報告:第263回(18-01)済生会新潟第二病院眼科勉強会 加藤 聡
2018年3月2日

報告:第263回(18-01)済生会新潟第二病院眼科勉強会    加藤 聡
 演題:ロービジョンケアを始めて分かったこと
 講師:加藤 聡(東京大学眼科)
  日時:平成30年01月10日(水)16:30 ~ 18:00
  会場:済生会新潟第二病院眼科外来 

【講演要約】
はじめに
 私は、眼科医になって31年経ち、一応眼科のことは精通した(つもりである)。その一方、ロービジョンケア始めて17年が経ち、日本ロービジョン学会の理事長になって5年務めているが、ロービジョンケアに携わっている人(特に福祉関係の人)から見れば、初心者であることには変わりはない。そこで一眼科医がロービジョンケアを始めてみると不思議なことがいっぱい経験したので、今日はその話をしたいと考え、副題として、「ここが変だよロービジョンケア」と銘うって9つの事柄について話す。 

1.眼科でロービジョンケアは医療から福祉への橋渡しが役割というけれど・・
 眼科医、視能訓練士、看護師教育に福祉の講義や試験科目はない。そのため、医療関係者は福祉についての知識は(よほど自分で勉強した人以外)ほぼ無いと考えてよい。よって、医療関係者は、病院ではソーシャルワーカーに、地域ではケースワーカーに丸投げというのが現状である。その一方、患者(視覚障害者)は医療関係者ならば、福祉制度に精通しているはずと考えているのではないかと思うことがあり、患者と医療関係者の齟齬が生まれている。

 また、医療において、患者は自由にアクセスできるという特徴がある。すなわち、例えば、東大病院には文京区以外の東京都、東京都以外の近県の患者も多く通院している。それに反して、福祉は行政区分によって福祉サービスが違い、東大病院の医療関係者が患者の地域ごとの福祉サービス知識習得は不可能な現状がある。 

2.日本ではロービジョンケアが盛んになってきているというけれど・・・
 全世界のロービジョンケア現状が昨年行われた国際ロービジョン学会で発発されていた(Chiang PP, et al.Ophthalmic Epidemiol,2011)が、日本はロービジョンケアのデータがとられていない空白地帯とされており、データがないのは195か国中17か国(9%)のみの中に入っていた。

 考えられる理由としてロービジョンの定義がWHOでは矯正視力が0.05以上、0.3未満となっており、日本での視覚障害による身体障害者基準のデータが生かせていないことが考えられる。今後、この種類のデータを作るのは医療側からなのか、福祉側からなのかを定めるる必要があると考えられた。 

3.視覚障害者は患者さん??
 医療側は当然「視覚障害者は患者さん」と考えている。すなわち何か病気があって視覚障害になっているのだからと考える。そのため、英語の論文の対象の項では、‘patients with low vision’と記載されていることが多い。

 その一方、福祉・教育側の方の考え方は、「世の中生まれながら、背の高い人がいるし低い人もいる、足の速い人がいるし遅い人もいる、視力の良い人もいるし悪い人もいる」という考え方に沿って、英語の論文の対象の項では、  ‘people with low vision’または‘children with low vision’と記載されている。

 このように同じ視覚障害者に対しても、医療側と教育・福祉側とではとらえ方が違うことを理解したうえで、お互いの考え方を尊重し、かつ自分の立場で接することが視覚障害者の幸福に繋がると考えている。 

4.視覚障害に対する研究は誰がする??
 私は平成28年にAMED(日本医療研究開発機構)の役員に就任し、国からの研究費の配分を決める役割を行っている。その中で、障害者対策総合研究事業というものがあるが、役員になった当初は視覚障害は全障害関係53課題中2題のみでほとんどが整形のリハと精神障害が占めていた。視覚障害の研究を行うべきものなのに多くは難病の研究(視覚障害にならないようにする研究)であった。また、課題設定にそもそも眼科医が携わっていなかったのも現状である。そこで、まず初めに手掛けたことは、視覚障害に関する研究課題の公募に変更した。例えば、「多職種協働による在宅ロービジョンケアに関する研究」「視覚障害者の就労実態を反映した支援マニュアルの開発」「災害時における視覚障害者対応システムの開発」などである。ところが 圧倒的に応募者が少ないという問題にすぐに直面してしまった。 

 現実は国は視覚障害に関する研究にお金をかけることは厭わないものの、他分野からも視覚障害のエビデンスのある研究が少ないと指摘されてしまう始末であった。そのようなことから、視覚障害に関する研究者不足を痛感している。非常に耳が痛い言葉であるが、「日本ロービジョン学会は何をしている!!!」と言われんばかりである。日本ロービジョン学会は今までにロービジョンケアの普及に努める活動は熱心であったが、学術活動の低迷しているように感じられる。そもそも視覚障害に関する研究者が不足しており、日本から世界に通じる視覚障害に関する研究が極めて少ないのが現状である。他人のことは言えず、自分自身の反省として今まで眼科関連の英語論文を約100本書いてきたが、そのうち、ロービジョンケアに関するものは僅かに4本しかなく、まずは自分自身から変えなければいけないと痛感しいている。  

