特別講演3
「本邦におけるロービジョンケアの課題と将来への展望」
加藤 聡(東京大学眼科准教授;日本ロービジョン学会第3代理事長)
【講演要約】
日本ロービジョン学会が設立され、田淵前々理事長、高橋前理事長の功績により、ロービジョンケアが眼科医にも認識されるようになり、昨年には保険点数も付くようになった。しかし、本邦におけるロービジョンケアを取り巻く問題点の多さに未だ愕然とする思いがある。本講演では、はじめに日本ロービジョン学会について説明し、次にロービジョンケアを取り巻く課題と解決法、そして最後にロービジョンケアの将来についてお話しする。
1.日本ロービジョン学会
日本眼科学会のその関連学会23学会の一つであり、2000年に発足し、毎年学術総会を開催しており、その総会長は眼科医のみならず、ロービジョンケアにたずさわる多くの関係者が行っている。学会員の総数は現在約720名で、その三分の一ずつが眼科医と視能訓練士で、残りの三分の一をその他の医療関係者、教育関係、福祉関係の方々で構成されている。
2.現在のロービジョンケアを取り巻く6つの問題
①眼科医療に携わる者(眼科医、視能訓練士)に対して、ロービジョンケアに関して系統だった教育法が確立されていない
②補助具の眼科診療室内での整備が難しい
③保険点数が認められたものの未だ、請求しづらい点がある
④視覚障害による身体障害者等級の線引きの妥当性の検証が未だ不十分なこと、
⑤関連団体との情報の共有性が充分なされていないこと、
⑥本邦内でのロービジョンケアの地域間格差があることである。
①では、眼科医療の携わる指導者がロービジョンケアの教育を受けていないことが現状では問題であり、指導者層のロービジョンケアへの関心の向上が必要である。①の影響もあり、一通りの治療が済んだ失明者が眼科医を受診した時に、眼科医そのものが戸惑ってしまうこともある。②では、眼科内では補助具の販売ができず、そのために充分なトライアルセットが完備されていない現状がある。安価で正確なトライアルセットの出現が待たれる。③では、未だロービジョンケアに携わる眼科医が非常勤の場合に算定できないことがある。④では、身体障害者等級決定には科学的に裏打ちされた日常生活の不自由度によるものが理想だが、請求の簡便性とは相容れない物があり、その妥協点を見つけることが必要である。⑤では、ロービジョンケアを実施している施設の取りまとめが、各団体により異なり、視覚障害者に必ずしも正しい情報を提供しているとは言い難いのが現状である。⑥では県によってはロービジョンケアを行っている施設が充足されているのか疑問のところがある。全てにおいて解決策を示すことはできないが、そのような問題点があることをロービジョンケアに携わる者が知っておくことは意義があると考える。
3.今後の展望として
私が最も期待していることは、再生医療やiPS細胞などの最新治療により得られることになるであろう今まで経験したことのない新たな視機能に対するロービジョンケアの研究である。本来、それらの研究は、最新医療の研究と並行して行われていかなければ、最新治療により受けられる患者の恩恵は最小限のものになってしまう危険性がある。
それに各県単位であるが、スマートサイトのようなネットワークができ始めていることが、ロービジョンケアの充実に不可欠であることを説明する。また、将来のロービジョンケアの中で今後、重要視すべきことは、視覚障害者の就労の問題である。JAMA Ophthalmolという雑誌の最新号に視力障害者には無職者が多いことが証明されており、この問題が重要性がわかる。
最後に、私自身が考える本邦でのロービジョンケアのあり方についていくつか提言したい。それらは、
①ロービジョンケアにおいては眼科医のみならずあらゆる職種に協力を仰ぐこと、
②眼鏡店のロービジョンケアへのさらなる介入と全国展開への期待、
③補助具関連企業の世界的標準化、
④特殊支援学校や視覚障害者団体との情報の共有化、
⑤ロービジョンケアに関する研究の推進である。
どれもすぐに実現できるものではないが、私自身はその実現に向けて努力を惜しまない考えである。
【略歴】 加藤 聡 (カトウ サトシ)
1987年 新潟大学医学部医学科卒業
東京大学医学部附属病院眼科入局
1990年 東京逓信病院眼科
1996年 東京女子医科大学糖尿病センター眼科講師
1999年 東京大学医学部附属病院分院眼科講師
2000年 King’s College London, St. Thomas’ Hospital研究員
2001年 東京大学医学部眼科講師
2007年 東京大学医学部眼科准教授
2013年 日本ロービジョン学会理事長
2014年 東大病院眼科科長兼任
現在に至る
【後記】
穏やかな表情ではあったが、思いや熱意のこもった講演でした。 〜 本当の治療はケアも含む。ケアができなければ専門家とは言えない。再生医療等の最新医療の研究と並行して行われていかなければ、最新治療により受けられる患者の恩恵は最小限のものになってしまう危険性がある。医療の変革に伴い、ロービジョンケアそのものの改革も必要となる。そうした事態にも備えていかねばならない。。。。
特別講演2
日本におけるロービジョンケアの流れ:ロービジョンケアからロービジョン
リハビリテーションへ-平成24年度診療報酬改定の意味するところ-
高橋 広(北九州市立総合療育センター;日本ロービジョン学会第2代理事長)
【講演要約】
私のロービジョンケア(LVC)にかける思いを端的に表現すると、保有視機能を最大限に活用してQOLの向上を目指すものが私のLVCである。
1994年ある一人の成人緑内障患者との出会いからLVCを知った。日々治療に明け暮れていた私は、患者が希望する社会復帰を支援することができず煩悶していた。その時、知人の紹介で一人の歩行訓練士がこの患者に接したことで、患者は精神的にも立ち直り、社会復帰を果たしていった。その状況をつぶさに見た私は、LVCの真髄を垣間見る思いであった。これを機に、1996年産業医大病院眼科にロービジョンクリニックを開設した。当時は教育や福祉が主にLVCを担当しており、患者の多くはLVCの名すら知らず、眼科は経過観察や治療を提供する場でしかなかった。
その頃、LVCに関心を持つ眼科医が公に学ぶ場は厚生省主催視覚障害者用補装具適合判定医師研修会しかなく、LVCに関する和文の教科書もほとんどなく、須く私の師匠は患者であり、視覚障害者の方々であった。一方、視覚障害者の方々が持つ問題が医療だけでは全て解決できないのは自明のことであり、多くの他職種の人たちとの学際的連携が重要であると考え、北九州視覚障害研究会や九州ロービジョンフォーラムを発足させた。そして、この仲間との体験を一冊にまとめたものが「ロービジョンケアの実際 視覚障害者のQOL向上のために」(医学書院)である。
そもそも、眼科医療は眼疾患や視機能障害を診るのだから、そこから発生する不自由さや日常生活動作の支障を考えると、私たち眼科医は患者の目の使い方、適切な視覚補助具や視環境等々のアドバイスはごく普通にできるはずである。場合によっては心のケアを行いながら、「できなくなった」日常生活動作を一つひとつ「できる」ようにすることで自信が回復し、それが学校や職場など社会復帰へ繋がっていくことを当事者や家族が実感できることが大切である。
そのためには、寄り添いながらニーズに対応していくLVCでは十分でないことも多々あり、それを包含してもなお余りあるものが必要と考えた。それは、寄り添うところから一歩踏み出し、患者の抵抗を知りつつも患者の背中を押すことの必要性である。これは患者の意に沿わぬことを押し付けているように傍からは見え、医療スタッフに誤解を生じることも時にはあるが私はこれをロービジョンリハビリテーション(LVR)と呼び、これこそが眼科医療の役割と認識している。
また、他の身体障害では早期リハビリテーションがその予後を左右するといわれており、LVRでも同様と考える。これには、視能訓練士や看護師などのコメディカルとともに生活支援の立場から展開させていくことが大切である。
以上のような考え方をベースに、眼科医療にLVC、LVRを広く普及させなければならない重要性を痛感した私は“LVCの診療報酬化”を積極的に進めた。その結果、日本眼科学会や日本眼科医会の協力が得られ、厚生労働省の担当者にもご理解いただけ、当事者の方々からの大きな声が追い風となって、私が日本ロービジョン学会理事長在任中の2012年に、ロービジョンの診療報酬化はロービジョン検査判断料の名称で実現した。このロービジョン検査判断料は、繋ぎ目のない連携を求めており、医療がその任を果たすべきであることを示している。このようにLVRの意味を明確にした。したがって、今後のLVCはLVRを担う眼科医療が中心となり、如何に患者主導の医療に展開していくべきかである。
【略 歴】 高橋 広(北九州市立総合療育センター眼科部長)
1975年 慶應義塾大学医学部卒業
1986年 カナダ・ブリティッシュコロンビア大学留学
1989年 産業医科大学医学部眼科学講座講師
1993年 同大学助教授
2000年 柳川リハビリテーション病院眼科部長
2008年 北九州市立総合療育センター眼科部長(現在に至る)
2012年 獨協医科大学越谷病院特任教授
役職:日本ロービジョン学会理事長:2010年4月~2013年3月
【後記】
ご自身のロービジョンケアを必要としている患者との出会いから、平成24年度診療報酬改定でLVケア検査判断料の成立までの獅子奮迅の奮闘を裏話も含めて披露して頂きました。
眼科医への期待は、「見える質の向上(QOV)」。眼科医は治すことが仕事で、福祉がケアを行うのか?LVケアは生活支援を目指す。当時、参考となる図書は少なく患者に学びながらやってきた。支える仲間が重要。福祉と教育に繋げるのが眼科医の仕事。「眼科医が行うLVケアには、寄り添うLVケアと、背中を押すLVケア(=LVリハビリテーション)がある。今後のロービジョンケアは眼科医療が中心となり、如何に患者主導の医療に展開していくべきかが課題である。
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『新潟ロービジョン研究会2014】
日時:平成26年年9月27日(土)14:00~18:40
会場:済生会新潟第二病院 10階会議室
主催:済生会新潟第二病院眼科
開会の挨拶 安藤伸朗(済生会新潟第二病院)
1)特別講演 (各講演40分)
1.日本におけるロービジョンケアの流れ:日本ロービジョン学会の設立前
田淵昭雄(川崎医療福祉大学感覚矯正学科;日本ロービジョン学会初代理事長)
http://andonoburo.net/on/3222
2.日本におけるロービジョンケアの流れ:ロービジョンケアからロービジョンリハビリテーションへ-平成24年度診療報酬改定の意味するところ-
高橋 広(北九州市立総合療育センター;日本ロービジョン学会第2代理事長)
http://andonoburo.net/on/3234
3.本邦におけるロービジョンケアの課題と将来への展望
加藤 聡(東京大学眼科准教授;日本ロービジョン学会第3代(現)理事長)
2)シンポジウム「我が国のロービジョンケアを語ろう」
座長 仲泊 聡(国立障害者リハビリセンター病院)
安藤伸朗(済生会新潟第二病院)
シンポジスト (各講演20分)
1.吉野 由美子 (視覚障害リハビリテーション協会)
「ロービジョン当事者として相談支援専門家として我が国のロービジョンケアの未来に対する夢を語る」
2.八子恵子 (北福島医療センター)
「一眼科医としてロービジョンケアを考える」
3.山田 幸男 (新潟県保健衛生センター;信楽園病院 内科)
「私たちの視覚障害リハビリテーション」
コメンテーター
田淵昭雄(日本ロービジョン学会初代理事長)
高橋 広(日本ロービジョン学会第2代理事長)
加藤 聡(日本ロービジョン学会第3代理事長)
閉会の挨拶 仲泊 聡(国立障害者リハビリセンター病院)
歴代の日本ロービジョン学会理事長3名が一堂に会して「我が国のロービジョンケア 過去・現在・未来」の特別講演、各地でロービジョンケアを実践している3名にシンポジウム「我が国のロービジョンケアを語ろう」で語って頂きました。各講師の講演が素晴らしく、また実りあるディスカッションと充実した時を過ごすことが出来ました。
研究会には、新潟県内はもちろんのこと、全国(香川県・東京都・埼玉県・愛媛県・兵庫県・宮城県・茨城県・福島県・大阪府・滋賀県・奈良県・山形県・京都府・千葉県・岐阜県・神奈川県・和歌山県・福岡県・岡山県;参加申し込み順)から、約80名(医師・視能訓練士・教員・学生・心理カウンセラー・社会福祉士・ガイドヘルパー・市民の方々・当事者・家族等々)が参加し、大いに盛り上がりました。
講師の方々に講演要約を書いて頂いたので、順次、ご報告致します。
特別講演 1
日本におけるロービジョンケアの流れ:日本ロービジョン学会の設立前
田淵昭雄 (川崎医療福祉大学感覚矯正学科)
【講演要約】
2000年4月の第1回日本ロービジョン(以下、LV)学会学術集会での基調講演で、丸尾敏夫帝京大学教授が「・・日本におけるLVへの眼科医の対応は1929年にはじまり、弱視学級が作られた。近代的なLVの医療、教育、社会や行政への対応は40年前から始まり、30年前にはすで確立していた。」と述べられた。すなわち、1929年に小柳美三東北大眼科教授がLV児の特殊教育の必要性を訴え、1933年に南山尋常小学校(東京麻布)に全国初の弱視学級が開設された。戦後になって傷痍軍人など中途LV者のための更生施設開設(松井新二郎の活躍)と共に、1960年前後に原田政美、大山信郎、湖崎克ら眼科医の活動によって学校教育の中に弱視教室が実現した。1960年原田政美による視覚障害福祉、1961年湖崎克による弱視教育に関する学校保健法への働きがあり、1963年には弱視学級が大阪、東京、岡山で創設されている。1964年に文部省補助金交付対象研究団体として日本弱視教育研究会(大山信郎会長)が発足しているのは注目すべきである。同年に順天堂大学や岡山労災病院の眼科外来に今で言う総合リハビリテーションとも呼ばれる(障害の告知、心理相談、進路相談、院内生活訓練なども行う)本格的なLVクリニックが設置されている。LVケアも斜視弱視外来に取り入れられている。
それでも当時は眼科医主導のLVケア施設数が少ないこと、何よりもLVケアへの眼科医の関心の低さなどから、全国的には多数のLV者が眼科医療からLVケアへ繋がれることなく放置されていた、と言っても過言ではない。
一方、1970年から1980年代は視覚障害を持つ乳幼児の研究が盛んとなり、1979年には第1回乳幼児視覚障がい研究会(対馬貞夫ら)が立ち上げられている。演者が1970年代に兵庫県立こども病院在職中は、LV児は1968年に開設された東京都心身障害者福祉センター(原田政美所長)や1975年に開設された神戸市立総合福祉センターの視力障害幼児生活訓練室などで指導してもらった。何といっても地元でのLVケアが本来的であるが、その必要性を理解していた眼科医はまだ力不足であった。1970年以降の白内障眼内レンズ挿入術や網膜硝子体手術など眼科医療・研究の急速な発展と、それに追付こうとする気運が勝り、一般眼科医にはLVケアは念頭になかったといえる。ところが、高齢者社会の到来と共に中途LV者の増加が次第に地域LVケアへの転換の気運を生み出した。
1991年から年1回開催された国立身体障害者リハ・センター(簗島謙次眼科部長)での厚生労働省による「視覚障害者用補装具適正医師研修会」(通称、医師研)を受講した全国各地の眼科医による職場(地域)での活躍が年々活発化した。彼らは毎年大きな学会中に研究会を開き、症例検討や簗島謙次眼科部長から世界のLV研究の状況などを聞いて仲間意識を強めてきた。この研修会が国リハでの5日間の集中研修であったために参加者はそれほど増えなかった。しかし、彼らが核となりLVケアの学術的向上を望み、眼科医療関係者以外の教育、看護、福祉、保健や行政その他など広い領域による学際的組織として「日本LV学会」創設の基盤になっている。幸い2007年から同センターの部長(仲泊聡)が代わったのを機に、医師研の期間が3日間に短縮されて受講しやすくなっている(演者はその最初の受講生20名の一人で第230号の修了証書をもらっているが、この数は今後飛躍的に増加するだろう)。
