「視覚障がい者はどうして支援機器を使わないのか?」
2013年9月11日

第22回視覚障害リハビリテーション研究発表大会 講演要旨 特別講演
「視覚障がい者はどうして支援機器を使わないのか?」
 林 豊彦(新潟大学・教授 大学院自然科学研究科/工学部福祉人間工学科)  

 日時:平成25年6月22日 午前
 会場:チサンホテル&カンファレンスセンター新潟 越後の間

【講演要約】
1.視覚障がい者は支援機器を活用しているか?
 新潟市障がい者ITサポートセンターを設立した2008年、支援機器の使用状況を把握するためにアンケート調査を実施した。対象者は、身体障がい者手帳、療育手帳、精神障がい者福祉手帳をもつ新潟市民全員である。1500票配布し、有効回答799票をえた。視覚障がい者の内訳は41人(5.1%)であった。調査する支援機器は、代表的ないくつかの機器とし、各機器について「知らない」「聞いたことはある」「知っているが不要」「必要だが未使用」「使用中」のどれかを選んで答えてもらった。本来の調査目的は、使用状況と個人・環境要因との関係を分析することにあったが、結果は驚くべきものであった。 

 視覚障がい者の自立支援および就労・就業支援に必要な拡大読書器、Wiondows拡大鏡、ピンディスプレイ、スクリーンリーダー、光学式文字読み取り装置装置に対して、「知らない」と答えた割合は、それぞれ79.5%、85.5%、94.4%、94.4%、91.5%で、「使用中」の割合は、拡大読書器の5.1%が最高であった。このように、新潟市の視覚障がい者は、ほとんど支援機器を知らなかった。そのような現状では、潜在的なニーズはあるが、現実的なニーズは少なく、いくらサポートセンターを設置しも利用者は来てくれないことになる。

2.支援技術とその背景
 支援技術とは、TIDE(1991)の定義によれば、「機能的な制約を補い、自立生活を助け、かつ高齢者・障がい者が能力を発揮できるようにする技術」である。すなわち、能力を発揮するための環境要因のひとつである。私は医用生体工学が専門であったため、この分野に入ったとき、取りあえずアメリカのある学会・機器展示会に参加してみた。驚いたことは、日本では見たことも聞いたこともない多くの機器が展示されているばかりか、実際に使っている障がい者も参加していたことである。どうしてアメリカでは使われているに、日本では使われていないのだろうか?それが私の素朴な疑問であった。 

 その理由はすぐにわかった。日本とアメリカの法律の違いであった。アメリカでは、1990年に障がい者の差別を禁止したADA法(障がいをもつアメリカ人法)が制定され、1997年には障がい児が能力に応じて教育を受ける権利を保証する個別障害児教育法が改訂されていた。つまり、障がい者が支援機器を就学・就労に活用できる法的環境が整えられていた。そのための公的な予算措置もあった。支援機器の専門家が職業として存在し、その利用を支援するNPOも存在していた。 

3.新潟市障がい者ITサポートセンター
 嘆いているだけではしかたないので、地域の関連期間・団体・組織と連携してセンターの運営体制を整え、2009年度から実質的な支援を開始した。いまだ地域ニーズが少ないことを考慮して、事業戦略は「障がい者が必ず関係する病院と学校に対して積極的に営業活動を行い、介入する」こととした。具体的には、出前の講演会・講習会・研修会を頻繁に開催した。それが功を奏し、4月は支援件数が13件しかなかったものが、1年後には月平均50件を越えるようになった。平成24年度は、全支援件数が721件(月平均60件)、講座・研修会の開催が41件であった。支援員がひとりしかいなセンターとしては、画期的な数字ではないかと思う。 

 当センターの支援ポリシーは、単独では支援しないで、コメディカルや教師など他分野の専門家といっしょに支援することである。すなわち、障がい者がほんとうに必要としている環境を、医療・福祉・教育の専門家と恊働で整備することである。「我々ができる支援をする」のではなく、「障がい者個人にとって最適な環境を作る」ことが必要だからである。平成24年度に連携した機関・組織・団体は52におよぶ。 

4.支援体制の問題と解決策
 上記の実績にもかかわらず、我々が支援してきた障がい者は、必要としている人のごく一部にすぎない。それは当センターの支援体制そのものに問題があるからである。つまり、支援員がひとりしかいない状態では、直接的な支援をいま以上に増やすことは不可能に近い。しかし、支援技術者という職業が存在しない日本では、支援技術者の増加も困難である。

 その解決策としてひとつ考えられることは、当センターの社会的機能を、職業として成り立っている専門家に分散させることである。つまり、コメディカルと教師の一部を支援技術の専門家として育成することである。各学校・病院に、そのような専門家がひとりいれば、簡単な問題はそこで解決でき、それによって支援できる人を増やすことができる。サポートセンターは、その上部組織として、難しいケースの支援、機器情報の提供、機器の貸し出し、教育・研修などを行えばよい。そのために今年度、コメディカルを対象とした教育カリキュラムを作り、試行的に教育も行ってみた。来年度からは、新潟県作業療法士会と協力して教育を始める予定である。牛歩の歩みではあるが、前には進んでいると思う。

【略歴】
 1977 新潟大学工学部・電子工学科卒業
 1979 新潟大学大学院・工学研究科修士課程修了
     新潟大学・助手 歯学部
 1986 歯学博士 (新潟大学)
 1987 新潟大学・講師 歯学部附属病院
 1989 工学博士 (東京工業大学)
 1991 新潟大学・助教授 工学部情報工学科
 1996 Johns Hopkins大学・客員研究員
 1998 新潟大学・教授 工学部福祉人間工学科
 2008 新潟市障がい者ITサポートセンター長(兼任)