報告:第247回(16-09)済生会新潟第二病院眼科勉強会 (林 豊彦)
演題:新潟市障がい者ITサポートセンターの8年間の挑戦
〜障がい者・高齢者の技術支援の社会資源化をめざして〜
講師:林 豊彦(新潟大学工学部教授/新潟市障がい者ITサポートセンター長)
日時:平成28年09月14日(水)16:30 ~ 18:00
場所:済生会新潟第二病院眼科外来
【講演要約】
1.支援技術との出会い
平成10年(1998年)4月、新潟大学工学部に「福祉人間工学科」が新設された。日本社会の急速な高齢化により高齢化率が20%目前となり、高齢者に対する社会保障制度の大きな変革に迫られていた時期であった。2年後の平成12年度には介護保険制度がスタートした。物つくりの面からもそれに対応すべく、文部科学省でも「福祉」がキーワードとなり、多くの福祉関係の大学・学部・学科が相次いで新設された。工学部にも福祉工学の学科がいくつか新設された。
私はそれまで医用生体工学が専門であり、福祉に関してはまったくの素人だった。そこで、白書や専門書を読んで猛勉強した。さらに、ロサンゼルスで毎年開催されている「テクノロジーと障害者国際会議」に参加して、電子情報系の支援機器を実際に見て、教育セッション、講演、研究発表にも出席した。驚いたことは,日本では滅多に見ない多くの機器が市販され,学校や家庭でも使われていたことだった。展示会場には、コミュにケーションエンドを付けた電動車椅子で走り回っている肢体不自由者がなん人もいた。町中には,高齢者・障害者が支援機器を使うことを支援するNPOもあった。多民族国家であるアメリカ合衆国は、障害者に対しても懐が深い社会であることに感銘をうけた。
2.アメリカと日本の法制度の違い
支援技術に関する日米間の違いの原因は何だろう?それが私の素朴な疑問だった。が、大きな要因のひとつは法制度違いであった。その裏には、そのような法律を必要とするアメリカの社会的・文化的背景があった。
私がまだ子どもだった1950年代、アメリカは、南北戦争から100年も経ったにもかかわらず、いまだ人種差別の国であった。第二次大戦後、差別禁止を訴える公民権運動が高まり、1964年についに公民権法(Civil Rights Act)が制定され、法律上では人種差別が解消された。しかし、障がい者の差別の解消には、さらに30年近くの歳月が必要であった。1990年、障がいをもつアメリカ人法(Americans with Disability Act, ADA)が制定され、ついに障がい者の権利が法律で認められた。例えば、公共交通機関はバリアフリー化が進められた。公共交通機関を自由に使えることが障がい者の「権利」として認められたからである。1997年、個別障害児教育法(Individuals with Disabilities Education Act, IDEA)が改訂され、障がい児が能力に応じて等しく教育を受けるための方法論に明文化された。2003年には、リハビリテーション法第508条が改正され、連邦政府が電子機器・ソフトウェアを調達するとき、できるだけ障がい者も利用できることが条件となった。私が視察に行ったとき、アメリカはそのような状況にあった。残念ながら日本には、IEDAやリハビリテーション法第508条に対応する法律はない。
3.新潟市障がい者ITサポートセンターの活動
日本では支援機器、特に電子情報系の支援機器の普及が進んでいない現状を打破するためには、普及を支援する社会資源を作るしかない。そんな思いから、障がい者団体や自立生活センターと一緒に新潟市障がい福祉課に対して「障がい者ITサポート事業」の予算化を陳情した。足掛け2年の交渉の末、平成20年度に新潟大学自然科学系附置・人間支援科学教育研究センターに事業が委託され、同年10月、ついに悲願の新潟市障がい者ITサポートセンターがオープンした。
最初に行ったのが支援機器の利用調査だったが、結果は散々なものだった。代表的な電子情報系の支援機器を80%以上の障がい者が知ってすらいなかった。そこで戦略として、障がい者が必ず関わる学校と病院を中心に積極的に介入することにした。要するに営業である。その甲斐あって、初年度は半年で83件しかなかった支援件数が翌年度は289件に増加した。その後も毎年増え続け、平成27年度、ついに年間1,000件を超えた。講演会・講座・研修の開催件数も40件以上になった。もはや関連する病院や学校で本センターを知らないところはなくなり、定期的に支援会議を開いている学校もいくつかできた。新潟大学医歯学総合病院のロービジョン外来でも毎月支援を行っている。
現在の体制は、センター長の私を除き、支援員1人(常勤)、事務補助1人(非常勤)、作業療法士(非常勤)の計3人である。本センターのポリシーは、単独では活動せず、「コメディカル(理学療法士、作業療法士、言語聴覚士など)、社会福祉士、教師、保護者などの中間ユーザと協働で、利用者にとって最適な支援を目指す」ことである。支援件数を毎年増やすことができた理由は、このような協働によって、確実に成功事例を積み重ねてきたことにあると考えている。
4.ITサポート機能の社会資源化
支援員1人の現状では、支援件数1,000件/年および講演会等の開催40件以上/年という実績はほとんど限界である。しかし、潜在的な利用者はその何倍、何十倍もいると考えられる。新潟市障がい者ITサポートセンターの8年間の活動は、その社会的機能の必要性を広く世に知らしめることができたが、残念ながら今の事業規模では、その機能を十分には果たせないことも顕在化してしまった。
