特別講演 2
「ロービジョンケアを考える」
山田信也(生活支援員、歩行訓練士;国立函館視力障害センター)
【講演要旨】
《はじめに》
新潟は思い出のある所です。かつて第一回盲聾疑似体験セミナーを当時、国立特殊教育研究所におられた中野泰志先生(現、慶応大学)方が企画され、高橋広先生(現、柳川リハ)、安藤伸朗先生(現、済生会新潟第二病院)らが参加され、高橋先生はそこでロービジョンケア、特に盲聾の方々のケアに目覚められたことを思い出します。
1)「みる」ということ
私たちがものを「みる」ということはどういうことなのでしょうか? ヒトが、花を見てから「それは花です」と答えるまで、以下のプロセスがあります。
眼で、つまり網膜の視細胞で感じた刺激を、視神経、視交叉を介して脳の視覚中枢にて認識され、それを脳の運動野に伝えて声帯を動かして「それは花です」と言葉を発することになります。つまり、見るという当たり前のような行為の中に、様々なレベルで、障害がないということが前提になります。
私たちが、「みる」と一言で言っても、様々な見方がありますし、当然見るレベルの差というものも考える必要があります。生理的な機能を十分に活用してみるのが、「見る」です。細かく見ていくのが「視る」というようにです。ロービジョン者自体がものを「みる」と言った場合、生理的な機能として見ることは能わないとしても、例えば分析したり、統合したり、認知したりといった点では、「みる」工夫をすることが大切であると思います。
2)ロービジョンサービスとロービジョンケア
「ロービジョンサービス」と「ロービジョンケア」について、私見を述べたいと思います。言葉の意味の整理をしておきたいと思います(このことは今後、議論されていく課題だと思いますが)。
「ロービジョンサービス」とは、保有している視機能を活用し、QOL(生活の質)の向上を目指す、どちらかと言えば、技術的にある一定のレベルのサービスを行うことだと考えます。従って、どの地方に行っても、ロービジョンサービスの質は一定であることを前提にしています。
一方、「ロービジョンケア」とは、保有している視機能を最大限に活用し、その人の本心を大切にし、QOL(生活の質)の向上を目指すサービスであると言えます。そこには、ケアの側に重心があると思うのです。技術的な支援はもちろんですが、本人のその人らしさに着目して、問題解決をしていくと言うことが、大切になると思うのです。
3)ロービジョンケアの基本姿勢
ロービジョンケアを行う際の「基本姿勢」として、何が大切なのでしょうか。以下の点を心構えとして持つことが大事であると考えます。
視覚障害はひとつの条件であって、総てではありません。ロービジョンケアを行ううえでは、その人らしさを大切にすることが大事なのです。つまり、目の前に現れたロービジョン児・者の生活者としての顔は様々です。だからこそ、その人の思いに寄り添い支援する。そして、目標が達せられた時の「人としての輝き」を共有する。ネガティブシンキング、ポジティブシンキングでもなく、背景を理解し、その人の想いを大切に受けとめ、同伴する。自己選択、自己決定を大切にすることが肝要です。
4)障害を受けたときの本心
「このままいったらどうなるんだろう・・・」、「仕事は大丈夫だろうか?・・・」。不安が不安を助長し、現実に取り組まず逡巡、諦めそうになったり、失望したり、落胆したりします。「自分の置かれている現状を見るのはちょっと・・・」、「あるがままに見たい、でも・・・」、「足りないものを認めたくない・・・」などなど。
5)アクションプログラムーNOをYESにするアイテムー
過去は過去、現在は現在です。できれば、NOと言われる現実をYESに転換したいわけです。
そのためには、「アクションプログラム」を考える。その時の要点は今までの経験則から言えば以下の四点に集約されると考えています。
ⅰ)協力者はいるのか?
ⅱ)原則はあるのか?
ⅲ)具体的な行動指針はあるのか?
ⅳ)行動期間を決めているか?
