勉強会報告

2018年1月14日

報告:第262(17-12)済生会新潟第二病院眼科勉強会   関 恒子
  日時:平成29年12月13日(水)16:30 ~ 18:00
  会場:済生会新潟第二病院 眼科外来
 演題:患者になってからの20年をふり返って私が伝えたいこと
 講師:関 恒子(長野県松本市) 

【講演要約】
1)始めに
 私が両眼に近視性の黄斑変性症を発症してからほぼ21年になる。発病当初はあらゆる物がはっきり見えないと安心できなかったものだが、今ではぼんやりしか見えなくてもそれなりに満足して生きていることが不思議に思える。病状の変化と共に様々な視力を経験し、様々な治療やリハビリを受け、それに関わる様々な人たちに出会ってきた。今日はこの21年間をまとめてみたい。 

2) ショックと理解力
 私は20年前左眼、18年前右眼に黄斑移動術を受け、視力は一旦改善したものの、現在両眼共に視力0. 1程で、網膜萎縮による視力低下と視野欠損が緩やかに進行しつつある。
 私の眼の異変は、21年前左眼の小さな歪みから始まった。今では黄斑変性症はよく知られ、有効な治療法もある病気だが、当時は歪みが起こっても、自分で黄斑変性症を疑うことはなかった。歪みが大きくなった10日後に漸く行った開業医の先生から、黄斑部の出血の為に視力が低下することと確かな治療法がないことを告げられて驚き「では治療法もないまま、やがて失明するのか」と失明の恐怖に襲われた。その後、大学病院で出血は黄斑中心窩にあり、近視性の新生血管黄斑症と診断された。後で考えると、先生は失明するとは言わなかったのに、視力が落ちて行けば当然その先は失明だと思い、最悪の事態しか考えられなくなっていた。私は近視眼だったが、それまで眼に特別な注意を払ったことがなく、当時は情報も少なかった為、診断は思いがけないものだった。その為ショックが大きく、平常なら理解できることも十分に理解できず、聞き逃したりもしたのだと思う。 

3)情報・知識があれば
 症状が悪化していくのに治療ができない苛立ちが大きくなってきた矢先、発症から10月後だったが、右眼にも発症がわかった。今度は左眼の時と違い、過剰な心配はせず、冷静に受け止めることもできた。それは開業医の先生から頂いた近視眼についての本を読み、強度近視眼のリスクについての知識を得ていたからである。予めの情報や知識は、ショックをやわらげ、病気を正しく理解するのに役立つ。 

4) 自分の人生を自分で決める ~ 自己決定
 既に両眼に発症し、左眼視力が0.3に低下した時、私は重要な決定を迫られた。視力回復の可能性があるという新しい手術、黄斑移動術を大学病院の先生から提案されたからである。視力が取り戻せるかもしれないと思うと嬉しく、どんな手術か聞かないまま私は即座に承諾した。その頃の私は患者としての経験が浅く、先生に質問することに遠慮があった。そんな私を助けてくれたのは大学病院を紹介してくれた開業医の先生で、手術を再検討する為に、最新手術に関する米国と日本の論文収集を協力してくれた。再考後も何もせずにいるより視力向上の可能性に賭けようと決心した私に対して、先生はより慎重であったが、結局私の意思が尊重された。その時自分の決定に対する責任を強く感じた。自分の将来を左右する重要な決定は自分自身がすべきであり、そうすることで自分の将来に責任を持つことができる。手術後、合併症と再発の為何回も手術を繰り返し、再び視力が低下する結果になったが、手術を受けたことを後悔したことは一度もない。私の決定を助けてくださった先生には今も感謝している。 

5) 「今ならできる」 ~ 新しいことへの挑戦
 左眼の手術から2年後、右眼にも黄斑移動術を受けることを勧められたが、今度は直ぐに承諾できなかった。それは、網膜剥離の合併症や手術後も繰り返した再発、手術でできた新たな暗点、視力表の視標が読めても生活に役立たなかったり、却って邪魔になる視力があること等様々な問題をこれ迄に経験したからである。視力には自分でしか評価できない部分があることも実感した。先生の熱心な説得と術法を変えるという言葉に、漸く手術を承諾したものの、結果に対する不安で一杯だった。幸いなことに、術前0.1位に低下した視力が0.6まで改善し、上方の暗視野、色の識別、暗順応がやや気になったが、歪みも小さく見え方の質が良いことが何より嬉しかった。右眼の視力が改善されたことで、私の意識はできるようになったことの方に向き、それがポジティブに生きることへのきっかけになったと思う。その一方、左眼のように再発して再び視力が低下する危惧を抱き、今のうちにこの視力を有効活用して今を大切に生きることを心に決めた。その為には何をしようかと考え、最初に実行したことは、読書に困難があったが(近く用の眼鏡の他に拡大鏡も必要だった)、 大学に通ってドイツ文学を学ぶ事だった。私は大学では薬学を学び、文学は全くの初心者だった。又毎年の海外旅行も「今ならできる」と思って始め、毎回来年はもう駄目かもと思いつつ10年程続いている。旅行といっても、1ヶ月程の滞在型で、自分で計画・手配し、一人で行く。文学も旅行も私の新たな挑戦の一環で、症状が進行する中、できなくなるかもという不安な気持ちが活動の源になっている。今ならできると奮起し、どこまでできるか挑戦することが私の今の課題である。 

6) 早期のリハビリ
 視機能低下の為にできなくなった事や、能率が悪くなった事、不便になった事は沢山ある。それでも私が行動範囲をそれ程狭めず、自立した生活を維持できるのは早くからロービジョンケア(LVC)に接する機会があったからだと思われる。発症して間もない頃、新聞が読み難いことを先生に話すと、先生は私に拡大鏡を下さった。視野の中心に歪みがあっても拡大鏡を使えば楽に読めることをこの時知り、今思うと、これが私のLVC初体験だった。遠くが見えない不便さを訴えた時に単眼鏡を下さったのもこの先生だった。発症後数年は専ら医学的治療で回復することを願い、視覚リハビリなどは治療を諦めた時でいいと思っていたのだが、私はごく早期に既にLVCを受けていたのである。私が今も活動を維持できているのは早期からのリハビリがあったからだと思う。  

7) 面倒がらずに補助具を使い、使いこなす
 私の経験では道具を使うことはかなり面倒なことである。外出先でカバンから取り出すだけでも億劫である。だがこれを乗り越えないと「見えない」「できない」ままになってしまう。今日常生活や外出先で私が最も重宝しているのはiPadで、私の毎年の海外滞在時に周囲がよく見えないのに道に迷わず歩き回れるのはiPadのお陰である。生活の幅を狭めない為に、又生活の質の向上の為に、適切な補助具をうまく使いこなしたいものだ。 

8) 最後に
 20年間を振り返えると、私は信頼できる先生方と医療スタッフの方々に出会えて患者として幸せだったと思う。現在も通院しており、視機能低下によって活動が低下しないよう願い、LVCに相談もしている。この20年の間に黄斑変性症の治療法が確立され、現在新しい治療法も開発されつつあることを思うと、私のような患者にも明るい未来が予感できることが大変嬉しい。
 

【略 歴】:松本市在住
  富山大学薬学部卒 薬剤師
 1996年左眼に続き右眼にも近視性血管新生黄斑症を発症
 1997年と1999年に黄斑移動術を受ける。
 この経験を生かして『豊かに老いる眼』を翻訳 (田野保雄監訳 文光堂)
 趣味はフルートの演奏、ドイツ文学研究、旅行など 

【後 記】
 関さんは、ご自身の身に降りかかった病と真摯に向き合い、前向きに取り組んでこられました。また自分の障害のことや、その時の感情などを非常に理性的に説明して下さいます。そのため新潟での勉強会に何度も松本からお呼びしています。患者さんにはもちろん、医療関係者にとってもとても参考になることをお話し下さいます。今回も期待どおりでした。

 関さんのこれまでの講演を、以下にまとめました。ご参照ください。 

関恒子さんのこれまでの講演要約
—————————————————
第135回(07‐06月) 済生会新潟第二病院 眼科勉強会
 演題:『「見える」「見えない」ってどんなこと? 黄斑症患者としての11年』
 講師:関 恒子(患者;松本市)  
  日時:平成19年6月13日(水)16:30 ~ 18:00
 http://andonoburo.net/on/4530 

第163回(09‐09月)済生会新潟第二病院 眼科勉強会
 演題:「賢い患者になるために 視力障害を伴う病気を告知された時の患者心理、及び医師との関係の中から探る」
 講師:関 恒子(長野県松本市;黄斑変性症患者)
  日時:平成21年9月14日(水)16:30 ~ 18:00
 http://andonoburo.net/on/4521 

