勉強会報告

2013年9月27日

第22回視覚障害リハビリテーション研究発表大会 講演要旨
  ランチョンセミナー(共催:新潟ロービジョン研究会)
「ここまで進化している!眼科の検査と治療の最前線」
 長谷部 日(新潟大学医学部講師:眼科)
  平成25年6月22日(土) 
  チサンホテル&カンファレンスセンター新潟 越後の間 

【講演要旨】
 眼科は様々なテクノロジーの応用が早く、進化の目覚ましい分野である。21世紀に入りそのスピードはさらに加速している。 

 従来の眼底検査では、眼底鏡を用い眼底を直接観察するか、眼底カメラで眼底を撮影する方法がとられてきた。いずれも眼底を主に平面的に捉える方法である。眼底、特に網膜の厚みや内部構造の変化といった三次元的な所見は非常に重要であるが、実際には非常に薄く透明な組織である網膜を立体的かつ詳細に観察するのは極めて難しい。しかし近年光干渉断層計(OCT)が登場し眼底の観察方法は一変した。 

 OCTは簡単な操作で眼底の任意の断層像を取得することが可能である。初期のOCTはごく大まかな断層像を得られるのみであったが、それでも従来苦慮していた診断の精度を飛躍的に高める画期的な技術であった。その後OCTは年々解像度、画質が向上し、現在の最新型のOCTで得られる断層像は眼底の組織顕微鏡写真に匹敵するものである。OCTによって様々な疾患における眼底の微細な構造変化が明らかとなり、病態の解明や治療の影響を詳細に評価することが可能となった。眼底疾患の診断技術と治療技術に大きな進化をもたらしたOCTは、現代の眼科診療において欠かす事のできない存在となっている。 

 眼底観察方法の進化はOCTだけに留まらない。現代の宇宙観測を支える技術の一つである「補償光学」を応用した眼底撮影装置では、視細胞の一粒一粒までもが観察可能となっている。眼底疾患は、今や細胞レベルで診断を行う時代を迎えようとしているのかもしれない。 

 このように診断技術が進化し疾患の核心の部分が絞り込まれていくにつれ、治療もその疾患の本態をピンポイントで攻めていく方式に変わってきた。現代の眼底疾患の手術は極小の時代である。細い注射針ほどの太さの手術器具を用い、眼底の極めて小さな部分、極めて薄い部分を治療することが日常的となっている。この結果、眼組織に対する手術侵襲は最小限に抑えられるようになってきた。 

 手術に頼らない眼底疾患の治療方法も登場し発達してきた。加齢黄斑変性(AMD)に対する抗血管新生剤(抗VEGF剤:血管内皮増殖因子VEGF:Vascular Endothelial Growth Factor)の眼内注入がその代表であろう。AMDは高齢者の1%に発症する疾患であるが、かつては有効かつ安全な方法がなかった。しかし数年前に登場した抗VEGF剤は、AMD眼にごく微量を注入するだけで急速に改善を得ることができる驚くべき治療方法である。現在ではAMD治療の第一選択であることは言うまでもない。また最近では硝子体を手術で切除するのではなく、薬剤で融解させることによって様々な眼底疾患を治療する方法も実用化が進みつつある。 

 iPS細胞(人工多能性幹細胞 induced pluripotent stem cells)の話題からも目を離すことができない。胎児の胚細胞と同様に全身のあらゆる組織、臓器に分化していく能力を持つのがiPS細胞である。これを受精卵や胎児から取り出すのではなく、成育した生体から作り出す技術を発見した山中伸弥教授にノーベル賞が授与されたのは記憶に新しい。このiPS細胞から作成した細胞(網膜色素上皮)をAMDに罹患した自分の目の眼底に移植する世界初の治療が間もなく日本で始まろうとしている。まだ治験の段階ではあるが、夢の治療技術が現実となる瞬間に世界が注目している。iPS細胞は他の眼疾患の治療にも応用が期待されている。決して遠くない将来の眼科では、今では想像もつかないような治療が行われているに違いない。

 眼科の進化はまだ当分その歩みを緩めそうにない。我々眼科医の手がける未来の医療に期待をこめ、いつまでも注目し続けていただきたい。

 

【略歴】 長谷部 日 (はせべ ひるま)
 1992年(平成4)新潟大学医学部卒業
          新潟大学眼科学教室 入局
 1994年(平成6)~ 新潟大学医学部大学院
 1998年(平成10) 医学博士取得
 1999年(平成11)~燕労災病院眼科(1年)
 2001年(平成13)~聖隷浜松病院眼科(1年)
 2007年(平成19)~新潟大学医歯学総合病院 助教
 2013年(平成25)~新潟大学医学部 講師

