報告:「学問のすすめ」第10回講演会 済生会新潟第二病院眼科  門之園/出田
2016年2月29日

「学問のすすめ」第10回講演会 済生会新潟第二病院眼科
 日時:2016年1月23日(土) 14時半開場 15時~18時
 会場:済生会新潟第二病院 10階会議室 

 座長 長谷部 日(新潟大学医学部眼科)
  演題1:「好きこそものの上手なれ;Tell it like it is !」
  講師 門之園 一明(横浜市立大学教授) 

 座長 安藤伸朗(済生会新潟第二病院眼科)
  演題2:「医療における心」
  講師:出田 秀尚(出田眼科名誉院長)
 

@「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」
  人は生まれながら貴賎上下の差別ない。けれども今広くこの人間世界を見渡すと、賢い人愚かな人貧乏な人金持ちの人身分の高い人低い人とある。その違いは何だろう?。それは甚だ明らかだ。賢人と愚人との別は学ぶと学ばざるとに由ってできるものなのだ。人は生まれながらにして貴賎上下の別はないけれどただ学問を勤めて物事をよく知るものは貴人となり富人となり、無学なる者は貧人となり下人となるのだ。(「学問のすすめ」福沢諭吉) 

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 演題:「好きこそものの上手なれ;Tell it like it is !」
 講師:門之園一明(横浜市立大学医学部視覚再生外科学教室)
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【講演要約】
 “学問のすすめ”は、安藤先生の主催するいくつかの講演会シリーズの中でも、特に熱く人生を語るコーナーとして有名でありこれまで三宅養三先生をはじめ私自身も感銘を受けた異次元の講演会と認識している。そこで、まだ道半ばの私が依頼を受けた理由を考えてみた。それは、僕自身の特異性にあるのだと解釈している。一公立大学医学部出身の僕が頑張って振る舞っている姿が特殊なのであろう。 

 僕の専門は硝子体手術です。日本人眼科医の場合、フェローシステムがないので誰であれサブスペシャリテイ―を語るのは自由であり、仮に僕がぶどう膜ですと言っても誰も信じる人はいないでしょうが、よい訳です。ただ、1996年から硝子体手術を本格的に開始して年間数百の手術を20年以上にわたり休まずに維持し、大学の教官特に、教授職を拝命している以上は、たぶん本格的な硝子体手術の専門と一般に言って良いのでしょう。 

 僕は、1988年に横浜市大医学部を卒業して脳外科に入れて頂きましたが、あまりの徒弟制度と極め付けはクリスマスをICUで2年連続で迎え、さらに正月も病棟で迎えることになった段階で、顕微鏡手術が出来て、かつ、できるだけ脳に近い網膜に転向する決意をしました。当時の網膜は実に、これまた大変な時代でした。なにしろ、網膜剥離がなかなか治らないのです。当時、網膜剥離手術の大家、京大の塚原教授の述べたとされる“触っただけで7割治る”という言葉が有名でしたが、実にその3割が治らなくて本当に困った時代でした。そのような情報の少ない時代に良くあるのが、権威主義です。とにかく、網膜は極めて神聖な領域であり、少なくともそれを専門とする大学の門下生であることが広く網膜人として認知されるための必要条件でした。 

 目の前の失明してゆく患者、何度も繰り返し剥離の手術を受け続ける若い患者を前にして、医局制度のガチガチの時代にどうにかして、網膜専門の医局に異動したいと何度も当時の教授に談判したが到底不可能でした。大阪大学、杏林大学、京都大学、東邦大学、以外は当時は硝子体手術を標榜することは難く、田野教授、樋田教授、荻野先生、竹内教授は僕ら世代のスターであり、ある種のロールモデルでもありました。そのような大学を出ていないと網膜の専門と認識されないなんて、僕にはどうにも腑に落ちませんでした。だから、僕はロールモデルに直接会い行き、勝手に自分の師匠にしました。師匠は初めから決っているものではなく、探すものであり、自分が先生であると決めた人が先生であって、気づいた時に目の前にいた人ではないと思っています。 

