2015年11月17日

 眼の愛護デー(10月10日)に、8都府県から眼科医・内科医・神経内科医・リハビリ医・麻酔医やリハビリ関係者・教育者・当事者等々、約60名が参加し、済生会新潟第二病院10階会議室で公開講座「治療とリハビリ」を行いました。
 今回、立神粧子先生(フェリス女学院大学教授)の講演要約を参加者の感想と共に紹介します。 

 特別講演3:「高次脳機能障害と向き合う
        〜神経心理ピラミッドを用いたホリスティック・アプローチ〜」
 講師:立神粧子(フェリス女学院大学教授) 

【講演要約】
 2001年の秋に重篤なくも膜下出血で倒れた夫はコイル塞栓術、脳室ドレナージ術、V—Pシャント術を受け、命は助かったものの脳損傷(高次脳機能障害)が残存した。2004年の春から1年間、New York大学の「Rusk研究所脳損傷通院プログラム」に通い、日本ではなかなか改善できなかった諸症状が劇的に改善した。Ruskの通院プログラムは認知機能の神経心理ピラミッドを訓練の核として用いる脳損傷者のための機能回復プログラムで、その療法哲学は自己の再構築という目的を持つ全人的なものである。 

 脳損傷Brain Injuryは、交通事故や脳卒中等の後遺症による器質性の問題で、主に前頭葉の認知機能不全のことをさす。Rusk脳損傷通院プログラムは「環境を適正に構造化できれば、患者は状況に応じた能力が発揮できる」というGoldstein博士の理念を基盤としている。リハビリ医療は身体的な機能回復ばかりでなく認知機能の回復訓練として、脳損傷者に「安全な実験室」(=訓練の場)を提供し、自己の欠損について理解させ、患者自身が欠損の補填戦略を使ってできるだけスムーズな日常生活を送れるよう実践的に導くことを、訓練の目的としている。 

 Ruskでは患者を「訓練生」と呼ぶ。医師から処方された薬をもらう受動的な患者ではなく、訓練を受けて日常で機能するための様々な技術を習得し、自らが人生を切り開く主体的な意識を持たせるためである。Ruskの療法的環境は、訓練生とスタッフを中心に、訓練を修了したピアカウンセラー、そして家族(または重要な知人)で成り立つ。この4者が互いに関係し合いコミュニティを形作り、訓練後の社会を想定した様々な場面に対応するための実験的な研究の場となる。 

 訓練所の1週間は月曜日から木曜日まで、毎朝10時から午後3時まで決まったスケジュールで構成されている。Ⅰ.症状を確認する「オリエンテーション」、Ⅱ.人前でのコミュニケーションを学ぶ「対人セッション」、Ⅲ.オーダーメイドの認知訓練と気づきやロールプレイ・確認の技などのワークショップが行われる「認知訓練」、そして、Ⅳ.一日の終わりに質問に答え人の意見を聞く「交流セッション」の4つである。この他に、訓練生と家族にそれぞれ週1時間ずつ「個人カウンセリング」と「家族セッション」がある。そのどれもが、スタッフにとっては重要な情報源となり、また家族にとっては、症状の学びと、コーチングの技術の学びの時間となる。また、Ruskと日常生活をつなぐための学びが行われるのもこれらの時間である。訓練生と家族のそれぞれの問題に対する戦略と準備が、すべての訓練に有機的に組み込まれていることがRuskのプログラムの圧倒的にすごいところである。一日の訓練の流れを繰り返すことに深い意味を持たせ、1週間、1ヶ月、1サイクル・・・と、訓練の中身を最適化させながら変えていく。 

 Ruskの訓練は「認知機能の神経心理ピラミッド」という図表を中心に行われる。ピラミッドの各層は9層あり、最下層から、1.「リハビリに自ら取り組む意欲」、2.「覚醒」「(注意)厳戒体勢」「心的エネルギー」、3.「発動性」・「制御」、4.「注意と集中」、5.「情報処理とコミュニケーション」、6.「記憶」、7.「遂行機能」・「論理的思考力」、8.「受容」、9.「自己同一性」と描かれている。2に問題が生じると【神経疲労】、3の発動性に問題が生じると【無気力症】、感情の制御の問題は【抑制困難症】の症状を引き起こす。例えば神経疲労を起こすと、下から7番目の遂行機能を使って何か高度な行動をしていても突然機能しなくなる、というようなことが起こる。認知機能の働き方がピラミッド型であるのは、下位の機能がきちんと働いていないと上位の機能はうまく働かない、そしてピラミッドの上に行くほど「気づき」や「理解」は進み、機能が下がればそれらは一気に下降するということを示している。下位の諸機能が基盤として働くためには、自らの症状に対して予防し戦略を使って行動する必要がある。Ruskでは症状のひとつひとつに10以上の補填戦略があり、これを訓練生と家族は、理論的にも実践的にも学ぶ。Ruskでは関係する医学分野の他にも神経心理学や教育心理学などの理論的な裏付けのもと、すべての訓練や日常生活における訓練と連動させて、戦略の実践を習慣化するまで練習、習得させる。Ruskの訓練後に訓練生たちが社会の中で機能できるように全人的な視点から構造化された集中強化訓練である。 

 脳損傷者は外から見て普通でも、その日常は記憶の障害や情報処理の問題などにより困難に満ちている。戦略を使うこと自体、記憶の問題で継続できないので、周囲の支援を得ながら機能できる環境を整える,というのが重要なポイントになる。そのため、家族がホームコーチとなり、Ruskでの訓練のように、ポイントを絞って一定期間のゴールなどを設定して、訓練の延長で生活を支援すれば、訓練生はかなりの能力を発揮できるようになる。コーチングはサンドイッチ効果(++)が大事で、改善してほしいことをうまくいっていることに挟み込んでコメントすると効果が高まる。また、ポジティブ・フィードバックが大切で、良いことをできるだけ具体的に指摘することが大切である。そのためには家族も症状の正しい知識や戦略の使い方を学ぶ必要がある。訓練所で家族がスタッフの仕事ぶりを学び、カウンセリングや家族セッションで症状や対応の教育を受けることは大いに意味がある。 

 Rusk脳損傷者のリハビリ訓練から、私自身、前頭葉の機能の働き方や、コーチングの意味を学んだ。家族の学びは医療機関に頼りがちな患者の家族の意識をも変える。患者が「自分で自分を取り戻す」ことがどんな問題の時もリハビリの最終ゴールなのではないか。その力を身につけるために学ぶべきことは多いが、ひとたび基盤を身につけると、何かと応用がきき難局も乗り越える力が身につく。Ruskのプログラムの責任者だったベニーシャイ博士から、「粧子、すぐに一喜一憂せず、焦らず忍耐力を養いなさい。一歩一歩が大切」と教えられた。患者自身にも環境や周囲の人との新しい関係性への適応力・順応性が必要だが、家族も変化を受容する勇気が必要である。患者と家族の双方が、障害を得た新しい自分(相手)の幸せのために、自己を再構築して更なる人生を生きてゆきたいものである。 

【略 歴】
 1981年 東京芸術大学音楽学部卒業
 1984年 国際ロータリー財団奨学生として渡米
 1988年 シカゴ大学大学院修了(芸術学修士号)
 1991年 南カリフォルニア大学大学院修了(音楽芸術博士号)
 2004-05年 NY大学医療センターRusk研究所にて脳損傷者の通院プログラムに参加
      治療体験記を『総合リハビリテーション』(2006)に連載
 2010年 『前頭葉機能不全その先の戦略』(立神粧子著;医学書院)
       現在:フェリス女学院大学音楽学部音楽芸術学科教授、音楽学部長

 

【参加者から】
●中枢神経が障害された場合の回復は可能だろうか?リハビリにいい方法はないのだろうか?くも膜下出血で数年間、表情も感情もなく,無反応で無気力だったところから、ニューヨークRusk研究所のプログラムで一年間訓練を受け回復した経験をお話頂いた。神経学的にどのような回復をたどったのか、興味深いところである。治療やリハビリを、病院・施設を主体に考えると見方(評価)が短期的になってしまう。 病は一生もの、治療(訓練)も一生もののはず。家族と共に歩む治療の重要性を再認識。コーチングの技(sweet & short)、広く使えそうだ。(新潟市/眼科医/男性) 

●立神先生(小澤さん)ご夫妻とは、2011年に安藤先生が開催した「高次脳機能と視覚の重複障害を考える」というシンポジウムでもお会いしておりました。しかし、それよりもずっと前の2002年にも小澤さんを拝見しています。私が以前に勤めていた神奈川リハビリテーション病院でのことです。残念ながら私の記憶が怪しいのですが、奥様のお話ではご主人があまりに反応がないので見えていないのではないかと眼科を受診したとのことでした。当時の私の患者さんの1/3は見えない人、1/3は歩けない人、そしての残りの1/3はわからない人でした。小澤さんはその中の3番目にあたる患者さんでした。前回もしっかりしたなあと思いましたが、今回はさらにそう思いました。リハ病院では入院3ヶ月、通院3年でたいてい他の施設に移るのが常のようです。しかし、高次脳機能障害の方は、小澤さんのように10年以上かけて少しずつ良くなっていく方も稀ではないようです。期限を切るのがリハの性と思う中で、継続的なリハの重要性を改めて実感しました。いつまでも繋いでいるとリハ病院がパンクしてしまうというのもまた事実でして、急性期を終えてすぐの方をできるだけ多く診察するためには、現状の仕組みもやむを得ないのかなとも思います。その点で、立神先生ご夫妻が体験したRusk研究所のご家族にコーチ役をしていただくという方式は、退院後、通院終了後もリハが継続され、病院業務も圧迫せずに済むという理想型だなと感じました。また、質問のときにも取り上げましたが、通院訓練中の患者さんを「訓練生」と呼んでその自主性を自覚させるというあたりが、日本のリハに不足している部分ではないかと思いました。もちろんリハの現場では、自主性を無視しているわけではありません。もっと患者さん自身やご家族にその自覚を促すことに力を入れるべきと思うのです。現在の医療においても「赤ひげ」の時代の医師患者関係を望む向きが医者側にも患者側にもあり、それがすべて悪いとは言いませんが、この時代に見られた患者の依存心は、少なくともリハという文脈の中では患者の自立を阻害する要因なのではないかと思うのです。この自主性は、障害者権利条約の中にもリハは「あくまで自発的なものであって」とあることにも通じ、今後のリハ全体を考える上でも最重要の概念なのではないかと思いました。そういう観点からして、話は少し飛びますが、今後の視覚リハの方向性を考えるとき、既存の当事者団体はもちろんのこと、そういう団体に属していない患者さん自身からの情報発信とそれができるインフラ整備が不可欠なのではないかと思います。(埼玉県/眼科医/男性) 

