報告:『済生会新潟第二病院眼科-市民公開講座2017』  3)高橋政代
2017年5月13日

報告:『済生会新潟第二病院眼科-市民公開講座2017』  3)高橋政代

 最新の眼科医療や再生医療の話題を知り、視覚リハビリテーションを語るという市民公開講座(主催:済生会新潟第二病院眼科)を、2月25日に開催しました。高橋政代先生(理化学研究所)、平形明人先生(杏林大学眼科教授)、清水美知子先生(フリーランスの歩行訓練士)をお招きし、司会は林 知茂先生(国立障害者リハビリテーションセンター病院)と、安藤 伸朗(済生会新潟第二病院眼科)が務めました。当日は全国12都府県から100名を超す方々が参加、熱気あふれる公開講座となりました。
 公開講座の報告として、講師の方々の講演要約を順に公開しています。今回は、高橋政代先生(理化学研究所)です。

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演題:網膜再生による視機能回復とロービジョンケア

講師:高橋政代(理化学研究所CDB 網膜再生医療研究開発プロジェクト)

【講演要約】
 2014年9月に手術が行われた加齢黄斑変性に対する患者自身のiPS細胞から作った網膜色素上皮(RPE)細胞シート移植(自家移植)の1例目は手術後2年以上経過しても、移植細胞が色素を保って生着しており安全性が確認された。ついで2017年3月には他のiPS細胞から作ったRPE細胞の移植(他家移植)が行われた。今回はシートの移植ではなく、より多数の病状の軽い人への移植に適したバラバラの細胞(細胞浮遊液)の移植である。今後、2年以内に5名の移植をして安全性を検討するが、iPS細胞を用いた移植治療もいよいよ治療開発の次の段階に入った。

 視細胞が失われることによって視野狭窄や視力低下を来す網膜色素変性に対するiPS細胞由来視細胞移植も慎重な動物実験で効果が確認され、数年内に臨床研究をするために前臨床試験(臨床研究の準備)へと進んでいる。網膜色素変性に関しては、視細胞移植治療研究だけでなく、視細胞の代わりをするチップを移植する人工網膜はすでにアメリカで認可されて販売されており、毎週手術が行われている。人工網膜では最高矯正視力で0.03が出たと報告されており、これは予想を超える効果である。また、原因遺伝子の遺伝子治療ではこれまで正常な遺伝子が足りないために疾患が発症する劣性遺伝タイプの網膜色素変性のみが遺伝子治療の対象であったが、昨年末には優性遺伝タイプも治療可能となる技術が動物実験で発表された。その他にも視細胞以外の残った網膜細胞に光を感じて脳に伝えるようにするチャンネルロドプシン遺伝子を導入することで、視細胞以外の細胞で光が見えるようになる治療もアメリカで開始された。


 このように難知性網膜疾患に対する新しい治療がどんどん開発されているが、どんな治療法も最初の臨床試験では効果を見るものではなく安全性確認が目的である。再生医療、特に網膜の再生医療はまったく新しい治療であり最初は効果も小さい。また、同じ細胞を使っても移植される網膜の状態によって効果が決まるので、網膜が傷跡のように瘢痕化してからでは移植細胞は受け取られない。今後、改良を重ねて徐々に効果的な治療となることが考えられるが、どうしても「網膜再生医療」という言葉から過剰な期待が持たれやすく「失望リスク」を抱える。一方で、新しい治療を開始する場合は治療のリスクとベネフィットを十分に吟味して慎重に進める必要があるが、日本ではゼロリスクを求める傾向があり進まないと言う問題がある。治療開発が安全性を過度に求めることから遅延する「治療機会損失」と同様に、これもこれまではあまり俎上に乗らなかった「治療に関わるリスク」の一つである。いずれもリスクコミニュケーションが重要となる。


 過度な期待は治癒が唯一の問題解決法であると考えることから起こるので、目的を達成するためのロービジョンケアという別の道を伝えることが重要である。再生医療はリハビリテーション(ロービジョンケア)とセットで完成することを周知する必要がある。特に視機能が低下しつつあるまだ障害が軽度の段階でロービジョンケアや福祉につなぐことによって勤務を続けられる場合も多いが、橋渡しがないために医療と福祉の谷間に落ち込む場合が非常に多い。分断された医療と福祉を効率よくつなぐために、また予防医療や再生医療という新しい医療を創るため、研究、医療、患者ケア、福祉窓口、就労支援がワンストップとなる神戸アイセンターを建設している。そこでは、確かな一般診療を行う市民病院機構の新しい病院「神戸アイセンター病院」(中央市民病院と先端医療センターの眼科を統合)で理研のサポートで研究から生まれた再生医療など先進医療も進め、また病院の入口フロアを占めて病院と福祉施設の橋渡しとなる「公益法人NEXT VISION」が視覚障害のイメージ変革を目指して「isee運動」を展開する。さらに、医療の新しい形や社会実験を推進するソーシャルベンャー「VISION CARE」の組み合わせで、2017年末からは神戸アイセンターがオープンする。


【略 歴】

 1986 京都大学医学部卒業
 1986 京都大学医学部眼科
 1995 アメリカ ソーク研究所 研究員
 2001 京都大学医学部附属病院 助教授
 2006 理化学研究所 チームリーダー
 2012 理化学研究所 プロジェクトリーダー
  現在に至る

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『済生会新潟第二病院眼科-市民公開講座2017』
 日時;2017年02月25日(土)
 会場:新潟大学医学部 有壬記念館(ゆうじんきねんかん)2階会議室
 テーマ:「眼科及び視覚リハビリの現状と将来を語る」
 主催:済生会新潟第二病院眼科 
【プログラム】
 座長:安藤 伸朗(済生会新潟第二病院眼科)
    林 知茂 (国立障害者リハビリテーションセンター病院眼科)
・「杏林アイセンターのロービジョン外来を振り返って」
  平形 明人(杏林アイセンター;主任教授)
     http://andonoburo.net/on/5864  

・「網膜再生医療とアイセンター」
  高橋 政代(理化学研究所CDB 網膜再生医療研究開発プロジェクト)

・「視覚障害リハビリテーションのこれまでとこれから」
  清水 美知子(フリーランスの歩行訓練士)
  http://andonoburo.net/on/5840