2013年10月28日

『神経眼科よりのロービジョンケア:視力、視野で語れない障害』
   若倉雅登(井上眼科病院)
   シンポジウム「サブスペシャリティーからのロービジョンケアの展望」
   2013年10月12日 第14回日本ロービジョン学会学術総会(倉敷) 

【講演要旨】
 神経眼科において視覚障害と言えば、誰しも視神経の疾患を思い起こす。視覚障害と言えば、眼科医も一般人も、法律も視力と視野を問題にするからである。視力や視野は、果たしてヒトが日常生活で日々使っている「日常視機能」をよく反映した視標なのだろうか。考えてみれば、日常視とはさまざまな明るさ、コントラストの、いろいろな方向、距離の対象を、眼球運動や調節輻湊機能、両眼視機能といった高次脳機能を利用しながら明視することであり、しかも、対象も、自分も動いているという、非常に難しい課題である。

 これに対して、眼科でいう視力、視野は、理想的な条件下で測定した特殊なものである。我々が陥りやすい陥穽は、日常視には利用できないような中心1度の窓で測定した視力値をみて、視力がよいなどと思い込んでしまうことである。神経眼科は、快適で的確な視覚を得るための眼球やその付属器と、脳との共同作業を関心の対象とし、その生理と病理を扱う学問である。この領域には、たとえ視力、視野が良好であっても、その視機能をうまく利用することができない以下のような神経学的問題が含まれている。

 代償不能の複視(MG,甲状腺眼症、脳神経麻痺、斜偏位、脳幹梗塞など)
 振動視(後天性眼振、上斜筋ミオキミアなど)
 混乱視(片眼のみの視機能障害で、両眼開放視困難=両眼視障害)
 精神心理の障害(身体症状障害、気分障害、非器質性障害など)
 高次脳機能障害(種々の眼球運動異常、中枢性調節輻湊障害、中枢性視覚異常症、中枢性羞明、本態性眼瞼けいれんなど)

 こうした症例は、目の疲れ、痛み、羞明、ものを見ていられない、眼の不快感など、さまざまな愁訴を有して眼科を訪れる。だが、不定愁訴と片づけられたり、単に白内障、ドライアイなど頻度の高い疾患として扱われ、時には白内障では手術まで行われることさえある。それでは改善せず、患者は日常生活の破綻をきたすほどの高度の自覚症状が継続するため、医師を転々とし、特に眼手術が行われた例では不満が募り、非常に扱いにくい「術後不適応症候群」に帰結する。

 シンポジウムでは、この中で代償不能の複視と、両眼開放視困難となる混乱視の対応についてやや詳しく述べた。複視にせよ、混乱視にせよ、左右眼からの視覚信号を中枢で統合することができないために生じる不都合である。私はこれを耳鳴りならぬ、「目鳴り」と説明している。眼科医は、この目鳴り、すなわち両眼視における雑音(ノイズ)のボリュームを軽減させるために、眼鏡、プリズム眼鏡、手術など取りうる治療を行うだろう。それで適応する場合もあるが、どうしてもノイズが除けなければ、患者は苦しい状態を我慢するか、片眼つぶりを用いて対応する。もはや健常な日常生活は無理になっているこんな状態を無理強いしてはならない。この時点で私は、積極的に単眼視(非優位眼遮閉)を勧める。今まさに治療の対象としている眼を使うなと言うこの選択肢は、医師にとって敗北宣言のようなものだし、患者にとっても容易に受け入れにくいであろう。しかし——。

 2年前のくも膜下出血以降、左眼視力低下、同眼の外斜視により複視となり、プリズム眼鏡も適応不能だった56歳男性に対して、我々の開発した「オクルアⓇ」という商品(東海光学)を適用し、満足が得られたことを述べた。本学会のポスターでも、外見では遮閉していることがわかりにくい特徴を持つオクルアにつき、河本らが3例の実例を発表した。同じ様に視神経疾患や、後天性斜視など、両眼開放視困難の116例(男女比45:71, 年齢21~92歳)に対して、オクルアなどでの遮閉を勧めたところ、68%でうまく適用できた。

 このように、単眼視がやむを得ない症例は決してまれでなく、一般のロービジョン者と同等以上の不都合を抱えていることに、我々眼科医はもっと留意すべきである。

 

【略歴】若倉雅登(わかくらまさと) (2013年10月現在)
 1976年3月 北里大医学部卒
 1980年3月 同 大学院博士課程修了
 1986年2月 グラスゴー大学シニア研究員
 1991年1月 北里大医学部助教授
 1999年1月 医)済安堂 井上眼科病院副院長
 1999年4月 東京大学医学部非常勤講師(現在に至る)
 2002年1月 医)済安堂 井上眼科病院院長
 2010年11月 北里大学医学部客員教授(現在に至る)
 2012年4月 医)済安堂 井上眼科病院名誉院長 

 

 追伸:視力、視野障害の4名、それ以外の視覚の不都合を有する2名の私の患者さんに、見えた人生、障害を持ってからの生き方についてそれぞれ2時間半語っていただき、これを私なりに脚色し、6名の非常に濃度の濃い半生を再現した「絶望からはじまる患者力--視覚障害を超えて」が春秋社から11月末に上梓されることが決まりました。ご一読いただければ幸いです。

 

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第14回日本ロービジョン学会学術総会
 シンポジウム2「サブスペシャリティーからのロービジョンケアの展望」
 日時:2013年10月12日(土)16:20~17:50
 会場:第1会場(倉敷市芸文館 メインホール)
 オーガナイザー:安藤 伸朗(済生会新潟第二病院)
         佐藤 美保(浜松医科大学)
 演者:門之園 一明(横浜市大医療センター)
    佐藤 美保(浜松医科大学)
    若倉 雅登(井上眼科病院)
    根岸 一乃(慶応義塾大学)
    栗本 康夫(神戸市立医療センター中央市民病院)
    安藤 伸朗(済生会新潟第二病院)
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『iPS細胞がもたらす網膜・視神経の再生医療とロービジョンケア』
   栗本康夫(神戸市立医療センター中央市民病院、先端医療センター)
   シンポジウム「サブスペシャリティーからのロービジョンケアの展望」
   2013年10月12日 第14回日本ロービジョン学会学術総会(倉敷)