第187回(11‐09月) 済生会新潟第二病院 眼科勉強
 演題:「患者から見たロービジョンケア―私は何故ロービジョンケアを必要としたのか?」 
 講師:関 恒子 (長野県松本市)
  日時:平成23年9月14日(水)16:30 ~ 18:00
 http://andonoburo.net/on/4513 

第216回(14‐02月)済生会新潟第二病院 眼科勉強会
 演題:「黄斑変性患者になって18年ー私の心の変遷」
 講師:関 恒子 (松本市)
  日時:平成26年2月12日(水)16:30 ~ 18:00
 http://andonoburo.net/on/2512 

第241回(16‐03)済生会新潟第二病院眼科勉強会
 演題:「『見たい物しか見えない』と『見たい物が見えない』のあいだ」
 講師:関 恒子(長野県松本市)
  日時:平成28年03月09日(水)16:30 ~ 18:00
  場所:済生会新潟第二病院 眼科外来
 http://andonoburo.net/on/4597
 

 

 

2018年1月9日

報告:済生会新潟第二病院眼科-市民公開講座2017 参加者感想
『人生の味わいはこころを通わすことから』 
  日 時:平成29年11月18日(土)14時30分~17時30分
  会 場:済生会新潟第二病院 10階 多目的室 

新潟市西蒲区
先日は市民公開講座に参加させていただきありがとうございました。うまく感想を書けないので、帰りの車の中のおばちゃんトークを書きます。偉い先生方の話と聞いていたのでどんなに難しいことを話すのかと思っていたら、心にすんなり入って来るよい講座だったね。「この人の話をもっと聞きたい」と思わせる話し方だったよね。私、何の知識もなく障碍者の相談員などやっていて、相談されても気の利いたアドバイスが出来なくて、ただ聞いているだけで気が引けていたんだけど、細井さんでも「これでいいんだろうか?」って悩むって聞いてほっとしたよ。安藤さん、上着の下にオレンジ色がちらっと見えて、おしゃれ!って思ったよ。あの日、ちょうど同じ時間にアルビの試合をやっていたんだよ。そっか、そんな服装をしていたこと、細井さんの説明がなければ私は分からなかったわ。講演をする前に、それぞれどんな服装をしているか、誰に似ているか話してくれると、見えない者は想像出来て楽しいのに。でも、会場の説明はしていたね。あの説明で、この部屋は堅苦しいところじゃないと分かってよかったよね。 

NPO活動 東京
素朴であたたかい雰囲気のなか、ご登壇の3人の先生も含め、そこにいる方々と一緒の時間を過ごせている、何かを共有できている、という感覚がとても心地良かったです。NPO活動を通じて、がん治療中の方や医療者の方にお会いすることも多く、死生学に少し興味をもち、尊敬する先生の講義を潜って聴いていたような私にとって、とても貴重な得難い機会となりました。がんという病を得た方に接していて感じるのは、自分の死を見つめたことがある人の奥深さ、です。肩に力が入った感じではなく自然体で、この人ともっと話してみたい、と思わせて下さる方々がたくさんいらっしゃいますし、いらっしゃいました。常々、どうしてこんなふうになれるのかと感じ入っている私には、細井先生のお話は、とても心に沁みました。宮坂先生のお話を聞き、分析的にモノを見ることの楽しさが湧いてきました。共感や共有、傾聴、生きがいなど、日頃何気なく使っている言葉も、改めて意識できた気がします。医療倫理のお話も、聞いてみたくなりました。 

会社員 新潟市
人生、人の一生、生き方を深く考えさせて頂く良い機会となりました。人は1人で生まれてきて1人で死を迎える中で、両親から生まれてきた奇跡と生まれてから出会ってきた方々との出会い、そして家内と出会い結婚して授かった息子の出会い等、様々な人と人の関わり合い(心を通わす)を積み重ねて生きている実感を感じました。自分がここまで生きて人生を歩んできた道のりの中で数多くの出会いとまた別れを経て、人は喜び合ったり悲しみ慰め合ったり色々な感情(心)を通して今の自分という物がある。改めて自分を見つめ直すきっかけとなりました。 また、対談のお話の中で「先生」という言葉の意味合いや考えについて、自分自身でも「先生」と言う言葉の固定概念に気づかされても、固定概念を壊せない自分自身もいて、「心」だけでなく「言葉」もとても大切なファクターだと感じました。そして、人生をより深く楽しむには「見る」「聞く」「話す」「行動」「感じる」が出来る事、また老いていく中で出来る事が出来なくなってきた時にどの様に自分自身を見つめなおしていくか考える事が出来ました。ありがとうございました。 

盲学校教諭 新潟市
今回は市民公開講座に参加させていただきありがとうございました。あまり聞く機会のない講演内容でした。でも、教育に携わる私たちにも必要なことをたくさん聞けたと思います。やはり、対”人”の仕事だからでしょうか。日頃、いろいろなお子さん、成人の方とかかわっていますが、相手から教わる心構え、寄り添って一緒に学んでいく・成長していく姿勢を忘れてはいけないと思っています。教師は教える立場ではありますが、対象者も時代も、求められていることも、そのときそのときで変わります。いつでも心を広くし、話を受け止めて、丁寧に対応できるようになりたいと思っています。自分の話ばかりを書いてしまいました。でも、今回の先生方のお話を聞いて、自分の未熟さを痛感し、こんなことを思ったのでした。ありがとうございました。 

眼科医 東京
全体に今回の講座は、聴講してすぐはっきりした何かの形をつかむというより、時間が経ってからいろいろと思い出したり考えたりする縁(よすが)となるようものだったように感じました。演者の先生方に感謝申し上げるとともに、このような機会を設けて頂いた安藤先生、誠にありがとうございました。宮坂先生のお話し~・ハーバード大の75年間の研究;まず、4代に渡って研究を75年間も続けている、というところにインパクトを感じました。(英国のBBCだったか、子供たちへの数年毎の取材を20年だが30年だか長期に続けているドキュメンタリー映像をみたことがありますが、欧米にはそういう研究の伝統があるのでしょうか?)比較的身近な対人関係性の良好さが幸福・健康に繋がるという結果は、とても感覚的に腑に落ちるもので、「あんまり無理せんでもええんやなー」と一寸気持ちが楽になる感じがしました。・ポジティブ心理学;幸福感についての研究という側面があるようですが、面白い発想の転換なのかも知れません(あんまり病気のことばっかり考えていたら、研究がなんだかいやになっちゃったんで、ということもあるのかもしれませんが…)。「仏様のおかげ」や「お客様のため」などという身の回りによくあることも、ある意味で、幸福感を上げる日本の伝統的なノウハウなのかも知れません。・オープンダイアログ;発祥の現場には実際にはいろいろなノウハウや相互作用の側面があって、オリジナルの実践者たちからやりかたの説明を受けるだけでなく、彼らが意識していないもしかしたら肝心な事柄など(無意識の文化的な共通的合意など?)についての、かえって外来者の眼による解釈を通した解説もあわせて必要なんだろうなあ、と思いました。・エマニュエル・トッド;彼の仕事についてはほとんど全く知りませんでしたので、知る機会を与えて頂き感謝いたします。家族型から社会・歴史・経済等々を随分雄大に考えて行けるものだなあと、一寸びっくりします。その他も、科学としての医学的なアプローチとは違う意味での「人間」についての研究について、いろいろな手がかりをみせていただいた気がします。細井先生のお話し~先生はクリスチャンでいらっしゃいますが、お話の雰囲気は仏教の講話のような印象をうけたのが少々不思議でありました。方言を交えた、先生の独自の語り口のせいかも知れません。 日常診療の次から次へと忙しい外来の時間のことを考えながら、医療に必要な時間的な余裕、癒しの場に必要とされるゆったりとした時間の流れ、などについてあらためて感じるものがありました。患者さんにいかに時間を使えるようにするか、というのは大事なキーワードのひとつであるのかもしれません。機会があれば、ヴォーリズ記念病院を拝見したいようにも思いました。 

団体職員 新潟市西区
今回の講演では、良好な人間関係こそが健康・幸せにつながるということ。幸せであることは生きがいではない。生きがいを持つことが重要だということ。心と体のギャップがなくなってきたときに死への恐怖がなくなってい行くこと。先生方からとても丁寧で分りやすくお話いただき、たくさんの気づきをいただきました。本講演会であらためて幸せを得ることは豊かになることではなく、いつになってもその時どきの目指すものを見つけ、それに向かって楽しんだり努力したりしながら生きていくこと。そのなかで、仲間や他人を思いやり、共に協力し楽しみ良好な対人関係を築いていくことが、自分の中での安らぎ、満足感、達成感を得ることができ、幸せにつながっていくことだと思いました。また、先生方の対談においても我々の患者からの意識と違う様々な努力や葛藤、考え方なども語っていただき、いろんな思いを共有でき、日頃の先生方の真摯な取り組み姿勢に心より感謝申し上げます。いつの間にか病気や死というものが次第に忍び寄ってくる年代になって、新たな気持ちで人生を歩んでいく、そんな中での道しるべ、心のよりどころをいただいたように思います。大変ありがとうございました。 

