報告:第104回(04‐11月)済生会新潟第二病院眼科勉強会 (林 豊彦)
2004年11月10日

報告:第104回(04‐11月)済生会新潟第二病院眼科勉強会 (林 豊彦)
 演題:『障害者の自立を支える生活支援工学‐視覚障害者のための支援技術を中心に‐』
 講師: 林 豊彦 (新潟大学工学部福祉人間工学科福祉生体工学講座教授)
  日時:2004年(平成16年)11月10日(水)16時30分~18時
  場所: 済生会新潟第二病院 眼科外来

【講演要約】 
 日本社会は人類がいまだ経験したことのないスピードで少子高齢化が進んでいます。21世紀は社会のあらゆるセクターで、その対応に迫られることになるでしょう。社会の技術的な基盤に係わる従来の「工学」も大きく方向転換を迫られています。「高齢社会」、「障害者の自立支援」に直接取り組む新しい工学も生まれつつあります。それが「生活支援工学」です。
 21世紀は高福祉社会;あらゆる人々が快適で心豊かに暮らせるためには、人に優しくインテリジェントで高機能な機器・システムが必要です。生活支援工学は、そんな人間中心のエンジニアリングを目指します。 

1)高齢社会における福祉機器産業
 福祉用具の市場は年々拡張しているが、特に共用品(下記)が伸びています。
  2000年度 
   福祉用具(障害者専用) 11,389億円(対前年度伸び率-0.3%)
   共用品         22,549億円(対前年度伸び率21.6%)
   合計(広義の福祉用具) 32,421億円(対前年度伸び率13.6%)
  *共用品の定義:1.身体的障害や機能低下のある人にもない人にも使いやすい。2.特定の障害・機能低下のある人むけの専用品でない。3.一般に入手や利用可能。4.一般の製品と比較して、著しく高くない。5.継続的に製造、販売、利用されている
 日本では人類史上前例のない「超高速高齢化」が進行しています。65歳以上の人口比(高齢化率)が7%から14%になるのに要した年数は、フランスで110年、米国で70年、旧西ドイツで40年であるのに対して、日本はわずか24年です。
 こうした状況は当然「モノ作り」の現場に影響してきます。我が国で福祉機器産業が盛んになってきた背景には、こんな事情があるのです。 

2)バリアフリーとユニバーサルデザイン
 バリアーフリー社会は、「心身に障害や機能低下がある人でもない人でも分け隔てなく、すべて平等な条件で生活できる社会」と定義されます。ユニバーサル・デザインは、ロナルド・メイス(米国、ノースカロライナ州立大学;1941-1998)により提唱されました。彼は、9歳の時にポリオ感染後、車椅子・酸素吸入を使用しました。
 【ユニバーサル・デザインの7大原則】1.誰にでも役立ち、購入可能 2.個人の嗜好や能力を許容 3.使い方が理解しやすい 4.必要とする情報を効果的に伝達 5.誤動作時の安全性 6.身体的努力が不要 7.適切なサイズとスペース
 高齢者・障害者への配慮の標準化は、ISO/IEC GUIDE 71 (2001)、JIS Z8071:2003等、世界規模でどんどん進んでいます。   

3)「支援工学」小史
 日本では福祉・リハビリに「愛情」と「根性」が大事とされていますが、米国では早くから技術の重要性が指摘されていました。米国で発達した背景として、ベトナム戦争があります。1970年代米国にはベトナム戦争での傷痍軍人が溢れていました。そうした人達への支援が米国内の5箇所のセンターで行なったのが「支援工学」の始まりでした。
 1971 Rehabilitation Engineering(RE)の誕生
 1973 福祉工学(科学技術庁)
        The Rehabilitation Engineering Society of North America(RESNA 北米リハビリテーション工学協会)
 1980  International Coference on Rehabilitation Engineering(ICRE)(RESNA主催)
 1986 日本リハビリテーション工学協会(RESJA)
 1990 Americans with Disability Act(ADA法)
 1998 日本福祉工学会
 2000 日本生活支援工学会 