演者(小児眼科医)の立場からみると、今なお、視覚障害乳幼児の早期指導で個々に応じた対応ができていない。とくに、晴眼児とのコミュニケーション不足も大きな問題で、本学会のロゴマークを無償で寄贈された漫画家故赤塚不二夫のような民間人からの支援も受けながら、今後より確実な指導法を開発する必要がある。
【略歴】 田淵昭雄
昭和43年(1968年) 3月 神戸大学医学部卒業
昭和45年(1970年) 7月 兵庫県立こども病院眼科勤務
昭和52年(1977年) 5月 川崎医科大学 助教授 (眼科学)
平成 元年(1989年) 9月 川崎医科大学 教授 (眼科学)
平成 4年(1992年) 9月 川崎医療福祉大学 教授(感覚矯正学)併任
平成 16年(2004年) 12月 川崎医科大学 教授 退職
平成 17年(2005年) 4月 川崎医科大学名誉教授
平成23年(2011年) 4月 日本眼科学会名誉会員
平成25年(2013年) 4月 川崎医療福祉大学 特任教授
役職:日本ロービジョン学会理事長:
平成12年(2000年)4月~平成22年(2010年)3月
【後記】
我が国のロービジョンケアの歴史を、特に眼科医との関連でお話して頂きました。
ロービジョンケア(LVケア)に眼科医が関与した歴史は、1929年に小柳美三東北大眼科初代教授がLV児の特殊教育の必要性を訴え、1933年に南山尋常小学校(東京麻布)に全国初の弱視学級が開設されたことに始まる。その後、原田政美・大山信郎・湖崎克らの眼科医が活躍したが、眼科医の関与が多いとは言えない。今後、ロービジョン学会を通して眼科医はもっと積極的に関わらなければならない。
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『新潟ロービジョン研究会2014】
日時:平成26年年9月27日(土)14:00~18:40
会場:済生会新潟第二病院 10階会議室
主催:済生会新潟第二病院眼科
開会の挨拶 安藤伸朗(済生会新潟第二病院)
1)特別講演 (各講演40分)
1.日本におけるロービジョンケアの流れ:日本ロービジョン学会の設立前
田淵昭雄 (川崎医療福祉大学感覚矯正学科;日本ロービジョン学会初代理事長)
http://andonoburo.net/on/3222
2.日本におけるロービジョンケアの流れ:ロービジョンケアからロービジョンリハビリテーションへ-平成24年度診療報酬改定の意味するところ-
高橋 広(北九州市立総合療育センター;日本ロービジョン学会第2代理事長)
3.本邦におけるロービジョンケアの課題と将来への展望
加藤 聡(東京大学眼科准教授;日本ロービジョン学会第3代(現)理事長)
2)シンポジウム「我が国のロービジョンケアを語ろう」
座長 仲泊 聡(国立障害者リハビリセンター病院)
安藤伸朗(済生会新潟第二病院)
シンポジスト (各講演20分)
1.吉野 由美子 (視覚障害リハビリテーション協会)
「ロービジョン当事者として相談支援専門家として我が国のロービジョンケアの未来に対する夢を語る」
2.八子恵子 (北福島医療センター)
「一眼科医としてロービジョンケアを考える」
3.山田 幸男 (新潟県保健衛生センター;信楽園病院 内科)
「私たちの視覚障害リハビリテーション」
コメンテーター
田淵昭雄(日本ロービジョン学会初代理事長)
高橋 広(日本ロービジョン学会第2代理事長)
加藤 聡(日本ロービジョン学会第3代理事長)
閉会の挨拶 仲泊 聡(国立障害者リハビリセンター病院)
【過去の新潟ロービジョン研究会 プログラム】
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【新潟ロービジョン研究会2013】
第22回視覚障害リハビリテーション研究発表大会『招待講演』
日時:2013年 6月23日(日) 9:00~10:50
会場:チサンホテル4階 越後の間
座長 安藤伸朗 (済生会新潟第二病院)
1)「iPS細胞を用いた網膜再生医療」
高橋 政代 (理化学研究所)
http://andonoburo.net/on/2505
2)「網膜色素変性、治療への最前線」
山本 修一 (千葉大学眼科教授)
http://andonoburo.net/on/2508
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【新潟ロービジョン研究会2012】
日時:2012年6月9日(土)13時15分~18時50分
会場:済生会新潟第二病院 10階会議室
会費:無料 要;事前登録
1)特別講演 座長:安藤 伸朗 (済生会新潟第二病院)
「網膜変性疾患の治療の展望」
小沢 洋子 (慶応大学眼科 網膜細胞生物学斑)
http://andonoburo.net/on/2492
2)シンポジウム1『ITを利用したロービジョンケア』
座長:守本 典子 (岡山大学) 野田 知子 (東京医大)
1.基調講演
「 ITの発展と視覚代行技術-利用者の夢、技術者の夢-」
渡辺 哲也 (新潟大学工学部福祉人間工学科)
2.私のIT利用法
「ロービジョンケアにおけるiPadの活用」
三宅 琢 (眼科医:名古屋市)
「視覚障害者にとってのICT~今の私があるのはパソコンのおかげ~」
園 順一 (京都福祉情報ネットワーク代表 京都市)
http://andonoburo.net/on/2495
3)基調講演 座長:張替 涼子 (新潟大学)
「明日へつながる告知」
小川 弓子 (小児科医;福岡市立肢体不自由児施設あゆみ学園 園長)
シンポジウム2『網膜色素変性の病名告知』
座長 佐渡 一成 (さど眼科、仙台市) 張替 涼子 (新潟大学)
「眼科医はどのような告知を目指し、心がけるべきか」
守本 典子 (眼科医:岡山大学)
「家族からの告知~環境と時期~」
園 順一 (JRPS2代目副会長 京都市)
「こんな告知をしてほしい」
竹熊 有可 (旧姓;小野塚 JRPS初代会長、新潟市)
コメンテーター
小川 弓子 (小児科医;福岡市立肢体不自由児施設あゆみ学園 延長)
http://andonoburo.net/on/2502
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【新潟ロービジョン研究会2011】
公開講座「高次脳機能と視覚の重複障害を考える~済生会新潟シンポジウム」
日時:2011年2月5日(土) 15:00~18:00
会場;済生会新潟第二病院 10階会議室
1)特別講演
座長:永井 博子(神経内科医;押木内科神経内科医院)
「重複障害を負った脳外科医 心のリハビリを楽しみながら生きる」
佐藤正純(もと脳神経外科専門医;横浜市立大学付属病院
医療相談員:介護付有料老人ホーム「はなことば新横浜2号館」)
http://andonoburo.net/on/2479
2)教育講演 座長:安藤 伸朗(眼科医済生会新潟第二病院)
「高次脳機能障害とは?」
仲泊 聡 (国立障害者リハビリセンター病院;眼科医)
「高次脳機能障害と視覚障害を重複した方へのリハビリ」
野崎 正和 (京都ライトハウス鳥居寮;リハ指導員)
「前頭葉機能不全 その先の戦略~Rusk脳損傷通院プログラムと神経心理ピラミッド」
立神粧子 (フェリス女学院大学)
http://andonoburo.net/on/2487
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【新潟ロービジョン研究会2010】
日時:2010(平成22)年7月17日(土)14時00分 ~ 18時20分
会場:済生会新潟第二病院 10階会議室
テーマ:「『見えない』を『見える』に」
会費:無料 要、事前登録
1)特別講演
「障がい者が支援機器を活用できる社会に」
座長:安藤 伸朗(済生会新潟第二病院)
演者:林 豊彦(新潟大学工学部福祉人間工学科・教授)
「前進する網膜変性の治療」
座長:加藤 聡 (東京大学眼科)
演者:山本 修一(千葉大学大学院医学研究院眼科学教授/日本網膜色素変性症協会副会長)
「ロービジョンで見えるようになる」
座長:張替 涼子 (新潟大学眼科)
演者:小田 浩一 (東京女子大学人間科学科教授)
http://andonoburo.net/on/2470
2)シンポジウム 「『見えない』を『見える』に」
司会:加藤 聡 (東京大学眼科)張替 涼子 (新潟大学眼科)
安藤 伸朗 (済生会新潟第二病院眼科)
コメンテーター:
山本 修一 (千葉大学大学院医学研究院眼科学教授)
林 豊彦 (新潟大学工学部福祉人間工学科・教授)
小田 浩一 (東京女子大学人間科学科教授)
「見えないってどんなこと?」
稲垣 吉彦 (有限会社アットイーズ 取締役社長)
「見えなくてもできる」
永井 和子 (視覚障害生活訓練等指導員;
長崎こども・女性・障害者支援センター)
「見える喜び・できる喜び~教育の立場から~」
田中 宏幸 (教諭;新潟県立新潟盲学校)
「視野評価とロービジョンケア」
柳澤 美衣子(視能訓練士;東京大学医学部付属病院)
「とっても眩しいんです」
仲泊 聡(眼科医;国立障害者リハ病院第二診療部長)
http://andonoburo.net/on/2473
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【新潟ロービジョン研究会2009】
日時:2009年7月4日(土)
会場:済生会新潟第二病院 10階会議室
テーマ「ロービジョンケアは心のケアから」
1)特別講演
「ロービジョンケアにおける心療眼科の役割」
気賀沢 一輝(杏林大学;心療眼科)
「心と病気ー病は気から、とは本当だろうか?」
櫻井 浩治(新潟大学名誉教授;精神科)
2)「新潟盲学校」
学校紹介 田中宏幸(新潟盲学校教論)
盲学校に入学して 竹熊有可(新潟盲学校)
3)シンポジウム「ロービジョンケアは心のケアから」
司会:加藤 聡(東京大学眼科准教授)安藤 伸朗(済生会新潟第二病院眼科)
シンポジスト
西脇 友紀(もり眼科医院;視能訓練士)
高林 雅子(順天堂大学;心理カウンセラー)
小島紀代子(NPO法人オアシス・視覚障害リハビリ外来)
竹熊 有可(新潟盲学校)
内山 博貴(福祉介護士)
稲垣 吉彦(アットイーズ;東京)
コメンテーター
櫻井 浩治(新潟大学名誉教授;精神科)
気賀沢 一輝(杏林大学;心療眼科)
<機器展示>
東海光学、タイムズコーポレーション、アットイーズ(東京)、新潟眼鏡院
http://andonoburo.net/on/2464
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【新潟ロービジョン研究会2008】
日時:2008年8月2日(土)15時30分~18時30分
会場:済生会新潟第二病院 10階会議室 参加費 無料
テーマ「視覚障がい者の就労」
進行役 張替 涼子(新潟大学) 安藤 伸朗(済生会新潟第二病院)
1)講演
「新潟県立新潟盲学校における進路指導の現状と課題」
渡辺 利喜男、仁木 知子(新潟県立新潟盲学校)
「視覚障害者の就労に私はどうかかわることができるか」
仲泊 聡(国立身体障害者リハビリ病院眼科部長)
「視覚障がい者の就労」~NPO法人タートル事務局長の立場から~
篠島 永一(NPO法人タートル事務局長;
元日本盲人職能開発センター所長)
「わが社の障がい者雇用について」
小野塚 繁基 (小野塚印刷専務取締役;新潟市)
「障碍」を持つ教師の働く権利保障をめざして
栗川 治(「障碍」を持つ教師・連絡協議会事務局長;
新潟西高校教諭)
2)パネルディスカッション 皆で考える「視覚障がい者の就労」
仲泊 聡 (国立身体障害者リハビリ病院眼科部長)
篠島 永一(NPO法人タートル事務局長;
元日本盲人職能開発センター所長)
小野塚 繁基(小野塚印刷専務取締役;新潟市)
栗川 治 (「障碍」を持つ教師・連絡協議会事務局長;
新潟西高校教諭)
渡辺 利喜男、仁木 知子(新潟県立新潟盲学校)
就労体験者~亀山 智美 (長岡中央病院)
薬師寺 剛 (新潟県立吉田養護学校教諭)
轡田 貴子 (国際福祉医療カレッジ)
小川 良栄 (長岡市自営業)
機器展示 展示品アピール
東海光学、タイムズコーポレーション、ナイツ、アットイーズ(新潟)、新潟眼鏡院
http://andonoburo.net/on/2460
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【新潟ロービジョン研究会2007】
日時:2007年9月1日(土) 15時00分~18時45分
会場:済生会新潟第二病院 10階会議室 会費:1000円
機器展示メーカーからのPRタイム
東海光学、ナイツ、タイムズコーポレーション、大活字、おんでこ、新潟眼鏡院
1)特別講演~ 座長:張替涼子(新潟大学) 安藤伸朗(済生会新潟第二病院)
「視覚障害リハビリテーション-ボランティア・パワーを集結した医療をめざしてー」
山田幸男(内科医 信楽園病院 視覚障害リハビリ外来)
http://andonoburo.net/on/2442
「ロービジョンケアを考える」
山田信也(生活支援員、歩行訓練士;国立函館視力障害センター)
http://andonoburo.net/on/2449
2) 討論会「眼科に期待すること、眼科が出来ること」
司会 小野沢裕子(フリーアナウンサー)安藤伸朗(眼科医)
討論参加者
山田幸男(内科医)
山田信也(歩行訓練士)
張替涼子(眼科医)
佐藤美恵子(視能訓練士)
患者さん 会場全員
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【新潟ロービジョン研究会2006】
日時:2006年7月29日(土)16時~19時10分
会場:済生会新潟第二病院 10階会議室
1)講演
「一般外来でのロービジョンケア-QOL向上のための初めの一歩」
佐藤美恵子 (視能訓練士 新潟県立新発田病院)
「視覚障害者の就労継続と連携」
工藤正一 (中途視覚障害者の復職を考える会『タートルの会』)
「中途視覚障害者の家族としての支援、家族への支援」
工藤良子 (千葉県医療技術大学校看護学科)
「失明してしまった手術のこと」
荻野誠周 (眼科医 新城眼科)
2)便利グッズ紹介 県内の皆さんからの紹介コーナー
3)シンポジウム「皆で考えるロービジョンケア」
座長 張替涼子(新潟大学) 安藤伸朗(済生会新潟第二病院)
佐藤美恵子 (視能訓練士 新潟県立新発田病院)
工藤正一 (『タートルの会』)
工藤良子 (千葉県医療技術大学校看護学科)
荻野誠周 (眼科医 新城眼科)
http://andonoburo.net/on/2438
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【第6回新潟ロービジョン研究会】
日時:2005(平成17)年8月7日(日)
会場:新潟大学医学部 有壬記念館
参加費 2000円
1)特別講演
「ロービジョンと読書」 小田 浩一(東京女子大学)
「型にはめない対応を」 清水 美知子(歩行訓練士)
「眼科医の悩み」 松村 美代(関西医大眼科)
2)シンポジウム 「患者の気持ち、医者の心をお互いに聴く」
司会:小野沢 裕子(フリーアナウンサー)
松村 美代(関西医大眼科)
清水 美知子(歩行訓練士)
伊藤 文子(新潟市)
内山 博貴(元高校球児、介護福祉士)
大音 清香(看護師、日本眼科看護研究会理事長)
福下 公子(眼科開業医、遺伝相談医師カウンセラー)
安藤 伸朗(眼科勤務医)
3)便利グッズ紹介
田村 めぐみ(眼科医;東大眼科ロービジョン外来)
林 豊彦(新潟大学工学部大学院)
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【第5回新潟ロービジョン研究会】
日時:2004年6月5日(土)午後