2013年9月23日

第22回視覚障害リハビリテーション研究発表大会
    ランチョンセミナー(共催:新潟ロービジョン研究会)講演要旨
「生きる」を変える,携帯端末と視覚リハ事情
 三宅 琢(Gift Hands)、氏間 和仁(広島大学) 
   平成25年6月22日 新潟大学駅南キャンパス「ときめいと」 

【講演要旨:第一部(三宅)】
 iPadやiPhoneは触知可能なホームボタンに代表される、視覚障害者の使用を考慮した構造的なユニバーサルデザインを標準装備したデバイスである。またこれらのデバイスは障害者補助機能であるアクセシビリティが充実している。本講演ではアクセシビリティ機能のうちズーム機能や白黒反転機能がどのようなシーンで活用され、ホームボタンへのショートカット機能を有効にする事でより実践的に活用できる機能となる事を解説した。 

 次にアプリケーションソフトウェア(以下アプリ)の重要性について解説した。タブレット端末では購入後にアプリを購入する事で、多くのエイドをアプリとして一つの端末内で持ち歩ことが出来る。代表的なアプリである電子書籍リーダーでは書籍の文字サイズやフォント、背景色等が患者各人に合わせて設定可能であり、この事は紙ベースの書籍を拡大して閲覧する行為とは根本的に読書の意味を変える。その他、カメラアプリを利用した簡易式の携帯型拡大読書器としての活用をはじめとした活用事例を紹介し、患者の生活がどのように変化したかについて報告した。 

 携帯端末を用いたロービジョンケアとはデバイス自体の機能説明ではなく、その先にあるアイデアの紹介である。視覚障害者たちの日々の生活の中で生まれたニーズと、それを解決するアプリの選定および紹介こそがロービジョンケアであり、その普及にはアクセシビリティ機能等に対する正しい理解が必要である。またエイドとしての導入前に家族や仲間と間に絆が存在した症例では、一般機器であるため導入後には一層彼らの絆が強まっていくのを日々の外来で実感する事が出来る。今後はいかにこれらの絆を構築するかが、エイドとして導入できるかの条件になる事と考えられる。 

【講演要旨:第2部(氏間)】
 はじめに実際に高校の授業でiPadを利用している愛媛県在住の高校生とFaceTimeを用いて,利用の様子を話してもらった。教科書や資料をPDFにしてiPadに保存し,授業中に活用している様子が紹介された。 

 現在,iPadの視覚障害教育での利用は着実に広まっている。私どもの研究では,ロービジョンの視機能に応じた表示を手軽に作り出す,HTMLビューアを完成させ,授業での利用をはじめたのが2000年であった。それ以来,WindowsCEを搭載した携帯情報端末や,WindowsXPを搭載したタブレット端末を利用したロービジョン者の読書環境の向上に関する研究と実践を続けてきた。そういった立場からすると,これまでの夢が実現する機械がようやく登場したといった感覚である。前半の3分の1はこのような内容を紹介した。 

 視覚補償法には,相対サイズ拡大の拡大教科書等,相対距離拡大の拡大鏡,相対角度拡大の単眼鏡,電子的拡大の拡大読書器や拡大パソコン等をあげることができる。iPadはこれらの視覚補償法では実現できないニーズを叶えてくれる。例えば,読書中にルビを大きくしたいときにピンチアウトで大きくできる,大きな視界で大きくして見ることができる,起動したいと思ったら1秒以内に起動できる,機能を追加できるといったニーズをこの1台が叶えてくれる。しかし,iPadを手にすれば,これまでの視覚補償法が不要になるわけではない。これまで視覚補償法とiPadを,目的に応じて使い分けたり,併用したりする目的志向のアプローチが重要である。また,世の中にはタブレット端末は多く存在するが,拡大したいところを即座に大きくしたり,倍率を変えたり,まぶしいと感じたら配色を反転したり,設定するだけで,音声読み上げできたりできるのは,現在のところ,iPad等のiDevicesである。中盤の3分の1では,このようなengagingとaccessibilityのコンセプトで開発された機械の魅力を紹介した。 

