勉強会報告

2013年12月3日

報告 第213回(13‐11月)済生会新潟第二病院 眼科勉強会
 演題:「夢について」
 講師:櫻井 浩治 (精神科医、新潟市)
  日時:平成25年11月13日(水)16:30 ~ 18:00
  場所:済生会新潟第二病院 眼科外来  

【講演要旨】
 平安時代の終り頃に書かれた「源氏物語」には、夢が多く出てくる。勿論、作者紫式部の創作した夢なのであるが、当時、夢をどのように考えていたかを知る格好の材料にはなる。平安時代は、雷などの自然現象や原因の分からない病は、全て「物の怪(け)」のせいだとされていた。 

 源氏物語の夢も同様で、怨念や怒りをもって登場し、人に恐怖を与える夢は、全て生きている者の魂や死者の魂が「物の怪」となって現われている。一方、「神のお告げ」の夢や「獣の夢は懐妊の証(あか)し」という夢、不可思議な内容でその内容を解く専門家を必要とするような将来を知らせる「予知夢」もあって、「物の怪」とは別のもの、とされていたようである。例えば,主人公の光源氏が、腹違いの兄(当日の参考文に弟とあるのは間違い)である現帝と女性関係で問題を起こし、都を離れて須磨明石で過ごしていた嵐の夜、光源氏は亡き父の帝(みかど)が現われて都へ帰れることを暗示する夢を見るが、同じ夜に現帝は亡き父の帝に恐ろしい目で睨まれる夢を見る、という場面がある。これは「物の怪」と「予知夢」の両方を意味する夢であろう。 

 近代では、今からおおよそ100年ほど前に精神科医フロイトが、人は思い出したくない記憶を押し込んでいる「無意識」という部分がある、という仮説を立て、夢はこの「無意識」の中の記憶が姿を変えて現われるものだ、と考えた。しかしこれも夢についての観念的な説明にすぎず、科学的な根拠はない。 

 夢が科学的説明に一歩近づいたのは、「脳波」という脳細胞が活動する時に生じる電位を波の線に変えて記録する機器が発明されてからである。脳波による睡眠の研究によると、成人においては、睡眠は浅い眠りから約70分かかけて段々深くなり、次いで脳波は浅い眠りを示すと共に、眼球は激しく水平に動き、顎を支える下顎筋の緊張が全くなくなってしまっている睡眠が約20分続く。この後者を「レム睡眠」前者をそうでない睡眠、ということから「ノンレム睡眠」と呼ぶが、成人はこのノンレム睡眠とレム睡眠の合計約90分を一セットとして、これを一晩で四~五回繰り返しているのが睡眠の実態で、しかも夢はその80%をレム睡眠の時に見ていることが分かった。 

 そして、レム睡眠時の脳内神経活性物質が研究され、それらが内部から視覚中枢はじめ全ての感覚中枢を一斉に刺激し、記憶を想起させることで夢が形成されるのではないか、という説が生れた。動物にもレム睡眠期があるという。こうして、レム睡眠は動物や人にとって重要な役割を持つ脳活動の一つであり、「夢」もまた何らかの重要な意味を持つ現象だ、とも考えられるようになった。 

 こうして、レム睡眠は動物や人にとって重要な役割を持つ脳活動の一つであり、「夢」もまた何らかの重要な意味を持つ現象だ、とも考えられるようになった。朝の夢を覚えているのは、レム睡眠で目覚めるからである。だから夢は誰もが見ているはずだ。見た事が無い、と言う人もいるが、夢を見た直後に目覚めなければ覚えていないだろうし、見てもそのまま深い眠りに入れば忘れてしまうだろう。朝目覚めても、強烈な内容の夢でなければ思い出せないだろう。もともと夢は忘れ易いものだ。それだけのことで、本当は見ているのだと主張する人もいる。 

 しかし、もしも本当に夢を見てないない人がいたとしても、レム睡眠は誰にもあるのだから、レム睡眠時で必要とされる脳内作業はきちんとされているのであろう。夢は、昔のこころに残る想い出や、当日の印象深い出来事、あるいは気がかりなことなどが、姿を変えて現われたり、睡眠中の音や気温、寝具などの外部刺激や身体の動き、あるいは痛みや便意、尿意などの身体の内部刺激の影響を受けて見る、と言われている。 

