報告:『新潟ロービジョン研究会2012』 (2) ITの発展と視覚代行技術
2012年6月10日

 『新潟ロービジョン研究会2012』 (2) ITの発展と視覚代行技術 
基調講演1〜ITの発展と視覚代行技術-利用者の夢、技術者の夢-
 渡辺 哲也 (新潟大学工学部福祉人間工学科)

【講演要旨】
 今でこそ日常的に使われているスクリーンリーダですが、これらが当たり前になるまでには要素技術開発の長い歴史と、先輩視覚障害者たちの多大なる苦労があったことを知ってもらいたかったというのが、技術者の立場としての渡辺が講演に込めた思いです。その講演の中では、音声合成の発達、6点漢字ワープロの開発、MS-DOSのスクリーンリーダVDMの開発という3つのテーマについてお話しました。それぞれのテーマごとに内容をまとめます。 

(1)音声合成の発達
 1791年、ハンガリーの発明家フォン・ケンペレンが開発した音声合成器は、人が声を出す仕組みをふいごと共鳴室からなる機械で真似たものでした。片手でふいごを動かして空気を送り、これがリードをふるわせ共鳴室の中で母音のような音になり、音の出口の開け閉めの工夫で子音を作ります。それから1世紀半を経た1939年、機械的な部品を全くなくし、電気回路のみで動作する音声合成装置VODERが開発されました。操作者は、点字キーボードに似たキーを打鍵して音素を選び、足下のペダルで声に高低をつけます。 

 この電気回路が集積回路に納められて、弁当箱サイズのケースに入って、外付け音声合成装置として市販されるようになったのが1980年代のこと。人の操作が不要になり、テキストさえ入力すればどんな文章でも発声できるようになりました。これを利用して、視覚障害者のための音声読み上げソフトウェアが日米それぞれで開発される時代を迎えたのです。その間、合成音声の音質も改善されてきました。抑揚がなく単調でいわゆる「機械的」だった音声が、文脈に応じて抑揚が付けられるようになり、今や人と機械の区別が付かないほどのレベルに達しています。高品質な音声は、今のスクリーンリーダにも使われています。 

(2)6点漢字ワープロの開発
 長谷川貞夫さん(元筑波大学附属盲学校教諭)には、二つの願いがありました。一つは点字印刷物を手軽に作ること、そしてもう一つは漢字仮名交じり文章の墨字を自分で書くことです。どちらも、情報の入手と発信を晴眼者と同じようにできないもどかしさに端を発しています。これらの願いが絵空事ではなく、実現可能なのではと思えるようになったきっかけは、1966年の新聞社見学でした。そこでは、もはや活字を手作業で並べてはおらず、キーパンチャーで文字を打ってコード化し、そのコードを自動植字鋳造機に入力して活字を作り、印刷をしていました。視覚障害者は手元を見ないでもキーを打つことができます。ならば、視覚障害者が漢字を入力するための仕組み(これが後に6点漢字となる)を作れば、自ら印刷できるのではないか。更に、パンチャーで打った普通文字のコードを点字に読み下すプログラムと点字印刷装置があれば、点字印刷物を複製できるのではないか。 

 そう思いついた長谷川さんは、コンピュータを使える場所や、プログラムができる人、印刷会社のコード、点字印刷装置などを求めて西へ東へ駆け回り、1973年に漢字仮名交じり文をコード化した紙テープから点字を印刷する実験に成功しました。翌1974年には6点入力した点字コードから漢字仮名交じり文を墨字印刷する実験にも成功しました。時代は下って1981年、かつて大型計算機で行ったことが、「パソコン」でできるようになり、6点漢字ワープロが完成しました。これに触発された高知盲学校の先生らが、地元のメーカと共同で開発したのが日本初の音声点字ワープロAOKです。これを製造・販売する高知システム開発は、PC-Talkerをはじめとするた視覚障害者用製品を多数世に送り出しています。 

(3)MS-DOSのスクリーンリーダVDMの開発
 斎藤正夫さん(アクセステクノロジー社長)は、真空管、トランジスタ、ICを自らいじるほどの機械好きでした。そして、人に頼るのがきらいな性格でした。1980年代初期にパソコンが広まりはじめると、純粋にこれを使いたいだけでなく、これで自分に役立つものを作れないかと考えました。しかし、パソコンを使おうにも、スクリーンリーダがまだない時代のこと。斎藤さんは、プログラムを頭の中で考え、これを全くフィードバックなしでパソコンに打ち込みました。うまく動いたら思った通りの音が出るが、一箇所でも間違っていたら反応しない。これを繰り返して、モールス符号で画面上の文字を音で出力するプログラムを作り上げました。当初はBASIC言語を使いましたが、それではほかのプログラムを音で出力してくれません。 