会社員 新潟市
今回の講演では、細井先生のお話が特に心に残りました。身近で亡くなった人に出くわした経験もまだ少なく、どういう気持ちで亡くなって行ったのか?どういう言葉をかけてあげられれば苦痛から少しでも解放されるのか?家族のどういう支えが癒しに繋がるのか?寄り添う人間の立場(Drなのか、親族なのか、友人なのかなど)によって千差万別でしょうが、共通しているのは『 話を聞いてあげる事 』なのだと思い知らされました。『 生命、いのち、死 』について考える事が出来た、良い機会になりました。普段の生活の中でも、人の『 話を聞いてあげる事 』を第一に考え、行動していきたいと思いました。 

盲学校教諭 新潟市
タイトルがとても魅力的でした。安藤先生がこれまでたくさんの勉強会・研究会を重ねられてこられた、すべての根っこにあるもの、そんな印象を受けました。宮坂先生のお話の中で、「幸福」と「生きがい」という話題を興味深くお聞きしました。一般的な「幸福」の条件が満たされなくても、「生きがい」をもって生きることの充実感こそが人生を豊かにする、そんなふうに受け止めました。QOLを客観的な評価基準で評価することよりも、あなたにとって大事な項目で評価することに意味がある、といった指摘はまさにその通りだと感じました。細井先生のお話では、「子孫を残すという生物的な役割を終えた後から始まる“老い”という時間は、自分を『高める』ことに充てる時間。」このような主旨のお話がありました。「老い」を楽しむヒントとして印象に残りました。終末期の患者さんと「こころを通わす」細井先生の、穏やかで強い生き方に触れることができました。人生の味わいについて考える貴重な機会をいただきありがとうございました。 

看護師 新潟市
その場で話させていただいた感想も緊張して言葉足らずになってしまいましたm(__)m 学生だからできることも沢山あるということもお伝えできればよかったなぁと思いました。学生が受け持つことで患者は新たな役割を感じ、伝えよう育てようとしてくださり、病床にあっても最期までできることがあると示してくださいました。医療者になるというよりも人間力をつけていくことを教わりました。様々な患者の看取り、それぞれの家族との関係性から、死にざまは生きざまということも感じました。ホスピスでの出会いや経験は私の人生に大きな影響を与え、今に至っています。新潟にはまだまだホスピスは少なく療養型での看取りが多いようですが、場所や人は違っても、その人らしく人生を全うできるケアを見つけていけたらと思います。貴重な機会を本当にありがとうございました。 

会社員 新潟市
普段の仕事ではなかなか聞くことができない内容でございましたので、色々と勉強になりました。実際に先生方が患者さんとどのように接しているのかを知ることができ、患者さんが何を求めているのかを把握することの難しさも感じることができました。細井先生の「医療の倫理は患者の自己決定権」という言葉に、最後の最後まで患者を尊重されていらっしゃると思いました。改めて自分の仕事は少なからず色々な方の人生に関わっているのだと感じました。 

新潟県上越市
3人によるトークのアイデアはとても良かったと思います。フロアからの質問に対する細井先生の回答がとても素晴らしかったです。「患者さんの死の恐怖というのは込み入っています。体が弱ってくるじゃないですか、気持ちもあるじゃないですか。先に体が弱ってくる人が多い。癌の末期の場合。心はまだ弱ってはこない。そうすると差があるじゃないですか。この差が多い間は色々と不安を沢山おっしゃる。けれども最後は段々と最後が迫ってくると心がついてくる。最後は心と体がピタッと一致したところで死の恐怖はないような中で旅立って行かれる。そういうような気がして見ています。患者さん同士の話にしても、平均病棟の在位日数21日くらいですから最後の1ケ月を切りますと、かなり自分で自分の身の回りのことができないようになって患者さんが入院されることが多いので、あまり患者さん同士が話すのは少ないです。」前半の解答を聞きながら9月2日の「新潟ロービジョン研究会2017」でお二人の先生が講演のなかで「さだまさし著 解夏(げげ」を話題にされたのに重なりました。仏教の話です。夏になると坊さんは出歩くことを止めて部屋に籠もって過ごします。この梅雨から真夏の間が最も草木が伸びる時期で、それを歩き回る事で踏み育ちを妨げるのを嫌うからだとの説明です。この籠もる時期の開始が結夏(けちげ)で、それが解かれて歩きはじめるのが解夏(げげ)と表現されます。それになぞらえてベーチェット病の患者を描いた小説です。このなかに「全て見えなくなった時に苦しみから解放される」との表現がありました。キリスト教も仏教も同じように見ているのだなあと思いました。 

会社員 新潟市
宮坂先生のご講演では多くの理論・出典元をご紹介頂き大変勉強になりました。実際に調べ、私自身に取り入れていければと思いました。その中でも共感性の4類型は自己分析に、オープンダイアローグは様々な環境で応用できると考え、少しずつ会議等に導入できればと思います。 細井先生のご講演では、ホスピスが大切になさっている人生の流れの現在を見つめ直すこと、患者様の思いを汲む、患者様に最善をつくすヴォーリズ記念病院の教えを実践されているお姿に感銘を受けました。 宮坂先生より紹介された理論を細井先生が長年の経験から体現なされており、生命倫理とホスピス医と異なるお立場でありながら多くの共通点があると分かり、大変興味深くお話を聞かせて頂きました。最後に、この度は市民公開講座に参加の機会を頂き、誠に有難うございました。 

市役所勤務 千葉県
支援の仕事に就いていると、言葉にし難い思考の渦にはまってしまうことがあります。考えるよりも感じることのほうが今の自分には大切なのではないかと思った時に、人の手が最小限にしか入っていない場所へ出掛けたくなります。いや、もしかすると相当手が入っているのかもしれませんが、今はもうその人たちはいなくなって痕跡だけが残っている場所とでもいいましょうか。そんな場所で音とか空気とか匂いに身を置いておくだけでも少し頭が切り替わる。なんとなく落としどころがみつかる。いつのまにか活力を取り戻している自分に気づいて、安心して日常生活に戻っていく。こんなことを繰り返しています。 

会社員 新潟市
今回の講演で宮坂先生の生きがいの4つの柱、結びつき(他者との結びつき)、目的(他者への貢献)、ストーリーテリング、超越。そして聞く力をどうやって育むか?目的別に使い分けるには?刑事質問(いつ、どこで、何を?)探検隊の質問(どんな感じ、どんな様子?)教師の質問(正解は000ですよね?)ファシリテーター(どうしたらいいんだろうね?)以上の内容で実際に社会人には必要な<ホウレンソウ>とかぶる部分があると感じました。今後実際にそのことを思い出し私自身、困りごと等の相談に乗ってあげたいと思います。 細井先生の内容ですが、死にゆく人たちで、金曜日に丁度葬式に行って来て、人はどうゆう思いでなくなっていくのか?何かを誰かに伝えたいのか?を丁度のタイミングでのお話でした。延命治療(苦痛からの解放)が本当に必要なのか?必要とした場合それが痛み(患者の苦痛)になってしまうか?どちらの選択が良いのか?家族の判断、先生方の判断等なかなか難しい課題かと思います。 

会社員 神奈川県
いつも、貴重なご講演の開催を、本当に有難うございます。今回も、胸にしみるお話ばかりでハンカチ大活躍でした。勉強会では、自分の無知を思い知ることも多いです。細井先生のお話~「足し社会」とは何だろうと思い調べたら「多死社会」というきとを知りました。性と死で生になる、という自然摂理のお話は、独身無産の者には少々、耳が痛いと申しますか立場のないような思いもありました。診続ける、見捨てない、という言葉はとても温かく、しかし重くも胸に届きました。「終わり」がすぐそこに見えているから、とも思いました。例えば、若年者の不治な疾患を、いつ終わるか見当もつかない一生涯を、診続ける、見捨てない、と言える医師は、どれほどもいるでしょうか。医療者と患者が、すべてをオープンにした時、生まれるのは信頼だけなのでしょうか。落胆や失望、憎しみのような、負の感情も生まれはしないでしょうか。…などマイナス方面へ向く思いもありつつ。宮坂先生~「慢性疾患の患者が、このくらいなら大丈夫、納得できる、という、患者自身の尺度で健康やQOLを決めても、よいのではんないか。」というお話には、とても勇気付けられました。今の、持病の寛解期(実際には、少量ステロイドで炎症を押さえ込むのに成功している状態)にある自分は、病と闘っているのではなく、健やかに生きる闘いがあるだけ。これは、闘病ではなく、健闘なのだ。と思うことを、後ろから支えて頂いたような気持ちになりました。 

