報告 第213回(13‐11月)済生会新潟第二病院 眼科勉強会:「夢について」
2013年12月3日

報告 第213回(13‐11月)済生会新潟第二病院 眼科勉強会
 演題:「夢について」
 講師:櫻井 浩治 (精神科医、新潟市)
  日時:平成25年11月13日(水)16:30 ~ 18:00
  場所:済生会新潟第二病院 眼科外来  

【講演要旨】
 平安時代の終り頃に書かれた「源氏物語」には、夢が多く出てくる。勿論、作者紫式部の創作した夢なのであるが、当時、夢をどのように考えていたかを知る格好の材料にはなる。平安時代は、雷などの自然現象や原因の分からない病は、全て「物の怪(け)」のせいだとされていた。 

 源氏物語の夢も同様で、怨念や怒りをもって登場し、人に恐怖を与える夢は、全て生きている者の魂や死者の魂が「物の怪」となって現われている。一方、「神のお告げ」の夢や「獣の夢は懐妊の証(あか)し」という夢、不可思議な内容でその内容を解く専門家を必要とするような将来を知らせる「予知夢」もあって、「物の怪」とは別のもの、とされていたようである。例えば,主人公の光源氏が、腹違いの兄(当日の参考文に弟とあるのは間違い)である現帝と女性関係で問題を起こし、都を離れて須磨明石で過ごしていた嵐の夜、光源氏は亡き父の帝(みかど)が現われて都へ帰れることを暗示する夢を見るが、同じ夜に現帝は亡き父の帝に恐ろしい目で睨まれる夢を見る、という場面がある。これは「物の怪」と「予知夢」の両方を意味する夢であろう。 

 近代では、今からおおよそ100年ほど前に精神科医フロイトが、人は思い出したくない記憶を押し込んでいる「無意識」という部分がある、という仮説を立て、夢はこの「無意識」の中の記憶が姿を変えて現われるものだ、と考えた。しかしこれも夢についての観念的な説明にすぎず、科学的な根拠はない。 

 夢が科学的説明に一歩近づいたのは、「脳波」という脳細胞が活動する時に生じる電位を波の線に変えて記録する機器が発明されてからである。脳波による睡眠の研究によると、成人においては、睡眠は浅い眠りから約70分かかけて段々深くなり、次いで脳波は浅い眠りを示すと共に、眼球は激しく水平に動き、顎を支える下顎筋の緊張が全くなくなってしまっている睡眠が約20分続く。この後者を「レム睡眠」前者をそうでない睡眠、ということから「ノンレム睡眠」と呼ぶが、成人はこのノンレム睡眠とレム睡眠の合計約90分を一セットとして、これを一晩で四~五回繰り返しているのが睡眠の実態で、しかも夢はその80%をレム睡眠の時に見ていることが分かった。 

 そして、レム睡眠時の脳内神経活性物質が研究され、それらが内部から視覚中枢はじめ全ての感覚中枢を一斉に刺激し、記憶を想起させることで夢が形成されるのではないか、という説が生れた。動物にもレム睡眠期があるという。こうして、レム睡眠は動物や人にとって重要な役割を持つ脳活動の一つであり、「夢」もまた何らかの重要な意味を持つ現象だ、とも考えられるようになった。 

 こうして、レム睡眠は動物や人にとって重要な役割を持つ脳活動の一つであり、「夢」もまた何らかの重要な意味を持つ現象だ、とも考えられるようになった。朝の夢を覚えているのは、レム睡眠で目覚めるからである。だから夢は誰もが見ているはずだ。見た事が無い、と言う人もいるが、夢を見た直後に目覚めなければ覚えていないだろうし、見てもそのまま深い眠りに入れば忘れてしまうだろう。朝目覚めても、強烈な内容の夢でなければ思い出せないだろう。もともと夢は忘れ易いものだ。それだけのことで、本当は見ているのだと主張する人もいる。 

 しかし、もしも本当に夢を見てないない人がいたとしても、レム睡眠は誰にもあるのだから、レム睡眠時で必要とされる脳内作業はきちんとされているのであろう。夢は、昔のこころに残る想い出や、当日の印象深い出来事、あるいは気がかりなことなどが、姿を変えて現われたり、睡眠中の音や気温、寝具などの外部刺激や身体の動き、あるいは痛みや便意、尿意などの身体の内部刺激の影響を受けて見る、と言われている。 

 けれども、外部の同じ音が、同一人の夢では多様な場面でのいろいろの違った音の夢となっていた、という報告もあり、外部刺激や身体的刺激が夢を引き起こす原因にはなってはいても、夢の内容は勝手気ままな物語として現われてくる。夢の内容は、本人の経験したこと以外には現われないはずだという学者もいる。しかし目覚めている時と同様に、睡眠中でも脳自体で空想し創造することは可能なのではないだろうか。また夢で見たものを記憶し、その再現を別の夢で見ることもあり得るのではないか、などと私は自分の経験で思う。 