会場:済生会新潟第二病院 10階会議室
対象:医療関係者&ロービジョンケア専門家
会費:一人1000円
特別講演
1)「糖尿病網膜症患者さんのロービジョンケア」
田中恵津子(杏林大学眼科ロービジョン外来)
2)網膜色素変性症治療の最前線
1.「網膜色素変性症治療としての神経網膜移植」
荒井紳一(新潟大学眼科)
2.「網膜色素変性の研究あれこれー再生医療を中心に」
高橋政代(京都大学医学部付属病院 探索医療センター助教授)
講演会
対象:どなたでも 会費:一人1000円
1)「網膜色素変性―病気とうまくつきあっていくために」
高橋政代(京都大学医学部付属病院 探索医療センター開発部助教授)
2)便利グッズの選び方・使い方」
市橋竜正(株:大活字)
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【第4回新潟ロービジョン研究会(兼 症例検討会)】
日時:2003年4月26日(土) 午後2時~6時
会場:済生会新潟第二病院10階会議室 参加費:1000円
1)講演「ロービジョン機器の最新情報」
山中幸宏(アサクラ)
2)講演&実習「拡大読書器の使い方」
森田茂樹(京都府)
=============================
【第3回新潟ロービジョン勉強会】
日時:2002年11月30日(土)15時40分~18時10分
会場:済生会新潟第二病院 10階会議室
1)特別講演 座長:大石正夫(信楽園病院ロービジョン)
「小児眼科診療 私のやり方」
富田 香 (平和眼科;東京都)
2)講演 座長:張替涼子(新潟大学眼科ロービジョン)
「当院のロービジョンサービス」
藤田昭子(新潟臨港総合病院視能訓練士)
「子育て体験とボランティア活動」
小松郁子 (神奈川県)
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【第2回新潟ロービジョン勉強会】
日時:2001年9月29日(土)14:30~17:00
会場:済生会新潟第二病院 10F 会議室AB 参加料無料
1)特別講演 座長 大石正夫(信楽園病院眼科リハビリ外来)
「福祉機器を起点とした商品開発のために」
牧野秀夫 (新大工学部情報工学科教授)
2)症例報告 座長 張替涼子(新大眼科ロービジョン外来)
「私の経験した症例から」
佐藤美恵子 (県立加茂病院眼科視能訓練士)
3)実践的講習会 座長 安藤伸朗 (済生会新潟第二病院)
「遮光眼鏡の処方の実際」
小山哲矢 (東海光学株式会社)
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【第1回新潟ロービジョン勉強会】
日時:2001年4月7日(土)14:00~17:00
会場:済生会新潟第二病院 10F会議室 参加料無料
1)講演
「ロービジョン外来の実際」
張替涼子(新潟大学眼科ロービジョン外来)
「視覚補助具(特に拡大読書器)の正しい選び方」
土田重一(ナイツ)
2)実習
「擬似体験と視覚補助具の選び方」
土田重一(ナイツ)
歴代の日本ロービジョン学会理事長3名、および各地でロービジョンケアを実践している3名に講演して頂きました。各講師の講演が素晴らしく、充実した時を過ごすことが出来ました。
研究会には、新潟県内は言うに及ばず、全国(香川県・東京都・埼玉県・愛媛県・兵庫県・宮城県・茨城県・福島県・大阪府・滋賀県・奈良県・山形県・京都府・千葉県・岐阜県・神奈川県・和歌山県・福岡県・岡山県;参加申し込み順)から、約80名(医師・視能訓練士・教員・学生・心理カウンセラー・社会福祉士・ガイドヘルパー・市民の方々・当事者・家族等々)が参加し、「我が国のロービジョンケア 過去・現在・未来」をテーマに、大いに盛り上がりました。
後日、講演要約を報告する予定ですが、速報版として安藤のメモを基に報告します。
速報版『 新潟ロービジョン研究会2014】
日時:平成26年年9月27日(土) 14:00~18:40
会場:済生会新潟第二病院 10階会議室
主催:済生会新潟第二病院眼科
1)特別講演
1.「日本におけるロービジョンケアの流れ1:日本ロービジョン学会の設立前」
田淵昭雄 (川崎医療福祉大学感覚矯正学科)
ロービジョンケア(LVケア)に眼科医が関与した歴史は、1929年に小柳美三東北大眼科教授がLV児の特殊教育の必要性を訴え、1933年に南山尋常小学校(東京麻布)に全国初の弱視学級が開設されたことに始まる。その後、原田政美・大山信郎、湖崎克らの眼科医が活躍したが、眼科医の関与が多いとは言えない。今後、ロービジョン学会を通して眼科医はもっと積極的に関わらなければならない。
2.「日本におけるロービジョンケアの流れ2:ロービジョンケアからロービジョンリハビリテーションへ-平成24年度診療報酬改定の意味するところ-」
高橋 広(北九州市立総合療育センター)
LVケアの必要性を始めて感じた患者との出会い。平成24年度診療報酬改定でLVケア検査判断料の成立までの獅子奮迅の活躍を披露。眼科医への期待は、「見える質の向上(QOV)」。眼科医は治すことが仕事で、福祉がケアを行うのか?LVケアは生活支援を目指す。当時、参考となる図書は少なく患者に学びばがらやってきた。支える仲間が重要。福祉と教育に繋げるのが眼科医の仕事。「眼科医が行うLVケアには、寄り添うLVケアと、背中を押すLVケア(=LVリハビリテーション)がある。
3.「本邦におけるロービジョンケアの課題と将来への展望」
加藤 聡(東京大学眼科准教授)
現理事長として、1)LV学会とは、2)LVケアを取り巻く課題、3)将来の展望を語る。ケアができなければ専門家でない。最新医療の研究と並行して行われていかなければ、最新治療により受けられる患者の恩恵は最小限のものになってしまう危険性がある。
2)シンポジウム「我が国のロービジョンケアを語ろう」
座長 仲泊 聡(国立障害者リハビリセンター病院)
安藤伸朗(済生会新潟第二病院)
1.「ロービジョン当事者として相談支援専門家として我が国のロービジョンケアの未来に対する夢を語る」
吉野由美子 (視覚障害リハビリテーション協会)
生い立ち・病気のこと・眼科医の言葉に対する感情(気持ち)を披露。「治ることは期待しないが、治療して欲しい」、「治る見込みのない障害者であっても治療の対象として診て欲しい」「視機能が向上しないと治療の意味がないのか?そんなことはない」「少なくても眼の状態について説明して欲しい」「最善の治療を受けているという確信がないとLVケアは受けられない」「主治医と専門家の連携を。よく話を聞いて欲しい」
2.「一眼科医としてロービジョンケアを考える」
八子恵子 (北福島医療センター)
眼科医として診療に携わる中で、必要と感じた(効果のあった)症例を提示し、「治療が必要がなくなった患者でもやるべきことはある」。「気が付くこと 何かを提案する 自分にもできることがあることを知る 出来ないことは他人に頼る」、、
3.「私たちの視覚障害リハビリテーション」
山田 幸男 (新潟県保健衛生センター;信楽園病院 内科)
これまで築いてこられたNPOオアシスの成り立ちを振り返り、多くの示唆に富む講演。内科医であるながらロービジョンケアに取り組んだと評価する方もいるが、内科医であればこその発想(体内時計/骨代謝等)は、かなり独創的でかつ先駆的な仕事。
糖尿病透析患者Oさんの失明したことによる自殺という事件を、このような形で乗り越えてた山田先生、新潟の誇り。
コメンテーター
田淵昭雄(初代日本ロービジョン学会理事長)
高橋 広(第2代日本ロービジョン学会理事長)
加藤 聡(第3代、現日本ロービジョン学会理事長)
3)結びの言葉
仲泊聡 (国立障害者リハビリテーションセンター病院)
1964年(昭和39年)世界盲人福祉協議会ニューヨーク大会「盲人の人間宣言」、2008年(平成20年)国際連合総会「障害者の権利に関する条約」、わが国でも、2014年(平成26年)1月、障害者権利条約を批准等々歴史的な背景から、現在改革が行われている。
わが国でロービジョンケアが眼科医に広まったのは何時からかは定かではありませんが、日本ロービジョン学会は2000年4月に創設されています。
新潟でも済生会新潟第二病院を中心に、新潟ロービジョン勉強会を2001年4月に開始、2003年4月の第4回からは新潟ロービジョン研究会と改称して毎年開催して13年間で14回(2001年のみ2回開催)しています。
これまでの研究会(勉強会)のプログラムをまとめてみました。今後、講演要約を順次公開します。興味のある方、ご覧ください。
【第1回】新潟ロービジョン勉強会
2001(平成13)年4月7日(土)14:00~17:00
済生会新潟第二病院 10F会議室 参加料無料
1)講演
「ロービジョン外来の実際」
張替涼子(新潟大学眼科ロービジョン外来)
「視覚補助具(特に拡大読書器)の正しい選び方」
土田重一(ナイツ)
2)実習
「擬似体験と視覚補助具の選び方」
土田重一(ナイツ)
【第2回】新潟ロービジョン勉強会
2001(平成13)年9月29日(土)14:30~17:00
済生会新潟第二病院 10F 会議室AB 参加料無料
特別講演 座長 大石正夫 (信楽園病院眼科リハビリ外来)
「福祉機器を起点とした商品開発のために」
牧野秀夫 (新大工学部情報工学科教授)
症例報告 座長 張替涼子 (新大眼科ロービジョン外来)
「私の経験した症例から」
佐藤美恵子 (県立加茂病院眼科視能訓練士)
実践的講習会 座長 安藤伸朗 (済生会新潟第二病院眼科部長)
「遮光眼鏡の処方の実際」
小山哲矢 (東海光学株式会社)
【第3回】新潟ロービジョン勉強会
2002(平成14)年11月30日(土)15時40分~18時10分
済生会新潟第二病院 10階会議室
第1部 座長:張替涼子(新潟大学眼科ロービジョン)
「当院のロービジョンサービス」
藤田昭子(新潟臨港総合病院視能訓練士)
「子育て体験とボランティア活動」
小松郁子 (神奈川県)
第2部 座長:大石正夫(信楽園病院ロービジョン)
「小児眼科診療 私のやり方」
富田 香 (平和眼科;東京都)
【第4回】新潟ロービジョン研究会(兼 症例検討会)
2003(平成15)年4月26日(土) 午後2時~6時
済生会新潟第二病院10階会議室 参加費:1000円
講演「ロービジョン機器の最新情報」
山中幸宏(アサクラ)
講演&実習「拡大読書器の使い方」
森田茂樹(京都府)
【第5回】新潟ロービジョン研究会
2004(平成16)年6月5日(土)午後
済生会新潟第二病院 10階会議室
講演会
対象:どなたでも 会費:一人1000円
1)「網膜色素変性―病気とうまくつきあっていくために」
高橋政代(京都大学医学部付属病院探索医療センター開発部助教授)
2)便利グッズの選び方・使い方」
市橋竜正(株:大活字)
研究会
対象:医療関係者&ロービジョンケア専門家 会費:一人1000円
1)「糖尿病網膜症患者さんのロービジョンケア」
田中恵津子(杏林大学眼科ロービジョン外来)
2)網膜色素変性症治療の最前線
1.「網膜色素変性症治療としての神経網膜移植」
荒井紳一(新潟大学眼科)
2.「網膜色素変性の研究あれこれー再生医療を中心に」
高橋政代(京都大学医学部付属病院探索医療センター助教授)
【第6回】新潟ロービジョン研究会
2005(平成17)年8月7日(日)
新潟大学医学部 有壬記念館(ゆうじんきねんかん)
参加費 2000円
便利グッズ紹介
田村 めぐみ(眼科医;東大眼科ロービジョン外来)
林 豊彦(新潟大学工学部大学院)
特別講演
「ロービジョンと読書」 小田 浩一(東京女子大学)
「型にはめない対応を」 清水 美知子(歩行訓練士)
「眼科医の悩み」 松村 美代(関西医大眼科)
シンポジウム 「患者の気持ち、医者の心をお互いに聴く」
司会:小野沢 裕子(フリーアナウンサー)
松村 美代(関西医大眼科)
清水 美知子(歩行訓練士)
伊藤 文子(新潟市)
内山 博貴(元高校球児、介護福祉士)
大音 清香(看護師、日本眼科看護研究会理事長)
福下 公子(眼科開業医、遺伝相談医師カウンセラー)
安藤 伸朗(眼科勤務医)
【新潟ロービジョン研究会2006】
2006(平成18)年7月29日(土)16時~19時10分
済生会新潟第二病院 10階会議室
講演
「一般外来でのロービジョンケア-QOL向上のための初めの一歩」
佐藤美恵子 (視能訓練士 新潟県立新発田病院)
「視覚障害者の就労継続と連携」
工藤正一 (中途視覚障害者の復職を考える会『タートルの会』)
「中途視覚障害者の家族としての支援、家族への支援」
工藤良子 (千葉県医療技術大学校看護学科)
「失明してしまった手術のこと」
荻野誠周 (眼科医 新城眼科)
便利グッズ紹介 県内の皆さんからの紹介コーナー
シンポジウム「皆で考えるロービジョンケア」
座長 張替涼子(新潟大学) 安藤伸朗(済生会新潟第二病院)
佐藤美恵子 (視能訓練士 新潟県立新発田病院)
工藤正一 (中途視覚障害者の復職を考える会『タートルの会』)
工藤良子 (千葉県医療技術大学校看護学科)
荻野誠周 (眼科医 新城眼科)
【新潟ロービジョン研究会2007】
2007(平成19)年9月1日(土) 15時00分~18時45分
済生会新潟第二病院 10階会議室 会費:1000円
機器展示メーカーからのPRタイム
東海光学、ナイツ、タイムズコーポレーション、大活字、
おんでこ、新潟眼鏡院
特別講演~ 座長:張替涼子(新潟大学)
安藤伸朗(済生会新潟第二病院)
「視覚障害リハビリテーション-ボランティア・パワーを集結した医療をめざしてー」
山田幸男(内科医 信楽園病院 視覚障害リハビリテーション外来)
「ロービジョンケアを考える」
山田信也(生活支援員、歩行訓練士;国立函館視力障害センター)
討論会「眼科に期待すること、眼科が出来ること」
司会 小野沢裕子(フリーアナウンサー)
安藤伸朗(眼科医)
討論参加者 山田幸男(内科医)
山田信也(歩行訓練士)
張替涼子(眼科医)
佐藤美恵子(視能訓練士)
患者さん 会場全員
【新潟ロービジョン研究会2008】
2008(平成20)年8月2日(土)15時30分~18時30分
済生会新潟第二病院 10階会議室 参加費 無料
テーマ「視覚障がい者の就労」
進行役 張替 涼子(新潟大学)
安藤 伸朗(済生会新潟第二病院)
講演
「新潟県立新潟盲学校における進路指導の現状と課題」
渡辺 利喜男、仁木 知子(新潟県立新潟盲学校)
「視覚障害者の就労に私はどうかかわることができるか」
仲泊 聡(国立身体障害者リハビリセンター病院眼科部長)
「視覚障がい者の就労」~NPO法人タートル事務局長の立場から~
篠島 永一 (NPO法人タートル事務局長;元日本盲人職能開発センター所長)
「わが社の障がい者雇用について」
小野塚 繁基 (小野塚印刷専務取締役;新潟市)
「障碍」を持つ教師の働く権利保障をめざして
栗川 治(「障碍」を持つ教師と共に・連絡協議会事務局長;新潟西高校教諭)
パネルディスカッション 皆で考える「視覚障がい者の就労」
仲泊 聡 (国立身体障害者リハビリセンター病院眼科部長)
篠島 永一 (NPO法人タートル事務局長;元日本盲人職能開発センター所長)
小野塚 繁基(小野塚印刷専務取締役;新潟市)
栗川 治 (「障碍」を持つ教師と共に・連絡協議会事務局長;新潟西高校教諭)
渡辺 利喜男、仁木 知子(新潟県立新潟盲学校)
就労体験者~亀山 智美 (長岡中央病院)
薬師寺 剛 (新潟県立吉田養護学校教諭)
轡田 貴子 (国際福祉医療カレッジ)
小川 良栄 (長岡市自営業)
機器展示 展示品アピール
東海光学、タイムズコーポレーション、ナイツ、アットイーズ(新潟)、新潟眼鏡院
【新潟ロービジョン研究会2009】
2009(平成21)年7月4日(土)
済生会新潟第二病院 10階会議室
テーマ「ロービジョンケアは心のケアから」
特別講演
「ロービジョンケアにおける心療眼科の役割」
気賀沢 一輝(杏林大学;心療眼科)
「心と病気ー病は気から、とは本当だろうか?」
櫻井 浩治(新潟大学名誉教授;精神科)
「新潟盲学校」
学校紹介 田中宏幸(新潟盲学校教論)
盲学校に入学して 竹熊有可(新潟盲学校)
