日時:平成25年01月09日(水)16:30 ~ 18:00
場所:済生会新潟第二病院 眼科外来
演題:「視覚障害者のリハビリテーションから学んだこと」
講師:石川 充英 (東京都視覚障害者生活支援センター 就労支援課)
【講演要旨】
1 はじめに
視覚障害者のリハビリテーションの仕事を始めて25年が過ぎた。私が東京都視覚障害者生活支援センター(以下、センター)に入職した当時は、施設利用を希望する人は行政に申し出て、行政が利用の可否と決定するという措置制度の時代であった。現在は、2006年から施行された障害者自立支援法により、視覚障害者自身が福祉サービスを選択できるようになった。障害者自立支援法により、歩行訓練や点字、日常生活動作訓練などの日常生活訓練は、自立訓練(機能訓練)として位置づけられ、就労移行支援事業が創設された。パソコンを利用して一般事務職を目指す視覚障害者は、職業訓練校だけではなく、就労移行支援事業所でも訓練を受けられるようになった。センターは、2009年から通所による自立訓練(機能訓練)と就労移行支援の2つの訓練サービスを提供している。
このように視覚障害者の福祉制度が大きく変わる中、Aさんの出会いを振り返ることにより、改めて視覚障害者のリハビリテーションに対する考え方の礎を学ばせていただくことができた。
2 Aさんとの出会い
Aさんと出会ったのは今から20年ほど前。ご主人を亡くし、ご自身も視力低下の中での出会いであった。この頃のご自身の状態を自らの著書で『生きる屍のようであった』と記されている。(以下、『』内の記述は著書からの引用)
このような状況の中、歩行訓練の担当となった。当初は、『植え込みに入り込んでしまったり、曲がるところが分からずに、隣の塀にぶつかってしまったり、とても疲れた。』『何かわからないところを杖を左右にふりまわして、こんなことをしなければならないなんてと情けない思いであった。』この状況を改善させたのは、訓練を受けていた仲間であったようだ。『4、5か月も経つうちに、真っ暗闇の霧の中で、ただ一人ぼっちと思っていたのだが、「違うぞ、私以外にもそういう人がいるんだ」これは私にとって大きな教訓であった。次第に訓練にも熱が入るようになった。その年の秋になると、順調に進むようになっていった。少しはまじめでやる気になってきた。』 ここに施設や事業所で当事者同士が出会い、互いに刺激を受け、訓練を受ける意義がある。しかし、近年では当事者同士の関係性が少し薄れてきているような気がしている。
話をAさんに戻す。当時の歩行訓練は、例えていえば自動車の教習所のような進め方であった。決められた訓練カリキュラムを施設周辺の訓練場所で実施し、そのカリキュラムを習得すれば自宅の周辺を含め、訓練していないところも歩くことができるという考え方が主流であった(以下、教習所型)。そのカリキュラムの最終段階として、周囲の人に援助を積極的に依頼しながら、事前に情報収集した目的地に単独で移動するという「卒業試験」があった。
Aさんの卒業試験の目的地は「銀座三越ライオン像の前」であった。Aさんは事前に乗換駅や乗車号車などを調べ、当日は適切なタイミングで援助を依頼しながら無事にライオン像についた。『私はしみじみとして思いで、ライオン像を丁寧に手で触ってみた。「やった、やったぞ! 一人でここへ来たんだ!」感慨深かった。』
Aさんは、卒業試験で自信をつけ、センターまで一人で通えるような歩行力をつけた。その状況を知ったAさんの友人から、Aさんとセンターに、自分の会社の手伝いをしてほしいという提案があった。このとき、友人の会社への通勤経路については歩行訓練を実施した。教習所型では十分に対応できなかったのである。Aさんは短期間で通勤が可能となった。このように、実際に視覚障害者が歩くところで歩行訓練を実施することが、最近の歩行訓練の主流となっている。
Aさんは、卒業試験、通所、通勤により単独歩行に自信を持った。その後は、アメリカへのホームステイ、視覚障害者を支援するNPO法人の設立など、昔の輝きを取り戻した。
3 視覚障害者の移動(歩行)を支援するとは
