新潟ロービジョン研究会2011〜「前頭葉機能不全 その先の戦略」 立神 粧子 
2011年2月15日

新潟ロービジョン研究会2011〜高次脳機能と視覚の重複障害を考える 
 日時:2011年2月5日(土)  15時~18時
 会場:済生会新潟第二病院 10階会議室 

教育講演
『前頭葉機能不全 その先の戦略
 ~Rusk脳損傷通院プログラムと神経心理ピラミッド~』
  立神 粧子(フェリス女学院大学音楽学部/大学院音楽研究科教授)  

 2001年秋、夫が仕事中に突然解離性くも膜下出血で倒れ、後遺症として高次脳機能障害が残った。2年ほど大きな改善は見られず悶々としていたなか、2004年大学からのサバティカルの1年を利用して、NewYork大学リハビリテーション医学Rusk研究所の通院プログラムに参加した。Y.Ben-Yishay博士が率いるRusk研究所は脳損傷通院プログラムの世界最高峰と言われている。

 Ruskの訓練は、神経心理ピラミッドを用いたホリスティックなアプローチである。Ruskでは器質性による前頭葉機能不全を前提としている。認知機能を9つの階層に分け、ピラミッドの下が症状の土台であり、その基本的な問題点が改善されていなければ、ピラミッドのそれより上の問題点の解決は効果的になされないとする考え方で、ピラミッドの下から訓練は行われる。9つの階層とその説明は下から以下のとおりである。

Ⅰ.「訓練に参加する自主的な意欲」 
 自分に前頭葉の機能不全があることに気づき、その問題に立ち向かうために自らの意思で参加するという強い思い。

Ⅱ.「神経疲労Neurofatigue」
 「覚醒」「警戒態勢」「心的エネルギー」に関する欠損。脳損傷による脳細胞の欠損のために、日常生活のすべてが以前より困難となり、脳損傷者は常に神経が疲労しやすくなっている。

Ⅲ.(1)「無気力症Adynamia」 
   心的エネルギーが過少であることによる問題。基本的に「自分から~をする」ことができない。
   1:自分から何かをする発動性の欠如、2:発想の欠如、思いの連鎖がない、3:自発性の欠如、無表情、無感動。

  (2)「抑制困難症Disinhibition」 
   心的エネルギーが過度であることによる欠損。自分で次の諸症状を意識し、抑制することができない。
   1:衝動症、2:感情の調整不良症、3:フラストレーション耐性低下症、4:イライラ症、5:激怒症、気性爆発症、6:多動症、7:感情と認知の洪水症。

Ⅳ.「注意力と集中力Attention & Concentration」
 選択的注意とその注意力を維持する集中力に関する問題。

Ⅴ.「コミュニケーション力と情報処理Communications & Information Processing」 
 情報のスピードについてゆくことと情報を正確に受信し、人にわかるように発信することに関する問題。

Ⅵ.「記憶Memory」
 
出来事を習得したり覚えておくことができなくなる記憶の問題と、自分に欠損があるということの気づきが途切れる問題。記憶断続症。

Ⅶ.(1)「論理的思考力Reasoning」
   1:言われたことや書かれたことをまとめたり、同類に分類できる力である「収束的思考力、まとめ力」の問題と、2:異なる発想を思いついたり臨機応変に対応できる力である「拡散的思考力、多様な発想力」の問題。

  (2)「遂行機能Executive Functions」
  日常生活における以下の能力に関する問題。
   1:ゴール設定、2:オーガナイズ(分類整理)する、3:優先順位をつける、4:計画を立てる、5:計画通りに実行する、6:自己モニターする、7:トラブルシュート(問題解決)する。

Ⅷ.「受容Acceptance」 
 自分に機能不全があり人生に制限がついたという事実を認識して受容できること。真の受容には下位の階層のそれぞれの症状に対する戦略を自ら使い、自己を高める努力が伴う。そういうことの必要性を真に理解すること。