【講演要旨】
 およそ百年ほど前、神経科学界の巨人であるカハールが「哺乳類の中枢神経系においては、いったん発達が終われば軸索や樹状突起の成長と再生の泉は枯れてしまって元に戻らない。成熟した脳では神経の経路は固定されていて変更不能である。あらゆるものは死ぬことはあっても再生することはない。」と記載して以来、成熟した哺乳類の中枢神経はひとたび細胞死や軸索の切断をきたすと再生することはないとドグマの如くに信じられてきた。眼科領域においても、中枢神経系に属する網膜および視神経は疾病や外傷などにより神経細胞がひとたび変性に陥れば再生することはないと信じられ、再生医療は夢の話であった。しかし、近年の神経科学および幹細胞研究の長足の進歩により、中枢神経の再生医療が現実のものになろうとしている。

 幹細胞を利用した中枢神経再生医療には、1)内在性幹細胞の賦活、2)幹細胞あるいは前駆細胞の患部への移植、3)幹細胞から誘導した体細胞の患部移植の三つのストラテジーが考えられるが、現時点で臨床応用に最も好ましいのは、3)幹細胞から誘導した体細胞の移植である。このストラテジーにおいては、近年の人工多能性幹(iPS)細胞の発見・樹立により胚性幹(ES)細胞の利用で問題となっていた倫理的問題や免疫学的問題などがクリアされたため、臨床応用への動きに大きく弾みがついている。iPS細胞研究で世界をリードする我が国は、網膜再生医療で世界の先陣を切って臨床応用が進むことが見込まれている。既に我々は、iPS細胞による世界初の臨床治療として、滲出型加齢黄斑変性に対するiPS 細胞由来の網膜色素上皮シートの臨床研究の実施を開始した。

 網膜および視神経再生医療の実現は、ロービジョンケアにも大きな変革をもたらす可能性がある。従来、ロービジョンケアとは、著しく障害された視機能が医学生理学的に回復を見込めない患者に対して行われるケアであり、基本的には患者の視機能は良くても現状維持、しばしば低下していくことを念頭におかねばならなかった。ところが、網膜ないし視神経の再生医療を施行された患者では、治療により視機能の改善も期待できる。残された視機能をいかに活用して生活機能を向上させるかがロービジョンケアであったのが、残された生理的視機能そのものが向上していく可能性があるわけである。これはロービジョンケアのパラダイムチェンジと言えるかもしれないし、新たな視能訓練分野の創成に繫がるのかもしれない。

 iPS 細胞臨床応用の当初プロジェクトである網膜色素上皮の移植治療では、傷害された視細胞など網膜の神経細胞そのものを再生するわけではないので、治療開始時点に較べての大幅な視機能の回復は期待できない。したがって、この治療法においてロービジョンケアの果たす役割は、加齢黄斑変性において病状が安定した患者に施行されてきた従来のケアと大きく変わりはないであろう。しかし、その次の治療として期待されているiPS 細胞を用いた視細胞移植治療においては事情が異なる。視機能の改善を得るためには、移植された視細胞がホスト網膜と有機的な神経回路網を構築することが必須であり、そのためには移植細胞とホスト細胞に双方向的な神経突起・樹状突起やシナプスの形成や伸長、あるいはシナプスの伝達効率の強化などの可塑的変化が必要となる。こうした変化を誘導し生理的視機能の獲得および向上を得るためには、視能訓練的なトレーニングが必要であろう。実際にどのようなトレーニングが必要となるのかは今後の検討課題であるが、網膜・視神経再生治療が実現すれば、ロービジョンケアは新たな役割を担うことが期待される。

【略 歴】
 1986年 京都大学医学部卒業、同眼科学教室入局
 1988年 京都大学大学院医学研究科
 1992年 国立京都病院眼科医師
 1993年 神戸市立中央市民病院眼科副医長
 1997年 信州大学医学部眼科講師
 2000年 ハーバード大学博士研究員
 2002年 信州大学医学部眼科助教授
 2003年 神戸市立中央市民病院眼科部長代行、
     先端医療センター視覚機能再生研究チームディレクター (兼任)

 2006年 神戸市立医療センター中央市民病院眼科部長、
     京都大学臨床教授(兼任)

 2008年 先端医療センター病院眼科客員部長(兼任)
 2011年 先端医療センター病院眼科統括部長(兼任)
 2013年 神戸大学臨床教授(兼任) 

 

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第14回日本ロービジョン学会学術総会
 シンポジウム2「サブスペシャリティーからのロービジョンケアの展望」
 日時:2013年10月12日(土)16:20~17:50
 会場:第1会場(倉敷市芸文館 メインホール)
 オーガナイザー:安藤 伸朗(済生会新潟第二病院)
         佐藤 美保(浜松医科大学)
 演者:門之園 一明(横浜市大医療センター)
    佐藤 美保(浜松医科大学)
    若倉 雅登(井上眼科)
    根岸 一乃(慶応義塾大学)
    栗本 康夫(神戸市立医療センター中央市民病院)
    安藤 伸朗(済生会新潟第二病院)
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2013年10月27日

報告:【目の愛護デー記念講演会 2013】 西田朋美先生
(第212回(13‐10月)済生会新潟第二病院 眼科勉強会)
 演題:「眼科医として私だからできること」
 講師:西田 朋美 
  (国立障害者リハビリテーションセンター病院第二診療部 眼科医長)
  日時:2013年(平成25年)10月9日(水)16:30 ~ 18:00 
  場所:済生会新潟第二病院 眼科外来 

 

【講演要旨】
 私が眼科医を目指した動機は、父の病である。父は、私が生まれる前にベーチェット病が原因で失明しており、私は見えている時代の父を知らない。父が見えないことに気付いたのは就学前で、どうして見えないのか?と母にたずねた。母がその時に教えてくれた「ベーチェット病」という言葉は強く心に残り、私にとっては父から視力を奪った憎むべき敵であった。この敵に立ち向かうには、眼科医になって戦うしかないと幼い私は真剣に考えていた。 

 その後、幼い頃からの願いが実現し、私は本当に眼科医になった。しかも、ベーチェット病研究の第一人者の先生が率いる教室で学ばせていただけるという、とても恵まれた環境に身を置くことができた。新しい門出に意気揚々する反面、どうして医療の現場では福祉のことを学ぶことがないのだろう?と思うことも増えてきた。幼い頃から、盲学校や視力障害センターで勤務していた父を通して、数多くの視覚障害者の方々と交流する機会があった私にとっては、医療と福祉はとても密接したものという印象があった。しかし、実際には決してそうではない。その疑問は自分の臨床経験が増えるにつれ、ますます大きくなってきた。そして、多くの眼科医が視覚障害の患者さんに対して声をかける内容は、「見えなくなったら、エライことですからね、大変ですからね・・・」であり、それに対する視覚障害の患者さんの発言は、「見えなくなったら、何もできないし、死んだほうがまし、他がどんなに悪くなっても、目だけは見えていたい・・・」といった種類の言葉が大半だった。毎度その言葉を臨床の場で耳にするたびに、私には何か違うのでは?と思うことばかりだった。いろいろと自分なりに考えてみたが、一般社会にも眼科医にも視覚障害者の日常が単に知られていないのだという結論に至った。 

