2015年8月1日、16回目となる新潟ロービジョン研究会を行いました。今年の研究会は、全国14都府県から90名が集いました。満員となった済生会新潟第二病院10階の会議室では、どの演題にも熱い討論があり、気づきがあり、感動がありました。
今回、特別講演では、世界各国のロービジョンケアについて講演して頂きました。結論の一つに、無戦争が重要であることが述べられています。終戦の日である8月15日に、特別講演の講演要約をお届けします。
特別講演:『世界各国と比べた日本のロービジョンケア』
講師:仲泊 聡(国立障害者リハビリテーションセンター;眼科医)
【講演要約】
1.目的
世界各国におけるロービジョンケアあるいは視覚リハには、どのような方たちが関わり、そして、何が大切なのかを分析し、現在の我が国の特性と今後について検討する。
2.方法
日本、コロンビア、米国、カナダ、イギリス、オーストラリア、オーストリア、スウェーデン、大韓民国、中華人民共和国、モーリシャス、モンゴル、ジンバブエの視覚障害者福祉について調査した。調査は、筆者のJICA短期派遣専門家としてのコロンビア訪問の経験をもとに、私信およびインターネットによる検索を用いて行った。その際、西田朋美氏(国リハ病院)、永井春彦氏(勤医協札幌病院)、王鑫氏(筑波大学)、新井千賀子氏(杏林アイセンター)、河原佐和子氏・伊藤和之氏(国リハ自立支援局)から、各国視察経験に基づいた資料提供ならびにご助言をいただいた。それらの制度が生まれた背景を考えるには、各国における政治・経済・歴史・思想・習慣を知らなければならない。今回は、我が国が辿った道になぞらえて各国の現状を比較し、そして現在の我が国の特性と今後について検討する。
3.結果
1)治安と福祉
医療も福祉も、その国が平和かどうかによって大きく異なる。筆者が関わったコロンビアでは、いまだに内戦が続いており、地雷、時限爆弾、誘拐が横行する。人々は明るく美しい国であるが、常に命の危険に晒されている。視覚リハに関しては、アメリカ式のリハ体制がスペイン経由で輸入され、国内数カ所に高いレベルのリハ施設が存在するものの、それを享受できる者はわずか1%にすぎない。戦時下における我が国では、障害者を「劣等国民」と差別した史実があり、国民全体が生命の危機に直面する状況において、社会的弱者の権利は脆弱なものとなることは明らかである。
2)家族と福祉
スウェーデンの近代史を見ると高福祉と家族の崩壊との関係を指摘するものが多い。子供は国の宝であり、親が守らずとも国が守る。高齢者や障害者も国が守る。しかし、それは同時に肉親が守らなくても大丈夫という発想を与え、家族の必要性を損なう。そのため、今や離婚率は50%を上回り、子連れ再婚による血縁のない兄弟関係が当たり前となった。一方で、途上国の多くは今も大家族であり、福祉が行き届かなくても家族が障害者を守る習慣がある。しかし、そこには家族間の格差があり悲劇も多い。ほとんどの国では、大家族は、経済発展に伴い核家族化する。核家族化すると弱者を社会が守る必要性が高まり、福祉制度が充実せざるをえない。そして、福祉制度がさらに充実すると夫婦という最小の家族単位すら不要となり、社会の基礎単位が個人となる。この核家族から個人への移行過程を先進諸国は歩いており、我が国もその例外ではない。
3)経済と福祉
今回、経済指標として国民一人当たりの国内総生産(GDP)によって各国を比較した。我が国では約3.7万ドルであり、最も多かった米国が約5.3万ドル、最も少なかったジンバブエが約0.2万ドルである。韓国とイギリスは我が国と同程度で、他の西欧諸国は4万ドル台、他のアジア・アフリカ諸国は1万ドル台であった。これらを、我が国のGDPの年代的推移に当てはめると、ジンバブエは明治時代、アジア・アフリカ諸国は1970年代に相当する。
4)ロービジョンケアに携わる人たち
ロービジョンケアに携わる人の職種は、各国さまざまであった。我が国では、眼科医が統括し、視能訓練士が視機能評価と光学的補助具の選定・訓練を行い、他の視覚リハ訓練と相談業務を歩行訓練士等が行うという体制にある。これに対し世界では、眼科医と視能訓練士の役割は少ない。その代わり、オプトメトリストと呼ばれる職種が存在し、彼らが主体的に我が国の眼科医・視能訓練士の役割に相当する部分を担っている。また、多くの国の視覚リハ訓練において作業療法士の関わりが大きい。これは、視覚リハが総合リハの一環として行われているためである。さらに、特筆すべきこととしては、カナダにおいて、専ら視覚障害のみを業務対象として活動が成り立っている看護師がいることであろう。また、多くの国では、心理的なサポートをその専門職が行っている。我が国にも臨床心理士が存在するが、視覚リハへの関与は残念ながら少ない。医療職が多く関与する国では、視覚リハが基本的に医療保険で行われている。その点、我が国では、福祉や教育のフィールドで視覚リハが行われてきた歴史的背景を反映し、歩行訓練士等による福祉施設における訓練が定着しているのが特徴と言える。