Ⅸ.「自己同一性Ego-identity」
 脳損傷を得ても、「自分が好きな自分」でいるために、以下の過去・現在・未来の自分を再統合し、障害を得た新しい自己を再構築すること。
 1:発症前に何かを達成できた自分、2:障害を得た自分に必要な訓練や努力に現在進行形で取り組んでいる自分、3:機能不全による限界を認識しつつ将来こうなりたいと思う自分。

 神経心理ピラミッドの働きの大まかな説明は以上である。Ruskではこれらすべての階層の問題のひとつひとつに戦略(対処法)がある。月曜日から木曜日までの朝10時から午後3時まで、対人コミュニケーションや個別の認知訓練、カウンセリングまでをも含む構造化された時間割の中でシステマティックな訓練が行われる。こうした訓練と戦略のおかげで、絶望的だった夫との生活は奇跡的に改善され、希望が持てる人生を歩みだすことができた。

 

【略 歴】
 1981年 東京芸術大学音楽学部卒業
 1984年 国際ロータリー財団の奨学生として、シカゴ大学大学院に留学
 1988年 シカゴ大学大学院にて音楽学で修士号取得、博士課程のコースワーク修了
 1988年 南カリフォルニア大学大学院へ特待入学
 1991年 南カリフォルニア大学大学院にてピアノ演奏(共演ピアノ)で音楽芸術博士号取得
 1993年 帰国後、フェリス女学院大学音楽学部および大学院音楽研究科の専任講師
 ~現在 フェリス女学院大学音楽学部および大学院音楽研究科教授、音楽芸術博士
 http://www.ferris.ac.jp/music/bio/m-04.html

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 1985年 シカゴ・コンチェルト・コンペティション優勝
 1988~91年 コルドフスキー賞、最優秀演奏家賞受賞
 1992年~現在 ベルリン・フィル、ロンドン響、バイエルン放送響、フィレンツェ歌劇場、MET歌劇場などの欧米の主要オーケストラの首席奏者や歌手たちと国内外で共演。世界各地でリサイタル多数。

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 ご主人の小澤富士夫氏は、東京芸術大学のトランペット科を卒業後、プロの演奏家として活躍。その後ヤマハで新製品の研究開発業務に携わり、ヤマハ・フランクフルト・アトリエの室長として長年ヨーロッパに赴任。帰国後の2001年、仕事中にくも膜下出血を発症、後遺症として高次脳機能障害(記憶障害、無気力症、認知の諸問題)が残る。
 高次脳機能障害を治すためサバティカルを利用して、1年間ご主人とともに米国に滞在し、ニューヨーク大学Rusk研究所「脳損傷通院プログラム」に通う。ご主人は奇跡的に回復し、一人で大阪に出張できるほどになった。

『ニューヨークRusk研究所の神経心理ピラミッド理論』
 2006年 『総合リハビリテーション』(医学書院)4月、5月、10月、11月号に、「NY大学・Rusk研究所における脳損傷者通院プログラム」を治療体験記として発表。以来Rusk研究所の通院プログラム、神経心理ピラミッド、機能回復訓練などに関する講演を行う。

『前頭葉機能不全/その先の戦略:Rusk通院プログラムと神経心理ピラミッド』
 2010年11月 
医学書院より出版。
 医学書院のHPに以下のように紹介されている。
「高次脳機能障害の機能回復訓練プログラムであるニューヨーク大学の『Rusk研究所脳損傷通院プログラム』。全人的アプローチを旨とする本プログラムは世界的に著名だが、これまで訓練の詳細は不透明なままであった。本書はプログラムを実体験し、劇的に症状が改善した脳損傷者の家族による治療体験を余すことなく紹介。脳損傷リハビリテーション医療に携わる全関係者必読の書」
 http://www.igaku-shoin.co.jp/bookDetail.do?book=62912