 振り返れば、私は幼少時から明るく楽しい視覚障害者と触れる機会が多く、視覚障害だからという理由で打ちひしがれている印象がほとんどなかったこともあり、逆に少々ショックだった。今はカリキュラムが違っているかもしれないが、思えば、私の医学部時代には障害者や福祉、診断書の書き方ひとつまともに習ったことがない。少しは患者さんに対してポジティブな発言ができるように、これからは医学部の学生や研修医の期間に、障害者や福祉に関しての知識が得られるようになるとよいと思う。 

 私が医者になって、20年が過ぎた。一般の眼科業務に加えて、私がぜひ継続して活動したいと思うことがいくつかある。一つ目は、視覚障害に関して、一般に正しく知ってもらうこと、二つ目は、ロービジョンケアと視覚障害スポーツに関して啓発していくこと、三つ目は、私がこの道にいる原点ともいえるベーチェット病に関して学び続けること、つまり、ベーチェット病研究班の会議を傍聴していくことである。2000年に第一回国際シルクロード病(ベーチェット病)患者の集いを通して、諸外国のベーチェット病患者さんが治療薬を手に入れるためにいかにご苦労されているのかを思い知った。それを機に、父が2001年にNPO法人眼炎症スタディーグループを立ち上げ、いくつかの国にコルヒチンを寄贈してきた。しかし、度重なる世情不安の中で継続困難となり、その後に法人名を海外たすけあいロービジョンネットワークと変えて、ロービジョンエイドを必要な諸外国に寄贈する活動を行っている。今年はそのために9月にモンゴルへ出向き、モンゴル眼科医会に拡大読書器、拡大鏡などを実際に運び、現地のニーズや活用状況を視察してきた。この手の活動もぜひ継続していきたい。 

 「失明を 幸に変えよと言いし母 臨終の日にも 我に念押す」は父が詠んだ短歌である。父がいよいよ見えなくなってきた時、医師に事実上の失明宣告を受けた。その直後、父の母は父に対して、「失明は誰でも経験できることではない。これを貴重な経験と思い、これを生かした仕事をしてはどうか?それがたとえどんなに小さな仕事でも、ひとつの社会貢献になるのではないか?」と語った。父もその言葉をすぐには受け入れることはできなかったようだが、失明して50年以上経過した今でも、父の座右の銘となり、これまで父は自分と同じ中途視覚障害の教え子さんたちにもこの言葉を語り続けてきたそうだ。私が思うに、この言葉は私にそのままあてはまる。眼科医の私にとって、生まれた時から視覚障害の父がいるということは、これ以上ない貴重な経験である。私の勤務先には、多くの視覚障害の患者さんがいらっしゃる。その方々を拝見する中で、私がこの半生で父を通して経験したことが実に役立つ。 

 こんな私なので、一般的な眼科医の仕事だけをしていたのでは、眼科医になった意味がない。あと何年眼科医ができるかわからないが、自分のミッションだと思って、今後私だからやれる仕事を眼科医の立場からできる限りやっていきたいと願っている。 

【略歴】
 1991年 愛媛大学医学部卒業
 1995年 横浜市立大学大学院医学研究科修了
 1996年 ハーバード大学医学部スケペンス眼研究所留学
 2001年 横浜市立大学医学部眼科学講座助手
 2005年 聖隷横浜病院眼科主任医長
 2009年 国立障害者リハビリテーションセンター病院 第二診療部 眼科医長 
  現在に至る 

【後記】
 『眼科医として私だからこそできること』西田先生の力強い言葉が会場に響きました、、、、「私が生まれた時には、父は目が見えなかった」「父を目を見えないようにしたベ-チェット病は敵だった」「医師になって、やっと念願のベ-チェット病の研究に専念することが出来た」「医者は、障害者や福祉のことを知らな過ぎる」、、、参加者は、皆、感銘を受けました。
 「私だからできる仕事」ナンバーワンではなく、オンリーワンを目指すとも聞こえました。自分にとってオンリーワンの仕事は何だろうと、講演を聞きながら自問自答しました。

2013年10月24日

『小児眼科のロービジョンケア』 
      佐藤 美保 (浜松医科大学)
   
シンポジウム「サブスペシャリティーからのロービジョンケアの展望」
   
2013年10月12日 第14回 日本ロービジョン学会学術総会(倉敷) 

【講演要旨】
 小児眼科外来は、小児の良好な視力発達を目標として治療を行っているが、重度の先天性眼疾患をもって生まれた児や、未熟児網膜症などで、改善の期待できない重度の視覚障害をもつ児に対して、その家族も含めたロービジョンケアを行うことは重要な役目である。

 浜松医科大学付属病院では視覚障害のある小児を対象とした療育相談を行っている。そのなかでも3歳以下を早期療育相談として、視覚支援校と早期に繋がりをもたせる試みを行っている。早期療育相談の流れは、重篤な視力障害を持つ乳幼児が受診した場合に、院内早期療育相談の存在を養育者に伝える。養育者が相談を希望した場合には、ロービジョン外来担当の視能訓練士が窓口となって、視覚支援校の乳幼児発達支援指導員と連絡をとる。院内早期療育相談は、視覚支援校の教員が大学病院の外来を訪問する。初めに眼科医、視能訓練士が同席して、病状を保護者と教員に説明するとともに児の眼症状をいっしょに確認する。その後、教員が乳幼児の行動を観察しながら、育児支援、発達支援、情報提供などを保護者に対して行う。院内早期療育相談終了後、保護者からの希望があれば視覚支援校を訪問しての教育相談に繋げていく。 

 低視力の原因は、黄斑低形成、未熟児網膜症、第一次硝子体過形成遺残、眼白子症、先天白内障 先天小瞳孔、視神経異常、網膜色素変性症、緑内障 強角膜症などである。視力は0.1以上のものもいたが、ほとんどは0.1以下であった。そして、相談を受けた養育者の多くは、引き続き視覚支援校との連絡をとり視覚支援校幼稚部への進学を選択するものが多くみられた。