●リバビリのプログラム、方法論が非常に大事で、日本でも早く確立して欲しいと思いました。立神先生の愛が非常に大きな役割を果たしたことは間違いありませんが、機能的・器質的にどのような変化が小沢さんの頭のなかで起こったのだろうと理系的な思いも浮かびました。(新潟市/眼科医/男性) 

●普段お聞きできない分野で、貴重な体験でした。日本で、なぜこのようなプログラムができていないのか、日本の医療の中のリハビリの地位の低さ、効率の悪さを考えさせられました。(大阪市/眼科医/女性) 

●バイリンガルでいらしたり、プロになられるまでの楽器の反復練習を継続されているという能力あるいは習慣をお持ちということで、リハビリのスタート時点から、とてもレベルが高くいらしたのだろうなと思いました。(新潟市/眼科医/女性) 

●立神先生のご著手は、購入していました。ご夫妻の葛藤は、凄まじいものが有ったと思います。私自身も一時は「高次脳機能障害」の疑いをもたれ家内との間で凄い葛藤がありました。「NY行く前に…高次脳機能障害の症状」此れ未だに全て当てはまります。他人事ではなく、私と家内の両方が「鬱状態」となり…ました。毎年此の時期になると、病院から退院(脱出?)の日を思い出しています。主治医に勧められた「チャリ」此れも自身では、リハビリの一環としています。「病は一生もの、治療(訓練)も一生もののはずですから」中々出来る事ではありませんが、私たち夫婦も可能な限り頑張ってみます。(新潟市/会社員/男性) 

●ー人を愛することって素晴らしい事ですね.(新潟県/眼科医/女性) 

●Rusk訓練は説得力抜群、ただ、事前に、どこまで回復可能かを予測した科学的方法論を知りたくおもいました。 (新潟市/眼科医/男性) 

●ベースにご夫婦の愛があって、ご主人を、尊重してやっていらっしゃったからいい結果につながったのだと感じました。(新潟市/神経内科医/女性) 

●高次脳機能のリハビリのお話も、感激と共に脱帽ですね。これほどに完璧に取り組み、成果を挙げていることは、私たちは是非学び、新潟でもシステムを組み、実行する必要性を感じました。(新潟市/内科医/男性) 

●無気力症の方のリハビリは本当に難しいのですが、ご主人は新しいステージに進もうとされているのかなと思いました。原則的に進行性ではないという高次脳機能障害の障害特性から、立神先生のように対応すれば「今が最低、上向き人生」にできるのではないかと思います。私たち素人の指導員はそれを信じて関わっていきたいです。勇気を頂きました。ありがとうございました。(京都市/生活訓練指導士/男性) 

●本来なら人生に挫折してしまいそうな境遇、場面を先生とご主人の地道な治療の継続と努力 そしてお互いを思いやる気持ちがあってこそのリハビリの姿に感動いたしました。(新潟市/薬品メーカー/男性) 

●私自身、この業界に身を置く以前、認知症介護施設で勤務していた事もあり、その当時の記憶も相まって、心に響くご講演でした。正直、高次脳機能障害の方があそこまで回復している姿は大変驚きで、その裏では、エビデンスとロジックに基づいたとても大変なリハビリがあり、その賜物であるという事がよくわかりました。 ラスクのリハビリ法も、患者様によって症状が異なる為 それに合わせたリハビリを行う必要を説いてらっしゃいましたが、 患者様のリハビリと同等以上に、ご家族の訓練が重要な事もよく理解できました。 まさにその答えが小澤氏その物かと思いますので、とても中身の濃いご講演でした。(新潟市/薬品メーカー/男性)

 

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『済生会新潟第二病院眼科 公開講座 「治療とリハビリ」』
 日時:2015年10月10日(土) 14時~18時
 場所:済生会新潟第二病院10階会議室
 主催:済生会新潟第二病院眼科
13:55 はじめに 安藤 伸朗 (済生会新潟第二病院)

14:00~特別講演1
  「加齢黄斑変性治療の現状と課題」
    座長:長谷部 日(新潟大学)、佐藤 弥生(新潟大学)
    演者:五味 文(住友病院)
14:50~特別講演2
   「iPS細胞による眼疾患治療の現状と未来」
    座長:福地 健郎(新潟大学)、安藤 伸朗(済生会新潟第二病院)
    演者:高橋 政代(理化学研究所)
15:40~ コーヒーブレーク
16:00~特別講演3
  「高次脳機能障害と向き合う
   ~神経心理ピラミッドを用いたホリスティック・アプローチ~」
    座長:仲泊 聡(国立障害者リハ)、平形 明人(杏林大学)
    演者:立神 粧子(フェリス女学院大学教授)
16:50~パネルディスカッション「治療とリハビリ」(1時間)
   コーディネーター:
      仲泊 聡(国立障害者リハビりテーションセンター)
      安藤 伸朗(済生会新潟第二病院)
   パネリスト:
     高橋 政代(理化学研究所)、五味 文(住友病院)
     立神 粧子(フェリス女学院大学教授)、平形 明人(杏林大学)
     福地 健郎・長谷部 日・佐藤 弥生(新潟大学)
17:50 おわりに 仲泊 聡(国立障害者リハビりテーションセンター)

 眼の愛護デー(10月10日)に、8都府県から眼科医・内科医・神経内科医・リハビリ医・麻酔医やリハビリ関係者・教育者・当事者等々、約60名が参加し、済生会新潟第二病院10階会議室で公開講座「治療とリハビリ」を行いました。
 今回、高橋政代先生(理化学研究所CDB)の講演要約を参加者の感想と共に紹介します。 

特別講演2:「iPS細胞による眼疾患治療の現状と未来」
講師:高橋政代 (理化学研究所CDB 網膜再生医療研究開発プロジェクト)
【講演要約】
 2013年8月に初めてのiPS細胞を用いた移植臨床研究が承認を得て、1例目の手術は2014年9月に施行された。2006年にマウスiPS細胞、2007年にヒトiPS細胞が発明されてから驚くほど短期間での臨床応用と言われる。しかし、今回の臨床研究の準備はすでに10年以上前からES細胞を用いて、網膜細胞治療という構想からいうと20年前からスタートしていた。基礎研究からヒトに応用するまでにはやはりそれだけの年月が必要である。研究を進めている期間に様々な否定的意見を聞いたが、網膜細胞治療の最終像を考えるとそれらは論理的に心動かされ方針を変更させるものではなかった。 

 我々のラボにフィールドワーク(!)に来て研究者という人種を研究している人類学者に言わせると、高橋は過去、現在、未来の順で考える思考と異なり、未来像から遡って現在を考えるという思考法だそうだ。再生医療ができることが自明のように語る私と他の人と話が合わないのがなぜかずっと不思議であったが、とんと合点がいったような気がする。 

 今回の臨床研究では自家iPS細胞由来網膜色素上皮(RPE)細胞シートを移植し手術後1年間で結果を判定する。移植する細胞シートは様々な品質検査や免疫不全マウスを用いて繰り返し行った造腫瘍性試験で安全性が確認された。現在手術後1年の判定期間が終了したが、主要評価項目の安全性については、拒絶反応、腫瘍化、手術による重篤な合併症などを認めず順調に経過している。世界ではiPS細胞を使った治療は腫瘍ができるのではないか、自分の細胞を使う自家移植であっても培養の期間に変化がおきて拒絶反応がおこるのではないか、などの懸念を持つ研究者がほとんどであるが、1例ではあるが、それが杞憂であることを示した。絶対に失敗できないプロジェクトであったので、リスクは考え尽くしてあり、1例目は視力の経過や患者の反応まで含めて予想通りであった。2例目3例目も同様であると考える。 

 再生医療の問題の一つはその言葉からもたらされる過剰な期待である。再生医療(細胞移植治療)はまったく新しい治療であり最初は効果も小さい。治療の効果と安全性の進歩のシグモイド曲線は白内障手術などで眼科医は経験ずみである。再生医療も同様で、改良を重ねて徐々に効果的な治療となることが考えられるが、それらの正しい情報はなかなか一般に伝わりにくい。今回の臨床研究では網膜感度上昇などの効果判定は副次項目であるが、過剰な期待は治癒が唯一の問題解決法であるという思い込みから来ることが多い。特に網膜の場合は成功してもまだまだ視機能は低く停まることが考えられ、再生医療はリハビリテーション(ロービジョンケア)とセットで完成すると言える。再生医療は網膜以外でも同じでリハビリテーションとセットであること認知されてきている。今後は、臨床研究、先進医療、治験、治療、リハビリ、患者ケアが一体となったメディカルセンターが求められる。 

 我々は、神戸にそれらを包括したアイセンターを構築しようと計画している。アイセンターは先端医療センターの眼科専門病院、理研の研究部門、ロービジョンケアと社会実験のための公益社団法人NEXT VISIONの3者が協力して運営する。再生医療の高い認知度を利用して、視覚障害に対する一般社会の理解を高めることができることが可能かもしれない。そのために作ったNEXT VISIONでは、ロービジョンケアや視覚障害のイメージ変革と推進、デバイスの開発や社会実験を行う。日本で歴史も古く充実している全盲者に対するケアとは異なり、眼科医が日々接するのにケアが抜け落ちている軽度の視覚障害、就労を続けられるのに諦めてしまう人々を主に対象にして、企業、産業医、眼科医、ひいては支援施設、当事者においても視覚障害に対するイメージを変革することが必要であり、可能かもしれないと考えている。 

【略 歴】
 1986    京都大学医学部卒業
 1986-1987 京都大学医学部附属病院眼科 研修医
 1987-1988 関西電力病院眼科 研修医
 1992    京都大学大学院医学研究科博士課程(視覚病態学)修了
 1992-1994 京都大学医学部附属病院眼科 助手
 1995-1996 アメリカ・サンディエゴ ソーク研究所研究員
 1997-2001 京都大学医学部附属病院眼科 助手
 2001-2006 京都大学医学部附属病院探索医療センター開発部 助教授
 2006-2012 理化学研究所  発生・再生科学総合研究センター
    網膜再生医療研究チーム チームリーダー兼任(2006年10月より専任)
 2012-2014 理化学研究所 発生・再生科学総合研究センター
    網膜再生医療研究開発プロジェクト プロジェクトリーダー(*)
 2014-現在 理化学研究所 多細胞システム形成研究センター
    網膜再生医療研究開発プロジェクト プロジェクトリーダー(*)
       (*)組織改正により変更 