シンポジウム「ロービジョンケアは心のケアから」
司会:加藤 聡(東京大学眼科准教授)
安藤 伸朗(済生会新潟第二病院眼科)
シンポジスト
西脇 友紀(もり眼科医院;視能訓練士)
高林 雅子(順天堂大学;心理カウンセラー)
小島 紀代子(NPO法人オアシス・視覚障害リハビリ外来)
竹熊 有可(新潟盲学校)
内山 博貴(福祉介護士)
稲垣 吉彦(アットイーズ;東京)
コメンテーター
櫻井 浩治(新潟大学名誉教授;精神科)
気賀沢 一輝(杏林大学;心療眼科)
<機器展示>
東海光学、タイムズコーポレーション、アットイーズ(東京)、新潟眼鏡院
【新潟ロービジョン研究会2010】
2010(平成22)年7月17日(土)14時00分 ~ 18時20分
済生会新潟第二病院 10階会議室
テーマ:「『見えない』を『見える』に」
会費:無料 要、事前登録
特別講演
「障がい者が支援機器を活用できる社会に」
座長:安藤 伸朗 (済生会新潟第二病院眼科)
演者:林 豊彦 (新潟大学工学部福祉人間工学科・教授)
「前進する網膜変性の治療」
座長:加藤 聡 (東京大学眼科)
演者:山本 修一(千葉大学大学院医学研究院眼科学教授/
日本網膜色素変性症協会副会長)
「ロービジョンで見えるようになる」
座長:張替 涼子 (新潟大学眼科)
演者:小田 浩一 (東京女子大学人間科学科教授)
シンポジウム 「『見えない』を『見える』に」
司会:加藤 聡 (東京大学眼科)
張替 涼子 (新潟大学眼科)
安藤 伸朗 (済生会新潟第二病院眼科)
コメンテーター:
山本 修一 (千葉大学大学院医学研究院眼科学教授)
林 豊彦 (新潟大学工学部福祉人間工学科・教授)
小田 浩一 (東京女子大学人間科学科教授)
「見えないってどんなこと?」
稲垣 吉彦 (有限会社アットイーズ 取締役社長)
「見えなくてもできる」
永井 和子 (視覚障害生活訓練等指導員;長崎こども・女性・障害者支援センター)
「見える喜び・できる喜び~教育の立場から~」
田中 宏幸 (教諭;新潟県立新潟盲学校)
「視野評価とロービジョンケア」
柳澤 美衣子 (視能訓練士;東京大学医学部付属病院眼科)
「とっても眩しいんです」
仲泊 聡 (眼科医;国立障害者リハビリテーションセンター病院第二診療部長)
【新潟ロービジョン研究会2011】
公開講座「高次脳機能と視覚の重複障害を考える~済生会新潟シンポジウム」
2011(平成23)年2月5日(土) 15:00~18:00
済生会新潟第二病院 10階会議室
特別講演 座長:永井 博子(神経内科医;押木内科神経内科医院)
「重複障害を負った脳外科医 心のリハビリを楽しみながら生きる」
佐藤 正純(もと脳神経外科専門医;横浜市立大学付属病院
医療相談員:介護付有料老人ホーム「はなことば新横浜2号館」)
教育講演 座長:安藤 伸朗 (眼科医;眼科医済生会新潟第二病院)
「高次脳機能障害とは?」
仲泊 聡 (国立障害者リハビリセンター病院;眼科医)
「高次脳機能障害と視覚障害を重複した方へのリハビリテーション」
野崎 正和 (京都ライトハウス鳥居寮;リハビリテーション指導員)
「前頭葉機能不全 その先の戦略~Rusk脳損傷通院プログラムと神経心理ピラミッド」
立神粧子 (フェリス女学院大学)
【新潟ロービジョン研究会2012】
2012(平成24)年6月9日(土)13時15分~18時50分
済生会新潟第二病院 10階会議室
会費:無料 要;事前登録
シンポジウム1『ITを利用したロービジョンケア』
座長:守本 典子 (岡山大学)
野田 知子 (東京医大)
1)基調講演
「 ITの発展と視覚代行技術-利用者の夢、技術者の夢-」
渡辺 哲也 (新潟大学工学部福祉人間工学科)
2)私のIT利用法
「ロービジョンケアにおけるiPadの活用」
三宅 琢 (眼科医:名古屋市)
「視覚障害者にとってのICT~今の私があるのはパソコンのおかげ~」
園 順一 (京都福祉情報ネットワーク代表 京都市)
特別講演 座長:安藤 伸朗 (済生会新潟第二病院)
「網膜変性疾患の治療の展望」
小沢 洋子 (慶応大学眼科 網膜細胞生物学斑)
基調講演 座長:張替 涼子 (新潟大学)
「明日へつながる告知」
小川 弓子 (小児科医;福岡市立肢体不自由児施設あゆみ学園 園長)
シンポジウム2『網膜色素変性の病名告知』
座長 佐渡 一成 (さど眼科、仙台市)、
張替 涼子 (新潟大学)
「眼科医はどのような告知を目指し、心がけるべきか」
守本 典子 (眼科医:岡山大学)
「家族からの告知~環境と時期~」
園 順一 (JRPS2代目副会長 京都市)
「こんな告知をしてほしい」
竹熊 有可 (旧姓;小野塚 JRPS初代会長、新潟市)
コメンテーター
小川 弓子 (小児科医;福岡市立肢体不自由児施設あゆみ学園 園長)
【新潟ロービジョン研究会2013】
第22回視覚障害リハビリテーション研究発表大会 『招待講演』
2013(平成25)年 6月23日(日) 9:00~10:50
チサンホテル4階越後の間(東)& 新潟大学駅南キャンパスときめいと
座長 安藤伸朗 (済生会新潟第二病院 眼科)
「iPS細胞を用いた網膜再生医療」
高橋 政代 (理化学研究所)
「網膜色素変性、治療への最前線」
山本 修一 (千葉大学眼科教授)
『新潟ロービジョン研究会2013』 2)山本修一先生
「網膜色素変性、治療への最前線」
山本修一 (千葉大学大学院医学研究院教授 眼科学)
2013 年6月23日(日)10時〜11時
チサンホテル&カンファレンスセンター新潟 越後の間
【講演要旨】
網膜色素変性は長らく「不治の病」とされてきたが、この数年で研究が急速に進み、多くの研究が動物実験から実際の患者を対象とした臨床試験に発展し、網膜色素変性の治療が現実のものとなりつつある。
網膜色素変性の原因は網膜の視細胞の遺伝子異常であり、この遺伝子がコードするタンパク質の異常が生じる。そして視細胞の変性から細胞死(アポトーシスまたはネクローシス)に至り、最終的には視細胞が消失して完全な網膜変性に至る。このような病気の各段階に応じて治療戦略が考えられている。すなわち、①原因となる遺伝子異常に対する「遺伝子治療」、②視細胞の変性から細胞死に至る過程を抑える「網膜神経保護」、③消滅した網膜視機能を再建する「人工網膜」と、④「網膜の再生および移植」に大別される。このうちの遺伝子治療、網膜神経保護、人工網膜について、実際に臨床試験が行われているものに限って紹介する。
遺伝子治療は、網膜色素変性の特殊型であるレーベル先天盲における成功が、世界的に華々しく報じられた。同じRPE65遺伝子異常を持つイヌに対する治療の成功を受けて臨床試験が行われ、RPE65遺伝子を網膜下に注入したすべての患者で視機能の改善が得られた。これは画期的な成果ではあるが、残念ながら直ちにすべての色素変性に応用可能なわけではない。まず原因遺伝子の特定が必要だが、色素変性の遺伝子は多岐に渡り、未だに新しい遺伝子の発見が続いている。また原因遺伝子を特定可能なのは、日本人患者では30%程度と推測されている。さらに原因遺伝子が特定されても、それぞれの遺伝子について治療の安全性や効果の検証が必要となるだろう。
神経保護では、米国における毛様体神経栄養因子(CNTF)の臨床試験が進行中であり、視機能の維持、視細胞数の減少抑制が確認されている。ヒトの網膜色素上皮細胞にCNTF遺伝子を導入して持続的にCNTFを産生するように改良し、この細胞を特殊なカプセルに詰めて、カプセルを眼内に埋植する。カプセルに守られた細胞は免疫系の攻撃に晒されることなく、長期にわたってCNTFを眼内に放出し続ける。網膜色素変性のみならず萎縮型加齢黄斑変性も臨床試験の対象となっているが、日本で臨床試験が行われる目途はたっていない。
0.15%ウノプロストン(オキュセバR)点眼液による神経保護の試みは、日本オリジナルのものである。本来は緑内障治療薬として開発された薬剤であるが、神経保護効果も併せ持つことが見出され、網膜色素変性を対象に臨床試験が行われた。当初は視機能悪化の抑止が期待されたが、実際には高濃度投与群で網膜感度の上昇がみられ、プラセボ群との間に有意な差が観察された。この結果をもとに、180例を対象とした52週間の第3相臨床試験が開始され、症例のエントリーは順調に進んでいる。
人工網膜は、米国で開発されたArgus IIがすでに米国と欧州で医療機器としての承認を受け、実際に患者への移植が行われている。電極が60個と限られているため視力に限界はあるが、先行する欧州からは臨床報告が相次いでいる。ドイツで開発された人工網膜は、1500個の電極あるため解像度に優れ、サイコロの目の数や向かい合った人の表情も判別できると報告されている。日本では大阪大学のグループが、強膜内に埋め込む人工網膜の開発を進めている。
これらの治療法は、直ちにすべての患者に適応可能というわけではないが、網膜色素変性の治療はもはや夢物語ではなく、間近に見える明るい希望の光であることは間違いない。
【略歴】
1983年 千葉大学医学部卒業
1989年 千葉大学大学院医学研究科修了
1990年 富山医科薬科大学眼科講師
1991年 コロンビア大学眼研究所研究員
1994年 富山医科薬科大学眼科助教授
1997年 東邦大学佐倉病院眼科助教授
2001年 東邦大学佐倉病院眼科教授
2003年 千葉大学大学院医学研究院眼科学教授
2007年 千葉大学医学部附属病院副病院長併任
2008年 日本網膜色素変性症協会(JRPS)副会長
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今回の新潟ロービジョン研究会は、「第22回視覚障害リハビリテーション研究発表大会」の招待講演に、新潟ロービジョン研究会が共催する形で行われたものです。
第22回視覚障害リハビリテーション研究発表大会
http://andonoburo.net/on/1690
開催日:平成25年6月21日(金)から23日(日)
会場:チサンホテル&カンファレンスセンター新潟
新潟大学駅南キャンパス「ときめいと」
招待講演(市民公開講座) 2013年6月23日(日)9:00〜11:00
共催 新潟ロービジョン研究会2013
座長 安藤 伸朗 (済生会新潟第二病院)
1)「iPS細胞を用いた網膜再生医療」
高橋 政代 (理化学研究所)
2)「網膜色素変性、治療への最前線」
山本 修一 (千葉大学眼科教授)
『新潟ロービジョン研究会2013』1)高橋政代先生
「iPS細胞を用いた網膜再生医療」
高橋 政代(理化学研究所 発生・再生科学総合研究センター
網膜再生医療研究プロジェクト プロジェクトリーダー)
平成25年6月23日(日)9時~10時
チサンホテル&カンファレンスセンター新潟 越後の間
【講演要旨】
昔から眼は様々な新しい治療が最初に導入される場である。臓器移植としては角膜移植が腎臓移植と並んで始まり、人工レンズは早くから最も成功した人工臓器の一つである。また、網膜色素変性の遺伝子治療も一定の成功を納めている。加齢黄斑変性に抗VEGF剤が効果をあげているが、これは抗体医薬の最初の成功例である。そして、今、iPS細胞を用いた細胞治療も網膜で初めて行われようとしている。
2006年にマウス皮膚の線維芽細胞に4つの遺伝子を入れることでシャーレの中で無限に増えて、一方で身体中のあらゆる細胞を作ることができるiPS細胞(人工多能性幹細胞 induced pluripotent stem cells)が発表された。その1年後にはヒトのiPS細胞も作成された。それまでにES細胞(胚性幹細胞Embryonic Stem cells)から作った網膜色素上皮細胞を網膜疾患治療に応用できることを示していた我々は、ES細胞と同じ性質を備え、しかも拒絶反応を回避できるiPS細胞にとびついた。
そして6年の臨床への準備を経て、2013年8月に臨床研究に関与する3機関の倫理委員会と厚生労働省の審査で承認を得て世界で初めてのiPS細胞を用いた臨床研究が開始となった。具体的には加齢黄斑変性という網膜色素上皮細胞の老化によって引き起こされる疾患で、網膜の中央部(黄斑)が障害されるため全体の視野は問題ないが、見ようとするところが見えない、視力が低下して字が読めなくなるという疾患である。網膜色素上皮の老化が原因で、網膜の裏側にある脈絡膜から新生血管が発生する。新生血管に対しては効果的な眼球注射薬が存在するが、高価な上に1、2ヶ月毎に治療しなければ再発をするため、治療を続けなくてはならない。そこで、老化し障害された網膜色素上皮を患者本人のiPS細胞から作った正常で若返ったRPEと置き換えることによって、その上の視細胞の層を保護する役目がある。
最初の臨床研究では2年間にわたって6名の患者を選び治療後1年間で効果を判定する。移植する細胞シートは様々な検査で安全性が確認されている。未知の予測不可能な危険はゼロとは言えないが、細胞よりも細胞を移植する手術、これは毎週眼科で施行されている手術とほぼ同様のものであるが、その手術の危険の方がはるかに大きいのである。放置すると失明につながるような合併症は、数パーセントで起こる事が知られている。これは、報道などからは伝わらない事実である。
また、なかなか伝わらないのは、この細胞治療の効果である。最初の臨床研究はあくまでこの治療の安全性、特に移植する細胞が腫瘍を作らないか、拒絶反応を引き起こさないかを明らかにする研究である。よって、効果のある治療であるかどうかは安全性が確認されてから次の問題である。もちろんある程度の効果は期待して臨床研究を行うが、それでも矯正視力は多くの場合0.1まで回復するのがやっとであろうと予測される。従って、自然と臨床研究に参加していただく方の矯正視力は0.1以下の方に絞られてくる。「再生」という言葉はもとどおりに回復するという意味が本義であるので、網膜の再生というとよく見えるようになるという印象を受けてしまうのは仕方ないことである。しかし、そのような期待で臨床研究に参加すると裏切られる事になり、網膜の再生医療は健全なスタートをきる事ができない。
報道の短い時間や字数制限の中で伝えられる情報は多くない。報道だけが情報源である場合は、どうしても誤解が大きいようである。重要なことは、複数の情報源をもち、事実をそのままに受け取ってもらう事。我々は、将来の再生医療の発展のためにそれを説明し続けなければならない。また、過剰な期待を抱くのは、その裏側に障害の解消だけが解決策と考え、その他の方向性をまったく模索しないという場合に多い。つまり、疾患の正しい情報を集め障害の現状を理解して甘受する「健全なあきらめ」(九州大学 田嶋教授)(*)が必要である。
また将来、網膜の細胞治療(再生治療)が成功したとしても、0.1程度の低視力に留まることが多いため、その状況で補助具などを使い有効に視機能を使える事が治療の効果を十分に引き出すために重要である。すなわち、どの分野でも同様であると考えられるが、再生医療とはリハビリテーション(ロービジョンケア)とセットで完成する治療である。
(*)「健全なあきらめ」(田嶌誠一 九州大学教授)
変わるものを変えようとする勇気
変わらないものを受け入れる寛容さ
そしてその二つを取り違えない叡智
【略歴】
1986(S61)京都大学医学部卒業
1986(S61)-1987(S62)京都大学付属病院眼科研修医
1988(S63)-1992(H4)京都大学大学院医学博士課程
1992(H4)-2001(H13)京都大学医学部眼科助手
1995(H7)-1996(H8)米国サンディエゴ ソーク研究所研究員
2001(H13)-2006(H18)京都大学附属病院探索医療センター開発部助教授
2006(H18)- 理化学研究所 発生再生科学総合研究センター
網膜再生医療研究チーム チームリーダー
(組織改正) 理化学研究所 発生再生科学総合研究センター
網膜再生医療研究開発プロジェクト プロジェクトリーダー
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今回の新潟ロービジョン研究会は、「第22回視覚障害リハビリテーション研究発表大会」の招待講演に、新潟ロービジョン研究会が共催する形で行われたものです。