 けれども、外部の同じ音が、同一人の夢では多様な場面でのいろいろの違った音の夢となっていた、という報告もあり、外部刺激や身体的刺激が夢を引き起こす原因にはなってはいても、夢の内容は勝手気ままな物語として現われてくる。夢の内容は、本人の経験したこと以外には現われないはずだという学者もいる。しかし目覚めている時と同様に、睡眠中でも脳自体で空想し創造することは可能なのではないだろうか。また夢で見たものを記憶し、その再現を別の夢で見ることもあり得るのではないか、などと私は自分の経験で思う。 

 「夢知らせ」という現象について、フロイトとほぼ同時代の精神科医ユングは、「ある特定の瞬間にある人のことを考えていたらその人から電話がかかってきた」というような偶然性を「共時性の作用」と呼び、この作用で「夢知らせ」を説明しようとし、フロイトは「心にかけていてのたまたまの偶然性」だと説明している。ユングはまた、夢は本人の行動を良い方に「補(おぎな)って」くれている、とも言う。が、これらの意見もいずれも科学的根拠はない。 

 源氏物語の作家紫式部は、上述した現帝の恐怖に対し、現帝の母親に「嵐の夜などには、常に心に思っていることが夢に出るものだ。気にすることはない」と言わせているし、自分の日記にも、後妻の病いは先妻が「鬼」なって後妻に憑いているのだと考えている夫の絵をみて、そのように受け取る夫の心が問題で、夫が先妻に済まない、と思っているからそのように考えるのだろう、という意味の和歌を残している。 

 夢はどのような内容であれ、個人的な、脳の内部刺激による生理的脳内反応の現象である。夢で驚いたり泣いたり喜んだりするのも、夢だった、とそれだけのことでしかない。ストレス学者は、思い出さなくとも夢でストレスを開放しているのだ、というかもしれない。 

 夢の現象を、どのように思い、どのように受け止めるかは、本人次第である。フロイトやユングや紫式部の説明を思い出して、夢を自分のために上手に利用して、夢とうまく付き合うことが賢い対応であろう。 

 結局は「夢」の内容がいかにして生まれるのかは、今も仮説の域を出ない。脳の「記憶」のメカニズムについての科学的な解明がなされない限りは不可能なのかもしれない。 

【略歴】
 1936年(昭和11)1月 新潟県地蔵堂町(現燕市)に生まれる。
 1964年(昭和39)新潟大学医学部卒業、慶応義塾大学医学部精神神経科学教室にて精神医学、心身医学を研鑽
 1969年(昭和44)10月、新潟大学医学部に勤務。
 1998年(平成10)日本心身医学会総会(新潟)会長。
 2001年(平成13)新潟大学医学部保健学科定年退職。
       同年 新潟医療福祉大学に勤務。
 2007年(平成19)河渡病院精神科デイケア棟勤務
    現在に至る 

【後記】
 夢の話、面白かったです。医学的見地からのみでなく、源氏物語などからも引用したお話でした。「夢の解釈は人次第。悪い夢を見た時は、夢でよかったと思えばいいし、いい夢を見た時は、現実でも叶うようにと思えばいい」という言葉に合点しました。
 参加者の感想もとても興味深いものでした。「つくづく夢は不思議だなぁと思いました。今夜は良い夢が見られそうな気がします」、「見えていたときの〈夢〉には、色も風景も人物もそのまま見えるのです。全盲となった今では、絶対にありえないことですものね。これこそが神様からの贈り物だと思っています」
 そう言えば、最近いい夢を見ていません。今晩はいい夢を見たいと思います。

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『済生会新潟第二病院 眼科勉強会』
 1996年(平成8年)6月から、毎月欠かさずに続けています。誰でも参加出来ます。話題は眼科のことに限らず、何でもありです。参加者は毎回約20から30名くらいです。患者さん、市民の方、医者、看護師、病院スタッフ、学生、その他興味のある方が参加しています。
 眼科の外来で行いますから、せいぜい5m四方の狭い部屋で、寺子屋的な雰囲気を持った勉強会です。ゲストの方に約一時間お話して頂き、その後30分の意見交換があります。
   日時:毎月第2水曜日16:30~18:00(原則として)
   場所:済生会新潟第二病院眼科外来 

*勉強会のこれまでの報告は、下記でご覧頂けます。
 1)ホームページ「すずらん」
  新潟市西蒲区の視覚に障がいのある人とボランティアで構成している音声パソコン教室ホームページ
  http://www11.ocn.ne.jp/~suzuran/saisei.html

