報告:第102回(2004‐9月)済生会新潟第二病院眼科勉強会 清水美知子
2004年9月8日

 演題:「視覚障害者の歩行を分析する」  
 講師: 清水美知子(歩行訓練士)
  日時: 平成16年9月8日(水) 16:30~18:00
  場所: 済生会新潟第二病院 眼科外来 

 今回で当眼科勉強会に3回目の登場となった清水美知子先生の話には、外来が溢れる多くの皆さんが集まりました。過去2回の話(障害者自身の障害と向き合うことの意義や、障害者の家族と障害者の関係)とは些か趣が変わり、今回はプロの歩行訓練士としての『歩行』についての本格的な講演でした。やや難解な部分もありましたが、改めて皆で「歩く」ということのプロセスを考えた貴重な時間でした。以下は、清水先生に校閲して頂いた講演要旨です。

1)歩行とは
 歩行とは、自分の‘力’で、身体と一体化した自分を、環境の中のある地点へ動かすこと.そのためにはまず‘力’が必要.また、ある地点が認識できなければならないし、そこまでの方向(道順)が判らなければならない.わたしたちはこれらを、日々とくに意識することなく行って生活を送っている.しかし、視覚機能が低下すると、とたんに歩行の不自由さを実感する. 

2)移動するということ
 mobility(モビリティ;移動)とmovement(ムーブメント;運動)の違いは?ムーブメント(運動)は、例えばエアロビクスなどで脚を挙げる、腕を回すなどということ、必ずしも場所の移動は含まれない.それに対してモビリティ(移動)は、場所を移動することである.移動(モビリティ)は、以下の3つの基本成分から成る.1)境界線(壁、側溝等)に沿って移動する. 2)点に向かって直進する(横断歩道など).3)障害物を回避して元の進路を維持する. 

3)オリエンテーション
 ある地点に到達するには、モビリティに加えて、オリエンテーション、ナビゲーション、そして到達点を同定することが必要である.オリエンテーションとは、周囲の環境から手がかりを取り入れ、組み立て、自分の居場所を認知すること.これには過去の経験も大きく関与する.オリエンテーションには4つのタイプがある.1)いま居る場所を知る(答えの例:○○町○○番地、自宅の居間) 2)○○を出発して、△△に向かって移動中.または○○と△△間のどこか.(例:会社を出て,家に向かっている.居間からトイレへ行く途中) 3)自分は停止している、周囲(人、車など)が動いている(例:人の流れの中に立っている).4)自分も周囲も動いている(例:人の流れの中を歩く). 

4)ナビゲーション
 ナビゲーションには、○○へ行くという意志と、○○がどこにあるのか,どの方向にあるのか知っていなければならない.‘土地勘’がない場合は、教わったあるいは調べた道順(例:2つ目の交差点を右に曲がり、3軒目の建物です)を辿る(ルートトラベル)、またはランドマーク(例:東京タワー)を目指すという方法がある. 

5)同定
 やっと目的の場所に着いてもそこが目的のところと気が附かない場合もある.特に目の不自由な場合はそうである.辿り着いた場所が確かに目的の場所であることを知ること(同定)は重要である. 

6)改めて歩行訓練とは
 歩行訓練と云うと、白杖の使い方の訓練とイメージされがちだが、歩行という中には、実はこれだけの内容が含まれている.一人歩きには、歩こうとする地域のイメージを如何に育むかが重要である. 

7)今後の歩行訓練を見据えて
 歩行訓練プログラムが米国から紹介されて40年近く経過した.しかしまだまだ、そのプログラム自体、完璧なものではない.歩行訓練士と訓練をする場合、疑問なことは何でも話したほうがいい.例えば、適切な白杖の長さについての、定説はない.視覚障害のある方は、歩行に関して自分の五感を研ぎ澄まして、歩行の能力を高めることが重要である.今後は視覚障害者の自由な移動、楽しい移動,権利としての移動を目指して欲しい.
 

【清水美知子さん略歴】
 1976年~歩行訓練士
 1979年~23年間視覚障害者更生施設施設長
 1988年~信楽園病院(新潟)視覚障害リハビリ外来担当 
 2004年2月~Tokyo Lighthouse 理事  

【後 記】
 講演の後の話し合いで、視覚障害を持っている多くの方から自分の歩行に関しての反省や体験談を聞くことが出来ました。そして多くの方の歩行に関する工夫も聞くことが出来ました。同時に参加者の方々から歩行訓練の難しさ、楽しさを知ることが出来たという感想が話されました。 

 「点字ブロック」は視覚障害者には便利だけれど、車椅子には邪魔になるという話題が出た時、最近改装された新潟の萬代橋の歩道に、点字ブロックが敷かれていないことが話題になりました。視覚障害者の団体から新潟市に申し入れがあったとき、新潟市の答えは「視覚障害者の人が一人で萬代橋を歩くことはない。ヘルパーと歩くはずだ」という返答だったと言うことです。この問題には大事な点が2つ含まれています。一つには、行政は視覚障害者が一人での歩行を望んでいることを理解していないということです。視覚障害者自身が行政に対してアピールすることが必要でしょう。もう一つには、点字ブロックの有無が本質ではなく、視覚障害者の歩行をサポートするものの必要性が重要だと言う点です。「点字ブロック」が敷設されることが大事なのでなく、視覚障害者が萬代橋を歩行できる補助手段があればいいはずです。「視覚障害者の歩行」イコール「点字ブロック」という固定観念が問題という清水先生の発言に、ハッとしました。 

 今回も参加された方々から、様々な感想を頂きました。一部を紹介します。
 「、、、勝手ながら、困った時、つらい時清水先生が、後ろから応援してくださっているような気になれるんです。清水先生との回を重ねた勉強会のお陰で、歩行の意義、楽しさを教えていただいたような気がいたします」
 「、、、整備されていない環境だから、それが全て歩行を邪魔しているのかと言えばそうでは、ありません。その中から各々が、工夫と言う物が、知らず知らずのうちに身に付くのでは、ないのでしょうか?、、そのためには当事者が、より多く外出して体で憶えなければならないことは、あると思います。完全でないからこそ人間としての触れ合いも生まれるのではと、思います」 

 『歩行』ということ、視覚障害を持った人の歩行の困難さ、そうした方々の歩行を援助することの意義について、多いに考えさせられた1時間半でした。