櫻井浩治(精神科医;新潟大学名誉教授、新潟市)
1)宮坂先生のお話では、医療従事者で無い者の視点から論ずることで、ケアにおける対話の方法について、何らかのヒントを示唆できないかという前振りで始まり、人間関係の構築には相手の人を選ぶことの重要性や、数ではない少数でも良好な関係を持つ家族や友人持つことの重要性、生きる意味を持つことの重要性など、良好な人間関係構築に必要な心理を追求するポジテブ心理学という人の持つ優れた面や良い部分を積極的に見直してみようという臨床心理学が注目されていることを紹介されました。この辺りは、最近精神科や心療内科を中心に論議されているレジリエンス(resilience-個人が持つ回復力、疾病抵抗力)の存在の追及との関連で面白く拝聴しました。患者・家族・医療従事者が同じ立場で医療に参加する精神科医療の試みは、チーム医療としての方法の追求の一つだと思います。
「対話」における「聞く力」は全ての医療職者には重要な点であり、特に医師にとって「患者に学ぶ」という精神は、最も根本的な一つだと私も思っています。もちろん細井先生もその具現者です。他者を重要な人として「今、その人のために何が出来るか」を考え「身の上話」に関心を持ち、「超越性」(私はこれを良寛さんの「騰々(とうとう)、天真に任す」〔自由にさりげなく天然自然の真理の中に自分を置いて任せきる〕態度心境と似たようなものと受け取りました)必要性など、この辺りは良寛さんの慈愛の心を思いださせられました。と同時に、これらの指摘は。この後で話された細井先生の臨床態度とも重なっているように思いました。
私の知る宮坂先生は、もう10年以上前の彼で、社会現象としての生命倫理を研究対象として、ハンセン氏病者の隔離された収容所での生活内容の紹介や小児がん親子がよりよき環境下での外来通院医療のための環境作りなどで活躍されていて、研究方法としては、社会現象を、統計的対応よりも、一つ一つ丁寧に総括的に物語を作るようにして原因を浮き彫りにする方法で対応して来られた(間違っていたらご免なさい)こと改めて振り返りながら、聴いていました。

2)細井先生のお話をお聴きするのは今回で2度目ですが、著書も読ませて貰いました。何時も、「死に直面し、救いを求めている人々の実際を数多く体験されての実感を丁寧に話されていて、感銘深く、また教えられることが多いのです。今回は、総仕上げともいうべきお話で、人の死は本来語れないものではないか、という思いと、ターミナル期での会話は、相手が語りだすまで待つことが重要、というお話は身にしみてよく分かりました。
患者さんが、人間的な癒しや対話を願っていること。切なさややりきれなさとつきあうことの重要性の指摘は、スピリチュアルな苦しみ。実存的な苦しみが、かって問題になった事を思い出しました。人生の流れの中で現在を見つめ直そう、とするために、良い聞き手となる覚悟が必要。これは自分自身についても立ち止まって問い質し、自分が自分のための良い聞き手になる必要があります。生は死を犠牲にして存在する、という考えについても全く同感です。命が「いのち」になって輝くこと。いのちが尽きる時にその人の人生の集積が光を持って関わり残された人たちに輝くことと。「生命」は目に見える「有限性」のあるものだが「いのち」は次代に受け継がれる「無限性」のあるもの、としてのお考えは、先回木村敏先生の命の2重構造のあり方の理念を示され、縦と横の物語で「いのち」と「生命」の違いを説明されていたことを。さらに判り易く説明されていたと思います。そして、「死につて」は、死が人生の苦痛からの開放で、生きている者を支えている自分の「いのち」の存在について後悔はあっても「満足でない満足感」という自己同一性の完結である、と思うこと。そして家族への感謝という「幸せ感」と、「死後の世界への期待感」、あるいは「死後のこの世への期待観」のある死を話されました。
私は、細井先生の20年間を通しての他者の死の看取りから、「死」を実存的臨床哲学者として、キリスト教徒として、また科学者として理解しようとされて来ているおられることを知りました。それも決して「肩肘を張ること無く」宮坂先生の言われる「超自然的」心で接しておられることにも、敬服します。

3)安藤先生を交えての鼎談で、「自分が主治医で無かったらという反省をすることがある」という話から、「患者―医師の良好な関係は<治療の結果>に左右される可能性」を指摘されました。宮坂先生は「医師を先生と呼ぶ日本の社会風潮」を患者ー医師関係に影響を与える問題点のひとつとして挙げられました。私は「患者さんから学ぶためには、患者さんが話せるような関係を持たねばならず、そこには患者さんの医師への信頼感の発生が重要で、患者さんが話そうと思うまでの信頼を得るための辛抱と愛が必要だ」思っています。細井先生はそれが出来た人です。
先回の細井先生の講話の感想を先生に書きました時、「一人の医師が治療からターミナル期の医療まで、一人でやってもらえるのが理想」と書いたように思います。今は場合によってがん治療者とケア医療者とは別な方が患者さんの為に良い場合があることに気付いて居ります。

4)小生は、一人は高校からの友人でがんセンター新潟病院に居た小越先生、一人は医学部学生時代から知人の市民病院に居られた木村 明先生の二人の内科医と、新潟ターミナル研究会を、昔、立ち上げたことがあります。元看護系学部の同僚、看護師の松川リツさん等が熱心に行なっていたターミナル期の患者さんへのボランチァの会を応援していました、しかし私の実際のターミナル期の患者さんやその家族との関わり合いは、多くはありませんでした。親しい医師から、精神科医として依頼されて接する程度で、学生時代の級友や小生自身の両親や兄姉らのがんによるターミナル期に、身体的医慮や対応は他者まかせの、ただ寄り添って見守っていくだけの対応しかできない、医師と言っても立場からすれば一般の方と同じ立場でしかない日々を送った体験があるだけです。しかし身内の者は、身体的苦痛に対して何も出来ない精神科医の私でも、毎日病床に顔を出すだけでも、医師という資格を持つ私であることだけで頼りにしてくれていたように思います。が、最終的には如何だったのでしょう。あの世で会ったら訊いてみようと思います。

上手く感想が纏まりません。だらだらと年寄りの長話を書きました。小生もやがては死に直面する日が参ります。思春期に死の持つ意味を漠然と考え始め、間もなく実際にその経験を、実感として体験する時が来るわけです。

 

 

==================================

済生会新潟第二病院眼科-市民公開講座2017
『人生の味わいはこころを通わすことから』
 日 時:平成29年11月18日(土)14時 公開講座:14時30分~17時30分
 会 場:済生会新潟第二病院 10階 多目的室
14時30分 開会のあいさつ
  安藤伸朗(済生会新潟第二病院)
14時35分 講演
  演題:対話とケア 〜人が人と向き合うということ〜
  講師:宮坂道夫(新潟大学大学院教授 医療倫理・生命倫理)
  http://andonoburo.net/on/6283
15時35分 講演
  演題:人生の手応えを共にさがし求めて〜死にゆく人たちと語り合った20年〜
  講師:細井 順(ヴォーリズ記念病院ホスピス長;滋賀県)
    http://andonoburo.net/on/6289
16時35分 対談 宮坂vs細井
17時30分 閉会

2018年1月8日

 報告:済生会新潟第二病院眼科-市民公開講座2017
『人生の味わいはこころを通わすことから』 細井 順
  日 時:平成29年11月18日(土)14時30分~17時30分
  会 場:済生会新潟第二病院 10階 多目的室
 演題:人生の手応えを共にさがし求めて〜死にゆく人たちと語り合った20年〜
 講師:細井 順(ヴォーリズ記念病院ホスピス希望館;滋賀県近江八幡市)

【講演要約】
 ホスピス医として「その人がその人らしく尊厳をもって人生を全うする」ことに関わり始めて、20年の歳月が流れた。本年末で一区切りをつけて、来年からは在宅ケアを始めようと思う。そこで、ホスピスでの出会いを通して思索した「私の人間観」をまとめてみたい。 

1 老いと死
 ホスピスケアを語るとき、念頭にあることは、「人間は死すべきもの」という事実である。これを足がかりに、死とどのように向き合うかを問うことがホスピスの在り方である。人間には老いと死が備えられている。「人間の尊厳や存在意義が、個々の人間の老いと死による有限性にある」と、ある生物学者は語っている。 

 我が国は多死時代を迎えようとしている。2025年問題と呼ばれ、団塊の世代が平均寿命を迎える時期に、死亡者数の増加に見合う死亡場所が確保できないという難問を現代社会は抱えている。病院の病床数を増やすことはむずかしく、在宅で死を看取ることが推進されているが、市民の間にも医療者側にもまだまだ浸透していない。そういう背景の中で、ホスピスは尊厳のある死の看取りを目指している。 

