?と不思議に思い、母に尋ねた。この時に母からベーチェット病のことを聞いた。遠い昔の出来事だが、今もこの時のことは鮮明に覚えている。その時、眼科医になればすべて解決できると幼いながらも強く思った。何しろ、眼科医は「見えにくい人の最大理解者!目の専門家!」だと信じていたからだ。 

  そのまま医学部に進学し、更に運よくベーチェット病研究の第一人者である大野重昭教授(北海道大学眼科名誉教授)と出会い、当時先生がおられた横浜市立大学眼科の大学院生になり、留学の機会も与えられた。このように、私の「眼科医前半期」が始まった。研究テーマはもちろんベーチェット病で、この頃の私は、これでようやく長年の敵と向かい合えるという心境だった。しかし、臨床経験を積むにつれ、私には不思議に思うことが増えてきた。医学部時代から眼科医になっても、福祉制度、障害者、診断書等の書き方、患者さんへの病状説明の仕方について全く学ばないし、手帳がとれそうなのに取っていない患者さんが多いこと等々の疑問は膨らむばかりだった。更には、患者さんと眼科医の視覚障害についての知識が乏しく、患者さんは「見えなくなったら何もできない、死んだ方がマシ…」といった内容に終始し、眼科医も「見えなくなったらミゼラブル、大変、えらいこと…そこまで考えなくていい…」といった応答に止まっていた。幼少時から視覚障害者との接点が多かった私にはとても違和感があった。私には視覚障害者は暗いというイメージはなく、明るく楽しく過ごしている視覚障害者を沢山知っていたので、余計に不思議だった。眼科医は「見えにくい人のこと、わかっている???」という思いが経験を積むにつれ、強くなっていった。 

  縁あって2009年から今の職場である国立障害者リハビリテーションセンター病院で勤務しているが、まさに「眼科医後半期」に入り、「見えにくい人のこと、わかってない眼科医が多すぎ!!!」という思いを確信している。以前よりはロービジョンケアに関心を持つ眼科医は増えてきたとは思う。それは、平成24年度からロービジョン検査判断料が保険点数化され、私の職場で開催される「視覚障害者用補装具適合判定医師研修会」に参加希望の眼科医が右肩上がりに増えていることを見ても明白だ。しかし、まだ多くの眼科医にとってロービジョンケアは異質なものに見えてしまっていることが残念だと思う。 

  一般の眼科医にとってロービジョンケアが常識となるには、制度、道具、連携に力を入れた王道のロービジョンケアではなく、すべての眼科医が取り組める「クイックロービジョンケア」を推進していくことがこれからの時代には必要ではないだろうか。つまり、ロービジョンケアマインドを持って、見えにくい患者さんにちょっとしたことをアドバイスできる力を身につけることだ。それを実現するには、医学生のうちから福祉的なことも学び、視覚障害の体験をするのもよいだろう。眼科専門医受験資格に視覚障害の体験や研修会を盛り込めるとなおいい。 

  一定の経験ある眼科医には、ロービジョン患者さんの最大の困り事である「読み書きと移動」の2点を最低でも患者さんに確認するシステムを構築するのも一案だろう。異質でわかりにくいからロービジョンケアはやらないというのではなく、サインガイドひとつでいいのでちょっとしたことを見え方で困っている患者さんに教えていけるようにすれば、より多くのロービジョンの患者が救われるだろう。これこそが眼科医オールジャパンでできるロービジョンケアだと思う。この体制を日本の眼科医に根付かせることが出来れば、日本のロービジョンケアは大きく変わると信じている。そのために、私の稀有な半生で得た経験が少しでも役立つのであれば、なお本望である。 

【参考URL】
 第9回オンキョー点字作文コンクール 国内の部 成人の部 佳作
 「忘れることのできない母の言葉」横浜市 西田 稔
 http://www.jp.onkyo.com/tenji/2011/jp03.htm

【略 歴】
 1991年 愛媛大学医学部 卒業
 1995年 横浜市立大学大学院医学研究科 修了
 1996年 ハーバード大学医学部スケペンス眼研究所 留学
 2001年 横浜市立大学医学部眼科学講座 助手
 2005年 聖隷横浜病院眼科 主任医長
 2009年 国立障害者リハビリテーションセンター病院眼科医長
 2017年 国立障害者リハビリテーションセンター病院第二診療部長
 現在に至る 

 