【参加者から】
●iPS細胞を移植する再生医療が、世界で初めてわが国で臨床治験された。最初の臨床治験が行われてから1年の臨床経過を示してもらった。今後は、F1カー(個別のiPS細胞)ばかりでなく、カローラ(iPS細胞バンク)も用意するという。治療選択肢が増えるのはいい進歩。診療・研究・リハビリを兼ねた「アイセンター」構想が、より具体化している。企業の方も参加し戦略として進めているという。もはや医学医療を飛び越えたスケールのでかいお話でした。現在の閉塞した医療の現実を考える時、新しい医療の形を示す「アイセンター」構想の実現を願います。(新潟市/眼科医/男性) 

●いつ拝聴しても凄いとしか言い様がありません。本当の意味での【アイセンター】が実現すれば素晴らしいと考えています。其の為には、行政を逆手に取っておられると感じました。講演後に某名誉教授曰く、「色々な女傑を見てきたが、彼女が一番だね」。(新潟市/医療機器販売/男性) 

●iPSの現状と将来への展望がわかり興味深かったです。(新潟市/眼科医/男性) 

●とても興味深いものでした。 たまたま、前はやぶさプロジェクトマネージャーの川口という人の話をみかけたのですが、彼はプロジェクトで大切なのは、100点を目指さないこと、60点を100%の確率で実現することと語っています。また、心配していたことがおきてしまうのは、3流、予想もしていなかったことが起きてしまうのは二流、一流とは、何もおきないことといいます。高橋先生が治療に使われたもののサイズがそのままだったようにお聞きしたことが、この何もおきないことなのかと思いました。川口氏は、研究ではなくプロジェクトをやる、プロジェクトを進める上では、技術よりむしろ根性が大きな要素と言ってます。全くの雑談ですみません。大きな仕事をやられる方は、有能なプロデューサーなんだなあとたまたま同時期に感銘をうけたものですから。川口氏は、(安藤先生と同じ)青森県出身なのですね。((新潟市/眼科医/女性) 

●視野の広さ、考えを行動に移すその速さバイタリティーに感服し、私の残された時間の中で、1症例を思い出して、なんとか助けてあげたい事をご相談し先端医療センター眼科の受診方法を教えていただきました。一人でも失明から救いたい想いの、今の私に有り難い貴重な時間でした。(新潟県/眼科医/女性) 

●iPS細胞による治療法の前途について、大変分かりやすいものでした。講演の初めに、理研の研修生の一人の方が、チンパンジーの行動の研究をするようにスタッフの行動を観察し、それによると高橋先生が将来の理想形から物事を考える珍しいタイプであると言われた。しかしこれは企業的な発想では当たり前のこと、とおっしゃったことが印象深いものでした。最も刺激的だったことは、高橋先生のプロジェクトが二重にも三重にも多様な道を用意しておられることです。すべてが同じ方向を向いているが、多様なニーズに合わせて多様な選択肢を作っておられることは万全の準備が見通せていてリーダーとして素晴らしい発想と思いました。また、シートを入れる治療法と浮遊性の治療と、どんどん新しい治療が進んでいることを教えていただきました。ロービジョンのリハビリや就労についての展望も、患者さんの未来にとってより積極的な社会参加を促すだけでなく、社会にとっても人的財産の貴重な損失を免れることになり、大きな前進と思います。(神奈川県/音楽家/女性) 

●この公開講座は設定がよく、学ぶところ多い。高橋政代氏の科学者としての計画性、実行性、将来性、すべてすばらしく、りっぱなもの。貴重な存在なるも、一般に期待されているのは病気をなおすことだけで、リハビリに深く思いを致していることが全然社会にはわかっていない。卑近なはなしですが、10月10日は目の愛護デーなのに、体育の日にすりかえられて、だれも目の愛護デーなど知らないのが現実。なさけないことだね。 Eye cennter構想が広く実現するには困難がおおいことと痛感。(新潟市/眼科医/男性) 

●どんどん進化しているんですね。研究ばかりやっていらっしゃるのかと思ったら、ちゃんと患者さんもみて、患者さんの困っていることをちゃんと把握して、対策を考えていらっしゃって、すごいと思いました。(新潟市/神経内科医/女性) 

●iPS細胞での治療もいろんな事を考えて慎重に進んでいることが分かり、頼もしくも思えたのですが、歯がゆくも思いました。そして、リハビリ、支援を考えて、トータルに医療をなしてゆく姿勢に、敬服です。(新潟市/内科医/男性) 

●患者さんを中心とした眼科医療のありかたをトータルで考えられて研究されているというお話には感銘を受けました。(新潟県/眼科医/男性) 

●講演後半に 公益財団法人 NEXT VISION のお話をされました。法人の存在は初耳だったので、さっそくネットで調べました。アイセンター構想は新鮮で、ワンストップ型の理想形ですが、事業化できればすばらしいと感じました。(新潟市/病院職員/男性) 

●今や時の人である先生のご講演も最先端の医療を分かりやすく、お話いただきました。理想の目標をあらかじめ設定して、そこに様々な紆余曲折アプローチを繰り返し、最終的にゴールに到着する事に尊敬致しました。(新潟市/薬品メーカー社員/男性) 

●まさに今最先端の再生医療の話と、さまざまな活動、またその裏側の研究の現状や高橋先生の実際の思いなど、テレビやマスコミなどでは伝わらない内容を直に拝聴できました。 特に、アイセンターの話は、眼科医、研究者というご側面もありながら、ロービジョンケア全体を大局的に見た長期ビジョンをお持ちで、それを展開してく熱い思いが伝わってくる非常に感慨深いご講演でした。(新潟市/薬品メーカー社員/男性) 

●自分も眼科メーカーの社員ということもあり、高橋先生の講演がとても印象に残りました。ES細胞、iPS細胞の違いという初歩的な内容から、なぜRPEを再生させ、1件目の手術としたかなど学ばせていただきました。また、普段は、どうしても臨床データ、基礎データに触れることが多い環境なので、基礎~ビジネスまでの流れをご紹介いただいたことに改めて製品の上市の難しさを実感できました。再生医療の場合は、さらに遺伝子学関係者、倫理関係者等が加わり、その難しさは想像できませんでした。大きな脚光を浴び、順風満帆な分野という印象しかなかったので、驚きました。(東京/医療機器メーカー/男性) 

●私はiPS細胞の臨床応用が2例目でなぜ中止になったのか、どういう部分で疑問を持たれたのか、そこが知りたかったし一番興味があったところです。テクニカルなことよりも行政との関係であるようなお話でしたが、私の事前勉強が足りないせいで、あまりよく理解できませんでした。それでもiPS細胞由来のRPE細胞移植はがん化も含めて、やはり臨床応用できる安全レベルであること、さらに企業が参入して移植用の細胞を製造するコストまでを含めた実用化が進行していることなど、最先端で指揮している先生から直接お話を聴くことができて感謝しています。私は高橋先生のお話を聴くのは二回目ですが、前回と高橋先生の印象はずいぶん違いました。前回は世界を相手の学者といった感じで近寄りがたい雰囲気でしたが、今回は女性らしいやわらかさを感じました。それは、神戸医療産業都市アイセンター構想という、スマートサイトを集約するような、とてつもなく大きくて、やさしくて、あたたかいシステムのお話を聴いたせいかも知れません。ぜひ実現させてほしいし、そのための協力なら惜しみません。まぁ、私が協力できることなど無いでしょうが(笑)(新潟県/自営業/男性) 

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『済生会新潟第二病院眼科 公開講座 「治療とリハビリ」』
 日時:2015年10月10日(土) 14時~18時
 場所:済生会新潟第二病院10階会議室
 主催:済生会新潟第二病院眼科
13:55 はじめに 安藤 伸朗 (済生会新潟第二病院)
14:00~特別講演1
  「加齢黄斑変性治療の現状と課題」
    座長:長谷部 日(新潟大学)、佐藤 弥生(新潟大学)
    演者:五味 文(住友病院)
14:50~特別講演2
   「iPS細胞による眼疾患治療の現状と未来」
    座長:福地 健郎(新潟大学)、安藤 伸朗(済生会新潟第二病院)
    演者:高橋 政代(理化学研究所)
15:40~ コーヒーブレーク
16:00~特別講演3
  「高次脳機能障害と向き合う
   ~神経心理ピラミッドを用いたホリスティック・アプローチ~」
    座長:仲泊 聡(国立障害者リハ)、平形 明人(杏林大学)
    演者:立神 粧子(フェリス女学院大学教授)
16:50~パネルディスカッション「治療とリハビリ」(1時間)
   コーディネーター:
      仲泊 聡(国立障害者リハビりテーションセンター)
      安藤 伸朗(済生会新潟第二病院)
   パネリスト:
     高橋 政代(理化学研究所)、五味 文(住友病院)
     立神 粧子(フェリス女学院大学教授)、平形 明人(杏林大学)
     福地 健郎・長谷部 日・佐藤 弥生(新潟大学)
17:50 おわりに 仲泊 聡(国立障害者リハビりテーションセンター)

2015年11月15日

 眼の愛護デー(10月10日)に、8都府県から眼科医・内科医・神経内科医・リハビリ医・麻酔医やリハビリ関係者・教育者・当事者等々、約60名が参加し、済生会新潟第二病院10階会議室で公開講座「治療とリハビリ」を行いました。
 今後、公開講座での講演要約と参加者からの感想を順次報告します。今回、五味文(住友病院)先生の講演要約をご紹介します。 

特別講演1:「加齢黄斑変性治療の現状と課題」
講師: 五味 文(住友病院)
【講演要約】
 加齢黄斑変性といえば、以前は眼科医が手出しできない疾患であった。放っておくと視力が低下するのは明らかであるが、黄斑部網膜のその裏の病変に対して、正常組織を障害せずにアプローチをする方法はほぼ皆無で、たとえ網膜下の脈絡膜新生血管の抜去ができたとしても、長い目見ると色素上皮の萎縮は拡大し視力は低下してしまう。画期的かつ挑戦的な手術である黄斑移動術をもってしても、萎縮や網膜の回旋から来る不具合は、無視できるものではなかった。 

