報告 第167回(10‐01月) 済生会新潟第二病院 眼科勉強会 渡辺哲也
2010年1月13日

報告 第167回(10‐01月) 済生会新潟第二病院 眼科勉強会    渡辺哲也
    演題: 「視覚障害者と漢字」 
    講師: 渡辺 哲也(新潟大学 工学部 福祉人間工学科)  
  日時:平成22年1月13日(水)16:30~18:00 
  場所:済生会新潟第二病院 眼科外来 

【講演要旨】 
 視覚障害者による漢字の利用についてある学会で発表したところ、聴講者の一人から「視覚障害者に漢字を使わせる必要があるのですか」という質問を受けました。視覚障害者、特に全盲の方には点字があるのだから、それだけ使っていれば良いではないかという意見です。これに対するわたしの答えは次のとおりです。現在では視覚障害者がパソコンを使って文章を書いたり、電子メールをやりとりすることが一般的になっています。そのような場面で仮名ばかりの文章を書いたら、第一に、相手にとって読みづらいでしょう。見える人にとっては、漢字を中心とする文節をひとまとめで読む方が、仮名を1文字ずつ読むよりも理解しやすいのです。第二に、仮名ばかりの文章は幼稚な印象を与えるおそれがあります。だから、漢字を使って文章を書けた方がいいと思われます。 

 もっと重要な理由もあります。それは、漢字を核とする単語は日本語そのものであり、単語への理解を深めるには、単語を構成する個々の漢字の意味の理解が不可欠だということです。先天性の視覚障害児童の中には、「音楽」を「音学」と、「気勢」を「奇声」と思いこんでいるなど、同音異字への間違いがときどき見られます。このような場合、単語そのものの意味も間違って覚えてしまい、間違った使い方をしてしまうかもしれません(「奇声をそがれる」とするなど。正しくは「気勢をそがれる」)。 

 視覚障害者が漢字を取り扱う体系としては、漢点字、6点漢字、詳細読みがあります。

 漢点字は、大阪府立盲学校教諭だった川上泰一氏が、視覚障害者にも漢字の文化を伝えたいという思いで考案しました。漢字を構成する部首などの要素を点字1マスで表現し、この要素を1~3マス組み合わせて、一つの漢字を構成します。点字は通常6点ですが、漢点字は8点なので触って区別しやすくなっています。 

 6点漢字は、東京教育大学附属盲学校教諭だった長谷川貞夫氏が、点字入力で計算機に漢字を印刷させるために考案しました。こちらも点字3マスを用い、1マス目が前置符号、2マス目と3マス目が漢字の音読みと訓読みというのが基本的な構成です。覚えるのは大変ですが、3回のタイピングで済むので、仮名漢字変換をするより速く入力できます。 

 パソコンへの入力手段として多くの視覚障害者に日々利用されているのが漢字の詳細読みです。これは、漢字をその読みや熟語、構成要素などで説明することで、一つの漢字を特定する方法です。詳細読みはスクリーンリーダ製品ごとに異なっています。また、説明語によってその分かりやすさも変化します。 

 渡辺は、平成15年から18年にかけて、この詳細読みを子どもたちにも分かりやすくするための研究をおこないました。まず、既存の詳細読みを子どもたちに聞かせ、詳細読みが表していると思われる漢字を書かせる調査をおこないました。その結果から、詳細読みで使われる単語が子どもたちに馴染みがあるかないかで、漢字の正答率が変わることを突き止めました。この知見を応用して、教育基本語彙などの資料をもとに、子どもたちにも馴染み深い単語を使った詳細読みを作成、再び漢字書き取り調査をおこなったところ、既存の詳細読みより高い漢字正答率となりました。 

 最後に、知り合いの視覚障害者が実践している漢字の書き間違い防止策を三つ紹介します。一つ目は、語頭の文字が等しい同音異義語に警戒せよ、です。1文字目の詳細読みが予測通りでも2文字目が違っていることがあります。機会と機械、自信と自身などがよい例です。二つ目は、品詞を活用せよ、です。サ変動詞なら「何何する」と入力することで、名詞のみの単語を排除できます。三つ目は、辞書を活用せよ、です。仮名で辞書を引いて、意図した意味の見出し語をコピーしてくるのです。 

 このような手段を使って漢字の間違いを減らした方がよいわけですが、漢字の間違いをおそれて書く機会が減るのでは本末転倒です。視覚障害者がせっかく手に入れたパソコンという筆記用具をもっと活用して、社会へ発信をしていきましょう。 

◆参考Webサイト
 ○漢点字について
   日本漢点字協会:http://www.kantenji.jp/
 ○6点漢字について
   六点漢字の自叙伝:http://www5f.biglobe.ne.jp/~telspt/txt6ten.html
 ○漢字の間違いについて
   国立特別支援教育総合研究所共同研究報告書G-7「視覚障害児童・生徒向け仮名・アルファベットの説明表現の改良」(研究代表者:渡辺哲也): 
   http://www.nise.go.jp/kenshuka/josa/kankobutsu/pub_g/g-7.html 

 「気勢」を「奇声」とする間違いについては、pp.41-43、「盲学校における同音異義語練習問題の活用実践例」(渡辺寛子)より引用。
 漢字の書き間違い防止策については、p.45、「同音異義語を間違えないための工夫について」(南谷和範)より引用。 

 

【略 歴】
 平成3年 3月 北海道大学 工学部 電気工学科 卒業
 平成5年 3月 北海道大学 工学研究科 生体工学専攻 修了
 平成5年 4月 農林水産省 水産庁 水産工学研究所 研究員
 平成6年 5月 日本障害者雇用促進協会 障害者職業総合センター 研究員
 平成13年4月 国立特殊教育総合研究所 研究員
 平成21年4月 新潟大学 工学部 福祉人間工学科 准教授
 現在に至る 

 

【後 記】
 楽しい時間でした。漢字検定試験から始まり、漢字の起源の話(倉頡:そうけつ)、成り立ち(象形・指示・会意・形成・仮借)、そしてヒエルグリフ(古代エジプトの象形文字)まで飛び出してくる漢字にまつわる話は、興味深い話題満載でした。あまり面白くて、ここまでで講演時間の半分以上を費やしてしまいました。 
 今回の本題(と思われる)、視覚障害者における漢字を学ぶ意義、視覚障害者が漢字を取り扱う体系(漢点字、6点漢字、詳細読み)に話題が移ったのは残り20分くらいからでした。あっという間の50分でした。
 講演後の参加者の感想では、「漢字」を活用する脳と、「ひらがな」を活用する脳は同じ部位ではなく、両者を使用するということはハイブリットに脳を活用することになるという論評も飛び出し、いよいよ漢字への興味、視覚障害者と漢字への関心が深まりました。 

(参考)
 ・漢字の詳細読みに関する研究
 http://vips.eng.niigata-u.ac.jp/Onsei/Shosaiyomi/ShosaiJp.html 

 ・新潟大学工学部福祉人間工学科
 http://www.eng.niigata-u.ac.jp/~bio/study/study.html
 今回の渡辺哲也先生、そしてこれまで本勉強会で講演された林豊彦先生、前田義信先生などの他、多くのキラ星如きエンジニアが、「福祉」をテーマに新潟大学工学部福祉人間工学科で研究しています。
 「福祉」という文字の入った工学部は全国でも珍しいとのことです。「ものづくり」の専門家が福祉の分野で活躍できることは数多くあります。新潟大学工学部に福祉人間工学科があることを誇りに思います。