第22回視覚障害リハビリテーション研究発表大会
http://andonoburo.net/on/1690
開催日:平成25年6月21日(金)から23日(日)
会場:チサンホテル&カンファレンスセンター新潟
新潟大学駅南キャンパス「ときめいと」
招待講演(市民公開講座) 2013年6月23日(日)9:00〜11:00
共催 新潟ロービジョン研究会2013
座長 安藤 伸朗 (済生会新潟第二病院)
1)「iPS細胞を用いた網膜再生医療」
高橋 政代 (理化学研究所)
2)「網膜色素変性、治療への最前線」
山本 修一 (千葉大学眼科教授)
シンポジウム2『網膜色素変性の病名告知』
座長 佐渡 一成 (さど眼科、仙台市)、張替 涼子 (新潟大学)
竹熊 有可 (旧姓;小野塚 JRPS初代会長、新潟市)
「こんな告知をしてほしい」
守本 典子 (眼科医:岡山大学)
「眼科医はどのような告知を目指し、心がけるべきか」
園 順一 (JRPS2代目副会長 京都市)
「家族からの告知~環境と時期~」
コメンテーター
小川 弓子 (小児科医;福岡市立肢体不自由児施設あゆみ学園 園長)
シンポジウム2『網膜色素変性の病名告知』は、当事者(竹熊・関)と医師(守本)が、それぞれの立場で講演。その後座長の進行で、会場の参加者とディスカッションを繰り広げました。シンポジウムの内容を座長報告として、そして参加者からの感想をお届けします。
シンポジウム2『網膜色素変性の病名告知』
佐渡 一成 (さど眼科、仙台市)
張替 涼子 (新潟大学)
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無責任な「告知」は患者さんに深刻な悪影響を与えます。にも関わらず、眼科医が網膜色素変性の患者さんに対して治療法がない、遺伝性である、進行性で失明する可能性があるの「3点セット」と揶揄されている安易な告知を行っている例が未だに散見されます。外来の3分診療の中、突然このような「告知」をされたら患者さんはたまりません。ショックと混乱で絶望してしまいかねないのです。
本症の告知に関しては、これまでにも1)「眼科医にとってロービジョン対策以前の課題である(安達恵美子)」、2)「提供するデータを研究するのみではなく、得られた医学情報の伝達方法についても検討し、医療技術の一部として教育や研鑽に努める必要がある(岩田文乃)」などの考察がありましたが、臨床の現場に浸透しているといえる状態ではなく、眼科医の人間性も重要ですがそれだけでは不十分な気がしていました。
シンポジウムの前には、障害児・障害を持つ親に寄り添いながら、よりよい告知のためのシステム作りに情熱を傾けていらっしゃる小川弓子先生の基調講演がありました。小川先生は、「医師は自分自身の人間性を振り返り日々研鑽が求められる」ともおっしゃられていました。
シンポジウムでは3人のシンポジストにご講演いただきました。
1.当事者である竹熊さんは、16歳のときに自分と母親が別々に告知を受けたこと。自分に対する告知は見えにくくなることを差し迫ったものと感じさせない配慮があったが、母親は「3点セット」の告知を受けたと思われ、その後の嘆きが深かったこと。親の気持ちを慮るあまり、視覚障害者として生きていく選択ができなかったこと。今では三療の仕事に大きなやりがいを感じているが、ここまでくるのに25年もかかったことを話されました。人生の早い時期に告知されたが、病気の進行の予測がつかないために人生設計が難しかった面もあり、可能なら「何年後に視力が0.1くらいになる」といった予測を伝えてもらえると役にたつと思うと話されました。
2.眼科医である守本先生は、希望に繋がるプラスの情報を多く示すことでショックを最小限に抑え、できるだけ平常心を保てる告知を目標とし、そのために心がけるポイントを話されました。治療法がない→治療に通わなくていい、進行性→事前に教わってゆっくり準備できる、遺伝性→誰のせいでもないなど、言い方を工夫する。光、栄養、規則正しい生活などで行動を制限しない(逆は過去の行為を後悔して苦しみかねない)。QOLの高い視覚障害者の生活を伝える。患者交流会なども知らせ、告知から生じがちな孤独感の軽減を図る。話しやすい主治医と思ってもらい、以後も質問に応じられることを伝えておく、などでした。
3.20歳を過ぎたころに同病の父親から告知を受けた経験を持つ園さんは、JRPS主催の医療相談会で、我が子や、孫に遺伝しているかを気にした質問が多いことから、無症状の子供に診断を受けさせることの是非について発言されました。親が同病であるがゆえに子供がどうであるかを知るために眼科を受診する例が多いこと。小児期に診断を受けることでその後の人生において結婚や障害年金申請などさまざまな局面で不利益をこうむる可能性があることを知っておくべきであること。親の納得のためだけに診断を求めてはならないこと。一方、医師は、無症状の子供の診断を求める患者に対して、事前にこうした問題があることを助言することも必要なのではないかとも話されました。
3人のご講演の後に、意見交換を行ったところ、多くの真剣な発言がありました。視点ごとに発言を整理してみました。
【告知のショック】
・3点セットの告知はやはりショックが大きかった。しかし告知自体は受けて良かった。告知があったことで情報を得ようと努力することができた。:当事者
・告知はショックだったが、大手術の直後にRPの告知をすることは心の負担を増やすことになると考えて避けてくれた初診医の配慮が有り難くその後ずっと自分の心を奮い立たせるバネになっている。:当事者
・昔、友人が眼疾患の告知後に自殺した。告知と同時に前向きな情報が知らされていれば友人は死ななくてすんだはずだと思う。患者が残りの才能で何ができるか、を考えた上での告知が必要なのではないか。:眼科医
【告知すべきかどうか】
・情報は患者のものである。:当事者・眼科医 双方から
・告知の職責が医師にはある。:眼科医
・告知をするかどうかでなく、どのように伝えるかが大事ではないか。:眼科医
【告知の時期】
・確定診断がついた時点での告知が長期的にみて医師・患者双方にとってベストである。:当事者(支援者)
・思春期の告知は難しい面がある。親の対応についても助言が必要。:当事者・眼科医 双方から
【遺伝の情報について】
・いろいろ考えたが、子供を産んでよかった。:当事者
・子供を産むかどうかの選択は正しい情報を持ったうえでおこなうべきで告知は必要。:当事者
・遺伝子異常は誰でもかならず持っているものであることは伝えたほうが良い。:眼科医
・遺伝の問題はデリケートであり、きちんとした相談のできるところに紹介したほうがよい。:眼科医
【どのように伝えるべきか】
・3点セットがダメなのははっきりしている。:眼科医
・あいまいにしていることで次の段階へのスタートが切れない人がいる。:当事者(支援者)
・マイナスのコメントがすごい生活制限に繋がってしまう。:眼科医
・眼科医として、将来の夢を一緒に考えてゆく姿勢が必要。:眼科医
・障害があったらどうしたらよいかという情報が今はたくさんある。見えなくなっても一生読み書きできる。こういった情報を一緒に伝えるべき。:眼科医
「少なくとも医師も告知について悩んでいるということを患者さんにわかって頂けたことは収穫であろう(眼科医)」というコメントもありました。今回のシンポジウムだけで結論の出るような問題ではありませんが、当事者、眼科医がそれぞれの意見をお互いに共有できた、非常に良い機会になりました。
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【参加者からの感想】到着順
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(当事者、新潟県内) 告知に対する、先生方の苦悩と患者側の要望が、交錯し激論を交わしておりました。パネリストの影響もあり、未就学児・就学児・中高年と将来のある患者へのアプローチが話題の中心となっておりましたので、発言しませんでしたが、「網膜色素変性症の告知」を60歳を過ぎた方、高齢者への告知も深刻な課題と思っております。JRPSの役員をしている関係で、告知を受けた患者よりのご相談を受けることが、あります。そこで、高齢者に「治療法がない・遺伝性疾患である・将来失明に至る」の三点セットの告知を受け、途方に暮れておられる方の相談が、年に数例あります。予後・余生(高齢者に失礼な言葉とはおもいますが)を希望を持たせる告知、または、心配をかけない告知についても、次回、議論して、頂きたいと思いました。
どの世代の人にとっても。病気の告知は、重要な課題となると思いますが、正解は、「一緒でないのではと・・・」とも、思いました。「網膜色素変性症」の治療法・予防法が、確立し、このような問題も、昔話に、できるようになる日が、1日も早く来ることを、切望いたしております。
(当事者、千葉県) 多くのしつぎがあり、眼科の先生がたは、神経をすりへらし、悩んで、失明という言葉がひとり歩きしないよう、最善の注意をはらいながら、告知にいたっているということを知りました。
(研究所職員、兵庫県) 告知について患者だけでなく医師も悩んでいることがよくわかった。医師だから何でも知っていて、告知のプロだと思っていたら大間違い。医師たちも生身の人間である。いろいろな思いを抱えながら悩み、患者のことを心の底から考えている。診察に追われ、時間に余裕がない中で、患者への対応を迫られるのは気の毒に思う反面、正しい知識や情報を持ち、障害者に対する無駄な偏見や憐れみをなくしてほしい。障害者は決してかわいそうな人ではなく、生活上の不便を解消するだけで生活を一変させることができる、その方法を知らないだけではないか。患者に何が必要か、情報は誰のものか問えば、答えは必然的に導かれる。全ては患者のため。これは当たり前だとわかっていても、忙しさの中でついつい忘れがちになってはいまいか。そして、医師だけでなく、患者とその家族がもっと楽になるように告知の一部分を遺伝カウンセラーや心理カウンセラーに任せるなど役割分担があってもいいのではないだろうか。患者も医師もwin-winといきたいものだ。
(眼科医;大学勤務、東北) 私は患者さんを含めたこのようなシンポジウムを聞くのは初めてでとてもいい経験になりました。告知のことは非常に難しい問題を含むものであることを改めて感じさせられました。簡単に結論のでるものでないことは会場の患者さんのお話しでもよくわかりましたし、非常に心を揺さぶられるお言葉ばかりでした。竹熊さんや園さんが患者さんの代表としてご参加されて討論されたことにこころから感謝致します。討論は最先端でご活躍されている眼科医にも患者さんにもためになる内容だったのではないかと感じています。もっと広く臨床医にも参加していただきたい会だと思います。
(機器展示業者) 病名告知においてはその難しさ、重さを感じながら、現状と向き合わなければならないというバランスをどうとるかなのではと思う部分であります。
(当事者、千葉県) 「告知」という難しいテーマについて、医者と患者が席を同じにして議論できたことは素晴らしいと思いました。簡単に結論を論じられるようなテーマではないと思いますが、「情報は患者のためにある」との言葉が大変に心に残りました。
(福祉介護ボランティア、東京) 「告知」というテーマは、私にとってかなり関心のあるテーマでした。私自身、10余年前にはいわゆるガン告知を受けました。私の場合は非常に転移の可能性の低いガンであるということは、その告知の段階で言われており、今もこうして変わりなく日常生活を送れています。その時の執刀医(主治医)は、私が満足する十分な説明とあらゆる可能性を話していただけたので、そのドクターとの間には信頼関係ができ、今でもメール交換などもしています。
私自身のことを除けば、身近な告知の例は「失明の告知」ですが、ガンの告知にしても余命の告知にしても、だんだん体の機能が衰えて行く難病の告知など、告知に関わる医療関係者側の軽重はないように思います。大きな重圧の中で、告知に向き合っていらっしゃると思います。ある意味他人の人生に対して、決定的なことを告げる訳ですから、誰に相談することもなく悩みに悩んで告知に臨んでいらっしゃることでしょう。一方告知される側にも、社会経験、家庭環境、その人の人生観・宗教観、様々な問題が一人一人皆違います。一人一人の患者側の状況が違えば、彼らに対する告知の仕方も一つ一つ違ってくるはずですが、「失明の告知」で言えば眼科におけるこんなにも大きなテーマなのにそれをしなければならない眼科医にとって、現状はその眼科医の持つパーソナリティや人生観だけを頼りとされているのではないでしょうか。
小沢洋子先生が、あらゆる臓器にその可能性のある再生医療は科を横断した再生学会というようなものが必要になる、というご発言がありましたが、告知という点でも同じような考え方が必要になるのでは、と思いました。告知ということを真剣に突き詰めれば、各科を横断するばかりでなく、教育者、宗教家、様々な社会科学者なども参加し議論し合える「告知学会」が必要になると思います。医師のパーソナリティや人生観だけに囚われることなく、あらゆる科のすべての医師が告知学会で学び患者への告知に繋げて行く、というような流れを理想として考えましたが如何でしょうか。
(当事者) 色変を告知されてから32年。私も3点セットで言われました。今まで、必要な情報を集めながら、一番有効ではないかと思われることをやってみました。二人の子どもに遺伝していた場合のことがいつも頭から離れず、経過観察を続け、何か良い方策はないものか、進行を遅らせたり、ストップすることはなものかと、出来る限りお医者さんのいうことを聞いてきました。
告知については大変難しいことだと感じました。医者と患者との間の信頼関係が大きく左右することと思います。私は、告知された時、身障者手帳をもらうように勧められましたが、気が進まず申請しませんでした。その後も、日常生活にたいした支障がなかったものですから、色変仲間から異端児扱いされたこともありましたので、本当に色変なのかと、病院を何回か変わり、その度に告知をされました。いやな告知の仕方は、どうせ治らないと投げやり口調で言われたり、気休めを言われるのはいやでした。32年前の先生は、すぐ失明するよ、と言われましたが、幸い、大丈夫です。心配しての宣告だったとおもいますが、決めつけて言ってほしくなかったです。
(眼科医;病院勤務、香川県) 告知に関する小川先生のご講演とシンポジウムについては、いろいろと考えさせられました。それぞれの立場によって、または個人によって思いは様々なんだなと改めて感じました。私の場合告知のタイミングについては、ある種の動物的感にたよっているところが多いかもしれません(笑)が、結局のところ「患者さんと一緒に考える」ということしかできないなと思いました。また、小川先生のお話しされた「前向き、希望的な告知」というのは、やはりキーワードになるかと思います。
(教育関係者;大学勤務、茨城県) 医療従事者だけでなく患者の立場からの意見もお聞きでき,大変興味深かったです。予後に対する専門的知識に加え,告知する側とされる側の信頼関係がとても大切であり,アフターフォローの重要さが良くわかりました。医学部では告知について,どのように教えられているのか知りたいです。
(生活支援専門職、京都府) 失明の告知に関して、岡山大学の守本先生がおっしゃっておられたと思うのですが、「ゆるゆるとお付き合いしていく」というお言葉にすごく共感できました。 失明告知の時点だけではなく、その後何10年も色変と付き合ってこられた人たちの中に、いよいよほとんど見えなくなった時に、告知におとらない大きなショックを受ける方が沢山おられます。そんな時に、ゆるゆると寄り添える専門職でありたいと思います。
(機器展示業者) とても興味深い内容で、当事者の立場、意見を尊重する意識を持つことが最も大切であると思いました。状況がそれぞれ異なるのでタイミングが難しいと思いますが、話の中で出たアフターケアも含め、まずは当事者のことを思いやる気持ちが大事であると感じました。