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【新潟ロービジョン研究会2017】
 日 時:2017年09月02日(土)
     開場:13時半  研究会:14時~17時50分
  会 場:新潟大学医学部 有壬記念館 2階会議室
     住所:〒951-8510 新潟市旭町通1-757
 主 催:済生会新潟第二病院眼科
 テーマ:「私と視覚リハビリテーション」
 1)司会進行
   加藤 聡(東京大学眼科)
   仲泊 聡(理化学研究所)
   安藤伸朗(済生会新潟第二病院)
  特別コメンテーター
   中村 透(川崎市視覚障害者情報文化センター)
   大島光芳(新潟県上越市)
2)プログラム
 14時00分~
   開会のあいさつ  安藤伸朗(済生会新潟第二病院眼科)
 14時05分~
  「眼科医40年 患者さんに学んだケアマインド」
     安藤 伸朗
     (済生会新潟第二病院眼科)
 14時40分~
  「私と視覚障害リハビリテーション」
     山田 幸男
     (県保健衛生センタ/信楽園病院/NPO「オアシス」)
休憩(10分)
 15時25分~
  「眼科医オールジャパンでできるロービジョンケアを考える」
     清水 朋美
     (国立障害者リハビリテーションセンター病院眼科)
 16時00分~
  「ロービジョンケアとの出会い」 
     高橋 政代
     (理化学研究所CDB 網膜再生医療研究開発プロジェクト)
  http://andonoburo.net/on/6221
休憩(10分)
 16時45分~全体討論
 17時40分~討論総括   仲泊聡(理化学研究所)
 17時45分~閉会の挨拶  加藤聡(東京大学眼科)
 17時50分 終了

2017年11月24日

報告【新潟ロービジョン研究会2017】 1)高橋政代先生
  日時:2017年09月02日(土)
   会場:新潟大学医学部 有壬記念館 2階会議室

 済生会新潟第二病院眼科で2001年開始(2001年は2回開催)、17回継続した「新潟ロービジョン研究会」は、新潟から眼科医療そして視覚リハビリテーションの情報を発信して参りましたが、今回の第18回が最後となります。ここまで続けてこれたのは、皆様のご支援のお蔭です。改めて感謝申し上げます。
 今回の研究会で行った4つの講演から、高橋政代先生の講演要約をアップします。


演題:ロービジョンケアとの出会い   
講師:高橋政代(理化学研究所CDB 網膜再生医療研究開発プロジェクト)

【講演要約】
 iPS細胞を用いた網膜の再生医療は他家移植という第2のステージに進み、標準治療としての可能性を追求している。期待はますます高まっているが、正常に戻るというような視機能回復を望めない初期の再生医療では、患者ケアや術後のリハビリテーション(ロービジョンケア)が必要である。

 このような考えに至った背景には、アメリカのソーク研究所留学を終えて帰国後再生医療の対象となる網膜色素変性の専門外来を担当したからである。それまで詳しくは知らなかったこの病気の診療に大きな問題があることにすぐ気付いた。その当時網膜色素変性は、診断されると「遺伝病です。失明します。治療法がありません。」それだけを伝えられることが多かった。

 患者さんはどうしたら良いのかもわからず大きな不安を抱えて、ただただビタミン剤をもらいに病院に通うだけであることを知ったのである。紹介患者がほとんどの大学病院の外来では、「必ずしも失明するわけではありませんよ」というだけでほっとされて泣かれる方がとても多かった。

 これはおかしいと思った。患者に幸せと安心を届けるべき医療から間違った情報が伝わり余計な精神的ストレスを生み出している。正しい情報や有用な情報を何とか伝えたい。私にとってロービジョンケアは補装具ではなく、精神的ケアが入り口であった。 

 1年ぐらいどうしようかと困っている時に患者さんの中の森田茂樹さんが京大で拡大読書器の紹介をさせて欲しいと申し出てくれた。これは渡りに船。時間と知識があるけれど場所と対象患者を持たない森田さんとその逆の私。かくして当事者とロービジョンケアの素人が行うロービジョンケア外来が京大病院眼科で始まった。

 業界の方々はヒヤヒヤしてみていたであろう。しかし、私には森田さんから患者側から見たロービジョンケアをたっぷり学んだ貴重な経験であった。違う角度から入ったことでよかった点もあるのかもしれない。その後、京都視力障害者協会の協力も得て、視能訓練士の方も熱心に参画して徐々に形ができた。 