 例えば,カメラアプリを使うと,細かな目盛りを大きくして見ることができたり,顕微鏡の接眼レンズの視界を画面全体に拡大して見ることができたり,コントラストが低い映像のコントラストを大きくして映したり,実に様々な応用が可能である。ロービジョンの人たちと広島平和公園を,iPadを持って見学した際,窓ガラスの向こうの展示物をその場で確認できたり,コントラストの小さい影のコントラストを大きくして見ることができた。参加者からは,「これまで,スルーするのが当たり前だった博物館で,見る喜びを感じた。」といったポジティブな感想が寄せられた。終盤の3分の1では,授業や生活の中に浸透し,「見える」ことに喜びにつながっているケースを紹介した。 

 多機能機であるiPadを有効に利用するためには,使用目的を明確にすることが大切のようだ。当事者の見え方から生じるニーズを見極め,これまでの視覚補償法と合わせて,iPadも選択肢に加えて,検討することが大切であると考えられる。 

【略歴】
三宅 琢  日本眼科学会眼科専門医、認定産業医、Gift Hands代表
 2005(平成17)3月 東京医科大学卒業
       同年3月 東京医科大学八王子医療センター 研修
 2007(平成19)4月 東京医大眼科学教室入局
 2012(平成24)1月 東京医科大学 眼科 兼任助教
     永田眼科クリニック 眼科 勤務医(名古屋) Gift Hands 代表
       同年3月 東京医科大学大学院卒業
 2013(平成25)1月 三井ホーム株式会社 産業医 

氏間 和仁 広島大学大学院教育学研究科准教授
 1994(平成6)3月 筑波大学理療科教員養成施設卒業
        同年4月 愛媛県立松山盲学校教諭
 2005(平成17)   3月 明星大学大学院人文学研究科教育学専攻修了
 2006(平成18)  4月 福岡教育大学教育学部講師
 2008(平成20)10月 福岡教育大学教育学部准教授
 2011(平成23) 4月 広島大学大学院教育学研究科准教授 

 2002(平成14) 第10回上月情報教育賞優良賞受賞
 2003(平成15) 第13回特殊教育ソフトウェアコンクール
         特殊教育研究財団理事長奨励賞受賞

 

 

2013年9月20日

第22回視覚障害リハビリテーション研究発表大会
  (共催:新潟ロービジョン研究会)講演要旨 招待講演
「網膜色素変性、治療への最前線」
 山本修一 (千葉大学大学院医学研究院教授 眼科学) 

 2013 年6月23日(日)
 チサンホテル&カンファレンスセンター新潟 越後の間 

【講演要旨】
 網膜色素変性は長らく「不治の病」とされてきたが、この数年で研究が急速に進み、多くの研究が動物実験から実際の患者を対象とした臨床試験に発展し、網膜色素変性の治療が現実のものとなりつつある。 

 網膜色素変性の原因は網膜の視細胞の遺伝子異常であり、この遺伝子がコードするタンパク質の異常が生じる。そして視細胞の変性から細胞死(アポトーシスまたはネクローシス)に至り、最終的には視細胞が消失して完全な網膜変性に至る。このような病気の各段階に応じて治療戦略が考えられている。すなわち、①原因となる遺伝子異常に対する「遺伝子治療」、②視細胞の変性から細胞死に至る過程を抑える「網膜神経保護」、③消滅した網膜視機能を再建する「人工網膜」と、④「網膜の再生および移植」に大別される。このうちの遺伝子治療、網膜神経保護、人工網膜について、実際に臨床試験が行われているものに限って紹介する。 

 遺伝子治療は、網膜色素変性の特殊型であるレーベル先天盲における成功が、世界的に華々しく報じられた。同じRPE65遺伝子異常を持つイヌに対する治療の成功を受けて臨床試験が行われ、RPE65遺伝子を網膜下に注入したすべての患者で視機能の改善が得られた。これは画期的な成果ではあるが、残念ながら直ちにすべての色素変性に応用可能なわけではない。まず原因遺伝子の特定が必要だが、色素変性の遺伝子は多岐に渡り、未だに新しい遺伝子の発見が続いている。また原因遺伝子を特定可能なのは、日本人患者では30%程度と推測されている。さらに原因遺伝子が特定されても、それぞれの遺伝子について治療の安全性や効果の検証が必要となるだろう。 

