報告 第204回(13‐02月)済生会新潟第二病院 眼科勉強会
2013年3月14日

  演題:「歩行訓練40余年を振り返る」
  講師:清水 美知子 (フリーランスの歩行訓練士;埼玉県)

    日時:平成25年2月13日(水)16:30 ~ 18:00 
    場所:済生会新潟第二病院 眼科外来 

【講演要約】
 今回の勉強会には6名の方が盲導犬とともに参加されました。当初は杖を使った歩行訓練についてお話しする予定でしたが、床に臥している6頭の盲導犬を前にして、自然に口から出て来たのはわが国の盲導犬に関する歴史でした。

 国産第一号の盲導犬は塩屋賢一さん(東京盲導犬協会:現「アイメイト協会」の創設者)が訓練したチャンピイですが1)、その18年前の1939年にはドイツから購入した4頭の盲導犬が陸軍病院で訓練され、戦争で失明した軍人に与えられています2)。1970年以降、国産の盲導犬訓練事業が本格化するまで、外国産の盲導犬を使う例は他にもあったようです。佐々木たづさんは著書3)の中で、英国産の盲導犬を日本の道路環境に順応させる大変さを述べています。Howard Robsonさん(1970年代に盲導犬訓練施設を開設すべく民間企業に招かれて英国から来日した盲導犬訓練士)は、当時の日本の道路状況が英国に比べて非常に悪く(歩道がない、側溝に蓋がないなど)、自国での訓練法、歩行方法がそのままでは通用しないことについて驚きとともに書いています4,5)

 一方、米国でHooverらによって開発された長い杖(a long cane)を使った歩行方法6)は、1960年代の中頃にわが国に伝えられました。杖を使って歩く方法についての記述はそれ以前にも国内外にありましたが7,8)、普及しませんでした。その後、1970年にAmerican Foundation for Overseas Blind(AFOB)の支援を得て、日本で初めての歩行訓練指導員講習会が日本ライトハウスで開催されました。1972年からは、厚生省の委託を受け、毎年、盲人歩行訓練指導員研修として開催されました。そして1990年には、国立身体障害者リハビリテーションセンター学院(現「国立障害者リハビリテーションセンター学院」)に視覚障害生活訓練専門職養成課程が開設され、この時から指導内容が「歩行訓練」のみではなく、コミュニケーション訓練、日常生活動作訓練など視覚障害者の社会適応訓練全般に変わりました。職名の呼び名も「視覚障害生活訓練専門職」(国リハ)や「視覚障害生活訓練指導員」(日本ライトハウス)となりました。

 ここでわが国の視覚障害リハビリテーションについて振り返ると、1948年に東京と塩原に光明寮が開設されて以来、三療師を職業ゴールとする職業リハビリテーションに終始してきました。1970年代に入り歩行訓練士が養成され、七沢ライトホームなど新たな施設が開設され、社会適応訓練が実施されるようになりましたが、職業訓練の前段階に位置づけられ、学習技能(例:点字)の習得および寮生活の自立を主な目的とした個別性の乏しい画一的なプログラムでした。それでも1970,80年代は施設を拠点とした歩行訓練の最盛期で、1977年には日本歩行訓練士協会も発足しました(1991年に解散)。1990年代になると、職業訓練を希望する入所者の減少が目立ち始め、2000年以降は大きく定員を下回った状況が続き、歩行訓練指導の件数も減ってきました。

 歩行訓練が行われる場所に関して考えると、施設での歩行訓練は施設生活には有用ですが、退所後は習得技術を生活環境に合わせて調整したり、地理道路情報を集めたり、経路を開拓したりといった作業を、見えない・見えにくい状態で、すべて自分でしなければなりません。それに比べ生活圏での訓練は、生活スタイルを変えることなく訓練を受けられ、実環境に特化した技能の習得により訓練の成果を直ちに生活に反映させることができるなど多くの利点があります。最近、地域で歩行訓練を提供する機関は増えており、全国で70ヶ所を越えると推定されます。ただしこれらの機関の多くは中途失明者緊急生活訓練事業あるいは独自の財源で運営する団体のため、財政的基盤が小規模かつ脆弱で、訓練頻度や訓練期間などに制約が生じ、当事者の状況や要望に応えられているとは言えないのが現状です。

 この40余年間に歩行訓練の内容も変化しました。そのいくつかを以下に記します。

1.杖操作法の主流が二点打法 (Two-Point Touch Technique) 9)から常時接地法(ConstantContact Technique)10)
2.聴覚的な手がかりより触覚的な手がかりを重視した歩行方法11)の定着