 このような加齢黄斑変性に対して、画期的な薬剤がここ10年ほどの間に相次いで上梓されている。光線力学療法の際に用いる光感受性物質ビスダイン、抗VEGF薬であるマクジェン、ルセンティス、アイリーアなどである。診断機器、特に光干渉断層計(OCT)の進歩と相まって、抗VEGF薬の効果は広く認知されることとなり、急速に普及した。繰り返し硝子体内に薬剤を注射で入れなければならないというハードルはあるものの、滲出性変化の減少と視力の向上といった薬剤の効果は絶大で、医師も患者も継続治療を受け入れている。 

 その効果の陰で、病態の本質を見ずに漫然と治療を続けるという事態も起こっているような気がする。ノンレスポンダーやタキフィラキシーといった、薬の効果そのものがみられない状況であっても投与が続けられている場合は少なくない。そもそも抗VEGF薬では、どれだけ治療を続けたとしても、病気の本体である脈絡膜新生血管を消退させられていないことにもっと目を向けるべきであろう。 

 一臨床医の抵抗として私が取り組んでいることは、一律なプロトコールで治療にあたるのではなく、個々の患者に踏み込んだ個別化医療である。造影やOCTといった検査所見から、抗VEGF療法一辺倒ではなく、それぞれの病態にもっとも有効と思われる治療方針を提案するとともに、治療後の所見の変化や、それぞれの患者の治療へのモチベーション、通院状況などを考慮に入れて、その先の治療プランも臨機応変に変えていくようにしている。特に、欧米人よりもアジア人においてより高い有用性が知られている光線力学療法については、その有効性を積極的に取り入れていこうと、臨床研究を行っては情報発信を続けてきた。 欧米発の大規模臨床研究によって得られたEBMに配慮することはもちろん大事だが、従来からの日本の医療の流れである、医師の観察や経験を活かした医療というものもうまく組み込むべきだと考えている。 

 このような治療方針が独りよがりのものとならないよう、患者側からのフィードバックは貴重である。継続して治療を受けている患者を対象としてアンケートを行ったところ、自身で抗VEGF療法の有効性を実感できている患者は約60%、自分では自覚はないものの医師から効果ありと言われ治療を続けているケースは30%であった。追加治療は、医師から受けた方がよいと言われたときのみ受けたいという回答が70%以上あり、再発を防ぐためには何度でも注射を受けたいという20%の患者を大きく上回った。注射の怖さ以外に、やはり治療が高額であることも、注射を避けたい要因となっていた。いつまで治療を続けないといけないのか、これから先も日常生活に支障なく見えるのかという不安を訴えるコメントも散見された。以上の結果から、多くの患者は現状の治療を受け入れ、結果には概ね満足されているものの、これから先も続く治療への不安は少なくなく、新たな治療への希望も少なくないことがわかった。 

 そのような不安を取り除くことが、現状の加齢黄斑変性治療の課題であろう。ロービジョン指導や患者同士の意見交換の場の設定、社会制度への働きかけなど、医療者ができることは少なくなさそうである。個々の患者に適した、治療以外の手段も提案できるよう模索していきたい。

【略 歴】
 1989年 大阪大学医学部卒業
     大阪大学眼科入局
 1990年 大阪労災病院眼科
 1997年 大阪大学大学院入学
 2001年 同上終了、大阪大学眼科助手
 2006年 大阪大学眼科講師 
 2012年 住友病院眼科部長
  2015年 大阪大学眼科招へい教授兼任
      現在に至る 

【参加者から】
●加齢黄斑変性はこれまで失明する疾患の代表例だった。現在では抗VEGF療法が登場し、多くの患者が良好な視機能を保てるようになってきた。その治療の実際を示し、治療費がかかること、すべての患者がよい視機能を保てるわけではないことに触れ、抗VEGF療法の有用性と限界を語って頂いた。特に、患者さんへのアンケート、大変興味深かった。治療について、医者からの評価ばかりでなく、患者さんからの評価も必要な時代になってきていると感じた。(新潟市/眼科医/男性) 

●非常に判りやすく医療関係者でなくとも理解できたと思います。個人的に、此の治療は、患者の金銭的な負担が大きくてドロップアウトしているのが現状と考えています。友人も治療をしていますが、【治療を続ければある程度の視力は維持できるけど、金が続かない…】恐らくこれが本音だと思います。患者さんからのアンケートは、どの医療機関でも必要かと思います。(新潟市/医療機器販売/男性) 

●五味文先生のお話は加齢性黄斑変性治療の現状と課題について大変勉強になるご講演でした。抗VEGF療法の有用性と同時に個々のケースでそれぞれの要因により有用な治療法を考えなければいけないことも知りました。治療の治療には有効性があることも限界があることが分かりました。全国の患者さんが治療法を選べるようになるとよいですね。そしてロービジョン・ケアや環境作りの必要性についても、この分野でどういうことを先生方がご苦労されているか、前向きな気持ちにさせるための様々な工夫の必要性が分かりました。診察の間に相手の性格まで診る必要性は、教育の現場と同じと思いました。何事も相手を知ろうとする心は非常に大切ですね。(神奈川県/音楽家/女性)

●実際の治療に役立つもので大変ためになりました。(新潟市/眼科医/男性) 

●専門外の私にも納得できてAMDの患者さんにも色々説明してあげられるとおもいました.注射だけだと何時までやらなければならないかと常に聞かれますのでCASE by CASE いろいろの場合がありこんな方法もありと一緒に考えてあげることも一つのリハビリかなと考えさせられました。(新潟県/眼科医/女性) 

●これほどきめ細かく治療をしていけば、視力をかなりたもっていけるのか、と医学は進歩しているんだな、と、素晴らしいと思いました。(新潟市/神経内科医/女性) 

●加齢黄斑変性症の治療が進んでいることを嬉しく思いました。(新潟市/内科医/男性) 

●お話は分かりやすく勉強になりました。脈絡膜新生血管は、必然性のある困りものだということが印象に残りました。ドルーゼンの根治を早期に望みます。(新潟市/病院職員/男性) 

●永年にわたってのAMD治療のご経験、治療の最前線患者さんとのコミュニケーション、治療に対する満足度アンケートが大変勉強になりました。(新潟市/薬品メーカー/男性) 

●基本的に患者様目線にたった、非常にわかりやすい表現を意識されていらっしゃり、色素上皮の病変の話や、多数の硝子体注をバリバリされているからこそ言えるメリットデメリットの話など、メーカー紐付きの講演会では聞けないような話も含め、大変勉強になりました。(新潟市/薬品メーカー/男性) 

●五味先生に対して私がした質問は、治療とリハビリというテーマであるのに、ど素人が突拍子もない質問をして時間を潰し申し訳なく思っていますが、完治が望めない病気なら予防したいのが人情です。五味先生のご回答は医師としては模範的なものであったと思います。(新潟県/自営業/男性) 


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『済生会新潟第二病院眼科 公開講座 「治療とリハビリ」』
 日時:2015年10月10日(土) 14時~18時
 場所:済生会新潟第二病院10階会議室
 主催:済生会新潟第二病院眼科
13:55 はじめに 安藤 伸朗 (済生会新潟第二病院)
14:00~特別講演1
  「加齢黄斑変性治療の現状と課題」
    座長:長谷部 日(新潟大学)、佐藤 弥生(新潟大学)
    演者:五味 文(住友病院)
14:50~特別講演2
   「iPS細胞による眼疾患治療の現状と未来」
    座長:福地 健郎(新潟大学)、安藤 伸朗(済生会新潟第二病院)
    演者:高橋 政代(理化学研究所)
15:40~ コーヒーブレーク
16:00~特別講演3
  「高次脳機能障害と向き合う
   ~神経心理ピラミッドを用いたホリスティック・アプローチ~」
    座長:仲泊 聡(国立障害者リハ)、平形 明人(杏林大学)
    演者:立神 粧子(フェリス女学院大学教授)
16:50~パネルディスカッション「治療とリハビリ」(1時間)
   コーディネーター:
      仲泊 聡(国立障害者リハビりテーションセンター)
      安藤 伸朗(済生会新潟第二病院)
   パネリスト:
     高橋 政代(理化学研究所)、五味 文(住友病院)
     立神 粧子(フェリス女学院大学教授)、平形 明人(杏林大学)
     福地 健郎・長谷部 日・佐藤 弥生(新潟大学)
17:50 おわりに 仲泊 聡(国立障害者リハビりテーションセンター)

2015年10月11日

 眼の愛護デー(10月10日)に、8都府県から眼科医・内科医・神経内科医・リハビリ医・麻酔医やリハビリ関係者・教育者・当事者等々、約60名が参加し、済生会新潟第二病院10階会議室で公開講座を行った。テーマは「治療とリハビリ」。熱い討論があった。

1.「加齢黄斑変性治療の現状と課題」
  五味文(住友病院)
 加齢黄斑変性はこれまで失明する疾患の代表例だった。現在では抗VEGF療法が登場し、多くの患者が良好な視機能を保てるようになってきた。その治療の実際を示し、治療費がかかること、すべての患者がよい視機能を保てるわけではないことに触れ、抗VEGF療法の有用性と限界を語って頂いた。特に、患者さんへのアンケート、大変興味深かった。治療について、医者からの評価ばかりでなく、患者さんからの評価も必要な時代になってきていると感じた。

2.「iPS細胞による眼疾患治療の現状と未来」
  高橋政代(理化学研究所)
 iPS細胞を移植する再生医療が、世界で初めてわが国で臨床治験された。最初の臨床治験が行われてから1年の臨床経過を示してもらった。今後は、F1カー(個別のiPS細胞)ばかりでなく、カローラ(iPS細胞バンク)も用意するという。治療選択肢が増えるのはいい進歩。診療・研究・リハビリを兼ねた「アイセンター」構想が、より具体化している。企業の方も参加し戦略として進めているという。

3.「高次脳機能障害と向き合う~神経心理ピラミッドを用いたホリスティック・アプローチ~」
  立神粧子(フェリス女学院大学)小澤富士夫
 中枢神経が障害された場合の回復は可能だろうか?リハビリにいい方法はないのだろうか?くも膜下出血で数年間、表情も感情もなく,無反応で無気力だったところから、ニューヨークRusk研究所のプログラムで一年間訓練を受け回復した経験をお話頂いた。神経学的にどのような回復をたどったのか、興味深いところである。治療やリハビリを、病院・施設を主体に考えると見方(評価)が短期的になってしまう。 病は一生もの、治療(訓練)も一生もののはず。家族と共に歩む治療の重要性を再認識。コーチングの技(sweet & short)、広く使えそうだ。

