報告:第260回(17-10)済生会新潟第二病院眼科勉強会  岩田和雄
2018年3月1日

報告:第260回(17-10)済生会新潟第二病院眼科勉強会 岩田和雄
 済生会新潟第二病院眼科「目の愛護デー講演会」
  日時:平成29年10月18日(水)16:30 ~ 18:00
  場所:済生会新潟第二病院眼科外来
 演題:「90歳が究め続けた緑内障の素顔と人生と」
 講師:岩田和雄(新潟大学名誉教授) 

【講演要約】
 90歳の自覚が全くない自分が、「90歳が究め続けた緑内障の素顔と人生」などと題して話をする矛盾に我ながらむしろ興味がある。 一句「卒寿とは おれのことかと 大笑い」。研究歴60有余年、永くもあり短くもあり。世に「風評」という現象がある。「流行」という現象もある。「情に棹させばながされる」は漱石の有名な言葉である。人間がすることであるから、学問にも類似の現象がある。華やかで、分かりよく、人口に膾炙しやすい安易な流れは、一世を風靡するかにみえるが、桃山文化の如くやがて消える宿命にある。そして、歴史の本流は何ら影響なく、決して流れの本態を変えることはない。それが真実というものだ(但し、教育は別)。 

 長いようで短い人生、いろいろのことがある。今日はアカデミックなお話ではなく、問わず語りで思いつくままに、面白そうなお話をしてみたい。
 小学校3年生の受け持ち先生に言われたことが今でもよく覚えている。曰く、「お前たちは、こういうものになりたい、なりたいと、思い続けていると、いずれ、そういうことになるものだ、面白いだろう!そしてお前たちが将来どんなに偉くなっても、俺が教えたことを忘れるな!」 

 私が中学生の時の東大哲学を専攻した校長の話が面白かった。曰く、「ある禅僧が雨宿りに入った洞穴に、空腹の虎がやってきた。虎に喰われない方法は??禅僧の解答は???」。その答えは、食われるのでなく、食わせるのだというものだった。その趣旨は、どんな時でも自分が主体にならねば事は成就しないということだ。寺田寅彦(漱石門下、東大物理学教授)曰く、「頭のいいひとは恋ができない。恋は盲目だからだ。科学者になるには自然を恋人としなければならない。自然はその盲目な恋人にのみ、真心を打ち明けるものだ。頭の悪い人は、駄目に決まっていることでも一生懸命続け、いつか、それをしなかった人には、決して出会はない、特別のチャンスに巡り逢うことがよくあるものだ」。人は誰でも(医学研究者ももちろんのこと)、教科書やガイドラインをマスターしても、わからないことが山の如くに立ちふさがる。もっともらしい解説で満足すると、峠を越えたように錯覚し、安堵してしまう。そうすると深山はその本態を隠してしまい、真実はあざ笑ってカスミの彼方に消える。例えば近視とは、すぐに理解できるが、では、なぜ、そしてなぜ、と何故を3回繰り返すと世界でも一番レベルの高い最高の話題となる。 

 セレンデピテーSerendipity(幸運な偶然)という言葉がある。セイロン島の3人の王子が、島めぐりで思いもかけなかったことを発見する童話で、それに因み、幸運な偶然をセレンデピテーと表現するようになった。勿論、己の好奇心と知的高レベルが必要な条件である。1754年の造語である。ぺニシリンの発見のように、ノーベル賞受賞の研究には予知できない偶然の発見が多いのだ。 

 私は大戦後の何もない時代の昭和28年に新潟大学眼科教室に入局した。当時、眼科学では伝統的に眼圧が高いものが緑内障ということになっており、眼圧ばかり測っていた。偶然にステロイド点眼が緑内障を誘発した例を発見し発表、学問に興味を持ち始めた。文献もなく、外国雑誌に投稿できる状況になく、後刻文献で、ベルギーのフランソワ教授に次いで世界で2番目の発見になるべきことがわかった。数年後有名なゴールドマン教授がコーチゾン緑内障と命名、やがてベッカー教授のステロイドリスポンダー説へと発展。このことから反省した。一つ目は、わが未成熟、二つ目は、指導者がいなかったこと、三つめは、学問発展の方法論がなかったこと、四つ目は、欧英文発表のすべがなかったことだ。 

 ひよんなことから新天地がひらけた。人生は面白い。入局後、連日医局で夜遅くまで研究していた。ある時、教授が帰宅後に教授室に入り、その屑籠から(フンボルト)海外留学の応募用紙を見つけた。これはチャンスと、応募してみたところ見事に受理された。ドイツ、ボン大学留学(昭和36-38年)が叶ったのだ。どんなに狭き門でもおそれることなく、なんでもやってみることだ! 