3.交通環境の変化(例:定周期制御から感応制御式信号へ)による指導内容の改変
4.訓練士主導から訓練生の主体性を尊重した訓練へ

 これまでに、点字ブロック、音響信号機、エスコートゾーン、ホームドア、など移動支援設備が普及しつつありますが、交通の慢性的な混雑、歩道上の自転車交通、高齢者などモビリティ障害者との衝突、交差点の信号制御の複雑化、駅プラットホームからの転落の危険、自動車の静音化など視覚障害者を悩ませる数多くの問題が解決されるにはまだまだ時間がかかるでしょう。そのため残念ながら、現状では都市部の不慣れな地域の外出にはガイドを使って行動するのが合理的で安全と言えるかもしれません。でも、日々の生活環境を考えると、徒歩圏内にもコンビニ、スーパー、友人宅、バス停など多くの目的地があります。路線バスで数駅足を延ばせば、さらに目的地は増えるでしょう。経路を決め、繰り返し歩き、道筋を熟知すると、ひとりで行ける身近な場所は意外と多くあるものです。社会生活を営む上で、自らの意志選択で自由に外出できるということは大切です。歩行訓練士は目的地まで安全に移動するための方法や経路選択について、専門的見地から助言します。

 季節は今、冬から春へと向かっています。外に出て、移りゆく季節を楽しむことができる時期です。歩行訓練士とともに散歩道を探してみてはいかがでしょうか。

【参考文献】
 1. 河相洌(1981)、ぼくは盲導犬チャンピイ,偕成社
 2. 葉上太郎(2009)、日本最初の盲導犬、文芸春秋
 3. 佐々木たづ(1964)、ロバータさあ歩きましょう、朝日新聞社
 4. Robson, H. (1976), Guide Dog Training in Japan- 1, New Beacon, 60,13-117
 5. Robson, H. (1976), Guide Dog Training in Japan- 2, New Beacon, 60,41-143
 6. Bledsoe, C.W. (2010), The Originators of Orientation and Mobility Training, Foundations of Orientation and Mobility edited by W.R. Wiener, et.al. AFB Press
 7. Levy, W. H. (1872), Blindness and the Blind, Chapman and Hall, London
 8. 木下和三郎(1939)、盲人歩行論、傷兵保護院
 9. Hill, E. & Ponder, P. (1976), Orientation and Mobility Techniques: A Guide for the Practitioner,American Foundation for the Blind, New York
 10. Fisk, S. (1986),Constant-Contact Technique with a Modified Tip: A New Alternative for Long-cane Mobility, Journal of Visual Impairment and  Blindness, 80, 999-1000
 11. 村上琢磨(2011)、私の歩行訓練史(特別講演)、第37回感覚代行シンポジウム講演論文集

 【略歴】
 1979年~2002年 視覚障害者更生訓練施設に勤務、その後在宅視覚障害者の訪問訓練事業に関わる
 1988年~    新潟市社会事業協会「信楽園病院」にて、視覚障害リハビリテーション外来担当。
 2002年~    フリーランスの歩行訓練士
 現在に至る

(参考) 清水美知子 ホームページ
 http://www.ne.jp/asahi/michiko/visionrehab/

【後記】
 最初に盲導犬を使った日本人はどなたですか?と盲導犬のことから話が始まりました。盲導犬のこと、歩行訓練のこと、歴史と共に多くの知識が語られました。多くは知らないことばかりでしたが、歴史の流れを学び、今の現状の一端を知ることが出来ました。特に戦勝国は軍隊が残り、負傷した兵士は国が治療しリハビリをしたが、敗戦国では傷痍軍人には治療はおろかリハビリもされなかったという下りに合点が行きました。
 最後に、6月21日(金)午後、新潟で行う視覚リハ大会プレカンファレンスで、「歩行訓練の将来」というテーマで、清水さん、山田幸男先生、松永秀夫さんの3人で討論するので、是非、聞きに来てほしいとのメッセージがありました。

『第22回視覚障害リハビリテーション発表大会』(2013 新潟)
 兼 新潟ロービジョン研究会2013
 http://andonoburo.net/on/1690 
【特別企画】
 「歩行訓練の将来」               6月21日(金)午後
   山田 幸男(司会:信楽園病院/NPO障害者自立支援センターオアシス)
   清水 美知子(歩行訓練士;埼玉県)
   松永 秀夫(新潟県視覚障害者福祉協会)

 いつも清水美知子さんの話は、魅力いっぱいです。今後の益々の発展を期待します。

 

【今後の済生会新潟第二病院眼科 勉強会 & 研究会】
 平成25年4月10日(水)16:30 ~ 18:00
   「私の目指す視覚リハビリテーションとは」
      吉野 由美子 (視覚障害リハビリテーション協会会長)

 平成25年5月8日(水)16:30~18:00
   「インクルーシブ教育システム構築と視覚障害教育
                                                                         ~盲学校に求められるもの~」

      小西 明 (新潟県立新潟盲学校:校長)

 平成25年6月12日(水)16:30~18:00
   「視覚障害グループセラピーの考察」
      小島 紀代子 (NPOオアシス)

 平成25年6月21(金)~23日(日)
  第22回視覚障害リハビリテーション研究発表大会
  (兼 新潟ロービジョン研究会2013)
  ホームページ:http://www.jarvi2013.net/  
  最新情報 http://andonoburo.net/on/1690
  参加申し込み:http://www.jarvi2013.net/sanka

 平成25年7月10日(水)16:30 ~ 18:00
  「 楽しい外出をサポートします! ~『同行援護』その効果とは!?~」
     奥村 京子 (新潟市社会福祉協議会)