「ここまで進化している!眼科の検査と治療の最前線」
2013年9月27日

第22回視覚障害リハビリテーション研究発表大会 講演要旨
  ランチョンセミナー(共催:新潟ロービジョン研究会)
「ここまで進化している!眼科の検査と治療の最前線」
 長谷部 日(新潟大学医学部講師:眼科)
  平成25年6月22日(土) 
  チサンホテル&カンファレンスセンター新潟 越後の間 

【講演要旨】
 眼科は様々なテクノロジーの応用が早く、進化の目覚ましい分野である。21世紀に入りそのスピードはさらに加速している。 

 従来の眼底検査では、眼底鏡を用い眼底を直接観察するか、眼底カメラで眼底を撮影する方法がとられてきた。いずれも眼底を主に平面的に捉える方法である。眼底、特に網膜の厚みや内部構造の変化といった三次元的な所見は非常に重要であるが、実際には非常に薄く透明な組織である網膜を立体的かつ詳細に観察するのは極めて難しい。しかし近年光干渉断層計(OCT)が登場し眼底の観察方法は一変した。 

 OCTは簡単な操作で眼底の任意の断層像を取得することが可能である。初期のOCTはごく大まかな断層像を得られるのみであったが、それでも従来苦慮していた診断の精度を飛躍的に高める画期的な技術であった。その後OCTは年々解像度、画質が向上し、現在の最新型のOCTで得られる断層像は眼底の組織顕微鏡写真に匹敵するものである。OCTによって様々な疾患における眼底の微細な構造変化が明らかとなり、病態の解明や治療の影響を詳細に評価することが可能となった。眼底疾患の診断技術と治療技術に大きな進化をもたらしたOCTは、現代の眼科診療において欠かす事のできない存在となっている。 

 眼底観察方法の進化はOCTだけに留まらない。現代の宇宙観測を支える技術の一つである「補償光学」を応用した眼底撮影装置では、視細胞の一粒一粒までもが観察可能となっている。眼底疾患は、今や細胞レベルで診断を行う時代を迎えようとしているのかもしれない。 

 このように診断技術が進化し疾患の核心の部分が絞り込まれていくにつれ、治療もその疾患の本態をピンポイントで攻めていく方式に変わってきた。現代の眼底疾患の手術は極小の時代である。細い注射針ほどの太さの手術器具を用い、眼底の極めて小さな部分、極めて薄い部分を治療することが日常的となっている。この結果、眼組織に対する手術侵襲は最小限に抑えられるようになってきた。 

 手術に頼らない眼底疾患の治療方法も登場し発達してきた。加齢黄斑変性(AMD)に対する抗血管新生剤(抗VEGF剤:血管内皮増殖因子VEGF:Vascular Endothelial Growth Factor)の眼内注入がその代表であろう。AMDは高齢者の1%に発症する疾患であるが、かつては有効かつ安全な方法がなかった。しかし数年前に登場した抗VEGF剤は、AMD眼にごく微量を注入するだけで急速に改善を得ることができる驚くべき治療方法である。現在ではAMD治療の第一選択であることは言うまでもない。また最近では硝子体を手術で切除するのではなく、薬剤で融解させることによって様々な眼底疾患を治療する方法も実用化が進みつつある。 

 iPS細胞(人工多能性幹細胞 induced pluripotent stem cells)の話題からも目を離すことができない。胎児の胚細胞と同様に全身のあらゆる組織、臓器に分化していく能力を持つのがiPS細胞である。これを受精卵や胎児から取り出すのではなく、成育した生体から作り出す技術を発見した山中伸弥教授にノーベル賞が授与されたのは記憶に新しい。このiPS細胞から作成した細胞(網膜色素上皮)をAMDに罹患した自分の目の眼底に移植する世界初の治療が間もなく日本で始まろうとしている。まだ治験の段階ではあるが、夢の治療技術が現実となる瞬間に世界が注目している。iPS細胞は他の眼疾患の治療にも応用が期待されている。決して遠くない将来の眼科では、今では想像もつかないような治療が行われているに違いない。

 眼科の進化はまだ当分その歩みを緩めそうにない。我々眼科医の手がける未来の医療に期待をこめ、いつまでも注目し続けていただきたい。

 

【略歴】 長谷部 日 (はせべ ひるま)
 1992年(平成4)新潟大学医学部卒業
          新潟大学眼科学教室 入局
 1994年(平成6)~ 新潟大学医学部大学院
 1998年(平成10) 医学博士取得
 1999年(平成11)~燕労災病院眼科(1年)
 2001年(平成13)~聖隷浜松病院眼科(1年)
 2007年(平成19)~新潟大学医歯学総合病院 助教
 2013年(平成25)~新潟大学医学部 講師