 2)済生会新潟第二病院 ホームページ
  http://www.ngt.saiseikai.or.jp/02/ganka/index5.html

 3)安藤 伸朗 ホームページ
  http://andonoburo.net/ 

【次回以降の済生会新潟第二病院眼科 勉強会 & 研究会】
 平成25年12月11日(水)16:30~18:00
  「見えない・見えにくいという現実とのつきあい方」
     稲垣 吉彦 (有限会社アットイーズ;取締役社長) 

 平成26年01月8日(水)16:30~18:00
  「大震災でつかめない大多数の視覚障害者への強いこだわり- 一人の中途失明者に何もできず落ちこんで50年」
     加藤俊和(社福:日本盲人福祉委員会 災害支援担当) 

 平成26年02月12日(水)16:30~18:00
  「黄斑変性患者になって18年-治療の日々のこと、そして今見え難さと闘いながら」
     関 恒子 (松本市) 

 平成26年03月12(水)16:30 ~ 18:00
  「私はなぜ“健康ファイル”を勧めるのか」
     吉嶺 文俊( 新潟大学大学院 医歯学総合研究科総合地域医療学講座 特任准教授)  

 平成26年4月9日(水)16:30~18:00
  「視覚障害とゲームとQOLと…」
     前田 義信 (新潟大学工学部福祉人間工学科) 

 平成26年5月14日(水)16:30~18:00
   演題未定
     松田和子(ひかりの森;埼玉県越谷市)

 

2013年11月19日

記録 『シンポジウム:サブスペシャリティーからのロービジョンケアの展望』
 2013年10月12日 第14回 日本ロービジョン学会学術総会(倉敷) 

 近年の眼科医療の進展は著しいものがあります。今、必要とされている知識や技術は、3年と持ちません。ロービジョンケアの基本は、患者の望むこと・患者のニーズに沿うことが基本ですが、新しい医療の要求に応える(対応する)ことも求められます。こうした視点から、今回の「サブスペシャリティーからのロービジョンケアの展望」は、各専門分野のトップランナーが、疾患別にロービジョンケアを語ることを意図したシンポジウムです。各分野のリーダーに、眼疾患を治療する場合の最新の知見を述べて頂き、かつ各演者がロービジョンケアに期待することを語って頂きました。 

 ロービジョンケアは必要だとは認めるが、なんとなく敷居が高いと思っている眼科医が多いのではないでしょうか?ロービジョンケアは、決して一部の眼科医のみが関わる特殊な領域ではありません。眼科領域だけでは対処できない場合や、予定していた治療効果が得られない場合、患者が期待していた視機能が得られない場合等々、治療に携わるすべての眼科医が関わる分野です。 

 今回のシンポジストは、これまでロービジョン学会にあまり参加していない、多士済々な顔ぶれです(以下、敬称略)。網膜硝子体:門之園 一明(横浜市大医療センター)、 小児眼科:佐藤 美保(浜松医大)、神経眼科:若倉 雅登(井上眼科)、白内障・屈折:根岸 一乃(慶応大学)、再生医療:栗本 康夫(神戸市民中央病院)、精神的サポート:安藤 伸朗(済生会新潟第二病院)。ロービジョン学会では新鮮な、そして通常ではありえない面々のコラボです。

 各分野の専門家に「疾患ごとに求められるロービジョンケアのあるべき姿」を語って頂き、近い将来に必要となる新たなロービジョンケアの方向を模索してみることが本シンポジウムの命題でした。6名のシンポジストの講演要旨を、ここに記しました。何か感じて頂くことが一つでもあれば幸いです。

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シンポジウム「サブスペシャリティーからのロービジョンケアの展望」
 日 時:2013年10月12日(土) 16:20~17:50
 会 場:第1会場(倉敷市芸文館 1F ホール)
 司 会:安藤 伸朗 佐藤 美保
  網膜硝子体: 門之園 一明(横浜市大医療センター)
  小児眼科:  佐藤 美保(浜松医科大学)
  神経眼科:  若倉 雅登(井上眼科)
  白内障・屈折:根岸 一乃(慶應大学)
  再生医療:  栗本 康夫(神戸市民中央病院)
  サポート:  安藤 伸朗(済生会新潟第二病院)
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1)『網膜硝子体手術とロービジョン』
   門之園 一明 (横浜市大医療センター)
 http://andonoburo.net/on/2306 