 生まれてきたばかりの赤ちゃんが、生涯視力に問題を抱えていきていくという事実を受けいれることは容易なことではない。医師の役目は正しい診断をくだし、治療可能なものにたいしては全力で治療にあたるが、そうでない場合には予後を判断したうえで正直に事実を伝えることである。予後の判断が即座にできない疾患に関しては継続的なフォローをしながら必要な情報を提供していく。ときには悲観的な説明ばかりではなく、児が成人となる20年後の未来の医療への希望へとつなぐ説明を行うことも必要である。養育者は子育てに悩みながら相談できる場所をさがしているため、早期療育相談を通して医療と教育、福祉をうまくつないでいくことが重要と考える。 

【略 歴】 2013年7月1日現在
 1986年        名古屋大学医学部卒業
 1992年        名古屋大学医学部大学院外科系眼科学満了
 1992年        学位取得
 1993年        名古屋大学眼科学助手
 1993年9月-1995年3月 米国Indiana 大学小児眼科斜視部門留学
 1997年7月    名古屋大学眼科学講師
 2002年7月    浜松医科大学医学部眼科学助教授(准教授) 
 2011年1月1日浜松医科大学医学部病院教授
                現在に至る 

 第12回国際斜視学会(ISA 2014;京都) 会長(予定)
  2014年12月1日(月)~12月4日(木)
  http://www.isa2014.jp/index.html

 

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第14回日本ロービジョン学会学術総会
 シンポジウム2「サブスペシャリティーからのロービジョンケアの展望」
 日時:2013年10月12日(土)16:20~17:50
 会場:第1会場(倉敷市芸文館 メインホール)
 オーガナイザー:安藤 伸朗(済生会新潟第二病院)
         佐藤 美保(浜松医科大学)
 演者:門之園 一明(横浜市大医療センター)
    佐藤 美保(浜松医科大学)
    若倉 雅登(井上眼科)
    根岸 一乃(慶応義塾大学)
    栗本 康夫(神戸市立医療センター中央市民病院)
    安藤 伸朗(済生会新潟第二病院)
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『白内障・屈折のロービジョンケア』
 根岸 一乃 (慶應義塾大学医学部眼科学教室)
  シンポジウム「サブスペシャリティーからのロービジョンケアの展望」
  2013年10月12日 第14回 日本ロービジョン学会学術総会(倉敷)

【講演要旨】
 一般に白内障および屈折矯正手術は、視力の改善が期待できるものに行われ、それ以外は適応外であるとされる。ロービジョン患者に関しては、患者が手術を希望しても「適応なし」として放置される場合もしばしばである。これは「視力予後」という観点から見れば正しい判断だといえる。一方で、ロービジョンの白内障患者において、術後矯正視力が0.1未満であってもQuality of Life(QOL)が大きく改善する症例をしばしば経験する。

 近年、白内障および屈折矯正手術は患者のQOLに大きく関与することがわかってきている(文献1-5)。我々は、両眼または片眼で、点眼麻酔下でPEA+IOL(SN60WF, Alcon)を挿入した連続症例155例を対象として術前および術後2か月・7か月の視覚関連QOLの質問票NEI-VFQ25(日本語版version 1.4,コンポ7)、睡眠の質を示すピッツバーグ睡眠質問票(PSQI)、および歩行速度(m/sec)を検討し、白内障術後はNEI-VFQ25が改善し、術前に睡眠障害があった患者のPSQIや術後2か月で有意に改善すること、術前に歩行速度が0.8m/sec(寿命予後不良の基準値)未満の症例の歩行速度が大部分改善することを報告した(文献5)。

 今回は上記の155例の中から、術後矯正視力が0.6以下と不良であった4例(視力不良群)について全症例の平均値と比較したところ、4例中3例において視力の改善度は全症例の平均値より大きく、NEI-VFQ25は大きく改善し、全例においてPSQIは改善していた。寿命との関連が指摘されている歩行速度は4例中2例で改善した。また、白内障手術による屈折変化から4例中2例において眼鏡依存度が軽減した。

 以上より、術後矯正視力の期待できないロービジョン患者においても、白内障手術によって術後にQOLが改善する可能性があることから、白内障手術の適応は視力予後ばかりでなく、QOLへの影響を考慮して総合的に判断すべきであることが示唆された。

【文献】
 1) Ishii K, Kabata T, Oshika T. The impact of cataract surgery on cognitive impairment and depressive mental status in elderly patients. Am J Ophthalmol 2008;146:404–409.
 2) Tanaka M, Hosoe K, Hamada T, Morita T. Change in sleep state of the elderly before and after cataract surgery. J Physiol Anthropol 2010;29:219–224.
 3) Harwood RH, Foss AJE, Osborn F, Gregson RM, Zaman A, Masud T. Falls and health status in elderly woman following first eye cataract surgery: A randomized controlled trial. Br J Ophthalmol 2005;89:53–59.
 4) Yamada M, Mizuno Y, Miyake Y; Cataract Survey Group of the National Hospital Organization of Japan. A multicenter study on the health-related quality of life of cataract patients: Baseline data. Jpn J Ophthalmol 2009;53:470–476.
 5) Ayaki M, Muramatsu M, Negishi K, Tsubota K. Improvements in sleep quality and gait speed after cataract surgery. Rejuvenation Res. 2013 Feb;16(1):35-42.

 

【略歴】 根岸 一乃(ねぎし かずの)
 1988年 慶應義塾大学医学部卒業・同眼科学教室入局
 1995年 国立埼玉病院眼科医長
 1998年 東京電力病院眼科科長
 1999年 慶應義塾大学眼科学教室講師(兼任)
 2001年 慶應義塾大学眼科学教室専任講師
 2007年 慶應義塾大学眼科学教室准教授
     現在に至る。

 2011年9月 第47回日本眼光学学会総会(東京) 会長
 2015年 6月 第30回 日本白内障屈折手術学術学会(東京)会長(予定)

 


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第14回日本ロービジョン学会学術総会
 シンポジウム2「サブスペシャリティーからのロービジョンケアの展望」
 日時:2013年10月12日(土)16:20~17:50
 会場:第1会場(倉敷市芸文館 メインホール)
 オーガナイザー:安藤 伸朗(済生会新潟第二病院) 
         佐藤 美保(浜松医科大学)

 演者:門之園 一明(横浜市大医療センター)
    佐藤 美保(浜松医科大学)
    若倉 雅登(井上眼科)
    根岸 一乃(慶応義塾大学)
    栗本 康夫(神戸市立医療センター中央市民病院)
    安藤 伸朗(済生会新潟第二病院)
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2013年10月4日