2 患者の願い
 がんなどの生命を脅かすような病気を患うと、全人的苦痛とよばれる生きづらさを感じる。現代医療の盲点は、患者の情報を一元化して管理する場所がはっきりとしないことにある。専門化・細分化が進んだ医療システムでは、検査、診断、治療と多人数の医療者が関わっている。ひとりの医師が病気の全経過を診る時代ではなくなった。医療の進歩によって、専門領域は狭められ、広い範囲を診てくれる医師はいない。特にがん治療のような高度の専門性が必要とされる領域では尚更である。このようなシステムでは、患者が抱えた生きづらさを汲み取ることができなくなってしまった。 

 患者の願いは、医療者による人格的な癒やし、人間的な対話である。たとえ障害や病気が除去されることがなくても、葛藤が解決されることである。現代の細切れにされた高度先進医療では、生きづらさに耳を傾ける余地はない。ホスピスで出会う患者から漏れる言葉は、「誰が主治医かわからない」。それに答えるホスピス医は、「最後までちゃんと診るから」。すると、「安心した。その一言が欲しかった」と患者は安堵する。 

3  ホスピスが大切にしていること
 ホスピスが大切にしていることは、人生の流れの中で現在を見つめ直すことであり、患者の気持ちに焦点をあてて、つらさ、せつなさ、やるせなさ、やりきれなさ、できなさ、弱さにつき合うことである。ライフレビューという手法を使って、自らの人生の歩みを振り返り、それを自ら言葉にして、自らの心に現在の状況を落とし込む作業をしてもらう。そうすることで、これからの旅路も過去を乗り切ってきた経験を土台にして、新たな困難にも立ち向かっていける。 

 ホスピスですごす患者のほんとのつらさは何であろうか。治癒を望めない病を得て、「生きたいけれど、生きられない」ということと、「死にたいけれど、死ねない」という二項に集約される。生死の狭間で、できなさ、弱さを覚える。このような苦悩に対して、ホスピススタッフは患者に寄り添うことができるだろうか。我々は、「生かしたいけれど、生かせられない」のであり、「死なせたいけれど、死なせられない」のである。大きなジレンマを抱えながら患者の傍らへと赴く。もし、医療者として赴くならば、患者に寄り添うことはできない。医療者としては無力である。自分たちのできなさ、弱さを思い知らされる。 

 「すべて重荷を負うて苦労している者は、わたしのもとに来なさい。あなたがたを休ませてあげよう」。これは我々のホスピスの玄関に掲げられた聖書の言葉である。この言葉は、患者や家族に投げかけられた言葉にとどまらず、ホスピススタッフにも投げかけられている。できなさ、弱さを抱えた者全員に投げかけられている。我々人間は神の前では平等である。医療者としてではなく、できない者、弱い者同士の出会いの中で患者に向かう時、その場には立場の違いを超えて、愛、平和、つながり、いのちが生まれる。そして、ここで生まれたいのちは生死を超えて遺された人の生きていく力になっていく。遺された人の中で生き続けるのである。 

4  生命からいのちへ
 漢字で綴る生命と平仮名のいのちとは意味合いが違う。生命というのは、生命物質の生命活動のことで、目に見えるもので、終わりがある。一方、平仮名のいのちというのは、目には見えず、出会いの中から生まれ、死をも超えて次の世代へと受け継がれていく。ホスピスケアは生命の終わりを見つめることを通していのちを育んでいる。このいのちに気づく時、死の孤独から解放され、死を恐れないで死に向き合うことができる。 

5  死にゆく人から教わる人生の手応え
 「人間とは何か」というテーマを掲げながらホスピスで死にゆく人たちと関わってきた。人生を勝ち組と負け組に分けたくはないが、人生の手応えは感じたい。なんてったって、毎日がんばって生きているんだもの。ホスピスでの関わりをふまえて、どうしたら自分の人生を納得して振り返ることができるかを考えた。大変おこがましいことではあるが、四つの項目が挙げられると思う。
 ・苦痛からの解放 ・人生の満足感 ・家族の支え ・死後の世界への期待感 

 これらのうちでホスピスができることは、種々の薬剤を駆使する第一の項目だけである。他の三項は、その時までに築いてきた人生そのものを映し出す。第四項の死後の世界への期待感とは、今から向かう来世への期待感でもあり、旅立った後の現世への期待感も含まれている。いのちが引き継がれていることの実感である。つまり、死に甲斐を持つことと言い換えることができる。まさに「人は生きてきたように死んでいく」と言われる通りである。 

6 終わりに
 拙い人間観を述べさせていただいた。最後になったが、「人はひとりでは生きることも、死ぬこともできない」と痛切に感じている。すなわち、人間とは人知を超えた大きな力と、たまたま巡り会った人たちとに生かされた存在である。その人たちによって自分らしさが引き出されていることなのだろう。現代は不寛容な社会になってしまい、他者を赦すことや、他者の痛みを感じられなくなってきたことを憂える。近い将来、人間はAI(人工知能)に席捲されるだろう。私はそこに幸せを見出せないだろう。人間臭く、「共に喜び、共に泣く」社会であることを願ってやまない。 

 

【細井順プロフィール】
 公益財団法人近江兄弟社ヴォーリズ記念病院ホスピス長。
 1951年生まれ。78年大阪医科大学卒業。自治医科大学消化器一般外科講師。
 93年淀川キリスト教病院外科医長。 父親を胃がんのためにホスピスで看取った後、96年ホスピス医に転向し、同病院ホスピスで学んだ。
  98年愛知国際病院で愛知県最初のホスピス開設に携わった。
 2004年には自らも腎臓がんで右腎摘出術を受けた。
 06年から現職。自らの体験をふまえ患者目線のホスピスケアに精力的に取り組んでいる。その傍ら、「いのち」の教育にも力を注いでいる。
 12年ホスピス希望館の日々を追ったドキュメンタリー映画「いのちがいちばん輝く日〜あるホスピス病棟の40日〜」(溝渕雅幸監督)が制作された。 

 著書:『こんなに身近なホスピス』(風媒社、2003年)、
    『死をおそれないで生きる〜がんになったホスピス医の人生論ノート』(いのちのことば社、2007年)、
    『希望という名のホスピスで見つけたこと』(いのちのことば社、2014年)など 

==================================
済生会新潟第二病院眼科-市民公開講座2017
『人生の味わいはこころを通わすことから』
 日 時:平成29年11月18日(土)14時 公開講座:14時30分~17時30分
 会 場:済生会新潟第二病院 10階 多目的室
14時30分 開会のあいさつ
  安藤伸朗(済生会新潟第二病院)
14時35分 講演
  演題:対話とケア 〜人が人と向き合うということ〜
  講師:宮坂道夫(新潟大学大学院教授 医療倫理・生命倫理)
  http://andonoburo.net/on/6283
15時35分 講演
  演題:人生の手応えを共にさがし求めて〜死にゆく人たちと語り合った20年〜
  講師:細井 順(ヴォーリズ記念病院ホスピス長;滋賀県)
16時35分 対談 宮坂vs細井
17時30分 閉会

 

2018年1月7日

報告:済生会新潟第二病院眼科-市民公開講座2017
『人生の味わいはこころを通わすことから』 宮坂道夫
  日 時:平成29年11月18日(土)14時30分~17時30分
  会 場:済生会新潟第二病院 10階 多目的室
 演題:対話とケア 〜人が人と向き合うということ〜
 講師:宮坂道夫(新潟大学大学院教授 医療倫理・生命倫理) 

【講演要約】
 ハーバード大学で約80年にもわたって行われている研究があります。700人以上の男性を追跡調査しているものですが,それによると,家族,友人,コミュニティなど,親密な他者とつながっている人ほど幸福で健康であるのに対して,人と関わらず,孤立を甘んじて受け入れている人は,幸福感が低く健康を害しやすい傾向があるとのことです。また,経済学分野で注目されている「ソーシャル・キャピタル」という概念がありますが,これは社会の「結びつき」や「絆」のことで,これらが社会にとっての「資本」であるという考え方です。これが強い社会では,人々が私利私欲を超えて行動して助け合うために,犯罪の発生が少なく,雰囲気のよい社会になるのだそうです。 

 ただし,ソーシャル・キャピタルは,柵(しがらみ)も生み出します。日本でも,人間関係の濃厚なコミュニティで,そこのしきたりに従わない人が村八分のような仕打ちにあうことがあるように,「結びつき」や「絆」が大事にされる社会で,差別やいじめなどが発生することも確かなようです。夏目漱石の『草枕』の冒頭の「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい」という有名な文章は,今の時代にはより痛切に感じられるのではないでしょうか。若い人たちは各種のSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)を使いこなし,それで「結びつき」をつくりながら,その怖さもよく知っています。それによって引き金が引かれた自殺は毎年何件も起こっています。「不寛容の時代」という言葉をよく聞きますが,お互いに監視し合うような,この息苦しさはどこからくるのでしょうか。 

