報告:「学問のすすめ」第5回講演会 済生会新潟第二病院眼科
2011年10月20日

「学問のすすめ」第5回講演会 済生会新潟第二病院眼科
 1)私と緑内障
    岩瀬 愛子 (たじみ岩瀬眼科)
 2)神経再生の最前線ー神経成長円錐の機能解明に向けてー
    栂野 哲哉 (新潟大学)

  日時:2011年10月29日(土)16時30分~19時30分
  会場:済生会新潟第二病院 10階会議室 

 リサーチマインドを持つ臨床医が育たなければ、医療の創造はありません。
 難題を抱えている医療の現場ですが、それを打破してくれるのは若い人たちのエネルギーです。若い人たちに夢を持って仕事・学問をしてもらいたいと、「学問のすすめ」講演会(主催:済生会新潟第二病院眼科)を、平成22年2月から開催しています。
 第5回講演会は、世界に誇る「多治見スタディ」を成し遂げた中心人物の一人である岩瀬愛子先生(たじみ岩瀬眼科)と、今井記念緑内障研究助成基金の平成22年度助成受賞の栂野哲哉先生(新潟大学眼科)に講師をお願いしました。
 

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私と緑内障
     岩瀬 愛子 (たじみ岩瀬眼科)
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【講演要旨】
 半生を語るという命題をもらい、どのようにして今までやってきたかを語るように依頼された。若い方の参考になるのか、まったくもって不明だけれども、自分を反省するよい機会としたい。

 昭和55年に岐阜大を卒業して眼科に入局した時、自分のテーマは「緑内障」と決めていた。当時の岐阜大は、早野三郎教授の下、黎明期の眼内レンズ関連の研究が主流であったのに「私は緑内障をやりたいのです」と研修医の分際で生意気にも早野教授に直訴したことがある。もちろん、眼内レンズ研究の動物実験のお手伝いもしていたが、願いかなって研修医としての私の最初の学会発表は、「閉塞隅角緑内障眼の生体計測」であり、早野教室としての最後の学会発表は、妊娠9カ月半で発表した「Mucopolysaccharidosisによる緑内障の病理」であった。後者は指導医舩橋正員先生のご指導で論文となった。

 直後に産休・育休に入り、勤務に復帰した時には、早野先生は学長になっておられ、後任の教授はなんと「緑内障」の北澤克明先生であった。テーマとして頂いたのは「ハンフリー視野計の日本第1号機」での仕事で、これは、同期の富田剛司先生(現東邦大眼科教授)が、最初に取り組み、器械の日本語化とデータベースの検証をしていたが、途中で留学されたことでその後の岐阜大のハンフリー視野計の仕事はすべて私にまわって来ることになったものであった。例えば、世界の収集サイトの一つとして「STATPAC用の正常眼データの収集~日本人正常眼データの同ソフトへの参加」、「SITAプログラム用の正常眼および緑内障眼データ収集」や「各種視野解析ソフトの開発・評価」などがあり、これらの関連研究で国際視野学会(IPS)にも参加させていただけるようになった。元々「緑内障」をテーマにしたい私であったので、IPSで多くの国内外の視野研究者及び緑内障研究者と接することができるようになったことは大変勉強になった。

 1990年、多治見市民病院眼科に赴任した。しかし、「自治体病院」での「研究」は周囲の理解がなかなか得られにくい状況であった。「自治体病院は大学のような研究機関ではない」、「学会出席のための休診は極力少なくして市民のために働けばよい」、「全科当直も当然であり、眼科24時間救急対応はDuty、研究をしている時間はあるのですか?」「男性医師でも言わないことを女医のくせに」などといわれ、そのたびに、さらに色々意見を言うと「眼科だけに特例は認められない。前例がないことを言わないでください」と返ってきた。これは当時よく病院職員から言われた台詞である。しかし、こだわりの「緑内障」を自分のライフワークとするべく、あきらめたくなかった私は、環境を整えるため市や市長、病院の職員に働きかけ、一方で臨床の成績をあげることで研究を続ける権利を確保しようと日々戦っていた。

