報告:第264回(18-02)済生会新潟第二病院眼科勉強会「ささえ、ささえられて」 1)小林 章
2018年4月8日

報告:第264回(18-02)済生会新潟第二病院眼科勉強会
「ささえ、ささえられて」   1)小林 章
  日時:平成30年02月14日(水)16:00 ~ 18:30
  場所:済生会新潟第二病院 眼科外来

 2月の勉強会は、5名の方に講演して頂きました;小林 章(日本点字図書館:歩行訓練士)、大石華法(日本ケアメイク協会)、橋本伸子(白尾眼科:石川県、看護師)、上林洋子(盲導犬ユーザー;新潟市)、岩崎深雪(盲導犬ユーザー;新潟市)。順に講演要約をお送りします。今回は、小林章先生です。

 演題:「空気を感じて歩く楽しさと 少しでも楽に歩ける視覚活用方法を伝えること」
 講師:小林 章(社会福祉法人日本点字図書館 自立支援室) 

 歩行訓練の理論は、世界で初めて書かれた歩行訓練の理論書が使用され、著者は米国の歩行訓練士なので、教科書の言語は英語だった。その教科書の冒頭に歩行訓練の究極の目標が3つ書かれている。使用する歩行技術は安全(safe)で効率的(efficient)で、上品・優雅(graceful)でなければならない! 

 安全はまったくごもっとも、効率性も理解できる。でも上品で優雅という言葉が、晴眼者である今の自分にも縁遠いように思われて、そんな風に歩くのは無理、無理!と感じていたと記憶している。そんな折、American Foundation for the Bindが制作したビデオを講義で見る機会があった。そのビデオに登場したのはスーツを着た大柄の男性で、歩道の中央を颯爽と歩く様子が映し出されていた。背筋が伸び、視線は遠方に向いていた。その姿はまさに優雅で上品で、とても強い感動を覚え、その時の映像がおそらくその後、今日にいたるまで私の歩行モデルになっている。その映像を見てもう一つ感じたことは、見えない状態で優雅に上品に歩くことは、社会に対しても大きなインパクトを与えるということだった。 

 そこで再び3つの目標を考えてみる。見えない状態で、どうしたら安全に歩けるのだろうか?幅が10mにも満たない道路の上にいても、すぐに「今どこにいる」のか、「今どっちを向いている」のか分からなくなる。そんな経験をしながら歩いていると、「何かに触れながら歩きたい!」と切実に思う。いわゆる「伝い歩き」、杖で壁や路肩を触りながら歩く方法である。しかしある日の演習で「歩道の上を直進しなさい」という指導教官の指示を受けた私は、歩道と段差のない車道に出てしまうことが怖くて、建物側の壁を伝いながら歩き始めたところ、厳しく叱責されたのである。「誰が伝って良いと言った!」という強い言葉のみで、伝ってはいけない理由の説明がなかったが、指導員の怖さと、車道に出る怖さをひたすら我慢して歩いた記憶がある。伝わなくても歩けることには多くのメリットがある。伝い歩きは白杖を通して余分な情報が入ってくるため、曲がり角や目的地の入り口を見つけるなど、特定の目的以外で用いるのは好ましくないのだが、それはその後ずっと時間が経ってから理解したことである。 

