報告2 公開講座2011 「高次脳機能と視覚の重複障害を考える~済生会新潟シンポジウム」 仲泊 野崎
2011年2月5日

報告2  公開講座2011 「高次脳機能と視覚の重複障害を考える~済生会新潟シンポジウム」
 日時:2011年2月5日(土) 開始15時~終了18:00
 会場:済生会新潟第二病院 10階会議室 

教育講演1   座長:安藤 伸朗 (眼科医;済生会新潟第二病院)
 演題:高次脳機能障害とは? 
 講師:仲泊 聡 (国立障害者リハビリセンター病院;眼科医)
【講演抄録】
 1. 高次脳機能障害の定義
 学術用語としての高次脳機能障害は、脳損傷で生じる認知・行動・情動障害全般を指し、記憶障害・社会的行動障害・遂行機能障害・注意障害という高頻度で生活へ影響が特に大きい主要症状の他に半側空間無視・失語症・失行症・失認症などがある。その特徴の一つとして病識の欠如があり、これがさらに社会生活復帰への支障を大きくしている。一方、行政用語としての高次脳機能障害は、学術用語で挙げた症状に以下の条件がつく。
 1) 実際に日常生活または社会生活に制約がある
 2) 脳損傷の原因となる事故による受傷や疾病の発症の事実が確認されている
 3) 先天疾患・周産期における脳損傷・発達障害・進行性疾患を原因とするものは除外
 4) 身体障害として認定可能な症状を有するが主要症状を欠く者は除外(たとえば、失語症だけでは、音声・言語・咀嚼機能障害に入るため除外される)
 高次脳機能障害者支援の手引き(改訂第2版)には診断基準が記されている。これは国リハのホームページから申込書ダウンロードが可能。
 (http://www.rehab.go.jp/ri/brain_fukyu/kunrenprogram.html 

 2. 主要症状
 1) 記憶障害
 ・物を置いた場所を忘れたり同じことを何回も質問するなど、新しいことを学 習し、覚えることがむずかしくなる
 ・社会生活へ復帰する際の大きなハードルとなってしまうことが少なくない
 2) 社会的行動障害
 ・すぐに他人を頼るような素振りをしたり子供っぽくなったりする
 ・我慢ができず、何でも無制限に欲しがる
 ・場違いの場面で怒ったり笑ったりする
 ・一つのものごとにこだわって、施行中の行為を容易に変えられず、いつまでも同じことを続ける
 3) 遂行機能障害
 ・行き当たりばったりの行動をする
 ・指示がないと動けない
  これは、目標決定、行動計画、実施という一連の作業が困難になることで、すなわち、見通しの欠如、アイデアの欠如、計画性・効率性の欠如ということができる。
 4) 注意障害
 ・気が散りやすい
 ・ 一つのことに集中することが難しい
  そもそも注意とは何か。これは「意識内容を鮮明にするはたらき」と説明されている。対象を選択する。選んだ対象に注意を持続する。対象以外へ注意を拡大する。対象を切り替える。複数の対象へ注意を配分するなどが注意のはたらきだ。注意障害の患者を眼科で診るときは、以下の配慮を要する。
 ・ほとんどの眼科検査で集中力が不足して十分な検査ができないことが多い
 ・視力検査は短時間で一回の検査を終え、日を替えて続きを行なうのがよい
 ・視野検査では眼疾患が存在しなくても全体的な沈下をきたすことがある 

 3. 他の高次脳機能障害の症状
 1) 半側空間無視
 ・自分が見ている空間の片側を見落としてしまう障害
 ・食事で片側のものを残したり片側にあるものにぶつかったりする
 ・線分二等分試験や模写課題などで検査される
 2) 失語症(行政用語としては高次脳機能障害に入らない)
 ・うまく会話することができない
 ・その中には、単に話すことができなくなることだけでなく、人の話が理解できない、字が読めない、書けないなどの障害も含まれている
 ・音声・言語・咀嚼機能障害の3級または4級に入る
 3) 失行症
 ・動作がぎこちなく、道具がうまく使えないなど、手足は動くのに、意図した 動作や指示された動作ができない
 ・マッチを擦って煙草に火をつけるといったような系列を有する行為を意図的 に行うことができなくなる
 4) 失認症
 ・視覚失認…物全般がわからない
 ・純粋失読…文字がわからない
 ・相貌失認…顔がわからない
  失認症は、症状が視覚に関わることが多いため、患者自らが眼科を受診する。いわば、視覚の高次脳機能障害ということもでき、ロービジョンの範疇に入るものと思われる。しかし、その対策は一筋縄ではいかない。まして、高次脳機能障害の主要症状に視覚障害が重なったら、その対応はさらに困難であるということは明らかである。今後の検討が望まれている。 