4.討論から
 ○障害者にとって就労は大切な課題。○リハビリを続けるにはモチベーションが大切。○施設で訓練しても社会(コミュニティ)が受け入れないという現実。○見えない人に対する、(それを知らない)社会(人たち)の拒絶反応も課題。○社会全体の成熟は必要。○与えるリハビリから、障害者自らが望むリハビリ。○地域包括ケアの取り組み、、、、、、

【後 記】
 盲学校の弁論大会を当院で10年近く続けているが、子供たちが「将来は、働いて税金を払えるようになりたい」「今は助けてもらって生活しているが将来は人を助ける職業につきたい」と語る姿にいつも感動している。リハビリにはその評価が大切だが、働いて得る報酬は確かな評価の一つ。
 現在、多くの眼科術者は、ロービジョンケアに関心がないが、硝子体手術を開発し広めた硝子体手術の先駆者であるロバート・マカマーとチャールズ・スケペンスは、ロービジョンケア(患者のこと/家族のこと)にも多くの関心を抱いていたことを思い起こした。

2015年8月13日

済生会新潟第二病院眼科では、どなたでも参加できる公開講座を開催しています。
今回は、加齢性黄斑変性治療第一人者の五味 文先生(住友病院)、再生治療のトップリーダーの高橋 政代先生(理研)、高次脳機能障害からの回復訓練に夫婦で取り組んだ立神 粧子先生(フェリス女学院大学教授)をお呼びして、『治療とリハビリ』と題して行います。
今のうちにカレンダーへのチェックをお願い致します。

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済生会新潟第二病院 眼科公開講座2015(2)「治療とリハビリ」
 日時:2015年10月10日(土)
         開場:13時30分 研究会:14時~18時
 場所:済生会新潟第二病院10階会議室
 主催:済生会新潟第二病院眼科
 事前登録 

13:55 はじめに 安藤 伸朗 (済生会新潟第二病院)
14:00~特別講演
 「加齢性黄斑変性治療の現状」
   座長:長谷部 日(新潟大学)、佐藤 弥生(新潟大学)
   演者:五味 文(住友病院) 

14:50~特別講演
  「iPS細胞による眼疾患治療の現状と未来」
   座長:福地 健郎(新潟大学)、安藤 伸朗(済生会新潟第二病院)
   演者:高橋 政代(理研) 

15:40~ コーヒーブレーク 

16:00~特別講演
 「高次脳機能障害と向き合う
 
    〜神経心理ピラミッドを用いたホリスティック・アプローチ〜」
   座長:仲泊 聡(国立障害者リハビリテーションセンター)、平形 明人(杏林大学)
   演者:立神 粧子(フェリス女学院大学教授) 

16:50~ 座談会「治療とリハビリ」(1時間)
  座長:仲泊 聡(国立障害者リハビリテーションセンター)、安藤 伸朗(済生会新潟第二病院)
  パネリスト:五味 文(住友病院)高橋 政代(理研)、立神 粧子(フェリス女学院大学教授)
   
平形 明人(杏林大学)、福地 健郎・長谷部 日・佐藤 弥生(新潟大学) 

17:50 おわりに 仲泊 聡(国立障害者リハビリテーションセンター)
    会場片付け(アジャーン)

18:00 終了 
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これまでの済生会新潟第二病院 眼科公開講座
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平成27年(2015年)2月28日(土)
「済生会新潟第二病院眼科 公開講座2015」『細井順講演会』
 講師:細井順(ヴォーリズ記念病院ホスピス希望館長;近江八幡市)
 演題:生きるとは…「いのち」にであうこと ~死にゆく人から教わる「いのち」を語る~
 http://andonoburo.net/on/3515 

2012年(平成24年)9月19日(水)
「視覚障害児の目や見え方に関する講演会 2012」
 (第199回(12‐09月)済生会新潟第二病院 眼科勉強会)
  会場:新潟盲学校 会議室
  演題:「様々な障害を持つお子さんを通して考えてきたこと」
  講師:富田 香 (東京;平和眼科)
   主催:済生会新潟第二病院眼科
   共催;新潟県立新潟盲学校 

2009年11月21日(土)
「明日の眼科を考える 新潟フォーラム2009」 
 特別講演
 「網膜色素変性とiPS細胞」
     高橋 政代 (神戸理研)
 「人工の眼は可能か?」
     仲泊 聡 (国立障害者リハビリセンター病院) 
 http://andonoburo.net/on/2577 

平成20年(2008年)11月15日(土)
「視覚に障がいのある子どもの発達と支援を考える新潟フォーラム 2008」
  会場:新潟盲学校 会議室
  司会進行 新井 千賀子(杏林アイセンター)、安藤 伸朗(済生会新潟第二病院)
 「子どもの視覚の発達と眼疾患」
      三木 淳司(新潟大学眼科)
 「視覚障がい乳幼児の発達」
      香川 スミ子(浦和大学)
 「視覚障がい乳幼児の支援ー新潟盲学校の取り組み」
      田邊 聡子(新潟県立新潟盲学校)
 「視覚障がい乳幼児への早期支援をうけて」
      近山 智子(新潟盲学校 PTA)
 パネルディスカッション 
   基調講演 「スペシャル子育てを考える」
          新井 千賀子(杏林アイセンター)
   パネリスト 三木 淳司(新潟大学眼科)
          香川 スミ子(浦和大学)
          田邊 聡子(新潟県立新潟盲学校)
          近山 智子(新潟盲学校 PTA)
   主催:済生会新潟第二病院眼科
   共催;新潟県立新潟盲学校 

平成20年(2008年)2月23日(土)
「済生会新潟第二病院眼科 公開講座2008」『細井順 講演会』
(第144回(08‐2月)済生会新潟第二病院眼科勉強会)
 演題:「豊かな生き方、納得した終わり方」
 講師:細井順(財団法人近江兄弟社ヴォーリズ記念病院ホスピス長)
 http://andonoburo.net/on/2573 

平成19年(2007年)11月11日(日)
『済生会新潟第二病院眼科 市民公開講座2007』
 シンポジウム 「患者として思う、患者さんを想う」
  稲垣吉彦(患者;有限会社アットイーズ 取締役社長、千葉県)
  荒川和子(看護師;医療法人社団済安堂 井上眼科病院、東京)
  三輪まり枝(視能訓練士;国立身体障害者リハセンター病院)
 コメンテーター
  櫻井真彦(眼科医;埼玉医科大学総合医療センター教授)
 http://andonoburo.net/on/2556 

平成18年(2006年)11月11日(土)
『済生会新潟第二病院眼科 公開講座2006』
 
(第128回(06‐11)済生会新潟第二病院 眼科勉強会)
  「失明の体験と現在の私」 
    西田稔(NPO『眼炎症スタディーグループ』理事長)
  「シルクロード病(ベーチェット病)からの贈り物」 
    西田朋美(眼科医、聖隷横浜病院)
 http://andonoburo.net/on/2552 

平成17年(2005年)11月26日(土)
「済生会新潟第二病院眼科 公開講座 2005」
 演題:「ホスピスで生きる人たち」 
 講師:細井順 (財団法人近江兄弟社ヴォーリズ記念病院緩和ケア部長)
 http://andonoburo.net/on/2548

2015年3月22日

 講師:細井順(ヴォーリズ記念病院ホスピス希望館長;近江八幡市)
 演題:生きるとは…「いのち」にであうこと ~死にゆく人から教わる「いのち」を語る~
  日時:平成27年2月28日(土)15時開場 15:30~17:00
  会場:済生会新潟第二病院 10階会議室 

【講演要約】
 ホスピスという場で患者さんと共に時間を過ごしていると、患者さんの死から、私は生きていく力をもらっているのではないかと思うようになった。ホスピスケアは、人に生きていく力を与えることができる。ホスピスケアを通して、人類に通底する「いのち」に気づく。人はひとりぽっちではなくて、他者とのつながりの中で生きていることを知る。「いのち」は死を貫いて遺る者に受け継がれていく。 

 ホスピスケアは、その人がその人らしく尊厳をもって人生を全うすることを援助することである。痛みなどの症状を除くことがゴールではなく、死の孤独に寄りそうことが真のホスピスケアと考えているが、そのためにヴォーリズ記念病院ホスピスで心がけていることを述べてみたい。

(1)患者さんと話す時間を多くとる
 現代医療は、高度に専門化、細分化が進んでいる。狭い領域で専門的治療を受け、医療システムの流れに乗って効率良く連携されていく。がんのように高度の先進的医療が求められる分野では、なおさらこの傾向が強い。病人は多くの医療機関を転々として、数多くの医療者の関わりの中で、診断から治療、あるいは終末期ケアまで流れていく。いくつもの診療科で診てもらうので、かかわる医師の数も増えてくる。がんの進行度に応じて何人もの医師に治療が引き継がれていくことになる。

 ここで問題になるのは、各々の医師は、それぞれの専門領域を診るにとどまり、病気の治療全体の責任の所在が明確でなくなっている。つまり、主治医が誰なのかわからないということである。患者さんは、病気が治るか否かという大きな不安を抱えている。また、治療のためにどれだけ仕事を休まなければならないのか、治療終了後に仕事に復帰できるのかなど、これから先の生活のことがとても気がかりになっている。ホスピスではまず、患者さんの言葉に耳を傾けることが基本である。 

(2)かなしみへの気遣い
 ホスピスで過ごす患者さんが感じることは、人生の悲哀ではなかろうか。死の影が忍び寄る胸の内を分かちあいたいということだろう。患者さんの持つ陰性感情は隠れやすいとされる。「かなしい」「つらい」「苦しい」「むなしい」「切ない」などの思いに気づくことが大切である。そして、医師と患者の立場を超えて、同じ死にゆく運命を共有する弱い人間同士という気持ちで、その場と時間を共に過ごすことである。医療者として「何とかしてあげねばならない」と気負うことなく、いずれ死にゆく仲間同士という意識で、「とことんつきあおう」ということではないかと考えている。 

(3)患者さんの心の旅路につきあう
 ホスピスで過ごしている患者さんたちは、誰もがこれからどのような苦しみが待っているのか、死ぬときは苦しまないだろうか、などと日々起こってくる身体の変化のひとつひとつに不安を覚える。全人的ケアという意味合いを考えると、身体症状の原因には、精神的な要素、社会的な要素、スピリチュアルな要素が含まれているということである。たとえば、「食事ができなくなった」という患者さんの訴えの場合、その言葉の背後に思いを巡らせることが大切である。決して胃腸の問題だけではない。薬が効かないというイライラが募っているかもしれないし、家族の見舞いが減っていることが気になっているのかもしれない。また、これから自分にどんなことがおこるのか不安でいっぱいになれば、食事もできないであろう。患者さんが何を思って「食事ができなくなった」と口に出したのか、この言葉をきっかけに、患者さんの心の旅路につきあうことがホスピスケアである。 