 神経保護では、米国における毛様体神経栄養因子(CNTF)の臨床試験が進行中であり、視機能の維持、視細胞数の減少抑制が確認されている。ヒトの網膜色素上皮細胞にCNTF遺伝子を導入して持続的にCNTFを産生するように改良し、この細胞を特殊なカプセルに詰めて、カプセルを眼内に埋植する。カプセルに守られた細胞は免疫系の攻撃に晒されることなく、長期にわたってCNTFを眼内に放出し続ける。網膜色素変性のみならず萎縮型加齢黄斑変性も臨床試験の対象となっているが、日本で臨床試験が行われる目途はたっていない。 

 0.15%ウノプロストン(オキュセバR)点眼液による神経保護の試みは、日本オリジナルのものである。本来は緑内障治療薬として開発された薬剤であるが、神経保護効果も併せ持つことが見出され、網膜色素変性を対象に臨床試験が行われた。当初は視機能悪化の抑止が期待されたが、実際には高濃度投与群で網膜感度の上昇がみられ、プラセボ群との間に有意な差が観察された。この結果をもとに、180例を対象とした52週間の第3相臨床試験が開始され、症例のエントリーは順調に進んでいる。 

 人工網膜は、米国で開発されたArgus IIがすでに米国と欧州で医療機器としての承認を受け、実際に患者への移植が行われている。電極が60個と限られているため視力に限界はあるが、先行する欧州からは臨床報告が相次いでいる。ドイツで開発された人工網膜は、1500個の電極あるため解像度に優れ、サイコロの目の数や向かい合った人の表情も判別できると報告されている。日本では大阪大学のグループが、強膜内に埋め込む人工網膜の開発を進めている。 

 これらの治療法は、直ちにすべての患者に適応可能というわけではないが、網膜色素変性の治療はもはや夢物語ではなく、間近に見える明るい希望の光であることは間違いない。

【略歴】
 1983年 千葉大学医学部卒業
 1989年 千葉大学大学院医学研究科修了
 1990年 富山医科薬科大学眼科講師
 1991年 コロンビア大学眼研究所研究員
 1994年 富山医科薬科大学眼科助教授
 1997年 東邦大学佐倉病院眼科助教授
 2001年 東邦大学佐倉病院眼科教授
 2003年 千葉大学大学院医学研究院眼科学教授
 2007年 千葉大学医学部附属病院副病院長併任
 2008年 日本網膜色素変性症協会(JRPS)副会長

2013年9月17日

第22回視覚障害リハビリテーション研究発表大会
(共催:新潟ロービジョン研究会)
講演要旨 招待講演
「iPS細胞を用いた網膜再生医療」

 高橋 政代(理化学研究所 発生・再生科学総合研究センター
                          網膜再生医療研究プロジェクト プロジェクトリーダー)

 2013 年6月23日(日)
 チサンホテル&カンファレンスセンター新潟 越後の間

【講演要旨】
 昔から眼は様々な新しい治療が最初に導入される場である。臓器移植としては角膜移植が腎臓移植と並んで始まり、人工レンズは早くから最も成功した人工臓器の一つである。また、網膜色素変性の遺伝子治療も一定の成功を納めている。加齢黄斑変性に抗VEGF剤が効果をあげているが、これは抗体医薬の最初の成功例である。そして、今、iPS細胞を用いた細胞治療も網膜で初めて行われようとしている。 

 2006年にマウス皮膚の線維芽細胞に4つの遺伝子を入れることでシャーレの中で無限に増えて、一方で身体中のあらゆる細胞を作ることができるiPS細胞(人工多能性幹細胞 induced pluripotent stem cells)が発表された。その1年後にはヒトのiPS細胞も作成された。それまでにES細胞(胚性幹細胞Embryonic Stem cells)から作った網膜色素上皮細胞を網膜疾患治療に応用できることを示していた我々は、ES細胞と同じ性質を備え、しかも拒絶反応を回避できるiPS細胞にとびついた。 

 そして6年の臨床への準備を経て、2013年8月に臨床研究に関与する3機関の倫理委員会と厚生労働省の審査で承認を得て世界で初めてのiPS細胞を用いた臨床研究が開始となった。具体的には加齢黄斑変性という網膜色素上皮細胞の老化によって引き起こされる疾患で、網膜の中央部(黄斑)が障害されるため全体の視野は問題ないが、見ようとするところが見えない、視力が低下して字が読めなくなるという疾患である。網膜色素上皮の老化が原因で、網膜の裏側にある脈絡膜から新生血管が発生する。新生血管に対しては効果的な眼球注射薬が存在するが、高価な上に1、2ヶ月毎に治療しなければ再発をするため、治療を続けなくてはならない。そこで、老化し障害された網膜色素上皮を患者本人のiPS細胞から作った正常で若返ったRPEと置き換えることによって、その上の視細胞の層を保護する役目がある。 