5.視覚障害による身体障害者手帳基準はどのように決めたらよいか??
 身障者の基準は視力と視野の結果から決定されている。その問題点として、視力の和が示すように学術的にナンセンスの問題がり、また、エビデンスがなく級の線引きがされている。その一方、眼科医にとっては診断書を書くことが簡便なことが重要であり、すぐに学術的に正しくて(FVS)も、煩雑だと意見書を書かなくなってしまう、最終的に視覚障害者の不利益になってしまうことを危惧する。今後の改訂に当たり、改訂したことにより一人たりとも視覚障害者が級が下がったり、該当しなくなったりということはあってはならないことが前提であるが、世間が納得するより程度分類、すなわちエビデンスに基づいた等級分類が必要である。

 現状では視覚障害による身体障害者手帳の基準改定は眼科医ならば、誰もが必要性を感じているが、本当に満足する改訂ができるのか、まだ多くの問題が山積している。 

6.日常生活用具、補装具の給付は本当に視覚障害者のための制度??
 日常生活用具としての拡大読書器はほとんどのものが19万8千円である。あたかも先に19万8千円ありきのごとくである。量販店などの電気屋に行って電化製品の値段がすべて同じということはありえないのと対照的である。19万8千円の壁が存在し、それ以上の高機能のものを作る意欲が低下したり、それ以下の機能のものでも19万8千円で売ったりしているのではと勘ぐってしまうことがある。 

 昨年行われた国際ロービジョン学会2017(Den Haag)の器械展示場では、日本のメーカーは1社たりとも展示していなかった。私自身は日本製品の遮光眼鏡、拡大読書器など性能は良いと考えていたので、大変意外であった。そのような背景にうがった見方をすれば、日本製品は日本の公的補助の上でロービジョン関連企業として成立しているのであって、世界の自由競争に耐えうる製品を日本では作れないのかとも考えてしまう。すなわち、今のままでは日常生活用具、補装具の給付制度は、視覚障害者のためというよりロービジョン関連企業のためになってしまうのではないだろうか。ただし、日本のロービジョン関連企業は零細なところが多く、それらの企業を守ることが最終的に視覚障害者のためになることも事実であることも認識しておくべきことである。 

7.ロービジョンケアを始める眼科医=詐盲との闘いの始まり
 我々眼科医の願いは、「病気を治してよく見えるようにさせたい」「不幸にして直せない場合、ロービジョンケアで少しでも日常生活の不自由さを取り除いてあげたい」「その第一歩として障害者手帳の取得の意見書や障害年金の診断書を書こう」である。ただし、眼科医の願いが裏切られることがまれにある。ロービジョンケアを始めると診断書作成で嫌な思いをする(作成する眼科医にも確証が持てないため)ことがあるのが、悩ましい所である。 

8.超高齢化社会=ロービジョン患者の増加
 最近よく言われていることとして、「日本は超高齢化社会に突き進んでいる」→「平均寿命も延びた」→「そのため、ロービジョン患者も増加している    視覚障害者数 164万人→202万人」→「眼科においてこれからロービジョンケアは今まで以上に重要である」と一瞬納得する理論である。しかし、よくよく考えてみると、「平均寿命も延びた=内科や外科の進歩」「ロービジョン患者も増加→寿命は延びても機能の低下は防げないのか、眼科医療の限界?」ということになる。ましてやロービジョンケアは高齢者のためのものになるという考え方には納得がいかず、私自身は働き盛りの人にこそのロービジョンケアと考えている。 

9.ロービジョンケアの地方での切り捨て??
 最近の眼科医療は本邦においては均一化され、その手術成績はどの都道府県においても同様と考えられる。その一方、ロービジョンケアを行っている医療機関は偏在し、それ以上に福祉施設、眼鏡店なども偏在している。また、福祉サービスも地方により異なり、地方の眼科医のロービジョンケアに対する限界を感じることも仕方ない面もあるが、黙ってみているだけでhなく、今後の改善が必要である。 

 以上のようにロービジョンケアを始めて分かったこととして、9つの「ここが変だよロービジョンケア」として話させてもらった。一部不穏当な内容があったかもしれないが、このような本音を話せる場所で話させていただけたことに感謝する。 

 

【略 歴】 加藤 聡 (カトウ サトシ)
 1987年 新潟大学医学部医学科卒業
     東京大学医学部附属病院眼科入局
 1996年 東京女子医科大学糖尿病センター眼科講師
 1999年 東京大学医学部附属病院分院眼科講師
 2000年 King’s College London, St. Thomas’ Hospital研究員 
 2001年 東京大学医学部眼科講師
 2007年 東京大学医学部眼科准教授
 2013年 日本ロービジョン学会理事長
  現在に至る 

【後 記】
  日本ロービジョン学会理事長にお越し頂いての講演でした。理事長ならではのお話の数々。大きな講演会では言えないようなこんなことまで言っていいんかい!というような内容もありハラハラしながらも、大変面白く拝聴しました。学会にどっぷりつかっていながら、こんな風に客観的に考えることの出来る加藤先生、流石だと思いました。
 加藤先生がますますご活躍されること、祈念しております。
 

【今後の済生会新潟第二病院 眼科勉強会】
平成30年03月14日(水)16:00~18:00
 第265回(18-03)済生会新潟第二病院眼科勉強会(最終回)
  演題:これまでのこと、これからのこと
  講師:安藤伸朗(済生会新潟第二病院 眼科医)
 http://andonoburo.net/on/6388