(4)人生の流れの中で現在を見つめ直す
 人生は物語にたとえられる。ひとりひとりの人生は、生まれてから死を迎えるまでの一巻のオリジナルな物語である。ホスピスでの時間は、その物語の大団円を迎えるときである。患者さんには、自分の人生を振り返ってもらうことがとても大切だ。今日この時まで生きてきたこと、人生で輝いていたときのこと、苦しかったときのことなどを思い返してもらい、人生が一連のつながりの中にあることを感じられたら死にゆく状況も納得しやすい。

 現代日本は、団塊の世代が平均寿命を迎える10年後に多死時代を迎えるといわれている。その時を憂える声があり、死の準備を怠らないことが現代人に突きつけられた喫緊の課題である。死から学ぶことは大きい。 

【プロフィール】
 1951年、岩手県盛岡市の生まれ。小学二年生のとき、医師だった父の異動で京都に引っ越し、以来、大学卒業まで京都で育つ。クリスチャンホームで、物心つく前から教会に通い、中学一年生で受洗した。父親は法医学の大家、四人の叔父は外科医。
  1978年大阪医科大学卒業。自治医科大学消化器一般外科講師を経て、淀川キリスト教病院外科医長となった。その時父親を胃がんのために同病院ホスピスで看取っ た。このことをきっかけに96年ホスピス医に転向。2年間研修後、愛知国際病院ホスピス長を経て、2002年よりヴォーリズ記念病院にてホスピスケアを行っている。
 2004年、自身も腎がんで右腎摘出術を受けた。その後、自らの体験を顧みつつ、「死の前では誰もが平等、お互いさま」をモットーにしてケアを実践している。その様子がドキュメンタリー映画「いのちがいちばん輝く日~あるホスピス病棟の40日~」として2013年春から全国公開され、ホスピスからのメッセージを多くの人たちに届けている。

@淀川キリスト教病院 http://www.ych.or.jp/
 1973年に日本で最初にホスピスケアを行い、1984年には日本のホスピスの生みの親、柏木哲夫氏(現・同病院理事長、名誉ホスピス長、金城学院長)により国内二番目のホスピスが開設された。細井氏はホスピス医としての指導を受けた。
@ヴォーリズ記念病院ホスピス http://www.vories.or.jp/medical_dep/kanwacare.php
@ドキュメンタリー映画『いのちがいちばん輝く日~あるホスピス病棟の40日』 http://www.inochi-hospice.com
「著 書」
 『こんなに身近なホスピス』(風媒社、2003年)
 『死をおそれないで生きる~がんになったホスピス医の人生論ノート』(いのちのことば社、2007年)
 『希望という名のホスピスで見つけたこと~がんになったホスピス医の生き方論』(いのちのことば社、2014年)

【後 記】
 ホスピス医の細井順氏をお招きしての講演会。当院で3回目となりますが毎回多くの参加者があります。今回も新潟市、新潟県は勿論、神奈川県・宮城県・長野県・山形県からも参加頂き、80名を超える参加者で盛況でした。
 細井節は快調でした~「いろいろな方々との最後の時を一緒に過ごし学んだことは多い。死にゆく人は遺される人に生きていく力を与える。この力が『いのち』と呼ばれるものではないのだろうか。ホスピスでは生死を超えた『いのち』にであうことができる。。。。。」

 講演の後で会場から沢山の質問も頂きました。最後までみてくれるホスピスを探すにはどうしたらいいのか?認知症の方とのコミュニケーションをとることは可能か?ターミナルケアと緩和ケアというのはどう違うのか?音楽療法は行うのか?最期を看取るのは長い間診てくれている開業医の先生ではダメなのか?ホスピス医と家庭医の違いは何?医者の勧める治療法を受け入れたいが、自分の生き方とぶつかることもある。如何にしたらよいか?多くの悩みを抱え、余命いくばくと宣告された方と如何に向き合えばいいのか?ホスピスには宗教的なバックボーンは欠かせないのか?医師は患者と向き合いエビデンスに基づいた治療を行うが、同時に患者に寄り添うホスピス的なケアを同時に並行して行うことは可能なのか?、、細井先生はこれら多くの質問に丁寧に答えてくれました。
 今回初めて講演会終了後、細井氏著書の販売/サイン会も行いました。多くの方が事前に購入し読了してから参加しており参加者の意識の高さを知ることができました。書籍販売の本屋さんはがっかりでしたが、、、

 死は誰にでも訪れるものですが、準備ができているかと問われて大丈夫と答えることの出来る人は少ないのではないでしょうか?細井氏は死について、そして死を迎えた人との向き合い方について淡々と語りました。その普通の語り方に凄さを感じました。ホスピス医は、時に「死神が来た」と揶揄されることもあるそうです。でも、「あなたのことを私は最後までみます」と言われたら、その人はどんなに安心するでしょう。現在の医療は、多くの部分を専門家が担っています。自分の専門のところが終了すると次のところを紹介という医療が最前線と考えられがちです。こうした医療の在り方、そして己を見つめ直す機会となりました。病を治すことが医療者の仕事です。しかし、メスや薬では治らない場合、「やすらぎ」を感じてもらうような医療を提供することも大事なことだと思い至りました。

 講師の細井氏、最後まで熱心に講演会に参加された方々、会場の準備・整理をして頂いた方々、講演会の模様を中継して頂いた方々、会場を提供してくれた病院関係者等々、すべての方々に感謝致します。

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【さらに細井順を知りたい方へ】 「いのち」について
(1)木村敏に学ぶ
 私のホスピス観を表すと、「生死を超えたいのちの在りかを共に探し求め永遠を想い、現在を生きる」となる。ここで平仮名の「いのち」について考えてみたい。「いのち」についての考察を深めるために、臨床哲学者木村敏の生命論的差異という考え方を援用したい。木村は、生命を個別的生命である「生」と、普遍的生命である「生それ自身」との二つに分けて考えた。個別的生命「生」は、死で終わる有限なものであり、普遍的生命「生それ自身」は、すべての生きものに通底し、死で区切られない無限性を持つ。「生」と「生それ自身」とのあいだを「生命論的差異(=主観性)」と言う。この誰にでも通底している普遍的生命が「いのち」の素になっている。 

(2)「いのち」の誕生
 今、ある二人の人物が出会っているとしよう。A氏とB氏である。A氏とB氏はそれぞれに「生」と「生それ自身」を持ち、そのあいだを「主観的」に生きている。そのふたりが出会ったときには、A氏の主観とB氏の主観とのあいだに「間主観的」といわれるあいだができる。そのあいだを「いのちが生まれる空間」といい、人と人はこの「いのちが生まれる空間」で出会う。人と人との出会いは様々である。A氏、B氏ともに健康で、死を特別に意識せずに日常性のなかで出会うなら、この間主観的というのはそれぞれの個と個とが出会い、各々の「生」が中心となり、「生それ自身」は背後に隠れる。「生それ自身」は通常の関係性の中では特に意識されることなく、両者が健康で、競い合っているような場合には問題にならない。しかし、A氏、B氏の両者、あるいは片方に死が迫っているような、非日常的な場面では、ふたりに通底する「生それ自身」が表に出てくる。そして、日常的・個別的な「生」は後退し、ふだんは深奥で隠れている「生それ自身」が呼び覚まされてくる。このようなときには、ふたりの個別性が強調される方向ではなく、ふたりの共通性が優位になってくる。ふたりに通底する「生それ自身」が前面に現れたときに、A氏とB氏のあいだに生ずるのが「いのち」と呼ばれるものだと考える。生命の危機に臨んで、普遍的生命がふたりを結んだときに「いのち」が生まれる。

 そう考えると、死を通路にして「いのち」が生まれるということになる。「いのち」は生まれるものなのだ。最初から備わっているものでなくて、出会いの中で生まれるものを指す。死という有限性を持つ人間が、無限に開けた存在となるために、「いのち」があると考えている。人間とは、ひとりの人間存在としてあるのではなく、誰かとの関係、木村の言葉では「あいだ」の中にある。そうだとしたら、私がいのちの臨床で感じる、「ひとはひとりでは生きられない、死ねない」ということも説明できるように思われる。 

(3)「いのち」は受け継がれていく
 ホスピスで死にゆく人たちとのあいだに生まれた「いのち」は、「普遍的生命」に根ざしたものである限り、私ひとりが生きていく力となるばかりではなくて、遺された家族、かかわってきたホスピスのスタッフにも、あるいはその患者さんと深いかかわりのあった全ての人たちの生きていく力になっていくものだと考えたい。愛する人を亡くするかなしみは個人的なものである。だが、誰もが持っている普遍的生命(「生それ自身」)が「いのち」の素となって、そこで「いのち」が生み出されるならば、それは、死の通底性から多くの人とのあいだにも「いのち」が生まれていくのである。そして、その広がりはついにひとつの「いのち」に還元されていくように思える。「いのち」とは、このように普遍的なものである。「いのち」は死を超えて次の世代に受け継がれていき、無限に続くものである。

 人間はつながりの中でしか生きられず、そのつながりこそ、平仮名の「いのち」であると考える。「いのち」は、各々の生活の中にあって、他者との出会いを生き生きとしたものに換え、喜怒哀楽を演出して、人から人へと代々受け継がれていくのである。人生は物語にたとえられると前述した。ここでもうひとつの物語を考えたい。前述したものを横の物語とするなら、ここでは縦の物語と名づけよう。親から受け継ぎ、幾世代にもわたって綴られ、同時代の人々と和してひとつの章節を書き込み、次の世代に引き継がれる「いのち」の物語である。この物語は一人ひとりに生きる意味を与えてくれる。こうして、ホスピスでの死にゆく人たちとの出会いは私に生きる力を与えてくれるのである。

2014年3月19日

『済生会新潟第二病院眼科主催 講演会/公開講座』 2002年~2013年 
 誰にでもオープンな講演会を済生会新潟第二病院眼科では、2002年より毎年行って参りました(2011年は大震災節電のため休止)。今まで開催した講演会を列挙してみました。今後は講演会の講演要旨(保存できているもののみですが)を順次公開致します。関心とお時間がある方は、覗いてみて下さい。
 
