報告 『新潟ロービジョン研究会2009』 
2009年7月6日

『新潟ロービジョン研究会2009』 
 テーマ「ロービジョンケアは心のケアから」
  
日時:平成21年7月4日(土) 
  場所:済生会新潟第二病院 10階会議室 

特別講演
1.「ロービジョンケアにおける心療眼科の役割」
    気賀沢 一輝(杏林大学;心療眼科)
2.「心と病気ー病は気から、とは本当だろうか?」
    櫻井 浩治(新潟大学名誉教授;精神科) 

シンポジウム「ロービジョンケアは心のケアから」
 司会:加藤 聡(東京大学眼科准教授)
    安藤 伸朗(済生会新潟第二病院眼科)
 シンポジスト
    西脇 友紀(もり眼科医院;視能訓練士)
    高林 雅子(順天堂大学;心理カウンセラー)
    小島 紀代子(NPO法人オアシス・視覚障害リハビリ外来)
    竹熊 有可(新潟盲学校)
    内山 博貴(福祉介護士)
    稲垣 吉彦(アットイーズ;東京)
 コメンテーター
    櫻井 浩治(新潟大学名誉教授;精神科)
    気賀沢 一輝(杏林大学;心療眼科) 

「新潟盲学校」紹介
  学校紹介 田中宏幸(新潟盲学校教論)
  盲学校に入学して 竹熊有可(新潟盲学校) 

≪機器展示≫
 東海光学、タイムズコーポレーション、アットイーズ(東京)、新潟眼鏡院

 

『特別講演』1
 「ロービジョンケアにおける心療眼科の役割」
   気賀沢 一輝 (杏林大眼科) 

【講演抄録】
 2年前に井上眼科病院の若倉先生と「心療眼科研究会」を立ち上げました。ロージョン患者の心理的ケアはその主要なテーマです。
 ロービジョンケアに専門的なメンタルケアを導入するには二つの方法があります。一つは精神医学の専門家との連携であり、もう一つは眼科医療従事者がメンタルケアの基本的技術を身につけることです。後者のためまず始めることは、精神医学の豊富な財産の中から眼科に応用できるものを探し出すことです。今回は、カウンセリングのパイオニアである「ロジャーズの来談者中心療法」、「ベックの認知療法」、「森田正馬の森田療法」のエッセンスを紹介しました。 「失明告知」は癌の告知と似ており、精神腫瘍学の成果の中から応用可能な部分を紹介しました。
 ロービジョンケアは治療的な専門医療が限界に達してから導入されることが多いので、「EBMを補完するNBM(物語りに基づく医療)」の役割についても解説しました。 

【略 歴】
 1977年 慶應義塾大学医学部卒業
 1979年 慶應義塾大学医学部眼科助手
 1988年 東海大学医学部眼科講師
 1996年 東海大学医学部眼科助教授
 2000年 同退職
 現在  杏林大医学部眼科非常勤講師
     横浜相原病院(精神科病院)非常勤医師
          心療眼科研究会世話人代表 

【後 記】
 医療従事者はメンタルケア、精神医学の基本を知らなすぎるために、救える患者も救っていないのではないか、というフレーズが印象に残りました。「心療眼科」という新しいジャンルを紹介してもらいました。

【質疑応答】 回答者:気賀沢 一輝(杏林大学;心療眼科)
1)1人の患者にかける診察時間(カウンセリングに用いる時間)はどれくらいですか?
 返答:カウンセリング、心療眼科的アプローチは、一人の患者さんに対し、最初のうちは30分から1時間、次第に減少していく傾向があります。 

2)1日に何人の患者を診察するのですか?
 返答:私の個人的な診察スタイルを申し上げますと、一般診療(ある開業クリニックで)は一日に60人から70人診察します。基本的には、午前3時間、午後3時間です。眼科の患者さんのすべてに長時間のカウンセリング、心療眼科的アプローチを実行しているわけではありませんし、その必要もないように思います。ただ、必要な患者さんが新患でいらした場合は、予約制の患者さんにはお許しをいただいて、30分前後時間をかけます。再診は、特別な時間(通常の診察時間帯の前後とか)を設定して、ゆっくり対応します。
 大学病院(杏林アイセンター)の神経眼科外来(心療眼科も含む)の場合は、そのような患者さんが集まっていますので、4時間で8人、すなわち1時間に2人というペースです。杏林アイセンターでは2人の医師が同時に並列で診療しています。ただ、患者さんが多い場合は、後ろにずれ込んだり、一人の時間が短くなったりします。 

