報告『シンポジウムー病とともに生きる』 その3(小川弓子)
平成28年7月17日(於~有壬記念館;新潟大学医学部学士会)で開催したシンポジウムの報告。小川弓子先生(福岡市立西部療育センターセンター長)の講演要約をお送りします。小川先生のご長男は未熟児網膜症のため重篤な視力障害がありますが、大学を卒業し現在は起業して立派に活躍しています。障害と共にチャレンジして生きる息子さんを、母として医師として語ります。
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シンポジウム「病とともに生きる」
演題:「母として・医師として~視覚障害の息子とともに~」
講師: 小川 弓子 (福岡市立西部療育センターセンター長)
【講演要約】
1)視覚障害の長男~障害と共にできることにチャレンジして生きる~
視力および色覚に障害をもつ私の長男が「視力3cm~それでも僕は東大に~」という本を出版して10年になろうとしています。その中の一文です。「弱視であるがゆえに、これから進んでいく道のりを見失ったり、道幅がよく見えずにはみ出てしまったりすることも多々あるでしょう。それでも、みんなのおかげで、きっと私は頑張れます。今の私を作ってくれた、すべての人たち、これまで私を育ててくれてありがとう。私を誇りに思ってくれてありがとう。私を支えてくれてありがとう。私のそばにいてくれてありがとう。私は元気です。これからも頑張って生きていきます。そのための力をくれたこと、ほんとうにありがとう。」 大学卒業に際し「視力が悪いからこそ、一緒にやろうと言ってくれる誠実な仲間を大切にしたい」といい、ベンチャー企業をおこし、それこそ大都会東京で泥だらけになりながらも、「障害と向き合って生きてきたからこその強さ」をバネに、その言葉通りにへこたれずに前を向いて生きています。
思えば、息子の子育てはただただ「みせてあげたい」「経験させてあげたい」「自信をもたせてあげたい」「人生の楽しみを知って欲しい」という医師と言うより、子育て若葉マークの一人の母親の切なる願いに支えられ、多くの本をみせ、音楽を教え、一緒に器用になるようにと折り紙、切り絵で遊んだ日々でした。でも、悪銭苦闘の日々の中からこそ、自分に対する愛情を感じ、自分を大切にすることを知り、そのことが障害もちながらも、自分の人生に感謝の気持ちをもち、踏ん張り抜いて、大きく成長していくことに繋がったと思います。
2)小児科の医師として~息子から得たもの・提供したいもの~
そして障害のある子どもと悪戦苦闘していた未熟な母親は熟年となりました。息子の生き方は、私の中にも小児科医として仕事をする上で、ある理念をつくりました。「たとえ障害があっても愛される、そして自分を愛する事ができれば人生を豊かにいきていける」この思いを胸に、一人の小児科医として、障害児や家族の支援に日々邁進しています。
現在私は福岡市立西部療育センターという子ども達に対する療育機関に勤務していますが、そこではたとえどんな重症の障害であろうと、「生命を輝かせる医療」に加え「子どもらしいふれあいや遊びのある活動」を提供する、まさに「生活」に根ざした療育を提供することを心がけています。そして自閉症の東田直樹くんが著書に「僕たちが一番辛いのは、自分のせいで悲しんでいる人がいることです。」と書いているように、障害児をとりまく家族も幸せにならなければ、当事者も幸せにはなれないと支援の幅を家族にも広げています。そのために、職員には「一つ一つの人生に寄り添う気持ちがあるか」「言葉を大切にしているか」ということを問いかけています。それは、私たち家族は障害に遭遇したけれど、様々な人々から励ましや人生を生きるメッセージに出会い、力をもらい、進んで行くことができた経験からです。
3)力をもらったたくさんのメッセージ
祖父からは「体が悪くたって、しっかり生きている人間はいる。そのように育てていけばいい」といわれ、毅然と育てていこうと思いました。祖母から「あんたが育てきらんなら、私が育てちゃる。こんなに可愛いやないね。」主人から「明浩の人生は明浩のものだが、明浩ひとりのものではない。みんなで支えていこう」といわれ、肩の荷がおりました。
本の中から「親は代わってプレーすることはできません。しかし、最高の応援団にはなれます。」「親が可愛そうと思えば、子どもも自分を可愛そうと思う。」など育児のヒントを貰いました。このような言葉は人生の岐路に立つ度に、支えてくれました。そして息子から「父さんは、いつも僕の前を歩いてくれた。母さんは、いつも僕の背中を押してくれた。」といった言葉で、また頑張っていく力をもらいました。このように、言葉は人の気持ちに訴えかける大きな力を持っていると思います。
4)最後に
今、私は診察室の窓から利用者の皆さんに「病気や障害を持ってはいても、大切な一人の人生」「今の一つ一つの積み重ねが次に繋がる」「困難のそれぞれに応じた成長がある」「決して一人ではない、一緒に考えてくれる人は必ずいる。」「自分たちの家族の物語を丁寧に紡いでいくことの大切さ」と伝えています。もちろん、障害には様々な困難、不安、社会の偏見など、まだまだ個性とはいいきれないたいへんな事が多々あります。でも「泣くという文字は、たくさんの涙を流しても立ち上がる」と書きます。いつかみなさんに悲しみに泣くことがあろうと、立ち上がり「辛いことの直ぐ横にある幸せ」に気が付いてもらえると信じて。
【略 歴】
1983年(昭和58年)島根医科大学卒業
同年 九州大学病院 小児科入局
福岡市立子ども病院などで研修
1986年(昭和61年)長男を早産にて出産
以後、療育及び三人の子どもの子育てのため休職
1994年(平成 6年) 福岡市立心身障がい福祉センターに小児科として勤務
2002年(平成14年)福岡市立あゆみ学園に園長(小児科)として勤務
2014年(平成26年)福岡市立西部療育センターにセンター長(小児科)として勤務
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シンポジウム『病とともに生きる』
日時:平成28年7月17日(日)
開場:午前9時30分 講演会:10時〜12時30分
会場:「有壬記念館」(新潟大学医学部同窓会館)
新潟市中央区旭町通1-757
コーディネーター
曽根 博仁(新潟大学医学部 血液・内分泌・代謝内科;教授)
安藤 伸朗(済生会新潟第二病院;眼科部長)
10時 開始
基調講演(30分):「糖尿病と向き合う~私の歩いた一筋の道~」
大森 安恵
(内科医;海老名総合病院・糖尿病センター
東京女子医大名誉教授、元東京女子医大糖尿病センター長)
http://andonoburo.net/on/4943
パネリスト (各25分)
南 昌江 (内科医;南昌江内科クリニック)
「糖尿病を通して開けた人生」
http://andonoburo.net/on/4979
小川 弓子(小児科医;福岡市立西部療育センター センター長)
「母として医師として~視覚障害の息子と共に~」
http://andonoburo.net/on/4990
清水 朋美(眼科医;国立障害者リハセンター病院第二診療部)
「オンリーワンの眼科医を目指して」
立神 粧子(音楽家;フェリス女学院大学・大学院 教授)
「続・夫と登る高次脳機能障害というエベレスト ~作戦を立ててがんばる~」
ディスカッション (20分)
演者間、会場を含め討論
12時30分 終了
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