【目の愛護デー記念講演会 2002】
  演題:「失明予防のためにー緑内障を中心にしてー」
  講師: 岩田和雄 (新潟大学医学部名誉教授 眼科)
   日時: 平成14年10月10日(木) 17:00~18:30
   場所: 済生会新潟第二病院  10階会議室
   主催:済生会新潟第二病院眼科
 

【目の愛護デー記念講演会 2003】
 (第89回済生会新潟第二病院眼科勉強会)
  演題:「なんでだろう目の病気(あなたの疑問に答えます)」
  講師:今井済夫(長野県眼科医会理事、長野県上田市)
   日時:2003年10月8日(水) 18:30~19:30
   場所:済生会新潟第二病院 玄関ホール
   主催:済生会新潟第二病院眼科
 

【目の愛護デー記念講演会 2004】
 (第103回(2004‐10月)済生会新潟第二病院眼科勉強会)
  演題:『眼の話』 
  講師:藤井 青 (新潟医療専門学校教授;前新潟市民病院眼科部長)
   期日:2004年10月13日(水) 17時~18時
   場所:済生会新潟第二病院 10階 会議室
   主催:済生会新潟第二病院眼科
 

【済生会新潟第二病院眼科 市民公開講座 2005】 
 「40歳からの眼の健康」 
    安藤伸朗 (済生会新潟第二病院眼科)
 「ホスピスで生きる人たち」 
    細井順 (財団法人近江兄弟社ヴォーリズ記念病院緩和ケア部長)
  期日:平成17年11月26日(土) 15時~17時
  場所:済生会新潟第二病院10階会議室
  主催:済生会新潟第二病院眼科
 

【済生会新潟第二病院眼科 市民公開講座 2006】
 「失明の体験と現在の私」
   西田稔(NPO『眼炎症スタディーグループ』理事長)
 「シルクロード病(ベーチェット病)からの贈り物」 
   西田朋美(眼科医、聖隷横浜病院)
  
   日時:平成18年11月11日(土) 16:00~18:00
  
   場所:済生会新潟第二病院10階会議室
  
   主催:済生会新潟第二病院眼科
 

【済生会新潟第二病院眼科 市民公開講座 2007】
 特別講演 
  「見えているからといって安心できない眼の病気」
    櫻井真彦(埼玉医科大学総合医療センター教授;眼科)
 シンポジウム 
  「患者として思うこと 看護師として思うこと」
    稲垣吉彦(患者;有限会社アットイーズ 取締役社長、千葉県)
    荒川和子(看護師;医療法人社団済安堂 井上眼科病院、東京)
  日時:平成19年11月11日(日) 10時~12時半
  場所:済生会新潟第二病院 10階会議室
  主催:済生会新潟第二病院眼科
 

【済生会新潟第二病院眼科 市民公開講座 2008 細井順 講演会】 
 (第144回(08‐2月)済生会新潟第二病院眼科勉強会)
  演題:「豊かな生き方、納得した終わり方」
  講師:細井順(財団法人近江兄弟社ヴォーリズ記念病院ホスピス長)
   日時:2008年(平成20年)2月23日(土) 午後4時~5時半
   場所:済生会新潟第二病院 10階会議室
   主催:済生会新潟第二病院眼科
 

【視覚に障がいのある子どもの発達と支援を考える新潟フォーラム 2008】
  司会進行 新井 千賀子(杏林アイセンター)
 
      安藤 伸朗(済生会新潟第二病院)
 「子どもの視覚の発達と眼疾患」
      三木 淳司(新潟大学眼科)
 「視覚障がい乳幼児の発達」
      香川 スミ子(浦和大学)
 「視覚障がい乳幼児の支援ー新潟盲学校の取り組み」
      田邊 聡子(新潟県立新潟盲学校)
 「視覚障がい乳幼児への早期支援をうけて」 
      近山 智子(新潟盲学校 PTA)
 パネルディスカッション 
   基調講演 「スペシャル子育てを考える」
          新井 千賀子(杏林アイセンター)
   パネリスト 三木 淳司(新潟大学眼科)
          香川 スミ子(浦和大学)
          田邊 聡子(新潟県立新潟盲学校)
          近山 智子(新潟盲学校 PTA)
  日時:平成20年11月15日(土)13:00開場 13:30~17:00
  会場:新潟県立新潟盲学校
    主催:済生会新潟第二病院眼科
    共催:新潟県立新潟盲学校
 

【明日の眼科を考える新潟フォーラム 2009】
 特別講演
  1)「人工の眼は可能か?」 
      仲泊 聡 (国立障害者リハビリセンター病院) 
  2)「網膜色素変性とiPS細胞」
     高橋 政代 (理化学研究所)
 シンポジウム「明日の眼科を考える」
   司会: 西田 朋美 (国立障害者リハビリセンター病院)
       安藤 伸朗 (済生会新潟第二病院)
   シンポジスト
       田中 正四 (新潟県胎内市;患者)
   
    清水 美知子 (埼玉県;歩行訓練士)
       川瀬 和秀 (岐阜大学;眼科医)
   コメンテーター
       高橋 政代 (理化学研究所)
       仲泊 聡 (国立障害者リハビリセンター眼科) 
    日時;2009年(平成21年)11月21日(土) 14時30分 ~ 18時00分
    場所;済生会新潟第二病院 10階会議室
    主催:済生会新潟第二病院眼科
 

【目の愛護デー記念講演会 2010】
 (第174回(10‐08月) 済生会新潟第二病院 眼科勉強会)
  演題:「今昔白内障治療物語」
  講師:藤井 青 (新潟県眼科医会会長、前新潟市民病院眼科部長)
   日時:平成22年8月11日(水)16:30~18:00
   場所:済生会新潟第二病院 眼科外来
 

【視覚障害児の目や見え方に関する講演会 2012】
 (第199回(12‐09月)済生会新潟第二病院 眼科勉強会)
  演題:「様々な障害を持つお子さんを通して考えてきたこと」
  講師:富田 香 (東京;平和眼科)
   日時:2012年(平成24年)9月19日(水)17:00 ~ 18:30
   会場:新潟盲学校 会議室
   主催:済生会新潟第二病院眼科
   共催;新潟県立新潟盲学校
 

【目の愛護デー記念講演会 2012】
 (第200回(12‐10月)済生会新潟第二病院 眼科勉強会)
  演題:「『眼の愛護デー』のルーツを探り、失明予防へ」
  講師: 岩田 和雄 (新潟大学名誉教授)
   日時:2012年(平成24年)10月10日(水)17:00 ~ 18:30
   場所:済生会新潟第二病院 眼科外来 
 

【目の愛護デー記念講演会 2013】
 (第212回(13‐10月)済生会新潟第二病院 眼科勉強会)
  演題:「眼科医として私だからできること」
  講師:西田 朋美 
    (国立障害者リハビリテーションセンター病院第二診療部 眼科医長)
   日時:2013年(平成25年)10月9日(水)16:30 ~ 18:00 
   場所:済生会新潟第二病院 眼科外来 

2013年11月19日

記録 『シンポジウム:サブスペシャリティーからのロービジョンケアの展望』
 2013年10月12日 第14回 日本ロービジョン学会学術総会(倉敷) 

 近年の眼科医療の進展は著しいものがあります。今、必要とされている知識や技術は、3年と持ちません。ロービジョンケアの基本は、患者の望むこと・患者のニーズに沿うことが基本ですが、新しい医療の要求に応える(対応する)ことも求められます。こうした視点から、今回の「サブスペシャリティーからのロービジョンケアの展望」は、各専門分野のトップランナーが、疾患別にロービジョンケアを語ることを意図したシンポジウムです。各分野のリーダーに、眼疾患を治療する場合の最新の知見を述べて頂き、かつ各演者がロービジョンケアに期待することを語って頂きました。 

 ロービジョンケアは必要だとは認めるが、なんとなく敷居が高いと思っている眼科医が多いのではないでしょうか?ロービジョンケアは、決して一部の眼科医のみが関わる特殊な領域ではありません。眼科領域だけでは対処できない場合や、予定していた治療効果が得られない場合、患者が期待していた視機能が得られない場合等々、治療に携わるすべての眼科医が関わる分野です。 

 今回のシンポジストは、これまでロービジョン学会にあまり参加していない、多士済々な顔ぶれです(以下、敬称略)。網膜硝子体:門之園 一明(横浜市大医療センター)、 小児眼科:佐藤 美保(浜松医大)、神経眼科:若倉 雅登(井上眼科)、白内障・屈折:根岸 一乃(慶応大学)、再生医療:栗本 康夫(神戸市民中央病院)、精神的サポート:安藤 伸朗(済生会新潟第二病院)。ロービジョン学会では新鮮な、そして通常ではありえない面々のコラボです。

 各分野の専門家に「疾患ごとに求められるロービジョンケアのあるべき姿」を語って頂き、近い将来に必要となる新たなロービジョンケアの方向を模索してみることが本シンポジウムの命題でした。6名のシンポジストの講演要旨を、ここに記しました。何か感じて頂くことが一つでもあれば幸いです。

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シンポジウム「サブスペシャリティーからのロービジョンケアの展望」
 日 時:2013年10月12日(土) 16:20~17:50
 会 場:第1会場(倉敷市芸文館 1F ホール)
 司 会:安藤 伸朗 佐藤 美保
  網膜硝子体: 門之園 一明(横浜市大医療センター)
  小児眼科:  佐藤 美保(浜松医科大学)
  神経眼科:  若倉 雅登(井上眼科)
  白内障・屈折:根岸 一乃(慶應大学)
  再生医療:  栗本 康夫(神戸市民中央病院)
  サポート:  安藤 伸朗(済生会新潟第二病院)
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1)『網膜硝子体手術とロービジョン』
   門之園 一明 (横浜市大医療センター)
 http://andonoburo.net/on/2306 

2)『小児眼科のロービジョンケア』
      佐藤 美保 (浜松医科大学)
 http://andonoburo.net/on/2287 

3)『神経眼科よりのロービジョンケア:視力、視野で語れない障害』
   若倉 雅登(井上眼科病院)
 http://andonoburo.net/on/2296 

4)『白内障・屈折のロービジョンケア』
 根岸 一乃 (慶應義塾大学医学部眼科学教室)
 http://andonoburo.net/on/2280 

5)『iPS細胞がもたらす網膜・視神経の再生医療とロービジョンケア』
   栗本 康夫(神戸市立医療センター中央市民病院、先端医療センター)
 http://andonoburo.net/on/2291 

