速報版 第234回(15‐08月)済生会新潟第二病院眼科勉強会  立神粧子
2015年8月6日

 演題:「人生いろいろ、コーチングもいろいろ
    高次脳機能障害と向き合うこと、ピアノを教えること」
 講師:立神粧子(フェリス女学院大学教授)
  日時:平成27年8月5日(水)16:30~18:00
  場所:済生会新潟第二病院眼科外来

 後日、ご本人による講演要約を頂き報告する予定ではありますが、ここにメモをもとに速報版の報告を致します。

【講演要旨】
 ご夫婦で東京芸大出身の音楽家。立神先生はピアノ、ご主人はトランペット。ヤマハ楽器にお勤めだったご主人が「くも膜下出血」を発症。その克服にご夫婦で立ち向かい、ニューヨークで約一年の研修を受け、その後も地道な訓練をひたすらに続け、生活を取り戻した壮絶なお話。

 2001年秋、ご主人が仕事中に突然解離性くも膜下出血で倒れ、後遺症として高次脳機能障害が残った。2年ほど大きな改善は見られず悶々としていたなか、2004年立神先生はフェリス女学院大学からのサバティカルの1年を利用して、お二人でNewYork大学リハビリテーション医学Rusk研究所の通院プログラムに参加した。Y.Ben-Yishay博士が率いるRusk研究所は脳損傷通院プログラムの世界最高峰と言われていた。

 高次脳機能障害とは、交通事故や脳卒中などの後遺症による、器質性の機能障害。認知機能に問題が起こるのみでなく、本人に障害の自覚がない、記憶に問題があり自分では改善できない,といった問題がある。易疲労性で、抑制困難、発動生の欠如と行った症状が出てくる。これらが、顕著に表れたり、一見治ったかのように表れる。。。。さらに、家族が症状の本質を理解できないという、問題もある。

 脳損傷者の機能回復訓練において最も厄介なことは、人それぞれ歩んできた人生が違う、ということである。例えば臓器であれば、その機能は共通で発症後の経過を予測できるであろう。しかし脳の機能はその人固有の人生の学習の記憶によって成り立っている。神経回路のつながり方はAさんとBさんとでは全く異なるのである。

 Rusk研究所(NY大学医療センター)通院プログラム
 「認知機能の神経心理ピラミッド」 認知機能を9つの階層に分け、ピラミッドの下が症状の土台であり、その基本的な問題点が改善されていなければ、ピラミッドのそれより上の問題点の解決は効果的になされないとする考え方で、ピラミッドの下から訓練は行われる。
 9つの階層~下から以下のとおり 意欲>覚醒・警戒・心的エネルギー>抑制(過小・過多)>注意・集中>コミュニケーション・情報処理>記憶>論理的思考>受容>自己同一性。
 
 Ruskではこれらすべての階層の問題のひとつひとつに戦略(対処法)がある。月曜日から木曜日までの朝10時から午後3時まで、対人コミュニケーションや個別の認知訓練、カウンセリングまでをも含む構造化された時間割の中でシステマティックな訓練が行われる。

 Rusk研究所での夫の訓練が終わるとき、Ben-Yishay博士から「君たちが訓練に成功したのは、君たちが成熟した音楽家で、訓練ということの意味を理解していたからだ」と言われた。   

 認知の諸機能に問題が生じる脳損傷(高次脳機能障害)に対する訓練は、1日の流れを構造化した生活の中で地道に継続することが肝心である。短期記憶に問題が生じるので、新しいことを脳が学習することが難しくなる。認知機能不全によりできなくなったことができるようになるために、症状を分析、細分化し、環境を構造化し、ひとつひとつ達成感を感じながら練習→習得→習慣化の過程を経る必要がある。こうした過程は、楽器の習得などと共通点が多い。そして非常に重要な部分として、脳損傷者の機能の統合と再構築を助ける、専門家及び家族のコーチングの技術がある。支援することを構造化 そのためにはケアマネージャーさんやヘルパーさんとの連携が不可欠。

 こうした訓練と戦略のおかげで、絶望的だった夫との生活は奇跡的に改善され、希望が持てる人生を歩みだすことができた。神経心理ピラミッドは脳損傷にもピアノ教育にも有効なツールとなっている。


【略 歴】
 1981年 東京芸術大学音楽学部卒業
 1984年 国際ロータリー財団奨学生として渡米
 1988年 シカゴ大学大学院修了(芸術学修士号)
 1991年 南カリフォルニア大学大学院修了(音楽芸術学博士号)
 2004-05年 NY大学医療センターRusk研究所にて脳損傷者の通院プログラムに参加。治療体験記を『総合リハビリテーション』(医学書院)に連載(2006年)。
 2010年 『前頭葉機能不全その先の戦略』(医学書院)
 現在:フェリス女学院大学音楽学部音楽芸術学科教授、音楽学部長、日本ピアノ教育連盟評議員、米国Pi Kappa Lambda会員。

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『前頭葉機能不全/その先の戦略:Rusk通院プログラムと神経心理ピラミッド』
 2010年11月 医学書院より出版。
 医学書院のHPに以下のように紹介されている。
「高次脳機能障害の機能回復訓練プログラムであるニューヨーク大学の『Rusk研究所脳損傷通院プログラム』。全人的アプローチを旨とする本プログラムは世界的に著名だが、これまで訓練の詳細は不透明なままであった。本書はプログラムを実体験し、劇的に症状が改善した脳損傷者の家族による治療体験を余すことなく紹介。脳損傷リハビリテーション医療に携わる全関係者必読の書」
 http://www.igaku-shoin.co.jp/bookDetail.do?book=62912
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