4)高度情報技術(IT)によるバリアフリー化
 健康人が高度情報技術を使用するのは、軽自動車からベンツに乗り換えるようなものですが、障害者の方が高度情報技術を利用するというのは、歩き専門から自動車を運転するというくらいの変化です。視覚障害者の方にとって、今や高度情報技術は「目」の働きをしているのです。 

5)視覚障害者の生活支援機器
 我が国における視覚障害者の特徴は、年齢構成で60歳以上が67.2%で、特に70歳以上が多いことです。点字は18歳以上の視覚障害者の9.2%、一級障害者の17.5%でしか使われていません。すなわち点字を用意しただけでは、視覚障害者に配慮したことにはなりません。視覚障害者の情報源は、(テレビ)66.9%、(家族・友人)61.0%、(ラジオ)52.1%、(録音・点字図書)7.9%、(パソコン通信)0.3%、、、、、、、視覚障害者の情報は、マスコミや身近な人たちに依存し、支援技術への依存度は低いことが分かります。
 ⅰ:日常生活を支援する機器 
  点字、浮き出し文字、拡大レンズ、拡大読書器、白杖、時計(触読式、音声デジタル式)、計量機「さじかげん」、音声ガイド電磁調理器
 ⅱ:コンピュータ利用を支援する機器
  弱視者のための画面設定~windowsの「ユーザ補助」、ハイコントラスト機能、マウスポインタ設定、画面の拡大、音声合成エンジンの発達により、「話すコンピュータ」(スクリーンリーダーによるテキストの読み上げ)が出現し、全盲の人でも使えるようになりました。 

6)リハビリテーション法508の衝撃
 米国連邦政府が調達する全ての高度情報技術機器は、ハードもソフトも障害者がアクセスすることの出来るものに限ると定めました(2003年1月1日完全実施)。政府の予算を受けている州や大学にも適応され、今後障害者が使えない機器を購入した場合は、職員や市民から提訴の対象となるというものです。適応となる製品は、1)ソフトウェア・OS 2)Webサイト 3)電子通信機器 4)ビデオ・マルチメディア製品 5)コピー機、プリンタ、ファックス 6)パソコン
 1986 リハビリテーション法に第508条追加
   連邦政府職員が使用する、ハードの規定
 1992 第508条の改正
   ソフトに関する規定の追加
 1998 第508条の再改正 
   ガイドライン作成をアクセス委員会に委嘱
 2000 電子・情報技術アクセシビリティ基準の公示(12月21日)
 2001 第508条の試行実施(6月21日)
 2003 第508条の完全実施(1月1日)
 米国の電子機器企業は、会社を挙げて早くから対応。カナダ・EU諸国は国家レベルで対応。一方、日本は企業単位で対応していますが、米国政府調達品から日本製品の締め出しの可能性もあり、「新しい非関税障壁」となってきています。 

7)コンピュータ利用支援センターの必要性 
 いくら情報機器のユニバーサルデザインが発達しても、支援機器が発展しても、これだけでは単なるインフラ整備です。使用する人への直接的な支援を行なわなければ利用してもらえません。ここが強調したいところなんです!! 
 1989年、米国では子供や障害者の自立支援を目的に、技術を利用する、親・利用者・専門家による「コンピュータ・アクセス・センター」が開設されました。これは、物作りの人と利用者を結びつける組織です。活動の内容は、多彩です。1)技術相談 2)電話相談 3)技術支援 4)子供のコンピュータ・クラブ 5)高齢者のコンピュータ・クラブ 6)オープン・アクセス 7)ハード・ソフトの貸し出し 8)講演・ワークショップ 9)教育用支援技術の研修、、、。活動のための収益の殆どは、企業からの補助金(3兆8千億円;67%)であり、個人からの献金(2千億円;3.4%)もあります。文化や歴史の違いでしょうが、我が国の対応とは大分異なります。 

