『神経眼科よりのロービジョンケア:視力、視野で語れない障害』 若倉雅登(井上眼科病院)
2013年10月28日

『神経眼科よりのロービジョンケア:視力、視野で語れない障害』
   若倉雅登(井上眼科病院)
   シンポジウム「サブスペシャリティーからのロービジョンケアの展望」
   2013年10月12日 第14回日本ロービジョン学会学術総会(倉敷) 

【講演要旨】
 神経眼科において視覚障害と言えば、誰しも視神経の疾患を思い起こす。視覚障害と言えば、眼科医も一般人も、法律も視力と視野を問題にするからである。視力や視野は、果たしてヒトが日常生活で日々使っている「日常視機能」をよく反映した視標なのだろうか。考えてみれば、日常視とはさまざまな明るさ、コントラストの、いろいろな方向、距離の対象を、眼球運動や調節輻湊機能、両眼視機能といった高次脳機能を利用しながら明視することであり、しかも、対象も、自分も動いているという、非常に難しい課題である。

 これに対して、眼科でいう視力、視野は、理想的な条件下で測定した特殊なものである。我々が陥りやすい陥穽は、日常視には利用できないような中心1度の窓で測定した視力値をみて、視力がよいなどと思い込んでしまうことである。神経眼科は、快適で的確な視覚を得るための眼球やその付属器と、脳との共同作業を関心の対象とし、その生理と病理を扱う学問である。この領域には、たとえ視力、視野が良好であっても、その視機能をうまく利用することができない以下のような神経学的問題が含まれている。

 代償不能の複視(MG,甲状腺眼症、脳神経麻痺、斜偏位、脳幹梗塞など)
 振動視(後天性眼振、上斜筋ミオキミアなど)
 混乱視(片眼のみの視機能障害で、両眼開放視困難=両眼視障害)
 精神心理の障害(身体症状障害、気分障害、非器質性障害など)
 高次脳機能障害(種々の眼球運動異常、中枢性調節輻湊障害、中枢性視覚異常症、中枢性羞明、本態性眼瞼けいれんなど)

 こうした症例は、目の疲れ、痛み、羞明、ものを見ていられない、眼の不快感など、さまざまな愁訴を有して眼科を訪れる。だが、不定愁訴と片づけられたり、単に白内障、ドライアイなど頻度の高い疾患として扱われ、時には白内障では手術まで行われることさえある。それでは改善せず、患者は日常生活の破綻をきたすほどの高度の自覚症状が継続するため、医師を転々とし、特に眼手術が行われた例では不満が募り、非常に扱いにくい「術後不適応症候群」に帰結する。

 シンポジウムでは、この中で代償不能の複視と、両眼開放視困難となる混乱視の対応についてやや詳しく述べた。複視にせよ、混乱視にせよ、左右眼からの視覚信号を中枢で統合することができないために生じる不都合である。私はこれを耳鳴りならぬ、「目鳴り」と説明している。眼科医は、この目鳴り、すなわち両眼視における雑音(ノイズ)のボリュームを軽減させるために、眼鏡、プリズム眼鏡、手術など取りうる治療を行うだろう。それで適応する場合もあるが、どうしてもノイズが除けなければ、患者は苦しい状態を我慢するか、片眼つぶりを用いて対応する。もはや健常な日常生活は無理になっているこんな状態を無理強いしてはならない。この時点で私は、積極的に単眼視(非優位眼遮閉)を勧める。今まさに治療の対象としている眼を使うなと言うこの選択肢は、医師にとって敗北宣言のようなものだし、患者にとっても容易に受け入れにくいであろう。しかし——。

 2年前のくも膜下出血以降、左眼視力低下、同眼の外斜視により複視となり、プリズム眼鏡も適応不能だった56歳男性に対して、我々の開発した「オクルアⓇ」という商品(東海光学)を適用し、満足が得られたことを述べた。本学会のポスターでも、外見では遮閉していることがわかりにくい特徴を持つオクルアにつき、河本らが3例の実例を発表した。同じ様に視神経疾患や、後天性斜視など、両眼開放視困難の116例(男女比45:71, 年齢21~92歳)に対して、オクルアなどでの遮閉を勧めたところ、68%でうまく適用できた。

 このように、単眼視がやむを得ない症例は決してまれでなく、一般のロービジョン者と同等以上の不都合を抱えていることに、我々眼科医はもっと留意すべきである。

 

【略歴】若倉雅登(わかくらまさと) (2013年10月現在)
 1976年3月 北里大医学部卒
 1980年3月 同 大学院博士課程修了
 1986年2月 グラスゴー大学シニア研究員
 1991年1月 北里大医学部助教授
 1999年1月 医)済安堂 井上眼科病院副院長
 1999年4月 東京大学医学部非常勤講師(現在に至る)
 2002年1月 医)済安堂 井上眼科病院院長
 2010年11月 北里大学医学部客員教授(現在に至る)
 2012年4月 医)済安堂 井上眼科病院名誉院長 

 

 追伸:視力、視野障害の4名、それ以外の視覚の不都合を有する2名の私の患者さんに、見えた人生、障害を持ってからの生き方についてそれぞれ2時間半語っていただき、これを私なりに脚色し、6名の非常に濃度の濃い半生を再現した「絶望からはじまる患者力--視覚障害を超えて」が春秋社から11月末に上梓されることが決まりました。ご一読いただければ幸いです。

 

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第14回日本ロービジョン学会学術総会
 シンポジウム2「サブスペシャリティーからのロービジョンケアの展望」
 日時:2013年10月12日(土)16:20~17:50
 会場:第1会場(倉敷市芸文館 メインホール)
 オーガナイザー:安藤 伸朗(済生会新潟第二病院)
         佐藤 美保(浜松医科大学)
 演者:門之園 一明(横浜市大医療センター)
    佐藤 美保(浜松医科大学)
    若倉 雅登(井上眼科病院)
    根岸 一乃(慶応義塾大学)
    栗本 康夫(神戸市立医療センター中央市民病院)
    安藤 伸朗(済生会新潟第二病院)
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