2)『小児眼科のロービジョンケア』
      佐藤 美保 (浜松医科大学)
 http://andonoburo.net/on/2287 

3)『神経眼科よりのロービジョンケア:視力、視野で語れない障害』
   若倉 雅登(井上眼科病院)
 http://andonoburo.net/on/2296 

4)『白内障・屈折のロービジョンケア』
 根岸 一乃 (慶應義塾大学医学部眼科学教室)
 http://andonoburo.net/on/2280 

5)『iPS細胞がもたらす網膜・視神経の再生医療とロービジョンケア』
   栗本 康夫(神戸市立医療センター中央市民病院、先端医療センター)
 http://andonoburo.net/on/2291 

6)『精神的サポートも「ロービジョンケア」』
  安藤 伸朗 (済生会新潟第二病院)
 http://andonoburo.net/on/2311

2013年10月30日

『精神的サポートも「ロービジョンケア」 !』
  安藤伸朗 (済生会新潟第二病院)
   シンポジウム「サブスペシャリティーからのロービジョンケアの展望」
   2013年10月12日 第14回 日本ロービジョン学会学術総会(倉敷) 

【講演要旨】
1.ロービジョンケアのイメージ
 ロービジョンケアというと、どんなものを思い浮かべるだろうか?ロービジョンケアに対するイメージを、全国の眼科医143名に問い合わせた(安藤伸朗、白木邦彦、川瀬和彦、仲泊 聡、西田朋美、鶴岡三恵子;2010年1月眼科手術学会)。結果は以下の通りであった(複数回答可)。1位:拡大鏡・拡大読書器処方(133名)93%、2位:日常生活用具の紹介(111名)78%、3位:遮光眼鏡の処方(109名)76%、、、、予想通りの結果であった。

 しかし意外だったのは、眼科医が行うべきものが、それに続いていたことだ。4位: ニーズを聞く(106名)74%、5位:情報の提供(104名)73%、6位:身体障害者手帳(102名)71%、8位:心のケア(86名)60%、、、、すなわち眼科医にとってロービジョンケアはかなり身近なものである。眼科医が行うべきロービジョンケアとは、1)治療、2)病状説明・術前/術後の説明、3)精神的ケア、4)診断書作成、5)情報の提供、、であるが、これは特別なことではなく、殆ど日常的に行っている眼科診療の仕事である。

2.眼科医は、何故ロービジョンケアをやらないのか?
 眼科医の評価は、「治してなんぼ」である。的確な診断と綺麗な手術で、より良い視力を提供できる医師が最も価値があり、尊敬もされる。 医師は疾患治療のプロであると認識している。このような状況では、ロービジョンケアは、敗戦処理というイメージが生まれることもありうる。しかし、そうではないことをこれから述べたい。

3.患者は困って来院する
 何か困ったことを抱えて来院した患者に対し、医師は要望に応えるべく活躍する。一般的に医師が行うことは、1)治療、2)患者の訴えを聞く、3)患者への病状説明、4)情報の提供である。

 一方、患者が期待することは、治してもらうことである。しかし、iPSが臨床に使えるようになった現代でも、全ての病が治るわけではない。治らない患者と対峙した時、医師は如何に向き合うべきか?が問われる。

4.病状説明が大事
 医師は患者に対して、説明義務がある。「ヒポクラテスの誓い」は、今でも医師の倫理的規範であり、そこには、「患者に危害や不正を加えないで自分の医術(技芸)の最善を尽くし、差別をせず、生命を尊重する」など、今日でも大いに参考になる医師の倫理が述べられている。しかし現代医療の場で必要とされる倫理的規範はヒポクラテスとは、少し異なる。ヒポクラテスは「医師」が主語であるが、現在、必要とされるものは「患者」が主語である。患者の「自己責任」「自己決定」に繋げるインフォームド・コンセントが求められている。

5.医師に求められているインフォームド・コンセント
 患者が自分の病気を受け入れ、病気と闘うためには、正しい知識が必要である。治療法を選択したのが患者自身であるという認識があれば、治療の結果を「自己の責任」であると思うことは可能である。充分な情報と熟慮の末の「自己決定」であったと信じることができれば結果の如何に関わらず、その治療を受けたことを後悔しない。