 新潟大学工学部福祉人間工学科では、視覚に障害を持つ人々に対して、自立的に情報を獲得・発信できるようにコンピュータの使い方を個別指導することを目的として、パソコン講習を開催しています。会場は新潟駅プラーカ3にある「クリック」(新潟大学新潟駅南キャンパス)です。どうぞ利用下さい。 

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【林豊彦先生 略歴】
 1973年3月新潟県立長岡高等学校卒業、
  77年3月新潟大学工学部電子工学科卒業、
  79年3月新潟大学大学院 工学研究科電子工学専攻修了、
  同年8月新潟大学歯学部助手(歯科補綴学第1講座)
  87年3月新潟大学歯学部附属病院講師(第1補綴科)、
  91年4月新潟大学工学部情報工学科助教授(生体情報講座)、
  95年4月新潟大学大学院自然科学研究科情報理工学専攻助教授
     (生体情報制御工学大講座)
  96年  米国Johns Hopkins大学;客員研究員、
  98年4月新潟大学工学部教授(福祉生体工学講座)
【URL】 http://atl.eng.niigata-u.ac.jp
【趣味】リコーダー演奏,パイプオルガンの組立・調律,英会話,登山など 
 

【後 記】
 「生活支援工学」、聞き慣れない分野のお話でしたが、とても魅力的でした。エネルギッシュな講演でした。56枚にも及ぶスライド&レジメをもとに、「生活支援工学」に関する広範でかつ最新の話題を、1時間でお話下さいました。内容にも感心しましたが、判りやすい、そして聴く者の興味をそらさない語りは見事でした。
 講演後の話し合いでは、新潟市や加茂市で視覚障害者のパソコン教室を主宰する方々や盲学校の先生から感想や意見が出ました。家電製品のバリアフリーの話題では、視覚障害のKさん、Sさんの活き活きした意見が印象的でした。「N社の洗濯機は駄目。細かい操作が判らない。大まかなことは困らないので、細かい操作にも配慮してくれないと困る」「携帯電話も会社により使い勝手は様々、いいものもあれば、そうでないものも、、、」 

 参加された方から、以下のメールを頂きました(到着順)。
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●林先生の博識でエネルギッシュなお人柄には驚くばかりです。勉強会の感想としては、良くも悪くもアメリカとの違いを感じました。大企業が納める税金の使い方が理にかなっているように思いました。特に大企業の収益に応じた社会への還元というのは、政策として是非日本でもできたらと思います。ボランティアという便利な言葉に甘んじて、ボランティアへのサポートを行政は怠っているようにも感じます。身近なパソコンのことから、人権問題、福祉政策といった大きなテーマにまで及んで、とても考えさせられた時間でした。(JU)
●日頃、健常人の立場でしが考えたことがなかったので非常にためになりました。(SH)
●勉強会での林先生のお話は、本当にすばらしいお話で、ただ単に目の前のボランティア活動だけで汲々としている小生にとっては、今回のお話のような大きく広い視野からの障害者に関する情報をお聞きする機会はめったにないものですから、大変良い勉強会に呼んで頂いたと喜んでおります。有難うございました。林先生のあの素晴らしい話術にも感激しました。(SK)
●先日は勉強会に参加させていただきましてありがとうございました。林先生にはパソコン講習会でお世話になりました。マンツーマンで2日教えていただきました。英語の発音が他の人と違うのはアメリカに行ったからのようですね。大学の工学部の先生が福祉の分野にどのようなお話をされるのか興味がありました。視覚障害者も含めた障害者全体と高齢者等も含めて福祉を考えておられることに感心をさせられました。私は残念ながらスクリーンの映像は見えませんので具体的に理解が難しい面もありましたが、勉強会の雰囲気は非常によいものであると感じました。これからも機会があれば参加させていただきたいと思います。(MI)