報告:第242回(16-04)済生会新潟第二病院眼科勉強会 小西 明
2016年4月25日

報告:第242回(16-04)済生会新潟第二病院眼科勉強会 小西 明
 演題:盲学校理療教育の現状と課題~歴史から学び展望する~
 講師:小西 明(済生会新潟第二病院 医療福祉相談室)
  日時:平成28年04月13日(水)16:30~18:00
  場所:済生会新潟第二病院眼科外来 

【講演要約】
1 最近の街中で目に付く店看板
 都会はもとより、地方の新潟市内でも「りらく」「エステ」「てもみ」などの店看板が目立つようになった。新聞の折り込みにも「整体」「全身もみほぐし」などの文字が躍るチラシが見うけられる。エステティックは平成19年(2007)、リラクゼーションは平成25年(2013)に日本標準産業分類に登録された。海外からのインバウンド、企業のメンタルチェック義務化も後押しし、推定一兆円産業ともいわれるようになった。ストレスの多い現代社会で、人々の健康志向や癒しのニーズと合致したのだろう。エステ、リラクゼーション、整体などは、法令で位置付けられている三療(あん摩マッサージ指圧、はり、きゅう)と違い、広告の制限がないため、消費者が欲しがるクリーンで健康的なイメージを植え付けている。 
 また、柔道整復師の開設する「整骨院」「接骨院」から、はり、きゅうと柔道整復をあわせた「鍼灸整骨院」といった新たな開設が増えている。平成10年(1998)以後、鍼灸学校の新設抑制が自由化され、かつ教育課程が時間制から単位制に改訂された産物といえる。 
                   1999年 →  2009年 →  2013年
  鍼灸師養成施設数  27校    98校     101校
 定員数(晴眼)   835人   6,009人   5,676人 

2 視覚障害者と理療
 一方で、伝統ある三療を主とし、それらと関連した手技療法や物理療法、運動療法などを含む非薬物療法の総称を「理療」という。
 古代より視覚障害者の男性は、語り部として、あるいは宗教者、平家琵琶の弾奏者の担い手であったが、江戸時代に入り杉山和一の管鍼術をはじめとする理療の知識や技術を獲得していった。これ以後、幾多の変遷はあったが、理療は伝統的に視覚障害者の主な職業として位置付けられ、現在も中心的な役割を果たしている。視覚障害者により数百年にわたり同一職業が継承された事実については、かねてより賛否はあるが、社会で一定の評価がなされてきたことは特筆すべき事項であり、他国に例がない。現在では至極当然のこととされている視覚障害者の理療業であるが、今日までの過程は過酷を究め困難の連続であった。現在の理療業や教育を支えている様々な制度や慣行は、その時々の先人の並々ならぬ尽力奮闘の成果である。 

3 明治維新後の視覚障害者
 明治に入ると、厳格な官位・職階制の下で組織されていたそれまでの当道座は、中央集権体制の確立を目指す新政府の方針と相容れない存在となり、 明治4年 (1871年)の太政官布告をもって解体される。これに伴って杉山和一創設の鍼治講習所も廃止されるとともに、座からの配当で暮らしを立てていた盲人の生活問題が浮上することになった。
  一方、安政5年 (1858年) 7月の長崎に端を発したコレラの大流行に際し、蘭方ないし蘭漢折衷で行われていた当時の医学は無力であった。この教訓から、医学教育を含む学制や近代的な医療制度の確立によって医師の資質を向上させようとする機運が明治政府内に高まった。明治政府は西洋医学を主体とした新制度を、明治7年(1874年)の医制発布により実施した。これにより、あん摩・鍼灸業者は西洋医家の管理下に置かれることとなり、三療・東洋医学は排除された。 