3)カウンセリングを拒む患者、あるいは精神科医師に紹介されることを拒む患者に対してどのような対処をしていますか?
 返答:眼科におけるカウンセリングは、これからカウンセリングを行います、と言う具合に始まるのではなく、一般診療の中で自然に移行していくものですから、拒否されることはありません。
 精神科受診を拒む人に対しては、中等症以上のうつ病が疑われる人には、しっかりと説得して背中を押します。
 うつ病ではなく、神経症レベルの人は、カウンセリング、認知療法、森田療法のテクニックを使いながら、疾病利得に注意を払いながら眼科で本人がその気になるまで(時期が熟するまで)キープしていきます。この方法が、心療眼科的アプローチです。
 もう少し詳しくは、文献をお読みいただけましたら幸いです(「視覚と目の異常感への心療眼科的アプローチ」気賀沢一輝 神経眼科 25:11-17、2008) 

4)「ソクラテス的対話法」について、解説して下さい。
 返答: 「ソクラテス式質問法」とは、治療者が患者に異議を唱えたり、治療者の視点を取り入れるように患者を説得するのではなく、質問を重ねる中で、患者が自ら気付いたり発見したりするように仕向ける質問法です。心の扉は外からよりは、内側からの方が開きやすいという発想によるものです。
 もう少し詳しいことは文献をお読みいただけましたら幸いです(「視覚と目の異常感への心療眼科的アプローチ」気賀沢一輝 神経眼科 25:11-17、2008) 

5)ロービジョンケアに関心はありますが、何から始めたらいいのか判りません。
 返答:一歩を踏み出すとしたら、傾聴だと思います。そこから何かが始まるのだと思います。その患者さんの現実を見つめることによって、この人には何が必要か、聴いている側に考えが発動してくるのだと思います。
 ただし、傾聴というのは、はっきり言ってリスクもあります。人間の裏面と言うのは、恐ろしいものがあり、一般社会には隠されていることも多いと思います。傾聴しているうちに、それがどんどん出てきて、とても手に負えなくなってしまいます。聴きすぎると、後戻りできなくなり、聴いている方が燃え尽きてしまうこともあります。ただ、この段階を経験しないと、心のケアはできないかもしれません。一度行き過ぎて初めて、距離感と言うものがつかめるのだと思います。行き過ぎて、一人で帰ってこられれば、多分一人前なのでしょう。
 ただ、最初のうちは、聴いたことを上級者に聴いてもらうことによって、聴いたものの重みを分担してもらって、軽くなることができます。そして、気を取り直して、また現場に戻る、という繰り返しなのだと思います。
 また、最初に陥りがちな錯覚ですが、聴いたことを全部自分で何とかしてあげなくてはと思い過ぎてしまうことです。あくまで、人生の責任は本人にあるわけで、聴いた人ではありません。聴いただけで、それなりのケアを果たしたと考えるべきです。杏林アイセンターのロービジョンスタッフも、恐ろしい話を聴いて辛くなった時は私のところに話にきます。そして、決して一人でかかえないように、チームで支えていこう、と確認し合っています。私も苦しくなってしまった時は、心療内科医、精神科医に聴いてもらいます。

 残念ながら、気軽な心のケアはないかもしれません。しかし、チームで接すれば、負担はかなり軽く、比較的気軽に踏み出すことができると思います。一つの組織でチームを結成することは難しいかもしれませんが、こうした研究会を通したネットワークを利用することも可能だと思います。

 

『特別講演』2
 「心と病気ー病は気から、とは本当だろうか?」
    櫻井 浩治 (新潟大学名誉教授;精神科)

【講演抄録】
 「心身医学」とは、心身相関の医学であり、患者中心の医学です。つまり、心身の障害を持った人を、その障害の部分だけを診るのではなく、障害を持ったその人の精神的苦悩は勿論、その家族の苦悩をも診る、という全人医療を、「障害者を診る基本的態度」として主張する医学です。
 したがって、障害を持つ人の心理、医療機関を渡り歩く、など特別な行動をとる患者の心理、心理的な影響で起こる身体の障害(心身症)や、医療者によって引き起こされる身体の障害(医原性疾患)、などが具体的な研究内容になります。例えば、心理的影響で起こる身体障害としては、検査上、何ら異常所見がないにもかかわらず、瞼が垂れる症状や、声が出なくなる症状、あるいは歩行が困難になったり、めまいが出たり、痛みがとれないなどの症状があり、抜毛症や摂食障害のように行動の異常からの身体障害もあります。
 更には心理的なストレスの結果として、円形脱毛症や胃潰瘍、高血圧など、検査上でも異常のある様々な身体障害が生じます。いわゆる自律神経失調症といわれる状態は、上に挙げたものとこれの中間の位置にあります。こうした症状はまた、実際の身体障害に重なるようにして現れる場合もあるのです。
 このような自分の意思とは無関係に生じる、心理的原因による身体症状や障害、及びその周辺を、私の臨床経験をもとにお話しました。