 その頃から安藤先生に新潟に呼んでいただいて、いろんな人に出会った。今一緒に外来をやってくれているカウンセラの田中桂子さん、iPadでデジタルロービジョンケアを広めている三宅琢先生、そしてアイセンター設立に向けて合流してくださったロービジョンケア総本山の仲泊聡先生、神戸のロービジョンケアの土台は新潟の会で培った人脈から生まれている。 

 本年12月に研究と臨床、そしてロービジョンケアや福祉がワンストップで受けられる神戸アイセンターが開院となる。入り口のフロアは公益法人NEXT VISIONのフロアである。バリアフリーならぬ段差だらけの「バリアアリー」であるが、そこに見えにくい人もそうでない人も安心して楽しめるユートピアを作りたい。

 さだまさしの小説「解夏」にもあるように、外来で出会う患者さん方の中では視覚障害が重篤になってからよりも視機能が低下していく途中の苦悩や不安が強いように感じる。まだ生活に不自由もないようなその時期の不安や悩みは極力少なくし、自由な心で将来の生活を思い描けるようになってほしい。 

 日本は旧来重度視覚障害に対する福祉は整えられていたが、そのもっと前、軽度障害の頃からのケアが重要であると感じる。網膜剥離の手術でも同じであるが、早期の治療が有効で、一度固まってしまうとそこから治療することは難しい。ロービジョンケアも視機能の低下によって自分で活動を制限してしまってからその生活を変化させるのは非常に難しい。早期のロービジョンケアが重要であるが、眼科医にはその必要性の認識が薄いし、当事者も勧めてもなかなかロービジョンケアや福祉を利用することに抵抗がある。それは軽度の視覚障害が世間に認知されていないために晴眼者と重度視覚障害と別世界であるような意識があり、障害者への自分の中の差別、向こうの世界に行きたくないという抵抗である。

 どんな障害でも軽度から重度までスペクトラムで存在しておりここから障害という境界線はない。ところが軽度障害の当事者が世間に認知されていないことにより視覚障害は身近にいない別世界の人になってしまっている。それが病気の進行の途中、まだ見えている時の苦悩であり、眼科医療、ビジネス、福祉すべての問題点である。 

 遺伝子診断をしているとわかる。あらゆる人が疾患遺伝子を持ち、性格も含めれば誰もが何らかの障害を持っているとも言える。今後、一般社会の中で活躍している視覚障害者が何の不安もなくカミングアウトできて障害者との壁が崩れ健常者も障害者もお互い助け合いながら不自由をデバイスで補って仕事を続けられる。そういうユートピアを目指して、NEXT VISIONはiSee!運動を展開していく。 

【略 歴】
 1986 京都大学医学部卒業
 1986 京都大学医学部附属病院 眼科
 1992 京都大学大学院医学研究科博士課程修了
 1995 アメリカ ソーク研究所 研究員
 2001 京都大学医学部附属病院 助教授
 2006 理化学研究所 チームリーダー
 2012 理化学研究所 プロジェクトリーダー
  現在に至る


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【新潟ロービジョン研究会2017】
 日 時:2017年09月02日(土)
     開場:13時半  研究会:14時~17時50分
  会 場:新潟大学医学部 有壬記念館 2階会議室
     住所:〒951-8510 新潟市旭町通1-757
 主 催:済生会新潟第二病院眼科
 テーマ:「私と視覚リハビリテーション」 

 1)司会進行
   加藤 聡(東京大学眼科)
   仲泊 聡(理化学研究所)
   安藤伸朗(済生会新潟第二病院)
  特別コメンテーター
   中村 透(川崎市視覚障害者情報文化センター)
   大島光芳(新潟県上越市)
2)プログラム
 14時00分~
   開会のあいさつ  安藤伸朗(済生会新潟第二病院眼科)
 14時05分~
  「眼科医40年 患者さんに学んだケアマインド」
     安藤 伸朗
     (済生会新潟第二病院眼科)
 14時40分~
  「私と視覚障害リハビリテーション」
     山田 幸男
     (県保健衛生センタ/信楽園病院/NPO「オアシス」)
休憩(10分)
 15時25分~
  「眼科医オールジャパンでできるロービジョンケアを考える」
     清水 朋美
     (国立障害者リハビリテーションセンター病院眼科)
 16時00分~
  「ロービジョンケアとの出会い」 
     高橋 政代
     (理化学研究所CDB 網膜再生医療研究開発プロジェクト)
休憩(10分)
 16時45分~全体討論
 17時40分~討論総括   仲泊聡(理化学研究所)
 17時45分~閉会の挨拶  加藤聡(東大眼科)
 17時50分 終了