『医療のなかでのロービジョンケアの役割』
2013年9月28日

第22回視覚障害リハビリテーション研究発表大会 講演要旨   
    ランチョンセミナー(共催:新潟ロービジョン研究会)
『医療のなかでのロービジョンケアの役割』   
  新井 千賀子(視能訓練士:杏林大学)    
    平成25年6月22日(土)     
    チサンホテル&カンファレンスセンター新潟 越後の間

【講演要旨】
■ はじめに  
 病気が診断され治療されている医療機関は、ロービジョンになって視覚リハを必要とする人たちが最も多く存在する場所でもある。そういう場所ではロービジョンケアは視覚リハの最も近い入口であり、患者と視覚リハの関係の鍵を握る重要な存在である。その大事なポイントで視覚リハの関係者である我々はいったい何をしたらいいのか?を今回は考えてみた。

■ 診療報酬改定とロービジョンケア  
 昨年(2012年)、診療報酬の改訂でロービジョン検査判断料が導入された。そこには 『患者の保有視機能を評価し、それに応じた適切な視覚補助具の選定と生活訓練・職業訓練を行っている施設等との連携』と書かれている。”検査や治療をして検討した結果、ロービジョンと判断されたら、治療だけでなく生活を含めて包括的な視覚リハを紹介しましょう” ということである。従って、医療機関でロービジョンケアを提供する場合には、見やすさを改善する道具や眼鏡などの光学的な補助具を処方するだけでなく、包括的に視覚リハの入口として機能することが診療報酬に認められたことでよりいっそう求められることになったのである。

■ ロービジョンと診断された患者が抱える3つのリスク
 私は学生時代にとある人から、人は「仲間とお金と希望」を一度になくすと人は自らの命を顧みない危機的な状況になると言われたことがある。その後、リハビリテーションの講義のなかでも同じ様な話を聞いた。実際に仕事をしてみると、ロービジョンと診断された直後の患者さんが視覚リハやロービジョンケアの存在を知らない場合、この3つの要素を同時になくすリスクが高いことを実感した。

 視機能低下を自覚した場合にはどの人もまず最初に病院に治療を受けに行く。しかし、その病気は治療がかなり困難で現状を維持する治療や経過をみることを告げられ、以前のような視機能を再獲得するのが難しいと診断されたらどうだろうか?こんな治療が難しい病気にかかったのは自分だけで、今の心境や見え方を共有できる人たちがいるとは思えず孤立感を深めるだろう。また、視機能の低下によって仕事の能率が低下したり同じ作業をしても疲労感が強くなり、就労の継続が難しいと感じ将来の経済的な基盤がなくなる心配をし始める。そして、回復が難しい病気を考えると将来への希望を持てなくなる。こうして、仲間、経済、希望の3つを同時に喪失するというリスクが高くなる。

 このような状況が潜在的に存在することは、実は医療関係者にとっても患者に病状を伝えたり相談に乗るときに心理的な負担が生じる。従って、このような危機的な状況の回避は患者だけでなく医療関係者にも大切な事である。

■ リスクの回避方法として、ロービジョンケアの導入を提案
 医療機関でロービジョンケアを導入することは、結果的にこのような危機的な状況を可能な限り回避することを可能にする。ロービジョンケアで十分に視機能のアセスメントをして適切な光学的補助具が提供された場合、現在の視機能を活用して今の生活を継続してつづけられるかもしれないと希望を持つ事が可能になる。福祉制度(障害者手帳・年金、職業訓練等)などの支援を受けることで経済的な見通しを持つ事が可能になる。ロービジョンケアを通して、院外に様々な支援機関がありそこには多くの人たちが支援を提供していること、また、自分と同じように視機能が低下してリハビリテーションを受けている人が沢山いることを知って、新たに自分の思いを共有できる仲間を得る可能性がある。

 このように医療機関でロービジョンケアが提供されることは危機的な状況をできるだけ早期に回避して視覚リハに導入できるのである。そのためには光学的補助具や視機能を補うエイドの紹介だけでなく、その他の問題への対応も含めて3つの問題に対処する事が必要である。そのプロセスには視覚活用のゴールの設定とゴール達成のに必要な視機能と自分自身の視機能とのギャップを小さする作業が含まれる。具体的には屈折矯正などによって視機能を十分に引き出したり、適切な倍率の拡大を拡大鏡や拡大読書器などの補助具で提供する、作業内容によっては視機能の活用ではなく、他の感覚(聴覚、触覚など)を併用する、社会資源の活用をするなどこれらを複数組み合わせてギャップを埋めてゴールにできるだけ近づける努力をする。

 ゴールは人それぞれによって異なり、活用できる視機能も異なる。そのため十分なカスタマイズのプロセスが必要である。カスタマイズの作業が終わったところで、視機能を活用して活動し続けながらより充実させるためにどのような支援機関とつながることが有効かを検討する。

■ 連携は双方向に  
 ロービジョンケアの考え方が導入されるまでは、視機能低下が非常に重度になり日常生活に大きく影響するまで視覚リハの導入がされないことが多かった。しかし、視機能低下がごく軽度から重度まで幅広い範囲を含むロービジョンは視機能の状態に応じてニーズや解決のために必要な資源が変化する。また、慢性疾患が多いロービジョンは治療と平行してロービジョンケアやリハの提供を必要とする。従って、医療機関と院外の支援機関の関係はよりいっそう重要になり双方向であることが求められる。

■ 医療機関でのロービジョンケアの役割   
 医療機関で提供されるロービジョンケアは包括的な視覚リハの入り口として機能することである。そのためには1)リスクを抱えるまえにゴールを設定し、視覚活用の希望を提供するための包括的なニーズの把握と具体的な活用方法の提供、2)一緒に病気と向き合って生きていく支援者や仲間の提供のための治療と平行した包括的な視覚リハとの連携、3)経済的基盤を支える制度や資源の情報提供、この3点はロービジョンケが医療機関で行われるからこそ効果的であり求められるものである。

 こうした包括的なロービジョンケアの提供は、単一の専門職では困難である。視覚リハの入口としてロービジョンケアを医療機関で提供するには複数の専門職がかかわるチームでの取り組みが必要になり、よりいっそう異なる専門領域の協力と連携が必要になるだろう。

 

【略歴】  
 1992年 筑波大学大学院教育研究科修士課程障害児教育専攻 卒業 修士(教育)  
 1996年 国立小児病院付属視能訓練士学院 卒業  
 1997年 国立特殊教育総合研究所(現:国立特別支援教育総合研究所)研究員  
 2000年 Light House International Arlrene R.Gordon 研究所 文部科学省在外研究員  
 2001年 国立特殊教育総合研究所(現:国立特別支援教育総合研究所)研究員  
 2005年 杏林アイセンター ロービジョンルーム 
 現在に至る