(薬品メーカー、新潟市) 患者さんの方から3点セットの告知というキーワードが飛び交っていましたが、医師側も患者側もお互い辛い立場にあるなかでいかに医師側がうまく伝えるのが難しいのかがよくわかりました。守本先生の柔らかい話し方、とても印象的でした。何でもプラスにとらえて医師側から患者側に伝えることがいかに重要かということはフロア全体での共通認識になったのではないかと勝手に思いました。
(当事者、長野県) 告知の問題では、先生方の苦悩が伝わってきました。基本的には当然知らせるべきなのでしょうが、それによって人生が大きく変わってしまうこともあるということは納得できます。私も一時落ち込みました。しかし今のうちにできることがあるということに気づき、またいろいろな機会に患者の方のお話をお聞きし別の考え方があることを知ることができました。告知のときに、あるいは少し時間をおいて同じ病気の人たちの団体があることを教えてくれるシステムがあればいいなと思いました。病院では治療が最優先にされて、そこまでは手が回らないのかも知れません。しかし患者にとってはそこがスタートなのです。そこで放り出されるようなことはあってはならないのではないでしょうか。私の場合だけかもしれませんが、そのような団体などは自分で探さなければなりません。探しても見つかるとは限りません。自分でネットワークを作るか探すかしかないのです。今は個人情報保護の観点からどこに聞いても名前も住所も、あるいはそういった人の存在すら教えてはもらえないのが実情です。団体があるとすればそういった情報を提供してもらえる体制があればありがたいと感じました。
(薬品メーカー、新潟市) 告知については、伝える側、伝えられる側の永遠の課題となると思いました。告知の際の環境や話し方、話す内容次第では、患者様の受け止める感情や将来への不安などが少しでも和らぐのではないかと思います。ただ、患者様一人一人によって受け止め方が違うと思いますのでとても難しいことだと感じました。 私が告知を受ける側であることを想像してみると、将来への不安を真っ先に考えてしまうと思ったことから、守本先生の、告知の際はプラスの話をすることやアドバイスをして頂くことが私にとっては一番良い告知であると感じました。
(眼科医;開業、東京) 小川先生の告知のご講演の途中から聞くことができました。遅れていったので、後ろの席になり、全体の様子が良く見えました。何人もの方が涙を流しながらお聞きになっていました。もちろん私も。 そのあとの当事者のお話しとフロアーからの体験談をお聞きし、短い言葉では表現できない思いを持ちました。そんなわけで感想を人にわかるような形で的確にのべる事ができませんが、まだ私にもやらなければならないことがあると感じ、また毎日の信じる歩みをこらからも続けていきます。
(当事者、長野県) 告知については、先生方が大きな問題として捉え、苦悩されていることが伝わり、患者の一人として嬉しく思いました。竹熊さんが、告知を受けてからの家族の対応に苦慮しながらも、今はマッサージ師として情熱を持、更に前進しようとしている姿勢に感銘を受けました。ご活躍を祈っています。
(眼科医;病院勤務、山形県) 告知の問題は医師側も慎重に考え、おこなわないといけない問題だと思います。網膜色素変性症の告知についてある開業医の奥様が「開業医は医師が1人で時間がない、時間のかかることは時間のとれる病院でカウンセラーをまじえておこなうべき。開業医ではスタッフも患者さんの話をじっくり聞く時間のある人間はいない」と2週間前に言われました。私は「白内障手術をおこなっている施設で少なくとも合併症の話で、(開業医さんでも色素変性の白内障手術してますのでそれまで色素変性について)説明するため時間とれますよね」と解答したのですが納得されませんでした。医師としてどんな場所で診察するにしても「診断」し「病名」を告げる場合(色素変性症に限らず)考え発言できるようにならなければならないと再認識させていただきました。
(当事者;自営業、新潟県内) 3名の講演を通して医師は告知を考える時に”伝えたイコール伝わったではない”ということを意識して欲しいというメッセージが抜かれており、告知の前に考えるべきこととして、保護者の状態や心情を理解することは特に大切であるという指摘は、医師としてよりも当事者としての気持ちなのだろうと思いました。医師は科学者であり、第一に求められることは事実を客観的に正確に伝えることです。けれど、それだけでは足りない何かがあると思います。小川先生は最後に告知については、伝える側の価値観、人生観、人権意識も試される。自分自身の人間性を振り返り、日々研さんが求められると結ばれました。足りない何かとは、このことではないか、そう思います。
(当事者、兵庫県) 「いつ、どのように告知をすべきか・・」JRPSでもRPのお子さんを持ったお母さんから時々そういうご相談を受けます。私自身は大人になってから発症し、告知を受けた時もいわゆる3点セットではなく、「治療法はない、徐々に視野が狭くなる、でも、あなたの眼は見えなくならないよ」という優しい?言葉でした。最後の「あなたの眼は見えなくならない」という言葉に少し安心して、・・・でも、徐々に視機能は落ちていきました。告知を受けてから24年、今は「手動弁」です。「絶望」・・と言うより「あきらめ」と「開き直り」で現在の自分の見え方を受け止めています。
子供への告知は症状が出てきて本人が自覚した時、というような意見も出ていた、と思いますが、小さなお子さんの場合、物心ついた時からその視角の中で生活しているので、自分が眼が悪いという自覚を持つ次期は随分大きくなってからではないでしょうか?フロアーから思春期は避けたほうがいい。というご意見がありました。では、思春期の前?後?そのあたりをお聞きしたかったのですが、時間切れ・・・(帰りの新幹線の時間が迫っていました。)ただ、その先生がおっしゃった「お母さんが受容できているか、周りが支える環境にあるかは重要」そして「医師は告知をしたその後もフォローをしなくてはいけない」なるほど、そんな環境で告知を受けられたら、ある意味幸せかもしれない、と思いました。でも、お忙しい先生方にそんな余裕はあるのでしょうか?少なくともあの会場にいらっしゃった先生方はそんな告知を考えてくださっておられる、と期待しています。私が今、元気に活動しているのは、私を支えてくれる家族や友人、そして、同じ病気の仲間の存在です。自分は一人ではない。それは病気を受け止め、障害を受け止める心の支えになると思います。是非、告知をした後に仲間の存在を伝えてください。
(工学研究者;大学勤務、新潟市) 障が い当事者2名と医師1名から発表があった。各シンポジストの体験に基づいた発言には重みがあり、深く考えさせられた。「告知」の問題は、ぜひ医学倫理教育の中に取り入れてもらいたいものだ。医師が「病気」だけではなく、「患者そのもの」にも感心をもたせる、いいきっかけになるように思う。
(眼科医;大学勤務、岡山県) 竹熊さんのご講演では、親の受け止め方や考え方が子供の人生に響いてしまうため、そこへ第三者がどう食い込めるか、という難しさを感じました(でも、もし親御さんが早くにたくさんのロービジョン者や同じ立場の親御さんたちと出会えていたら、とは思います)。今の竹熊さんが理療のお仕事に生甲斐を見い出しておられることを、我が事のように嬉しく思いました。
自分の講演では、当日は申しませんでしたが私は岡山で「目の不自由な方と家族の集い」と「網膜色素変性の子どもをもつ親の集い」という2つの交流会を継続開催しているので、そこで見聞きした経験(告知、思考、支え合い、立ち直りなど)を紹介できればよかったなと思いました。ロービジョン外来や交流会を通して、「人は心で生きている」と強く感じます。医者の知識が患者さんに正しく伝わり、その情報が患者さんの中で生かされてこそ告知の意味があります。医者の言葉は大切ですが、その何倍も、患者さんがその後に出会う人々からもらう言葉が大切です。告知医には是非、次の人に繋げて欲しいと思います。
園さんには助けていただくことの方が多いのですが、頼もしい生き方をされているロービジョン者の代表的な人だなあ、とますます思いました。そのような方々のお話をたくさん、患者さんにお伝えしたいと思います。ご講演で述べられた成人前の眼科受診の是非については、成人するまでその子の将来を考える上で網膜色素変性であるかどうかがわからない状態であってもよいと考える親であったり、逆に夜盲等の症状が出ている(発症を確信している)親であったりすれば、ご発言の通りなのだろうと思います。しかし、告知にはいろんな要素がありますから、障害年金や生命保険についての知識を親御さんたちに知らせてよく考えていただく、ということに尽きるように思いました。
告知の時期については、親の集いでもしばしば話題になり、個別性が大きいように思います。成人前では親の意向に沿うことになりますが、竹熊さんの例も園さんの例も、親御さんと一緒に考える上で大変参考になりました。次の集いで、悩める親御さんたちにもお話しさせていただきます。
(雑誌編集、東京) 私自身告知されたときのことを思い起こしました。私の場合、手術の事前説明のために手渡された外科や麻酔科からの書類や同意書の中に、病名と障害名が記載されていて、主治医から告知される前に、それを知ってしまった、というお粗末なものでした。けれど主治医や看護師は常に忙しくされている姿が印象的で、これも仕方ないのかなとも思えたのです。しかしそれは本当は悔しかった。告知する医師側は業務上何度となく告知の場を踏むのに対し、告知される側は一生に一回。その重みの違いが滲み出ている感じがした。ですから、今回の先生方のように、いつのタイミングでどう伝えるかなどに配慮をされ心を痛めておられる先生方もいらっしゃることに、救われた思いがしました。
(学生、新潟市) 告知に関する意見を患者本人の立場、眼科医師としての立場でそれぞれの考えを傾聴していてとても難しい話をしていたなという印象を強く受け、眼科医としては患者とその家族に絶望感を与えないように告知するにはどうしたらよいのかとそのタイミングや説明の仕方に工夫を説明し、患者やその家族からは過去に自分が告知された時の経験を語りながらどの時期に告知されるのがよいのかどんなふうに説明してくれればよいのかを互いの視点で語っている姿を見て、自分たちが目指している社会福祉士としての立場ではどうなるのかを深く考えさせられました。告知によってその患者さんのこれからの人生が大きく変わってくることになり、大きなショックと戸惑いが起きるはずです。それを支えていくために眼科医だけでなく社会福祉士の仕事であるケースワーカーやその他の職種の関係者たちが協力し合って患者さんを支えていく必要があると考える事が出来ました。
(学生、新潟市) 告知については、講演に参加している現場の医師の方々も大変苦慮しており、網膜変性疾患と診断された人に対して、想定していた将来像の変更や不安の軽減のために説明時間を多くとって配慮をする必要があること、告知するタイミングはいつがいいか、その後の具体的な支援について説明していき、気持ちを受け入れられるようにすることが課題になっていると理解できました。私は網膜変性疾患の告知について、告知する時期については診断が確定した後、様子を見てできる限り早く心理的負担がかかりにくい時期を見越して告知すること。告知する前に互いに信頼できる関係を形成し、告知の際にも丁寧にかつプラス面を考慮しながら説明することが求められていると思った。告知を上手に行うことで、告知された人の気持ちが大きく変わって本人にとって不利益なことでも場合によっては利益になることがあると考えました。
(眼科医;病院勤務、新潟市) フロアーから、「告知をするかどうかでなく、どのように伝えるかが大事ではないか」、「医療者側には、遺伝カウンセリングの知識が必要」、「ピア・カウンセリングは効果あり」というコメントを頂きました。三宅先生のコメントも会場の心を揺さぶりました。このシンポジウムは結論のないものだと思いますが、私は少なくても医師も告知について悩んでいるということを患者さんにわかって頂けたことは収穫かなと考えます。また患者さんばかりでなく、ストレスの多い医師に対するケアも必要と感じました。
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『新潟ロービジョン研究会2012』 プログラム
日時:2012年6月9日(土)
開場12時45分 研究会13時15分~18時50分
会場:済生会新潟第二病院 10階会議室
12時45分 開場 機器展示
13時15分 機器展示 アピール
13時30分 シンポジウム1『ITを利用したロービジョンケア』
座長:守本 典子 (岡山大学) 野田 知子 (東京医大)
1)基調講演 (50分)
演題:「 ITの発展と視覚代行技術-利用者の夢、技術者の夢-」
講師:渡辺 哲也 (新潟大学工学部福祉人間工学科)
2)私のIT利用法 (50分)
「ロービジョンケアにおけるiPadの活用」
三宅 琢 (眼科医:名古屋市)
「視覚障害者にとってのICT~今の私があるのはパソコンのおかげ~」
園 順一 (京都福祉情報ネットワーク代表 京都市)
3)総合討論 (10分)
15時20分 特別講演 (50分)
座長:安藤 伸朗 (済生会新潟第二病院)
演題:「網膜変性疾患の治療の展望」
講師:小沢 洋子 (慶応大学眼科 網膜細胞生物学斑)
16時20分 コーヒーブレーク & 機器展示 (15分)
16時35分 基調講演 (50分)
座長:張替 涼子 (新潟大学)
演題:「明日へつながる告知」
講師:小川 弓子 (小児科医;福岡市立肢体不自由児施設あゆみ学園 園長)
17時25分 シンポジウム2『網膜色素変性の病名告知』
座長 佐渡 一成 (さど眼科、仙台市)、張替 涼子 (新潟大学)
守本 典子 (眼科医:岡山大学)
「眼科医はどのような告知を目指し、心がけるべきか」
園 順一 (JRPS2代目副会長 京都市)
「家族からの告知~環境と時期~」
竹熊 有可 (旧姓;小野塚 JRPS初代会長、新潟市)
「こんな告知をしてほしい
」 コメンテーター:小川 弓子 (小児科医;福岡市立肢体不自由児施設あゆみ学園 園長)
18時35分 終了 機器展示 歓談&参加者全員で片づけ
18時50分 解散
【機器展示】 東海光学株式会社、有限会社アットイーズ、アイネット(株)、株式会社タイムズコーポレーション、㈱新潟眼鏡院
基調講演2「明日へつながる告知」では、小児科医で福岡市立肢体不自由児通園施設あゆみ学園園長の小川弓子先生による告知とは何か、事実を受け入れ、かつ、病や障害と折り合いながら生きるための告知とはどういうものか、どうすればよい告知になるのかを、ダウン症患者アンケートや福岡市における障害告知の状況を示しながら、小川先生ご自身の経験も交えてご講演いただきました。 講演要旨と参加者から寄せられた感想を記します。
基調講演2 座長:張替 涼子 (新潟大学)
演題:「明日へつながる告知」
講師:小川 弓子 (小児科医;福岡市立肢体不自由児施設あゆみ学園 園長)
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【講演要旨】
1)はじめに
病名または障害名の告知は、患者にとっても医師にとっても、辛いものである。そもそも疾患や障害には、1)苦痛や経済、社会的不利益 2)将来像の変更と未知の今後への不安 3)潜在する偏見や拒否感などが内在し、告知はその現実に向き合わせる事でもある。告知アンケート調査などでも「とても絶望させられた」「受け入れられない」など悲観的な感想が並ぶ。また、重大な説明も充分に時間がかけられず行われている事実もある。この状況の中で半数以上の患者が告知に対する不満をもっている。しかし、その不満の大部分は配慮不足、説明不足、差別的態度等であり、私たち医療従事者の伝え方を振り返ってみる必要がある。一方、気持ちが立ち直るきっかけをみると、親の会を含む当事者同士の支え合いが大部分をしめる。こういった事実から、明日につながる告知とは、単に病状や障害の現状の理解をすすめるだけでなく、寄り添う気持ちや福祉情報など幅広い視点が必要と思われる。
