報告:「学問のすすめ」第1回講演会 済生会新潟第二病院眼科 
2010年2月17日

難題を抱えている医療の現場ですが、それを打破してくれるのは若い人たちのエネルギーです。若い人たちに、夢を持って仕事・学問をしてもらいたいと、(チョッと大袈裟ですが)講演会「学問のすすめ」を開催致しました。

第1回目の講演会の講師は、緑内障研究で名誉ある須田賞を受賞した(ミューラー細胞での内因性BDNF発現誘導を介した網膜神経節細胞保護)関正明先生。そして人工網膜のMark Humayun教授で有名な南カルフォルニア大学 Doheny Eye Instituteへの2年間の留学から帰国した松岡尚気先生です。長文ですが、少しでも参考になれば幸いです。

 

報告:「学問のすすめ」第1回講演会 済生会新潟第二病院眼科  
    日時:2010年2月6日(土)14時30分~17時30分
    場所:済生会新潟第二病院 10階会議室
 網膜・視神経疾患における神経保護治療のあり方は? 
     -神経栄養因子とグルタミン酸毒性に注目して-
   関 正明 (当時;新潟大学 現在;せき眼科医院) 

 留学のススメ -留学を決めたワケと向こうでしてきたこと-
  (人工網膜、上脈絡膜腔刺激電極による網膜再構築、
   次世代の硝子体手術器機開発、マイクロバブルを使用した超音波治療などについて)
   松岡 尚気 (新潟大学) 

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演題1:網膜・視神経疾患における神経保護治療のあり方は? 
     -神経栄養因子とグルタミン酸毒性に注目して-
    関 正明 (当時;新潟大学 現在;せき眼科医院)
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 「見る」ためには、網膜・視神経、さらには大脳視覚野の機能が必要です。糖尿病網膜症や緑内障などの疾患においては、障害を受けて死んでしまった網膜・視神経の神経細胞は再生することができません。つまり、これらの神経細胞死の進行は不可逆的な視機能障害をもたらすことになってしまうのです。神経細胞死の原因は、生存因子と細胞死誘導機構の均衡破綻にあります。その均衡破綻に介入し、神経細胞死を抑制するという戦略が、「神経保護治療」です。それには、生存因子の増加、細胞死誘導機構の阻害、という2つのアプローチがあります。本講演では、生存因子としての「神経栄養因子」、細胞死誘導物質としての「グルタミン酸」について、自らの基礎研究結果を踏まえながら概説いたしました。 

1. 神経栄養因子について
 神経栄養因子は一群の液性タンパクですが、そのうちの一つ脳由来神経栄養因子(brain-derived neurotrophic factor; 以下BDNF)は網膜神経細胞の生存因子として特に強い作用を示します。私たちの研究グループでは、糖尿病網膜症の病態へのBDNFの関与・さらには治療応用の可能性について、世界で初めて報告いたしました(Seki et al. Diabetes, 2004)。従来、糖尿病網膜症は毛細血管障害と捉えられてきました。しかし近年、糖尿病網膜症は神経変性疾患でもあるとの見方が根付いてきています。我々が1型糖尿病モデルラットの網膜を調べてみたところ、アマクリン細胞という網膜神経細胞が病早期より減少、それと同時に網膜のBDNF量が低下していました。そこで、糖尿病モデルラットの眼内にBDNFを注入したところ、アマクリン細胞の減少を防ぐことができました。つまり、BDNFにより、糖尿病網膜症に対する神経保護治療が実験的には成功したわけです。 

 しかしながら、糖尿病網膜症のような慢性疾患に対する、長期間・頻回の眼内注射には、合併症の危険性が伴います。かといって、全身投与では、高分子タンパク質であるBDNFは網膜には到達しないでしょう。そこで、我々の研究グループでは、ドラッグデリバリーに優れた低分子化合物を介して内在性BDNFを誘導する試みを行い、少しずつ成果を得ています(Seki et al. Neurochem Res, 2005)。 