 一途にやってきた緑内障の病態研究では、常に自身を叱咤激励して「白紙主義」を通した。つまり、敢えて既成概念を無視して真実にせまる主義に徹してきた。眼圧上昇の原因が隅角にあるから、前房隅角を究めようと思った。1950年代から電子顕微鏡が応用されるようになったが、当時大学眼科には電顕がない。そこで岩田式隅角鏡を開発し隅角の超拡大に挑んでみると、サルコイドーシスの患者の隅角に思わぬ発見をした。あまりの特徴に、サルコイドシスspecific な結節と主張したが、学会で反対されたり無視されたり。彼らはただの結節で、他のブドウ膜炎結節と同じ結節に過ぎないと反対した。注意深く拡大観察すれば、際立った特徴なのに、ただの結節としか見れず反対する低いレベルにあきれたものだ。後日、瀬川雄三教授(信州大学)が病理学的に岩田説を実証した。究極的には正道が次第に理解されるようになるものだ。 

 思い込んだら徹底して究明を続けること!臨床とか研究とかいうものはそうゆうもの!じっくり付き合うと、次つぎと、新事実や疑問がでてきて、止まらなくなる。あとは、センスと意欲次第。 

 一人の臨床研究者の60数年にわたる経験、研究課程の一端を吐露した。人それぞれに、ひとは膨大なエネルギーを秘めているものだ。己を高めつつ、常に白紙のつもりで問題に対処すれば新たな世界が開けるものだ。今回の話が 何かの参考になればと期待している。 

【略 歴】
 1954年 新潟大学眼科入局
 1961-3年   BONN 大学眼科留学(フォン・フンボルト奨学生)
 1972年 新潟大学眼科教授
 1993年 同定年退官、名誉教授
  日眼総会宿題報告、日眼総会特別講演、臨眼総会特別講演
  日本緑内障学会須田記念講演、国際緑内障研究グループ、メンバー 

【後 記】
恩師、岩田和雄新潟大学名誉教授にお話して頂きました。パワーポイントを駆使して、きれいな眼底写真や緑内障のスライドを交えての熱演でした。こういう人になりたいと思い続けることが大事、禅僧との問答、寺田寅彦の教えなどを交え、60年間緑内障を追及してこられた先生の眼科医としての一生を振り返り、多くの示唆に富んだ講演でした。若い医師にも聞いてもらいたい講演でした。今年(2018年9月の)緑内障学会で講演を担当されるとのこと、今回お聞きした内容は多くの経験ばかりでなく、事実と確信と信念に基づいた斬新な内容でした。講演の成功間違いなしと確信しました。何よりもおいくつになっても(卒寿を迎えられても)変わらぬ探究心は、私達門下生にとって、何よりの力強いメッセージでした。ありがとうございました。 

参加者の一人から、以下の様な感想が届きましたので紹介します。
Ullmanの「青春」を想起する岩田教授の講演でした。「人は希望ある限り若く、失望と共に老い朽ちる」。卒寿を目前にして、なお信念と希望に満ち溢れているお姿に感動しました。とはいえ、心身ともに健康でなければ研究は続けられません。不断の努力は学問だけでなくご自身の健康にも注がれているのだと感じました。“幸運な偶然”といえど、多くの試行錯誤や失敗、自由な発想や独創的な発見からたまたま面白いことを見つけ出す。そのプロセスこそ大事にしなければならないことを細菌学のPasteurは「偶然は準備のない人を助けない」の一言で表しました。お聞きしてこの格言を思い出しました。心に残るお話の帰路、バスの車窓にぼんやり映る自分を、少し悔やんでいました。日頃の怠慢を振り返る機会をいただきました。