 硝子体手術の創始者のMachemerの有名な言葉に、“Do not do unconventional ways” というのがあります。田野先生も、”同じことしても、面白くないでー“と同じようなことを良く言っていました。僕は確かに硝子体手術が好きだったので、良く手術中に眼球という小さな空間に自分自身が小人になってあちらこちらを動き回っているような錯覚とらわれることがありました。そうした時間はあふれ出る創造性の中にあり、手術をしながらいくつもの構想や疑問が浮かんで来るもので、解剖学教室に出入りしていたある日、手術中に浮かんだ内境界膜の染色のアイデアを基礎実験で確認してすごい勢いで論文にしました。ネットのない時代なので2回のリバイスの後、毎日郵便箱にArchivesから受理の返事が来ないかと待ち望んでいました。こうした発見を一流誌の論文にする作業はとても大切であり、ある時、”Publish or perish”という言葉を鉛筆書きで僕の原稿の余白に、大野教授はメモをしてくれました。また、International societyへの無料チケットという大きなチャンスを学閥を超えてくれた田野先生の先見性も神さまからの贈り物の一つであり、いつも大切にしています。 

 医学、網膜、硝子体手術、これらはすべて創造的産物です。およそ世の中で正規的なものはありません。創造的な作業により事実はいつもあたらしく塗り替えられます。創造は最も重要な行為であり、Vitrectomyは、創造的産物の代表です。そして、それを論文にしてその時代の科学的事実とする。創造そして記載、この行為が実に崇高なものであり、人々を興奮させる行為であることを、僕が勝手に選んだロールモデルから学びました。これらはお金で買うことのできない掛け替えのないものであり、これからの時代の若い世代の眼科医には、自分の努力で、創造と記載の楽しみを味わって欲しいと思います。高所を目指さなくとも、小さなことで良いから発見を通して学問に貢献することは、勿論、患者さんの為ではありますが、同時に成長してゆく自分自身の為でもあります。ロールモデルを持ちそこから学ぶことで、人は成長します。少なくとも僕の特異性はそれで説明されます。 

【略 歴】門之園一明
 1988年 横浜市立大学医学部卒業
 2000年 横浜市立大学眼科講師
 2007年 横浜市立大学附属市民総合医療センター眼科教授
 2014年 横浜市立大学医学部視覚再生外科学講座教授

 

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 演題:「医療における心」
 講師:出田秀尚(出田眼科病院名誉院長)
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【講演要約】
Ⅰ.技と心
 医療に限らずあらゆる職業において大切なことは、車の両輪としての技と心である。私は、44歳の時から11年間、網膜剥離手術図説を専門誌「眼科」にシリーズとして毎月連載し、これを一冊にまとめた技術編を「図説網膜硝子体手術」として1993年に金原出版社から発行することが出来た。その後、車輪のもう一方である心の問題を取り上げ、「網膜硝子体手術メンタル編」として同じ「眼科」に連載し続けた。56歳から75歳までの20年間で142編となったので、2014年に「医者どんの言志録」として金原出版社より発行出来た。技術については理論的に説明できるので書いて伝え易いが、心の方はこれが難しい。以下に、医療における心について掘り下げて考えてみたい。 

Ⅱ.医の倫理と心
 医における倫理は医師の心得を,言葉で定めたものである。その歴史はギリシャ時代の、ヒポクラテスの誓いに始まる。近世になってドイツのフーヘランドが「医学必携」を1836年に出版し、杉田成卿により江戸時代に「医戒」として我が国に紹介された。その中には医師の使命として、病者に対する戒め,世間との関わり,同業医師との関係,の三つについてが述べられている。第二次世界大戦後になって患者の自立尊重の考えが取り入れられ、ついで資本主義制度の中で利益と負担を医療従事者と患者で公平に分担するという、正義原則が持ち込まれるようになった。更に現代では科学の発達に伴って再生医療など生命に関する倫理が介入してきた。日本医師会では昭和26年に「医師の倫理」が制定され、ついで平成16年に「医師の職業倫理指針」が作成された。日本眼科医会でも倫理委員会設置の声が上がり、5年後の平成24年に「日本眼科医会倫理綱領及び倫理規定」が制定された。倫理綱領は、医師の望ましい心得7項目が示されている。倫理規定は行動の細目にわたってその規準が示されている。 