 赴任から10年たった2000-2001年日本緑内障学会の疫学調査を多治見市で行うこととなり(多治見スタディ)、調査だけではなく同時に、多数の一般市民への眼科検診も実施することになり結果的に18000人の市民を検査した。この一大事業は、それまでの私の経歴と環境とをフルに生かして緑内障研究に貢献できる大きなチャンスとなった。そして、同時に、それまで、自己中心的に、臨床と研究とを確保しようと戦っていたつもりの私に、実は、赴任後10年の間に起こった、すべての人とのすべての事柄が、自分のためになっており、ひいてはこの事業を成功させ、そしてその後の研究につながっていることをわからせてくれた。「前例のないことを強引に言い出す女医」に根負けして親身になって一緒に考えてくれていた元病院職員は、人事異動で市役所のいろんな部署に配属されており、多治見市全体を巻き込む疫学調査という一大事業に、やはり親身になって各部署から協力をしてくれた。卒後ローテーションのない時代に直接眼科に入局した私は救急対応の知識は極めて少なかったが、「Dutyの全科当直」の時に電話で呼び出して来てもらった他科の医師から初めて学び、それが多治見スタディの巡回検診会場での救急対応に役にたった。「多治見スタディ」の実施期間には、岐阜大眼科の医師や、日本緑内障学会の多くの医師と団体戦で戦った。
   *「多治見スタディ」
  http://www.ryokunaisho.jp/general/ekigaku/tajimi.html

 その後、「久米島スタディ」にもつなぎ、今もなお、論文化で団体戦は続いている。これら、多くの人の、すべての知識、すべての知恵を総動員するような研究に参加できたことは、本当に幸せなことであった。北澤先生の指示で始まったことではあるが、神様がくれた仕事であったように思っている。「緑内障」をテーマに、「あきらめない」で仕事をしていてよかったと思う。 

 ところで、私の卒業した小学校に、亡き父がそこの校長をしていた頃に作った石碑がある。「立志」と刻まれている。父の座右の銘は「なさざる罪」であった。戦艦大和の沈没時に生き残った父にとっては別の意味もあったかもしれないとも思うが、私には「志を持ってそれを貫け、実現するように常に努力せよ、余裕があるようではいけない。余裕があるならもっとできる。責任のあるものは、最後まで努力をしなければならない。出来ることをしない場合には、それを、なさざる罪という。」という意味だと言っていた。そう教えられて育ってしまったので、本当は、「余裕」は大切なのではないかと今は思うけれども、いつも「余裕があるならもっとできる」と思ってしまう。 そして「志を持ってそれを貫く」「あきらめない」私の周りの人には、多大な迷惑をかけているような自覚も、最近やっと出てきたが、いまさら変われないかもしれない。

 「緑内障」になぜそんなにこだわるのか?私の母方の祖父は、昭和20年3月の東京大空襲の焼夷弾の下で緑内障の発作を起こしたと私に教えてくれた。「緑内障」は大好きな祖父の敵(かたき)なのである。

 私は今、公設民営化を機に、多治見市民病院を退職した。一開業医として、患者さんの日常に一番近いところにいる診療の中で、「緑内障」についての何か、大学などの研究機関では見つからない何かを、いつか発見できるのではないかと、わくわくしながら、小さなアンテナを張って診療している日々である。まだまだ、あきらめないつもりである。

【略歴】
 1980年 岐阜大学医学部医学科卒業
 1981年 岐阜大学医学部眼科助手
 1989年 岐阜大学学位取得(医学博士)・眼科専門医
 1990年 多治見市民病院眼科医長・岐阜大学非常勤講師
 1995年 多治見市民病院眼科診療部長
 1996年 International Perimetric Society(IPS:国際視野学会) Board Member
 2002年 日本緑内障学会評議員・IPS:Vice President (2002-2006)
 2005年 多治見市民病院副院長・日本眼科学会評議員
 2008年 金沢大学非常勤講師(眼科)
 2009年 たじみ岩瀬眼科院長・東海大学客員教授(眼科) 現在に至る

【賞罰】
 2003年 日本緑内障学会特別賞 (多治見スタディへの貢献に対して)
 2004年 AIGS Award (on behalf of Japanese Glaucoma Society)
 2006年 社団法人日本眼科医会表彰 会長賞
 2007年 第2回World Glaucoma Congress Poster入賞 

【主な論文】
1)The prevalence of primary open-angle glaucoma in Japanese: the Tajimi Study.
 Iwase A, Suzuki Y, Araie M, Yamamoto T, Abe H, Shirato S, Kuwayama Y, Mishima HK,Shimizu H,Tomita G, Inoue Y, Kitazawa Y; Tajimi Study Group, Japan Glaucoma Society.
 Ophthalmology. 2004 Sep;111(9):1641-8.
2)The Tajimi Study report 2: prevalence of primary angle closure and secondary glaucoma in a Japanese population.
 Yamamoto T, Iwase A, Araie M, Suzuki Y, Abe H, Shirato S, Kuwayama Y, Mishima HK,Shimizu H,Tomita G, Inoue Y, Kitazawa Y; Tajimi Study Group, Japan Glaucoma Society.
 Ophthalmology. 2005 Oct;112(10):1661-9.
3)Prevalence and causes of low vision and blindness in a Japanese adult population: the Tajimi Study.
 Iwase A, Araie M, Tomidokoro A, Yamamoto T, Shimizu H, Kitazawa Y; Tajimi Study Group.
 Ophthalmology. 2006 Aug;113(8):1354-62.
4)Risk factors for open-angle glaucoma in a Japanese population: the Tajimi Study.
 Suzuki Y, Iwase A, Araie M, Yamamoto T, Abe H, Shirato S, Kuwayama Y, Mishima HK,  Shimizu H,Tomita G, Inoue Y, Kitazawa Y; Tajimi Study Group.
 Ophthalmology. 2006 Sep;113(9):1613-7. Epub 2006 Jul 7.
5)Performance of frequency-doubling technology perimetry in a population-based prevalence survey of glaucoma: the Tajimi study.
 Iwase A, Tomidokoro A, Araie M, Shirato S, Shimizu H, Kitazawa Y; Tajimi Study Group.
 Ophthalmology. 2007 Jan;114(1):27-32. Epub 2006 Oct 27.