6)『精神的サポートも「ロービジョンケア」』
  安藤 伸朗 (済生会新潟第二病院)
 http://andonoburo.net/on/2311

2013年10月30日

『精神的サポートも「ロービジョンケア」 !』
  安藤伸朗 (済生会新潟第二病院)
   シンポジウム「サブスペシャリティーからのロービジョンケアの展望」
   2013年10月12日 第14回 日本ロービジョン学会学術総会(倉敷) 

【講演要旨】
1.ロービジョンケアのイメージ
 ロービジョンケアというと、どんなものを思い浮かべるだろうか?ロービジョンケアに対するイメージを、全国の眼科医143名に問い合わせた(安藤伸朗、白木邦彦、川瀬和彦、仲泊 聡、西田朋美、鶴岡三恵子;2010年1月眼科手術学会)。結果は以下の通りであった(複数回答可)。1位:拡大鏡・拡大読書器処方(133名)93%、2位:日常生活用具の紹介(111名)78%、3位:遮光眼鏡の処方(109名)76%、、、、予想通りの結果であった。

 しかし意外だったのは、眼科医が行うべきものが、それに続いていたことだ。4位: ニーズを聞く(106名)74%、5位:情報の提供(104名)73%、6位:身体障害者手帳(102名)71%、8位:心のケア(86名)60%、、、、すなわち眼科医にとってロービジョンケアはかなり身近なものである。眼科医が行うべきロービジョンケアとは、1)治療、2)病状説明・術前/術後の説明、3)精神的ケア、4)診断書作成、5)情報の提供、、であるが、これは特別なことではなく、殆ど日常的に行っている眼科診療の仕事である。

2.眼科医は、何故ロービジョンケアをやらないのか?
 眼科医の評価は、「治してなんぼ」である。的確な診断と綺麗な手術で、より良い視力を提供できる医師が最も価値があり、尊敬もされる。 医師は疾患治療のプロであると認識している。このような状況では、ロービジョンケアは、敗戦処理というイメージが生まれることもありうる。しかし、そうではないことをこれから述べたい。

3.患者は困って来院する
 何か困ったことを抱えて来院した患者に対し、医師は要望に応えるべく活躍する。一般的に医師が行うことは、1)治療、2)患者の訴えを聞く、3)患者への病状説明、4)情報の提供である。

 一方、患者が期待することは、治してもらうことである。しかし、iPSが臨床に使えるようになった現代でも、全ての病が治るわけではない。治らない患者と対峙した時、医師は如何に向き合うべきか?が問われる。

4.病状説明が大事
 医師は患者に対して、説明義務がある。「ヒポクラテスの誓い」は、今でも医師の倫理的規範であり、そこには、「患者に危害や不正を加えないで自分の医術(技芸)の最善を尽くし、差別をせず、生命を尊重する」など、今日でも大いに参考になる医師の倫理が述べられている。しかし現代医療の場で必要とされる倫理的規範はヒポクラテスとは、少し異なる。ヒポクラテスは「医師」が主語であるが、現在、必要とされるものは「患者」が主語である。患者の「自己責任」「自己決定」に繋げるインフォームド・コンセントが求められている。

5.医師に求められているインフォームド・コンセント
 患者が自分の病気を受け入れ、病気と闘うためには、正しい知識が必要である。治療法を選択したのが患者自身であるという認識があれば、治療の結果を「自己の責任」であると思うことは可能である。充分な情報と熟慮の末の「自己決定」であったと信じることができれば結果の如何に関わらず、その治療を受けたことを後悔しない。

6.医療の原点
 ヒポクラテスの時代より、医療の原点は、「Science 科学・ Art 技術・ Humanity人間」である。世界の外科医である中山恒明は、「病気を治すんじゃない。病気の人を治すんだ」と、常に弟子たちに説いていたという。

7.医師の仕事
 メスを身体に使用して訴えられないのは医師の特権である。なぜならば医師は、科学的な根拠を以って技術を施し、病と対処するからである。しかし病気ばかりでなく、患者の背景にあるもの(病人)も意識して医療に当たることは、さらに重要である。立派な論文や名人芸のメスだけで患者を治すことはできない。丁寧な病状説明や精神的ケア(これもロービジョンケアと考えている)が、医師に求められるのである。

 

【略歴】 安藤 伸朗(あんどう のぶろう)
 1977年3月 新潟大学医学部卒業
 1979年1月 浜松聖隷病院勤務(1年6ヶ月)
 1987年2月 新潟大学医学部講師
 1991年7月 米国Duke大学留学(1年間)
 1992年7月 新潟大学医学部講師(復職)
 1996年2月 済生会新潟第二病院眼科部長
 2004年4月 済生会新潟第二病院第4診療部長
    現在に至る
 2011年12月 第17回日本糖尿病眼学会総会(東京国際フォーラム) 会長
 2013年  6月 第22回視覚障害リハビリテーション研究発表大会(新潟) 大会長

 

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第14回日本ロービジョン学会学術総会
 シンポジウム2「サブスペシャリティーからのロービジョンケアの展望」
 日時:10月12日(土)16:20~17:50
 会場:第1会場(倉敷市芸文館 メインホール)
 オーガナイザー:安藤 伸朗(済生会新潟第二病院)
         佐藤 美保(浜松医科大学)
 演者:門之園 一明(横浜市大医療センター)
    佐藤 美保(浜松医科大学)
    若倉 雅登(井上眼科)
    根岸 一乃(慶応義塾大学)
    栗本 康夫(神戸市立医療センター中央市民病院)
    安藤 伸朗(済生会新潟第二病院)

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2013年10月29日

『網膜硝子体手術とロービジョン』
   門之園 一明 (横浜市大医療センター)
   シンポジウム「サブスペシャリティーからのロービジョンケアの展望」
   2013年10月12日 第14回日本ロービジョン学会学術総会(倉敷) 

【講演要旨】
 網膜硝子体手術は、昨年度本邦で約13万件が行われている。10年前が約5万件であったことを考えると、ここ数年で急速に手術件数が伸びている。この理由に、網膜疾患数の増加並びに硝子体手術の効率性と安全性の向上があげられる。近年の網膜剥離治療成績は、平均90%以上の復位率であるし、増殖糖尿病網膜症の平均視力改善率は、80%以上である。あまり治らない時代から、だいたい治る時代へと様変わりした。 

 この光の陰で、残念にも十分な視力を得られなかった症例は、果たして、その後どのような経過を辿っているのであろうか。それは、術後視力とか、OCT画像の問題以上に、生身の患者自身の日常生活はいかに営まれているのであろうかという当たり前のことに、私は疑問を感じた。

 本来の網膜術者は、これらの10%程度の治癒に到達してない症例にこそ目を向けるべきではないだろうか。私の外来の再来患者の内訳は、臨床治験中の患者もしくは、治すことの出来なかった患者のふた通りである。硝子体手術を本格的に初めて20年を経て、治癒することの出来た患者はすべて私の外来から去り、治すことの出来なかった、少なくともできていないあまたの患者が、目の前にいる。それらの患者を診続ける動機は、おそらく患者への術者としての最後のしてやれることであり、自己の無力さに対する焦燥であろう。

 しかし、そのような網膜再来外来の中で、患者は術者以上に快活なことがある。今から12年前に増殖糖尿病網膜症で手術を行った23歳の男性の話をしよう。彼は、術前視力が両眼とも矯正0.1であった。牽引性黄斑剥離を伴う激しい網膜症であった。20ゲージ硝子体手術で、垂直剪刀、水平剪刀を使い、オキュトームを使って、数時間に及ぶ手術を行った。しかし、結果的に血管新生緑内障を併発し、視力を無くした。アバスチンのない時代、やれるだけのことは行った。私のだいぶの時間を費やしたが、視機能を残すことは出来なかった。彼を診察し続けて、約12年が経つ。現在、右眼にかすかに光覚が残るものの、左眼の視力はない。しかし、彼は、パソコンを巧みに使い、自由に多くの人と会話ができる。音声認識のJAWSというソフトを使用し、キーボードを自由にたたき、エクセルを操る。視覚障害者のPC全国大会で準優勝までした技量である。その技術を使い、現在では、会社を経営するにまで至っている。さらに驚くことに、入院中に病棟で知り合った同病の3歳年下の女性の患者さんと恋愛し、いまでは、私の外来にご夫婦として訪れる。奥様は、両眼術後矯正視力0.1を維持している。低視力であるがいつも奥様が旦那さんの手を携え外来をさり、また、数か月に訪れる。

 私にはロービジョンの十分な知識がない。いつもやらなくてはと気にはなっていたが、ロービジョン学には疎い。今回の講演に際して、このご夫婦の患者さんに、スナップ写真を撮らせて貰った。“ちょっと、写真よいですか、”と尋ねると“先生にはいままでお世話になっています、どうぞどうぞ、”と答えてくれた。難症例であったとはいえ、私の手術の後に視力をなくした患者さんが、そのように言ってくれた。私は謙虚にそれを受け止めた。嬉しかった。そして、ロービジョンは、無意識に誰にでもできるものかもしれないと気が付いた。患者の苦しみを理解し、寄り添うことで、患者は救われる。

 硝子体手術は、今後より低侵襲になりさらに安全性も増すであろう。それでも、網膜疾患には治せない患者が存在する。硝子体術者の目的は、第一に、失明を救うことであるが、同時、救うことの出来ない苦しい時どうするかが、ほんとの修行である。ロービジョン学は、それを教えてくれるロードマップであると気づいた。

 

【略 歴】
 1988年 横浜市立大学医学部卒業
 1996年 横浜市立大学医学部助手
 2000年 横浜市立大学講師
 2005年 横浜市立大学准教授
 2007年 横浜市立大学教授・市民総合医療センター眼科部長 

 

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第14回日本ロービジョン学会学術総会
 シンポジウム2「サブスペシャリティーからのロービジョンケアの展望」
 日時:10月12日(土)16:20~17:50
 会場:第1会場(倉敷市芸文館 メインホール)
 オーガナイザー:安藤 伸朗(済生会新潟第二病院)
         佐藤 美保(浜松医科大学)
 演者:門之園 一明(横浜市大医療センター)
    佐藤 美保(浜松医科大学)
    若倉 雅登(井上眼科)
    根岸 一乃(慶応義塾大学)
    栗本 康夫(神戸市立医療センター中央市民病院)
    安藤 伸朗(済生会新潟第二病院)


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