報告:「学問のすすめ」第3回講演会 済生会新潟第二病院眼科
2011年4月19日

「学問のすすめ」第3回講演会 済生会新潟第二病院眼科
1)眼の恒常性の不思議 “Immune privilege” の謎を解く
   ―亡き恩師からのミッション

    堀 純子 (日本医科大学眼科;准教授)
2)わがGlaucomatologyの歩みから
    岩田 和雄 (新潟大学眼科;名誉教授)

 日時:2011年4月2日(土) 15時~18時

 場所:済生会新潟第二病院 10階会議室
 主催~済生会新潟第二病院眼科

 難題を抱えている医療の現場ですが、それを打破してくれるのは若い人たちのエネルギーです。若い人たちに、夢を持って仕事・学問をしてもらいたいと、(チョッと大袈裟ですが)講演会「学問のすすめ」を開催しています。 

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眼の恒常性の不思議 “Immune privilege”の謎を解く
 -亡き恩師からのミッション-

   堀 純子 (日本医科大学眼科;准教授)
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講演要旨
 私の故郷は、一年の半分近くが雪に覆われる豪雪地帯で、塾などとは無縁の田舎で、興味は誰からも与えられるものではなく、自分で見つけるしかなかった。長い冬の末に、積雪の表面の変化や空気の匂いの変化を感じ取り、そこから暖かい春をあれこれと想像するといった風土で、今から思えば、研究の過程に似ている。未知のことをしたい、未知のところに行きたい、ばかり頭にある学生で、当時の岩田和雄教授に紹介状を書いていただき東大に入局した。 

 東大で水流忠彦助教授(当時)率いる楽しそうな角膜グループに入れていただいた。水流先生がご紹介してくださった東大循環器内科(現東京医科歯科大学循環器教授)の磯部光章先生は、免疫副刺激シグナル分子の機能を調節して心移植後の拒絶反応を抑制したことをScienceに報告したばかりの「時の人」だった。同様の分子の機能調節を角膜移植のマウスモデルで試したところ、拒絶が抑制されたばかりか、角膜移植片が生着している宿主に、角膜ドナーと同じドナーの皮膚を移植しても拒絶されない、という現象を観た。他のドナーの皮膚は拒絶されたので、「抗原特異的な免疫寛容」である。免疫学の難解な専門用語が、生き生きとした生体の現象に変わった瞬間である。 

 角膜移植や眼免疫の文献でStreileinという名前を何度も目にし憧れていた。1996年のICER(横浜)でStreileinを見つけ、留学を願い出て、翌年からスケペンス眼研究所の彼のラボのポスドクとなった。Streileinは、「Immune Privilege 」(免疫特権)の研究に最も力を注いでいた。移植学の父と呼ばれノーベル賞を受賞したMedawarが1940年代に生んだ Immune privilegeという概念は、Streileinらにより一つの学問分野として確立していた。Immune privilegeは、「高度な生命活動に必須の特殊な臓器(眼、脳、生殖器官など)が、過度の炎症による機能障害に至ることなく、恒常性を維持できるように、特別に有している免疫抑制性の性質」、と理解される。そのしくみを解き明かし伝承することが私のボストン時代からのミッションとなった。 

 留学中、私は「Frankenstein-maker」と呼ばれながら、角膜全層やパーツ、神経網膜、腫瘍、神経幹細胞スフェアなど様々な組織や細胞を腎被膜下に移植し、各々の組織(細胞)特有の免疫特性を解析した。臨床における各々の移植後の拒絶リスクと対策について有用な情報を提供するとともに、免疫特権組織が特有に発現するFasL などの「炎症を制御する分子」に興味をもった。帰国後、環境面で苦慮する時期があったが、ミッション中断の発想は無く、国立感染症研究所に居候して継続した後、日本医大にラボを整えた。 

 研究(学問)をする心的環境は、自分自身がその分野に興味をもっていて、何らかのミッションを感じていれば、十分であると思う。研究費や設備や研究人員などの環境は、ゼロからでも構築できるものだ。“Find a right person and a right place.” という恩師の言葉を幾度も思い出した。地理的にも学問分野的にもグローバルな交流を広げて協力者を増やすことと、良いもの(正しいこと)は必ず認められると信じること、が大切だと思う。 

 2004年にStreileinが他界し、 「Immune Privilege の謎を解く」というミッションは不動となり、「炎症を制御する分子群」の探索と機能解析を今日まで続けている。B7-H1, GITR-L, B7-H3, ICOS-Lなど眼組織に恒性発現する副刺激シグナル分子が、眼内でTリンパ球をアポトーシスにしたり、制御性T細胞に変化させたり、または、脾臓を巻き込んだ免疫寛容誘導に関わったり、と各々異なる役割を分担しながら、眼の恒常性を維持していることを明らかにしてきた。最近、また新規の候補分子を見つけた。どっぷりと分子免疫研究に専念したいと思ったこともあるが、眼科臨床医である以上、眼の研究をするのがミッションであり、眼分子免疫という道からブレないように意識している。 