 歩いている最中に進路が曲ってしまうことをベアリング(veering)というが、その当時私はよくベアリングしたものだった。道の真ん中を歩いていたはずなのに、すぐに何かにぶつかる。立ち止まって考えている間に足を動かしてしまい、方向がますます分からなくなる。そんな私でも、時間をかけた鍛錬は私のオリエンテーション能力を向上させてくれた。途中で脇道に迷い込んでも、冷静に分析して元の道に戻ることができるようになった。その小さな成功体験は自信となり、歩くことが急に楽しくなった。その後、訓練士として訓練に携わるようになってからも、学院の教官になってからも自ら歩くことを時々行ってきた。それらの体験から、特定の情報に集中せずにリラックスして歩くことができるようになれば、自然に入ってくる環境情報に気付くことができ、それを自分の位置、進行方向を判断する情報として使うことができるという確信が持てるようになった。歩道のない住宅街の道路では、建物や壁との距離感を反射音定位で感じとることができる。道路は路肩が排水性を高めるために傾いているため、足の傾き(深部感覚)を感じながら歩けば道路の端を真直ぐ歩くことができる。交差点にさしかかると路肩の傾きは平らになり、同時に空間の広がりを聴覚的にも感じとることができる。交差点に面した場所が広い駐車場でもないかぎり、空間が延びていることを近くからの反射音がないこと、遠方からかすかに聞こえるほんの僅かな何らかの音によって知ることができる。 

 このような環境情報に気付けるためには、前述のとおりリラックスして歩ける必要がある。リラックスするためには移動中の安全が確保されている必要があり、安全を確保するためには障害物を確実に発見し、足を踏み入れても安全が担保される白杖技術と、ある程度蛇行せずにまっすぐに歩くことができる直進推進力が必要である。この白杖基本操作の練習だけでも「白杖を中央に構えて!」「手首だけで左右均等に!」「肩幅よりも少しだけ広く!」「石突の高さは2.5cm以内で!」「杖の振りと足の振り出しは交互に!」などなど、訓練士の指摘は続く。基本技術を維持することに頭がいっぱいの状態、かつ、5m歩くたびに路肩にぶつかるようでは環境情報には気付けないし、結果的に気づけても、行動に瞬時に結び付けることはとても難しい。したがって、白杖操作や直進推進力などの基本的運動技能は無意識下で行えるようになるまで訓練をする必要がある。しかし、その土台さへ身に付けば、その後のステップアップはスピードが増す。感覚障害がない人であれば、環境情報を活用する技能は次第に高まっていく。 

 ここまでステップアップすることができたら、今歩いている場所に歩行者が多いか少ないか、近くに人がいるかいないかの判断は容易にできるようになる。公道を歩いている人の中には様々な年齢層の人がいる。年齢に関わりなく、予期せずに自分の前に振り出された白杖を避けることが難しいことがある。その白杖に躓いて転倒する事故が生じることがある。他の歩行者の存在を察知できるならば、白杖使用者は周囲の人の足をひっかけない配慮をする義務があると、私は考えている。その配慮はさほど難しくなく、白杖をなるべく垂直に立てて、ゆっくりと歩くことである。このように他者に配慮しつつ、人の流れを感じながら歩けることも楽しいと思えるし、この水準まで技術を獲得できる人には、周囲の人への心配りができるようになることを願っているし、またそのように訓練を行い、訓練士養成を行ってきた。 

 さてここまでは、視覚を活用しない想定の訓練の話であるが、歩くことに困っている視覚障害人口は実はロービジョンの人が圧倒的に多い。そして、多くのロービジョンの人のにとって、見えるが故に見えないことの象徴である白杖を持つことに強い抵抗感がある。白杖に対する抵抗感の有無に関わらず重要な事が二つある。一つは現在の視機能がどの程度使えるかを知ってもらうことであり、もう一つは、白杖は視機能の活用効率を高め、結果的に歩く安全性と効率性を高めることである。後者のことは、周辺視野障害のある人には顕著である。このふたつを体験的に伝えられることが、歩行訓練士の専門性だと考えている。そして究極は、歩行訓練を希望するすべての人に歩く楽しさと、白杖の便利さを伝えたいと考えている。
 

【自己紹介】
 国立の旧身体障害者更生施設34年間勤務のうち、理療教育課程受講者の進路指導係を2年、肢体不自由者のリハビリテーションを担うケースワーカーを7年務めた後、国立施設初の内部研修生として、国立障害者リハビリテーションセンター学院で歩行訓練士としての養成研修を受けました。正規の学生とは異なり、いわば内弟子のような形式での修行でした。その後、ケースワーカー兼歩行訓練士として塩原、神戸、所沢で通算8年勤務した後、国立障害者リハビリテーションセンター学院教官として19年間、歩行訓練士の養成に携わりました。平成29年3月で定年退職し、同年4月より現職として勤務しています。 