2)福岡市の取り組み
福岡市では小児神経科、新生児科、保健福祉センターなどとのネットワークの元に、療育センターで最終的な障害の認定、療育の提供、家族支援を実施。小児科医と臨床心理士、ケースワーカーなど多職種のカンファレンスのもとに障害告知を行っている。そこでは、家族の精神的不安やサポート体制などに考慮しながら説明し、あわせて患者の会をはじめとする情報提供を実施している。また、より正確な告知によって適切な教育への選択につなげるために、障害児施設の巡回小児科診察会を実施している。そこで私が心がけていることは、①診断を伝える際にはなるべくご家族で来ていただく②家庭環境や精神的状況を把握しておく③伝える場面ではわかりやすい説明につとめ根拠となる検査も示す④診断が確定していない場合でも、考えられる可能性を伝える⑤一度で多くを伝えるのではなく、困難な場合には数回に分けて伝える⑥今後に向けての実際的な情報(合併症や起こうるトラブル、当事者や親の会などの情報)もあわせて伝える⑥本人、家族の心情にも心を配る事などである。患者の立場からも、「的確に伝えて欲しい」「将来の見通しや具体的情報が欲しい」との要望もあり、これらは医師の役割と考えている。
3)伝えたいメッセージ
私自身22年前、息子が3歳の時に視力障害の事実を病院で告知された。そのときは家族の今後の生活、息子の将来への不安、悲しみなど様々な感情が入り交じり、涙をこらえることができなかった。視界不良のまま運転し、息子を助手席に載せたまま、追突事故を起こしてしまった。告知のもたらす衝撃は覚悟してはいたものの、想像以上に大きかった。しかし、その後訓練を開始し、支えてくれる人、優しい人、困難を乗り越えた人々と多くの出会いがあり、人生を豊かにする歌や書籍があった。告知が新たな人生の扉を開けたのだと思う。そういった経験をした一人の人間として、かつ一人の専門的な職業の人間として、また目の前にいる人の困難な局面に、偶然にも出会った人として、伝えたいメッセージを添えるようにしている。それは、「病気や障害があっても、そこに一つの人生があり、意味がある。今の一つ一つの積み重ねは、次につながっていき、困難に応じた成長がある。そして決して一人ではないということ、新たな出会いがきっとあるということ」である。これは、私が一人の視覚障害児を育てた中で経験した事柄でもあり、現在の仕事を通じて、当初弱々しく立ち直れるか心配された保護者が、時間を重ね逞しく幅広い価値観をもった親へと変化していくことを目の当たりにしている実感から得たものでもある。そして、告知をスタートに、この困難を越えていってくれることを心から願っている。
4)最後に
私が勤務しているあゆみ学園では、ご家族に向けて少しでも心の支えとなるものを発信したいと思い、心温まるエピソードや励まされる歌詞や文章を綴り、「ゆいゆい(結い結い)メッセージ」としてお届けしている。その中から私が強く感銘を受け、利用者に紹介している二つの詩をご紹介したい。
「サフラン~悲しみの意味 冬があり夏があり、昼と夜があり、晴れた日と雨の日があって一つの花が咲くように 悲しみも苦しみもあって私がわたしになっていく ―星野 富弘―」
「つよさ つよいってことはまけないことじゃない つよいってことはなかないことじゃない つよいってことはまけてもあきらめないこと つよいってことはないてもまたわらえること ―濵津 息吹-」
「告知」は診断や症状、今後の見通しなどの情報の伝達である。そこから一歩進んだ「明日につながる告知」とは、「目前の人が現実を直視し、新たな夢や希望を紡ぎ、着実な明日への一歩を刻んでいってくれることを心から願う気持ち」から自ずと生まれるものかもしれない。
【略歴】
1983年 島根医科大学(現島根大学医学部)卒業
九州大学病院 小児科勤務
1984年 福岡市立こども病院勤務
1985年 東国東地域広域国保総合病院 小児科勤務
1986年 福岡市立子ども病院勤務
1987年 長男(視覚障害児)出産を機に育児・療育に専念
1994年 福岡市立心身障害福祉センター 小児科に復職
2002年 福岡市立肢体不自由児通園施設あゆみ学園 園長就任
児童精神神経学会認定医、小児科医会認定「こどものこころの相談医」、福岡市児童発達支援センター指導医、福岡市就学相談委員、福岡市特別支援教育サポーター委員、特別支援教育放課後対策支援事業相談委員
【参加者からの感想】到着順
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(眼科医;大学勤務、東京)
感動して思わず涙が出そうであった。眼科医が涙してては仕方ないものの、告知の方法の基調講演としてこれほど適切なものはないでしょう。
(当事者;自営業、新潟県)
小川先生の講演は、先生ご自身も障害児の親という社会的な体験をされたことで、施設で子供さんとのかかわりだけではない、親の心情も分かち合うかかわりを大切にして、お仕事をされていることが印象的でした。哲学者ディルタイの言葉通り、障害児施設の施設長というお仕事は、小川先生の天職なのだろうと思いました。そして、かつて障害児の母として何度も泣いたであろう我が母に、たまには優しくしようと思いました。
(当事者;会社経営、千葉県)
今回の研究会では、小川先生のお話が最も印象に残りました。「告知」という難しいテーマに対しても、やはり実際の経験・体験から生まれる小川先生の言葉には、深く感銘を受けました。一人の患者として、小川先生のような先生に巡り合えたら、きっともっと幸せを感じることができるような気がしました。
(教育者;大学勤務、関東)
告知の問題は,視覚障害に限らず,医療従事者にとって大変重い課題であることがよく理解できました。医療機関によっては「3時間待ちの3分間診療」にならざるを得ない中,丁寧な説明とフォローをされている先生方もいらっしゃるんですね。小川先生の考え方・取り組みに感動しました。
(薬品メーカー、新潟市)
生まれてきておめでとう!という言葉・写真に対し、涙をこらえるのに必死でした。小川先生のお子さんの告知を受けた後で交通事故を引き起こしてしまったということに対して想像もできないほどつらい思いをされていたのだと思うと居た堪れません。受容するのに時間を有すると聞きましたが、人間は一人ではない、必ずどこかに仲間がいると思うと楽になれるような気がします。
(薬品メーカー、新潟市)
アンケートで「告知に不満を感じた」と回答した方が過半数を超えていることに驚きと告知をする難しさを感じました。告知を受けると、患者様・家族の方・治療者様に「偏見」「拒否感」が出てしまうと仰っていましたが、立ち直ったきっかけの一番多いことが「同じ障害を持つ親」と知った時は、人のつながりが大事だと感じました。治療者様側は告知の環境も大事ですが、告知後の「情報」をしっかり伝えることが大事であり、患者様側は時間はかかるかもしれませんが、しっかりと受け止めることが大事であると私は思いました。
(当事者、長野県)
小川先生はご子息のことや現在の活動を紹介しながらお話してくださったので、とても説得力がありました。告知については、先生方が大きな問題として捉え、苦悩されていることが伝わり、患者の一人として嬉しく思いました。
(眼科医;病院勤務、東北)
どの科に限らず、病気があり、診断をされることは重いことなのだとよくわかりました。特に自分の病気ではなく、子供の病気となると受け入れまで10倍は時間のかかることだと思います。答えはない問題だとは思いますが、その分医療者側も口に出す前に十分検討しないといけないと思いました。
(当事者;自営業、新潟県)
告知というと「がん告知」に代表されるように、患者さんご本人に対しての告知が、告知を考える上でスタンダードであると思いますが、今回は障害を持って生まれてきた子供が対象であるため、本人にではなく親に対しての告知を前提に告知の問題を考えています。特筆すべきは小川先生ご自身も、視覚障害児の母親として告知される側を経験されていることです。なので医師という立場で告知の問題を語られてはいますが、告知される母親の心情を誰よりも分かっているなと思わせるところが随所にあり、重いテーマであるにもかかわらず、なぜか暖かな気持ちになる講演でした。
(工学研究者;大学勤務、新潟市)
小川先生は、ご自身が告知を受けた側でもあり、告知する側でもあることから、この主題の基調講演に最適な人選といえる。ご自信の経験と臨床に基づいた講演は説得力があった。が、同時に難しさ、奥の深さを実感させられた。個人の障害の受容プロセスは、社会の価値観などの環境要因、および教育レベル、家族状況などの個人要因にも大きく影響されるため、単純化されたモデルではとても語れないように思う。
(眼科医;大学勤務、中国地方)
小川先生のご講演は、いつもながら先生や親御さんたちの本音を聞けて、とてもよい勉強になりました。先生が親御さんたちを支える言葉を大切になさる姿勢に共感いたします。
(眼科医:病院勤務、新潟市)
「告知が新しいスタートになるように」、これですね!! 患者の不満の一つは、医療者の態度です。反省もありますが、医者は打たれ強いことも必要かもしれません。告知した後のケアが大事、未受容の期間は長い、前向き・現実的対応を、家族を支える、「はっきり、素直に、曖昧でなく」、説明は同情や気休めでなく、「あなたは、大切な一人の人、決して一人でない、どんな人生にも価値がある」、「生まれてきて、おめでとう!!」。経験から発した言葉には、重みがありました。
シンポジウム1『ITを利用したロービジョンケア』は、ITを中心に、「作り手」(渡辺)、「作り手とユーザーの架け橋」(三宅)、「ユーザー」(園)がそれぞれにお話ししてくれました。シンポジウムの内容を座長報告として、そして参加者からの感想をお届けします。
『新潟ロービジョン研究会2012』
日時:2012年6月9日(土)
開場12時45分 研究会13時15分~18時50分
会場:済生会新潟第二病院 10階会議室
1.シンポジウム1『ITを利用したロービジョンケア』
座長:守本 典子 (岡山大学) 野田 知子 (東京医大)
1)基調講演 (50分)
演題:「 ITの発展と視覚代行技術-利用者の夢、技術者の夢-」
講師:渡辺 哲也 (新潟大学工学部福祉人間工学科)
2)私のIT利用法 (50分)
「ロービジョンケアにおけるiPadの活用」
三宅 琢 (眼科医:名古屋市)
「視覚障害者にとってのICT~今の私があるのはパソコンのおかげ~」
園 順一 (京都福祉情報ネットワーク代表 京都市)
シンポジウム1『ITを利用したロービジョンケア』座長報告
守本 典子 (岡山大学眼科)
野田 知子 (東京医科大学眼科)
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このシンポジウムでは、渡辺先生の基調講演を受けて、お2人の講演と2題の質疑応答がありました。なお、ITはInformation Technologyの略で情報技術ですが、最近ではこれによるコミュニケーション(Communication)の要素を重要と考えることからICT(Information and Communication Technology)すなわち情報通信技術と呼ぶことの方が増えているそうです(それで園さんは抄録でもご講演でもこの略語の方を使われました)。当シンポジウムに関連しては、この2語を意味と思ってお読みください。
三宅先生はApple社製の多機能電子端末であるiPadを用いた新しいロービジョンケアの可能性についてご講演されました。近年のバージョンアップにより音声入力や音声読み上げ機能が改良され、音声メールや地図のガイドなど、さらに使いやすくなったそうです。また、先生は2011年の日本臨床眼科学会でiPad本体の背面カメラを利用した簡易拡大読書器としての有用性を報告されていますが、カメラの解像度の向上、およびiPadを外出先で使用する際の固定台の開発などにより、さらに実用性が高くなったようでした。今回のご講演ではいくつかの便利なiPadの使い方をご紹介くださいましたが、電子データの原稿を最適な文字サイズとレイアウトで表示される機能は好評で、拡大読書器でしばしば困難とされる改行の問題もかなり解決されるのではないかと考えられました。
このような背景を受けて、三宅先生はiPad関連の情報および視覚障害者向けの情報発信を目的とした情報発信サイトGift Handsを設立され、iPadを活用するための様々なアプリケーションの紹介や視覚障害者向けの各施設の案内等の情報を発信されています。その他に、iPadの直営店であるアップルストア(銀座)ほか多施設で、視覚障害者に向けたiPadの活用方法の体験セミナーを行うことで、より多くの視覚障害者にとってiPadが現実的なロービジョンエイドとして機能するかを実体験できるセミナーを企画されており、これらの活動の一部を報告されました。ご講演の後、固定台にiPadを設置してのデモンストレーションをされ、盛況でした。iPadの注目度がうかがえました。
園さんはお若い頃からの興味がお仕事にも結びつき、システムエンジニアとして生計を立てられました。パソコンを使いこなして情報を収集、発信し、自身の日常生活に役立てるばかりか、ロービジョン者のためのパソコン普及活動や機器展示会のお世話などもして来られました。一般のパソコン教室ではキーボード中心の操作方法を教えられないため、ロービジョン者を対象とした教室を開設し、指導者の養成もされたそうです。機器展示会への集客力は大変なものだった、とのことでした。また、ロービジョン者向けの機器の開発でも当事者としての提案をされ、例えば音声で電話をかけられるピッポッパロットができました。途中、園さんが日常、愛用されているスマートフォンや使い勝手を試してみられている iPadなどを取り出して、一部を披露されました。最後に、「墨字での文字処理が困難なロービジョン者にとって、パソコンほど便利な道具はなく、自分はICTの時代になったからこそしたいことができた」と括られました。
討論では、機器メーカーの方からの「音声パソコンの開発や普及を頑張って来たが、この調子ではパソコンはiPadに取って代わられるのか」というご質問に対して、渡辺先生は「機能による使い分けをすればよくそれぞれが有用」、三宅先生も「iPadは携帯性に優れ、場所を選ばず使えるという点て有益だがパソコンにはパソコンの良さがある」、園さんも「iPadではできないことがまだまだあり、多くの量をこなす仕事ではパソコンが欠かせない」という風に、いずれも両者がぞれぞれの特徴を生かした形で生き残り、ユーザーは便利に使い分ければいい、というお答えでした。また、主催された安藤先生が「今回、講師が開発、普及、ユーザーとバランスよく3者揃った。今後、どのような展開を考えておられるかといった展望を一言ずつうかがいたい」と言われたのに対して、お3人とも現在の活動を継続し、より発展させていきたい旨のご回答をなさり、頼もしく思いました。
【参加者からの感想】到着順
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(眼科医;大学勤務、東京)
iPadの活用(三宅先生):三宅先生の数々の講演に刺激されて、東大眼科のロービジョン外来でも5月にiPadを購入しました。私たちは患者さんに説明するほど使いきれていない面もあり、今後三宅先生にメールをしながら聞いていく予定です。今日紹介された各種ソフトとも勉強になりました。これからのロービジョンケアにiPadは必需品だと確信しました。
園さん:これだけポジティブにiPadを使いこなすロービジョン者はいないと思いました。こちらが勇気づけられる思いでした。
(研究所職員、関西)
iPadが広げてくれる世界、可能性が十二分に伝わってきた。外出時に携帯用の拡大読書器はカッコ悪くて出せなくても、iPadなら何の抵抗もなく出せる。流行や情報に敏感な若い人も頑固なおじさんもこれなら使ってくれるかもしれない。アイデア次第でまだまだ使い道が広がるiPad とApple社の顧客に対する思いがこれからの社会を変えてくれそうな気がする。iPadが目の見えない人の記憶・思い出を作ってくれるとは目からウロコの話だ!