5)ロービジョンケアを享受する人
世界的にロービジョンケアあるいは視覚リハを享受するには、それ相応の対価を支払うことが求められる。医療保険でこれらを行っている国では、その契約対象にそれが含まれているかどうかで、受けられるかどうかがほぼ決まる。コロンビアのアンテオキア県の場合、受診時にその部分が検討され、実に75%がこの理由で視覚リハを受けることができない。米国においても保険契約上の問題で享受できない人がいるため、個人差の大きなサービスにならざるをえない。その点、中国や北欧などでは、国民に一律同等のサービスが与えられているが、その経済根拠はとなると他の部分での圧迫が生じることとなる。国によっては、視覚リハに携わる人が少ないため、そこにつながらない場合もある。視覚リハの需要とその内容は、その国の人口の年齢構成と、視覚障害の原因疾患によっても左右する。我が国では、高齢化による緑内障と加齢黄斑変性の増加に伴う需要がますます大きくなっている。それに応じて、医療と介護の役割が増大している。一方、視覚障害児の教育については、各国とも積極的に取り組んでいるが、世界的に統合教育の理念により視覚障害児が一般校に通学する傾向にある。それは、単に一般児童と生活をともにすればいいということではない。そこで生じた課題を解決できる体制と対で行われなければならない。北欧諸国では、その体制が十分に整っているためにうまく運んでいるものと思われる。ロービジョンケアの国際比較というとその技術やサービス内容に目がいきがちであるが、現代、情報はすぐに伝わるもので、調査したほとんどの国での知識や機材の質には大きな違いはなかった。むしろ、そのサービスにいかに繋がることができるかという点で異なっていた。
6)視覚障害者支援の強化因子
1964年に世界盲人福祉協議会でなされた「盲人の人間宣言」以来、障害当事者が自分たちに関することを自分たちで決めるという理念に対するコンセンサスが広がっている。その中で、米国のAmerican foundation for the blind、カナダのCanadian national institute for the blind、イギリスのThe royal institute of the blind people、オーストラリアのThe Australian Blindness Forumというような、当事者自身が参画し、当事者団体としての性格を併せ持つ支援・活動団体の存在が目を引く。また、カナダのCNIBや今回の調査対象からは外れたが、スペインのONCEという視覚障害者支援団体は、宝くじの胴元となって潤沢な資金を集め、これを根拠として支援活動を行っている。我が国にも、日本盲人会連合、全日本視覚障害者協議会、弱視者問題研究会などの当事者団体が存在し、日本網膜色素変性症協会、全国盲老人福祉施設連絡協議会、日本盲人社会福祉施設協議会、全国盲導犬施設連合会、全国視覚障害者情報提供施設協会、全国盲学校長会、視覚障害リハビリテーション協会といった各種支援団体が数多く存在するが、いずれもその組織率は高いとは言えず、そして、それぞれの目的も微妙に異なる。
4.考察
1)治安と福祉
治安が不安定な中で、世界的に見た場合のセーフティネットとしての宗教の役割は大きい。我が国での無宗教の比率は7割と言われているので、現在の福祉水準の維持に無戦争の果たす役割は計り知れない。
2)家族と福祉
核家族から個人単位への転換は、高福祉が下支えする。家族崩壊を嘆く声も少なくないが、逆に真の意味での愛情と信頼で結ばれた家族関係が生まれ、それが本来の姿だという考えもある。北欧諸国のこれからを見据えるとともに、我が国における家族のあり方について、さらなる議論が必要である。
3)経済と福祉
各国の福祉状況をみると国民一人当たりのGDPとの相関をうかがい知ることができる。我が国のそれは、過去に世界第2位まで上り詰めたが、徐々に低下して、現在は19位に転落している。今後の我が国の福祉水準を維持するためには、適正な所得の再分配を前提とする経済的発展が不可欠と言えよう。
4)ロービジョンケアに携わる人たち