2. グルタミン酸毒性について
 グルタミン酸は神経伝達物質のひとつで、生理的な神経活動を担う物質です。その作用は、神経細胞表面にあるグルタミン酸受容体を介してもたらされます。しかし、過剰にグルタミン酸受容体が活性化されると、神経細胞は死んでしまうのです。これが「グルタミン酸毒性」と言われる現象で、今から約50年前に奇しくも網膜を対象として見いだされました。網膜・視神経疾患においても、グルタミン酸毒性が関与している可能性が示唆されていますが、今のところ確定的な証拠はありません。基礎研究分野では、グルタミン酸毒性の阻害が、網膜・視神経の神経細胞死を抑制することは明らかで、疾患治療への応用が期待されています。グルタミン酸毒性を阻害するためには、グルタミン酸受容体そのものあるいは下流シグナル伝達分子・細胞死実行分子が標的分子となりえます。 

 グルタミン酸受容体そのものを阻害する代表的な薬剤がメマンチンです。メマンチンはその薬理学的特徴の恩恵を受け、安全性が高いと考えられています。すなわち、病的なグルタミン酸受容体の活性化は阻害するものの、生理的な神経活動は阻害しにくいのです。このメマンチンですが、米国において近年実施された緑内障に対する治験で、有効性を示すことができませんでした。その理由として、研究デザイン(評価項目・期間・用量)が適切でなかったのでは、と反省されています。 

 さらに本講演では、細胞死実行分子「カスペース」を標的としたグルタミン酸毒性の阻害について、お話をさせていただきました。カスペース分子のアミノ酸配列の一部であるIQACRGペプチド(アルファベットにてアミノ酸を表記)は、偽のカスペースとして挙動することで細胞死実行機構を阻害します。私たちのグループでは、眼内投与されたIQACRGが、グルタミン酸毒性によるラット網膜神経節細胞死を防ぐことを報告しました(Seki et al. Invest Ophthalmol Vis Sci. 2010)。この神経保護効果は、さらに機能的評価(電気生理学的解析) によっても確かめられました。 

 本講演では、網膜・視神経疾患における神経保護治療についてお話をしました。しかしながら、上述の治験不成功により、また基礎研究レベルに戻ってしまったのが現状です。臨床応用のためには、ドラッグデリバリーの改善と優れた治験デザインが課題と考えています。 

【略歴】
 1997年  3月 新潟大学医学部卒業
 1997年  4月 新潟大学および関連病院眼科にて研修
 1999年  4月 新潟大学医学部大学院 (新潟大学脳研究所)
 2003年  3月 同上修了
 2003年  4月 長岡赤十字病院眼科
 2004年10月 済生会新潟第二病院眼科
 2005年  9月 米国バーナム研究所 (研究員)
 2007年  4月 同上 (日本学術振興会 海外特別研究員)
 2008年10月 新潟大学医学部眼科
 2009年  4月 新潟こばり病院眼科
 2009年10月 新潟医療センター病院眼科 (病院の名称変更)

 

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演題2:「留学のススメ -留学を決めたワケと向こうでしてきたこと-
    (人工網膜、上脈絡膜腔刺激電極による網膜再構築、
    次世代の硝子体手術器機開発、マイクロバブルを使用した超音波治療などについて)」
    松岡 尚気 (新潟大学)
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 2007年4月、ずっと臨床ばかりで研究とはほど遠いところにいた私が留学することになった。留学先は、人工網膜研究の最先端を担う南カリフォルニア大学(USC) Doheny Eye Institute。ただし何のバックグラウンドもない私には、留学当初は任せてもらえる仕事もなく、給料もなし。まずは異なる生活環境に慣れるのに精一杯だった。それでもアメリカ西海岸の温暖な気候と自由な気風、そして多くの人々との出会いに恵まれることで、日を追うごとに毎日が充実して、気がつけば本当にかけがえのない2年間の留学生活を過ごすことができた。 

 USCの人工網膜プロジェクトは、網膜色素変性症に代表される網膜外層疾患の患者の網膜上に特殊な電極を含むシステムをインプラントすることでその外層の機能を代替し、失われた視機能を取り戻す試みである。すでに人眼での臨床トライアルが進行し、2002年2月から2004年6月の間にUSC施設で6名にArgusⅠと呼ばれる4×4の16電極からなる第一世代のシステムがインプラントされ、全員に少なくとも光覚が生じ、カップなどのモノの認識やモノの動き、大きな文字などが読めるまでに改善したという成果が得られた。2007年7月からはArgusⅡと呼ばれる6×10の60電極からなる第二世代のシステムが、米国、メキシコ、ヨーロッパの多施設でインプラントされるようになり、現在もそのトライアルは継続中である。