6)自分の眼を諦めないー保有視覚活用を意識
主体的に対処する(主人公になる)ためには何が必要か?まず、「自分の眼」を諦めてはいけない。「これだけしか見えない」と思うよりも「こんなにも見えているのか」ということに気づく。再び「見る」ことの楽しさを感じる。小さな一歩を大切にする。諦めないことで工夫が生まれるのです。
自分の眼を諦めない上で大切なのが、保有視覚活用を意識することで、ロービジョンケアを進めていく上で大事な点です。
「視力」とは何か?「視野」とは何だろう?視野の意味を本当に知っているのだろうか?生活視力や視野を考えたことがあるのか?コントラストのつけかたも・・・・。
つまり、見えないことを気にするよりも、どのように見えているのかを知ることが大切で、見えにくさをどのように人に伝えているか?具体的に表現できるか?ができると、様々な工夫を生み出す余地が出てきます。
《おわりに》
『QOL(Quality of Life)』という言葉があります。「生命の質」と考えるのが、医学。「生活の質」と考えるのは、ロービジョンケア。「人生の質」と考えるのが、包括的リハビリテーションとしてのロービジョンケアであると思います。 医療のみでは、視覚障害者の悩みは問題解決はできません。包括的なリハビリテーションとしてのロービジョンケアを大切に育んでいく、そのためには多くの職種がその人らしさを大切に専門知識をもってサービスすることが大事です。NOをYESに転換するには、意識化が重要です。そして具体的なアクションプログラムを作成することが、ケアの根幹だと感じています。
【山田信也氏:略 歴】
1961年10月31日 京都市生まれ
(学歴)
1987年 3月 日本社会事業大学社会福祉学部社会事業学科Ⅲ類卒業
1996年 3月 九州芸術工科大学芸術工学研究科生活環境専攻中退
(職歴)
1987年 4月 国立福岡視力障害センター採用
1999年 4月 国立函館視力障害センター配置転換
福岡市地下鉄デザイン検討委員会委員(~2006年)
2000年 4月 弘前大学医学部講師(~2005年 ロービジョン外来)
日本ロービジョン学会理事就任
2002年 4月 福岡大学医学部公衆衛生学講座講師(実習担当)
2004年 4月 東北大学医学部講師(~2006年 ロービジョン外来)
【後記】
6年前(2001年7月27日)、弘前大学に山田信也先生のロービジョン外来を見学に行ったことがあります。衝撃でした。机は丸机。同伴者も一緒に座る。一人に30分から60分掛けて一生懸命、患者さんの悩みを聞き出す。一緒に悩み、考える。解決出来ないことは次回までの宿題にする。遮光眼鏡の処方では、一緒にTVを観る。一緒に外を見る。一緒に廊下を歩く。。。。患者さんに「今日来て良かった」と思えることを、ひとつは感じてもらえるよう努力する。それまでの自分の外来が恥ずかしくなりました。
そんな山田信也先生を一度、当院にお招きしたいと思っていました。この度初めて実現しました。講演は期待以上のものでした。単にロービジョンケアの技術論ではなく、心のケアなどというものでもなく、、、如何に患者さんに寄り添うかということの大切さを教わりました。医者になった時に意識していたことを、改めて教わりました。
『山田信也先生の言葉から』(ネットで検索)
【医の原点】
障害を持った人が病院にたどり着くまでに,どんな思いをするか。ひとりで来られる人もいますが,誰かにお願いしなければいけないこともある。そうした人を前にして「わあ,どうしよう?」ではなく,「いろんな思いをして来ているんだろうな」と,全部受け止めて癒していく。それが医の原点みたいな部分だと感じます。
【コミュニケーションスキル】
短い診療時間の中でも,本音を引き出す言葉というのがあります。そういうものをつかめたら,医療を志す人にとって大きなプラスになるし,患者さんも幸せです。
【ロービジョンケアの可能性】
黄斑変性や視神経萎縮の方で,中心暗点があっても周辺の視野が残っているような場合,本を読んだり,細かいものを見るのは苦手です。でも日常生活の中での歩行移動や作業はほとんど可能です。ところが,本人が「きちんと見てみよう」と思った時には中心に暗点がきて,そこだけ視野からスポンと抜けてしまい戸惑うわけです。そうした場合,訓練をすれば少し暗点をずらすような目の使い方ができるようになり,さほど不自由なくものを見ることができるようになってきます。
光の明暗もわからないという方は,視覚的な情報よりも音の情報を使って,「交差点では自分と同じ方向の車の音がしたら横断しましょう」とか,「自分の進む側の音響信号が鳴ったと同時に出ましょう」という訓練をします。触覚を使ってものを判断したり,伝い歩きが可能なことを知ってもらい,杖を使って前の不安を取り除いて歩く訓練もします。
タイプに応じた多様な訓練が可能です。仕事をしたいという人のために,技術訓練も可能です。コンピュータの画面を少し大きくすれば見えることがあり,拡大することで対応できます。それでも作業効率が落ちるということであれば音声を利用する方法もあります。パソコンの基本的な操作ができさえすれば,仕事を続けることも可能です。
*「自分でできるロービジョンケアWORKBOOK」
自分の見え方や目の使い方を知ることで、ロービジョンの人の生活はもっと豊かになる! 自分でも簡単にできる眼球運動訓練の方法や、見やすい文房具、拡大鏡・単眼鏡、拡大 読書器の活用法なども解説。
著者・発行元:山田信也(国立函館視力障害センター)
大活字文庫 定価2940円