Ⅲ.心と感性
 倫理の深層には、その人の持てる独自の心,もしくは感性或いは性質とも云われる部分が存在し、これを規定として定めることは出来ない。この部分は、眼前の事象をどのように捉えて反応するかということで、これは各人固有の想像力に基づいている。フランスの近世哲学者バシュラールは、想像力を形式的と物質的の二つに分けている。形式的は体験したことを想像する力、物質的は未経験のことを想像する力で、後者は物を創造する力を有しているので創造的想像力とも呼んでいる。医師ばかりではなく、人が生きていく上で力を発揮するのはこの部分である。 

Ⅳ.感性を醸成する
 バシュラールは物質的想像力を醸成する力は、自然の四大元素,地水火風にあるという。この考えは日本の文化の中では、太古の時代からあったものと私は考える。修験者は自然の中で命を懸けた荒修行を行い、それにより創造的な力が得られることを知っていたものと思う。私が50年以上関わっている武田流流鏑馬は、神話の時代以来皇室に伝わっていた精神を1500年程前に欽明天皇が形で表現した皇室の神事であった。武田流はその後300年程経って武家に継承された流派で、これが熊本に伝わっている。最初に行う天長地久式では、天地人を射る仕草で、過去と未来という悠久の宇宙の流れの中に生きる自分を見よと教えており、天照大神の心とされている。これは神話の時代もしくは縄文以来の日本人の心であった、いわば人の倫理綱領に相当するものであろうと考えられる。 

Ⅴ.感性を磨く
 引き続き行う騎射では三つの的を走る馬上から次々と射て行き、これは五穀豊穣・天下泰平・万民息災の三つを成就するための祈願である。五穀豊穣は豊作を得るための勤勉・忍耐・努力・奉仕・畏敬・感謝・質素などを意味し,天下泰平は戦争をしないための和・尊敬・謙虚・勇気・誠実・正直・恥・秩序・友愛など,万民息災は、同情・共感・協力・激励などを含んでいると解釈する。騎射は、神武天皇の建国の精神として伝えられており、いわば弥生時代に形成された社会倫理の規範として捉えることが出来る。これらの精神は、日本の様々の文化に形を変え、これを通して日本人独特の感性が磨かれてきたものと考えている。 

Ⅵ.人は智と情の間を生きる
 医療に技と心があるように、人生には智と情がある。理屈に偏りすぎると窮屈になり、情に棹をさせば流されると漱石は云う。そう云いながら人間は物と心に挟まれて生きるのが普遍だと、村上春樹はその作品から云っている。孔子は人が豊かに生きるためには、道・徳・仁と共に芸を上げている。医師は科学や理論に頼りがちなので芸術が必要だ。智と情の間を揺れながら生きていても人は生命が終わり、道元が遺偈(ゆいげ)に云うように「黄泉に陥落」、大自然に帰るのであり、そこに理屈は存在しなくなる。 

Ⅶ.自然に触れる旅
 眼科医として半世紀、失明と闘ってきたが、どうしても治すことが出来ず失明に至る人が居る。そのような人に必要なのは、自ら生きていくための創造的な力である。人生の終わりに近い人には、自然に帰る準備が必要だ。私自身も含め、そのような人達と、阿蘇や天草を訪れる日帰り旅行、「自然に触れる旅」を4年前から始めた。自然の四大元素に触れ、自らの感性を高め、ゆっくりと自然に帰る準備のためである。 

【プロフィール】出田 秀尚(いでた ひでなを)
 1963年 熊本大学医学部卒業
 1968年 熊本大学大学院修了(眼科),医学博士
 1969~1971年 ニューヨーク市立大学,ニューヨーク医科大学眼科研究員
 1972~1974年 ハーバード大学マサチューセッツ眼耳鼻科病院にて眼科臨床網膜フェロー
 1974年 熊本大学眼科講師
 1977年 文部省在外研究員
 