Aさんとの出会いを通して、視覚障害者の移動(歩行)が、リハビリテーションの根幹をなすものだと改めて学んだ。単独歩行するためには、周囲の支援と理解、訓練体制、歩行環境(歩道の整備、横断支援等の歩行支援設備)、公共交通機関の利便性などの条件が必要である。それと、最も重要な条件は、一人で歩きたいという強い意志である。意志と条件が整ってこそ、単独歩行は可能となる。単独歩行するにあたっては、移動する距離や時間が問題ではない。自ら置かれている状況や条件の中で、利用者本人が歩こうという意志を持ち、いかに歩くということを主体的に考えるかである。また、支援者はいかに主体的に考えることができるよう支援するかが重要である。この主体的な移動は、必ずしも単独歩行だけを意味するのではない。同行援護などの制度を利用してのガイドヘルパーによる誘導歩行も含まれる。主体的に移動することは、利用者自身が、それまでの世界観を大きく変化させることであり、その結果、次なる活動の意欲にも繋がっていくことから、その支援体制が重要である。
4 支援体制を構築するための「Renkei」
視覚障害者のリハビリテーションを進めるためには、当事者の力と周囲の支援が必要である。支援が必要なときに、必要な支援者が「Renkei」をすることが重要だと考える。
Aさんの場合、友人と支援センターが連携をとり支援を行った。Aさんを中心に、友人、センター、行政が「Renkei」をとりながら支援を実施した。「Renkei」には「連携(cooperation)」と「連係(connection)」がある。「連携」とは、経過・決定に利用者が存在、利用者と複数の支援者の目標が同じであり、一方の「連係」は経過・決定に利用者が不在で、利用者と複数支援者の目標が異なっている。視覚障害者のリハビリテーションを行うには、支援者一人、1施設での支援には限界があり、利用者の強みを引き出す支援を行うためには、複数の支援者と「連携」を組むことが重要である。他の機関につなげるだけの「連係」では不十分であり、スムーズな「連携」には、構築されたネットワークの利用が重要である。ネットワークはすぐに構築することができない。よりよい「連携」とネットワーク構築のためには、互いの支援者の顔が見えることがとても重要だと考える。
【略歴】
1986年3月 駒澤大学文学部社会学科卒業
1986年4月 日本盲人社会福祉施設協議会
東京都視覚障害者生活支援センター入職
1992年10月 視覚障害者歩行訓練指導員(歩行訓練士)養成課程修了
1996年3月 日本大学大学院理工学研究科医療・福祉工学専攻 前期博士課程修了
1996年4月 東京都視覚障害者生活支援センター 指導訓練課主任指導専門職
1986年6月 信楽園病院 中途視覚障害者リハビリテーション 外来担当
2001年11月 NPO法人視覚障がい者支援しろがめ理事
2011年11月 視覚障害リハビリテーション協会監事
2012年4月 東京都視覚障害者生活支援センター就労支援課長
現在に至る
【後記】
今回は、視覚障害者が「自ら歩く」ということから多くのことを学んだ。
曰く、「自分で歩く」ことは視覚リハの基本。歩いた距離の問題ではなく、「自分で歩こう」という意識が大事。そのためには、単独歩行とガイドヘルパーのバランスが大事。
曰く、「れんけい」が必要。他機関につなげるだけの「連係」では不十分。支援者一人、一施設での支援には限界があり、利用者の強みを引き出す支援を行うためには、複数の支援者と「連携」を組むことが大事。「連携」に基づく「ネットワーク」が重要。「連携」とは、経過・決定に利用者が存在、利用者と複数の支援者の目標が同じであることが必要。。。。
現場の人ならではのご意見でした。石川先生が話すということで、雪が吹きすさぶ中、多くの方が参加されたことに、先生への評価が表れていると感じました。
視覚障害リハビリで活躍する石川先生の、益々の発展を祈念しております。
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『済生会新潟第二病院 眼科勉強会』
1996年(平成8年)6月から、毎月欠かさずに続けています。誰でも参加出来ます。話題は眼科のことに限らず、何でもありです。
参加者は毎回約20から30名くらいです。患者さん、市民の方、医者、看護師、病院スタッフ、学生、その他興味のある方が参加しています。