4 盲唖学校設立運動
 更に、明治18年(1885)には「鍼灸術営業差許方」の発令で、営業の可否審査が行われるようになり、明治44年(1911)「按摩術営業取締規則」明治45年(1912)「鍼術灸術営業取締規則」で、営業を行うには試験に合格するか、指定学校を卒業して地方長官(知事)の免許鑑札を受けることが義務づけられることになった。
 一例として新潟県では、職業自立を目指す視覚障害者への支援「手に職をつけて自立してほしい」との先達の熱い思いにより、明治40年7月17日、関係者の念願かない「私立新潟盲唖学校」が県知事より学校設置の認可がなされた。つづいて同年10月10日鍼灸冶組合の粉骨の努力と、多くの協力者を得てついに開校式・始業式が挙行された。 

5 あはき法と盲学校理療科
 1911年   「按摩術営業取締規則」「鍼術灸術営業取締規則」により
         試験合格か指定学校卒業後、免許鑑札の義務 
 1923年   公立私立盲学校及聾唖学校令・規程交付
         「盲学校ノ修業年限ハ初等部六年、中等部四年ヲ常例トス
                   盲学校ノ中等部ヲ分チテ普通科、音楽科及鍼按科トシ・・・」
 1947年12月 業界、教育界、視覚障害者団体の業権擁護運動
 1948年4月  小・中学校、盲・聾学校義務制
 1948年5月   高等部別科(2年)、本科(3年)、第一部専攻科(2年)が設置
 1973年4月   改正理療科課程の設置 普通科・本科保健理療科,専攻科理療科
 1974年3月  高等部別科廃止
 1975年3月  高等部第二部専攻科廃止  
 1990年4月  あはき法一部改正(国家試験制度の導入)
          本科保健理療科 専攻科理療科、専攻科保健理療科 課程開設
 1992年2月  第1回 あはき国家試験 開催 

6 視覚障害者の理療業
 就業あはき師の推移 (2014 衛生行政報告より)
  あマ指師:1960年 61.6% → 2014年23.0%
  はり師:  1960年 46.3% → 2014年13.1%
  きゅう師: 1960年 43.0% → 2014年13.4% 

 就業視覚障害あはき師の割合及び数は、晴眼あはき師とは逆に年々減少している。背景として視覚障害あはき師を養成する全国盲学校、国立リハビリテーションなどで在籍者の減少がある。あはき師免許取得後の進路においては、平成15年度と比較して盲学校普通科卒業生の内、盲学校上級課程進学者(専攻科課程)は82人であり、平成25年度はそれからほぼ半減している。
 専攻科理療科は、平成15年度卒業生は304人であり、平成25年度と比較して  20%減少している。就職が143人で、64.3%を占めている。企業内ヘルスキーパーや訪問マッサージの会社に就労している。
 また、開業は37人で12.2%であったものが、平成25年度は率にして半減している。 

7 視覚障害者団体の動向(日本盲人会連合の提案)
(1)あはき法18条の2廃止
  ア あはきの社会的信頼を高め、資質向上を図る。
  イ 中卒失明者は激減している。例外措置として高卒並みの学力として認め、専攻科に入学させる。
  ウ 理療科教員の身分保障を検討する。
(2) あはき法19条死守と視覚障害あマ指師に対する支援
  ア 全国の専門学校であマ指師養成課程新増設が続発している。
  イ 19条をいつまで保てるか。関係者のコンセンサスは得られるか。
  ウ 視覚障害者あマ指師が職業自立するための支援策を実現する。 

8 検討事項
・盲学校生徒、保護者、業界を交えた地域での、18条の2、19条に係る検討。
・視覚障害あマ指師が職業自立するための支援策を現行法で実現するための検討。
・理療を含めた視覚障害者の職域拡大と社会で活躍する人材育成。ビジュアル社会の少数派への理解。幼児・児童(低発生頻度障害0.01%)~成人まで。 