 

 

 

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神経再生の最前線ー神経成長円錐の機能解明に向けてー
    栂野 哲哉 (新潟大学医歯学総合研究科視覚病態学分野)
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【講演要旨】
 大学院に在籍していた4年間、私は新潟大学の分子細胞機能学教室(注1)の五十嵐道弘教授のもとで神経再生に重要な成長円錐に関連する研究を行った。
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(注1)新潟大学医学部分子細胞機能学分野〈医学部生化学第二〉教室
  http://www.med.niigata-u.ac.jp/bc2/study/index.html
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 再生医学とは、胎児期にしか形成されない人体の組織が欠損した場合に、その機能を回復させる医学分野である。細胞レベル、組織レベル、器官レベルでの再生が必要となるケースが存在するが、後者になるほどその実現は困難となる。これまでの多大な研究成果により、いくつかの分野では臨床応用も始まっている。しかし、網膜や視神経を含む神経組織においては細胞体の脆弱性や分裂能の欠如、成人組織内では神経幹細胞がほとんど見られないなど幾多の困難がある。ES細胞やiPS細胞などの幹細胞技術の進展がこれらを打開しようとしている一方、神経細胞が機能を発揮するために最も重要な点である神経回路の再生という課題が残されている。

 緑内障を含む軸策索損傷による神経細胞が再生を果たし機能を再獲得するためのステップは次のとおりである。①細胞死シグナルの抑制、②軸索伸長のための細胞内の状態の切り替え、③グリア瘢痕の抑制、④標的ニューロンへの軸索誘導、⑤シナプスの形成。いずれのステップも重要であり日々研究努力が注がれているが、私の所属した研究室では主に④標的ニューロンへの軸索誘導、についてのメカニズムを分子細胞生物学的なアプローチでの解明することに力を注いでいる。 

 軸索誘導とは神経細胞が一本の軸索を伸長させ、標的のニューロンや組織に正しく導くための機構のことである。伸長している軸索の形態学的な特徴として先端に存在する成長円錐(注2)があり、この器官が外部の様々なシグナルを細胞内の骨格変化へと転換し、伸長方向を定めている。
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(注2)成長円錐
 成長円錐は、神経が伸びていく先端に存在する、運動性に富んだ構造体で、神経と神経(時には神経と筋肉)のつながりを作る(学術用語では「神経回路形成」「シナプス形成」)のに必須の役割を果たします。すなわち、標的となる神経(あるいは筋肉)の所まで、間違わずに成長円錐が伸びていって、正しい場所に到達したらそこで停止して、「シナプス」という神経同士の連絡する構造体を作る、ということです。この原理は、脳の形成や働きに絶対不可欠なものです。
 (分子細胞機能学教室(注1)のHPから)
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 この成長円錐による、軸索誘導の分子学的メカニズムが明らかとされた研究の一つに、ニワトリの網膜を使った実験がある。鳥類の網膜は視蓋と呼ばれる領域に正確な地理的投射を行っているが、これを実現するためにephrin-Eph 系と呼ばれる細胞表面にある認識機構が存在する。Ephはephrinと接触すると細胞内の骨格に変化を与え、伸長方向を反転させる(反発シグナル)。網膜神経節細胞においては鼻側に比べ、耳側でEphファミリーの一つEph A3がより多く発現しているが、視蓋においてはephrin A2が後方→前方の傾斜を持って発現している。その結果鼻側の神経軸索は視蓋後方に、耳側の神経軸索は前方に、といった地理的投射が可能となる。神経系の発生では、このようなシステムが決まった時期、場所に発現することにより正確な回路が形成される。 