 これについて,フランスの社会学者トッドの分析が,客観的に私たちの社会を見つめる視点を与えてくれるように思います。彼の研究は,その社会で支配的な「居住と財産相続の形式」で,規範意識(何が正しいか,何に価値があるか,などについての共通認識)が形成されるはずだという仮説に基づいています。「居住」の形式とは,子が結婚後も親と同居するか,それとも結婚後に親と別居するかによって二分され,同居を続ける社会は縦方向の権威主義の傾向が強く,別居する社会では自由主義の傾向が強くなります。「相続」とは,親の財産を兄弟で分割相続するか,あるいは一人の子が独占的に相続するかで二分され,前者では平等主義が重んじられ,後者では不平等を受け入れるべきだという規範意識が持たれます。この考え方では,日本社会は,ドイツや韓国,ユダヤ人社会などと同様の「権威主義的で不平等的」な規範意識が強いグループに入ります。もちろん,現在ではそれが崩れているともいえるかもしれませんが,最近の日本社会の不寛容さの背後には,私たちが伝統的に抱えてきた規範意識があるのかもしれません。 

 問題は,そうした規範意識のもとでは,「弱い人」が叩かれやすい傾向があるという点です。私たちの社会では,公害や薬害のような産業災害でも,また地震や津波のような自然災害 でも,被害者には温かい支援の手が差し伸べられる一方で,ある程度の支援的措置がなされた段階で,被害者たちがそれ以上の支援なり処遇なりを求めようとすると,途端に被害者が叩かれる状況が出現してきました。権威主義的社会は,国民一丸で1つの目標に進む時には強みを発揮しますが,少子高齢化で「支え合いの屋台骨」が弱まった状況では,不利だとされています。明治から昭和初期まで続いた国家主義的時代,あるいはもう少し後まで続いた高度成長期はもはや過去の話で,今は少子高齢化で「支え合いの屋台骨」が弱まっていく時代です。日本社会が,これからも「結びつき」「絆」を大切にしていこうとするならば,「権威主義的で不平等的」な規範意識を変えないといけないのかもしれないのです。 

 講演の後半では,こうした時代の中で,「弱い人」を支えていく役割を担う,医療・福祉の分野で働く人たちに目を向けました。大学で医療人を育成する一端を担っている者として,かれらの「共感力」の現状や,それを育成する方法,あるいはそもそも共感力の低い人たちがどうやって患者や障害者,高齢者などと対話していけるのかを,様々な実例を用いて紹介しました。「私は○○については専門家ですが、あなたの人生のことについてはまったくの無知です。どうぞ教えてください」という態度を意識して対話に臨む「無知のアプローチ」,患者が医療者に教えるという立場で講義・対話を行う「でんぐりがえしプロジェクト」,質問力を向上させるための「戦略的インタビュー」,患者や高齢者の人生を振り返って紙芝居をつくる「人生紙芝居」,精神科領域で,統合失調症患者に薬物を用いず,対話的手法のみによって問題の解決を図る「オープンダイアローグ」など,多種多様なものです。これらのアイデアの素晴らしさに感心するのですが,中には実際に治療上の効果をあげているものもあり,適応対象などを広げていけるのではないかと考えています。 

【略 歴】 宮坂 道夫
 長野県松本市生まれ。早稲田大学教育学部卒業。
 大阪大学大学院医学研究科修士課程、東京大学大学院医学系研究科博士課程(博士・医学)を経て、新潟大学大学院保健学研究科教授。
 専門は生命倫理、医療倫理、ナラティヴ・アプローチなど。 

==================================
済生会新潟第二病院眼科-市民公開講座2017
『人生の味わいはこころを通わすことから』
 日 時:平成29年11月18日(土)14時 公開講座:14時30分~17時30分
 会 場:済生会新潟第二病院 10階 多目的室
14時30分 開会のあいさつ
  安藤伸朗(済生会新潟第二病院)
14時35分 講演
  演題:対話とケア 〜人が人と向き合うということ〜
  講師:宮坂道夫(新潟大学大学院教授 医療倫理・生命倫理)
15時35分 講演
  演題:人生の手応えを共にさがし求めて〜死にゆく人たちと語り合った20年〜
  講師:細井 順(ヴォーリズ記念病院ホスピス長;滋賀県)
16時35分 対談 宮坂vs細井
17時30分 閉会

2017年12月31日

報告:【新潟ロービジョン研究会2017】 参加者の感想 その2
 日時:2017年09月02日(土)
 会場:新潟大学医学部 有壬記念館 2階会議室 

中村透(研究会;コメンテータ、川崎市視覚障害者情報文化センタ 歩行訓練士)
研究会に特別コメンテーターとして参加した。コメンテーターとしての役割はさておき、今更ながら人との繋がりというのは、「本当に重要だな」ということを再確認した。視覚リハ(LVケアを含む)の世界でもネットワークとか連携が大切とは言われるが、なかなか有効に機能させるまでには至らないことが多い。わかってはいるが日々の仕事に追われ、つい自己完結的に仕事を終えさせてしまうことが多いような気がする。しかし、当事者の方はそれで社会の中でQOLを向上させながら生きていくことができるのか?もっと個々の方が可能性を広げるための重要なアドバイスができるのではないか?など、悶々とすることもしばしばある。そんな時に、私に気づきや新たな視点をもたらしてくれるものが、新潟ロービジョン研究会のような存在だ。演者の先生方の話は、それぞれすばらしいに決まっている。大切なことは参加者が、折角集った場から何を得て、今後にどう繋げるか?であると思う。今後も新潟で情報発信の場として、形を変えてでも継続していただければありがたいと改めて感じた。 

石川県 看護師
とても、どの先生の内容も、共感できることが多く、うんうんと頷きながら聞いていました。でも、1番の注目は、演者として初登場の安藤先生。何を語るんだろう。初めて聞く、自信満々のサージャンだった頃の話。術後の患者さんに起こったルベオーシスからの急激な眼圧上昇による失明と自殺。 そこから、ずっと貪欲にロービジョンケアを学び続けている先生。今の先生だったら退院に向けてOさんに何と声を掛けたんだろう。と思いながら最後の質疑応答応答で、聞けずに終わってしまいました。これは、演者の先生皆さんに、問い掛けてみたかった事でした。見えなくなったら、どうしようの問いに、今のあなたなら、何と答えますか?と。そして、完全に、引き込まれて聞いてしまった清水先生のこれからは、クイックロービジョンケアが必要なのではないかと言う話。マインドがあれば、時間も人材もなくても出来ることがある。本当にそう思います。これから、どう拡散され浸透していくのか、清水先生の野望すら感じワクワクしました。山田先生には、本当に脱帽します。その継続する力と疾患のコントロール、自立支援、転倒予防とこんなに、生活に密着したトータルケアができるドクターは、2人といないじゃないでしょうか。どれだけのニーズに耳を傾けてきたんだろうと、山田先生には、本当に敬意を評します。そして、正しい事は恐れずに言い放つ高橋政代先生。これからのロービジョンケアに明るい未来を感じずには、いられないものでした。福祉難民になる前に、出口で捕まえる、、、。患者を『捕まえる。』こんな積極的な表現を聞いたことが、かつてあったでしょうか(笑)。ハンターのような高橋先生に、この人に ついていこうと思いました。愛すべきリーダーですね。最後に、これほど学べる貴重な機会を、自腹を切って提供し続けて下さった安藤先生と、それを理解し支えて下さった奥様に、心から感謝致します。本当にありがとうございました。 

千葉県 女性
清水朋美先生のお話を聞いていて、障害の有無にかかわらず人を愛するということはその人自身を大きくするものだなと思いました。「見返りを求めない愛」とか「かけがえのない存在」などと言葉にするとしらじらしいのですが、清水先生と視覚障害者のお父さんのエピソードを聞けば聞くほどそんな言葉が浮かびました。守りたい人ができると見栄も恥もなく、自分でなんとかしたいと思う心に共感します。障害のために孤立したり人間関係を広げられないということがあれば、それは人として成長の機会を失うということではないかと考えます。良い人間関係が築ける力をリハビリテーション活動の中でつけられるよう、私自身も努力を続けます。 

新潟市 女性
私の偏見だったかも知れませんが、医師を初め専門職の人は、素人の意見をイヤがるものだと思っていました。患者に医療の裏側など知られたくないだろうし、ましてや本音など隠しておきたいものだと思っていました。でも安藤先生を初め、講師の方々はとても謙虚で研究熱心、そして患者さん想いでいらっしゃいます。だれしも病気になり、それが治らないものと宣告されたままだったら、その先は真っ暗闇です。ようやく眼科にもリハビリという概念が浸透してきて、福祉や教育、仕事につながるサポート体制が充実してきたことを嬉しく思います。難しいこととは思いますが、病気を患者から切り離して診るのではなく、一人の人間としてよく見ていただきたいものです。専門家だけではなく患者、その家族、関係者だれもが参加できる安藤先生のこのような取り組みに、心から感謝しています。これからも、このような研究会、勉強会を続けてくださることを願っています。 