(眼科医;大学勤務、東北)
作り手、ユーザー(患者)、眼科医の話がうまく絡まりたいへん興味深かったシンポジウムです。iPadは興味の対象外でしたが少し考えが変わりました。まず自分で利用してみようかなと思います。
(機器展示業者、愛知県)
いつもながらロービジョン研究会のテーマは非常に興味深いものでありました。ロービジョンケアにおけるiPadの活用は、これからの視覚障害補助具の可能性を広げるものでした。
(当事者、千葉県)
三宅先生のご講演で、新たなデバイスの可能性に触れ、視覚障害当事者として、新たな期待を膨らませた次第です。
(視能訓練士、新潟市)
ユーザーの方たちのたくさんの声を聞き、作り手の多くの方々の努力と汗の結晶でしょうが、iPadのように、一般の方たちと同じものを共有できる究極のバリアフリー商品が他にも出来てくるといいですね。
(眼科医;病院勤務、四国)
技術は進歩し時代はiPadへ。「人は記憶の中を生きる」と訴えた三宅先生のお話しでは、思わずiPadを手に取ってみたくなりました。「失明に向かう自分をワクワクしていた」という園さんのお話しには、度肝を抜かれました。確実に一つのことを成し遂げていく園さんの行動力には、学ぶべきことがたくさんありました。
どんなに便利な道具が存在しても、当事者にそれを使う意欲がなければ、それはただのガラクタに過ぎません。たとえば視覚障がい者が、拡大読書器を使用して墨字を読むことができたとします。拡大読書器がすばらしいのでしょうか?拡大読書器もすばらしいですが、もっとすばらしいのは当事者の意欲だと思うのです。いくら読めるといっても、そこには大変な努力があるということを支援者は知っておく必要があると思います。
(教育関係者;大学勤務、関東)
三宅先生が,単にiPadの機能紹介にとどまらず,アップル社への交渉,一般利用者への説明など,多方面にわたり働きかけている情熱がよく伝わってきました。次回は,パソコンとの使い分け・連携についてもお聞きしたいです。
園さんは,視覚障害に対する告知を淡々と受容された,とのお話でしたが,告知を受けた際に誰もが一度は自殺を考えるほどの絶望感を乗り越えられたエピソードをもう少しお聞きしたかったです。
(機器展示業者、兵庫県)
三宅先生のiPadの応用については、これからの時代はスマートフォンやiPadのようなタブレットPCが文字拡大・OCR・音声認識など、視覚障害者にとって様々な可能性を秘めた有効な機器であることを感じました。機器を選定する場合、利用する当事者の用途、状態をよく考慮して勧めないと高額で、最新の機器であっても当事者にとって適正でない場合があります。比較的安価で、一般に普及している機器の用途の幅が広がることはとてもすばらしいことであると思いました。
(薬品メーカー勤務、新潟市)
三宅先生:驚きの連続でした。知恵次第で目の不自由な人に感動を提供できることがあるのだなと思いました。また、営利目的なしでツールを提供する三宅先生を尊敬しました。ITを活用するのに抵抗を感じる人も多いと思いますが、こういったきっかけがあれば自分も挑戦してみようかなと思わせる三宅先生は素晴らしいと思いました。
園さん:以前、済生会眼科勉強会での講演を聴かせて頂きましたが、今回もパワフルな講演が聞けてよかったです。元々ITには精通している方なので、パソコンを活用するのは何ら問題はないような気がしますが、パソコンを活用するというよりは、園先生の根本的なプラス思考が働いているような気がします。また、情報に対する貪欲さがひしひしと伝わってきました。ある情報を知らなくて損をすることも多々あると思いますので、大変参考になりました。
全体を通しての感想:アイデアがあってそれを試行錯誤し、物を作り、活用するという流れは一見バラバラに思いますが、それぞれに共通していることは、目の不自由な方にとって利益になるという思いだと思います。企業ではニーズとコストのバランスが問われることがあると思いますので、福祉事業補助金等が充実すればよいなと思います。署名運動等で行政が動くのを期待してます。
(当事者、長野県)
iPadの使い方には大変興味を持ちました。確かに今までのPCに比べてマンマシンインターフェースが格段にやさしくなりました。障害者に限らず高齢者にも使いやすいものだと思いました。これからこのようなものがますます発達していくと思いますが、思わぬ使い方があるものだと感心しました。iPadには最初から視覚障害をサポートする機能が入っていることも知りました。多くのメーカーがそのような取り組みをし、もっと普及するよう願っています。
(薬品メーカー勤務、新潟市)
三宅先生:iPadが他社製品と比べてレスポンスが早いこと、電子書籍では文字の大きさを変えたり読み上げ機能が付いていること、音声入力が非常に感度が良いことなど、iPadが目に不自由な方に使用しやすいことを学ぶことができました。また、三宅先生の言葉で、iPadが「見える」「読める」「書ける」だけではなく「記憶」「情報」「想い」が可能になる。と仰ったことがとても印象深かったです。
園さん:「情報を知ることから始まり、情報を与える機会を提供する立場になった」と仰っていたのがとても印象的で、いかに情報が大切なものなのかを再度認識することができました。また、園様が実際に目の不自由な方々へのサポートを実施していることから園様の考え方や人生観の大きさを感じることができました。
(内科医;病院勤務、新潟県内)
ITに付いての発表をお聞きしましたが、各演者ともに、日頃の研究の経過、成果、工夫、活用…いずれも見事でした。目の見えるはずの私がなにも利用していないのに、障害のある方々が工夫をして、立派に活用していることに感激し、敬服して帰ってきました。
(当事者、長野県)
今回の研究会に是非出席したいと思ったのは、ロービジョン者のiPad活用の可能性を知りたいとかねてから思っていたからでした。店頭では教えていただけない活用術を教えていただき、有り難うございました。私が現在使用している電子ルーペは、購入以来、ほぼ2ヶ月に一回故障しています。障害者用に特定した物は、小規模に作られているためか品質管理が不十分ではないかと、私は不信感を抱いています。その点、iPadだったら2ヶ月に一回故障するようなものは市場に出回らないだろうと言う安心感もありますし、三宅先生のお話をお聞きして、iPadが私の要求に応えてくれる事も分かりましたので、現在購入を考えています。以前から障害者を意識したタブレットの実現を期待していましたので、三宅先生のような方の存在も大変嬉しく思いました。
(眼科医;病院勤務、山形県)
iPadてすごいなと言うのが正直な感想です。若い視覚障害者のかただけでなく、年配の方も使い方の説明次第では十分活用できると思うので、もう少し使い方の勉強をしないといけないと思いました。
園さんはいろんな情報をいつもメールでいろんな方に発信しており、まねできない事だと思います。実際山形の網膜色素変性症の患者さんが、園さんにメールで現状の相談をしているとの話もあり、パソコンは情報発信、収集にかかせないのだと思いました。
(当事者;自営業、新潟県)
今年3月に発売された第3世代のiPadは、ロービジョン者も使いやすいように、画面拡大、ハイコントラスト、大きなフォント、VoiceOver(音声読み上げ)などのアクセシビリティ機能をOSレベルでサポートしており、この機能を活用してロービジョンケアにiPadを取り入れる試みが広がっています。眼科医の三宅琢先生の演題「ロービジョンケアにおけるiPadの活用」では、これらのアクセシビリティ機能の概要と、iPadのカメラ機能に三宅先生が開発された外付けレンズを装着することで拡大読書器として使う方法などが紹介されました。
私は今年の5月に東京にあるNPOが主催するロービジョン者のためのiPad講座を見学する機会があり、三宅先生が開発された外付けレンズも含め実際にiPadの操作を体験してみました。iPadの最大の特徴は銀行のATM同様にタッチスクリーンによる操作ですが、明るく解像度の高いRetinaディスプレイと画面拡大機能のおかげで、指でタッチスクリーンに軽く触れる直感的な操作で、画面の拡大、白黒反転、音声による文字入力も含めた音声アシスト機能が非常にスムースに使えることに感動しました。また、眼を凝らしてマウスカーソルを追う必要がないこともロービジョン者がiPadを使う大きなメリットであると思います。ちなみにRetinaとは網膜という意味です。
三宅先生はパソコンにできることをより楽しく快適にできるマシンがiPadであると表現されましたが、情報の取り出しやすさという点ではパソコンよりもiPadは確かに優れており、ロービジョンケアでは残存視力がある子供向けの学習教材をデジタル化してiPadで取り出すというような教育分野での利用が向いていると思いました。けれど、三宅先生が指摘されたような自宅ではパソコン、外出先ではiPadというような使い方は、恐らく多くのロービジョン者はしないと思います。なぜなら、事前に落ち着いてゆっくり調べて、頭に入れて臨んだほうが安心できるからです。ロービジョン者がもっとも苦手なことは「その場での早い対応」です。これの唯一の解決策はそれを社会の側が理解することであるわけですが、ロービジョンは特別なことではないと人々に意識を変えてもらうきっかけを、iPad、アップルというネームバリューがもたらしてくれるかも知れないことが、iPadをロービジョンケアに取り入れる最大のメリットなのかも知れません。
ロービジョンケアにおけるInformation and Communication Technologyシンポジウム最後の演題はロービジョン者の立場から、京都福祉情報ネットワーク代表の園順一さんによる「視覚障害者にとってのICT、今の私があるのはパソコンのおかげ」でした。15年前、視力を失った園さんが見えない生活を支えるために使い出したICT機器の利用法と、ICT機器の便利さ、面白さを伝えるためにかかわってきた数々の活動の履歴を語っていただきました。
ここ数年のICTの発展は、視覚障害者がこれまでひとりでは不可能であった様々なことを可能にしてきました。スクリーンリーダーや画面拡大ソフトを使い、文書の作成、印刷、電子メールの送受信、ホームページの観覧および作成、スキャナを使った紙の文書や書籍の音声読み上げなど、園さんも指摘されるようにパソコンが視覚障害者にとって情報障害を軽減する強力なツールであることは今や常識になりました。そう考えると、視覚障害者はICTの恩恵を晴眼者以上に受けているのではないかと思えるくらいです。ところが、晴眼者に比べ視覚障害者のパソコン利用は依然として進んでおらず、その大きな原因のひとつにサポートの難しさがあります。つまり、一般のパソコンユーザーが利用しているようなサポートサービスは「画面がふつうに見える」ことを前提に提供されているため、視覚障害者には利用できないからです。
園さんの講演を聴いて最も印象に残ったのはICTの便利さ、楽しさを伝えたいという意欲です。サポートサービスがないという問題意識があるだけでは何も変わらず、そこから自分たちに必要なサービスを企画立案し、お仲間と共に具体的な形にしていかれたのは本当にスバラシイことだと思いました。
こういった当事者とボランティアの努力のおかげで、今では全国各地に視覚障害者向けパソコン教室が開かれるようになり、特に中途視覚障害者が社会とのつながりを保つという点において有効に機能していると思います。ただ、就労を前提としたパソコンの操作技術、知識の習得という点では不十分で、一定レベルのカリキュラムを提供できるフォーマルサービスの充実が必要ではないかと考えます。
(工学研究者;大学勤務、新潟市)
眼科医の三宅先生のiPad応用への情熱には圧倒され、当事者である園さんの長年の技術開発と普及への努力には頭が下がった。今後、IT機器がロービジョン支援にますます有効になっていくことを再確認できた。
(当事者、新潟市)
三宅・園両先生の 「ITの利用法」…iPadの活用法。 最初に三宅先生が会場の参加者に「iPad」所有の有無を問われたのに反応し挙手された皆さんの多さに驚きました。 昨今は利便性活用のメリットに大きなものも期待されますが、一方で利用者側の知識・認識の不足によるトラブルにも課題があるものと思っていますがいかがでしょうか。
(眼科医;大学勤務、中国地方)
三宅先生には、柔軟な発想とすばやい実行力と溢れんばかりの情熱を感じました。各地で引っ張りダコ状態であられるのも合点がいきます。ITにはとくに疎い私ですが、「いいですよ~」と宣伝している手前、早くロービジョン外来に取り入れなければ、と思っています。
園さんにはいきなり「この度の新潟行きの切符の購入も自分がしました。こんなことができるのもICTのお陰です」と皆の前で暴露されてしまいました。実際、「一緒に行ってもらえますか?京都からの切符は僕が買っておきます。先生は岡山~京都間の往復だけ手配してください」という調子でしたので、私は京都で園さんと合流することだけを考えればよく、当日も園さんの盲導犬ならぬ盲導人間となって、会場まで連れて来ていただきました・・いえ、ちゃんと私がお連れしたのですが、指示を出し、誘導したのは園さんでした。新幹線ではリュックサックから出るわ出るわのIT機器・・私は講演前からカルチャーショックに見舞われていました。
討論時間の質疑応答であったパソコンとiPadの両立(ユーザーによる使い分け)および両者の今後の発展に、さらなる期待と希望を抱かせてもらえました
(雑誌制作、東京)
三宅先生のお取り組みを初めて伺い、大変驚きました。眼科の先生でありながら、iPadという最新技術を取り入れてロービジョン支援を組織的に展開されていること。それを広めるための精力的で画期的な活動の数々。園さんのご発言にあったデスクトップとの棲み分けの話なども現実的で参考になりました。希望する人がスムーズに講習を受けチャレンジし環境を整えられるような仕組みが、ますます広がりますようにと、期待に胸が膨らみました。
(学生、新潟市)
視覚障害者向けに作られたIT技術の歴史の長さ、そしてさらに発展されたiPadの普及により視覚障害を持った人たちの活躍する場は段々広がっているのだと感じる中で、IT企業や技術者が利用者のニーズに合わせた工夫を行う視覚障害だけに限らず様々な障害を持って暮らしている人達にも気軽に使う事が出来るようになれば障害を持った人達の活躍する場面はもっと増えるのではないかと考えられるように思いました。
(学生、新潟市)
私が特に興味を持って聞けたのが「ITを利用したロービジョンケア」である。主にipadを利用したロービジョンケアには驚きが多かった。私もiphoneを利用しているが、知らない機能を多く知ることができた。使いこなす事さえできれば、視覚障害者にとって最大のツールになり、ロービジョンケアの発展にも大きく影響を与えると感じた。また、見えなくてもうまく利用することさえできれば、コミュニケーションを十分図ることのできるものであるということも学ぶことができ、とても興味深い印象だった。
(学生、新潟市)
ITの発展・利用法では、音声合成装置の今までの変遷や、音声合成装置等を使って任意に文章を作成その他多くのことができるようになり、視覚障害を持つ方でも社会に出て活躍できるようになったことや、iPadを活用した視覚に障害を持つ人への支援方法があり、読書の字の拡大、映像を通して遠くの人と顔を会わせることができる等、多くの機能が開発されていることを知りました。特に地図検索の際に地図の先の町の様子を映像で見る事ができる機能は外にあまり出歩かない視覚に障害がある人にとっても大いに活用できるため、推進していき、多くの人が外に積極的に出て、社会に関わっていけるようになって欲しいと感じました。
(当事者、新潟市)
日進月歩のIT関連分野のお話では、張替先生からの勧めもあり使い始めたiPADでは、三宅先生の活用法の講演は視覚に障害があるなしに関わらず、こんな便利な使い方がありますよ!また、もっと使いやすくするためには自分で企画設計して便利グッツを作ってしまうほど使いやすさを究極まで追い求めて、その反応を次の商品開発に役立てていらっしゃるようで、今後も視覚障がい者が情報困難者にならないようにご尽力くださることを期待しつつ私なりにいろいろな分野で使っていきたいと思っています。
(眼科医;病院勤務、新潟市)
ITを中心に、「作り手」「作り手とユーザーの架け橋」「ユーザー」がそれぞれにお話ししてくれました。スクリーンリーダーの開発に携わった渡辺先生の音声合成器の開発、大きな驚きでした。実演は記憶に残りました。三宅先生は、「視力じゃない 記憶だ」「記憶 情報 想い」金言を取り混ぜた印象に残るプレゼンテーションでした。園さんの(失明に向かう自分をワクワクしていた)と言うコメント、毎回ですが凄いなと思いました。
会でもコメントしましたが、作り手/架け橋はユーザーのニーズを如何に聞き出す(探り出す)かがポイントだと感じました。またユーザーは如何に思いを作り手に伝えるかが大事と思います。ただ、製品となると採算がとれるのかが企業側としては欠かせない点ですので、現在の現物支給の福祉行政そのものが問われなくてはなりません。