第22回視覚障害リハビリテーション研究発表大会 講演要旨
 特別企画  『盲学校での中途視覚障害者支援』
  司会:小西 明(新潟県立新潟盲学校 校長)
  話題提供:中村 信弘(秋田県立盲学校 校長)
  情報提供:田邊 佳実
   (日本ライトハウス/視覚障害生活訓練指導者養成課程研修生)

 平成25年6月22日(土)
 チサンホテル&カンファレンスセンター新潟 越後の間

【講演要旨】
1 中途視覚障害者のニーズ
 平成25年度の新潟県内の視覚障害1・2級の身体障害者手帳取得人数は、3,770人である。このうち、18歳以上が3,708人で全体の98.4%を占める。障害者手帳(視覚)を取得した方の支援組織として、県内では新潟盲学校、新潟大学ロービジョン外来、視覚障害者福祉協会、NPO法人等がある。しかし、地方には一人一人のニーズに応じ総合的に支援するライトハウスやリハビリテーションセンター、盲導犬協会等の生活訓練を行う専門機関はない。

  また、最近の新潟盲学校の教育相談における18歳以上の主訴を分析すると、理療による職業自立を希望する傾向から、視覚障害に起因する現状改善のための方法を身に付けたいと望んでいる傾向がある。具体的には視能訓練や歩行訓練、パソコン操作などの情報処理、点字の読み書き、補助機器の使い方等の希望である。成人の中途視覚障害者の多くが、高等部理療科の学習以前に、生活の不自由や不便さの解消を求めている。これらのことから、成人の中途視覚障害者のニーズは、日常生活の技能や趣味、理療による職業自立の基盤としての生活技能の習得であることがうかがえる。

 

2  秋田県立盲学校の取組
 秋田県には中途視覚障害者のための、視覚障害者更生施設や身体障害者更生施設等でサービスを提供している例はなく、最も近い施設として仙台に「日本盲導犬協会」があるだけである。こうした現状にあって、地方在住の中途視覚障害者のニーズに応えるモデルとして、秋田県立盲学校では高等部専攻科に生活情報科を設置し成果を上げている。

 秋田県立盲学校は「視覚に障害があったとしても、障害を乗り越えて、社会で積極的に生きる力をつける」を学校目標に、①早期教育 ②普通教育 ③重複障害教育  ④QOLを目指す教育(生活情報科) ⑤職業教育  に力を注いでいる。盲学校に生活情報科を設置する意義として、①視覚に障害のある方のために存在する特別支援学校で「自立」を目指している。②「就学奨励費」の対象となり、在学中の費用はほとんどかからず、負担が少ない。をあげている。

  生活情報科では、一人一人のニーズに合わせてカリキュラムを作成し、学習を進めている。主な学習内容は、①障害理解 ②白杖を使用した歩行指導 ③音声パソコンの活用 ④日常生活に必要な機器等の活用 ⑤学習活動に必要な拡大読書器やディジー等の活用 ⑥社会経験の拡充 ⑦福祉制度や関係機関の活用方法 ⑧余暇の活用  等である。

  担当教員は、日本ライトハウスで歩行指導員の研修を受けた教諭4人と視能訓練士(非常勤)1人が配置されている。更に、平成25年度には日本ライトハウス「生活訓練等指導者養成課程」へ教員1人が派遣され、指導内容・方法の一層の充実が期待されている。               

3  生活訓練等指導者養成課程
 盲学校(特別支援学校)には、特別に設けられた指導領域である「自立活動」がある。 
 自立活動は、個々の幼児児童生徒が自立を目指し、障害による学習上又は生活上の困難を主体的に改善・克服するために必要な知識、技能、態度及び習慣を養うことをねらいとしている。視覚障害者の自立活動の内容として、日常生活動作、コミュニーション、歩行などがあり、指導者には専門的な知識と技術が求められる。専門性を身に付けた盲学校教員を育成するため、日本ライトハウス「生活訓練等指導者養成課程」へ職員が派遣されている。高い専門性を身に付け、中途視覚障害者の自立活動の指導に当たることの意義は大きい。 

4  盲学校の資源を生かす
 盲学校に自立活動を指導の中核にした学科を設置することにより、0歳から高齢者まで、視覚に障害のある方々のトータルサポートセンターとしての機能を果たすことが可能となる。現状の高等部専攻科理療科は、理療科目の履修でほぼ授業日が埋まり、並行して自立活動を履修することは困難である。そのため、中途視覚障害者においては理療科をはじめとする職業リハビリテーション開始前に、日常の困り感を解消したり学習を効率的に行う方法を学ぶ必要がある。

 視覚障害リハビリテーション施設が設置されていない地域では、秋田県立盲学校のように学校体制を工夫することでこれを補うことができる。見えない、見えづらいといった困り感のある視覚障害者のために、どこがやるかでなく、「やれるところがやる」姿勢が求められている。

 

2013年10月2日

第22回視覚障害リハビリテーション研究発表大会 講演要旨
 特別企画『視覚障害者とスマートフォン』
  渡辺 哲也 (新潟大学工学部 福祉人間工学科)
   平成25年6月22日(土)
      チサンホテル&カンファレンスセンター新潟 越後の間 

【講演要旨】
1.はじめに
 昨今、タッチパネル操作が主体のスマートフォンとタブレット端末の広まりが目覚ましい。ロービジョンの人たちにとってこれらの機器は、画面拡大操作がしやすい、拡大読書器の代わりに使える、持ち運びに便利、そして格好いい、など利点が多い。他方で、全盲の人たちにとっては、たとえ音声出力があっても、触覚的手がかりのないタッチパネル操作は難しいのではないかと思われる。そこで、全盲の人たちがスマートフォンやタブレットを利用する利点と問題点について調査を始めた。Webを使った文献調査、利用者への聞き取り調査、音声によるタッチパネル操作実験などを通してわかったことを報告する。

2.操作方法
2.1.スクリーンリーダ
 Apple社のスマートフォンiPhoneやタブレットiPadには、スクリーンリーダVoiceOverが標準装備されている。Apple社以外のスマートフォンやタブレットのほとんどにはGoogle社のAndroid OSが搭載されている。このAndroidにも、スクリーンリーダTalkBackが標準装備されている。ただし、日本語出力のために音声合成ソフトを別途インストールする必要がある。

2.2.アイコン等の選択
 アイコン等の選択操作には2通りの方式がある。直接指示方式では、触れた位置にあるアイコンなどが選択され、読み上げが行われる。続けてダブルタップすると選択決定となる。画面構成を覚えておけば操作は容易だが、画面構成が分からないと目標項目を探すのは困難である。

 順次選択方式では、画面上でスワイプ(フリックともいう)することで、前後の項目へ移動し、これを読み上げる。項目間を確実に移動できるが、目標項目に到達するまで時間がかかることが多い。