 さらに人工網膜プロジェクトから派生したリサーチとして、網膜に適切な電気刺激を与えると神経節細胞死の抑制や視細胞の賦活化が期待できるという結果から、上脈絡膜腔に刺激電極を置いて網膜の神経回路の保護、再構築までを行おうという取り組みも始められた。現在はまだ適切な刺激量や刺激部位、固定法などをtry & errorで試行錯誤しているところではあるが、視機能が残存している段階で施行できるようになれば、今後もう一歩進んだ視機能の回復改善を望むことができるようになるだろう。

 新しい治療法分野のリサーチとして、血管閉塞に対するMicrobubbles(MB)を用いた超音波療法があげられる。理論的には血管内に入れた1~10μmサイズのMBに超音波が当たることでその性状が変化・共振し、その閉塞部を貫通もしくは開口、滞っていた血液を再還流させるというもので、現在は臨床応用可能な超音波機器やMB種別、最適設定値などの選択中でもあるが、並行してヒトへの治験も行われつつある。その過程ではこれまで明らかでなかったウサギ網膜における各部位の絶対的血流速度を超音波によって測定することにも成功し1)2)、同部位では動脈の収縮期の速度は静脈のおよそ2倍であり、動静脈とも毛細血管側より視神経乳頭近傍で速くなり、さらに耳側では鼻側よりも約13.6%速くなることがわかった。

 新世代の硝子体手術機器の評価と次世代機の開発研究もリサーチの柱の一つで、ここでは特に、手術中にどの機器でどんな設定にしたら眼内にどれくらいの力がかかるのか3)、影響があるのか、今まで感覚でしか分からなかったことを豚眼や実験モデルを用いて数値化、分析した。新世代のあるシステムではcut-rateを800から2500回転/分まで上げてもその切除量は水の場合ではそれほど変わらないのに対し、硝子体の場合では回転数にほぼ比例して増加することが判明し、吸引圧を100mmHgずつあげるとほぼ定量的に切除量も増加、カッターを25G、23G、20Gとサイズアップすると同条件では切除量がおよそ2倍になるという結果も明らかになった4)。さらにA社とB社の機器を比較してみると切除量にかなりの違いが出るのだが、そのカギは最近のtopicであるDuty Cycleにあることも明らかになってきた。次世代機ではこの概念が重要な役割を担っていくと考えられ、より安全なHigh cut-rate machineとなるのはもちろん、alldisposableであったりwireless、linelessであったりと、機能に加えて利便性も大きく向上した機器になることは間違いのないところであろう。

 振り返ると、様々なリサーチに携わることでより広い視野から物事をみることができるようになった気がする。ただ留学生活の根幹はむしろ研究よりも、各国、各分野の人達との出会い、異国の文化に触れること、そして家族の絆の大切さにあるのかもしれない。一度きりの長い人生の中のほんの数年間、できることなら長い夏休みだと思ってぜひ多くの方々に留学生活を経験していただきたい。若い先生方には特に。留学のススメである。

<文献>
 1) Ultrasonic Doppler measurements of blood flow velocity of rabbit retinal vessels using a 45-MHz needle transducer(accepted in Graefe’s Archive for Clinical and Experimental Ophthalmology)
 2) Blood velocity measurement in the posterior segment of the rabbit eye using combined spectral Doppler and power Doppler ultrasound (accepted in Graefe’s Archive for Clinical and Experimental Ophthalmology: Co-Author)
 3) Vitreoretinal traction created by conventional cutters during vitrectomy(accepted in Ophthalmology: Co-Author)
 4) Performance Analysis of Millennium Vitreous Enhancer (MVE) System (under review in ACTA Ophthalmologica) 

【略歴】
 1999年 新潟大学医学部卒業
 1999年 新潟大学眼科入局
 2000年 海谷眼科医院
 2001年 長岡赤十字病院眼科
 2002年 聖隷浜松病院眼科
 2003年 新潟県厚生連 村上総合病院眼科
 2005年 新潟こばり病院眼科
 2006年 新潟大学眼科
 2007年 University of Southern California, Doheny Eye Institute留学
 2009年新潟県厚生連 村上総合病院眼科