 MedawarとStreileinからの “forward flow” と、日々生じる “eddy current” の相乗効果により、新しい発見が少しずつ生まれている。研究は、美しく整えた花壇を披露するようなものではなく、雪解けで顔を出した土に偶然新しい緑を見つけるようなものだと思う。 

—最後に
 最近になって、非常に多くの眼疾患の病態に免疫応答が関与することがわかってきた。ARVO2011のSunday Symposia(5月1日8:30~)に”Innate and Adaptive Immunity in Ocular Defense and Diseases”を企画した。ぶどう膜炎や角膜炎のみなく、AMD、緑内障、眼腫瘍と免疫の関与がわかる機会なので、ご参集いただき、眼免疫に興味をもっていただければ幸いである。 

【堀 純子 ; 略歴】
  1990年 新潟大学医学部卒業、東京大学医学部眼科研修医
  1992年 東京大学医学部眼科助手
  1994年 同愛記念病院眼科
  1997年 ハーバード大学眼科スケペンス眼研究所研究員
  2000年 東京大学医学部眼科助手
  2001年 国立感染症研究所免疫部協力研究員
  2002年 日本医科大学眼科講師
  2004年 日本医科大学眼科助教授(現 准教授) 現在に至る 

  2000年 Cora Verhagen Prize
  2004年 日本角膜学会学術奨励賞
  2005年 日本眼炎症学会学術奨励賞
  2007年 日本女性女性科学者の会奨励賞
  http://tlo.nms.ac.jp/researcher/506.php

 

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わがGlaucomatology その歩みから
   岩田和雄(新潟大学名誉教授)
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講演要約
 当日の講演の内容から、次のいくつかのメッセージを記載し、ご参考に供したい。
 学問は素朴な好奇心をベースにしていろいろな概念やら現象を疑うことから始まる。 学問を志すものは、現在みるように、あふれ過ぎてすぐ手に入る情報で好奇心が麻痺されぬよう強烈なエネルギーを常に蓄えておかねばなるまい。情報で直ぐに疑いが晴れたり、好奇心が満足するレベルに留まっていては学問は覚束ない。 

 夜も昼もひたすら真実をもとめて探求をつづければ、必ず新発見のチャンスが訪れるものだ。 ただ、それを見のがすか、それが新天地を開拓する引き金となるかは、その人の学問レベルとセンスにかかっている。 セレンデピテーは必ずしもノーベル賞受賞者にのみ訪れたわけではない。 私の半世紀に及ぶ緑内障学からもそのことはいえるとおもう。学問するに遅すぎることはない。未知が溢れているからだ。 

 緑内障学に志す人達に期待したいことは、日本の正常眼圧緑内障は質も量も世界を遥かに凌いでおり、その病因、病態の追究は日本の権利であり、義務でもあリ、恵まれたチャンスでもある。 欧米への安易な追従を断ち切り、突飛な面を開拓して真理を追究せねばなるまい。  

 数学者の藤原正彦氏による学問を志す人に関する4つの性格条件を解説し、参考に供したい。
  1)「智的好奇心」 が強烈であること。よい学者になれる不可欠な資質である。学業成績はあまり問題ではない。
  2)「野心的であること」 やってやるぞ!と強烈な野心を抱き、創造にむかっての活動なしでは意味がない。智的に優れているだけでは、型にはまった仕事しかできない。
  3)「執拗であること」 失敗を繰り返しても、生涯追い続けることだ。諦めてはいけない。
  4)「楽観的であること」 悲観的になれば終わりだ。 果敢な楽観的鈍才にチャンスがある。 

 言うはやすく、おこないは難し・・・・ではあるが、それこそ学を志すものの生き甲斐と言わねばなるまい。 最近のマスコミは日本の若者が元気がなくなったと嘆じているが、決してそんなことはない。 元気がないのはマスコミ自身である。 

【岩田 和雄 ; 略歴】
  1953年 新潟大学眼科入局
  1961-63年 ボン大学眼科留学(アレキサンダー・フォン・フンボルト奨学生)
  1972年 新潟大学教授
  1993年 定年、新潟大学名誉教授

  日本緑内障研究会創設以来のメンバー
  緑内障に関する特別講演: 
   臨眼総会(1984年)、日眼総会(1992年)、日本緑内障学会(1992年)等
  第2回日本緑内障学会会長(1991年)
  名誉会員: 
   日本緑内障学会、日本眼科学会、日本眼光学学会、日本神経眼科学会、
   Glaucoma Research Society等