神奈川県 眼科医
山田先生の自殺をされた視覚障害の若者の話はいままでも何度か伺ったことはありました。(眼科医ではなく)内科の先生がアクションを起こされたことはもちろん衝撃です。その道が長く険しかったことも今回改めて思い知らされました。が、それよりも、その後にまだ自ら命を断たれる視覚障害者が何人も出ていたとは…言葉も出ませんでした。これが日本全国となったらどれだけの方が亡くなっているのか、またその氷山の水面下でどれだけの方が同じくらいの絶望を味わっているのかと考えたら、今までとてもそこまで考えの及ばなかった自分を本当に恥ずかしく思いました。私が他科の研修を1年半やったあとで眼科医になったばかりの頃、眼科は人が死ぬことはない「気楽な科」と考えていました。本当に恥ずかしいことです。私は今まで、ロービジョンは地域で誰か1人の眼科医がやっていればじゅうぶんだろう(地域の眼科医同士が風通しよく連携できていれば)と考えていましたが、どうやら考えを変えねばならないようです。困ったらロービジョンやってる先生に紹介しようでは遅いかもしれません。治療とロービジョンケア、失明宣告とロービジョンケアは常に同時進行でないといけない、そうでないと患者さんの命を守れないからです。 

新潟市 男性
当日は東京出張のため最初の安藤先生の講演のみ拝聴させていただきました。安藤先生の個人史を初めて聞き、現在の先生の眼科医療への情熱の源泉が分かった気がしました。長年の「新潟ロービジョン研究会」の開催お疲れ様でした。 

新潟市 男性
安藤先生、長い間大変お疲れ様でした。又、私にとっても約20年間お世話になりました。毎年の楽しみな行事が1つなくなるのが残念です。本研究会に参加することで私の病気の治療方法の現状を知り、まだ私の状態は悲観すすべき状態ではないということを知り、これから生活していくうえで何をしていくべきかを教えていただきました。願わくは、このような研究会が何らかの形で継続していくことを期待しております。私はよく他の人に「人は死ぬまで生きるのだから生きている間は悔いのない生活をおくろう」と言っています。これからも強く生きていきたいと思っています。 

新潟市 眼科医
この度は、新潟ロービジョン研究会に参加させて頂きありがとうございました。少し遅れて行ったら、席が満員で後ろの椅子の席で拝聴いたしました。毎回素晴らしい演者の方たちで、ロービジョンの勉強させて頂きました。自分の外来でもクイックロービジョンを検討します。フロアの方達の熱気も凄く、視覚障害の方などの色々な方の意見が聞けて、とても勉強になる会でした。今回が最後でとても残念です。 

福井県 男性
今年の新潟ロービジョン研究会は最後にふさわしい思い出深い会となりました。安藤先生の眼科医としての歴史やロービジョンケアとの深いつながり、またそのきっかけを作られた山田先生の内科医としての視覚リハへの地道な取り組み、お父様のベーチェット病をきっかけに眼科医になることを決意し、その目的を達し最前線でご活躍の清水先生、最後に最先端の医療に取り組みながらも視覚リハの重要性を常に訴え続け、実際にその拠点施設までも作られた高橋先生。そして夜の懇親会では各地でロービジョンケアに携わり、活躍する方々と親しくお話しする時間をいただけました。このような場をさらに増やしていくことこそ、安藤先生へのご恩返しと感じています。微力ではありますが、地方におけるロービジョンケアに今後とも携わっていきたいと、誓いを新たにいたしました。 

新潟市 眼科医
この度も、演者の先生方のお話はとても興味深いものでした。大変有難うございました。そして、この会を通じてすっかりファンになってしまった高橋先生のお話もまた印象的なものでした。記憶違いでしたら申し訳ございませんが、以前のご講演では、「健全なあきらめ」という言葉をご紹介頂き、時折しみじみとかみしめております。そしてこの度、写真撮影後に戻る際、先生が迷われる事なく違う部屋のドアを開けられたのを目撃致しました。行き当たりばったりで開くドアの先には、いつも新しい世界が待っているのでしょう。先生の歩かれた後にはばっちり道できるのです。これからも遠くから憧れさせて頂きたいと思います。これだけの会を長い間続けてこられたことはどれだけ大変でいらっしゃったことでしょう。名残りを惜しみつつ、関係してこられた皆様、安藤先生のファンの皆様、そして安藤先生に敬意を表したと思います。 

名古屋市 女性
私は、緑内障で治療を統けています。幸いにも、中心視野は残っているので、視力は出ますが、視野が狭くなり、人に接触したりすることも。緑内障は、治らない病気。一生病気とつき合っていかなければなりません。自分の病気についていろいろ知りたいと思うようになりました。「緑内障」を通じて多くの方との出合いもありました。この研究会も、同じ患者仲間さんに誘われて参加しました。講演会で先生方のお話を伺い、また懇親会では、多くの方々とお話する機会に恵まれました。皆様の治療やロービジョンに対する熱い思いを感じました。このような方々がいらっしゃることは、患者にとって大変有り難く、希望を持って治療を続けていけます。ロービジョン研究会に参加出来て、とても有意義でした。安藤先生有り難うございました。多くの患者は、自分の病気に不安を感じながら、同じ病気を持っている人の力になりたいと思っています。私にも出来ることがあればしていこうと思います。 

千葉県 男性
「新潟ロービジョン研究会2017」の案内を拝見し、まず、登壇される先生方のその豪華さに驚きました。これは絶対に行かねばと、今回、初めて参加させていただいたのですが、先生方お一人お一人の思いがストレートに伝わる感動的な内容で、中途視覚障害者の雇用問題等について、深く認識することができました。とても貴重なご講演を拝聴させていただき、あらためて御礼申し上げます。「勉強会」にも参加させていただきたく、今後ともご指導のほどよろしくお願い申し上げます。 

香川県 眼科医
とても有意義で素晴らしい研究会でした。安藤先生の行動力、山田先生の誠実さ、清水先生の情熱、高橋先生の未来視力・・・大変勉強になりました。「この会に来たら、元気をもらえる!」と皆さんも口々に言っておられました。懇親会では、高橋政代先生と話す機会を作っていただき、ありがとうございました。「2050年には、ほとんどの病気が治るようになると仰っていましたが、それで本当に人は幸せになるのでしょうか。」と質問いたしました。高橋先生は「そんな風に考えたことがなかった。今後、考えていきたい。少なくとも 目については見えるようになれば、みんな幸せになると思う。」と仰いました。 高橋先生のお話しを伺って感じたのは、研究者は自分の研究に確かなビジョンと信念をもって進んでいかなければ事を成し遂げるのは難しいという事です。 研究分野がもたらす未来について疑念を持つようでは、研究を継続することはできないのだろうと思いました。 

大阪府 眼科医
安藤先生が主催される新潟ロービジョン研究会が最後と聞いて何が何でもと参加いたしました。安藤先生、山田先生は視力を失い自ら命を絶ってしまった1人の患者さんとの出会いから患者さんが参加できる勉強会やサロンを病院に作られました。病院でこのような体制を作り、継続・発展させていくことには大変なことです。30年以上の永きに渡り目の前の患者に寄り添われてきたお話を拝聴し、自分を省みて、覚悟を持ってこれからも患者さんに向き合っていきたいと改めて強く感じました。清水先生、高橋先生からはこれからのロービジョンケアについて情熱のこもったご講演があり、大きな期待を感じました。同時に大学に在籍するものとして若い医師がロービジョンマインドを持つように指導したいと思います。本当にすばらしい研究会であり、今後も続いていくことを切にお願い申し上げます。 

京都府 視能訓練士
初めて参加させていただきました。参加させていただき医師や視能訓練士だけでなく、当事者の方、サポートされている方、歩行訓練士他沢山の職種の方がおみえになっているのがすごいと思いました。また 安藤先生や山田先生のような先生がおられたのは 本当に感動です。いろんな方々にお話をおききする機会をえられた事はとてもよかったです。私は視能訓練士です。視能訓練士は眼科にいて患者さんの視力や視野を測定します。見えにくいと悩んでおられる方を一番最初に見つけられる所にいるという事です。患者さんは通常の外来では何もおっしゃいません。悩んでいる方、不自由を感じておられる方をみつけられるよう アンテナを張り巡らす事の必要性を再認識いたしました。参加させて頂いた事本当に感謝しています。 