2.3.文字入力
 テンキー画面によるフリック入力やマルチタップ入力(同じキーを押すたびに、あ、い、う、と変化)、50音キーボード画面やQWERTYキーボード画面が音声読み上げされる。漢字の詳細読み機能もある(iPhone, iPadの詳細読みは渡辺らが開発したものである)。いずれの方式も、個々のキーが小さいため、入力が不正確になりがちである。この問題を解決するため、iPhoneには自動修正機能が装備されている(英語版のみ)。ジョージア工科大学で開発されたBrailleTouchというアプリでは、タッチ画面を点字タイプライタの入力部に見立てて6点入力をする。

3.様々な便利アプリ
 光認識、色認識、紙幣認識、拡大機能、読み上げなど、単体の機械や従来型の携帯電話で実現されてきた機能が、スマートフォンやタブレットへアプリをインストールだけで利用可能になった。インターネットとの常時接続やGPSによる位置の推定など、スマートフォンの特徴的な機能を応用した新しいアプリとしては、物体認識、屋外のナビゲーションなどがある。
 ・Fleksy:打ち間違えても、「正しい」候補を賢く表示
 ・Light Detector:光量を音の高低で表示
 ・マネーリーダー:紙幣の額面金額を読み上げ
  日本でも同種のソフトを財務省、日本銀行、国立印刷局が開発中。2013年のうちにiOS用アプリとして無償公開される予定
 ・明るく大きく, VividCam:コントラスト改善、拡大
 ・TapTapSee, CamFind:視覚障害者向け画像認識
 ・Ariadne GPS, ドキュメントトーカボイスナビ:現在地・周囲情報・経路案内 

4.まとめ
 音声支援により全盲の人もタッチパネルを操作できる。しかし、アイコン等の選択や文字入力が効率的に行えるとは言いがたい。お札や色の判別などのアプリは従来の携帯電話でも利用できたが、これらを簡単にインストールできる点は利点であろう。スマートフォンで新たに実用可能になった物体認識やナビゲーション機能の実用性の検証とその発展が今後期待される。

 

2013年9月28日

第22回視覚障害リハビリテーション研究発表大会 講演要旨   
    ランチョンセミナー(共催:新潟ロービジョン研究会)
『医療のなかでのロービジョンケアの役割』   
  新井 千賀子(視能訓練士:杏林大学)    
    平成25年6月22日(土)     
    チサンホテル&カンファレンスセンター新潟 越後の間

【講演要旨】
■ はじめに  
 病気が診断され治療されている医療機関は、ロービジョンになって視覚リハを必要とする人たちが最も多く存在する場所でもある。そういう場所ではロービジョンケアは視覚リハの最も近い入口であり、患者と視覚リハの関係の鍵を握る重要な存在である。その大事なポイントで視覚リハの関係者である我々はいったい何をしたらいいのか?を今回は考えてみた。

■ 診療報酬改定とロービジョンケア  
 昨年(2012年)、診療報酬の改訂でロービジョン検査判断料が導入された。そこには 『患者の保有視機能を評価し、それに応じた適切な視覚補助具の選定と生活訓練・職業訓練を行っている施設等との連携』と書かれている。”検査や治療をして検討した結果、ロービジョンと判断されたら、治療だけでなく生活を含めて包括的な視覚リハを紹介しましょう” ということである。従って、医療機関でロービジョンケアを提供する場合には、見やすさを改善する道具や眼鏡などの光学的な補助具を処方するだけでなく、包括的に視覚リハの入口として機能することが診療報酬に認められたことでよりいっそう求められることになったのである。

■ ロービジョンと診断された患者が抱える3つのリスク
 私は学生時代にとある人から、人は「仲間とお金と希望」を一度になくすと人は自らの命を顧みない危機的な状況になると言われたことがある。その後、リハビリテーションの講義のなかでも同じ様な話を聞いた。実際に仕事をしてみると、ロービジョンと診断された直後の患者さんが視覚リハやロービジョンケアの存在を知らない場合、この3つの要素を同時になくすリスクが高いことを実感した。

 視機能低下を自覚した場合にはどの人もまず最初に病院に治療を受けに行く。しかし、その病気は治療がかなり困難で現状を維持する治療や経過をみることを告げられ、以前のような視機能を再獲得するのが難しいと診断されたらどうだろうか?こんな治療が難しい病気にかかったのは自分だけで、今の心境や見え方を共有できる人たちがいるとは思えず孤立感を深めるだろう。また、視機能の低下によって仕事の能率が低下したり同じ作業をしても疲労感が強くなり、就労の継続が難しいと感じ将来の経済的な基盤がなくなる心配をし始める。そして、回復が難しい病気を考えると将来への希望を持てなくなる。こうして、仲間、経済、希望の3つを同時に喪失するというリスクが高くなる。

 このような状況が潜在的に存在することは、実は医療関係者にとっても患者に病状を伝えたり相談に乗るときに心理的な負担が生じる。従って、このような危機的な状況の回避は患者だけでなく医療関係者にも大切な事である。

■ リスクの回避方法として、ロービジョンケアの導入を提案
 医療機関でロービジョンケアを導入することは、結果的にこのような危機的な状況を可能な限り回避することを可能にする。ロービジョンケアで十分に視機能のアセスメントをして適切な光学的補助具が提供された場合、現在の視機能を活用して今の生活を継続してつづけられるかもしれないと希望を持つ事が可能になる。福祉制度(障害者手帳・年金、職業訓練等)などの支援を受けることで経済的な見通しを持つ事が可能になる。ロービジョンケアを通して、院外に様々な支援機関がありそこには多くの人たちが支援を提供していること、また、自分と同じように視機能が低下してリハビリテーションを受けている人が沢山いることを知って、新たに自分の思いを共有できる仲間を得る可能性がある。

 このように医療機関でロービジョンケアが提供されることは危機的な状況をできるだけ早期に回避して視覚リハに導入できるのである。そのためには光学的補助具や視機能を補うエイドの紹介だけでなく、その他の問題への対応も含めて3つの問題に対処する事が必要である。そのプロセスには視覚活用のゴールの設定とゴール達成のに必要な視機能と自分自身の視機能とのギャップを小さする作業が含まれる。具体的には屈折矯正などによって視機能を十分に引き出したり、適切な倍率の拡大を拡大鏡や拡大読書器などの補助具で提供する、作業内容によっては視機能の活用ではなく、他の感覚(聴覚、触覚など)を併用する、社会資源の活用をするなどこれらを複数組み合わせてギャップを埋めてゴールにできるだけ近づける努力をする。