 そこで、マシン語によるプログラミングに取り組みました。このときも試行錯誤の連続、適当に命令を打っては結果を見て動作を推測しました。そしてパソコン購入から5ヶ月目の1983年12月、キーを打ったら即座に音が出るプログラムが完成したのです。その後、斎藤さんは、知人からの依頼に応じて、様々なパソコン機種と音声合成器へ対応したプログラムを次々と開発しました。このときプログラムに付けたファイル名がVDMです。VD は画面を音声出力するVoice Display、そしてMはマシン語に由来します。MS-DOSのスクリーンリーダVDM100は1987年11月~12月頃に完成しました。視覚障害者自らが開発し、改良の依頼に即座に対応するVDM100はユーザの支持を得て、広く普及しました。Windows環境においては、VDM-PC-Talkerシリーズとして使い続けられています。 

【略 歴】  渡辺 哲也 (新潟大学工学部福祉人間工学科)
 1993年 北海道大学大学院生体工学専攻修了
  同年  水産庁水産工学研究所研究員
 1994年 日本障害者雇用促進協会(現、高齢・障害・求職者雇用支援機構)
       障害者職業総合センター研究員
 2001年  国立特殊教育総合研究所(現在は、国立特別支援教育総合研究所)
       研究員~主任研究員
 2009年  新潟大学工学部福祉人間工学科准教授 

 視覚障害者を支援する機器・ソフトウェア等として、スクリーンリーダ(95Reader)、漢字の詳細読み(田町読み)、視覚障害者自身が描画可能な触覚ディスプレイ(mimizu)、点字点間隔可変印刷ソフトウェア、触地図自動作成システム(tmacs)などを開発してきた。調査研究として、障害者の就労支援、障害のある学生の就学支援、拡大教科書の普及などに従事してきた。 

 

 

シンポジウム1『ITを利用したロービジョンケア』  座長報告
     座長:守本 典子 (岡山大学)  野田 知子 (東京医大)
  渡辺 哲也 (新潟大学工学部福祉人間工学科)
   基調講演1〜ITの発展と視覚代行技術-利用者の夢、技術者の夢-
 
 三宅 琢 (眼科医:名古屋市)
   ロービジョンケアにおけるiPadの活用
 園 順一  (京都福祉情報ネットワーク代表 京都市)  
   視覚障害者にとってのICT~今の私があるのはパソコンのおかげ~

 シンポジウム1『ITを利用したロービジョンケア』は、ITを中心に、「作り手」(渡辺)、「作り手とユーザーの架け橋」(三宅)、「ユーザー」(園)がそれぞれにお話ししてくれました。シンポジウムの内容を座長報告として、お届けします。 

 渡辺先生の基調講演を受けて、お2人の講演と2題の質疑応答がありました。なお、ITはInformation Technologyの略で情報技術ですが、最近ではこれによるコミュニケーション(Communication)の要素を重要と考えることからICT(Information and Communication Technology)すなわち情報通信技術と呼ぶことの方が増えているそうです(それで園さんは抄録でもご講演でもこの略語の方を使われました)。当シンポジウムに関連しては、この2語を意味と思ってお読みください。 

 三宅先生はApple社製の多機能電子端末であるiPadを用いた新しいロービジョンケアの可能性についてご講演されました。近年のバージョンアップにより音声入力や音声読み上げ機能が改良され、音声メールや地図のガイドなど、さらに使いやすくなったそうです。また、先生は2011年の日本臨床眼科学会でiPad本体の背面カメラを利用した簡易拡大読書器としての有用性を報告されていますが、カメラの解像度の向上、およびiPadを外出先で使用する際の固定台の開発などにより、さらに実用性が高くなったようでした。今回のご講演ではいくつかの便利なiPadの使い方をご紹介くださいましたが、電子データの原稿を最適な文字サイズとレイアウトで表示される機能は好評で、拡大読書器でしばしば困難とされる改行の問題もかなり解決されるのではないかと考えられました。 

