速報版:第235回(15-09)済生会新潟第二病院眼科勉強会  清水美知子
2015年9月10日

後日、ご本人に書いて頂いた講演要約を掲載いたしますが、速記録から私が理解したことを紹介致します。

速報版:第235回(15-09)済生会新潟第二病院眼科勉強会  清水美知子
  演題:街歩きを通して考える社会の視覚障害者観と当事者の心理
  講師:清水美知子(フリーランスの歩行訓練士)
 日時:平成27年9月9日(水)16:30~18:00
 場所:済生会新潟第二病院 眼科外来 

【速記録から】
 6月に福島で行われた視覚リハビリテーション研究発表大会で、言葉で自分の内面を伝えるという「自己物語」というテーマで講演をした。今日お話しするのは、街を歩くこと(自分が動くこと)が、自分を見せていること(カミング・アウト)になるということである。

 視覚障害のない人にとって、視覚障害がある人の行動は、急に立ち止まったり、急に曲がったりするなど予測が困難。一方、視覚障害がある人にとって、障害を負った当初は特に、一人でどれだけ歩けるのか、街の人とどのようなやり取りが起こるのかわからず、不安だ。

 視覚障害者は自分が見えないということを他人に知らせたくなければ、何もせずに座っているか、立っていればいい。しかしいったん歩きはじめると、「あれ、あの人は目が不自由なんだ」ということが人に知れてしまう。だから、歩くこと、街に出ることだけでカミングアウト(自分を他者に曝け出すこと)になる。そしてそこから双方のインターアクションが生じる。 歩いていると、視覚障害者が次に必要になるのは、援助要請交渉である。「ここはどこですか」「○○に行くにはどうすればいいですか?」

 視覚障害のある人とない人が街歩きの場面で出会い、触れ合うことで相手の反応・態度を経験し、相手に対する考えや態度が構築される。しかし視覚障害者は歩くことが晴眼者へのカミング・アウトになるが、視覚障害者は晴眼者が歩くところを見ることが出来ないという点では不平等でもある。

 「ジョハリの窓」理論(@)で考えると、自己開示する(カミングアウトする)ということは、秘密が減ることになる。

 歩行訓練士が陥りやすい誤りがある。見えないことを他人に知られたくないと思っている視覚障害者に歩行訓練を強制することは、非常に精神的に重荷を負わせることになる。理学療法士(PT)は歩行を教えるだけでよいが、歩行訓練士はこの辺りを理解して歩行訓練を行う必要がある。最初は寄り添いながら訓練を開始するが、徐々に離れて最終的には視覚障害者が一人で歩けるようにする。

 講演が終了後、参加者への問いかけが始まった。見えないことでチョッと嫌な経験をしたことはないか? 見えない人に対する社会の視覚障害者観等々、清水先生と視覚障害の方々との濃厚なディスカッションが続いた。 

@ジョハリの窓(ジョハリのまど、Johari window)
 
自己には「公開された自己」(open self) と「隠された自己」(hidden self) があると共に、「自分は気がついていないものの、他人からは見られている自己」(blind self) や「誰からもまだ知られていない自己」(unknown self) もあると考えられる。これらを障子の格子のように図解し、格子をその四角の枠に固定されていないものとして、格子のみ移動しながら考えると、誰からもまだ知られていない自己が小さくなれば、それはフィードバックされているという事であるし、公開された自己が大きくなれば、それは自己開示が進んでいるととる事が出来る。

 

【参考~過去の清水美知子先生の講演録】
報告:第76回(2002‐9月)済生会新潟第二病院 眼科勉強会 清水美知子
 日時:2002年9月11日(水)16:00~17:30
 場所: 済生会新潟第二病院  眼科外来
  演題:「Coming out —-人目にさらす」
  講師:清水美知子 (信楽園病院視覚障害リハビリ外来担当)
 http://andonoburo.net/on/4023 

報告:第87回済生会新潟第二病院眼科勉強会 清水美知子
 日時:2003年8月20日(水) 16:30~18:00
 場所: 済生会新潟第二病院 眼科外来
  演題  「Coming-out Part 2 家族、身近な無理解者」
  演者  清水美知子(歩行訓練士)
 http://andonoburo.net/on/4030