6.医療の原点
 ヒポクラテスの時代より、医療の原点は、「Science 科学・ Art 技術・ Humanity人間」である。世界の外科医である中山恒明は、「病気を治すんじゃない。病気の人を治すんだ」と、常に弟子たちに説いていたという。

7.医師の仕事
 メスを身体に使用して訴えられないのは医師の特権である。なぜならば医師は、科学的な根拠を以って技術を施し、病と対処するからである。しかし病気ばかりでなく、患者の背景にあるもの(病人)も意識して医療に当たることは、さらに重要である。立派な論文や名人芸のメスだけで患者を治すことはできない。丁寧な病状説明や精神的ケア(これもロービジョンケアと考えている)が、医師に求められるのである。

 

【略歴】 安藤 伸朗(あんどう のぶろう)
 1977年3月 新潟大学医学部卒業
 1979年1月 浜松聖隷病院勤務(1年6ヶ月)
 1987年2月 新潟大学医学部講師
 1991年7月 米国Duke大学留学(1年間)
 1992年7月 新潟大学医学部講師(復職)
 1996年2月 済生会新潟第二病院眼科部長
 2004年4月 済生会新潟第二病院第4診療部長
    現在に至る
 2011年12月 第17回日本糖尿病眼学会総会(東京国際フォーラム) 会長
 2013年  6月 第22回視覚障害リハビリテーション研究発表大会(新潟) 大会長

 

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第14回日本ロービジョン学会学術総会
 シンポジウム2「サブスペシャリティーからのロービジョンケアの展望」
 日時:10月12日(土)16:20~17:50
 会場:第1会場(倉敷市芸文館 メインホール)
 オーガナイザー:安藤 伸朗(済生会新潟第二病院)
         佐藤 美保(浜松医科大学)
 演者:門之園 一明(横浜市大医療センター)
    佐藤 美保(浜松医科大学)
    若倉 雅登(井上眼科)
    根岸 一乃(慶応義塾大学)
    栗本 康夫(神戸市立医療センター中央市民病院)
    安藤 伸朗(済生会新潟第二病院)

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2013年10月29日

『網膜硝子体手術とロービジョン』
   門之園 一明 (横浜市大医療センター)
   シンポジウム「サブスペシャリティーからのロービジョンケアの展望」
   2013年10月12日 第14回日本ロービジョン学会学術総会(倉敷) 

【講演要旨】
 網膜硝子体手術は、昨年度本邦で約13万件が行われている。10年前が約5万件であったことを考えると、ここ数年で急速に手術件数が伸びている。この理由に、網膜疾患数の増加並びに硝子体手術の効率性と安全性の向上があげられる。近年の網膜剥離治療成績は、平均90%以上の復位率であるし、増殖糖尿病網膜症の平均視力改善率は、80%以上である。あまり治らない時代から、だいたい治る時代へと様変わりした。 

 この光の陰で、残念にも十分な視力を得られなかった症例は、果たして、その後どのような経過を辿っているのであろうか。それは、術後視力とか、OCT画像の問題以上に、生身の患者自身の日常生活はいかに営まれているのであろうかという当たり前のことに、私は疑問を感じた。

 本来の網膜術者は、これらの10%程度の治癒に到達してない症例にこそ目を向けるべきではないだろうか。私の外来の再来患者の内訳は、臨床治験中の患者もしくは、治すことの出来なかった患者のふた通りである。硝子体手術を本格的に初めて20年を経て、治癒することの出来た患者はすべて私の外来から去り、治すことの出来なかった、少なくともできていないあまたの患者が、目の前にいる。それらの患者を診続ける動機は、おそらく患者への術者としての最後のしてやれることであり、自己の無力さに対する焦燥であろう。