【略歴】
 
1989年3月 東京慈恵会医科大学医学部医学科卒業
 1991年4月 同大学眼科学講座助手
 1995年7月 神奈川リハビリテーション病院眼科診療医員
 2003年8月 東京慈恵会医科大学医学部眼科学講座講師
 2004年1月 Stanford大学留学
 2007年1月 東京慈恵会医科大学医学部眼科学講座准教授
 2008年2月 国立身体障害者リハビリテーションセンター病院第三機能回復訓練部長
 2010年4月 国立障害者リハビリテーションセンター病院第二診療部長

 

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教育講演2   座長:安藤 伸朗 (眼科医;済生会新潟第二病院) 
 演題:「高次脳機能障害と視覚障害を重複したB氏のリハビリテーション」
 講師:野崎 正和 (京都ライトハウス鳥居寮;リハビリテーション指導員)
【講演要旨】
 B氏の4年間に及ぶリハビリテーション期間の内、前期(2007年8月~2008年3月の9か月)の取り組みについて報告した。
 Ⅰ B氏のプロフィール
  1.基本情報
    40代男性、S市在住、妻・娘と同居。
  2.生活歴・職業歴
    教師として20数年間勤務。野球部の監督や同和教育・生徒指導の担当者として活躍していた。
  3.疾病・診断名
    脳梗塞(2006年10月)・全盲・軽度の高次脳機能障害。前頭葉・右側頭葉・両後頭葉・脳梁に広範囲の損傷。
  4.高次脳機能障害の症状
    易疲労性、集中力の低下、注意障害、記憶障害(前向健忘)、空間認知障害、遂行機能障害などがあった。
  5.訓練開始時点での強み
    孤立感、孤独感が強く精神的に混乱しているが、真面目で前向きな性格や、知性や判断力が健在であることを感じさせる言動も見られた。家族の支援もしっかりしていた。 

 Ⅱ B氏のリハビリテーションの経過
 『前期の課題』
 安心できる環境とゆっくりした時間の流れの中で、適度で適量な刺激を提供すること。全盲+記憶障害+空間認知障害は非常に厳しい条件だが、何とかして日常生活でのADL自立をめざす。
 『前期の状況』
 B氏も奥さんも、切羽詰まった状態でわらをもすがる思いで鳥居寮に来られた。本人の孤立感・孤独感は非常に強いと思われる。現状は世界も能力も縮小した状態にあるが、潜在的能力はあり、徐々に拡大していく可能性は大きい。この段階での行動上の困難は大きいが、指導員との関係が中心であり比較的環境調整が容易なため、歩行訓練士でも対応が可能だったと考えられる。
 『前期の支援方針』
 毎日朝夕に職員の打ち合わせをして、状況の確認と対応の統一を図る。初期には易疲労性に留意し休憩を多く取り、また注意障害を考慮して伝えることは一度にひとつかふたつに留める。感情と結びついた記憶は残りやすいため、出来れば楽しい記憶にするように務める。予定した訓練をこなすことより、B氏の語りをゆっくり聴き、受け止めることのほうが重要であるという視点をもつ。
 『B氏に対して実施した、主に認知にかかわる訓練技法』
 ・エラーレスラーニング:迷う前にタイミングよくB氏にとって分かりやすい話し方で正しい答えを提示する。
 ・構造化:日課や家具の配置、移動ルートなど、さまざまなことをわかりやすくシンプルにすること。
 ・環境調整:施設での人間関係や家族に対する支援などもふくめて、B氏が落ち着けるような環境を作ること。
 ・スモールステップ&シェイピング(段階的行動形成):行動をわかりやすい小さな単位に分けて考える、それをもとに、行動を作り上げていくこと。逆シェイピングという技法もある。
 ・過剰学習:確実に誤りがなくなり自信がつくまで繰り返し練習すること。
 ・手掛かりの活用:触覚的なわかりやすい手掛かりを設置することで、手続き記憶の強化を図る。
 ・記憶の強制は避ける:自然な形で記憶力を使うようにしていく。
 ・ポジティブ・フィードバック:良いところを見つけて伝える。少しずつでも自分で出来ることが増えると、自己効力感・自己肯定感を高めることにつながる。
 ・散歩の活用:季節の風を感じること。感覚入力の豊かさが脳に対する良い刺激になる。
 ・般化:鳥居寮で出来るようになったことが、自宅でも出来ることを目指す。 

 Ⅲ まとめ
 高次脳機能障害と視覚障害を重複した方のリハビリテーションを進めるために、また当事者や支援者を孤立させないために、多くの人たちが経験や意見を交流できるネットワーク作りが必要ではないだろうか。 

【略歴】
 1950年生まれ。岡山県津山市出身
    立命館大学文学部卒業。
 1979年京都ライトハウスに歩行訓練士として入職(日本ライトハウス養成9期)
    以来歩行訓練士として31年間同じ職場に勤務。
 (2011年3月末定年 その後は嘱託で仕事を続る予定)