報告:『新潟ロービジョン研究会2016』 出田 隆一
2016年12月13日

報告:『新潟ロービジョン研究会2016』 出田 隆一
  日時:平成28年10月23日(日)
  場所:有壬記念館(新潟大学医学部)

 新潟ロービジョン研究会2016は、10月23日(日)有壬記念館(新潟大学医学部)で行いました。研究会での講演を順次報告しています。今回は出田隆一先生による「熊本地震と災害時視覚障害者支援」の講演要約です。 

演題:「熊本地震と災害時視覚障害者支援」
講師:出田 隆一 (出田眼科病院) 

【講演要約】
 2016年4月14日午後9時26分と4月16日午前1時25分に熊本地方において発生した大規模地震により社会全体に甚大な被害が発生し、私達は全く予期せぬ状況に突然遭遇した。本講演ではまず震災により「眼科医療」に生じた状況とその対応、問題点について述べ、次に「災害時視覚障害者支援」について今回の経験で学んだ多くのことと、熊本県において継続している支援ネットワークの現状について報告した。 

 「熊本地震」は震度7の強震が2回(前震と本震)発生し、余震として震度6以上の強い揺れを5回観測するという近年稀に見る大地震であった。そのため多くの家屋の倒壊、地盤沈下や隆起による道路のひび割れ、がけ崩れなどの大災害となり、2回目の本震後は水道管の破裂などによる断水とガスの遮断といったライフラインの途絶をもたらした。一般道、高速道路あるいは鉄道の被害により物流も滞り、空港施設の損壊により航空便も停止した。 

 そのような状況のもと、私達の施設では地震発生時多数の患者さんが病棟に入院していた。地震は2回とも夜間に発生しており、大きな揺れのあとの強い余震が断続的に続くなか、入院患者をどのようにどこまで避難誘導するのかという基本的な初期対応の難しさにいきなり直面した。眼科病棟に入院する患者の多くが眼科術後であり視機能に問題を抱えた高齢者で、ADLの低下した状態のため、そのまま屋内に待機する危険性と病棟から移動することにより生じるリスクの勘案が非常に困難であった。 

 結果的に前震後は3階の病棟内に留まり、本震後は余震が強く本院に隣接する関連施設の1階ロビーに移動して夜を明かした。関連施設の方が築年数が浅く、低層の建物であることから安全性が高いと考えそのように判断した。移動は深夜に自主的に集まった病院職員と夜勤看護師によって安全に行われた。停電のため階段を使用して一旦屋外に出た後道路を隔てた隣接地に移動するためには複数集まった男性を含む職員の協力が非常に役に立った。 

 本震のあとは外部からの水や食料の供給も断たれ40名超の入院患者に提供する食事の問題、排泄や入浴などについても対応は極めて困難であった。そのため本震後は入院患者には順次退院を促し、外来診療は救急疾患のみの対応、予定手術は中止を決断した。水不足への対応には節水など大変な苦労があった。 

 1日も早い診療体制の復旧を目指し院内に「災害対策会議」を設置し、毎日2回の会議を行いながら様々な議論を繰り返し対策を検討した。断水の続く4月21日木曜日に通常と同じ外来診療と緊急手術のみを試験的に実施し問題ないことを確認した。その後完全復旧までの4手術日で3件の硝子体手術と3件のバックル手術を行った。水道とガスの復旧をうけ、4月25日に通常外来、4月28日に通常の手術を再開できた。 

 このような被災後の復旧を成し得たのは全国から寄せられた公私に渡る多くのご支援によるものであり、私達自身もなにか地域に対して支援活動をすることが恩返しになると考えた。その中で避難所における眼科診療と災害時視覚障害者支援についてお伝えした。 

 被害の大きかった益城町の益城総合体育館に設置された日本赤十字社の医療テント内に診察ブースを貸していただき、簡単ではあるが希望者に対して眼科診療を行った。避難所生活を不安な気持ちで過ごす被災者にとっては軽い症状でも眼科医に話をして目を診てもらうことがある種の癒しとなっていることを感じた。 

 最後に災害時視覚障害者支援について報告した。地震直後の急性期には地元支援者も被災していることから当初は県外の支援者による一次支援が立ち上げられていた。初期には要支援者リストに基づいた電話支援が実施され、その結果自宅などに直接訪問して安否確認が必要と判断された方々に対して訪問支援が行われることになった。そこで当院から8回に渡ってのべ23名でボランティアとして参加した。 