 ゴールは人それぞれによって異なり、活用できる視機能も異なる。そのため十分なカスタマイズのプロセスが必要である。カスタマイズの作業が終わったところで、視機能を活用して活動し続けながらより充実させるためにどのような支援機関とつながることが有効かを検討する。

■ 連携は双方向に  
 ロービジョンケアの考え方が導入されるまでは、視機能低下が非常に重度になり日常生活に大きく影響するまで視覚リハの導入がされないことが多かった。しかし、視機能低下がごく軽度から重度まで幅広い範囲を含むロービジョンは視機能の状態に応じてニーズや解決のために必要な資源が変化する。また、慢性疾患が多いロービジョンは治療と平行してロービジョンケアやリハの提供を必要とする。従って、医療機関と院外の支援機関の関係はよりいっそう重要になり双方向であることが求められる。

■ 医療機関でのロービジョンケアの役割   
 医療機関で提供されるロービジョンケアは包括的な視覚リハの入り口として機能することである。そのためには1)リスクを抱えるまえにゴールを設定し、視覚活用の希望を提供するための包括的なニーズの把握と具体的な活用方法の提供、2)一緒に病気と向き合って生きていく支援者や仲間の提供のための治療と平行した包括的な視覚リハとの連携、3)経済的基盤を支える制度や資源の情報提供、この3点はロービジョンケが医療機関で行われるからこそ効果的であり求められるものである。

 こうした包括的なロービジョンケアの提供は、単一の専門職では困難である。視覚リハの入口としてロービジョンケアを医療機関で提供するには複数の専門職がかかわるチームでの取り組みが必要になり、よりいっそう異なる専門領域の協力と連携が必要になるだろう。

 

【略歴】  
 1992年 筑波大学大学院教育研究科修士課程障害児教育専攻 卒業 修士(教育)  
 1996年 国立小児病院付属視能訓練士学院 卒業  
 1997年 国立特殊教育総合研究所(現:国立特別支援教育総合研究所)研究員  
 2000年 Light House International Arlrene R.Gordon 研究所 文部科学省在外研究員  
 2001年 国立特殊教育総合研究所(現:国立特別支援教育総合研究所)研究員  
 2005年 杏林アイセンター ロービジョンルーム 
 現在に至る

 

2013年9月27日

第22回視覚障害リハビリテーション研究発表大会 講演要旨
  ランチョンセミナー(共催:新潟ロービジョン研究会)
「ここまで進化している!眼科の検査と治療の最前線」
 長谷部 日(新潟大学医学部講師:眼科)
  平成25年6月22日(土) 
  チサンホテル&カンファレンスセンター新潟 越後の間 

【講演要旨】
 眼科は様々なテクノロジーの応用が早く、進化の目覚ましい分野である。21世紀に入りそのスピードはさらに加速している。 

 従来の眼底検査では、眼底鏡を用い眼底を直接観察するか、眼底カメラで眼底を撮影する方法がとられてきた。いずれも眼底を主に平面的に捉える方法である。眼底、特に網膜の厚みや内部構造の変化といった三次元的な所見は非常に重要であるが、実際には非常に薄く透明な組織である網膜を立体的かつ詳細に観察するのは極めて難しい。しかし近年光干渉断層計(OCT)が登場し眼底の観察方法は一変した。 

 OCTは簡単な操作で眼底の任意の断層像を取得することが可能である。初期のOCTはごく大まかな断層像を得られるのみであったが、それでも従来苦慮していた診断の精度を飛躍的に高める画期的な技術であった。その後OCTは年々解像度、画質が向上し、現在の最新型のOCTで得られる断層像は眼底の組織顕微鏡写真に匹敵するものである。OCTによって様々な疾患における眼底の微細な構造変化が明らかとなり、病態の解明や治療の影響を詳細に評価することが可能となった。眼底疾患の診断技術と治療技術に大きな進化をもたらしたOCTは、現代の眼科診療において欠かす事のできない存在となっている。 

 眼底観察方法の進化はOCTだけに留まらない。現代の宇宙観測を支える技術の一つである「補償光学」を応用した眼底撮影装置では、視細胞の一粒一粒までもが観察可能となっている。眼底疾患は、今や細胞レベルで診断を行う時代を迎えようとしているのかもしれない。 

 このように診断技術が進化し疾患の核心の部分が絞り込まれていくにつれ、治療もその疾患の本態をピンポイントで攻めていく方式に変わってきた。現代の眼底疾患の手術は極小の時代である。細い注射針ほどの太さの手術器具を用い、眼底の極めて小さな部分、極めて薄い部分を治療することが日常的となっている。この結果、眼組織に対する手術侵襲は最小限に抑えられるようになってきた。 

 手術に頼らない眼底疾患の治療方法も登場し発達してきた。加齢黄斑変性(AMD)に対する抗血管新生剤(抗VEGF剤:血管内皮増殖因子VEGF:Vascular Endothelial Growth Factor)の眼内注入がその代表であろう。AMDは高齢者の1%に発症する疾患であるが、かつては有効かつ安全な方法がなかった。しかし数年前に登場した抗VEGF剤は、AMD眼にごく微量を注入するだけで急速に改善を得ることができる驚くべき治療方法である。現在ではAMD治療の第一選択であることは言うまでもない。また最近では硝子体を手術で切除するのではなく、薬剤で融解させることによって様々な眼底疾患を治療する方法も実用化が進みつつある。 

 iPS細胞(人工多能性幹細胞 induced pluripotent stem cells)の話題からも目を離すことができない。胎児の胚細胞と同様に全身のあらゆる組織、臓器に分化していく能力を持つのがiPS細胞である。これを受精卵や胎児から取り出すのではなく、成育した生体から作り出す技術を発見した山中伸弥教授にノーベル賞が授与されたのは記憶に新しい。このiPS細胞から作成した細胞(網膜色素上皮)をAMDに罹患した自分の目の眼底に移植する世界初の治療が間もなく日本で始まろうとしている。まだ治験の段階ではあるが、夢の治療技術が現実となる瞬間に世界が注目している。iPS細胞は他の眼疾患の治療にも応用が期待されている。決して遠くない将来の眼科では、今では想像もつかないような治療が行われているに違いない。

 眼科の進化はまだ当分その歩みを緩めそうにない。我々眼科医の手がける未来の医療に期待をこめ、いつまでも注目し続けていただきたい。

 