 「夢知らせ」という現象について、フロイトとほぼ同時代の精神科医ユングは、「ある特定の瞬間にある人のことを考えていたらその人から電話がかかってきた」というような偶然性を「共時性の作用」と呼び、この作用で「夢知らせ」を説明しようとし、フロイトは「心にかけていてのたまたまの偶然性」だと説明している。ユングはまた、夢は本人の行動を良い方に「補(おぎな)って」くれている、とも言う。が、これらの意見もいずれも科学的根拠はない。 

 源氏物語の作家紫式部は、上述した現帝の恐怖に対し、現帝の母親に「嵐の夜などには、常に心に思っていることが夢に出るものだ。気にすることはない」と言わせているし、自分の日記にも、後妻の病いは先妻が「鬼」なって後妻に憑いているのだと考えている夫の絵をみて、そのように受け取る夫の心が問題で、夫が先妻に済まない、と思っているからそのように考えるのだろう、という意味の和歌を残している。 

 夢はどのような内容であれ、個人的な、脳の内部刺激による生理的脳内反応の現象である。夢で驚いたり泣いたり喜んだりするのも、夢だった、とそれだけのことでしかない。ストレス学者は、思い出さなくとも夢でストレスを開放しているのだ、というかもしれない。 

 夢の現象を、どのように思い、どのように受け止めるかは、本人次第である。フロイトやユングや紫式部の説明を思い出して、夢を自分のために上手に利用して、夢とうまく付き合うことが賢い対応であろう。 

 結局は「夢」の内容がいかにして生まれるのかは、今も仮説の域を出ない。脳の「記憶」のメカニズムについての科学的な解明がなされない限りは不可能なのかもしれない。 

【略歴】
 1936年(昭和11)1月 新潟県地蔵堂町(現燕市)に生まれる。
 1964年(昭和39)新潟大学医学部卒業、慶応義塾大学医学部精神神経科学教室にて精神医学、心身医学を研鑽
 1969年(昭和44)10月、新潟大学医学部に勤務。
 1998年(平成10)日本心身医学会総会(新潟)会長。
 2001年(平成13)新潟大学医学部保健学科定年退職。
       同年 新潟医療福祉大学に勤務。
 2007年(平成19)河渡病院精神科デイケア棟勤務
    現在に至る 

【後記】
 夢の話、面白かったです。医学的見地からのみでなく、源氏物語などからも引用したお話でした。「夢の解釈は人次第。悪い夢を見た時は、夢でよかったと思えばいいし、いい夢を見た時は、現実でも叶うようにと思えばいい」という言葉に合点しました。
 参加者の感想もとても興味深いものでした。「つくづく夢は不思議だなぁと思いました。今夜は良い夢が見られそうな気がします」、「見えていたときの〈夢〉には、色も風景も人物もそのまま見えるのです。全盲となった今では、絶対にありえないことですものね。これこそが神様からの贈り物だと思っています」
 そう言えば、最近いい夢を見ていません。今晩はいい夢を見たいと思います。

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『済生会新潟第二病院 眼科勉強会』
 1996年(平成8年)6月から、毎月欠かさずに続けています。誰でも参加出来ます。話題は眼科のことに限らず、何でもありです。参加者は毎回約20から30名くらいです。患者さん、市民の方、医者、看護師、病院スタッフ、学生、その他興味のある方が参加しています。
 眼科の外来で行いますから、せいぜい5m四方の狭い部屋で、寺子屋的な雰囲気を持った勉強会です。ゲストの方に約一時間お話して頂き、その後30分の意見交換があります。
   日時:毎月第2水曜日16:30~18:00(原則として)
   場所:済生会新潟第二病院眼科外来 

*勉強会のこれまでの報告は、下記でご覧頂けます。
 1)ホームページ「すずらん」
  新潟市西蒲区の視覚に障がいのある人とボランティアで構成している音声パソコン教室ホームページ
  http://www11.ocn.ne.jp/~suzuran/saisei.html

 2)済生会新潟第二病院 ホームページ
  http://www.ngt.saiseikai.or.jp/02/ganka/index5.html

 3)安藤 伸朗 ホームページ
  http://andonoburo.net/ 

【次回以降の済生会新潟第二病院眼科 勉強会 & 研究会】
 平成25年12月11日(水)16:30~18:00
  「見えない・見えにくいという現実とのつきあい方」
     稲垣 吉彦 (有限会社アットイーズ;取締役社長) 

 平成26年01月8日(水)16:30~18:00
  「大震災でつかめない大多数の視覚障害者への強いこだわり- 一人の中途失明者に何もできず落ちこんで50年」
     加藤俊和(社福:日本盲人福祉委員会 災害支援担当) 

 平成26年02月12日(水)16:30~18:00
  「黄斑変性患者になって18年-治療の日々のこと、そして今見え難さと闘いながら」
     関 恒子 (松本市) 

 平成26年03月12(水)16:30 ~ 18:00
  「私はなぜ“健康ファイル”を勧めるのか」
     吉嶺 文俊( 新潟大学大学院 医歯学総合研究科総合地域医療学講座 特任准教授)  

 平成26年4月9日(水)16:30~18:00
  「視覚障害とゲームとQOLと…」
     前田 義信 (新潟大学工学部福祉人間工学科) 

 平成26年5月14日(水)16:30~18:00
   演題未定
     松田和子(ひかりの森;埼玉県越谷市)