報告:「学問のすすめ」第4回講演会 済生会新潟第二病院眼科
2011年7月19日

「学問のすすめ」第4回講演会 済生会新潟第二病院眼科
 1)臨床研究における『運・鈍・根』
    三宅養三 (愛知医大理事長 名古屋大学名誉教授)
 2)経角膜電気刺激治療について  
    畑瀬哲尚 (新潟大学)    

    日時:2011年7月30日(土) 15:00~18:00   
  会場:済生会新潟第二病院 B棟2階研修会室    
 主催~済生会新潟第二病院眼科    参加費 無料  

 難題を抱えている医療の現場ですが、それを打破してくれるのは若い人たちのエネルギーです。若い人たちに、夢を持って仕事・学問をしてもらいたいと、(チョッと大袈裟ですが)講演会「学問のすすめ」を開催しています。

============================
臨床研究における『運・鈍・根』」              
 三宅養三(愛知医科大学)
============================
【講演要旨】  
 安藤伸朗先生から「学問のすすめ」という主題で、臨床医におけるリサーチマインドの重要性を話すように依頼された。福沢諭吉の「学問のすすめ」には「天ハ人ノ上二人オ造ラズ人ノ下二人オ造ラズ」という有名な言葉があるが、これは「人間は生まれたときは皆同じ、歳を経て人間の差ができるのは学問をするか否かである」ということが言いたかったのである。そのため安藤先生がこの主題を選ばれたのは、ひとたび医師になった以上、終生学問を続けなければ碌な医師にはなれないことを強調されたかったのではないかと思う。  

 さて臨床研究における「運・鈍・根」という題を私が選んだのは、一生おもしろく学問を続けるにはどうすればよいかを自分の経験から得た独断的な思考から述べてみようと思ったからである。古くは北里柴三郎も強調しているように、臨床医学を行うためにはまず、あるいは常に、基礎医学を学ぶ(あるいは経験する)ことが極めて重要である。生体の基礎的なメカニズムを知らずに臨床医学は行うことは倫理的にも許されないとすら思われる。いや、そのような大げさなことではなく、基礎研究を経験して臨床を行う方が、どれだけ臨床に深く、また興味を持って従事できるかは、それを経験した人でなければ分からない。

 研究とはクイズ解きのようなものであるが、臨床研究の場合、神か悪魔が造った”疾病”という複雑なクイズの材料は、多くの想定外の側面を持っている。すべての研究で想定外の結果を得るということはそれ自体興味深く極めて重要なことであるが、臨床研究でそれが真に価値あるものである絶対条件は、その結果が正しいということである。  

 まず臨床研究における「運・鈍・根」の「鈍」とは何を意味するのだろうか。あまり時流に乗らず頑なに一つの研究を続けられることを指すのであろう。頭が切れ、先が読めすぎる人、すなわち「敏」に満ち満ちた人は臨床研究には向かないことがある。医師と患者の信頼関係を保ちながら正しい診断、その時点では最も患者にとって良い治療、治療効果あるいは病態経過の正しい評価を、非常に長期間にわたってフォローするという、あまり刺激的ではない地味な「根」の要る作業がまずできるかどうかであろう。その上でリサーチマインドを持って、その複雑な疾病を独自の思考方法でじっくり観察しているうちに「運」に巡り合え、大きな発見に繋がることがある。眼科学の歴史に残るような大きな臨床的新知見は、多くがこのような過程を経て見つけ出されており、また興味深いことに、多くの場合に基礎研究も経験した人がそれを成就している。  

 自分の40年を超す大学人としての経験を振り返ってみても、例えば私のライフワークの一つである夜盲症の研究は、眼科医になってすぐに生理学の御手洗玄洋先生の下で鯉の網膜単一細胞内電位を記録する研究に従事していたことから始まった。網膜水平細胞からの電位が研究テーマであったが、ときに記録された双極細胞からの反応が極めて興味深く、双極細胞が障害されるとどのような見え方になるかという単純な興味から、特殊な夜盲症にのめりこんだのが、その後30年以上続くことになる研究の始まりだった。  

 とにかく「鈍・根」で多くの症例を集め、正確な機能検査を続けているうちに、それまで一つの疾患と思われていた夜盲症が全く異なった二つの疾患の集合である可能性に気づき、最終的に遺伝子学的にそれを実証するまで、多くの論文を書き、また双極細胞に関する多くの新知見を得た。双極細胞の分析に適した2つの疾患に巡り合ったこと、またちょうど私の研究と時期を同じくして双極細胞を自由に変化させうる薬物が開発され動物で使用できたこと、これらはすべて私の持つ強力な「運」であろう。この一連の研究に30年以上を要し、現在も研究は進行中である。  

 もう一つのライフワークである黄斑部局所ERG(FERG)の開発とそれにより発見した新しい遺伝性黄斑疾患であるOccult macular dystrophy(OMD)もまさに「運・鈍・根」の賜物であった。FERGは1976年に米国留学をした時から始めた研究であったが、米国での3年間の研究では臨床的に使用可能な装置を開発することはできなかった。しかし3年間、日本に帰ってどのような工夫をするかを日夜考えて帰国した。帰国後恩師の御手洗教授に相談したところ、キャノンをご紹介くださった。キャノンは御手洗家とは極めて縁の深い会社である。その後のキャノンの熱心なご協力により、1986年に最も情報量の多いFERG装置の開発に成功した。研究を始めてから実に10年を要したわけだが、成功の最大の秘訣は、御手洗教授がキャノンをご紹介くださった「運」と10年間も粘っこくFERGを追い求めた「鈍・根」である。さらにこの装置を用いてその後20年以上にわたって根気よく5000例以上の臨床例の検査を行った。  