【自己紹介】
 昭和11年1月生(旧姓 塚田)
 昭和39年、新潟大学医学部卒。
      慶応義塾大学医学部精神神経学教室入局、精神科専攻。
      新潟大学定年退職後、新潟医療福祉大学に勤務。
      現在河渡病院デイケア病棟に務めている。
 平成10年第39回日本心身医学会総会会長。医学博士。
 一般的著書に「源氏物語の心の世界」(近代文芸社)「乞食(こつじき)の歌―慈愛と行動の人良寛」(考古堂)「句集独楽」(オリオン印刷)などがある。 

【後 記】
 心身医学(ひとは心身一如の存在)の立場から、心身の障害を持った人を、その障害の部分だけを診るのではなく、障害を持ったその人の精神的苦悩は勿論、その家族の苦悩をも診る、という「障害者を診る基本的態度」について、ユーモアたっぷりにお話して頂きました。

 

 

『シンポジウム』「ロービジョンケアは心のケアから」
  司会:加藤 聡(東京大学眼科准教授)
      安藤 伸朗(済生会新潟第二病院眼科) 

1)小島 紀代子(視覚障害リハビリテーション外来・NPO法人オアシス)
 「視覚障害リハビリ外来」では、悩みや困ることの問いかけと傾聴から「こころのケア」がはじまり、必要な情報、道具、生活の知恵や工夫を一緒に考え、同じように苦しんだ仲間が集うオアシスの各種教室・講習会につなげます。明るく生きている仲間との出会い、できなくなったことができた喜びは、大きなこころのケアとなり、こころも体も考え方も変化します。
 しかし、なかなか立ち直れない人、家に閉じこもっている人など、もっと多くの「人や機関、資源」がつながるシステムが、「希望」につながると思います。 

2)内山 博貴(福祉介護士)
 左目に自打球を当て、視力が完全に戻らないと言われた時、「普通の生活は送れないのでは?」「就職はできないのでは?」と暗い未来しか想像できない状態でした。手術が終わると同室の方が、私は頼んでいないのに看護師さんを二人くらい集め、私の進路について病室でワイワイ話したり、看護師さんは、「目の勉強してみる?高校じゃ習わないでしょ?」と本を貸してくれたりしました。
 そんな何気ない入院生活でも私にはとても和やかで、凄く居心地のいいものでした。落ち込んでいた私を前向きにしてくれる貴重な時間で、目の怪我という現実を受け入れるきっかけなりました。 

3)高林 雅子(順天堂大学;心理カウンセラー)
 視力や視野を失うということは、単に重要な身体機能の喪失というだけではなく、大きな心理的変化、すなわち不安や怒りなどの心理的葛藤や、将来への不安、経済的不安、家族や周囲の人々との役割変化・関係性の緊張などを生じさせる。
 そのため不便な視機能を補うためだけのロービジョンケアでは患者の支援は不十分といえる。支援の視点を、身体の部分的な機能だけでなく、その人全体として捉え、その人が生きていく上で、どのような問題があるのか、どのような可能性があるのか、何が必要であるのか、患者・家族とともに考えるプロセスが重要であると考える。 

4)稲垣 吉彦(有限会社アットイーズ取締役社長) 
 一人のロービジョン患者としての立場でお話をさせて頂きました。私自身は現在いわゆる視覚障害者ですが、視覚障害者である以前に、一人の人間であり、社会人であり続けたいと考えています。
 ロービ
ジョン患者であっても視覚障害者であっても、同じ一人の人間であるということを、ケアする人たちと当事者双方で共有し、共感できることが、ロービジョンケアにおける心のケアの第一歩ではないかと思います。 

5)西脇 友紀(もり眼科医院;視能訓練士)
 視能訓練士の職責は「正確な視機能評価」と「少しでも見やすい視体験の提示」です。リハビリテーションは、新しい技術・動作を生活に取込む過程でもあり、患者さんの心の状態が影響します。しかし私たち視能訓練士の多くは、患者さんの心の問題に対応するための「技術」を持ち合わせていないのが現状です。そのことを認識したうえで、患者さんの「物語」を全力で聴き、受け止め、寄り添う姿勢が求められるのではないかと思います。