 最初の臨床研究では2年間にわたって6名の患者を選び治療後1年間で効果を判定する。移植する細胞シートは様々な検査で安全性が確認されている。未知の予測不可能な危険はゼロとは言えないが、細胞よりも細胞を移植する手術、これは毎週眼科で施行されている手術とほぼ同様のものであるが、その手術の危険の方がはるかに大きいのである。放置すると失明につながるような合併症は、数パーセントで起こる事が知られている。これは、報道などからは伝わらない事実である。 

 また、なかなか伝わらないのは、この細胞治療の効果である。最初の臨床研究はあくまでこの治療の安全性、特に移植する細胞が腫瘍を作らないか、拒絶反応を引き起こさないかを明らかにする研究である。よって、効果のある治療であるかどうかは安全性が確認されてから次の問題である。もちろんある程度の効果は期待して臨床研究を行うが、それでも矯正視力は多くの場合0.1まで回復するのがやっとであろうと予測される。従って、自然と臨床研究に参加していただく方の矯正視力は0.1以下の方に絞られてくる。「再生」という言葉はもとどおりに回復するという意味が本義であるので、網膜の再生というとよく見えるようになるという印象を受けてしまうのは仕方ないことである。しかし、そのような期待で臨床研究に参加すると裏切られる事になり、網膜の再生医療は健全なスタートをきる事ができない。 

 報道の短い時間や字数制限の中で伝えられる情報は多くない。報道だけが情報源である場合は、どうしても誤解が大きいようである。重要なことは、複数の情報源をもち、事実をそのままに受け取ってもらう事。我々は、将来の再生医療の発展のためにそれを説明し続けなければならない。また、過剰な期待を抱くのは、その裏側に障害の解消だけが解決策と考え、その他の方向性をまったく模索しないという場合に多い。つまり、疾患の正しい情報を集め障害の現状を理解して甘受する「健全なあきらめ」(九州大学 田嶋教授)(*)が必要である。 

 また将来、網膜の細胞治療(再生治療)が成功したとしても、0.1程度の低視力に留まることが多いため、その状況で補助具などを使い有効に視機能を使える事が治療の効果を十分に引き出すために重要である。すなわち、どの分野でも同様であると考えられるが、再生医療とはリハビリテーション(ロービジョンケア)とセットで完成する治療である。 


(*)「健全なあきらめ」(田嶌誠一 九州大学教授)

    変わるものを変えようとする勇気 
       変わらないものを受け入れる寛容さ 
      そしてその二つを取り違えない叡智

 

【略歴】
 1986(S61)京都大学医学部卒業
 1986(S61)-1987(S62)京都大学付属病院眼科研修医
 1988(S63)-1992(H4)京都大学大学院医学博士課程
 1992(H4)-2001(H13)京都大学医学部眼科助手
 1995(H7)-1996(H8)米国サンディエゴ ソーク研究所研究員
 2001(H13)-2006(H18)京都大学附属病院探索医療センター開発部助教授
 2006(H18)- 理化学研究所 発生再生科学総合研究センター   
                                             網膜再生医療研究チーム チームリーダー
(組織改正による)理化学研究所 発生再生科学総合研究センター   
                                           網膜再生医療研究開発プロジェク リーダー

 

2013年9月14日

第22回視覚障害リハビリテーション研究発表大会 講演要旨 特別講演
「視覚障害者のこころのケア」
 山田 幸男(新潟県保健衛生センター・信楽園病院内科) 

 日時:平成25年6月22日(土)
 会場:チサンホテル&カンファレンスセンター新潟 越後の間 

【講演要約】                     
1.目が不自由になると一度は死を考える
 目が不自由になるとそれが原因で、少なくとも2人に1人は死ぬことを考えます(文献1)。いや、「目が不自由になると、誰もが一度は死ぬことを考える」といったほうが正しいのかも知れません。パソコンや携帯電話など文字を頻繁に使う現在のような情報社会にあっては、目が不自由になると、仕事や日常生活が難しくなります。

 視覚障害者は生活行動や精神面で大きなハンディキャップを抱えながら、回復の見込みがないままに、また視力の残っている人は全く見えなくなるのではないかと不安を抱(いだ)きながら、生き続けなければなりません。がんなどの病気と違って、視覚障害の終点には“死”がないため、耐え切れなくなると、自分から死を選ぶのだと思います。

