「学問のすすめ」第8回講演会 済生会新潟第二病院 眼科
1)2型糖尿病の成因と治療戦略
門脇 孝 (東京大学内科教授、日本糖尿病学会理事長)
2)疫学を基礎とした眼科学の展開
山下 英俊 (山形大学眼科教授、医学部長)
日時:2012年9月15日(土) 15時~18時
会場:済生会新潟第二病院 10階会議室A
リサーチマインドを持った臨床家は、新しい医療を創造することができます。難題を抱えている医療の現場ですが、それを打破してくれるのは若い人たちのエネルギーです。 本講演会は、若い医師とそれを支える指導者に、夢と希望を持って学問そして臨床に励んでもいたいと、2010年2月より済生会新潟第二病院眼科が主催して細々と続けている企画です。
「学問のすすめ」講演会、第8回の今回は、糖尿病に関係したお二人に講師をお願いしました。一人はわが国の糖尿病研究の第一人者で、糖尿病の成因を精力的に模索しエビデンスに基づいた治療について追及している門脇 孝 先生(東京大学内科教授、日本糖尿病学会理事長)、もう一人は、我が国の糖尿病網膜症の第一人者で、眼科に統計的手法を本格的に導入し、眼科学が糖尿病の診療にどのようにして貢献していくかを疫学の切り口で語る山下 英俊 先生(山形大学眼科教授、医学部長)です。先生方の取り組んでこられた研究テーマを中心に、これからの医療を背負う人たちに、夢を持って仕事・学問をしてもらいたいという若い人へのメッセージを添えての講演でした。
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2型糖尿病の成因と治療戦略
門脇 孝 (東京大学医学系研究科糖尿病・代謝内科)
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【講演抄録】
2型糖尿病は、インスリン分泌低下の遺伝的素因のうえに環境要因による肥満・内臓脂肪蓄積、肝臓や筋肉の異所性脂肪蓄積、インスリン抵抗性など、メタボリックシンドロームの病態が加わることによって引き起こされ、細小血管症のみならず心血管疾患の重大なリスクとなる。発症前から膵β細胞の機能低下が認められ、そこにインスリン抵抗性が加わると、インスリン分泌代償的増加が惹起されるが、それが破綻すると糖尿病を発症する。脂肪細胞肥大・内臓脂肪蓄積では、脂肪組織・肝臓で慢性炎症が惹起され、善玉のアディポネクチンが減少して、インスリン抵抗性を引き起こす。糖尿病の治療の目的は健康な人と変わらない寿命と生活の質(QOL)の確保である。しかし、2000年までの糖尿病患者の平均寿命を調査した日本糖尿病学会のデータによると、男性で10歳、女性で13歳も短命となる。糖尿病治療に関しては、大規模研究によりエビデンスが蓄積されてきた。
近年、インスリン抵抗性改善薬、インクレチン関連薬をはじめ、さまざまな作用機序を有する新薬が開発され、低血糖を起こさずに食後を含めた高血糖を是正し、日内変動の少ない良質なHbA1cコントロールを実現することが治療の基本となっている。そのために、個々の患者の病態や進行度、合併症などを勘案し、どの薬剤をどのように組み合わせていくのか、エビデンスに基づきながら医師がしっかりと選択していかなければならない。将来は、アディポネクチン受容体作動薬など、患者の食事制限や運動の負担も軽減しながら、よりよいコントロールを得られるような新薬の開発にも期待が寄せられる
【略歴】 門脇 孝 (東京大学大学院医学系研究科糖尿病・代謝内科教授)
1978年 東京大学医学部卒業
1980年 東京大学第三内科
1986-1990年 米国NIH糖尿病部門客員研究員
1990年 東京大学第三内科助手
1996 年 東京大学第三内科講師
2001年 東京大学大学院医学系研究科糖尿病・代謝内科助教授
2003 年 東京大学大学院医学系研究科糖尿病・代謝内科教授
2005年 東京大学医学部附属病院副病院長
2008年 日本糖尿病学会理事長
2011年 東京大学医学部附属病院長
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疫学を基礎とした眼科学の展開
山下英俊 (山形大学医学部眼科学)
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【講演要旨】