6)竹熊 有可(新潟盲学校)
 25歳の時国立身体障害者リハビリテーションセンター病院で生活訓練を受けました。面談と訓練が並行して行われるため、訓練が単なる授業に終わらず、問題を解決する方法として、速やかに生活に取り入れていくことができました。
 眼科の患者会を作らないかと声をかけていただき、ロービジョン患者の会を設立、その後日本網膜色素変性症協会の設立へとつながっていきました。『仲間作り』は、重要な心のケアの一つでした。すぐ諦めていた自分の思いを、具体的に行動に移すことができるようになったのです。

【略 歴】
 小島 紀代子(視覚障害リハビリテーション外来・NPO法人オアシス)
  新潟市に生まれる。
  1962年 新潟県立新潟中央高校卒
  1983年 新潟市社会事業協会信楽園病院総務課勤務 現在嘱託職員
  1994年 信楽園病院視覚障害リハビリ外来 嘱託員
  1995年 新潟県中途視覚障害者のリハビリテーションを推進する会事務局員
  2001年 新潟いのちの電話 認定相談員 現在休部
  2007年 NPO法人障害者自立支援センターオアシス事務局員
      電話相談・こころの相談室相談員  

 内山 博貴(福祉介護士)
  2001年 夏の全国高校野球新潟県予選準々決勝で、左眼受傷(外傷性黄斑円孔)
      済生会新潟第二病院に入院、手術を受ける。
  2004年 福祉専門学校を卒業後、地元の福祉施設に勤める。

 高林 雅子(順天堂大学;心理カウンセラー)
  1982年 東京女子大学文理学部卒業
  2000年 東洋英和女学院大学大学院人間科学研究科卒業
  2004年 順天堂大学大学院医学研究科博士課程修了 医学博士(順天堂大学)
  2004年 順天堂大学眼科学教室非常勤講師
      立教大学兼任講師(リハビリテーション心理学) 現在に至る
  2009年より水戸医療センター眼科ロービジョン外来、相談スタッフも兼任
  主な著書「中途視覚障害者のストレスと心理臨床」(共著)など 

 稲垣 吉彦(有限会社アットイーズ取締役社長)
  1964年 千葉県出身
  1988年 明治大学政治経済学部経済学科卒業後、株式会社京葉銀行入行。
  1996年 「原田氏病」という「ぶどう膜炎」で視覚障害になったのをきっかけに同行を退職し、筑波技術短期大学情報処理学科へ入学。
   卒業後、株式会社ラビットで業務全般の管理、企業・団体向けの営業を担当。
   杏林大学病院、東京大学医学部付属病院、国立病院東京医療センターのロービジョン外来開設時に、パソコン導入コンサルティングを行う
  2005年 株式会社ラビット退職。
  2006年 有限会社アットイーズ設立
   同年8月「見えなくなってはじめに読む本」を出版。
  現在、視覚障害者向け情報補償機器の販売・サポートを行う会社を経営する傍ら、個人的には医療期間や福祉施設からの紹介を受け、ボランティアでロービジョン患者に対するカウンセリングを行っている。 

 西脇 友紀(もり眼科医院;視能訓練士)
  1998年3月 国立小児病院附属視能訓練学院卒業
    同年4月 杏林大学医学部付属病院眼科
  1999年1月 杏林アイセンター ロービジョンルーム
  2002年4月 杏林大学医学研究生(~07年3月) 
  2005年10月 もり眼科医院
  2007年5月 NPO法人障害者自立支援センターオアシス
        視覚障害者のためのリハビリテーション外来 

 竹熊 有可(新潟盲学校)
  1967年 新潟県加茂市生まれ
  1990年 お茶の水女子大学文教育学部哲学科卒業
  同年11月 小野塚印刷株式会社入社
  1992年 網膜色素変性症により障害者手帳2種5級取得
  1994年 日本網膜色素変性症協会(JRPS)設立、会長就任
    同年 結婚
  1995年 小野塚印刷を退社
  1996年 長女出産
  1999年 鬱病発症
  2000年 日本網膜色素変性症協会 会長を退任
   同年 株式会社加賀田組入社
  2001年 加賀田組を退社
  2002年 障害者手帳1種1級
  2009年 新潟盲学校専攻科理療科に入学 

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【総 括】
 新潟ロービジョン研究会は10年目を迎え、「心のケア」がメインテーマでした。「心のケア」、やろうと思って必ずできるものではないが,やろうと思わなければ,決してできません(参加者の感想から)。
 世の中全体、「想像する」「思い遣る」ということが欠如している現在、このテーマの持つ意義は大きいと思います。
 鳥取県・兵庫県・和歌山県・岐阜県・愛知県・静岡県・東京都・埼玉県・宮城県・福島県・山形県など新潟県内外から、参加者は150名を超え会場は熱気に溢れました。 多くの収穫と、出会いがありました。