そこで第3期(平成26年度〜28年度)では、ITサポート機能を社会に分散させることを目標とした。具体的には、保護者、教員およびコメディカルに対して支援技術教育を行うことにより、実質的な支援件数を増やすことを試みた。平成27年度、学校・病院において単発で実施した研修・講座は21回に上った。連続講座としては、新潟病院でミニ研修会を全5回、市立西特別支援学校で保護者向けiPad講習を全12回実施した。新潟県作業療法士会・言語聴覚士会との共催で、IT活用サポーター養成講座を全5回(1回3時間)実施し、多くの受講生が福祉情報技術コーディネーター認定試験にも合格した。この講座は平成26年度から毎年実施している。開催場所は、受講生が全県から参加しやすいように、新潟市、燕市、長岡市と毎年変えている。障がい者ITサポート機能は、新潟県では新潟市が突出している状態であるが、この教育活動を通じて県内にも広めていきたいと考えている。夢は新潟県内の何箇所かに障がい者ITサポートセンターを設置し、連携して活動することである。
【略 歴】
長岡市出身。
1977年(S52)新潟大学工学部・電子工学科卒、1979年(S54)同大院・工学研究科修士課程了、同年同大歯学部・助手、1986年(S61)歯学博士(新潟大)、1987(S62)同大歯学部附属病院・講師、1989年(S64)工学博士(東京工業大)、1991年(H3)同大工学部情報工学科・助教授、1996年(H8)米国Johns Hopkins大・客員研究員、1998年(H10)同大工学部福祉人間工学科・教授、2008年(H20)新潟市障がい者ITサポートセンター長(兼任)、2016年(H28)同大地域創生再生機構・副機構長(兼任)。
2017年(H29)同大工学部工学科・人間支援感性科学プログラム・教授(予定)
専門は生体医工学、支援技術、人間工学。
【後 記】
視覚障がい者や支援者の前で、自ら立ち上げた「新潟市障がい者ITサポートセンター」のこれまでの8年間の歩みをお話をして頂きました。日本人の資質や能力の高さを讃えながらも、法整備が欧米に比較すると遅れていることを指摘し、障がいを持っている人の人権は守らなければならないと力説されました。素晴らしい講演でした。林先生の益々のご活躍を祈念しております。
【参 考】
思えば、林先生とは永いお付き合いで、12年前にもこの勉強会で、「生活支援工学」のお話をして頂いています。
第104回(2004‐11月)済生会新潟第二病院眼科勉強会 (林 豊彦)
日時:2004年(平成16年)11月10日(水)16時30分~18時
場所: 済生会新潟第二病院 眼科外来
演題:『障害者の自立を支える生活支援工学‐視覚障害者のための支援技術を中心に‐』
講師: 林 豊彦 (新潟大学工学部福祉人間工学科福祉生体工学講座教授)
http://andonoburo.net/on/5048
3年前には私が主催させて頂いた視覚リハビリテーション大会では、高橋政代先生などとともに特別講演をして頂きました。
第22回視覚障害リハビリテーション研究発表大会
大会期間:2013年6月22日(土)~6月23日(日)
大会会場:チサンホテル&コンファレンスセンター新潟
大 会 長:安藤 伸朗(済生会新潟第二病院 眼科)
【特別講演】
「視覚障がい者はどうして支援機器を使わないのか?」
林 豊彦(新潟大学教授 工学部福祉人間工学科)
http://andonoburo.net/on/2144
新潟市障がい者ITサポートセンターの活動については、2011年12月に山口俊光先生(新潟市障がい者ITサポートセンター)に4年間の中間報告をして頂きました。
第190回(11‐12月)済生会新潟第二病院 眼科勉強会
演題:「新潟市障がい者ITサポートセンター4年間の活動報告」
講師:山口 俊光 (新潟市障がい者ITサポートセンター)
日時:平成23年12月14日(水)16:30 ~ 18:00
場所:済生会新潟第二病院 眼科外来
http://andonoburo.net/on/5060
【今後の済生会新潟第二病院眼科 勉強会 & 研究会】
平成28年11月09日(水)16:30 ~ 18:00
第249回(16-11)済生会新潟第二病院眼科勉強会
視覚障がい者議員としての歩み
~社会の変化に手ごたえを感じながら~
青木 学(新潟市市会議員)
平成28年12月14日(水)16:30 ~ 18:00
第250回(16-12)済生会新潟第二病院眼科勉強会
杖で歩くこと、犬と歩くこと、人と歩くこと
清水 美知子(フリーランスの歩行訓練士)
平成29年01月11日(水)16:30 ~ 18:00
第251回(17-01)済生会新潟第二病院眼科勉強会
「ブラインドメイク」は、世界へー視覚障害者である前に一人の女性としてー
大石 華法(日本ケアメイク協会)
平成29年02月08日(水)16:30 ~ 18:00
第252回(17-02)済生会新潟第二病院眼科勉強会
演題未定
宮坂 道夫(新潟大学医学部教授)
平成29年02月25日 午後
済生会新潟第二病院眼科 市民公開講座2017
会場:済生会新潟第二病院 10階会議室
オーガナイザー 安藤伸朗(済生会新潟第二病院眼科)
講師:高橋政代(神戸理化学研究所)
平形明人(杏林大学眼科教授)
清水美知子(フリーランス歩行訓練士)
平成29年03月08日(水)16:30 ~ 18:00
第253回(17-03)済生会新潟第二病院眼科勉強会
演題未定
栗原 隆(新潟大学人文学部教授)
平成29年09月02日 午後
新潟ロービジョン研究会2017
会場:済生会新潟第二病院 10階会議室