眼科の外来で行いますから、せいぜい5m四方の狭い部屋で、寺子屋的な雰囲気を持った勉強会です。ゲストの方に約一時間お話して頂き、その後30分の意見交換があります。
日時:毎月第2水曜日16:30~18:00(原則として)
場所:済生会新潟第二病院眼科外来
*勉強会のこれまでの報告は、下記でご覧頂けます。
1)ホームページ「すずらん」
新潟市西蒲区の視覚に障がいのある人とボランティアで構成している
音声パソコン教室ホームページ
http://www11.ocn.ne.jp/~suzuran/saisei.html
2)済生会新潟第二病院 ホームページ
http://www.ngt.saiseikai.or.jp/02/ganka/index5.html
3)安藤 伸朗 ホームページ
http://andonoburo.net/
【今後の済生会新潟第二病院眼科 勉強会 & 研究会】
平成25年2月13日(水)16:30~18:00
「歩行訓練40余年を振り返る」
清水 美知子 (フリーランスの歩行訓練士;埼玉県)
平成25年3月13日(水)16:30~18:00
「視覚障害者とスマートフォン」
渡辺 哲也 (新潟大学工学部福祉人間工学科)
平成25年4月10日(水)16:30 ~ 18:00
「私の目指す視覚リハビリテーションとは」
吉野 由美子 (視覚障害リハビリテーション協会会長)
平成25年5月8日(水)16:30~18:00
「インクルーシブ教育システム構築と視覚障害教育
~盲学校に求められるもの~」
小西 明 (新潟県立新潟盲学校:校長)
平成25年6月12日(水)16:30~18:00
「視覚障害グループセラピーの考察」
小島 紀代子 (NPOオアシス)
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平成25年6月21(金) プレカンファレンス
22日(土)23日(日)
第22回視覚リハビリテーション研究発表大会
(兼 新潟ロービジョン研究会2013)
会場:「チサン ホテル & コンファレンスセンター 新潟」
「新潟大学駅南キャンパスときめいと」
メインテーマ:「見えない」を「見える」にする「心・技・体」
大会長:安藤 伸朗 (済生会新潟第二病院)
特別講演
「心」(心のケア) 山田 幸男(新潟信楽園病院;内科医)
6月22日(土)午後
「技」(IT視覚支援)林 豊彦(新潟大学工学部 教授)
6月22日(土)午前
「体」(医学)一般開放(共催:新潟ロービジョン研究会2013)
高橋 政代(理化学研究所) 6月23日(日)午後
山本 修一(千葉大学眼科教授)
シンポジウム
「視覚障がい者の就労支援」 6月23日(日)午前
司会:星野 恵美子(新潟医療福祉大学)
小島 紀代子(NPOオアシス)
特別企画
1.「歩行訓練の将来」 6月21日(金)午後
司会:山田 幸男(信楽園病院/NPOオアシス)
2.「視覚障害者とスマートフォン」 6月22日(土)午前
企画:渡辺 哲也(新潟大学工学部福祉人間工学科)
3.「盲学校で行う成人への視覚支援」 6月23日(日)午前
司会:小西 明 (新潟県立新潟盲学校 校長)
関連企画 6月23日(日)午前
「機器展示ワークショップ」「視能訓練士講習会」
一般講演・特集講演
一般講演(5題) 6月22日(土)午前
特集演題(3~4題) 「スマートサイト」 6月22日(土)午前
ポスター講演 (30題) 6月22日(土)午後
(30題)6月23日(日)午前
ランチョンセミナー 昼食付
22日 「最新の眼科医療」長谷部 日(新潟大学眼科)
「ロービジョンケア」新井 千賀子(杏林大学アイセンター)
23日 「アイパッドを用いた視覚支援」
三宅 琢(Gift Hands)、氏間 和仁(広島大学)
事前登録・演題募集
演題募集 2013年1月15日から2月28日
参加登録 2013年1月15日から5月15日
機器展示
ホームページ http://www.jarvi2013.net/
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平成25年7月10日(水)16:30 ~ 18:00
演題未定
奥村 京子 (新潟市社会福祉協議会)