疫学研究は、その歴史として、ジョン・スノーのコレラに対する研究、日本では高木家寛の海軍における脚気の研究から発展したと考えられている。疫学のコンセプトは、原因不明の疾患の治療、できないまでも何らかの対応のために、実際にその現場で起こっている事実をきちんとう調べてデータを集めること、集められるデータの意味を目的にそって理論的に解析し意味づけをすること、その時点でのベストの対策を立てるというものである。ジョン・スノーの疫学研究の時点ではコレラ菌は発見されておらず、のちにロベルト・コッホの研究まで待たねばならない。また、脚気の原因はビタミンB1の不足であるが、ビタミンB1の鈴木梅太郎による発見は高木兼寛の脚気研究とその成果としての海軍における脚気の減少のずっと後のことである。これらの事実により、原因不明でも目の前の患者にその時点でのベストの治療を施行することをその職務と考えている臨床医にとって、疫学はとても大切な学問であると考える。また、疫学の研究はとくに社会との連携(住民、地方自治体など)がとても重要であり、研究のみを前面に押し出すのではなく、あくまで目の前のひとのためになるという視点をもって企画し、研究を遂行することにより長期に継続が可能になる。疫学を用いて、まだ解決していない糖尿病網膜症による視力障害に対する医療の闘い、チャレンジを紹介した。
WHOのメタアナリシスによると、世界における糖尿病患者数2000年に約1億7千万人、2030年には倍増すると推計している。日本の患者数としては厚生労働省国民栄養調査と同時に行われている糖尿病実態調査によると、平成9年690万人、平成14年740万人、平成19年890万人と急激に増加している。これはWHOの推計を上回る速度である。糖尿病網膜症についてはMETA-EYE Study(TY Wong教授)メタアナリシスによると、現在、糖尿病網膜症患者は約1億人に上るとの推計がある。糖尿病網膜症は後天性視力障害の原因の約5分の1をしめ、大きな社会問題にもなっている。このような状態に対応するための治療をすすめ、国民全体の視力を生涯にわたって保持することが眼科医の国民に提供する医療の基本戦略である。厚生労働省が健康寿命を延ばし平均寿命に近づける基本政策を打ち出していることに対応して、健康寿命を指させる健康視力の保持という戦略を打ち立てる必要がある。
眼科医として、糖尿病網膜症の現状と今後の課題を考える必要がある。治療戦略の柱として本講演では3つの柱を提示した。(1)増加する糖尿病網膜症をきちんと治療する戦略、(2)予防医学の推進、(3)糖尿病患者数の増加にともなう大血管合併症(心筋梗塞、脳卒中)、細小血管合併症(網膜症、腎症、神経症)の増加の総合的な対策に対する眼科医としての貢献である。これは、我々眼科医が糖尿病診療体系の中での糖尿病網膜症診療レベルを高め、失明をふせぐ医療を推進すること、それに満足せず、糖尿病患者の寿命を延ばし、健康寿命を延ばすために糖尿病診療全体に協力、貢献していくことが重要であることを示した。このような眼科医療の進歩は近年の疫学研究の進歩により大いに推進されてきた。
以上のように眼科学が今日の日本の医療において大きな問題である糖尿病の診療にどのようにして貢献していくかを疫学の切り口で絞殺した。その際に大切であるのは、眼科医学が医学全体に貢献することで社会全体に貢献するという視点をいつももちつづけることである。
学問、そしてそれを担当する臨床医、医学研究者がこのような使命を果たすためには、有為な人材を継続的に育成することである。すぐれた研究者のもとにはすぐれた弟子が育成され、さらにすぐれた研究が育つ。教える側からの視点ではこのような教育の連鎖のなかで弟子を育成しているという歴史的な責任感を持つこと、学問の面白さと臨床を行う上での高度な倫理観をきちんと伝えることが大切である。教えを受ける若い世帯には、ぜひ、いい恩師を見つけて、ひとのためになる研究が楽しく素晴らしいものであるかという興奮を受けついてほしいと考えている。そして、恩師への恩返しはその受けた教育、薫陶を次の世代につなげることであるという使命感をもってもらいたいということである。
【略歴】 山下 英俊 (山形大学眼科教授、医学部長)
1981年6月 東京大学医学部眼科学教室医員(研修医)
1982年4月 東京大学医学部眼科学講座助手
1985年1月 国家公務員等共済組合連合会三宿病院、自衛隊中央病院眼科
1987年1月 東京大学医学部眼科学教室講師
1992年5月-1994年8月 スウエーデン、ウプサラ大学へ留学
1994年9月 東京大学医学部眼科学教室講師へ復職
1999年7月 山形大学医学部眼科学教授
2003年11月~2010年3月 山形大学医学部附属病院長兼務
2010年4月1日より 山形大学医学部長兼務