2.うつ病などこころに関連する病気が多い
 目の不自由な人には、うつ病をはじめ、すいみん障害、不安障害、パニック障害、過換気症候群など、こころに関連した病気を併発することが少なくありません。なかでも、うつ病は多く、かつ苦痛が大きいので見逃すことができません。最近晴眼の大人のうつ病患者が増え、5人に1人といわれています。目の不自由な人にはさらに多くみられます。

 私たちの調査では、目の不自由な人97名のうち、うつ病の人は23.7%(23名)、うつ状態の人は24.7%(24名)、ほとんど問題なしの人は51.6%(50名)でした(文献2)。この結果から明らかなように、目の不自由な人のほぼ半数はうつ病やうつ状態にあります。とくに女性や糖尿病の人に多いことが注目されます。

 そのみられる時期は、仕事や日常生活動作が困難になった時がもっとも多く、次いで病気の進行したとき、視覚障害の現われた時、見えなくなった時、などです。視覚障害が原因でおこるうつ病は、多くは大うつ病性障害の一つである反応性・症候性うつ病に含まれます。反応性・症候性の場合は、比較的短い期間でなおるともいわれ、私たちは次に述べるパソコン兼喫茶室がきわめて有効と考えています。

3.パソコン教室兼喫茶室はこころのケアにも有効
 私たちが開設して間もなく20年になるパソコン教室兼喫茶室が視覚障害者のこころのケアに役立つかを47名の利用者に聞いたところ、21.3%の人は大いに役立っている、76.6%の人は役立っていると答えていました。とくにこころが和む、元気が出る、などこころのケアに有効と考える人が多く、さらに友達作り、楽しむ場、また情報交換の場としても皆さん利用しています。パソコンの普及を兼ねた喫茶室は視覚障害者の自立に欠かせないため、県内10数か所にパソコン教室兼喫茶室を常設して、リハビリテーションに、またこころのケアの場として利用してもらっています。 

4.障害者は地域で治療を受けることを望んでいる
 多くの障害者、とくに高齢者は、長年住み慣れた地域社会でリハビリを受けたいと思っています。家族に囲まれながら、自分の座を確保しながら、リハビリテーシヨンを受けることを望んでいます。そのため家族と離れてまでして技術を身につけなくてもよいといいます。またリハビリテーションをやるような精神状態ではないことも無関係ではないようです。障害者医療は、本来、地域医療であるといわれています。ほとんどの視覚障害者は、できることなら家族と生活しながら通院でリハビリテーションをやりたいと考えています。

5.燃えつき症候群―家族にもこころのケアは必要
 視覚障害者とその介護にあたる家族は、対人関係や、期待・要求に必死に頑張ろうとする慢性的なストレスのために、身体的に、また精神的に、エネルギーの消耗した状態になりがちです。このような状態を、明るいろうそくが燃え尽きる姿になぞらえて、「燃えつき症候群」、「燃えつき」などといわれていますが、障害者の半数以上、家族の4割弱が経験していまこころのケアは、障害者とともに介助にあたる家族などにも必要です。

文献
1)山田幸男、大石正夫、ほか:中途視覚障害者のリハビリテーション(第6報)視覚障害者の心理・社会的問題、とくに白杖、点字、障害者手帳、自殺意識について。眼紀 52:24-29、2001.
2)山田幸男、大石正夫、ほか:中途視覚障害者のリハビリテーション(第9報)視覚障害者にみられる睡眠障害とうつ病の頻度、特徴。 眼紀 55:192-196、2004。

【略歴】
 1967年(昭和42)3月 新潟大学医学部卒業
          4月 新潟大学医学部附属病院インターン
 1968年(昭和43)4月 新潟大学医学部第一内科入局(内分泌代謝斑)
 1979年(昭和54)5月 社会福祉法人新潟市社会事業協会信楽園病院
 2005年(平成17)4月 公益財団法人新潟県保健衛生センター   

学 会
 日本内科学会認定医、日本糖尿病学会専門医、日本内分泌学会専門医、
 日本ロービジョン学会評議員、日本病態栄養学会評議員 

著 書
・視覚障害者のリハビリテーション(日本メディカルセンター)
・視覚障害者のためのパソコン教室(メディカ出版)
・白杖歩行サポートハンドブック(読書工房)
・目の不自由な人の“こころのケア”(考古堂)
・目の不自由な人の転倒予防(考古堂)、ほか