報告:『新潟ロービジョン研究会2016』 山田幸男
日時:平成28年10月23日(日)
場所:有壬記念館(ゆうじんきねんかん;新潟大学医学部)
演題:「視覚障害者のための転倒予防・体力増進教室の開設とその意義」
講師:○山田 幸男 田村瑞穂 嶋田美恵子 久保尚人
(新潟県視覚障害者のリハビリを推進する会)
【講演要約】
Ⅰ.はじめに
眼の不自由な人が転びやすいのは、見えないために物につまずくだけではありません。眼はものを見るためだけでなく、平衡を司る器官でもあるため、眼が不自由になるとバランスをくずしやすくなるからです。加えて、眼が不自由になると、運動量が減り筋力が落ちるため、ますます転びやすくなります。転倒を恐れて外出をひかえると、ビタミンD不足になり、さらに転倒しやすく、骨折の大きな原因となる骨粗鬆症にもなりやすくなります。骨粗鬆症は骨折を、骨折は寝たきりの原因ともなります。
私たちの検討では、眼の不自由な人の中には、バランス能力を示す片足立ちや、運動能力を示す歩行速度、さらに全身の筋力を示す握力などの検査で基準値以下の人がたくさんみられます。
そこで私たちは、少々のつまずきでも転ばない、歩くことのできる体力の維持、サルコペニアやロコモの予防、将来の寝たきり予防のために、20年ほど前から毎月1回開いてきた歩行講習会(1996年から誘導歩行を、1999年から白杖歩行)の中に、2014年から「転倒予防・体力増進(以下、転倒予防)教室」を併設しました(図1)。
図1.転倒予防・体力増進教室、歩行講習会のあゆみ
転倒予防教室の内容は講義と実技からなります。講義は、医師によるロコモ、サルコペニア、フレイル、骨粗鬆症など、看護師によるフットケア、栄養士による転倒予防と食事(ビタミンDも含めて)、などです。
実技は、身体計測(血圧、握力、腹囲、体重、開眼片足立ち時間、最大一歩幅、5メートルの歩行時間など)を行ったあとに、参加者全員でラジオ体操その他を行います。さらに誘導歩行と転倒予防の希望者には、誘導歩行を30分行い、その後、筋トレ、スクワット、片足立ちなどを30分行います。白杖歩行の希望者は60分間白杖歩行の指導を行います。
この度、転倒予防・体力増進教室の開設経緯とその効果について検討しました。
Ⅱ.対象と方法
対象:2014年8月に開始した第1回「転倒予防・体力増進教室」に毎月1回1クール5回参加した視覚障害者15名(男性3人、女性12人)を対象としました。
方法:運動開始前に行った身体計測値の変化を検討しました。さらに11名には、教室参加の意義や楽しさ、自宅での運動状況などについて電話によるアンケート調査を行いました。
Ⅲ.結果
歩行速度・握力ともに異常なしの人(サルコペニアではない)が11人(73.3%)です。身体計測では、4カ月後には開眼片足立ち時間と最大一歩幅は向上傾向を認めたが、握力や5メートル歩行速度では変化を認めませんでした。
アンケート調査では、教室に参加後、歩行の歩数が増え、運動するようになった人が7割に達しました。参加して体力がついた・楽しい(64%)、動きがよくなった・転びにくくなった(55%)など、参加して運動効果を認める人が多くみられます。およそ半数の人が、教室は転倒予防に有効、参加して体力がついた、自宅でも運動をするようになった、タンパク質を多く摂取するようになった、などと答えています。
Ⅳ.考案
1.参加者のほとんどが転倒予防・体力増進教室を選択
転倒予防開設時、誘導、白杖、転倒予防の3コースの中から、希望コースを選んでもらったところ、ほとんど全員といっていいほどの人が転倒予防のコースを選択されました。珍しさもあってのことかと思っていたところ、その後も毎回ほとんどの人が転倒予防コースを希望です。これでは本家本元の誘導・白杖歩行が消滅しないとも限りません。
そこで1年後には、転倒予防教室を重視しつつ、白杖や誘導歩行にも参加してもらうために、開設時考えた3コースを2コースに減らしました。誘導と転倒予防を1つにした誘導・転倒予防体力増進コースと、白杖歩行の2つのコースです。どのコースを選択する人も転倒予防の講義を15分聞き、さらにラジオ体操と筋トレを15分間することにしました(図2)。その後、白杖と、誘導-転倒予防の2グループに分かれます。白杖コースの参加者は白杖歩行実技1時間、誘導・転倒予防コースの人は誘導歩行の実技30分、転倒予防体力増進の実技30分の合計1時間です。このやり方だと、転倒予防の講義を15分聞くことができ、かつ誘導歩行の人も、また転倒予防の人も、転倒予防の実技を45分(講義と実技で合計60分)できるので不満は少なくなりました。