 しかし、そのような網膜再来外来の中で、患者は術者以上に快活なことがある。今から12年前に増殖糖尿病網膜症で手術を行った23歳の男性の話をしよう。彼は、術前視力が両眼とも矯正0.1であった。牽引性黄斑剥離を伴う激しい網膜症であった。20ゲージ硝子体手術で、垂直剪刀、水平剪刀を使い、オキュトームを使って、数時間に及ぶ手術を行った。しかし、結果的に血管新生緑内障を併発し、視力を無くした。アバスチンのない時代、やれるだけのことは行った。私のだいぶの時間を費やしたが、視機能を残すことは出来なかった。彼を診察し続けて、約12年が経つ。現在、右眼にかすかに光覚が残るものの、左眼の視力はない。しかし、彼は、パソコンを巧みに使い、自由に多くの人と会話ができる。音声認識のJAWSというソフトを使用し、キーボードを自由にたたき、エクセルを操る。視覚障害者のPC全国大会で準優勝までした技量である。その技術を使い、現在では、会社を経営するにまで至っている。さらに驚くことに、入院中に病棟で知り合った同病の3歳年下の女性の患者さんと恋愛し、いまでは、私の外来にご夫婦として訪れる。奥様は、両眼術後矯正視力0.1を維持している。低視力であるがいつも奥様が旦那さんの手を携え外来をさり、また、数か月に訪れる。

 私にはロービジョンの十分な知識がない。いつもやらなくてはと気にはなっていたが、ロービジョン学には疎い。今回の講演に際して、このご夫婦の患者さんに、スナップ写真を撮らせて貰った。“ちょっと、写真よいですか、”と尋ねると“先生にはいままでお世話になっています、どうぞどうぞ、”と答えてくれた。難症例であったとはいえ、私の手術の後に視力をなくした患者さんが、そのように言ってくれた。私は謙虚にそれを受け止めた。嬉しかった。そして、ロービジョンは、無意識に誰にでもできるものかもしれないと気が付いた。患者の苦しみを理解し、寄り添うことで、患者は救われる。

 硝子体手術は、今後より低侵襲になりさらに安全性も増すであろう。それでも、網膜疾患には治せない患者が存在する。硝子体術者の目的は、第一に、失明を救うことであるが、同時、救うことの出来ない苦しい時どうするかが、ほんとの修行である。ロービジョン学は、それを教えてくれるロードマップであると気づいた。

 

【略 歴】
 1988年 横浜市立大学医学部卒業
 1996年 横浜市立大学医学部助手
 2000年 横浜市立大学講師
 2005年 横浜市立大学准教授
 2007年 横浜市立大学教授・市民総合医療センター眼科部長 

 

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第14回日本ロービジョン学会学術総会
 シンポジウム2「サブスペシャリティーからのロービジョンケアの展望」
 日時:10月12日(土)16:20~17:50
 会場:第1会場(倉敷市芸文館 メインホール)
 オーガナイザー:安藤 伸朗(済生会新潟第二病院)
         佐藤 美保(浜松医科大学)
 演者:門之園 一明(横浜市大医療センター)
    佐藤 美保(浜松医科大学)
    若倉 雅登(井上眼科)
    根岸 一乃(慶応義塾大学)
    栗本 康夫(神戸市立医療センター中央市民病院)
    安藤 伸朗(済生会新潟第二病院)


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2013年10月28日

『神経眼科よりのロービジョンケア:視力、視野で語れない障害』
   若倉雅登(井上眼科病院)
   シンポジウム「サブスペシャリティーからのロービジョンケアの展望」
   2013年10月12日 第14回日本ロービジョン学会学術総会(倉敷) 

【講演要旨】
 神経眼科において視覚障害と言えば、誰しも視神経の疾患を思い起こす。視覚障害と言えば、眼科医も一般人も、法律も視力と視野を問題にするからである。視力や視野は、果たしてヒトが日常生活で日々使っている「日常視機能」をよく反映した視標なのだろうか。考えてみれば、日常視とはさまざまな明るさ、コントラストの、いろいろな方向、距離の対象を、眼球運動や調節輻湊機能、両眼視機能といった高次脳機能を利用しながら明視することであり、しかも、対象も、自分も動いているという、非常に難しい課題である。

 これに対して、眼科でいう視力、視野は、理想的な条件下で測定した特殊なものである。我々が陥りやすい陥穽は、日常視には利用できないような中心1度の窓で測定した視力値をみて、視力がよいなどと思い込んでしまうことである。神経眼科は、快適で的確な視覚を得るための眼球やその付属器と、脳との共同作業を関心の対象とし、その生理と病理を扱う学問である。この領域には、たとえ視力、視野が良好であっても、その視機能をうまく利用することができない以下のような神経学的問題が含まれている。