我が国の特徴として、眼科医と視能訓練士が他国よりも深く関わっている。これは、その制度上の違いが生むものではあるが、その点を生かすことでより保有視機能に則し、治療の可能性を常に考えた支援が可能になるという点で、他国に優るロービジョンケアサービスシステムを構築できるのではないだろうか。その一方で、歩行訓練士等の福祉職として勤務する職種が、専門職としての資格が与えられず、医療施設で働きにくいという問題を解決していかなければならない。
5)ロービジョンケアを享受する人
我が国でもロービジョンケアを行っている施設は十分とは言えないが、他国に比べればまだ多いほうである。問題は、うまくそこに繋がるかどうかである。現代のロービジョンケアの水準を示すスケールとして何をするかだけでなく、どう繋がるか、すなわちサービスへのアクセシビリティが重要になっている。最近では、眼科学会や眼科医会といった眼科医の組織が、ロービジョンケアの重要性を連呼し、眼科医療全般にその存在意義を啓発している。しかし、視覚リハにおいて何が行われるのかを熟知する眼科医や視能訓練士は依然として少なく、まだまだ啓発の余地が残されている。眼科ベースで視覚リハを行おうとしている世界的にはむしろ稀有なシステムを持つ我が国は、この特徴を生かし、ロービジョンケアを享受できる人の割合を増やし、さらには、必要と感じてからそれを受けることのできるまでの時間の短い優良なシステムを作り上げることができるのではないだろうか。
6)視覚障害者支援の強化因子
我が国に現在林立する視覚障害関連団体をまとめる組織が、障害当事者を核として成立することが、今後の我が国の視覚障害者支援においては重要ではないかと考える。それは、単にボランティア的な支援サービスの集合体ではなく、当事者の権利を守り、支援者の生活を下支えする、政治力と経済力を兼ね備えた組織でなければならない。
5.結論
外国のシステムを学ぶことは、何であっても新しい視点と発想を与えてくれる。そして、自分の置かれている状況の問題点を見つけることができる。しかし、それと同時に今までに気づいていなかった我が国での良い点を再認識し、変えてはならない部分があることにも気づかされる。
今回の検討から、1) 無戦争の維持、2) 家族についての検討、3) 経済的発展、4) 専門職の資格、5) サービスへのアクセシビリティの改善、6) 障害当事者を核とする支援組織の存在が、今後の我が国に必要であると提案する。
【略 歴】
1989年 東京慈恵会医科大学卒業
1995年 神奈川リハビリテーション病院
2003年 東京慈恵会医科大学眼科学講座 講師
2004年 Stanford大学 客員研究員
2007年 東京慈恵会医科大学眼科学講座 准教授
2008年 国立身体障害者リハビリ病院第三機能回復訓練部 部長
2010年 国立障害者リハビリ病院第二診療部 部長
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『新潟ロービジョン研究会2015』
日時:平成27年8月1日(土)14時~18時
会場:済生会新潟第二病院 10階会議室
主催:済生会新潟第二病院眼科
テーマ:「ロービジョンケアに携わる人達」
【プログラム】
14時~はじめに 安藤 伸朗 (済生会新潟第二病院;眼科医)
14時05分~特別講演
座長:加藤 聡(日本ロービジョン学会理事長 東大眼科准教授)
『世界各国と比べた日本のロービジョンケア』
仲泊 聡(国立障害者リハビリテーションセンター;眼科医)
http://andonoburo.net/on/3843
15時~パネルディスカッション ~ 『ロービジョンケアに携わる人達』
司会:安藤 伸朗 (済生会新潟第二病院;眼科医)
仲泊 聡(国立障害者リハビリテーションセンター;眼科医)
1)眼科医が行うロービジョンケア
加藤 聡(日本ロービジョン学会理事長 東大眼科准教授)
2)NPOオアシスでやってきたこと、行っていること
山田 幸男 (新潟県保健衛生センター;信楽園病院 内科)
3)ロービジョンケアにおける視能訓練士の関わり
西脇 友紀(国立障害者リハビリテーションセンター病院;視能訓練士)
4)新潟盲学校が取り組む地域支援
渡邉 信子 (新潟県立新潟盲学校;教諭)
5)盲導犬とローヴィジョン
多和田 悟 (公益財団法人:日本盲導犬協会 訓練事業本部長 常勤理事)
6)後悔から始まった看護師によるロービジョンケア
橋本 伸子(石川県;看護師)
7)嬉しかったこと、役立ったこと (患者の立場から)
大島 光芳 (上越市;視覚障がい者)