◎盲学校の存在意義は、視覚障害者一人一人の夢を実現するためにある。理療を目指す視覚障害者は少なくはなったがゼロではない。理療を盲学校に導入した時代と現在では隔世の感はあるが「視覚障害者の職業自立」は、時々の先人の刻苦奮闘、愛情の賜物により今があることを確認したい。
 

【略 歴】
 1977年 新潟県立新潟盲学校教諭
 1992年 新潟県立はまぐみ養護学校教諭
 1995年 新潟県立高田盲学校教頭
 1997年 新潟県立教育センター教育相談・特殊教育課長
 2002年 新潟県立高田盲学校校長
 2006年 新潟県立新潟盲学校校長
 2015年 済生会新潟第二病院医療福祉相談室勤務
 

【後 記】
 これまで聞いたことのない理療科の歴史と現状でした。
・あはき19条、初めて知りました。
・晴眼者がマッサージをやりがいのある職業として意欲的に取り組んでいる一方で、視覚障碍者が止む無くあはきを選択しているという一面も知りました。
・晴眼者は国家資格でないため宣伝ができること、一方あはきは国家資格であるため宣伝ができないこと
視覚に不自由のある人の職業として「あはき」(あんまマッサージ指圧・鍼・灸)のみでなくIT関係も期待できると思っておりましたが、最近は視覚情報化(ビジュアリゼーション)のためこの分野への進出が厳しいという現実も知りました。
 実際には各団体のロビー外交などが影響しているのでしょうが、何か理不尽さを感じながら拝聴しておりました。
 視覚障害者の就労問題は、大きな課題です。まだまだ勉強しなければならないことが多いことを改めて知りました。
 

  

 

@過去、小西先生にお話して頂いた講演を列記致しました。
 andonoburo.netに登録してございます。参考まで
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第226回(14‐12)済生会新潟第二病院眼科勉強会
 演題:視覚障害児者の福祉・労働・文化活動への貢献 ~盲学校が果たした役割~
 講師:小西 明(新潟県立新潟盲学校)
  場所:済生会新潟第二病院 眼科外来
  日時:平成26年12月10日(水)16:30~18:00
 http://andonoburo.net/on/3381 

第207回(13‐05月)済生会新潟第二病院 眼科勉強会
 演題:「インクルーシブ教育システム構築と視覚障害教育~盲学校に求められるもの~」
 講師:小西 明 (新潟県立新潟盲学校:校長)
  日時:平成25年5月8日(水)16:30 ~ 18:00
  場所:済生会新潟第二病院 眼科外来
 http://andonoburo.net/on/1946 

第191回(12‐01月)済生会新潟第二病院 眼科勉強会
 演題:「新潟盲学校の百年 ~学校要覧にみる変遷~」
 講師:小西 明 (新潟県立新潟盲学校 校長)
  日時:平成24年1月11日(水)16:30 ~ 18:00
  場所:済生会新潟第二病院 眼科外来
 http://andonoburo.net/on/3324 

第130回(07‐1月)済生会新潟第二病院 眼科勉強会
 演題:『眼科医・大森隆碩の偉業』
 講師:小西明(新潟県立新潟盲学校長)
  日時:平成19年1月10日(水)16:30 ~ 18:00
  場所:済生会新潟第二病院 眼科外来
 http://andonoburo.net/on/3488 

第69回(2002‐2月) 済生会新潟第二病院 勉強会
 演題:「縦断資料からみた視覚障害児の運動発達」
  講師:小西 明(新潟県立教育センター)
   日時: 平成14年2月13日(水)16:00~17:30
   場所: 済生会新潟第二病院  眼科外来
【講演抄録】
 
視覚的なハンディキャップが、視覚障害児の体力や運動発達のどのような側面に影響を及ぼすかを調べ、指導上の基礎資料を得るために、新潟盲学校に保存されているスポーツテストの縦断資料を検討した。その結果、男子生徒の形態の発育水準は普通児と変わらないが、全身運動の発達は低水準にあることが分かった。