【略歴】 長谷部 日 (はせべ ひるま)
 1992年(平成4)新潟大学医学部卒業
          新潟大学眼科学教室 入局
 1994年(平成6)~ 新潟大学医学部大学院
 1998年(平成10) 医学博士取得
 1999年(平成11)~燕労災病院眼科(1年)
 2001年(平成13)~聖隷浜松病院眼科(1年)
 2007年(平成19)~新潟大学医歯学総合病院 助教
 2013年(平成25)~新潟大学医学部 講師

2013年9月23日

第22回視覚障害リハビリテーション研究発表大会
    ランチョンセミナー(共催:新潟ロービジョン研究会)講演要旨
「生きる」を変える,携帯端末と視覚リハ事情
 三宅 琢(Gift Hands)、氏間 和仁(広島大学) 
   平成25年6月22日 新潟大学駅南キャンパス「ときめいと」 

【講演要旨:第一部(三宅)】
 iPadやiPhoneは触知可能なホームボタンに代表される、視覚障害者の使用を考慮した構造的なユニバーサルデザインを標準装備したデバイスである。またこれらのデバイスは障害者補助機能であるアクセシビリティが充実している。本講演ではアクセシビリティ機能のうちズーム機能や白黒反転機能がどのようなシーンで活用され、ホームボタンへのショートカット機能を有効にする事でより実践的に活用できる機能となる事を解説した。 

 次にアプリケーションソフトウェア(以下アプリ)の重要性について解説した。タブレット端末では購入後にアプリを購入する事で、多くのエイドをアプリとして一つの端末内で持ち歩ことが出来る。代表的なアプリである電子書籍リーダーでは書籍の文字サイズやフォント、背景色等が患者各人に合わせて設定可能であり、この事は紙ベースの書籍を拡大して閲覧する行為とは根本的に読書の意味を変える。その他、カメラアプリを利用した簡易式の携帯型拡大読書器としての活用をはじめとした活用事例を紹介し、患者の生活がどのように変化したかについて報告した。 

 携帯端末を用いたロービジョンケアとはデバイス自体の機能説明ではなく、その先にあるアイデアの紹介である。視覚障害者たちの日々の生活の中で生まれたニーズと、それを解決するアプリの選定および紹介こそがロービジョンケアであり、その普及にはアクセシビリティ機能等に対する正しい理解が必要である。またエイドとしての導入前に家族や仲間と間に絆が存在した症例では、一般機器であるため導入後には一層彼らの絆が強まっていくのを日々の外来で実感する事が出来る。今後はいかにこれらの絆を構築するかが、エイドとして導入できるかの条件になる事と考えられる。 

【講演要旨:第2部(氏間)】
 はじめに実際に高校の授業でiPadを利用している愛媛県在住の高校生とFaceTimeを用いて,利用の様子を話してもらった。教科書や資料をPDFにしてiPadに保存し,授業中に活用している様子が紹介された。 

 現在,iPadの視覚障害教育での利用は着実に広まっている。私どもの研究では,ロービジョンの視機能に応じた表示を手軽に作り出す,HTMLビューアを完成させ,授業での利用をはじめたのが2000年であった。それ以来,WindowsCEを搭載した携帯情報端末や,WindowsXPを搭載したタブレット端末を利用したロービジョン者の読書環境の向上に関する研究と実践を続けてきた。そういった立場からすると,これまでの夢が実現する機械がようやく登場したといった感覚である。前半の3分の1はこのような内容を紹介した。 

 視覚補償法には,相対サイズ拡大の拡大教科書等,相対距離拡大の拡大鏡,相対角度拡大の単眼鏡,電子的拡大の拡大読書器や拡大パソコン等をあげることができる。iPadはこれらの視覚補償法では実現できないニーズを叶えてくれる。例えば,読書中にルビを大きくしたいときにピンチアウトで大きくできる,大きな視界で大きくして見ることができる,起動したいと思ったら1秒以内に起動できる,機能を追加できるといったニーズをこの1台が叶えてくれる。しかし,iPadを手にすれば,これまでの視覚補償法が不要になるわけではない。これまで視覚補償法とiPadを,目的に応じて使い分けたり,併用したりする目的志向のアプローチが重要である。また,世の中にはタブレット端末は多く存在するが,拡大したいところを即座に大きくしたり,倍率を変えたり,まぶしいと感じたら配色を反転したり,設定するだけで,音声読み上げできたりできるのは,現在のところ,iPad等のiDevicesである。中盤の3分の1では,このようなengagingとaccessibilityのコンセプトで開発された機械の魅力を紹介した。 

 例えば,カメラアプリを使うと,細かな目盛りを大きくして見ることができたり,顕微鏡の接眼レンズの視界を画面全体に拡大して見ることができたり,コントラストが低い映像のコントラストを大きくして映したり,実に様々な応用が可能である。ロービジョンの人たちと広島平和公園を,iPadを持って見学した際,窓ガラスの向こうの展示物をその場で確認できたり,コントラストの小さい影のコントラストを大きくして見ることができた。参加者からは,「これまで,スルーするのが当たり前だった博物館で,見る喜びを感じた。」といったポジティブな感想が寄せられた。終盤の3分の1では,授業や生活の中に浸透し,「見える」ことに喜びにつながっているケースを紹介した。 

 多機能機であるiPadを有効に利用するためには,使用目的を明確にすることが大切のようだ。当事者の見え方から生じるニーズを見極め,これまでの視覚補償法と合わせて,iPadも選択肢に加えて,検討することが大切であると考えられる。 

【略歴】
三宅 琢  日本眼科学会眼科専門医、認定産業医、Gift Hands代表
 2005(平成17)3月 東京医科大学卒業
       同年3月 東京医科大学八王子医療センター 研修
 2007(平成19)4月 東京医大眼科学教室入局
 2012(平成24)1月 東京医科大学 眼科 兼任助教
     永田眼科クリニック 眼科 勤務医(名古屋) Gift Hands 代表
       同年3月 東京医科大学大学院卒業
 2013(平成25)1月 三井ホーム株式会社 産業医 

氏間 和仁 広島大学大学院教育学研究科准教授
 1994(平成6)3月 筑波大学理療科教員養成施設卒業
        同年4月 愛媛県立松山盲学校教諭
 2005(平成17)   3月 明星大学大学院人文学研究科教育学専攻修了
 2006(平成18)  4月 福岡教育大学教育学部講師
 2008(平成20)10月 福岡教育大学教育学部准教授
 2011(平成23) 4月 広島大学大学院教育学研究科准教授 

 2002(平成14) 第10回上月情報教育賞優良賞受賞
 2003(平成15) 第13回特殊教育ソフトウェアコンクール
         特殊教育研究財団理事長奨励賞受賞