1979年 出田眼科病院々長
 2009年 出田眼科病院名誉院長

 

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これまでの「学問のすすめ」講演会一覧

 詳細は、下記URLからご覧ください
 http://andonoburo.net/on/4397 

第9回「学問のすすめ」講演会 済生会新潟第二病院 眼科
 日時:2014年7月6日(日)  10時~13時 
 1)「学問はしたくはないけれど・・」
    加藤 聡 (東京大学眼科准教授)
 2)「摩訶まか緑内障」
    木内 良明 (広島大学眼科教授) 

第8回「学問のすすめ」講演会 済生会新潟第二病院眼科
   日時:2012年9月15日(土)15時~18時
 1)「疫学を基礎とした眼科学の展開」
     山下 英俊 (山形大学眼科教授、医学部長)
 2)「2型糖尿病の成因と治療戦略」
     門脇 孝 (東京大学内科教授、附属病院長、
                日本糖尿病学会理事長) 

第7回「学問のすすめ」講演会 済生会新潟第二病院眼科
   日時:2012年6月10日(日) 9時~12時
 1)「iPS細胞-基礎研究から臨床、産業へ」
     高橋 政代 (理化学研究所)
 2)「遺伝性網膜変性疾患の分子遺伝学」
     中澤 満 (弘前大学大学院医学研究科眼科学講座教授) 

第6回「学問のすすめ」講演会 済生会新潟第二病院眼科
    日時:2012年3月17日(土)15:00~18:00
 1)「私の歩いた一筋の道 糖尿病と妊娠の分野を開拓しながら学んだ事」
     大森安恵 (海老名総合病院 糖尿病センター長)
          (東京女子医科大学名誉教授;内科)
 2)「糖尿病網膜症と全身状態 どの位のHbA1cが続けば網膜症発症?」
     廣瀬 晶 (東京女子医大糖尿病センター眼科) 

第5回「学問のすすめ」講演会 済生会新潟第二病院眼科
    日時:2011年10月29日(土)16時30分~19時30分
 1)「私と緑内障」
     岩瀬 愛子 (たじみ岩瀬眼科)
 2)「神経再生の最前線ー神経成長円錐の機能解明に向けてー」
     栂野 哲哉 (新潟大学) 

第4回「学問のすすめ」講演会 済生会新潟第二病院眼科
    日時:2011年7月30日(土) 15:00~18:00
1)「臨床研究における『運・鈍・根』」
     三宅養三 (愛知医大理事長 名古屋大学名誉教授)
 2)「経角膜電気刺激治療について」
     畑瀬哲尚 (新潟大学) 

第3回「学問のすすめ」講演会 済生会新潟第二病院眼科
    日時:2011年4月2日(土) 15時~18時
 1)「眼の恒常性の不思議 “Immune privilege” の謎を解く」
    ―亡き恩師からのミッション
     堀 純子 (日本医大眼科;准教授)
 2)「わがGlaucomatologyの歩みから」
     岩田 和雄 (新潟大学眼科;名誉教授) 

第2回「学問のすすめ」講演会 済生会新潟第二病院眼科
    日時:2010年10月9日(土)15時30分~18時30分
 1)「強度近視の臨床研究を通してのメッセージ?clinical scientistを目指して」
      大野 京子 (東京医科歯科大学眼科 准教授)
 2)「拡散強調MRIによる視神経軸索障害の定量的評価」
      植木 智志 (新潟大学眼科) 

第1回「学問のすすめ」講演会 済生会新潟第二病院眼科
    日時:2010年2月6日(土)14時30分~17時30分
 1)「網膜・視神経疾患における神経保護治療のあり方は?」
    -神経栄養因子とグルタミン酸毒性に注目して-
     関 正明 (新潟大学)
 2)「留学のススメ -留学を決めたワケと向こうでしてきたこと-」
     (人工網膜、上脈絡膜腔刺激電極による網膜再構築、
     次世代の硝子体手術器機開発、マイクロバブル使用の超音波治療)
     松岡 尚気 (新潟大学)
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