熊本市 視能訓練士
まず、会場に入ってびっくりしました。まだ始まってもいないのに会場全体に活気があり温かい雰囲気を感じたことです。次に目に入ってきたのは、満席の会場の中を安藤先生ご自身から参加者に声をかけたり、会場設営の為に動いたりという光景です。先生の人柄が会場の雰囲気を作っているのだとわかりました。最終回になる今回のテーマは『私と視覚リハビリテーション』で様々な経緯と立場から4名のパネリストの大変興味深い過去から現在に至るまでの話が聴けました。また、先生方に共通することとして、ロービジョンケアの精神を当事者から学んできていることと、将来のビジョンを持って根気強く他にないことを創造し行っていること、がありました。『行き当たりばったり』になったとき、『行き当たりばっちり』になれるように、日々の知識と技術の研鑽と、目の前の患者さんからロービジョンケアマインドを学ぶ姿勢が大切だと、改めて感じさせられた一日でした。 

新潟県 視能訓練士
研究会に参加して、まず、私は外来で手作りサインガードと読書用タイポスコープを作製しました。以前から、ロービジョン者、晴眼者にかかわらず、金融機関などの振込・振替用紙に上手く記入できない!という声を聞きます。私も同じくその用紙にはとても見づらさを感じています。ましてや、ロービジョン患者様にとって枠の中に文字をおさめることは難しく、訂正印を押し書き直したりでストレスを感じている患者様は多い事と思います。そこで、講師の先生がお話くださったように私にもできるクイックロービジョンケアを始めることにしました。患者様に資料だけではなく手作りサインガードなどをその場でお渡しすることで、すぐにでも使ってもらえることから、ロービジョングッズに興味をもっていただければ・・・少しでも患者様の『生活の質の向上』のお手伝いになれるORTを目指していこうと思います。 

東京都 女性
初めて参加させていただき、安藤先生の長年の取り組みに大変感動いたしました。安藤先生をはじめとする同志の先生方のプレゼンテーションを拝聴し、福祉施設に働くものとして、多くの刺激をいただきました。当事者のみなさんの言葉に耳をかたむけ、その背景を学び共有することは福祉施設で働く者にも当然必要なことと感じておりました。しかしながら、日々の仕事を理由になかなかアクションを起こすことができず今日に至っておりました。今年度、当館でスタートした相談支援事業では、近隣の医療機関に赴き相談会を開催したり、日常生活用具を持参し実際に手に取っていただき説明をするなど、細々とした繋がりができ始めています。館として動き出した新しい事業を、よりよい形で広げるために職員の意識もそれに伴うよう、できることから形にしていく意義を感じた次第です。新潟ロービジョン研究会のパッションを肌で感じ、目から鱗が落ちた感覚でした。懇親会では美味しいお食事をいただき、お腹も心もいっぱいになり、幸せな気持ちで帰京いたしました。 

仙台市 女性
あしかけ17年(全18回)の継続と、毎回の興味深いテーマ設定、そして、このような貴重な研究会を聴講料無料で開催しておられることに今年も感謝申し上げます。今回の研究会のテーマは「私と視覚リハビリテーション」でした。4人の演者の方が、偶然のめぐりあわせや、あるいは「受け入れがたい苦い経験」を糧にしながら、それぞれの立場から視覚リハビリテーションに関わり、続けてこられている姿勢が、聞いていてとても励みになりました。「○○地域は△△さんたちがいるから視覚リハが進んでいていいよねぇ」とうらやましく思っていても何も始まりません。地域ごとに制約(=障害)があることを踏まえた上で、それでもその地域の「現場」に携わる人が「今・ここで」できることを探っていくことの重要性を改めて感じました。日本は広いので、各地に浸透するには長い年月を必要とするかと思いますが、粘り強く楽観的にやっていきたいものです 

東京都 眼科医
午前中の仕事を終え、急いで新幹線に飛び乗り会場に到着した時には、既に山田先生の講演は終了しており清水先生がご講演中でした。ご自分の体験をお話しくださり、眼科医というよりも一人の人間としての当事者への関わり方の考え方を教えていただきました。高橋先生からは視力が弱くなってしまった方々が、社会との繋がりを続けていくために、私たちが何を考えて行動をしていくべきかを教えていただきました。後半の討論の場で当事者である大島さんから“以前に主治医に診断書のお願いをした時に、先生から「診断書は、患者さんのために書くものなんですよ。」という言葉を聞いて以来、自分の話や自分の気持ちをドクターに話す様になった“というお話を聞きました。改めて自分が患者さんにどのような態度や気持ちで接しているかなぁ・・・と自分を振り返る良い機会となりました。いつかこのような会がまたありましたら、是非また参加したいです。 

愛媛県 男性
演者の皆様は我が国を代表するロービジョンケアの第一人者ばかりです。このような素晴らしい研究会を毎年無料で主催されてこられた安藤先生には心より感謝しております。安藤先生と山田先生がこれまで新潟で継続して実践されている取り組みは、医師と患者の深いつながりを大切にされ、生き生きと共に歩む姿勢が何より素晴らしいと感じます。視覚リハのお手本として多くの人々に知っていただきたいと思います。清水先生のお父様が失明されたときに、お父様の母親から、失明は誰にでも経験できるものではない。この貴重な体験を生かして、小さなことでも人に役立つようにと、我が子に対して、自信と希望を持たせたことに感動しました。身近にいる大切な人がしっかりと受け止め一緒に歩むことが大切であると改めて感じました。これは視覚リハに関わる者も同じように大切にしたい気持ちだと思います。高橋先生が目指しているユートピアは、ロービジョンであることを隠さずカミングアウトのできる障害者の生きる理想の社会であり、この実現のため神戸アイセンターの2階にビジョンパークという障害のあるなしにかかわらず皆が楽しく集い活動する場を設けるとのことで、網膜再生医療と合わせて、新たな医療と福祉の取り組みが始まっています。この事業を推進するためのネクストビジョンのメンバーである仲泊先生と高橋先生との出会いが、新潟ロービジョン研究会だったとのことで、未来へつなぐ人たちとの出会いの場ともなっていた素晴らしい会を催していただいた安藤先生に心より感謝いたします。 

加藤 聡 (研究会;司会、東京大学眼科) 
第18回新潟ロービジョン研究会に司会役として、参加できとても充実した時間を過ごせましたことを主催者の安藤先生に心から感謝いたします。安藤先生も研究会中に言われました通り、今回の演者は今まで以上に選りすぐりの演者で、私だけでなく会場の方々も大満足だったと思えます。どの演者も本音で語っていただいたことが印象的です。この研究会が今回で終わってしまうことを残念に思いつつ、来年以降も何らかの形でこの続きがあることを期待しています。私は研究会の締めのあいさつの時にも申し上げましたが、仮にこの研究会が今回で終わってしまったとしても、新潟ロービジョン研究会で知り合った方たちとの絆は、私の今後の人生の上で大きな財産になることは間違いないと考えています。 

=================================
【新潟ロービジョン研究会2017】
 日 時:2017年09月02日(土)14時~17時50分
  会 場:新潟大学医学部 有壬記念館 2階会議室
     住所:〒951-8510 新潟市旭町通1-757
 主 催:済生会新潟第二病院眼科
 テーマ:「私と視覚リハビリテーション」
 1)司会進行
   加藤 聡(東京大学眼科)、仲泊 聡(理化学研究所)
   安藤伸朗(済生会新潟第二病院)
  特別コメンテーター
   中村 透(川崎市視覚障害者情報文化センター)、大島光芳(新潟県上越市)
2)プログラム
 14時00分~
   開会のあいさつ  安藤伸朗(済生会新潟第二病院眼科)
 14時05分~
  「新潟ロービジョン研究会を立ち上げて16年」
    安藤 伸朗
    (済生会新潟第二病院眼科)
  http://andonoburo.net/on/6256
  14時40分~
  「眼科医と生活訓練士を中心に多職種が集まった、なんでもありの私たちの視覚障害リハビリテーション」
    山田 幸男
  (新潟県視覚障害者のリハビリを推進する会、
   NPO障害者自立支援センター「オアシス」、信楽園病院内科)
  http://andonoburo.net/on/6250
休憩(10分)
 15時25分~
  「眼科医オールジャパンでできるロービジョンケアを考える」
    清水 朋美
    (国立障害者リハビリテーションセンター病院眼科)
  http://andonoburo.net/on/6229
  16時00分~
  「ロービジョンケアとの出会い」 
    高橋 政代
    (理化学研究所CDB 網膜再生医療研究開発プロジェクト)
  http://andonoburo.net/on/6221
休憩(10分)
 16時45分~全体討論
 17時40分~討論総括   仲泊聡(理化学研究所)
 17時45分~閉会の挨拶  加藤聡(東京大学眼科)
 17時50分 終了