 実際に支援活動に参加してみると支援者の訪問は必ずしも好意的に受け取られるとは限らないことが印象に残った。視覚障害者にとって地震後の混乱期に突然現れた訪問者に対する警戒感はむしろ当然とも思われ、そのような心理に配慮した行動も求められた。この様な支援活動には多くの団体、個人が関わっており、様々な困難にもかかわらず地道に忍耐強く行動しておられることを知り大変感銘を受けた。 

 支援者の中には視覚障害の当事者も多く関わっておられ健常者と何一つ変わらない貢献を果たされている姿も非常に勉強になった。地震から1ヶ月が経過し一次支援者から地元への引き継ぎが行われ、現在は熊本県視覚障害者支援ネットワークとして熊本点字図書館、熊本県立盲学校、熊本県および熊本市視覚障害者福祉協会、熊本市福祉課、歩行訓練士、視能訓練士、眼科医などが協力し合って支援活動を継続している。 

 以上、熊本地震によって私達が体験した被災状況とその対応、震災後の視覚障害者支援の実態について報告した。災害対策にしても障害者支援にしても日頃の準備が何より大切であることは論を待たない。せっかく整備した災害対策マニュアルも頻回に避難訓練などで使用して慣れ親しんでおくこともまた重要なポイントである。 

 最後に震災に際して全国から頂いた温かいご支援に対して心から御礼申し上げます。
 

【略 歴】
 1994年 久留米大学医学部卒業
 1994年 東京大学眼科医員
 1995年 東京厚生年金病院眼科医員
 1996年 東京女子医大附属糖尿病センター眼科助手
 1998年 東京大学眼科助手
 2004年 東京大学眼科病院講師
 2008年 出田眼科病院副院長
 2009年 出田眼科病院院長
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@出田隆一先生のご紹介
 出田先生は、網膜硝子体を専門とするサージャンで、百年近くの歴史を持つ日本屈指の出田眼科(熊本市)第4代目院長でもあります。4月の熊本地震では、視覚障害者支援に多大な貢献をされました。忘れてはならないのは、病院も職員も甚大な被害を受けたにもかかわらず、被災者のために尽くしたということです。心から出田先生の、そして出田眼科病院職員の行動に感謝し学びたいと思います。

 

新潟ロービジョン研究会 2016
0.はじめに
   安藤 伸朗(済生会新潟第二病院;眼科医)
1.【第1部 連携を求めて】
 1)看護師が関わると、こんなに変わるロービジョンケア
   橋本 伸子(しらお眼科;石川県白山市、看護師)
   http://andonoburo.net/on/5171 

 2)情報障害に情報保障の光を、患者に学ぶビジョンケア
   三宅 琢(東京大学先端科学技術研究センター特任研究員;眼科医)
   http://andonoburo.net/on/5182 

 3)視覚障害者のための転倒予防・体力増進教室
   ○山田 幸男 田村 瑞穂 嶋田 美恵子  久保 尚人
   (新潟県視覚障害者のリハビリテーションを推進する会;NPOオアシス)
   http://andonoburo.net/on/5210 

2.【第2部 眼科医療と視覚リハビリ】
 1)最大のロービジョン対策は予防と治療:私の緑内障との闘い
   岩瀬 愛子(たじみ岩瀬眼科;岐阜県多治見市、眼科医)
   http://andonoburo.net/on/5189 

 2)新潟県の訓矇・盲唖学校設立に尽力した眼科医
   小西 明(済生会新潟第二病院医療福祉相談室、前新潟盲学校長)
    http://andonoburo.net/on/5217 

 3)我が国初の眼科リハビリテーションクリニック(順天堂大学)
   ー開設当時を振り返ってー
   佐渡 一成(さど眼科;仙台市、眼科医)
    http://andonoburo.net/on/5223 

 4)眼科医・原田政美の障害者福祉理念と功績
   香川 スミ子(元東京都心身障害者福祉センター)
    http://andonoburo.net/on/5233 

3. 【第3部 熊本地震を考える】
  「熊本地震と災害時視覚障害者支援」
   出田 隆一 (出田眼科院長;熊本)
   
 http://andonoburo.net/on/5248

4. おわりに
   仲泊 聡(神戸理化学研究所;眼科医)
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