報告『新潟ロービジョン研究会2016』 2)三宅 琢
日時:平成28年10月23日(日)
場所:有壬記念館(ゆうじんきねんかん;新潟大学医学部)
新潟ロービジョン研究会2016は、10月23日(日)有壬記念館(新潟大学医学部)で行いました。研究会での講演を順次報告しています。今回は、三宅琢先生の講演要約です。
演題:「情報障害に情報保障の光を、患者に学ぶビジョンケア」
講師:三宅 琢(東京大学先端科学技術研究センター特任研究員;眼科医)
【はじめに】
私はiPadやiPhoneといったICT(Information and Communication Technology)機器を用いたロービジョンケアをデジタルビジョンケアと称し、医療や就労の分野において眼科医や産業医の立場で2011年より5年間実践して来た。本講演では私の専門性である〝人と社会を診る医療〟について紹介した。具体的には意欲のケアとしてのデジタルビジョンケア、自らの個性を知り提案できる力であるセフルアドボカシー、障害を強みにするバリアバリューの三つのテーマを中心に5年間での学びと気づきを紹介した。
【デジタルビジョンケアによる意欲のケア】
これまでの視覚障害者に対する補助具に当たるルーペや拡大読書器等のロービジョンエイドよる視機能の向上に加えてICT機器の活用による情報保障は、視覚障害者の視認や読書意欲を向上させて情報障害に陥ることを予防する上でとても重要な意味を持つと考える。
デジタルビジョンケアの導入には従来の視機能の把握によるロービジョンケアに加えて、患者のニーズに当たる必要な情報を把握することが極めて重要である。例えば視力低下により出社困難となった弱視の女性の例では、iPadの前面カメラを拡大できる鏡として活用することで化粧が可能となり出社が可能となった。また背面カメラを用いた簡易式の拡大読書器としての活用を提案した事例では、爪切りや食事の補助に活用がされた。こられの事例より患者のニーズや困難さは患者の中にしかないため、患者教育に加えて患者から学ぶ姿勢の大切さに気付かされる。
また読書に関する意欲ケアでは拡大よりもテキスト情報をデジタル化することで文字の書体やサイズ、文字や背景の色調、構成等が適正化されることが何より重要である。デジタル情報であれば適宜音声読み上げ機能等も併用することが可能なため読書の方法の選択肢が広がる。これまでは障害に合わせて生きる時代であったが、情報はデジタル化された現在では情報を障害に合わせる時代へと変化したと言える。
全盲者へのiPhoneを用いた情報保障では情報の可視化が重要である。ある全盲者の活用事例では、複数の国を移動する際の困難さとしての紙幣の識別をiPhoneの背面カメラを用いた紙幣識別のアプリケーションソフトウェア(以下アプリ)で紙幣情報を音声化することで可視化し困難さは解消された。この事例を通した学びは視覚障害者が困難に感じるのは、視機能の低下に加えて生活に必要な情報の取得が困難であることである。また適切な情報保障のツールとして、ICT端末と日々登場する生活情報を可視化する安価アプリ群はとても有用であることを伝えている。
【自己権利擁護としてのセフルアドボカシー】
中途で視覚障害者となった労働者へのICT機器を用いた合理的配慮の事例では、視機能の評価に基づく適切なロービジョンエイドとICT機器の選定と特別利用の許可、支援支援施設等の情報提供の重要性について解説した。
また配慮の必要性の医学的根拠の取得方法や具体的な対策方法の提案等は、当事者本人が自身の機能低下と改善方法を産業医、企業内産業保健スタッフ、眼科医等とともに考えることで実現可能な配慮の提案をする力(セルフアドボカシー)の重要性を紹介した。障害者の就労や就学における合理的配慮の提供が義務化にともない、今後セルフアドボカシーに関する教育の啓蒙の重要性は増すと考えられる。
【障害を強みにするバリアバリュー】
私の知人の中途失明の精神科医は、精神科に通う患者の表情や外見が見えなくなることでより患者の感情の揺れを声で評価することが可能になったと語った。バリアバリューの概念においては、視覚情報を損失することで得られる聴覚や触覚、嗅覚の機能向上を強みにすることを検討している。産業医は企業内で労働者に関するさまざまな就労上のアドバイスを行う職務をもち、今後産業医の企業内で活躍がバリアバリュー事例を増やす上では需要であり、企業や業界の枠を超えた成功事例の共有が行える場の提供が必要であると考える。
【おわりに】
視覚障害者である患者にとってのQOLに直結するQOV(Quality of Vision)の向上に必要なケアは、屈折矯正や眼科的治療だけではない。患者は教科書であると言われるように、患者のニーズは患者の中にしか存在しない。丁寧な問診を重ねることで患者のニーズに耳を傾けて、患者に聞くという姿勢を持って、彼らの視機能に加えて困難さにも関心を持つことが重要である。
情報時代に適合した情報保障の一つとして、ICT機器によるデジタルビジョンケアは一つの医療の形であると私は考える。障害者や患者という名前の人間はおらず、彼らが不便であっても不幸にしないためには、人の意欲と社会(環境)を診る産業医が必要であり、患者を治すよりも患者自身が治る医療の形をこれからも産業医、眼科医として追求し続けて行きたいと思う。
【略 歴】
2005年 東京医科大学医学部 卒業
2007年 東京医科大学眼科学教室 社会人大学院
2012年 東京医科大学眼科学教室 兼任助教
2013年 東京大学先端科学技術研究センター 人間支援工学分野 特任研究員
2014年 神戸理化学研究所 網膜再生医療研究開発プロジェクト 客員研究員
株式会社ファーストリティング 産業医
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【三宅 琢先生の紹介】
彼の語るロービジョンケアは、夢があります。聞いていてワクワクします。そして常に将来を見据えています。「障害を武器に」と彼が語ると、そうだなと納得できます。医学医療をはみ出した活躍をする三宅節は注目です。
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●新潟ロービジョン研究会 2016
日時:平成28年10月23日(日)
場所:有壬記念館(ゆうじんきねんかん;新潟大学医学部)
0.はじめに
安藤 伸朗(済生会新潟第二病院;眼科医)
1.【第1部 連携を求めて】
1)看護師が関わると、こんなに変わるロービジョンケア
橋本 伸子(しらお眼科;石川県白山市、看護師)
http://andonoburo.net/on/5171
2)情報障害に情報保障の光を、患者に学ぶビジョンケア
三宅 琢(東京大学先端科学技術研究センター特任研究員;眼科医)
3)視覚障害者のための転倒予防・体力増進教室
○山田 幸男 田村 瑞穂 嶋田 美恵子 久保 尚人
(新潟県視覚障害者のリハビリテーションを推進する会;NPOオアシス)
2.【第2部 眼科医療と視覚リハビリ】
1)最大のロービジョン対策は予防と治療:私の緑内障との闘い
岩瀬 愛子(たじみ岩瀬眼科;岐阜県多治見市、眼科医)
2)新潟県の訓矇・盲唖学校設立に尽力した眼科医
小西 明(済生会新潟第二病院医療福祉相談室、前新潟盲学校長)
3)我が国初の眼科リハビリテーションクリニック(順天堂大学)
ー開設当時を振り返ってー
佐渡 一成(さど眼科;仙台市、眼科医)
4)眼科医・原田政美の障害者福祉理念と功績
香川 スミ子(元 浦和大学)
3. 【第3部 熊本地震を考える】
「熊本地震と災害時視覚障害者支援」
出田 隆一 (出田眼科院長;熊本)
4. おわりに
仲泊 聡(神戸理化学研究所;眼科医)