 その途上OMDが発見された。このOMDの遺伝子異常は残念ながら名古屋大学在籍中には発見されなかったが、私の持つ強力な運は退官後に移った東京医療センター・感覚器センターで開花した。そこでOMDの大家系が見つかり、新潟大学の臼井知聡先生、感覚器センターの岩田岳、角田和繁先生という、この家系の臨床分析、遺伝子分析に重要な貢献をされた方々によりOMDの変異遺伝子が同定された。FERGの開発に乗り出してから、通算34年を要したことになる。  「運・鈍・根」は昔から汎用された用語であるが、臼井知聡先生から、これに「縁」を加えるとより私の言いたいことに近づくと示唆して頂いたこと、東京女子医科大学名誉教授の大森安恵先生から、「鈍」は作家・渡辺淳一の「鈍感力」にも通ずる感覚であることを指摘して頂いたことに深く感謝したい。

【三宅養三先生;略歴】  
 三宅養三 (愛知医科大学理事長 名古屋大学名誉教授)  
 1967年 名古屋大学医学部卒業  
 1968年 名古屋大学眼科入局  
 1976~79年 ハーバード大・Retina Foundation留学  
 1997年 名古屋大学眼科教授  
 2000~2004年 国際臨床視覚電気生理学会・理事長  
 2005年 名古屋大学名誉教授、国立感覚器センター所長  
 2007~2010年 愛知淑徳大学教授、愛知淑徳大学クリニック院長  
 2010年 愛知医科大学理事長

 

============================
経角膜電気刺激治療について      
 畑瀬哲尚 (新潟大学)
============================

【講演要旨】
 これまで、視神経損傷や緑内障などの難治性視神経疾患に対して、さまざまな視神経機能回復の治療が試みられているが、十分な効果のあるものはない。近年、経角膜電気刺激(transcorneal electrical stimulation、以下TES)は網膜のミューラー細胞を賦活化し、Insulin-like growth factor (IGF-1)を誘導させ、網膜神経節細胞に対して神経保護作用を高める効果を有することが分かり、視神経疾患や網膜疾患に対する治療応用が報告されている。我々は種々の網膜視神経疾患にTESを行い治療効果を検討した。  

 対象は非動脈炎性虚血性視神経症28例31眼、発症後半年を経過し視神経萎縮に陥った症例(多くは視神経炎後や圧迫性視神経症)21例30眼、網膜色素変性症7例14眼、外傷性視神経症7例7眼、緑内障5例7眼、脳神経外科手術後の視力障害2例2眼等計70例91眼に対してTESを行い、治療前後で視力、視野検査等を行った。刺激条件は電流強度200~1600μA、パルス幅 10mS / phase、刺激頻度 20Hz、刺激時間30分間とした。施行間隔は約1か月とし、施行回数は3回を基本としたが、継続希望が強い方はそれ以上行った。視力の変化はlogMAR換算にて0.2以上の変化を改善ないし悪化とした。  結果は、非動脈炎性虚血性視神経症では7例7眼で改善、その他は不変であり、悪化はなかった。視神経萎縮に陥った症例では4例4眼、外傷性視神経症では4例4眼で改善を認め、その他は不変であり、悪化はなかった。緑内障では全例で不変だった。脳神経外科手術後の視力障害では2眼全例で改善を認めた。網膜色素変性症の症例では1例2眼に改善が疑われる結果を得たが、この結果についてはさらなる検討が必要と考える。  

 今回の検討から、急性期の疾患では自然改善との区別が難しい例もあるが、視神経疾患(非動脈炎性虚血性視神経症、視神経萎縮に陥った症例、外傷性視神経症、視交叉疾患脳外科術後)ではTESが有効な症例があり、副作用もないことから、積極的に試みてよい方法と考えられる。その一方、緑内障に対しては無効であった。  

 TESの臨床応用はまだ始まったばかりであり、今後、治療効果の判定基準や有効TES実施回数、長期効果など明らかにすべき課題や疑問がたくさんある。まず行うべき課題は、質疑応答で御質問をいただいたように、TESの効果を評価することができる他覚的検査法(CCDカメラを使用することによるRAPD(*)の定量的測定や電気生理検査など)の確立を実現させていくことだと考えている。

*RAPD~relative afferent pupillary defectの略  
たとえば右眼が視神経症で視力低下していて左眼が正常の場合、ペンライトを右眼から左へ動かすと左の瞳孔が縮瞳する。そこから右眼にライトを戻すと、ライトが来た瞬間には右眼は間接反応のため縮瞳しているが、ライトの明るさを右眼は感知できないのでライトを照らしているにも関わらず瞳孔がかえって開いてゆくという奇異な反応が見られる。これをRAPDと言い、視神経障害に出現する反応である。

【畑瀬哲尚先生;略歴】  
 畑瀬哲尚 (新潟大学)   
 2002年 新潟大学医学部卒業、
      新潟大学医歯学総合病院眼科入局   
 2003年 十日町病院眼科勤務   
 2004年 佐渡総合病院眼科勤務   
 2005年 海谷眼科勤務   
 2010年 医学博士   
 現在  新潟大学医歯学総合病院眼科医員