 このような背景を受けて、三宅先生はiPad関連の情報および視覚障害者向けの情報発信を目的とした情報発信サイトGift Handsを設立され、iPadを活用するための様々なアプリケーションの紹介や視覚障害者向けの各施設の案内等の情報を発信されています。その他に、iPadの直営店であるアップルストア(銀座)ほか多施設で、視覚障害者に向けたiPadの活用方法の体験セミナーを行うことで、より多くの視覚障害者にとってiPadが現実的なロービジョンエイドとして機能するかを実体験できるセミナーを企画されており、これらの活動の一部を報告されました。ご講演の後、固定台にiPadを設置してのデモンストレーションをされ、盛況でした。iPadの注目度がうかがえました。 

 園さんはお若い頃からの興味がお仕事にも結びつき、システムエンジニアとして生計を立てられました。パソコンを使いこなして情報を収集、発信し、自身の日常生活に役立てるばかりか、ロービジョン者のためのパソコン普及活動や機器展示会のお世話などもして来られました。一般のパソコン教室ではキーボード中心の操作方法を教えられないため、ロービジョン者を対象とした教室を開設し、指導者の養成もされたそうです。機器展示会への集客力は大変なものだった、とのことでした。また、ロービジョン者向けの機器の開発でも当事者としての提案をされ、例えば音声で電話をかけられるピッポッパロットができました。途中、園さんが日常、愛用されているスマートフォンや使い勝手を試してみられている iPadなどを取り出して、一部を披露されました。最後に、「墨字での文字処理が困難なロービジョン者にとって、パソコンほど便利な道具はなく、自分はICTの時代になったからこそしたいことができた」と括られました。 

 討論では、機器メーカーの方からの「音声パソコンの開発や普及を頑張って来たが、この調子ではパソコンはiPadに取って代わられるのか」というご質問に対して、渡辺先生は「機能による使い分けをすればよくそれぞれが有用」、三宅先生も「iPadは携帯性に優れ、場所を選ばず使えるという点て有益だがパソコンにはパソコンの良さがある」、園さんも「iPadではできないことがまだまだあり、多くの量をこなす仕事ではパソコンが欠かせない」という風に、いずれも両者がぞれぞれの特徴を生かした形で生き残り、ユーザーは便利に使い分ければいい、というお答えでした。また、主催された安藤先生が「今回、講師が開発、普及、ユーザーとバランスよく3者揃った。今後、どのような展開を考えておられるかといった展望を一言ずつうかがいたい」と言われたのに対して、お3人とも現在の活動を継続し、より発展させていきたい旨のご回答をなさり、頼もしく思いました。


【後 記】
 ITを中心に、「作り手」「作り手とユーザーの架け橋」「ユーザー」がそれぞれにお話ししてくれました。スクリーンリーダーの開発に携わった渡辺先生の音声合成器の開発、大きな驚きでした。実演は記憶に残りました。
 三宅先生は、「視力じゃない、記憶だ」「記憶 情報 想い」金言を取り混ぜた印象に残るプレゼンテーションでした。
 園さんの(失明に向かう自分をワクワクしていた)と言うコメント、毎回ですが凄いなと思いました。
 
作り手/架け橋はユーザーのニーズを如何に聞き出す(探り出す)かがポイントだと感じました。またユーザーは如何に思いを作り手に伝えるかが大事と思います。ただ、製品となると採算がとれるのかが企業側としては欠かせない点ですので、現在の現物支給の福祉行政そのものが問われなくてはなりません。

 

 

『新潟ロービジョン研究会2012』  
  日時:2012年6月9日(土)13時15分~18時50分
  会場:済生会新潟第二病院 10階会議室 

1.シンポジウム1『ITを利用したロービジョンケア』
     座長:守本 典子 (岡山大学)  野田 知子 (東京医大)
 1)基調講演 (50分)
   演題:「 ITの発展と視覚代行技術-利用者の夢、技術者の夢-」
   講師:渡辺 哲也 (新潟大学工学部福祉人間工学科)
 2)私のIT利用法 (50分)
   「ロービジョンケアにおけるiPadの活用」
      三宅 琢 (眼科医:名古屋市)
   「視覚障害者にとってのICT~今の私があるのはパソコンのおかげ~」
      園 順一  (京都福祉情報ネットワーク代表 京都市)