【参加者からの感想】
・「訓練は可能性を広げる」と仰っておられましたが、本来マルチタスクな歩く作業をオートマチック化し、視覚以外の聴覚(反射音定位)、触覚、深部感覚などを駆使し、安全に、効率的に、さらに上品で優雅に、白杖歩行をされる小林様のビデオに感銘を受けました。まさに、匠の技でした。これからも、視覚障害者の方の世界を広げていって欲しいと願います。(神奈川県;眼科医)

・歩行訓練士として、安全に、効率よく、そして、上品に優雅に歩く指導は、ブラインドメイクにも言えます。ブラインドメイク初期、アイマスクをして店内を歩く体験をしたときは、恐怖しかありませんでした。聴覚を意識する余裕など全くありませんでした。小林さんの、歩けることができると楽しい言葉は印象的でした。はたして、私の同行援護は楽しく歩いてもらえることができるているのだろうか?改めて反省をしました。(兵庫県;ボランティア) 

【後 記】
国立障害者リハビリテーションセンター学院教官として19年間、歩行訓練士の養成に携わったご経験から、白杖歩行の訓練について語って頂きました。白杖歩行は、安全・効率的は勿論、上品でなければならないとは意外でしたが納得でした。長年訓練を担当された方ではのコメントでした。小林先生の飾り気のないお人柄と、優しい語り口は聞く人の心を掴む魅力に溢れていました。
訓練の究極は、歩行訓練を希望するすべての人に歩く楽しさと、白杖の便利さを伝えたいと語って頂きました。先生は平成29年3月に定年退職し、4月から日本点字図書館に再就職し活躍中です。益々のご発展を祈念しております。 

 

第264回(18-02)済生会新潟第二病院眼科勉強会「ささえ、ささえられて」
講師と演題
1.小林 章(日本点字図書館:歩行訓練士)
 「空気を感じて歩く楽しさと  少しでも楽に歩ける視覚活用方法を伝えること」
2.大石華法(日本ケアメイク協会)
 「『ブラインドメイク物語』視覚障害者もメイクの力で人生が変わる!」
3.橋本伸子(白尾眼科:石川県、看護師)
 「これからのロービジョンケア、看護師だからできること」
4.上林洋子(盲導犬ユーザー;新潟市)
 「生きていてよかった!!」
5.岩崎深雪(盲導犬ユーザー;新潟市)
 「私のささやかなボランティア …」 

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『済生会新潟第二病院 眼科勉強会』
 1996年(平成8年)6月から毎月欠かさず265回続け、2018年(平成30年)3月で終了しました。
 この勉強会は誰でも参加出来ました。話題は眼科のことに限らず、何でもありでした。参加者は毎回約20から30名くらい。患者さん、市民の方、医者、看護師、病院スタッフ、学生、その他興味のある方が参加しました。眼科の外来で行いますから、せいぜい5m四方の狭い部屋で、寺子屋的な雰囲気を持った勉強会でした。ゲストの方に約一時間お話して頂き、その後30分の意見交換がありました。
  日時:毎月第2水曜日午後 
  場所:済生会新潟第二病院眼科外来 

*勉強会のこれまでの報告は、下記でご覧頂けます。
 1)ホームページ「すずらん」
  新潟市西蒲区の視覚に障がいのある人とボランティアで構成している音声パソコン教室ホームページ
  http://occhie3.sakura.ne.jp/suzuran/
 2)済生会新潟第二病院 ホームページ
   http://www.ngt.saiseikai.or.jp/section/ophthalmology/study.html
 3)安藤 伸朗 ホームページ
   http://andonoburo.net/