 代償不能の複視(MG,甲状腺眼症、脳神経麻痺、斜偏位、脳幹梗塞など)
 振動視(後天性眼振、上斜筋ミオキミアなど)
 混乱視(片眼のみの視機能障害で、両眼開放視困難=両眼視障害)
 精神心理の障害(身体症状障害、気分障害、非器質性障害など)
 高次脳機能障害(種々の眼球運動異常、中枢性調節輻湊障害、中枢性視覚異常症、中枢性羞明、本態性眼瞼けいれんなど)

 こうした症例は、目の疲れ、痛み、羞明、ものを見ていられない、眼の不快感など、さまざまな愁訴を有して眼科を訪れる。だが、不定愁訴と片づけられたり、単に白内障、ドライアイなど頻度の高い疾患として扱われ、時には白内障では手術まで行われることさえある。それでは改善せず、患者は日常生活の破綻をきたすほどの高度の自覚症状が継続するため、医師を転々とし、特に眼手術が行われた例では不満が募り、非常に扱いにくい「術後不適応症候群」に帰結する。

 シンポジウムでは、この中で代償不能の複視と、両眼開放視困難となる混乱視の対応についてやや詳しく述べた。複視にせよ、混乱視にせよ、左右眼からの視覚信号を中枢で統合することができないために生じる不都合である。私はこれを耳鳴りならぬ、「目鳴り」と説明している。眼科医は、この目鳴り、すなわち両眼視における雑音(ノイズ)のボリュームを軽減させるために、眼鏡、プリズム眼鏡、手術など取りうる治療を行うだろう。それで適応する場合もあるが、どうしてもノイズが除けなければ、患者は苦しい状態を我慢するか、片眼つぶりを用いて対応する。もはや健常な日常生活は無理になっているこんな状態を無理強いしてはならない。この時点で私は、積極的に単眼視(非優位眼遮閉)を勧める。今まさに治療の対象としている眼を使うなと言うこの選択肢は、医師にとって敗北宣言のようなものだし、患者にとっても容易に受け入れにくいであろう。しかし——。

 2年前のくも膜下出血以降、左眼視力低下、同眼の外斜視により複視となり、プリズム眼鏡も適応不能だった56歳男性に対して、我々の開発した「オクルアⓇ」という商品(東海光学)を適用し、満足が得られたことを述べた。本学会のポスターでも、外見では遮閉していることがわかりにくい特徴を持つオクルアにつき、河本らが3例の実例を発表した。同じ様に視神経疾患や、後天性斜視など、両眼開放視困難の116例(男女比45:71, 年齢21~92歳)に対して、オクルアなどでの遮閉を勧めたところ、68%でうまく適用できた。

 このように、単眼視がやむを得ない症例は決してまれでなく、一般のロービジョン者と同等以上の不都合を抱えていることに、我々眼科医はもっと留意すべきである。

 

【略歴】若倉雅登(わかくらまさと) (2013年10月現在)
 1976年3月 北里大医学部卒
 1980年3月 同 大学院博士課程修了
 1986年2月 グラスゴー大学シニア研究員
 1991年1月 北里大医学部助教授
 1999年1月 医)済安堂 井上眼科病院副院長
 1999年4月 東京大学医学部非常勤講師(現在に至る)
 2002年1月 医)済安堂 井上眼科病院院長
 2010年11月 北里大学医学部客員教授(現在に至る)
 2012年4月 医)済安堂 井上眼科病院名誉院長 

 

 追伸:視力、視野障害の4名、それ以外の視覚の不都合を有する2名の私の患者さんに、見えた人生、障害を持ってからの生き方についてそれぞれ2時間半語っていただき、これを私なりに脚色し、6名の非常に濃度の濃い半生を再現した「絶望からはじまる患者力--視覚障害を超えて」が春秋社から11月末に上梓されることが決まりました。ご一読いただければ幸いです。

 

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第14回日本ロービジョン学会学術総会
 シンポジウム2「サブスペシャリティーからのロービジョンケアの展望」
 日時:2013年10月12日(土)16:20~17:50
 会場:第1会場(倉敷市芸文館 メインホール)
 オーガナイザー:安藤 伸朗(済生会新潟第二病院)
         佐藤 美保(浜松医科大学)
 演者:門之園 一明(横浜市大医療センター)
    佐藤 美保(浜松医科大学)
    若倉 雅登(井上眼科病院)
    根岸 一乃(慶応義塾大学)
    栗本 康夫(神戸市立医療センター中央市民病院)
    安藤 伸朗(済生会新潟第二病院)
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