 成長円錐には多彩な機能が存在するにもかかわらず、それを説明するに十分な分子学的基盤はほとんど知られていなかった。そこで我々の研究室ではまず、成長円錐に存在する蛋白質を網羅的に同定すること(プロテオーム解析:注3)を試みた。
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(注3)プロテオーム解析 プロテオミクス(proteomics)
 プロテオミクス(proteomics)は、ある系に存在するタンパク質を網羅的に(数百種類から2,000種類以上まで)同定する手法で、どのタンパク質がどの程度の量、存在するか、といった情報までわかります。新潟大学医学部分子細胞機能教室は成長円錐についてプロテオミクスを適用し、一挙に1,000種類近くの分子情報を把握しました。これは成長円錐に関して、世界で初めての研究で、さらにこれを推し進め、少なくともその内の一割以上が、成長円錐に強く濃縮されて局在し、また18種類のタンパク質がその中で、成長円錐の機能を支える分子であることを証明しました(PNAS 106: 17211-6[‘09])。
 (分子細胞機能学教室(注1)のHPから)
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 新生ラットの全脳を試料にステップワイズの遠心分画法を用いて成長円錐分画を取得、さらにこれを界面活性剤処理することにより細胞膜分画を得た。一般的なプロテオーム解析では2次元電気泳動により多くのタンパク質をゲル上に展開するが、不溶性蛋白質や、微量のタンパク質の同定に弱いという問題があった。そこでプロテオーム解析の先導的研究室である都立大学(現:首都大学東京)の磯部俊明先生らとの共同研究により2次元クロマトグラフィーを応用したプロテオーム解析をおこなった。これにより短時間の解析にもかかわらず945個の蛋白質を同定することができた。さらにその存在を確認するために、マウスの大脳皮質培養細胞を用いてこれらの蛋白質のうち、抗体が使用可能であった131種類のものについて免疫染色を行った。その結果全ての蛋白質で成長円錐への存在が確認され、本プロテオーム解析法の有用性が実証されたといえる。

 次にこれらの蛋白質の中から、成長円錐の機能に深くかかわっているものを同定することを試みた。まず、免疫染色における染色の度合いを数値化し、軸索と成長円錐での染色比を算出した。以前より成長円錐への局在があることが知られているGAP43の染色比を基準に、これと同等あるいはそれ以上の染色比がみられた68種類の蛋白質を選出し、機能の確認実験を行った。

 機能の詳細が未解明な蛋白質について検討する際、目的蛋白質を選択的に発現させないように遺伝子改変させたノックアウト動物が用いられてきた。しかし、細胞レベルでの実験が目的である場合にはコスト、労力、時間いずれも過大である点が問題であった。そこで近年そのメカニズムが明らかにされ、研究にも応用されているRNA干渉(RNAi)による遺伝子ノックダウン法を用い、培養マウス大脳皮質細胞におけるこれら候補蛋白質の神経軸索伸長への関与について検討した。その結果17種類のタンパク質においてRNAiの導入により、軸索伸長が有意に抑制されることが確認され、これらが成長円錐の機能に大きくかかわっていることが示唆された。今後はこれら候補蛋白の分子間相互作用や局在変化などの成長円錐内での詳細な機能についての発展が期待される。

 4年間の研究生活で私の得たものは数多くあるが、2つあげるとするならば医学論文のより実践的な読み方を習得できたこと、論理的思考に基づいた研究計画の立て方を学べたことである。是非これらを今後も研究生活に役立てたいと感じている所存である。

【略歴】
 1999年 新潟大学医学部卒業
  同年 新潟大学医学部眼科入局
 2000年 長野厚生連小諸厚生総合病院
 2005年 新潟大学大学院卒業
 2006年 新潟県立新発田病院医長
 2008年 新潟大学医歯学総合病院勤務
    現在に至る
【賞罰】
 今井記念緑内障研究助成基金 平成22年度助成受賞 

【おもな論文】
1)Role of Ser50 phosphorylation in SCG10 regulation of microtubule depolymerization.
 Togano T, Kurachi M, Watanabe M, Grenningloh G, Igarashi M:
 J Neurosci Res. 2005 May 80(4): 475-480.
 http://www.med.niigata-u.ac.jp/bc2/member_list/togano.pdf
2)Identification of functional marker proteins in the mammalian growth cone.
 Nozumi M, Togano T, Takahashi-Niki K, Lu J, Honda A, Taoka M, Shinkawa T, Koga H,Takeuchi K, Isobe T, Igarashi M:
 Proc Natl Acad Sci U S A. 2009 Oct 106(40): 17211-17216
3)Progression rate of total, and upper and lower visual field defects in open-angle glaucoma patients.
 Takeo Fukuchi, Takaiko Yoshino, Hideko Sawada, Masaaki Seki, Tetsuya Togano,Takayuki Tanaka, Jun Ueda, Haruki Abe,
 Clinical Ophthalmology, Vol.4, 1315 – 1323(2010)