『網膜硝子体手術とロービジョン』  門之園 一明 (横浜市大医療センター)
2013年10月29日

『網膜硝子体手術とロービジョン』
   門之園 一明 (横浜市大医療センター)
   シンポジウム「サブスペシャリティーからのロービジョンケアの展望」
   2013年10月12日 第14回日本ロービジョン学会学術総会(倉敷) 

【講演要旨】
 網膜硝子体手術は、昨年度本邦で約13万件が行われている。10年前が約5万件であったことを考えると、ここ数年で急速に手術件数が伸びている。この理由に、網膜疾患数の増加並びに硝子体手術の効率性と安全性の向上があげられる。近年の網膜剥離治療成績は、平均90%以上の復位率であるし、増殖糖尿病網膜症の平均視力改善率は、80%以上である。あまり治らない時代から、だいたい治る時代へと様変わりした。 

 この光の陰で、残念にも十分な視力を得られなかった症例は、果たして、その後どのような経過を辿っているのであろうか。それは、術後視力とか、OCT画像の問題以上に、生身の患者自身の日常生活はいかに営まれているのであろうかという当たり前のことに、私は疑問を感じた。

 本来の網膜術者は、これらの10%程度の治癒に到達してない症例にこそ目を向けるべきではないだろうか。私の外来の再来患者の内訳は、臨床治験中の患者もしくは、治すことの出来なかった患者のふた通りである。硝子体手術を本格的に初めて20年を経て、治癒することの出来た患者はすべて私の外来から去り、治すことの出来なかった、少なくともできていないあまたの患者が、目の前にいる。それらの患者を診続ける動機は、おそらく患者への術者としての最後のしてやれることであり、自己の無力さに対する焦燥であろう。

 しかし、そのような網膜再来外来の中で、患者は術者以上に快活なことがある。今から12年前に増殖糖尿病網膜症で手術を行った23歳の男性の話をしよう。彼は、術前視力が両眼とも矯正0.1であった。牽引性黄斑剥離を伴う激しい網膜症であった。20ゲージ硝子体手術で、垂直剪刀、水平剪刀を使い、オキュトームを使って、数時間に及ぶ手術を行った。しかし、結果的に血管新生緑内障を併発し、視力を無くした。アバスチンのない時代、やれるだけのことは行った。私のだいぶの時間を費やしたが、視機能を残すことは出来なかった。彼を診察し続けて、約12年が経つ。現在、右眼にかすかに光覚が残るものの、左眼の視力はない。しかし、彼は、パソコンを巧みに使い、自由に多くの人と会話ができる。音声認識のJAWSというソフトを使用し、キーボードを自由にたたき、エクセルを操る。視覚障害者のPC全国大会で準優勝までした技量である。その技術を使い、現在では、会社を経営するにまで至っている。さらに驚くことに、入院中に病棟で知り合った同病の3歳年下の女性の患者さんと恋愛し、いまでは、私の外来にご夫婦として訪れる。奥様は、両眼術後矯正視力0.1を維持している。低視力であるがいつも奥様が旦那さんの手を携え外来をさり、また、数か月に訪れる。

 私にはロービジョンの十分な知識がない。いつもやらなくてはと気にはなっていたが、ロービジョン学には疎い。今回の講演に際して、このご夫婦の患者さんに、スナップ写真を撮らせて貰った。“ちょっと、写真よいですか、”と尋ねると“先生にはいままでお世話になっています、どうぞどうぞ、”と答えてくれた。難症例であったとはいえ、私の手術の後に視力をなくした患者さんが、そのように言ってくれた。私は謙虚にそれを受け止めた。嬉しかった。そして、ロービジョンは、無意識に誰にでもできるものかもしれないと気が付いた。患者の苦しみを理解し、寄り添うことで、患者は救われる。

 硝子体手術は、今後より低侵襲になりさらに安全性も増すであろう。それでも、網膜疾患には治せない患者が存在する。硝子体術者の目的は、第一に、失明を救うことであるが、同時、救うことの出来ない苦しい時どうするかが、ほんとの修行である。ロービジョン学は、それを教えてくれるロードマップであると気づいた。

 

【略 歴】
 1988年 横浜市立大学医学部卒業
 1996年 横浜市立大学医学部助手
 2000年 横浜市立大学講師
 2005年 横浜市立大学准教授
 2007年 横浜市立大学教授・市民総合医療センター眼科部長 

 

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第14回日本ロービジョン学会学術総会
 シンポジウム2「サブスペシャリティーからのロービジョンケアの展望」
 日時:10月12日(土)16:20~17:50
 会場:第1会場(倉敷市芸文館 メインホール)
 オーガナイザー:安藤 伸朗(済生会新潟第二病院)
         佐藤 美保(浜松医科大学)
 演者:門之園 一明(横浜市大医療センター)
    佐藤 美保(浜松医科大学)
    若倉 雅登(井上眼科)
    根岸 一乃(慶応義塾大学)
    栗本 康夫(神戸市立医療センター中央市民病院)
    安藤 伸朗(済生会新潟第二病院)


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