報告 第160回(2009‐06月)済生会新潟第二病院 眼科勉強会 清水美知子
2009年6月10日

 演題:「杖に関する質問にお答えします」
 講師:清水 美知子(歩行訓練士;埼玉県)
   日時:平成21年6月10日(水) 16:30~18:00
   場所:済生会新潟第二病院 眼科外来  

【講演抄録】
 市販されている10数種類の杖(下記)を、参加者に手渡し、それらの特徴をお話しました。最近は、杖の種類が増えていて、ジオム社や日本点字図書館用具部のカタログには30種余りの杖が載っています。全体的に携帯しやすい杖と、大きな球面を持った石突が好まれているようです。 

<紹介した杖>
 ・色:白、黒、模様柄
 ・構造:一本杖、折りたたみ式、スライド式
 ・素材:アルミニウム、カーボンファイバー、グラスファイバー
 ・石突:ペンシル、マシュマロ、ティアドロップ、ローラー、パームチップ
 ・重量:110~280g
 「歩行訓練」がわが国に紹介されて40年余りが過ぎました。これまで「歩行訓練」の教科書がいくつか著されてきましたが(文献1-5)、それらに記されている杖の操作技術(「ロングケイン技術」、the long cane techniques)の基本は、ほとんど変わっていません。 

<ロングケイン技術の基本>
 床に立ったときの床面から脇の下(あるいはみぞおち)までの垂直距離に等しい長さの杖を、次の5項目のように振る。
 1.手首を身体の中央に保持
 2.手首を支点として左右に均等な幅に振る
 3.振り幅は身体のもっとも広い部分(肩幅あるいは腰幅)よりやや広く
 4.振りの高さは杖の先端の最も高いところで数センチ以下
 5.振る速度は、歩調に合わせ、杖が振りの右端(左端)に接地したとき、左足(右足)が接地するように振る 

 一方、こうした教科書の基本通りに杖を使う人は稀で(文献6,7)、大方の人は、杖が脇の下までの距離より長かったり(短かったり)、杖を持った手を体側に置いたり、(その結果、またはそれと関係なく)振りは左右均等でなかったり、など基本型とは異なる形で振っています。また、大きな球面を持つ石突あるいはローラー式のように動く石突の普及が、石突を常時接地したままで振る方法(a constant-contact technique、文献8)を容易にさせ、石突の接地時間が延長の傾向にあるようです。 

 その理由は、教科書通りに振っても物と身体の接触を100%避けられないというロングケイン技術の限界に加えて、教科書通りの基本型を維持するのは身体的につらい、保有視機能で段差や障害物が検知できる、杖は視覚障害があることを示す単なる印と考えている、歩行訓練を受けたことがない、球面の大きな石突の普及、杖使用者の高齢化などが考えられます。 

 こうした状況を考えると、杖の導入段階での指導内容として、基本型を指導する意義は認めるとしても、指導者も使用者も型にこだわり過ぎないように注意することが大切だと思います。身体と物の接触あるいは衝突、路面の凹凸によるつまずき、踏み外し、転倒の頻度などを目安に、杖の種類・長さ・振り方の妥当性について、実際の状況で検証していくことが重要です。

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文献
  1.日本ライトハウス職業・生活訓練センター適応行動訓練室(1976).視覚障害者のための歩行訓練カリキュラム(失明者歩行訓練指導員養成講習会資料)第2版、厚生省.
  2.Ponder,P. & Hill,E.W.(1976).Orientation and Mobility Techniques;A Guide for the Practitioner, AFB Press.
  3.芝田裕一(1990).視覚障害者の社会適応訓練、日本ライトハウス.
  4.Jacobson,W.H.(1993). The art and Science of Teaching Orientation and Mobility to Persons with Visual Impairments, AFB Press.
  5.LaGrow,S. & Weessies,M.(1994). Orientation and Mobility;Techniques for Independence, Dunmore Press.
  6.Bongers, R.M., Schellingerhout, R., Grinsven, R.V. & Smithsman, A.W.(2002). Variables in the touch technique that influence the safety of cane walkers, JVIB, 96(7).
  7.Ambrose-Zaken,G.(2005). Knowledge of and preferences for long cane components: a qualitative and quantitative study, JVIB, 99(10).
  8.Fisk,S.(1986). Constant-contact technique with a modified tip: A new alternative for long-cane mobility, JVIB, 80,999-1000. 

【略 歴】
 歩行訓練士として、
  1979年~2002年 視覚障害者更生訓練施設に勤務、
         その後在宅の視覚障害者の訪問訓練事業に関わっている。
  1988年~新潟市社会事業協会「信楽園病院」にて
          視覚障害リハビリテーション外来担当。

  2003年~「耳原老松診療所」視覚障害外来担当。
 http://www.ne.jp/asahi/michiko/visionrehab/profile.htm 

 

【後 記】
 30本にも及ぶ杖を持参しての講演会でした。杖にもいろいろな種類があることを改めて知りました。清水さんはいつも障がい者の視点と、歩行訓練士の視点で語ってくれます。現状でいいのか、もっとこうあるべきではないか、もっとこうして欲しい、、、、。 歩行訓練、奥が深いです。 

 以下、今回参加した医学部学生の感想を紹介し、編集後記の締めくくりととします。

●今日は、歩行訓練士の立場からのロービジョンへの取り組み、考え方を聞くことができ、今まで自分の知らなかった視点からロービジョンを捉えることができました。今までの実習では医療者側から患者さんに接してきましたが、疾患やその症状を評価するのに客観的なデータである視力や検査の結果に着目しがちでした。しかし、本当に重要なのは患者さんがどれくらい見えているのか、そしてその視力障害が生活に対してどの程度の影響を及ぼしているのか、であると再認識させられました。 

●生活への影響は、年齢や生活パターン、合併する疾患など患者さんの状態に応じて千差万別であり、それを把握するためには時間をかけて一人ひとりの視覚障がい者としっかり向き合い、接していかなければなりません。歩行訓練士の清水さんは、歩行という動作を通じて一人一人の生活を把握し、杖によりサポートしていらっしゃいました。 

●清水さんの話では、昔は種類が少なかったために限られた選択肢の中から杖を選んでいたのに対し、最近では杖の種類が増えてきたことでニーズに合わせた選択を行うことができるようになったとのことでした。また、歩行訓練についても昔は教科書通りの指導を行っていたが、最近では視覚障がい者の現状の歩き方を見た上で問題点を改善していくという方針に変わりつつあるそうで、より障がい者側の立場に立って指導されるようになっている。障がい者を取り巻く環境として、画一的な評価や指導を行っていた従来の状態から、一人一人の状況に合わせたサポートを行うように変化してきていることを知りました。 

●現在の問題点は、障がい者、サポート側のいずれもが知識不足のために、今の便利な環境を知らないままに不便な思いをしながら歩行や生活を続けていることである。これを改善するために、まずはロービジョンの会合などを通じて啓発活動をしていくこと、そして医療者、福祉士、介護士を始めとしたスタッフが協力、連携していく必要があることを学びました。 

 今後医療者として、治療行為を通しての患者さんのサポートはもちろんのこと、それに加えて今回の勉強会のような会合や新しい情報の提供という形でも視覚障がい者をサポートしていきたいと思います。