図2.転倒予防・体力増進教室、歩行講習会のプログラム
2.教室の効果
眼が不自由でも「自分の行きたいところに自分の力で移動し、やりたいことができる」ようにと、1996年から歩行講習会を開いてきました。今回は2年前に始めた転倒予防教室が、その目的を達しているかどうかを検討しました。その結果、参加して4カ月後には、最大一歩幅、開眼片足立ちでは向上を認め、また歩く歩数が増えた人もたくさんみられました。
ときどき思い出して体操をする、ラジオ体操やスクワットが身についた、家ではキッチン台につかまって運動をしている、など運動意欲が向上し、転びにくくなったことも大きな効果です。参加しなくなって転びやすくなった、体力が元に戻った、太った、などの声も聞かれます。肉は嫌いだがなるべく食べるようにしている、もともと肉は好きで安心して食べられるなど、食事面でも意識の変化もみられます。
Ⅴ.今後の課題
下肢の力は歩行、体のバランス維持に重要です。今回は下肢の力は握力で代行しましたが、腰・膝の疾患のある人は握力が正常でも下肢筋力の低下の可能性があります。足趾筋力測定器具などを用いて足趾筋力の測定を行い、低下者には下肢筋力アップの運動を勧めたいと考えています。県内に10数か所あるパソコン教室姉妹校でも転倒予防教室を開いて、パソコン教室の充実につなげたいと考えています。
勉強のため参加している、現状維持でもうけもの、今はこれが一番の健康法、習ったことを自分なりにもっと時間をかければ体力はつくと思う、教室参加は必ず転倒予防に役立つはず、などの声も多いので、スタッフ一同自信をもってさらに発展させたいと考えています。「体操も、講義内容もいいので、健常者にも広げないともったいない」との指摘もあるので、今後もっと晴眼者にも紹介してゆきたいと考えています。
【略 歴】山田幸男(やまだ ゆきお)
1967年(昭和42年)3月 新潟大学医学部卒業
同年(昭和42年)4月 新潟大学医学部附属病院インターン
1968年(昭和43年)4月 新潟大学医学部第一内科に入局。内分泌代謝斑に所属
1979年(昭和54年)5月 社会福祉法人新潟市社会事業協会信楽園病院
2005年(平成17年)4月 公益財団法人新潟県保健衛生センター
日本内科学会認定医、日本糖尿病学会専門医、日本内分泌学会専門医
日本病態栄養学会評議員
@山田幸男先生の紹介
私の最も尊敬する先輩の一人です。内科医ですが新潟で視覚障害者のための視覚リハビリを立ち上げ、県内10数か所にパソコン教室を作る原動力となり、白杖歩行は勿論、誘導歩行、見えない方のお料理教室・お化粧教室・ピアカウンセリング等々を実行しています。
一番すごいところは、とにかく眼の不自由な方が集まってお茶を飲むというサロンを開放していることです。こうした中から患者さんの心のケアを行い、やる気を引き出しているのです。自分たちの持っているものを患者さんに教え込もうとするリハビリの押しつけとは一線を画しているのです。
●新潟ロービジョン研究会 2016 プログラム
0.はじめに
安藤 伸朗(済生会新潟第二病院;眼科医)
1.【第1部 連携を求めて】
1)看護師が関わると、こんなに変わるロービジョンケア
橋本 伸子(しらお眼科;石川県白山市、看護師)
http://andonoburo.net/on/5171
2)情報障害に情報保障の光を、患者に学ぶビジョンケア
三宅 琢(東京大学先端科学技術研究センター特任研究員;眼科医)
http://andonoburo.net/on/5182
3)視覚障害者のための転倒予防・体力増進教室
○山田 幸男 田村 瑞穂 嶋田 美恵子 久保 尚人
(新潟県視覚障害者のリハビリテーションを推進する会;NPOオアシス)
2.【第2部 眼科医療と視覚リハビリ】
1)最大のロービジョン対策は予防と治療:私の緑内障との闘い
岩瀬 愛子(たじみ岩瀬眼科;岐阜県多治見市、眼科医)
http://andonoburo.net/on/5189
2)新潟県の訓矇・盲唖学校設立に尽力した眼科医
小西 明(済生会新潟第二病院医療福祉相談室、前新潟盲学校長)
3)我が国初の眼科リハビリテーションクリニック(順天堂大学)
ー開設当時を振り返ってー
佐渡 一成(さど眼科;仙台市、眼科医)
4)眼科医・原田政美の障害者福祉理念と功績
香川 スミ子(元 浦和大学)
3. 【第3部 熊本地震を考える】
「熊本地震と災害時視覚障害者支援」
出田 隆一 (出田眼科院長;熊本)
4. おわりに
仲泊 聡(神戸理化学研究所;眼科医)